『プライド』:2009、日本

オペラ歌手を目指す苦学生の緑川萌は、ハウスクリーニングのアルバイトで麻見家を訪れた。豪邸に入ると、グランドピアノが置いて あった。その部屋で萌は、名門の三田音大でオペラを学ぶ麻見史緒と出会う。萌が5万もするオペラのチケットを目にして興奮していると 、史緒は「チケットが一枚余ったの」とプレゼントした。史緒は萌に誘われ、オペラ劇場へ赴いた。観劇を終えてロビーに出たところで、 萌は声楽家の松島春子を目撃して興奮した。すると史緒は、顔見知りである彼女に挨拶する。史緒の亡くなった母は、有名なオペラ歌手の 木原さわこだったのだ。
春子は史緒に、話していたクイーン・レコードの副社長・神野隆を紹介する。史緒が木原さわこの娘だと聞き、神野の表情が一変した。 さらに春子は、銀座で高級クラブ「プリマドンナ」を営む池之端菜都子も紹介する。萌も挨拶するが、通っている大学の名前を出すと、 春子は露骨に見下すような態度を示す。春子たちと別れた後、萌は史緒の境遇を恨み、「いいですよね、麻見さんはお金持ちで。美人で コネもあってズルい。貴方といると自分がどんどん惨めに見えてくる」と言う。そこへ神野が現れ、「最高の秘密を教えてあげようか。 どんなにみっともなくても、与えられたチャンスを物にすること。その道の裏と表を知ること」と萌に告げた。
史緒が帰宅すると、ニューヨークから父の総一郎が戻っていた。総一郎は、アメリカの会社が倒産し、破産したことを告げる。彼は史緒に 当座の生活費として200万を渡し、財務整理のためニューヨークへ戻ることを言う。「家も抵当に入っているので、出なければならない」 と済まなそうに言う父に、史緒は強がって「大丈夫よ、それよりパパは」と告げる。総一郎は「君のその強さが心配なんだ」と言い、結婚 する時に渡そうと思っていた母の形見のネックレスをプレゼントした。
史緒は三田音楽大学へ行き、山本教授にイタリア留学のキャンセルを告げる。すると山本は、クイーン・レコードが主催するパルコ・デ・ オペラコンクールを受けてみないかと勧める。金賞を獲得すれば、イタリア留学できるのだ。予選を通過した史緒が山本と共にコンクール 本選の控室へ行くと、そこには萌の姿もあった。萌は明るい様子で挨拶し、「ダメです、私は、もう心臓バックバクで」と言う。
神野や春子たちが審査を行い、決勝の10人を選出した。その中に史緒も萌も残った。欲の無さそうなことを言っていた萌が、したたかに 決勝用の着替えまで持って来ていたため、山本は「何なの、あの子」と呆れる。先に萌が歌い、春子は「迫力はあるものの、粗さの多い 歌唱」と評した。史緒は山本から、「技術的には貴方の方が上よ」と言われる。史緒は出番の直前、萌から「木原さわこ、なんで死んだか 知ってます?自分の娘をかばって死んだんですって。2歳の時だから覚えてないですよね」と言われる。ショックを受けた史緒は舞台上で 倒れてしまい、優勝を萌に奪われた。
コンクール終了後、萌がロビーで神野や春子と話しているところへ、史緒がやって来た。萌が「あんなことで歌えなくなるなんて、意外と 気が小さいんですね」と笑うので、史緒は睨み付けて平手打ちを浴びせた。すると萌は不敵な態度で「もっと殴っていいですよ、それとも 土下座しましょうか」と言う。春子は「史緒ちゃん、貴方は負けたのよ。私は主人が危篤の時も笑って歌ってたわ。そういうものなの」と 厳しい口調で告げる。会場を出た史緒に、山本は春子に陥れられた過去があることを悔しそうに話す。
萌は神野に連れて行ってもらったプリマドンナで、「私をプロデュースしてください。今までの私に勝ちたいんです」と頼んだ。スナック で働く母・多美が酔い潰れているという電話を受け、萌は急いで迎えに行く。スナックのママは、「男にまた捨てられたの」と萌に言う。 多美は萌に八つ当たりし、「アンタさえ産まなかったら、こんなに苦労することは無かった」と悪態をつく。萌がなだめて「帰ろう」と 優しく言っても、「私の人生、返せよ」と酒を頭から浴びせる。そんな暮らしから、萌は一刻も早く抜け出したかった。
史緒は卒業式の朝、全財産が入ったバッグをひったくりに奪われた。大学のキャンパスで落ち込んでいると、ピアノ科の池之端蘭丸が声を 掛けてきた。事情を聞いた蘭丸が「電車賃貸そうか」と言うが、史緒は「そういう種類の女と同じことしたくないんです」と反抗的な態度 を示した。帰宅した蘭丸は、母の奈津子に史緒のことを話した。すると奈津子は、所持品を処分して金を工面するよう勧めた。蘭丸は史緒 を助けて所持品を処分してやり、126万円を彼女に渡した。
史緒が仕事を探しているというので、蘭丸は「母が店でアルバイトしないかと言っている」と告げる。史緒が「ホステスですか。バカに しないで。男に媚びを売るなんて屈辱だわ」と言うので、蘭丸は「人をバカにしてんのはアンタの方だろ」と激怒して立ち去った。多美は クイーン・レコードの副社長室に乗り込み、萌の契約料の半分をを渡すよう神野に要求した。駆け付けた萌が連れ出そうとしても、彼女は 「当然の権利なんだからさ」と喚き散らした。
萌は「帰らないなら殺してやる」と言い、飾ってあった日本刀を抜いて母を追い回した。多美を突き刺そうとしたところを、神野が制止 した。彼は多美に財布から出した金を渡し、部屋から立ち去らせる。萌は「お詫びに何でもしますから、見捨てないでください」と神野に すがりついた。史緒は春子からの電話で、イタリア人の大物であるジョバンニが来日したので通訳を神野が頼んで来たことを告げられる。 史緒が地味な格好だったので、神野はドレスやアクセサリーを揃えて着替えさせた。
レセプション・パーティーに随行した史緒に、神野はジョバンニへの自己紹介を促して売り込ませる。彼は史緒に「結婚しないか。社長を 継ぐには妻が必要だ。君は木原さわこの娘だし、イタリア語を話し、パーティーの華にもなる」と言う。「貴方のことは良く知らないわ」 と史緒が告げると、「これは取り引きだ。どこへでも行って好きなだけオペラをやれる。君は温室で大切に育てられて初めて価値を発揮 する大輪の花だ。返事を急かすつもりは無いよ」と告げて去った。
史緒はプリマドンナへ行き、奈津子の案内で店に入る。すると、ピアノを演奏していたのは女装した蘭丸だった。客が男性なので、女装 させているのだと奈津子が説明した。彼女に「蘭丸の演奏で、この店で歌ってみない?」と提案され、史緒はラウンジシンガーになること を承諾した。萌は神野の秘書・有森から、春子のレッスンを無料で受けられることを聞かされる。萌は神野に会いたいと求めるが、有森 は事務的な態度で「今後も何かあれば私から伝えます」と告げた。
萌は「自分が子供じみているから神野に相手にされないのではないか。大人の女性としての振る舞いを身に着けたい」と考え、奈津子を 訪ねてホステスとして働かせてほしいと頼んだ。その時、店の常連客である星野製薬会長・星野権三郎が具合を悪くして去ろうとした。 彼が嘔吐した時、萌は咄嗟に吐瀉物を手で受ける。萌が星野に気に入られたのを見た奈津子は、「彼をキープできたら雇ってもいいわ」と 言う。彼女は史緒が働き始めることを萌に告げ、「お店で何かあったら貴方の方に辞めてもらうわ」と釘を刺した。
史緒のシンガーデビューの日、神野は花束を持って店に現れた。萌は神野の席に行きたいと願うが、奈津子から同伴してきた船木の相手を するよう諌められる。花束を抱えて歌う史緒を見て、萌は苛立ちを募らせた。翌日、彼女は有森に神野との面会を求めた。しかし有森に 拒絶され、神野への感情を馬鹿にされたため、萌は恨みを抱いた。一方、史緒は蘭丸が大学の後輩・東野さやかとデートしている様子を 見て、ジェラシーを抱く。いつの間にか、史緒の中には彼のディーバになりたいという気持ちが芽生えていた。
ある夜、史緒は客が歌を聴かないことに耐えられず、甲高い声で強引に注目させた。彼女は奈津子にバックルームへ呼ばれ、「ここでは お客様が主役」と叱責される。帰ろうとすると、萌がバカにしたように「どうして客が貴方の歌を聴かなくなったか教えてあげましょうか 。最近、イライラしながら歌ってるでしょ」と笑った。店を出て歩いていた史緒は、蘭丸からの「一人で悩むなよ。俺に出来ることが あったら相談しろよ」というメールを受け取った。
萌は船木から、息子と有森の結婚が決まったという話を聞く。そこで彼女は「有森は同棲中の男と上手くいっていないので見合いした」と 吹き込んだ。史緒は電車で眠り込み、店に行くのが遅れてしまう。萌は神野に「この機会に歌ってみろよ」と促され、代理で歌うことに なった。彼女の歌声に、客は喝采を送った。遅れてやって来た史緒は彼女の歌を聴き、蘭丸に「今まで彼女を見くびってました。私に 足りないものが分かりました」と言う。
蘭丸は萌の歌声に関心を持ち、彼女のための曲を書き、目を掛けてくれている人が主催するライブに出たい旨を語る。楽譜を見せられた萌 は、史緒の歌について彼に尋ねた。蘭丸は「彼女はキレイすぎる。サラッとしていて引っ掛からない」と感想を言う。そんな2人の会話を 、史緒は密かに聞いていた。ショックを受けた史緒は、留学してオペラの勉強を続けることを条件に、神野との結婚を承諾した。
ある日、史緒と萌は店に来ていた星野の要求で、デュエットすることになった。敵対心を露骨に示す2人だが、いざ歌い出すと、ぶっつけ 本番なのに息がピッタリと合ったデュエットだった。それを聞いていた蘭丸は、3人でユニットを組むことを2人に提案した。彼は「目を 掛けてくれている人が主催するライブに参加できる。ニューヨークの音楽プロデューサーも参加するんだ」と頼んだ。萌は喜んで承諾し、 史緒は「今年中に留学するつもりなので、それまでなら」という条件でOKした…。

監督は金子修介、原作は一条ゆかり「プライド」集英社刊、脚本は高橋美幸&伊藤秀裕、製作総指揮は木森一隆、プロデューサーは 坂井洋一&伊藤秀裕、アソシエイトプロデューサーは八木昭二&佐々木志郎&山中幸夫、ラインプロデューサーは新津岳人、撮影監督は 高間賢治、編集は矢船陽介、録音は小原善哉、照明は上保正道、美術は高橋俊秋、スタイリストは宮田弘子、音楽は清水信之、 音楽プロデューサーは坂井洋一。
主題曲「プライド〜A Part of Me〜」作詞:ステファニー、作曲・編曲:ジョー・リノイエ、歌:ステファニー&満島ひかり。
出演はステファニー、満島ひかり、及川光博、長門裕之、高島礼子、渡辺大、由紀さおり、キムラ緑子、五大路子、ジョン・カビラ、 鹿内孝、鷲尾真知子、黒川智花、新山千春、山田スミ子、神楽坂恵、米山善吉、大嶋守立、鶴岡修、頭師佳孝、 岡村麻純、土肥美緒、石田由紀子、野上智加、佃井皆美、亀谷さやか、黒沢琴美、彦坂美里、山崎みどり、眞継ゆわ、花村明美、白井直美 、安久理恵子、安田ひろみ、伊勢佳世、疋田紗也、牛丸亮、香月あや、小橋川よしと、吉成浩一、今野悠夫、桝田俊樹、ホリケン。、 濱崎一也、にしやうち良、橘藤雄、侍醍茂美、下光梨湖、Helen Morrison、山中瑠璃子、丸尾有香、駿河大人、Cristo Pietro、 Adriana Vallone、木戸俊輔、室伏琴音ら。


一条ゆかりの同名漫画を基にした作品。
監督は『DEATH NOTE デスノート』2部作の金子修介。
史緒を演じるのは日本人の母とアルメニア系アメリカ人の父を持つ歌手のステファニーで、これが女優デビュー。
萌を満島ひかり、神野を及川光博、星野を長門裕之、菜都子を 高島礼子、池之端蘭丸を渡辺大、山本教授を由紀さおり、多美をキムラ緑子、春子を五大路子、総一郎をジョン・カビラ、神野の父を 鹿内孝、神野の母を鷲尾真知子、さやかを黒川智花、有森を新山千春が演じている。

「オペラ歌手を目指す2人の音大生のバトル」という話なのに、なぜかメインの舞台はナイトクラブという陳腐さ&チープさに溢れた中身 で、それをコメディーじゃなくてマジなテイストでやっている物語である。
話の大枠からすると、「原作は1970年代か1980年代に連載されていた昔の少女漫画なのか」と思ったのだが、実際は2002年から2010年の 連載だった。
金子修介は、これが古めかしい少女漫画であることをキッチリと理解し、「そういうモノ」として演出している。

序盤、麻見の豪邸に入った萌が初めて史緒を見るシーンで、カメラが一気に萌の顔へとズームしていき、その瞬間、突風が窓から吹き込む 。
この大げさでわざとらしい演出して、金子監督が「分かっている」ということが見える。
ようするに、これは「遅れて来た大映ドラマ」なのである。
だから監督は、バリバリに虚構の世界を構築し、その中で作り物としての演技を要求し、大仰な演出を施している。

女2人のドロドロした争いは、一方が善玉で一方が悪玉という単純な分類は出来ない。
一応は史緒が善玉サイドに寄っているが、こちらも性格的には問題の多い女だ。一方、萌は歪んだ性格の娘だが、同情を誘う部分もある。
そんな2人が、しかしデュエットすると素晴らしいコンビになる。
「なるほど、ってことは、デュエットを通して分かり合い、最後は友情で結ばれるんだな」と思った人、それは甘い。
この2人、最後まで「歌は合うけどアンタは大嫌い」というスタンスを崩さない。
この徹底ぶり、いいねえ。

この原作を、そつなくオーソドックスに演出しようとしても、ただの駄作になってしまった可能性が高い。
しかし金子監督が大映ドラマ的、あるいはドロドロの昼ドラ的に演出したことによって、「バカだなあ」とニヤニヤしながら楽しめる 仕上がりになっている。
やたらと挿入される史緒と萌のモノローグは、かなり説明臭くて疎ましいんだけど、それもある意味では大映ドラマ的と言えるんだよな。

ニヤニヤと楽しめる中身を具体的に見て行くと、例えば萌がクイーン・レコードから多美を追い払おうとするシーン。
日本刀を振り回し、本当に突き刺して殺そうとするんだから、最高だ。
神野が何の流れも無く、いきなり史緒に求婚するのもいいね。
萌が「神野に構ってもらうために大人の女性になりたい」ということでホステスになりたがるとか、登場人物の短絡的で直情的な思考や 行動のオンパレードはニヤニヤさせてくれる。

史緒は蘭丸に反発心を示していたのに、あっという間に彼に惚れる。
心情が変化していく経緯は全く描かれず、あるシーンで急に「いつの間にか惹かれていた」という意味の独白が入る。
萌がクラブで歌うと、背景が海に変化する。神野の婚約を知った萌が勢いよくダッシュして史緒にグーで殴り掛かり、史緒が顔から血を ダラダラと流すのも最高。
萌が唾を吐いた水の入ったグラスを差し出して「どうしても私に歌ってほしかったら、この水飲んでよ」と嫌味っぽく笑うと、史緒は逆に 見下したように「自分の歌に、そんなに自信が無い?」と笑う。
いいねえ、このバチバチした感じ。

クライマックスとなるライブでは、遅れて現れた萌が「貴方のことは許せない。顔を見るのも嫌」と歌い始め、続いて史緒は「でも貴方は 来てくれた。ここに」と歌う。
そこから「貴方のために来たんじゃない。ここが私の立つ所だから」「貴方と歌うと心が躍る」という風に、なんと2人が心情を歌に しての掛け合いを始めるのだ。
「そこだけ急にミュージカルかよ」とツッコミを入れたくなる。
いやあ、まさか肝心の歌唱シーンでも笑わせてくれるとは思わなかった。

そんな虚構の世界で、ダントツに輝いている役者が満島ひかりである。
普段は明るくて人が良さそうに見えるが、ヒステリックで醜悪な心を持っており、金持ちに対するジェラシーを燃え上がらせる裏表の激しい 緑川萌というキャラクターを、彼女は完全に自分の物にしている。
そのハマりっぷりは素晴らしい。
形式上はステファニーとのダブル主演だが、実際には彼女が一人で物語を引っ張っている。

一方で、とても残念なことになっているのがステファニーだ。
ハッキリ言って、かなりのヘチマ役者である。
例えば総一郎から破産を通達されるシーン、本来ならば、「一瞬、かなりのショックが表情に出てしまうが、すぐに強がって平静を装う」 という演技が必要なはずだ。
ところがステファニーは、ずっと無表情で台詞を棒読みするのだ。
そこに限らず、とにかく感情の起伏ってモノが全く出ない。

そりゃあ、ステファニーは本業が歌手であり、演技は未経験なのだから、芝居が下手なのは仕方の無い部分もある。
しかし、そもそも「なぜ、そんな人を起用したのか」というところに疑問がある。
「歌が上手いかどうか」という基準で配役する必要なんて無かったんじゃないかと。どうせオペラ歌唱は吹き替えなんだし。
あと、金子監督も、全く演技指導をしたような形跡が見られないんだけど。
かなりの演技指導をやっても、あのレベルなのか。
それとも監督は、「この子は無理」ということで諦めてしまったのか。

他の役者に目を向けると、高島礼子、由紀さおり、五大路子といった熟女陣は、何の問題も無く映画に上手くハマっている。
及川ミッチーは、芝居を抑制しすぎていて面白くない。もっとクドいぐらいキザにやっても良かったと思う。
ステファニーの次に残念なのが渡辺大で、あまりにフツーすぎる。これがどういう映画なのか、まるで理解できていない感じだ。
女装しているシーンも多いのに存在感が薄くて目立たないって、そりゃ相当だぞ。
金子監督は、彼に適切な演技指導をしなかったのか。
満島ひかりに夢中で、男どもは、ほったらかしだったのか。

(観賞日:2011年12月11日)


第3回(2009年度)HIHOはくさい映画賞

・最低新人賞:ステファニー

第6回(2009年度)蛇いちご賞

・新人賞:ステファニー

 

*ポンコツ映画愛護協会