『ポストマン』:2008年、日本

静岡県駿東郡小山町に住む羽田薫から、千葉県山武郡房総町に住む三ツ屋輝夫に宛てた手紙が、郵便ポストに投函された。回収された手紙は、地域集配局へ届いた。そこから車で地域拠点局へ、さらに大型トラックで千葉中央郵便局へ移送されて、全ての手紙は地域別に分別された。羽田の手紙は、房総町に運ばれる。郵便局員の海江田龍兵は手紙を鞄に入れ、バタンコ(配達用の赤い自転車)で配送に出掛ける。彼は町の人々に元気良く「こんにちは」と挨拶しながら、三ツ屋の家に手紙を届けた。
龍兵は2年前に妻の泉に先立たれ、中学3年生の娘・あゆみと小学3年生の息子・鉄兵を男手一つで育てている。朝食の時、あゆみから「そろそろ進路の希望を出さなきゃいけないんだけど」と切り出された龍兵は、「お父さんの高校へ行けばいいんじゃないか。あそこは近いし、便利だぞ」と勧める。あゆみが「クラスに私立の城里学院へ行く子がいて、寮生活するんだって」と言うと、彼は「子供の内から親元を離れて、いいことなんて何も無いんだけどな」と語る。あゆみは「それが子供の将来のためだったらいいんじゃない?」と意見を述べるが、龍兵は「毎日、家族一緒に御飯を食べる。こういう何気無いことが実は一番大切なことだったりするんだよな」と告げる。その言葉を聞くと、あゆみは城里学院への進学希望を言い出せなかった。
龍兵が出勤すると、いつものように郵便局長の玉井正一が朝の挨拶をする。公社から来た局員の大西は、「もういいって」とウンザリした表情で呟く。一番乗りの老婆を、内務職員の竹内彩子が優しく招き入れる。龍兵は玉井から「いつまでも外回りやってられんだろう。役職志願したらどうだ」と言われるが、軽く受け流して仕事に出掛ける。あゆみが岬中学校に登校すると、担任の橋本の病気療養が長引いているため、副担任の塚原奈桜子が進路指導をすることになった。あゆみが城里学院への推薦入学希望を話すと、奈桜子は「先生も陸上を続けるなら、この学校がいいと思いますよ」と言う。あゆみは「お父さんに話して。地元の学校に行くと思ってるし」と頼むが、「自分の進路なんだから、自分で決めなさい」と突き放された。
三ツ屋は郵便局を訪れ、羽田への手紙をポストに投函する。それを見た女子局員たちが、話題にする。三ツ屋は毎週来て青い手紙を投函している。そして毎週、彼には黄色い手紙が届く。そんなやり取りが、1年近く続いている。玉井は彩子たちに、三ツ屋が定年退職後に町へ来たが妻に先立たれたことを話す。大西は「あれは老いらくの恋だな」と口にした。龍兵に付き合わされている後輩の琢磨は、「なんでバイクじゃないんだよ」と愚痴をこぼす。龍兵は「バイクもいいけど、ルートを覚えたら、こっちの方が速いだろ」と言い、そのブロックの配達を「もう一人でも大丈夫だろ」と琢磨に任せた。
ある場所で龍兵がポストから手紙を回収しようとすると、花火やジュースによって手紙がダメージを受けていた。手紙を持ち帰ると、玉井は「犯人はサーファーに決まってる。マナーの悪さが町でも問題になってるんだよ」と言う。彩子は「ポストってゴミを投げ入れても郵便物の中には落ちない構造になってるじゃないですか。これって郵便に詳しい人物の悪質な悪戯じゃないですか」と口にする。玉井は「汚れを吹いても綺麗にならない郵便物があれば謝罪に行くこと」と指示した。バイトの琢磨は、残業せずに帰った。
龍兵は奈桜子の投函した国際郵便に目を留め、学校へ赴いた。彼が謝罪すると、奈桜子は「今日中に送れなかったら間に合わないんです。大学院の願書なんです。間に合わなかったら責任を取ってもらえるんですか」と抗議する。龍兵は「宛先を書き直していただければ、まだ間に合います」と告げた。彼は奈桜子に書き直してもらい、配送車を追い掛ける。龍兵はバタンコを漕いで配送車に追い付き、運転手に国際郵便を渡した。
龍兵がアルバムを出していると、あゆみが「アルバムなんて出してどうしたの」と訊く。「もうすぐお母さんの三回忌だから、色々と整理しなきゃと思ってな」と龍兵が言うと、あゆみは「整理って何よ。最近のお父さん、お母さんのこと話さないし、避けてる感じ」と反発する。龍兵は「そんなことないと思うけどな」と否定するが、あゆみは「お母さんのこと整理するなんて、物みたいに言わないで」と声を荒げた。奈桜子が帰宅すると龍兵からの詫び状が届いており、郵便物を無事に届けたことが記されていた。
翌朝、龍兵が琢磨に専門用語を教えていると、大西が来て「そんな隠語、今時使う奴はいないよ」とクールに言う。奈桜子が郵便局を訪れ、言いすぎてしまったことを龍兵に詫びる。「それにホントは間に合わなくても、それはそれで良かったんです」と彼女は言う。奈桜子は龍兵があゆみの父親だと知り、「彼女なりに悩んでいるみたいなんで、話し合って下さい」と述べた。龍兵はあゆみがセレクションを受けると知り、「寮生活なんて絶対に許さない」と厳しい口調で反対する。あゆみが「強い高校に行って高校駅伝に出たいの」と言うと、彼は「家族はな、一つ屋根の下で一緒に育つべきなんだ。高校生の内から親元を離れるなんて許さん」と語った。
翌日、龍兵がバタンコを拭いているいると、大西が来て「スピーディーさを求められる時代に、呑気なもんだな」と呆れたように言う。龍兵は「郵便屋って、ただ郵便物を届けるだけじゃないと思うんですよね」と口にした。大西から「いつまでも、ここにいられるわけじゃないだろ。そうなったら、どうするんだ」と問われると、彼は「僕はどこに行っても、バタンコで配達します」と答えた。
龍兵は綱元の番と会い、あゆみが寮のある学校へ行きたがっていることを相談した。「可愛い子には旅をさせろっていうんだ」と言う番に、龍兵は「俺は家族が離れ離れに暮らすのが絶対に嫌なんです」と告げる。「あれから何年になる?」と問われ、彼は「25年です」と返答した。番は「お前の親父が海で亡くなってから25年か。お前の気持ちはわかるけど、あゆみだって何も考えないでそんなことを言い出す娘じゃないだろう。親父はな、お前にも漁師になってほしかったんだぞ」と語る。龍兵が「いずれは家を出ることになるけど、それまでは、たった3人の家族だから」と言うと、彼は「離れていても、家族は家族だ」と述べた。
翌朝、大西と琢磨が喧嘩している現場に遭遇した龍兵は、制止に入った。大西は、琢磨の担当区域から誤配の連絡があったことを説明した。琢磨が「間違えて配達された人が届けてくれればいいじゃねえか。近所なんだし」と口を尖らせるので、大西は「それは個人情報の漏洩になるんだよ」と厳しく注意する。しかし琢磨は生意気な態度で、「たった一通、ミスっただけじゃねえか。たった300分の1じゃねえか。大したことねえよ」と反発した。
龍兵は琢磨を連れて、誤配先へ謝罪に赴いた。彼は手紙を回収し、本当の配達先である佐々木瑞恵の家について「自分で捜して渡せ」と琢磨に指示する。家を見つけた琢磨がポストに入れようとすると、彼は「直接、私に行け」と告げる。瑞恵は聾唖の若い女性だった。彼女を見た琢磨は、心を惹かれた。龍兵は彼に「さっきは300分の1って言ってたけど、あの子にとっては1分の1なんだよ」と言う。
奈桜子は校長に呼ばれ、臨時教師の契約が9月で切れた後、アメリカの大学院へ留学する予定について問われる。奈桜子はが「願書を出しただけなんで、まだ決まってないです」と言うと、校長は「橋本先生が、このまま担任を引き継いでほしいと言っているの」と語る。「無理です、私に担任なんて。経験も無いですし」と言う奈桜子に、校長は「貴方もそろそろ生徒たちと向き合ってみたら?楽しいわよ」と促す。しかし奈桜子は「生徒が何を考えているか分からないし、教師を続けて行く気は無いんです。生徒たちのことを思うのなら、私じゃなくて他の先生を探してください」と語った。
あゆみは奈桜子に、「私、お母さんの思い出が詰まった家から出たいんです」と明かした。彼女は鉄兵が母への手紙を書いているのを目撃し、苛立ちを示す。彼女は「こんなの書くなって言ったじゃん。お母さんが受け取れるわけないじゃん」と言い、手紙を破り捨てた。鉄兵は再び手紙を書き、切手を買ってポストに投函した。毎月、母の月命日になると投函しているのだ。龍兵は彩子から手紙を見せられ、「これって、どうしてるんですか」と訊かれると、「決まってるだろ。郵便屋さんが天国に届けてるんだよ」と答えた。
龍兵が港で番たちと鍋を囲んでいると、奈桜子がやって来た。彼女が「あゆみちゃんはお母さんの思い出に囲まれて暮らすのが辛いから、家を出たがってるんです。彼女のためにも、行きたがっている所へ行かせてあげるのが一番じゃないんですか」と説くと、龍兵は「僕の親父は遠洋漁業の漁師でした。一年の半分は海の上で過ごしていたから、戻って来て家族みんなで食事をするのが何よりの楽しみでした。大切な物は全て食卓にある。親父の口癖でしたが、今でもそうだと思っています。あゆみの心の穴を埋めてやるのは、父親である僕しかいないんです。家族一緒なのが一番なんです」と語った。奈桜子が立ち上がる時にバランスを崩したので、龍兵は慌てて彼女を支えた。それを目撃したあゆみは、苛立ちを覚えた。
龍火祭の日、大学時代に陸上をやっていた奈桜子が陸上部の練習に参加しようとすると、あゆみは「顧問でもコーチでもないのに練習方法を押し付けるのやめて」と反発した。校庭から飛び出した彼女は、走って来たトラックにひかれそうになり、慌てて奈桜子が助けに入った。連絡を受けた龍兵が病院へ行くと、あゆみは軽い打撲で助かっていた。彼は奈桜子と担当医に、何度も頭を下げて礼を述べた。
病院からの帰り道、あゆみが「病院に来る時、思い出した?お父さん、配達の途中で間に合わなかったよね。あゆも学校へ行ってたし。お母さん、一人ぼっちで」と語ると、龍兵は言葉を遮って「祭り行ってみるか。まだ地引網やってるぞ」と誘う。2人は浜辺へ行くが、母のことを思い出したあゆみは「祭りなんか大嫌い。お母さんの思い出に上書きしたくない」と泣いて龍兵の背中を叩いた。
泉の三回忌、龍兵の家に身内が集まった。あゆみの様子を見に来た奈桜子は、龍兵に「良かったら、参ってやってください」と言われて家に上がる。気仙沼に住む泉の母・園子も車でやって来た。龍兵が「いずみの死を受け入れ、いつかは家族としての一歩を踏み出さなければならないと思っています。そこで、皆様に泉の形見分けをしたいと思います」と言い出したので、あゆみは「お母さんのことを忘れろってこと?受け入れらんない」と反発した。
あゆみは龍兵に「お前は家のことは何も手伝わないし、墓参りだって行かないじゃないか。それはお母さんが死んだのを認めたくないってことだろ」と言われ、「だから、あゆが出て行くしかない。お母さんのことを忘れようとしているお父さんとなんて暮らしたくない」と語る。彼女は奈桜子にも八つ当たりし、「ウザいから帰ってよ」と罵った。龍兵が平手打ちを浴びせると、あゆみは「大っ嫌い」と言って家を飛び出す。翌朝になっても、あゆみは龍兵と口を利こうとしなかった。
出勤した龍兵は、営業時間の終了が迫る中、顔馴染みの滝澤婦人の普通郵便を預かろうとする。滝澤が財布を忘れたことに気付くと、彼は「もう営業時間も終わりだし、立て替えます」と言う。しかし大西が「公私混同するんじゃない。ちゃんと郵便代を持って来てもらってから処理すべきじゃないのか。仕事であれば一円でも許されん」と注意した。滝澤は「また、明日来ます」と帰っていく。大西から「お前のやってることはな、過剰サービスなんだよ。大体、お前はな、配達に行っては油売ってやがる。そういうのは郵便局員がサボってるように見られるんだよ」と言われた龍兵は激昂して掴み掛かるが、玉井が一喝した。
配達に出掛けた龍兵は、奈桜子と遭遇した。奈桜子は「あゆみちゃんと海江田さんに出会って気付かされました。半端な気持ちじゃダメだなって。2人とも真剣勝負ですもん。明後日のセレクションで、きっと彼女、自分を試したいんだと思います。陸上選手はスタートしたら、何があってもゴールしなきゃならないんです。あゆみちゃんは今、自分のスタートラインに立っているんです」と語る。すると龍兵は、「先生は教師として、スタートラインに立っていないんですか」と問い掛けた。
日が暮れてから三ツ屋の家の前を通り掛かった龍兵は、異変を感じた。ドアをノックしても返事が無く、中を覗くと三ツ屋が意識を失って倒れていた。龍兵はゴルフクラブで窓ガラスを割り、中に入る。一方、奈桜子は海江田家を訪れ、あゆみの困惑をよそに「三者面談することになってるから」と上がり込む。三ツ屋を病院へ運んだ龍兵は、看護師からポケットに入っていたという手紙を渡される。
三ツ屋のポケットに入っていたのは、羽田薫への手紙だった。龍兵の脳裏を、以前に三ツ屋が語った「この年になると、手紙が届くのは元気な証拠だ」という言葉がよぎった。彼は「この手紙を届ければ必ず助かる」と信じ、宛先の住所を目指してバタンコを走らせる。一方、龍兵の帰宅を待っていたあゆみは、手紙の束を発見する。それは、龍兵が8歳の頃から結婚するまで泉に書いていた手紙だった…。

監督は今井和久、脚本は鴨義信、製作総指揮は長嶋一茂、製作は亀山慶二&長島仁子&気賀純夫&松下順一&下宮孝志&滝鼻卓雄&小林覚&木村健一&福島祥郎&吉川恭史&沼田宏樹、企画は梅澤道彦&五十嵐文郎桑田潔&横川英樹&遠谷信幸&福島重幸、プロデューサーは元木ひとみ&秋山純&伊藤正昭、協力プロデューサーは八木征志、特別協力は日本郵政株式会社、エグゼクティブ・スーパーバイザーは西川善文、撮影は木村弘一、照明は村澤浩一、美術は北谷岳之、録音は畦本真司、編集は清水正彦、音楽は中村幸代&森下滋。
主題歌『Together』小松優一、作詞・作曲:小松優一。
出演は長嶋一茂、北乃きい、原沙知絵、犬塚弘、谷啓、竹中直人、野際陽子、田山涼成、木梨憲武、古手川祐子、大塚寧々、小川光樹、菊池隆則(現・樋口隆則)、遠藤久美子、渡邉邦門、佐野夏芽、エリ(胡蝶蘭)、あられ未希、岡田絵里香、不破万作、山田スミ子、高田敏江、前田耕陽、棟里佳、あべこ(胡蝶蘭)、鈴木美恵、野村恵里、新海百合子、山口みよ子、森康子、小野敦子、吉池晋一、太田力斗、石川慶美ら。


長嶋一茂が主演と製作総指揮を兼ね、郵政民営化で発足した日本郵政の初代社長・西川善文がエグゼクティブ・スーパーバイザーを務めた作品。
そして配給会社のザナドゥーを倒産に追い込んだ映画である。
これまで『オール・アバウト・マイ・マザー』や『呪怨』など多くの映画を配給してきたザナドゥーは、本作の興行が大失敗に終わったことが原因で、翌2009年には代表取締役が夜逃げし、会社は倒産した。
龍兵を長嶋一茂、あゆみを北乃きい、奈桜子を原沙知絵、三ツ屋を犬塚弘、羽田を谷啓、番を竹中直人、園子を野際陽子、玉井を田山涼成、終盤に龍兵の自転車を修理する男を木梨憲武、校長を古手川祐子、泉を大塚寧々、鉄兵を小川光樹、大西を菊池隆則(現・樋口隆則)、彩子を遠藤久美子、琢磨を渡邉邦門が演じている。
監督は『イグアナの娘』や『7人の女弁護士』など多くのTVドラマを演出してきたメディアミックス・ジャパンの今井和久で、映画は本作品が初めて。

冒頭に、わざわざ「地域集配局」「地域拠点局」といったスーパーインポーズまで入れて、配送の仕組みが丁寧に説明されている。
主人公のキャラ描写でもなく、その周辺の描写でもなく、まず配送の仕組みを丁寧に描くところから始める辺り、日本郵便のプロパガンダ映画としては、とても誠実で行儀の良い入りと言えよう。
一茂の発声やガタイの良さからは郵便局員らしさが感じられないし、演技も大根だ。
しかし芝居の下手さからくる不器用な感じは、「郵便局員の誠実さ、生真面目さ」をアピールするという意味では、ミスキャストとも言い難い。
娯楽映画の主役としては力不足だが、郵政のPR用フィルムとして捉えれば、そう悪くない配役なのかなと。

この映画の最大の問題は、明らかに郵政のPRフィルムという特殊な作品であり、一般の娯楽映画と同じ並びにしちゃいけないモノなのに、まるで普通の娯楽映画のように宣伝し、全国約170館で上映してしまったことだ。
そりゃあ、こんなモノを大々的に全国公開したら、コケるのは当然だ。
どうしてザナドゥーは本作品がヒットすると思ったんだんだろうか。
そりゃあ、そんなセンスなら倒産しても仕方が無いわ。
郵便局員は全国に大勢いるから、そういう面々が見てくれるだろうとでも思っていたんだろうか。

郵政のPR用フィルムとして考えても、この映画は出来が悪い。
最大の欠点は、主人公に全く魅力が感じられないってことだ。
それは一茂の演技力のせいだけではなく(それも影響しているが)、キャラ造形が悪い。
彼は「家族は一つ屋根の下で一緒に育つべき。高校生の内から親元を離れるなんて許さん。子供の内から選択権なんて無い」と娘に言う。
さらに仕事でも未だにバタンコを使い、隠語を覚えるよう新人に要求する。そういう昔気質で頑固な男だ。
だが、昔気質で頑固だから魅力が無いわけではなく、その描き方が問題なのだ。

この映画、恐ろしいことに、「古いことは何もかも素晴らしいのだ」という考えを、マジに訴えている。
今では誰も使わなくなったような隠語を後輩に覚えるよう要求したり、家族が揃って生活すべきだと娘に強要したりすことを、主人公は絶対的に正しいと思っている。彼は揺るぎない信念を持っている。
それに共感できる観客は、たぶんマジョリティーではないと思うぞ。
「古い物にも良い部分はあるよね」とか「新しい価値観を受け入れ難い部分はあるよね」という程度ならいいけど、この主人公は新しい価値観を全否定しているんだよね。
ようするに、あまりにも極端すぎるのよ、キャラ造形が。

「新しい価値観の中で生まれ育った若者が、古い価値観の大人と衝突するが、何らかの体験を経て、その大人の意見の正しさに気付く」という話は、映画では青春物などで良く使われるパターンだが、そういう場合、若者が主役になっている。
大人は主役じゃないので、「古い価値観を持っている」という部分は彼の一部分でしかないし、それよりも「自分の経験を基にして若者を諭したり叱責したりする」という「経験豊富な人物」としての側面が大きいケースが多い。
しかし本作品の場合、龍兵に「熟練した大人」としての造形は皆無だ。
熱血漢で真っ直ぐな龍兵に、大人っぽさは感じない。

で、そういう奴が「古い価値観は全て正しい」と熱く語っても、説得力が無いんだよな。
例えばバタンコにしても、どう考えたってバイクの方が速い。バタンコがバイクに勝っている点は、何一つとして存在しないのだ。
少なくとも、劇中でバタンコの方が勝っている点が示されることは無い。
だから、それでもバタンコを使い続ける主人公は、ただの時代遅れでしかない。
隠語にしても、なぜ覚えなきゃいけないのかという、納得できるような理由が無い。
ただ単に、「俺はそれが正しいと思っているから、お前らも従え」と、問答無用で自分の価値観を若者に押し付けようとしているだけだ。

龍兵が父を亡くしていることが明かされても、それで「ああ、だから娘が家を出ることに反対なのか」と腑に落ちることは無い。軽く セリフで語られるだけだし、主人公の心情描写が全くなっていないので(そこは一茂の演技力不足が大きい)、彼に共感させるだけの説得力が感じられない。
彼は「あゆみの心の穴を埋めてやるのは、父親である僕しかいないんですと言っているけど、それは思い上がりにしか思えない。
実際、お前は埋めることが出来てないじゃねえか。
ってことは、やり方が間違っているんだよ。
それとさ、家族みんなで食卓を囲むべきだと言っていたのに、テメエは港で飯食って、夜遅くまで帰宅していないシーンがあるじゃねえか。それはどう説明するんだよ。
帰宅して「あゆみ、起きてるか」と問い掛けているってことは、もう晩飯の時間は過ぎているってことだろ。

あゆみが家を出たい理由は、途中で「城里学院で陸上をやって駅伝に出たい」という前向きな気持ちではなく「母親の思い出が詰まった家から離れたい」という逃避行動だと判明する。
でも、だからって「家族はみんな一緒に暮らすべきだ」という龍兵の考えが正当化されるわけじゃないぞ。
それはそれ、これはこれだ。
龍兵は、もし娘が本当に「陸上の強い学校へ行きたい」という理由で家を出たいと望んでも、やはり同じように反対していただろうし。

主人公のキャラ造形以外にも、無駄なシーンが多いとか、セリフによる説明が多いとか、上手く消化できていなかったり描写不足だったりするネタが幾つもあるとか、問題は多い。
花火やジュースによって手紙を汚した犯人は分からないままだし。
あと、「さっきは300分の1って言ってたけど、あの子にとっては1分の1なんだよ」と龍兵が琢磨に言うシーンって、ホントならその言葉で琢磨が心を打たれなきゃいけないはずなんだけど、彼が女に惚れてしまうと、そこがブレちゃう。
その言葉が心に沁みたとしても、それは「惚れた女に届けられた手紙だったから反省する」ってことになっちゃうでしょ。そういう恋愛感情を抜きにしても、彼が反省するような状況を用意すべきでしょ、そこは。
届けた相手が琢磨にとって何の興味も沸かないようなオバサンだったら、きっと彼は何も反省してないぞ。

終盤、龍兵は三ツ屋の手紙を羽田に届けるため、バタンコを走らせる。
「少しでも早く郵便を届けるのが郵便屋」というのが彼の考え方だということは示されているので、翌朝の集配に回すのではなく、その足で届けようとするのは、整合性は取れている。
ただ、自転車で届けるっていう展開になると、もはや郵便局員がどうとか、そういう問題じゃなくなっているよな。
それに、一刻も早く届けたいと思っているのなら、自転車じゃなくて車を使うべきだろ。テメエが運転できないのなら、誰か運転できる知り合いに頼んで車を出してもらえばいい。
「少しでも早く郵便を届けるのが郵便屋」という信念と、「バタンコを使い続ける」という信念が矛盾しているのよ。

あとさ、住所は分かっているんだから、そこから電話番号は調べられるよな。だったら、電話を掛けて事情を説明すりゃ済むことなんじゃねえのか。
ひょっとして、「体力を使って自転車を漕ぐ」という描写で頑張っている姿をアピールすれば、それが主人公への共感に繋がるとでも思ったのか。
もちろん、頑張る姿が共感を誘うことは確かだけど、こいつの頑張りは、間違った頑張りだからね。
上司や同僚にも連絡を入れずに千葉へ向かっており、無断欠勤しているんだから、そりゃ郵便局員としてアウトでしょ。

終盤、龍兵が8歳の時から結婚するまで妻に書き続けていた手紙を読んだあゆみの気持ちが変化し、母の死を受け入れるという流れになっているけど、そこも説得力が全く無い。
おまけに「セレクションを受けるのはやめます」と宣言しちゃうのは、アホかと思ってしまう。
なんで「家族は一つ屋根の下で暮らすべき」という龍兵の古い価値観を全面的に肯定しちゃうような展開になっているんだよ。

そんで、そこから龍兵が奈桜子に「いいんですか。今なら間に合いますよ」と言われ、あゆみに「セレクション受けろ」と告げに行く展開になり、そこを感動的なシーンにしようとしているが、まあ感動の「か」の字も無いわな。
まず、龍兵の考えが変化する経緯が皆無だし。
あと、あゆみが寮生活をしたがったのは、そこで陸上をやりたいからじゃなくて、「母の思い出が詰まった家を出たいから」ということが全てだったんだから、その気持ちが解消された以上、既にセレクションを受ける目的が消滅しているでしょ。
だから、もはや目的の失われたセレクションを受けるよう龍兵が後押ししても、そこに感動なんて生まれるはずが無いのよ。

(観賞日:2012年7月14日)

 

*ポンコツ映画愛護協会