『ピアノの森』:2007、日本
夏の始め、小学5年生の雨宮修平は東京から祖母が住む田舎町へとやって来た。彼は4歳からピアノを習っており、ピアニストになること を夢見ている。母の奈美恵は「お父様のような立派なピアニストになってもらわないとと期待している。修平の父・洋一郎は、有名な ピアニストなのだ。車に乗って大きな森の近くを通った修平は、ピアノの音が聞こえたような気がした。
5年3組に転校した修平は、ガキ大将のキンピラに目を付けられた。修平は彼と仲間たちに「森のピアノって知ってるか。学校の近くの森 には壊れたピアノがあって、なぜか夜になると勝手に鳴り出す。亡霊が弾くんじゃないかという噂だ」と言われ、度胸試しとして弾いて くるよう要求された。すると同級生の一ノ瀬海が「ピアノなら、音が出るぜ」と口を挟んできた。彼はキンピラに「お前はビビってたから 音が出なかったんだろ」と言い、からかった
怒ったキンピラが殴り掛かると、海は「ピアノは鳴るんだ。あれは俺のピアノだから分かってる」と言う。キンピラが「お前みたいな貧乏 が、どうやってピアノを買えるんだよ」と口にすると、海は「捨ててあったから貰ったんだよ」と返す。海はキンピラを挑発し、また 殴られた。そこへ音楽教師の阿字野壮介が来たため、キンピラや海たちは退散した。残された修平は、阿字野に森のピアノの噂を訊くが、 「あれは嘘だ。学校の七不思議みたいなものだよ」と言われた。
修平が帰ろうとすると、海から森に行こうと誘われた。森に入ると、修平は「手を怪我するわけにはいかない」と手袋を着用する。海は 「俺は毎日行ってるんだぜ」と言い、グランドピアノが置かれている場所に修平を案内した。修平は鍵盤を叩いてみるが、ほとんど音が 出ない。「やっぱり壊れてるよ」と言うと、「そんなことは無い」と海が代わる。海が弾くと、ちゃんと美しい音が出た。「俺だけに心を 開いてんじゃねえの」と彼は口にした。
修平は何か特別な弾き方があるんじゃないかと推測し、一曲弾くよう頼む。海は靴を脱ぎ、演奏を始めた。演奏が終わると修平は拍手し、 「すごいよ」と絶賛した。だが、海は一度もピアノを習った事が無いと言う。修平は「良かったら僕の家のピアノ、弾きに来ない?」と海 を誘う。海は喜んで彼の家へ行き、レッスン室のピアノを弾く。だが、それは修平にとって耳障りなものだった。
修平はゆっくり弾くよう頼むが、すぐに海は「これ、楽しくない。ピアノは遊びだぜ」と言い出す。修平は「辛い練習を乗り越えないと、 ピアニストにはなれない」と告げる。2人の会話を聞いた奈美恵は、音楽教師が阿字野だと知って驚いた。奈美恵は2人に、阿字野が 若い頃は自分たち音大生の憧れのピアニストだったと教える。20年前、阿字野は大学卒業と同時にピアニストとしてデビューし、華々しく 活躍していた。しかし5年後に事故で左腕に怪我を負い、ピアニストの道を断たれたのだった。
翌日、奈美恵は修平を連れて阿字野に会い、ピアノ教師を依頼する。しかし阿字野は「残念ですが、かつての私ではないのです」と断った 。修平は阿字野に、海だけが森のピアノを弾けること、海の音色がドキドキしてカッコ良かったこと、海が毎晩弾いていることを話す。 その夜、海は母・怜子が勤めるスナックで手伝いをしていた。怜子の外出中、海は悪酔いしたオヤジに難癖を付けられた。海はオヤジを 蹴り飛ばし、店を飛び出した。
阿字野は森に入った。そこにあるピアノは、かつて彼が弾いていたものだった。鍵盤が重く、普通に弾いたのでは音が出ないようにして あった。彼は交通事故でピアニストとしての将来だけでなく、婚約者も失っていた。彼は大学の講師として迎えられたが、何を聞いても何 の関心も持てず、10年で名誉教授を解任された。最後に彼は、手放したピアノに一目だけでも会いたいと思い、その行方を探した。やがて 彼はホステスから、キャバレーで潰れた時に森の中に捨てたという情報を得た。森でピアノを見つけるが、何度弾いてもちゃんとした音は 出なかった。それから3年が経過したが、彼はピアノがある土地を離れられずにいた。
森の奥で、阿字野はピアノを弾く海に出会った。海の演奏を聴いた彼は、「このピアノの音は私の音だ」と涙を流した。阿字野は海に声を 掛け、「一緒にピアノをやらないか?この手はピアノが選んだ手だ」と誘う。しかし海は「ふざけんな。オレがテメエなんかとピアノを 弾くわけねえだろ」と拒否した。翌日、修平の家を再び訪ねた海は、モーツァルトのK.310を聴いて感動する。だが、修平は「まだまだ だよ。こんなんじゃコンクールで優勝なんて望めない」と言う。もうすぐ全日本学生ピアノコンクールがあり、それに彼は出場するのだ。 その大会は、ピアニストになるための登竜門と言われている。
海はモーツァルトの楽譜を見るが、全く読むことが出来ない。修平は「海君も覚えた方がいいよ」と言うが、「勉強は勘弁してくれ」と 告げる。海は修平に、阿字野から一緒にピアノやらないかと誘われたことを話す。修平は「それって、ピアノを教えてやるっていう意味 だよ。すごいじゃないか。僕はお願いして断られたんだ。これはチャンスだよ。本格的にピアノを習うべきだよ」と勧める。だが、海は 「バカ言うんじゃねえ、オレは誰にも教わる気はねえ。それにオレんちには習い事をするような金は無いんだ」と返した。
帰ろうとする海に、修平は「僕で良かったらピアノ、教えるよ。さっきのモーツァルト」と持ち掛けた。しかし海は「もう覚えたから、 いいや」と言って去った。海は学校の音楽室へ行き、そこでK.310を口ずさみながらピアノを弾く真似をした。そこに阿字野が現れ、K.310 をピアノで弾いた。さらに彼はベートーベンやメンデルスゾーン、ショパンなどの有名曲の触りを次々に演奏した。特に海は、ショパンの 「子犬のワルツ」に強く惹かれた。
夜、海は森へ行き、阿字野が弾いていた曲を演奏する。だが、子犬のワルツだけは上手く弾けなかった。翌日から彼は、5日も学校を 休んだ。久々に登校した彼は阿字野の元へ走り、「俺にショパンを教えてくれ」と頼む。阿字野は「教えるが、お前がそれを弾けるように なるまで逃げないことが条件だ」と告げた。その会話を、修平は聞いていた。彼は海に「良かったね、阿字野先生にピアノ教えてもらう ことになって」と声を掛けるが、複雑な気分だった。
翌日、海は朝からキンピラは取っ組み合いのケンカを始めた。キンピラが「母親と一緒に客を取っている」と言い掛かりを付けてきたのだ 。馬乗りになって右手を振り上げる海を見た修平は、慌てて腕を掴み、「手はダメだ。この手はもうケンカなんかする手じゃないんだよ」 と叫ぶ。海「俺の手を俺がどうしようと勝手だろ、余計なお世話だ。心配するなら、お前の手を守ったらいいだろ」と反発した。すると 修平は険しい顔になり、「分かった。僕はもう僕の心配だけするよ」と告げて教室を去った。
放課後、海は阿字野と共に、光玉寮のプレハブを改良したレッスン室へ赴いた。阿字野は「まずは普通のピアノに慣れることだ」と言い、 同じ音階を単調に繰り返す指の練習を要求する。練習の辛さを知った海は、翌日、修平に謝った。しかし修平は「お節介なことをした僕が 悪いんだ」と、そっけない態度を取った。夜、海はプレハブの天窓から見える月を見つめる。天窓の下にピアノを移動させることで森を イメージすると、単調なレッスンに対する海の気持ちがガラリと変化した。
阿字野は3組の担任教師から、修平が全日本学生コンクールに出ることを聞かされる。プレハブへ来た彼は、「合格だ。そのまま続けて 子犬のワルツを弾いてみなさい。もう弾けるはずだ」と海に言う。海が疑いながらもやってみると、本当に弾くことが出来た。阿字野は 「ショパンの曲は力ではなく、柔軟性と運動能力を必要とする」と説明する。海が「取引だ、今度は先生の望みを聞く番だ。何をして ほしい?」と言うと、阿字野は「全日本学生コンクールに出場してもらおう」と告げる。予選は10日後だった。
翌日、修平は奈美恵から、祖母の具合が随分と良くなったので、コンクールが終わったら東京に戻るつもりだと聞かされた。修平が練習 していると奈美恵が現れ、「貴方には内緒で、阿字野先生にはコンクールの審査員になってもらうようお父様に頼んで手配してたの」と 述べた。だが、阿字野は教え子が出場することを理由に辞退したという。修平は、その教え子が海だと察知した。
修平は森へ行くが、そこに海はいない。飲み屋街へ赴いた彼はチンピラに絡まれるが、そこに通り掛かった海の母・怜子に救われた。海の 家を訪れた修平は、彼が幼い頃から森のピアノを弾いていたことを知る。怜子の話を聞いた修平は、海のピアノに対する向き合い方に触れ 、2人の関係は修復された。修平は「コンクールに出るからには全力で勝負してほしい。約束してくれるよね」と海に告げた。
阿字野は海に、K.310の楽譜と、かつて自分が演奏したテープを渡す。海はテープを意識して練習するが、それを聴いた阿字野は「人の 真似をして楽しいか」と言い、テープを破棄した。「お前のピアノを弾きなさい。そうすれば最高の気分が味わえる」と彼は言う。海が 「自分のピアノって何だよ」と考えながら夜道を歩いていると、モーツァルトの亡霊が出現した。学校でも彼は、モーツァルトの亡霊に 悩まされた。亡霊の数は、日に日に増えていった。
コンクールの中部南地区予選当日になった。海は阿字野と怜子に付き添われ、会場に到着した。阿字野は怜子に、全国大会に行けるのは 一人だけだと説明した。控え室へ行った海は、丸山誉子という少女に出会った。彼女は付き人の白石に「どうして雨宮修平が出てくるのよ 。関東地区じゃなかったの。こいつが出るなら、こいつが一番じゃない。だって雨宮洋一郎の息子じゃない。やる前から決まってるのよ」 と愚痴っていた。海は「じゃあ辞めろよ。雨宮が優勝するのは雨宮の実力だ」と怒鳴る。そこへ修平がやって来た。
コンクールが始まる中、悩みを抱えたままホールをうろついていた海は、階段で泣いている誉子を発見した。声を掛けると、彼女は「これ は悔し泣きよ。雨宮修平のせいで全国大会に行く目標が」と強がった。海が「あいつは小さい頃からずっと辛いレッスンを続けてきたんだ 。優勝して当然だ」と語ると、誉子は「じゃあアタシのレッスンを見たことがある?誉子だって頑張ってるの」と、また泣き出した。彼女 は、上がり症のせいで、いつも失敗することを打ち明けた。
海は誉子に、「集中できる方法がある。お前が一番落ち着く場所をイメージしろ」とアドバイスする。彼女は「トイレに入って飼い犬の ウェンディーが近くにいる時が落ち着く」と言い、ウェンディーのサラサラの毛にそっくりな海の髪の毛を触った。誉子がリラックスした 頃、修平は出番を迎えていた。出て行こうとした時、慌てて海と誉子がステージ裏に駆け込んで来た。修平は完璧な演奏を披露し、誉子も 落ち着いて出番を終えた。そしていよいよ、海の順番が回ってきた…。監督は小島正幸、原作は一色まこと、脚本は蓬莱竜太、製作は奥田誠治&永井秀之&松本輝起&住吉孝之&丸田順悟&西垣慎一郎& 伊藤泰造&大月f、企画は松下洋子&吉田剛&丸山正雄、プロデューサーは藤村直人&山崎立士&鶴崎りか&市井美帆&齋藤優一郎、 アソシエイトプロデューサーは岩崎善浩&岩瀬安輝&斎藤朋之、エグゼクティブプロデューサーは神蔵克&奥村康治&北川淳一、 アニメーションプロデューサーは竹内孝次&谷口理、絵コンテは富沢信雄&矢野雄一郎&増田敏彦&佐藤雄三&小島正幸、演出は 小山田桂子&鶴岡耕次郎&中村亮介&吉野智美&いしづかあつこ、演出補佐は高橋亨&伊藤智彦、キャラクターデザイン・総作画監督は 藤田しげる、作画監督は滝口禎一&青山浩行&野口寛明&濱田邦彦&宮本佐和子、レイアウト監修は兼森義則、作画監督補佐は新川信正& 馬場健&関口淳&清水洋&田崎聡、色彩設計は山本智子、美術監督は水谷利春、東地和生、撮影監督は石黒瑠美、編集は笠原義宏、 音響監督は藤山房伸、サウンドデザイナーは小川高松、録音監督は三ツ矢雄二、音楽は篠原敬介、音楽プロデューサーは岡田こずえ、 ピアノ演奏・ミュージックアドバイザーはウラディーミル・アシュケナージ、指揮はマリオ・クレメンス、演奏はチェコ・ フィルハーモニー管弦楽団、ピアノ演奏は橋本健太郎&野上真梨子&小林隆一。
主題歌「Moonshine 〜月あかり〜」歌・ピアノ演奏は松下奈緒、作詞・プロデュース:松尾"KC"潔、作曲:松本俊明、編曲:安部潤。
声の出演は上戸彩、宮迫博之(雨上がり決死隊)、神木隆之介、池脇千鶴、福田麻由子、天野ひろゆき(キャイ〜ン)、 ウド鈴木(キャイ〜ン)、黒沢かずこ(森三中)、川田裕美(読売テレビアナウンサー)、高田純次、田中敦子、松本梨香、 田中真弓、井関佳子、竹内順子、水町レイコ、上村依子、 くまいもとこ、大谷亮介、岩崎征実、木内秀信、前田剛、樋口智恵子、石橋美佳、長浜満里子、中尾友紀、中村太亮ら。
一色まことの漫画『ピアノの森 -The perfect world of KAI-』を基にした長編アニメーション映画。
アニメーション制作はマッドハウスが担当。
世界的ピアニストのウラディーミル・アシュケナージがピアノ演奏とミュージックアドバイザーで携わっている。
海の声を上戸彩、阿字野を宮迫博之(雨上がり決死隊)、修平を神木隆之介、怜子を池脇千鶴、誉子を福田麻由子、チンピラを 天野ひろゆき(キャイ〜ン)、オヤジをウド鈴木(キャイ〜ン)が担当し、原作のファンである高田純次が審査員役で特別出演している。最近のアニメーション映画では、タレントや俳優が声優を務めることが当たり前になっている。
一般の観客を呼び込むためには、有名人を起用した方が訴求力やPRに繋がるということなのだろう。それは仕方の無い部分もあると思う が、そういう「PRのために起用された門外漢の人々」が声優業を上手くこなすケースは、多いとは言えない。
っていうか、稀なケースと言っていいだろう。
これがチョイ役としてゲスト出演しているのなら、それは大きな傷にならずに済むだろう。しかし本作品のように、主要なキャストを全て プロの声優以外のメンツで固めてしまった場合、彼らがマズい仕事をすると、それは映画にとって致命的な欠陥となる。
どれだけ優れたシナリオや演出があったとしても、声優が全てを台無しにすることだって有り得るのだ。
そういうマイナスの影響というのを、製作サイドは全く考慮していない。前置きが長くなったが、この映画は、前述したような「訴求力目当てで配役された人間が致命的な欠陥になる」というケースに 該当する。
この映画で最も大きな傷となっているのは、ヒロイン、じゃなかった、主人公である海の声を担当した上戸彩である。
上戸は女の声にしか聞こえないので、最初は「男勝りの女」というキャラなのかと勘違いしてしまったぐらいだ。
キンピラがシャツを引っ張った時には、「オッパイ見えちゃうよ」と思ってしまった。
ただ、それだけでなく、神木とのバランスも悪い。同級生のはずなのに、海の方が年上の声に聞こえる。
まあ実際に上戸彩の方が神木隆之介よりも年上だし。
神木を使うのなら、海も少年を起用した方が良かった。他の面々に関しても、起用が成功しているとは思えない。
宮迫博之は、お笑い芸人の中では芸達者な部類に入る人だと思うが、この映画での声優ぶりは宮迫以外の何者にも聞こえない。
それはキャラと声質や声の出し方が全く合っていないからだろう。
池脇千鶴や福田麻由子にしても、上戸に比べれば違和感は少ないが、上手いとは言い難い。
っていうか池脇千鶴に関しては、小学生の子供を持つ母親の役を彼女に振った製作サイドのセンスがおかしい。ただし、じゃあプロの声優に任せれば面白い映画だったのかというと、そうではない。他にも色々と問題はある。
まず、森のピアノを海が弾くシーンが、本作品における最初のピアノ演奏シーンというのは、構成として失敗だろう。
それより先に、まずは修平による「折り目正しい生真面目なピアノ演奏」を観客に提示しておくべきだ。
そうじゃないと、海のピアノ演奏がいかに自由奔放なのかが、観客に上手く伝わらないと思うのだ。
海の演奏が、「本作品にとってベーシックなモノ」として伝わってしまう。森のピアノは長く野ざらしになっているはずなのに、まるで屋内にあるかのように、木の葉が落ちているだけで、傷も汚れも全く無い 美しい状態だ。
そこは「神秘的な力が作用している」と解釈すればいいんだろうか。
そのピアノを海だけは弾くことが出来るというのも、やはりマジック的なパワーという設定なんだろうか。
しかし阿字野の回想で「鍵盤が重く、普通に弾いたのでは音が出ない」という説明があるので、やはり弾き方の問題なのか。
でも、重さだけが違うのなら、「力を入れて弾いているから海は音が出る」ということに過ぎなくなり、「彼の才能がそこに表れている」 ということにならない。あと、阿字野の回想が、すげえ邪魔に思える。そんなとこで時間を使うより、もっと他に使うべき箇所があったんじゃないかと。
そりゃあ話として、彼が事故でピアニストの道を断たれたという設定は必要だろうけど、それ以外の部分に関しては、それほど重視 しなくてもいいんじゃないかと。
極端な話、森のピアノが彼の物だったという設定さえ、削除してもいいんじゃないかと思うぐらいだ。
この映画で重要なのは海と修平の関係であって、阿字野はそこまでフィーチャーして描かれるほどのキャラではない。海が修平のモーツァルトを聴いた後、音楽室へ行くのは行動として不可解。目的が良く分からない。
「モーツァルトの顔を拝みに来た」と彼は言っているが、それで納得するのは無理だし、ピアノを弾きたいと思ったのなら、ピアノを弾く 真似事をするんじゃなく、そこにあるピアノを弾けばいい。
っていうか、もしピアノが弾きたくなったのなら、森に行けばいい。
そこは、修平からモーツァルトを教わった直後に阿字野と会わせるために、海の行動を御都合主義で捻じ曲げているとしか受け取れない。海が音楽室で阿字野と会うシーンの後、修平が熱心に練習しているシーンで、初めて修平の祖母が登場するのは遅すぎる。
っていうか、もう修平が田舎へ来た理由が彼女にあることさえ忘れていたよ。
で、その練習している修平は「阿字野先生は僕より海君を選んだんだ」と心で呟くが、そういうライバル心、嫉妬心を感じている表現が 弱い。
「良かったね、阿字野先生にピアノ教えてもらうことになって」と海に声を掛けて複雑な気分になるシーンもあるが、そこまでに、修平の ピアノに懸ける強い思い、ピアニストになりたいという強い気持ちが、それほど表現されているとは言い難い。
それと展開が早すぎて、「最初は海の演奏に感動し、応援していたが、彼が阿字野に認められたことで複雑な気持ちになっていく」という 心情の変化の描写が薄くなっている。海が阿字野にコンクール出場を持ち掛けた翌日、奈美恵は修平に「今日のレッスンは5時からよ。先生をお待たせしないようにね」と言う が、先生を呼んでレッスンしていたのかよ。そこまでに個人教師が一度も出て来ないので、全く分からなかった。
まあ考えてみれば、コンクールに出るぐらいだから、個人教師がいても当然なんだけどさ。
だったらセリフ無しでもいいから、教師がいることは提示しておくべきではないのか。
で、修平が練習していると、奈美恵が「阿字野先生にはコンクールの審査員になってもらうようお父様に頼んで手配してたの」と言うが、 その前に家族写真が写るカットがあり、その時点では、父は死んでいるのかと思ってしまった。
そう言えば冒頭で父親のことを言っていたなあと、そこで思い出したぐらいだし。
父が生きていてピアニストをやっているという設定は、もっと明確に示しておくべきだよ。そのシーンが訪れるまでは、まるで忘れ 去られている。飲み屋街でチンピラたち(ヤクザに見えたが設定ではチンピラ)が海に「ぶつかってズボンが汚れたからクリーニング代として10万円を 払え」と絡むのは、無理がありすぎ。
チンピラだってバカじゃないんだから、普通、小学生に金を要求するようなことはしないでしょ。
どんなチンピラだよ、それは。
「からかっただけだ」と言うが、だからさ、からかうにしても、小学生を相手にしないっての。
あと、ここで初めて海の母親が登場するが、これも遅すぎる。キャラの出し入れが悪すぎる。
海と母の関係も全く描かれていないし。海が「自分のピアノって何だよ」と考えながら夜道を歩いていると、モーツァルトの亡霊が幻影で登場するが、こういう非現実描写は、 場違いで空気を壊している。
亡霊が増えていくことで、海の苦悩が増していくことを表現しているんだけど、それは間違った方向に逃げちゃってるなあという感じ。
そういうファンタジー描写がスムーズに感じられるような流れは出来ていなかったし。もう映画の3分の2ぐらいが過ぎた辺りになって誉子という新キャラクターを投入するのは、明らかに構成としてマズい。
ひょっとして、続編を作る予定があって、そこで彼女は重要な存在になるので、この1作目で出しておこうという狙いだったのだろうか。
まあ、どういう事情があるにせよ、このキャラは邪魔で、要らない。
何のために登場したのか、良く分からない存在になっているし。色々と詰め込みすぎだが、もっと海と修平の友情とライバル心に絞り込むべきだ。
海ばかりフィーチャーされていて、コンクールまでの修平の様子は薄いし。彼は彼なりに苦悩も苦労もあっただろうに、そういうのは全く 描かれない。
クライマックスに向けて、修平と海、それぞれのピアノやコンクールに懸ける思いは、もっと伝わっていないとダメだ。そこが貧弱すぎる 。「ピアノの神様、僕を一番に」と修平が心で願っても、それがこっちの心に響かない。
「そうだ、これが僕のピアノだ」と修平は心で呟くが、それまでに「僕のピアノは、どういうものだろうか」と彼が悩んでいる様子が あったわけでもないし。あと、コンクールで海、修平、誉子が演奏する曲が異なるってのはイカンだろ。
たぶん同じ曲が続くと観客が退屈するだろうということでの配慮なんだろうけど、同じ曲を並べないと、それぞれのピアニストとしての 違いが分からないじゃないか。
課題曲は同じだったはずなのに、なんで本番で違う曲なのよ。
いや、たぶん同じ曲だったとしても、クラシックにもピアノにも全く詳しくないワシは、その音色の違いが分からなかっただろうけどさ (分からねえのかよ)。(観賞日:2010年11月12日)