『PERFECT DAYS』:2023、日本&ドイツ
まだ外が暗い内から目を覚ました平山は準備を整え、トイレ清掃会社の制服を着た。彼はカセットテープで古い曲を流しながら車を運転し、トイレ清掃の現場に赴いた。平山が黙々と仕事をしていると、後輩のタカシが遅れてやって来た。「道が混んでいた」と弁明したタカシは仕事の愚痴を長々と喋るが、平山は黙って清掃を続けた。丁寧な仕事をする平山に、タカシは半呆れた様子で「どうせ汚れるんだから」と言う。彼はスマホをいじりながら、適当に仕事を済ませた。
平山は次の現場である公園へ行き、個室で泣いている男児を発見した。平山は迷子になった男児の手を取って、親を捜しに行こうとする。そこへ母親が現れ、平山から奪うように男児を抱き上げた。彼女は平山に礼も言わず、その場を去った。次の現場で清掃を終えた平山は、神社の敷地で昼食を取った。大木の写真を撮った彼は、宮司の許可を得て植物を持ち帰った。次の現場で掃除をしていた平山は、大木に抱き付いたり踊ったりするホームレスが気になった。
中が透けて見えるトイレの使い方が分からず困る外国人女性がいたので、平山は自らが実践して教えてやった。その日の仕事を終えた彼は、アパートに戻った。平山は自転車で近くの銭湯へ行き、上がってからロビーのテレビで大相撲中継を見た。彼は地下街の食堂へ出掛け、テレビでプロ野球を見ながら酒を飲んだ。帰宅した平山は、本を読んでから就寝した。次の朝、彼は前日と同じ行動を繰り返し、車を運転して仕事現場へ向かった。
平山とタカシが公園のトイレを清掃していると、ガールズバーで働くアヤがやって来た。タカシは喜び、「すぐ終わるから待っててね」と急いで仕事を終わらせた。しかしスクーターのエンジンが掛からず、焦ったタカシは平山に車を貸してほしいと頼む。平山は難色を示すが、タカシが懇願するので承諾した。平山は後部座席に座り、タカシはアヤを助手席に乗せて車を運転した。アヤはカセットテープに興味を示し、掛けてもいいかと平山に尋ねた。平山がテープを再生すると、アヤは歌手を検索した。アヤが歌手とテープの音が好きだと言うので、平山は頬を緩ませた。
タカシは遊びに出掛けるつもりだったが、アヤは「2つ先で降ろして」と指示した。不満を漏らすタカシに、彼女は「シフトを入れたから、お店に来てくれたら幾らでも遊ぶよ」と淡々とした口調で告げた。タカシは平山の目を盗み、カセットテープをアヤの鞄に忍ばせた。アヤが去った後、彼は平山に「マジで今日、勝負なんすよ」と言う。タカシは「金かあればどうにでもなるのに」と愚痴をこぼすが、平山は早く彼と別れて帰ることしか考えていなかった。
タカシはカセットテープの値段が気になり、知りたくないかと平山に尋ねる。彼は渋る平山を強引に中古レコード店へ連れて行き、店長にテープを見せた。高値が付くと知ったタカシは売却を持ち掛けるが、平山は拒否した。タカシが恨めしそうな顔をするので、彼は財布から金を渡した。タカシは大喜びし、ガールズバーへ向かった。その夜、平山は所持金が寂しいので外食をせず、帰宅してカップラーメンで夕食を済ませた。
翌日も平山は同じように仕事をこなし、銭湯と食堂へ赴いた。彼はアパートに戻り、本を読んでから就寝した。次の日、平山はタカシから「その年で独りって寂しくないですか」と問われるが、何も答えなかった。タカシは幼馴染のデラちゃんが来て両耳を触ると、笑顔で受け入れた。デラちゃんは知的障害者で、タカシは平山に「自分の耳が好きなんですよ」と告げた。次の現場で仕事を終えた平山が車に戻ると、アヤがテープを返しに来た。もう一度聴いてもいいかと言われた平山は、カーステレオで再生した。
アヤからタカシが何か言っていたかと問われた平山は、何も言わなかった。アヤは急に涙ぐみ、平山の頬にキスして立ち去った。休日、平山は洗濯物を持ってコインランドリーに行き、十字屋にフィルムを預けて現像が終わった写真を受け取った。帰宅した彼は部屋を掃除し、カセットテープを手入れしてから写真を整理した。平山は古本屋で幸田文の小説を買い、馴染みのバーへ赴いてママと話した。ママは常連客に促され、ギター演奏に合わせて歌った。
休日、平山は洗濯物を持ってコインランドリーに行き、十字屋にフィルムを預けて現像が終わった写真を受け取った。帰宅した彼は部屋を掃除し、カセットテープを手入れしてから写真を整理した。平山は古本屋で幸田文の小説を買い、馴染みのバーへ赴いてママと話した。ママは常連客に促され、ギター演奏に合わせて歌った。次の日、平山が仕事を終えて帰宅すると、姪のニコが待っていた。平山は困惑するが、彼女をアパートに泊めた。彼が早朝に仕事へ出掛けようとすると、ニコが目を覚ました。彼女が付いて行きたいと言うので、平山は車に乗せて清掃現場へ向かった…。監督はヴィム・ヴェンダース、脚本はヴィム・ヴェンダース&高崎卓馬、企画は柳井康治、エグゼクティブプロデューサーは役所広司、プロデュースはヴィム・ヴェンダース&高崎卓馬、共同製作は國枝礼子&ケイコ・オリビア・トミナガ&矢花宏太&大桑仁、ライン・プロデューサーは小林祐介、撮影はフランツ・ルスティグ、美術は桑島十和子、編集はトニー・フロッシュハマー、スタイリストは伊賀大介。
主演は役所広司、共演は田中泯、三浦友和、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、甲本雅裕、犬山イヌコ、安藤玉恵、モロ師岡、あがた森魚、長井短、深沢敦、柴田元幸、吉田葵、松居大悟、研ナオコ、松金よね子、田村泰二郎、水間ロン、川崎ゆり子、原田文明、レイナ、芹澤興人、牧口元美、松井功、古川がん、岡本牧子、田中都子、高橋侃、さいとうなり、大下ヒロト、大桑仁、殿内虹風、嶋崎希祐、渋谷そらじ、岩崎蒼維ら。
『アランフエスの麗しき日々』『世界の涯ての鼓動』のヴィム・ヴェンダースが監督を務めた作品。
脚本はヴィム・ヴェンダース監督と『ホノカアボーイ』の高崎卓馬による共同。
平山を役所広司、ホームレスを田中泯、友山を三浦友和、タカシを柄本時生、ニコを中野有紗、アヤをアオイヤマダ、バーのママを石川さゆりが演じている。他に、ニコの母のケイコ役で麻生祐未、バーのママの元夫役で三浦友和が演じている。
第76回カンヌ国際映画祭で主演男優賞とエキュメニカル審査員賞を受賞した。冒頭、平山は目覚まし時計を使わずに起床し、布団を畳んで部屋の隅に移動させる。
炊事場で歯を磨いて口髭を整え、それ以外の髭を剃る。
顔を洗い、室内で育てている植物に水をやる。制服に身を包み、自販機で買った缶コーヒーを飲み、カセットテープの曲を流しながら車を運転する。
そんな様子を丁寧に描くことで、「平山は生活のルーティーンが決まっており、規則正しく、慎ましく暮らしている」という人物であることを示しているわけだ。そんな冒頭シーンで気になるのは、「平山はどういう物件に住んでいるのか」ってことだ。
彼は布団を畳んだ後、階段を下りて炊事場へ移動している。決して豪華な調度品がある大きな家ではないので、「古い一軒家」みたいなことなのかと思った。
ところが出掛けるシーンで映し出される外観からすると、どう見てもアパートなのだ。アパートなのに、2階が居間で1階が台所なのよ。
台所や風呂が共同というアパートはあるけど、そうじゃなくて個人で使う台所だからね。その建物は2階に2部屋あるけど、風呂は付いてない。平山が出入りしているドアとは別に、その隣にもドアがある。平山は建物の中にある階段で移動しているが、外にも2階から1階へ移動するための階段が設置されている。
敷地には一台分だけの駐車場がある。他に住人がいる様子は無いが、平山が使っているのとは別の自転車が奥に停めてある。かなり珍しい物件だ。
っていうか、変だよね。そんなトコで「珍しい」とか「変だ」とか思わせちゃダメでしょ。ここは設定を間違えているとしか思えない。
あと、平山って車は持っているのね。あのアパートに暮らしていて、車の維持費とか駐車場代は普通に支払える経済状況なのね。アヤはタカシのことが好きなわけじゃなくて、単なる店の客としか思っていない。公園に来た時や車に乗っている時に彼女がつまらなそうな表情を浮かべているのは、「タカシと一緒にいて嬉しい、楽しい、大好き」という感情が皆無だからだ。決してツンデレというわけではない。
それなのに、わざわざ公園までタカシに会いに来た理由は何なのか。「たまたま通り掛かって、気まぐれで」というわけではない。アッシー的に使いたかったわけでもなさそうだ。
その理由は簡単で、平山と接点を持たせるためだ。100%混じりっ気無しで、作劇上の都合だけで用意された手順なのだ。
とは言え、劇映画において「作劇の都合で登場人物を動かす」ってのは、当然っちゃあ当然なのだ。そこを「ごく自然な流れ」として、見せ掛けることに失敗しているのだ。平山を寡黙な男として描きたいのは分かるけど、あまりにも極端で違和感を抱かせるキャラになっている。最初は喋れない設定なのかと思ったぐらいだ。
遅刻したタカシが話し掛けても一言も喋らず、身振りだけで仕事を始めるよう促す。
個室に異変を感じた時も、ノックするだけで話し掛けない。中に迷子の男児を見つけて、ようやく言葉を発する。しかし男児の母親が来ると、また沈黙する。
宮司に植物の許可を得る時も、身振り手振りだけで意志を伝える。外国人女性にトイレの使い方を教える時も、黙ったまま実践する。タカシから車を貸してほしいと頼まれた時も、首を横に振るだけで喋らない。アヤがカセットテープの曲を聴いてもいいかと尋ねた時も、うなずくだけで喋らない。
タカシがテープを売ろうと持ち掛けた時も、手を出して返却を要求するだけ。タカシが恨めしい顔をした時も、黙ったまま金を渡す。
そこまで極端に発声を避けようとするのは、かなり異様でしょ。
そこに何らかの理由があるのならともかく、何も無いんだし。
もはや口下手というレベルじゃないぞ。ドラマらしいドラマは、ほとんど起きない。起きそうな予感が漂うシーンすら少ない。
デラちゃんが登場してタカシが平山に紹介しても、そこから新たな展開に転がって行くことは無い。
バーのシーンは少しだけ何かありそうな匂いがするが、平山がママの歌を聴くだけで終了している。
神社で昼食を取っている時に平山が女性と会釈を交わしたり、ホームレスと挨拶を交わしたりするシーンがあるが、そこからドラマが生まれることは無い。最もドラマ性が強いのは、タカシとアヤが関わるシーンだろう。
だが、ここもアヤが泣きながら平山の頬にキスして、それで終わっている。それ以降、もうタカシとアヤは全く登場しなくなる。
ドラマが膨らまないだけでなく、謎を残したままで放り出されている。
なぜアヤが平山の前で急に泣き出すのか、なぜ頬にキスしたのかは良く分からない。
いかにもヴィム・ヴェンダース作品らしいと言うべきか、全体を通してハッキリしないことだらけだ。ヴィム・ヴェンダースと言えば、小津安二郎を敬愛していることで有名だ。日本が舞台になっていることもあるし、小津作品を強く意識していたのかもしれない。
しかし小津作品は表面的には静かで淡々としているものの、実は色んなドラマが起きているのだ。
それに対して本作品は、シンプルに「これといったドラマが起きない日々の暮らし」を綴っているだけだ。
「ほぼ同じことの繰り返し」となる日常風景を延々と見せられているのだから、つまらないのは当然なのだ。家出少女のニコが登場すると、平山の「ルーティーンで構築された日常生活」には変化が生じる。しかし大きな変化ではないし、長くも続かない。
平山がバーのママの元夫と話すシーンも、意味ありげではあるが、結局は「意味ありげなだけ」に留まっている。
平山の夢の内容が何度も白黒映像で挿入されるが、何が何やら良く分からない。それを何度も挿入している狙いも分からない。
最後まで雰囲気だけで持って行き、見終わってから残るのは「何となく」の雰囲気である。
しかし実のところ、それこそがヴィム・ヴェンダース作品の真骨頂と言えるのかもしれない。(観賞日:2025年6月25日)