『パラダイス・キス』:2011、日本

全国でも有数の進学校である私立清栄学園に通う高校3年生の早坂紫は、担任教師から進路について「浪人も覚悟しておけよ。なんで受験に集中できないんだよ」と厳しい言葉を浴びせられた。紫が初めて受験したのは5歳の頃だ。有名大学の初等部に入るための受験だったが、不合格になった。母の保子が自分を置いて歩いて行くのを見て、紫は捨てられるのではないかと怖くなった。だから彼女は、その時から誰よりも必死に勉強した。
紫が清栄学園に合格した頃には、母の関心が弟に移っていた。解放された紫は同級生の徳森浩行に恋をした。それから3年間、ずっと彼女は片思いしたままだった。ある日、街を歩いていた紫は、永瀬嵐という若者に声を掛けられる。派手な格好の嵐を見た紫はナンパだと確信し、「急いでるんで」と告げる。嵐がしつこいので走って逃げようとするが、つまずいてしまう。そこに女装している嵐の親友・イザベラが現れ、紫を抱き止めた。紫が貧血を起こして気絶したため、イザベラと嵐はアトリエへ運ぶことにした。
紫が目を覚ますと、嵐の恋人・櫻田実和子の姿があった。美和子は紫に、自分たちが矢澤芸術学院、通称「ヤザガク」で服を作っている学生であることを説明した。紫は「通ってる生徒がみんなバカばっかりっていう学校か」と見下した態度を取る。嵐は来月の卒業イベントとして開かれるファッションコンテストで紫をモデルに起用したいと考え、声を掛けたのだった。しかし紫は「受験が迫った大事な時期に、アンタたちの遊びに付き合っているヒマはない」と言い放った。
紫がアトリエを去ろうとすると、怒った嵐が「人が真剣にやってることを遊びだと。訂正しろ」と立ち塞がった。そこへ嵐たちのリーダーである小泉譲二、通称「ジョージ」が現れる。ジョージを見た紫は、逃げるように走り去る。翌朝、紫が教室にいると、ジョージがやって来た。彼は「ちゃんとお詫びをしようと思ってね」と紫の手を取り、強引に外へ連れ出した。彼は紫を車に乗せてヤザガクへ行き、教師であり世界的ヘアメイクアップ・アーティストでもある如月星次に紫の髪を切るよう頼んだ。
ジョージが「その野暮ったい髪のせいで、俺は優勝を逃したくないんだ」と言うので、紫は「だからモデルなんかやらないって言ってるでしょ」と口を尖らせる。するとジョージは顔を近付け、「お前はお前が分かってないんだ」と告げる。ライバルの麻生香とチームの面々がやって来た。ヘアメイクされた紫は渋い顔で学校に戻るが、浩行に「すごく似合ってる。僕は可愛いと思う」と言われて喜んだ。
翌日、今度はイザベラが教室に現れ、「今日もジョージが連れて来いって聞かなくて」と言う。仕方なく紫が付いて行くと、ジョージたちは生地を選んでいた。紫は憮然とした表情で、「まだモデルをやるって決めたわけじゃないから」と言う。翌日、彼女は担任から「部外者を入れるってどういうことだよ。お前、自分が分かってないんだよ。そんな連中とはしゃいでだって似合わないぞ」と注意された。
紫は浩行に、「今の私じゃダメなのかなあ。人生、人生って。私だってちゃんと考えてる。私は好きな人が傍にいれば、それでいいの」と語る。それから彼女は、「でも叱られたって何だって、あの子たちには、また会いたくなる」と言う。彼女は自分からアトリエへ赴いた。玄関に掛かっている“Paradise Kiss”の文字について美和子に尋ねると、それは4人のブランド名だという。美和子によると、軌道に乗ったら解散するつもりで、既に試作品を作り、委託販売もしてもらっているという。
実和子が紫を採寸し、ジョージがアトリエにあったドレスを着せると、それはピッタリだった。そのドレスは、ジョージがデザイナーにとって唯一無二の存在であるミューズのために作った物だという。紫はジョージに車で送ってもらいながら、幼い頃から母から何かにつけて注意されて殴られ、怖がって勇気が持てなくなったことを語る。そして軽い口調で、「ひょっとしたら、こっちだったのかなあ。物心ついた頃から勉強ばかりで別の道なんて考えたことなんて無かったけど」と言う。
ジョージは紫をラブホテルに連れ込み、「全部、人のせいか。自分の意思はどこにあんだよ。意思の無い奴をモデルにする気は無い」と険しい顔で告げた。紫は反発し、「私の意思は、この制服。私がどれだけ頑張って、この制服を手に入れたと思ってるの。アンタなんかに舐められる覚えは無い。モデルくらいやってやるわよ」と彼を睨み付けた。彼女は浩行と一緒に通うZ進学塾からの帰り道、ジョージと遭遇した。浩行は彼を捕まえ、「貴方のせいですか、早坂が落ち込んでるのは、もう付きまとわないでください」と告げた。
紫がジョージと浩行の間に割って入ると、そこへ美和子が現れた。紫は、浩行が美和子や嵐と幼馴染だと知った。2人は幼い頃から美和子のことが好きで、「どんなことがあっても一生、美和子から離れない。離れた方が負けだ。残った方が美和子をお嫁さんに出来る」という誓いを交わした。しかし浩行は、別の学校に進学し、引っ越したこともあって、2人とは疎遠になっていた。それでも嵐は嫉妬心から、かつて美和子に「もう浩行とは会うな」と要求したことがあった。美和子は彼の要求を聞き入れ、浩行に「もう会いに来ないで」と告げていた。浩行の様子を見て、紫は今でも彼が美和子に惹かれていると気付いた。
帰宅した紫は、母から「家庭教師に来てもらうことにした」と言われ、ショーモデルを頼まれていることを明かした。母に平手打ちを浴びせられた紫は、反発して家出した。アトリエで「どうしよう」と相談すると、ジョージが「ウチに来るか。空き部屋もあるし」と言う。紫はジョージが住んでいる高級マンションのゲストルームに間借りすることになった。彼は母・雪乃と父・二階堂譲一のことを、「俺を産んだ女と、その愛人」と呼んだ。
紫は学校を休学し、就職情報誌で仕事を探す。そんな彼女に、ジョージは星次の紹介してくれた雑誌モデルの仕事をやらせることにした。プロのモデルたちがいる中で不安になった紫はジョージに電話を入れ、「私に出来るわけないじゃない。ここから逃げる」と言う。しかし彼女はジョージから「出来なくてもやれ。やれない人間にやれとは言わない。俺たちか見つけたお前はプロのモデルにだって見劣りするわけがないんだ」と言われ、勇気が出て堂々と仕事をこなした。
紫とジョージがマンションにいると、香とチームの面々が遊びに来た。ジョージに惹かれるようになっていた紫は香をゲストルームに連れ出し、彼との関係を尋ねる。香は「安心して、ジョージなんて眼中に無いから」と微笑した。大企業の社長である二階堂は星次と会い、ジョージを自分の会社に入れる意思を告げる。「彼をサラリーマンに?」と確認する星次に、二階堂はすました顔で「世界を動かしているのはアーティストではなく我々です」と述べた。
委託販売の製品が一着も売れず、アトリエに返却されてきた。その結果を受けて、ジョージたちは「Paradise Kis」の解散を決める。困惑する紫に、ジョージは平然と「最初から決めていたことだ。結果が出なければ解散する。それでも1人1人が頑張っていく。俺はショーが終わったらパリへ武者修行へ行く」と語った。卒業制作のファッションコンテストの日が訪れ、紫は会場にやって来た。広い会場を目にした紫は、途端に怖気付いてしまう。彼女はリハーサルに参加するが、ランウェイを普通に歩くことさえ出来なかった…。

監督は新城毅彦、原作は矢沢あい『Paradise Kiss』(祥伝社刊)、脚本は坂東賢治、製作総指揮はウィリアム・アイアトン、製作は久松猛朗&重村博文&村松俊亮&久保田修&小野田丈士&小泉貴裕&喜多埜裕明&志倉知也、エグゼクティブ・プロデューサーは小岩井宏悦、プロデューサーは松橋真三&野村敏哉、アソシエイトプロデューサーは江川智、撮影は安田光、照明は平野勝利、サウンドデザイナーは古谷正志、美術は小泉博康、VEは さとうまなぶ、VFXスーパーバイザーは小田一生、編集は深沢佳文、ミュージックエディターは小西善行、ファッションプロデューサーは平藤真治&下中大介、スタイリストは曽山絵里&中石達宏&村上利香、ヘアメイクは菊池美香子&中西樹里&外山裕子、音楽は池頼広。
主題歌"HELLO 〜Paradise Kiss〜" YUI 作詞/作曲:YUI、編曲:HISASHI KONDO。
エンディングテーマ"YOU" YUI  作詞/作曲:YUI、編曲:HISASHI KONDO。
出演は北川景子、向井理、山本裕典、五十嵐隼士、大政絢、賀来賢人、羽田美智子、小木茂光、高橋ひとみ、平山浩行、加藤夏希、田中要次、石田ニコル、熊田聖亜、弓削智久、かでなれおん、澁谷武尊、渡辺隼斗、池田心雪、小林海人、加藤翼、竹下玲奈、泉里香、西田有沙、木村文乃、広澤草、池田和歌子、アンジェラ、小泉深雪、吉松育美、中村知世、横山美雪、五十嵐麻朝、瀬戸あゆみ、竹原久美子、蒼あんな、蒼れいな、優希、西村優奈、ゆき、佐伯大地、深澤友貴、堤坂笑加、小林麗菜、長井茉由、内山加奈恵ら。


矢沢あいの漫画『Paradise Kiss』を基にした作品。
監督の新城毅彦と脚本の坂東賢治は『ただ、君を愛してる』『僕の初恋をキミに捧ぐ』に続いて3度目のコンビ。
紫を北川景子、ジョージを向井理、浩行を山本裕典、イザベラを五十嵐隼士、実和子を大政絢、嵐を賀来賢人、保子を羽田美智子、二階堂を小木茂光、雪乃を高橋ひとみ、星次を平山浩行、香を加藤夏希、紫の担任教師を田中要次、香チームのモデルを石田ニコル、幼少期の紫を熊田聖亜が演じている。

この映画には、「リアリティー」という言葉が存在しない。
そもそも原作はリアリティー皆無と言ってもいいような話だったけど、それは「だって少女漫画だもの(byみつを)」として受け入れることが出来た。
少女漫画という媒体だと、現実離れしたような話でも、それを受け入れる体制が出来てしまうことが多い。まあ中には無理な作品もあるだろうけど、なんせパラキスは矢沢あい作品だし、その辺りは何の問題も無かった。
しかし、これを実写化してしまうと、かなり難しいものがある。

ジョージたちが派手な服装の高校生として登場し、女装した奴もいて「イザベラ」と呼ばれているとか、そういう初期設定の時点で、なんかキツいなあと感じてしまう。
あと、これを「荒唐無稽な映画」として何とか受け入れるにしても、「絵空事」としての受け入れ態勢なので、登場人物が真剣に進路や人生について悩んだり苛立ったりしても、そういう感情さえもが絵空事に感じられてしまう。
漫画だったら、非現実的な物語であっても、キャラの心情を絵空事とは感じない。
だけど、それを実写にした場合、乗り越えるべき高いハードルが発生してしまうのだ。

もちろん、そのハードルが発生するかどうか、ハードルの高さがどれぐらいになるかってのは、原作によって変化する。
で、このパラキスの実写化作品の場合は、かなり高いハードルが発生している。
正直、それを演出で乗り越えられるような監督が日本にいるかどうかさえ疑問だ。
逆に、もっと徹底的に漫画チックなノリを誇張しまくって、陳腐とも言えるぐらいの感覚でやっちゃった方が、ある意味では成立したかもしれない。

あと、メイン2人が明らかにミスキャストなんだよな。
北川景子も向井理も、あまり芝居の熱が高くない役者なんだよね。
北川景子は車に乗せられて「いやあ、何回も何回もヤラれるー!」と叫ぶシーンでも、熱が足りない。
もっと激しく喚くべきなのに。
向井理にしても、クールなのはいいんだけど、その中で時には熱いパッションが見えなきゃいけないはずが、こちらも熱が上がり切らない。

もう1つの問題として、どっちも「キラキラ感」が足りていない。
2人とも美男美女の範疇に入ることは確かなんだけど、地に足の着いた美男美女であり、「自分たちとは違う次元にいるスター」というキラキラ感やオーラは感じない。なんというか、「等身大の美男美女」なんだよね。
でも、この作品、このキャラに必要だったのは、そういうタイプじゃなくて、「非現実感」を漂わせるようなタイプだったんじゃないかと。
ミスキャストという問題を補うには、ジョージが登場した段階で背中に花を背負ってるとか、それぐらいの表現をした方が良かったのかもしれないなあ。
まあ原作に比べてコミカルなテイストが強くなってしまうという別の問題は生じるが。

ミスキャストというだけでなく、演技力不足も感じる。
例えば紫はジョージと出会った時、「こいつと一緒にいたら自分の人生をボロボロにされる。怖い」と感じたらしいんだけど、そんな風には全く見えなかった。
むしろ、そこは「ちょっとドキっとしてしまった」という描写なのかと思ってしまったぐらいだ。
紫は「でも叱られたって何だって、あの子たちには、また会いたくなる」と口にしているが、そういう心情も、ドラマや芝居の中からは全く見えて来ないんだよね。

ただし、その辺りは演技力の問題もあるけど、細かい芝居の付け方、演技指導の部分における問題もあるんじゃないかな。
わずかな仕草や表情で微妙な心情変化を表現しなくちゃいけないぐらい、余裕が与えられていないような印象がある。
いっそのこと、モノローグで紫の心情を説明しちゃうというのが、ベターな方法だったかもしれないなあ。
不恰好ではあるけど、演出力や演技力を考えると、他に上手い方法が見当たらないんだよなあ。

紫がイザベラたちを見下した態度を取るのが、どうにも違和感が強い。
紫が勉強一筋で、オシャレや流行には全く興味が無いような人間だということなら、まあ分からないでもない。でも、そんなに彼女がガリ勉だという描写は無かったし。
むしろ「高校に入ってからは解放されて浩行に恋をして」という、勉強だけじゃない生活になっているようなモノローグが語られていた。担任も「受験に集中していない」と言っていたし。
そうなると、ヤザガクをバカにして批判するのが、どうも解せない。
清栄学園の生徒であることにプライドを持っているという設定も、まるで伝わって来なかったし。

尺の問題があるのは分かるけど、大事なトコを色々と省略しすぎ。
例えば、紫がヘアカットされるシーンをカットして、場面が切り替わると既にカットが終わって清栄学園に戻っているって、どういうことよ。
紫が家を出て学校を休学するまでの展開も、かなり慌ただしい。
慌ただしいっていうか、ちゃんとした流れが無いから、ものすごく唐突に感じられる。
で、紫は就職情報誌で仕事を探すが、次のシーンでは、もうモデルの仕事を始めている。

尺が足りない中でも、浩行と美和子と嵐の三角関係も描いているのだが、嵐が美和子に「もう浩行とは会うな」と要求し、美和子が浩行に「もう会いに来ないで」と告げるシーンを回想で挟むという、とても不恰好な構成になっている。
描いたものの、その後、そこには全く触れないまま話が進んでいく。
処理しないんだったら、無理に持ち込む必要は無い。
他にも、紫と母親の関係とか、ジョージと父親との関係とか、その辺りもとりあえず表面を軽くなぞっただけで、掘り下げることは全く無いままでまとめに入ってしまう。
長い「中略」を入れているような状態だ。

紫がリハで上手く歩けないのを回想として見せるってのも、すげえ不細工。
なんで「会場を見て緊張する」→「リハに参加するけど雰囲気にのまれてマトモに歩けない」という順番通りに見せないのか。
ジョージが「あんなコントみたいな歩き方、初めて見た」と怒鳴り、回想が挿入されるという形式にしている意味が分からん。何のプラス効果も無いでしょ、そんな構成には。
とにかく、カットする部分や構成に問題が多すぎる。

一着の服を完成させるまでの苦労、紫がモデルとしてちゃんと仕事をするまでの苦労、そういうモノは全く描かれない。
ジョージたちは簡単に服を作り、昨日までド素人だった紫はプロに混じっても簡単にモデルの仕事をこなす。
でも、紫がプロに混じって雑誌モデルを始めたことは、まるで意味の無いシーンになっている。
そこからモデルに事務所にスカウトされるとか、本気でモデルを目指そうと決めるとか、そういう流れは全く無いし。

これって、「ただ言われるがままに勉強に打ち込んでいたヒロインが、強引に引きずり込まれたファッションの世界で人生の目標を見つけ、モデルとして本気で頑張っていこうとする」という成長物語になっているべきなんじゃないの。
だけど映画を見ても、紫がモデルの仕事に魅力を感じ、どんどんハマっていくという様子が全く見られないんだよね。
そもそも、ちゃんとモデルの仕事をするのは、雑誌とコンテストの2回だけだし。

でも本来なら、もう雑誌モデルをやる頃には、「モデルの仕事を続けたい」という気持ちが何となく芽生えているべきなんじゃないかと思うんだよね。
そう考えると、雑誌モデルの前に、モデルとして人前に立つシーンを1つぐらいは用意しておいた方がいいんじゃないか。
ショーの直後は「就職する」と言っていた紫が、ジョージに腹を立てた後で「私はモデルになる。今日はホントにドキドキしたから、何度でもやりたい」と言い出すけど、それも「いつの間にモデルになりたいという気持ちが沸いたのか」と首をかしげたくなってしまうし。
あと、紫はショーの後で浩行から「プロのモデルみたい。すごいキレイだ」と誉められて失神しそうになっているので、その言葉が「モデルになる」と決意したきっかけのように見えてしまうし。
それじゃダメでしょ。

コンテストがクライマックスなんだから、後は短いエピローグで終わらせてしまえばいいのに、そこから長い蛇足が続いてしまう。
浩行とのデートに行くという紫をジョージがドレスアップ&メイクアップするとか、それを紫が怒ってモデルになることを宣言するとか、パリへ行ったジョージからの小包を紫が受け取るとか、プロのモデルになった紫がニューヨークでジョージと再会するとか。
とにかくダラダラしまくっている。
卒業してプロになっている様子を描くのは受け入れるにしても、もっとテンポ良く、短くまとめるべき。

(観賞日:2012年5月18日)

 

*ポンコツ映画愛護協会