『パパはわるものチャンピオン』:2018、日本
ライオンプロレスのエースである大村孝志は年に一度のZ−1クライマックスで初優勝し、団体を背負う選手として観客の喝采を浴びた。それから10年後。孝志の息子で小学生の祥太は、参観日を迎えた。理髪店を営む母の詩織は準備が出来ていたが、孝志はメールで遅れることを伝えた。祥太は仕方なく、母と一緒に家を出た。急いで家に戻った孝志は、スーツに着替えて小学校へ向かう。しかし途中で杖を使う老婆を目撃した彼は無視できずにおんぶし、妻には「道に迷った」と嘘のメールを送った。
孝志が見学できなかった授業で、生徒のユウトたちは「しょうらいの夢」というテーマの作文を発表した。祥太は「パパのように大きくなりたい」と語るが、父親が何の仕事をしているのかは知らなかった。彼は孝志から「もう少し大きくなったら教える」と言われていたが、友人のダイキたちは変だと指摘し、マフィアのようなヤバい仕事ではないかと告げた。祥太は孝志と一緒に銭湯へ出掛け、仕事について尋ねた。すると孝志は困った表情になり、「もう少し大きくなったら教える」と誤魔化した。
祥太は孝志の仕事が知りたくなり、車に隠れて付いて行く。孝志が強面でマッチョな男たちと仲良く話す様子を見た祥太は、ダイキたちの言葉を思い出した。孝志を追って建物に入った祥太は、強面でマッチョな男たちと遭遇して怯えた。建物の奥へ進むと、そこではプロレスの興行が行われていた。会場の観客席にはクラスメイトの平野マナと父の大輔がいた。マナはプロレス好きで、ライオンプロレスのエースであるドラゴンジョージの熱烈なファンだった。
ドラゴンジョージはZ−1クライマックスで2連覇を果たした人気レスラーで、メインイベントに登場した。相手はゴキブリマスクという覆面レスラーで、大輔は「本当は出るはずだったルシファー斎藤の代役で、ドラゴンの相手としては力不足」と祥太に説明した。ゴキブリマスクは相棒のギンバエマスクと組んで反則を繰り返し、観客からブーイングを浴びた。祥太も腹が立ち、「正々堂々と戦え」と叫んだ。しかし観客を挑発するゴキブリマスクのポーズを見た彼は、その正体が父だと気付いた。
孝志も祥太に気付き、動きが完全に止まった。その隙を突かれ、ゴキブリマスクはドラゴンの攻撃を立て続けに食らって負けた。祥太は涙を流しながら、会場を出て行った。控室で覆面を脱いだ孝志は、慌てて息子を追い掛けた。祥太は「なんで顔隠して悪いことしてるの?悪者のパパなんて大嫌い」と言い、その場から走り去った。帰宅した孝志は詩織に相談し、ちゃんと「パパはヒーロレスラー」と言うべきだと促された。しかし翌朝、孝志が切り出せずにいる間に、祥太は学校へ行ってしまった。
祥太はダイキたちから父親の仕事は何かと質問され、「プロレスラー」と答えた。誰なのかと追及された祥太が困っていると、聞いていたマナが「ひょっとして、ドラゴンジョージ?」と口にした。他のクラスメイトも盛り上がる中、祥太は否定できずに狼狽する。マナがドラゴンのサインを貰ってほしいと頼むと、他のクラスメイトも同調した。祥太は断り切れず、「頼んでみる」と言ってしまった。孝志はギンバエマスクの正体である寄田に、ヒールレスラーをやっていて嫌なことは無いかと尋ねた。デビューした20年前からヒール一筋の寄田は、「俺はブーイングを聞くとゾクゾクする」と嬉しそうに答えた。孝志は膝を悪くしてヒールに転向しており、寄田は「プロレス出来るたけで御の字じゃねえか。今さらエースに戻れねえだろ」と告げた。
雑誌編集者の大場ミチコはプロレスマニアで、今年のZ1クライマックス出場者を勝手に予想していた。しかし後輩の町田とユリは全くプロレスを知らず、ミチコの熱さに呆れた。ライオンプロレス社長の本田功は、Z−1クライマックス出場予定だった斎藤のメキシコ遠征が決まったことを受け、ゴキブリマスクを代役に考えた。しかし結局、彼はゴキブリマスクではなく新人の権藤達也を出場させることにした。本田が伝えようとした直後、権藤が練習中に怪我を負ってしまった。
祥太はドラゴンジョージのサイン入りTシャツを着ている男を目撃し、後を追った。男が入ったもんじゃ屋を祥太が覗くと、プロレス好きの面々が集まってテレビ観戦に盛り上がっていた。店にドラゴンのサイン色紙が飾ってあるのを見つけた祥太は、こっそり盗み出そうとする。しかし店にいたミチコが気付き、逃げる祥太を追い掛けた。一方、帰宅した孝志は、Z−1クライマックス出場が決まったことを詩織に伝えた。まだ祥太が帰宅していないと聞いた彼は、捜しに行くことにした。
ミチコは祥太を捕まえ、色紙を取り返して窃盗行為を注意した。そこへ孝志が来て「何か悪いことでもしたのか?」と尋ねると、祥太は「ゴキブリマスクも悪いことしてるじゃん」と反発して走り去った。ミチコは孝志から隠れている祥太を発見し、取引を持ち掛けた。帰宅した祥太は、孝志に「パパのサインが欲しい」と告げた。孝志は喜んでサインを書き、彼に渡した。祥太はゴキブリマスクのサイン色紙をミチコに渡し、彼女が持って来たドラゴンジョージのサイン色紙と交換した。
ミチコはゴキブリマスクがZ−1クライマックスに出場すると知り、感激して泣きそうになった。孝志はマナにドラゴンのサイン色紙を渡して喜ばれ、また一緒にプロレス観戦に行く約束を交わした。ミチコは編集長にZ−1クライマックスの記事を書かせてほしいと頼むが、冷たく却下された。しかし町田が「上田先生が病気で1ページ空いている」と言うので、編集長は許可した。Z−1クライマックスの本命はドラゴンで、他にスイートゴリラ丸山やジョエル・ハーディも出場するが、ミチコはゴキブリマスクに注目していた。
Z−1クライマックスのトーナメント1回戦で、ゴキブリマスクはハーディと戦うことになった。祥太はマナやダイキたちと会場へ行き、試合を観戦した。ゴキブリマスクはクリーンに握手すると見せ掛け、金的攻撃を食らわせた。怒ったハーディは左膝を集中攻撃し、大輔は祥太に「ゴキブリマスクの弱点だ」と解説した。追い込まれるゴキブリマスクだが、一瞬の丸め込みで逆転勝利を収めた。試合後に祥太がマナたちと話していると、ミチコがやって来た。彼女がゴキブリマスクについて話そうとするので、祥太は誤魔化して連れ出した。
祥太はミチコに、父親がゴキブリマスクであることは内緒にしていると告げる。ミチコが不思議そうに「なんでですか、自慢すればいいじゃないですか」と言うと、彼は「出来るわけないじゃん。悪者がパパなんて」と返す。するとミチコは、「悪者もプロレスには必要なんです。みんなを楽しませるのがプロレスラーの仕事です。ヒーローだけだと、つまんないじゃないですか」と述べた。祥太は帰り道で孝志に、「プロレス辞めたら?勝ったってゴキブリは嫌われるんだよ。ドラゴンみたいになれないなら、普通のパパがいい」と話す。すると孝志は、「パパはプロレスが好きなんだ。カッコ悪くても、プロレスを続けたいんだ」と語った。
ゴキブリマスクは2回戦も勝利し、ミチコは編集長から「ゴキブリマスクが決勝に残ったら巻頭で特集だ」と告げられた。大友治療院で体の状態を診てもらった孝志は、膝と首の第五頸椎が痛んでいると指摘される。大友は「無理しないで先のことを考えろ」と助言するが、孝志は「先なんて無い。俺はピークを過ぎてる。Z−1は今年が最後だ」と口にした。ユウトは祥太のパパがドラゴンという話に疑問を抱き、自分のファンである早川りんごにスパイを指示した。りんごは客を装って理髪店へ行き、「祥太くんのお父さんがドラゴンジョージなんて凄いですよね」と詩織に話し掛けた。詩織の反応を見て、りんごは祥太が嘘をついていると確信した。
祥太は詩織から嘘の発言について問い詰められ、「ママだって嘘ついてるじゃん。僕にパパの仕事、教えてくれなかったじゃん」と反発した。詩織はパパの仕事を教えなかったことを詫びた上で、「パパは私たちのために一生懸命働いてくれてるのよ」と言う。「もっと違う仕事すればいいじゃん」と孝志が語ると、「プロレスはパパの天職なの。大人になっても好きなことを続けるって、凄いことなんだよ」と彼女は言う。祥太は「ゴキブリマスクがパパの好きなことなの?」と問い掛け、自分の部屋に入った。
帰宅した孝志は詩織から事情を聞かされ、祥太の部屋へ赴いた。「パパ、今日も勝ったんだ。あと2回勝てばチャンピオンだ」と彼が言うと、祥太は「チャンピオンなんて、ならなくていいよ。悪者辞めてよ。パパの仕事、恥ずかしいよ」と声を荒らげた。翌日、祥太はユウトやりんごたちから、父親がドラゴンというのは嘘ではないかと追及された。ダイキたちが来て口論している間に、祥太は教室を抜け出した。元気が無いのを心配したマナから一緒にZ−1の準決勝に行こうと誘われた彼は、「もうプロレスには行かない」と言う。しかしマナが「なんで?祥太くんが見ないとパパが悲しむよ。頑張るパパ、応援に行こう」と告げるので、一緒に行くことになった。
孝志は大友の元へ行き、「今度の試合でフライハイを飛びたいんだ。エースに戻るんだ」と告げた。彼は丸山と戦う準決勝の直前、いつも反則で使っているスプレーを捨てた。リングに上がったゴキブリマスクはクリーンなファイトに徹し、途中でマスクを脱いだ。観客から大村コールが起きる中、祥太は思わず「パパ」と叫んでしまう。マナに気付いた彼は逃げ出すが、追って来たマナから嘘をついていたことを責められた。祥太は謝るが、マナは「祥太くんなんて大嫌い」と走り去った。一方、孝志はトップロープに上がり、ハイフライを出そうとする。しかし丸山に捕まって反撃を受け、敗北を喫した。
孝志は控室に戻る途中、寄田から非難される。そこへ本田が来て寄田をなだめ、「こいつはクビだ」と告げた。孝志はダメージが大きくて病院に運ばれるが、大事には至らなかった。祥太は詩織に連れられて病院へ行き、孝志に謝罪した。病室を出た彼は泣き出し、詩織に「パパに大嫌いって言ったんだ。さっき、好きな子に大嫌いって言われて凄く辛かった。パパもこんな気持ちだったの?」と漏らす。詩織は彼を慰め、優しく抱き締めた…。監督・脚本は藤村享平、原作 作:板橋雅弘、絵:吉田尚令『パパのしごとはわるものです』『パパはわるものチャンピオン』(岩崎書店刊)、製作統括は相馬信之、共同製作は村田嘉邦&亀山慶二&菅林直樹&原田克彦&木谷高明&橋本義賢&小川真司、企画・プロデュースは小川真司&荒木宏幸、プロデューサーは依田剛大&若林雄介、撮影は山崎裕典、照明は岩切弘治、録音は久連石由文、美術は黒川通利、編集は今井剛、音楽は渡邊崇、主題歌『ありがとう』は高橋優。
出演は棚橋弘至、木村佳乃、寺田心、仲里依紗、寺脇康文、大谷亮平、大泉洋、淵上泰史、オカダ・カズチカ、田口隆祐、真壁刀義、根本真陽、鈴木翼、菊池飛向、小山春朋、笠松基生、篠原湊大、勝呂音々、住田萌乃、芦那すみれ、飯作雄太郎、青柳塁斗、辻本耕志、竹森千人、吉田ウーロン太、日向寺雅人、遠藤信悟、吉田慎次、松本享恭、川添野愛、喜多道枝、バレッタ、天山広吉、小島聡、永田裕志、中西学、KUSHIDA、後藤洋央紀、石井智宏、矢野通、YOSHI-HASHI、内藤哲也、高橋ヒロム他。
作・板橋雅弘、絵・吉田尚令による絵本『パパのしごとはわるものです』と続編『パパはわるものチャンピオン』を基にした作品。
監督&脚本は『逆転のシンデレラ』『バルーンリレー』の藤村享平。
孝志を棚橋弘至、詩織を木村佳乃、祥太を寺田心、ミチコを仲里依紗、本田を寺脇康文、大友を大谷亮平、編集長を大泉洋、大輔を淵上泰史、ドラゴンをオカダ・カズチカ、寄田を田口隆祐、丸山を真壁刀義、マナを根本真陽、ダイキを鈴木翼が演じている。孝志を尾行した祥太は、強面でマッチョな男たちを見て「本当にパパはマフィアかも」と怖くなる。建物に入っても強面でマッチョな男が大勢いるので、また祥太は怯える。
だけど、そのデカい男たちがプロレスラーってことはバレバレなので、「子供騙しになってねえか」と感じる。
そもそも、この映画はどういう観客層を意識しているのかが良く分からないんだよね。
プロレスファンを狙うのなら、あまりにも子供っぽさが強すぎるし。じゃあ子供向け映画なのかと考えると、そこに徹し切れていないし。会場でゴキブリマスクが観客を挑発するポーズは、いつも孝志が銭湯へ出掛けた時に祥太と一緒に取っているポーズだ。なので、「そりゃバレても仕方ないだろ」と言いたくなる。
もちろん、孝志は自分がプロレスラーってことを内緒にしているし、会場に連れて来ることも無いので、祥太に見られることは無いと決めて掛かっていたんだろう。
ただ、周囲にプロレスファンがいる可能性はあるし、そこから祥太にゴキブリマスクの挑発ポーズがバレることは考えられるでしょ。
それを考えると、息子の前で堂々とゴキブリマスクのポーズを取っていたのは、やっぱり脇が甘すぎるんじゃないかと。祥太はドラゴンジョージのサイン入りTシャツを着ている男を見つけて尾行するのだが、具体的に何を狙っての行動なのかが分かりにくい。
その男を尾行しても、「それで確実にサインが手に入る」と思える根拠は何も無いはずだし。そのサイン入りTシャツを譲ってもらおうとでも思ったのか。
男がプロレスファンの集まるもんじゃ屋に入ったのも、そこにドラゴンのサイン色紙が飾られていたのも、ただの偶然に過ぎないわけだし。
祥太の行動理由が、ものすごく曖昧模糊としちゃってるんだよね。あと、もんじゃ屋に集まった面々が誰も食事を取らず、テレビの試合中継を見て熱狂している状況は、あまりにも非現実が過ぎるだろ。
うちわまで持って応援しているけど、どういうことなんだよ。なんかプロ野球中継と似たような状況として描いているみたいだけど、その時間にプロレスの生中継が行われているとは思えないし。
いやCSなら分からんでもないけど、「もんじゃ屋のテレビでプロレスの映像を映し、ファンが集まって応援する」という状況は、ハッキリ言ってバカバカしい。幾らフィクションであっても、そこはファンタジーが過ぎるし、子供騙しになっていると感じる。その後で店のシーンが映った時には誰もテレビのプロレス中継を見ていないので、余計にそう感じる。
あと、店に飾ってあるサイン色紙に当て書きが無いのも不自然。もんじゃ屋の店名が「ぼたん」なので、普通は「ぼたんさんへ」とか、あるいは店主の名前とか書くだろ。ミチコがドラゴンのサイン色紙を渡してまでゴキブリマスクのサイン色紙を欲しがるのも、ちょっと良く分からないんだよね。
それぐらい熱烈なプロレスファンなら、もうゴキブリマスクのサインぐらい持っていてもおかしくないわけで。
ヒールレスラーだからって、「サインなんて絶対に書かない」と決まっているわけでもないし。
「ゴキブリマスクのサインは普通なら手に入らない」とか、「ミチコがゴキブリマスク、あるいは大村孝志の熱率なファン」ってことを、丁寧に示しておく必要があったんじゃないかと。ミチコがどういう雑誌の編集者なのかサッパリ分からないのも、ディティールの粗さを感じる。
「どういうジャンルの雑誌でプロレスの記事を書きたいと言い出したのか」ってのは、意外に重要なポイントでしょ。
あと、出版社の名前も雑誌の名前も一切分からないけど、こういうのもディティールが粗いわ。
そんなのが分からなくても、ストーリーの展開に大きな影響は及ぼさない。だけど、そういうトコを適当に済ませているのは、意外に大きなマイナスになっちゃうのよ。祥太はハーディとの試合を観戦している時、膝を痛め付けられて苦しむゴキブリマスクを見ると立ち上がって「ズルいぞハーディ」と叫ぶ。マナが驚いて「ゴキブリの方がズルいじゃん」と言うと、彼は慌てて「そうだった」と一緒にハーディを応援する。
父親が苦しむ様子を見て心配するのも、応援するのも、息子としては当然っちゃあ当然だ。
ただ、その前まで祥太は孝志を拒絶して激しく反発していたのに、あっさりと方向転換するのね。
試合の後も、孝志に反発せず一緒に帰るし、肩車されるのも拒まないし。で、そこでは孝志を応援したり、受け入れたりする姿勢を見せるけど、「チャンピオンなんて、ならなくていいよ。悪者辞めてよ。パパの仕事、恥ずかしいよ」と言うんだよね。
だったら、そのスタンスで徹底した方がいいんじゃないかと。
途中で「揺れ動く気持ち」みたいなモノを中途半端に入れるのは要らないなあ。
その繊細で微妙な心情の変遷を上手く表現できるのなら、それは否定しないけどさ。でも実際には全く出来ていないので、だから要らない。ミチコは祥太が「父がゴキブリマスクであることは隠している」と話すと、「なんでですか、自慢すればいいじゃないですか」と疑問を口にする。だけど、覆面レスラーの息子が父親の正体を内緒にするのって、そんなに不思議なことでもないんじゃないか。
もちろんプロレスファンならゴキブリマスクの正体が大村孝志だと知っているだろうけど、子供たちは知らないことも多いはずで。それなのに祥太が父親はゴキブリマスクだと自慢したら、みんなに正体がバレることになるわけで。
もちろん祥太の場合は内緒にしている理由が違うけど、「正体を隠している」と言われた時のミチコの反応には、ちょっと違和感を覚えるんだよね。
「なるほど、覆面レスラーだから正体がバレるとマズいですもんね」「違うよ、悪者だから言えないんだ」みたいなやり取りがあるべきじゃないかと。孝志は「パパはプロレスが好きなんだ。カッコ悪くても、プロレスを続けたいんだ」と言い、詩織は「プロレスはパパの天職なの。大人になっても好きなことを続けるって、凄いことなんだよ」と語る。
でも、祥太が会場に来てゴキブリマスクの正体に気付くまでは、2人とも孝志の職業がプロレスラーってことを隠していたわけで。
2人が「プロレスラーは立派な仕事。好きなことを続けるのは素晴らしいこと」と何の迷いも無く思っていたのなら、隠す必要は無かったはずで。
「ヒールレスラーなんて恥ずかしい。息子に堂々と誇れない」と思っていたからこそ、内緒にしていたんでしょ。そこの矛盾に対する答えを、この映画は用意できていない。
そのことで周囲の誰かが疑問を突き付け、孝志と詩織が悩んだり、その上で答えを出したりするようなことも無い。
だったら、最初から「息子には隠している」という設定を外せばいい。
例えば「隠していたわけじゃなく、パパの仕事が気になった祥太が会場に行ったらヒールレスラーだと知る」という流れでもいいんじゃないかと。丸山との試合では、観客からゴキブリマスクを応援するコールが起きているんだよね。
そうなると、その時点で「パパがヒールレスラーだから嫌だ」という祥太の感情は打ち消されるんじゃないかと感じてしまう。
「そんなに簡単に消化できないだろ」と言われたら、それを全面的に否定する弁論が出来る確信は無いよ。
ただ、どれだけクリーンなファイトに徹しようとも、ゴキブリマスクが応援される状況を作るのは、展開として上手くないんじゃないかと。孝志がクリーンナファイトに徹するだけに留まらず、試合途中で勝手にマスクを脱いで戦うのは、プロレスラーとして絶対にダメな行為だ。
「エースに戻りたい」とか、プロレスラーの矜持に欠ける行為にしか思えないよ。また子供騙しなのかと呆れるのよ。
「息子のためにヒールの役目を捨ててエースに戻ろうとする」ってことで、ここをお涙頂戴の感動的なシーンとして盛り上げようとしているけど、むしろ冷める展開にしか感じないよ。
例えばスーパーストロングマシーンがマスクを脱いだ時なんかとは、まるでワケが違うのよ。ゴキブリマスクが丸山に負けたことを受けて、編集長はミチコに巻頭特集の中止を通告する。
当然の判断だが、ミチコは「でもゴキブリがマスクを脱いだんですよ。ファンの間では論争が起きてるんです。それを記事にしないで、どうするんですか」と抗議する。
それに対する編集長の「ウチはプロレス雑誌じゃねえんだよ」という言葉も、その通りだと感じる。
なので、「なぜ最初からミチコをプロレス雑誌の編集者に設定しておかなかったのか」と言いたくなるわ。編集長が「世間は負けたら見向きもしないんだよ」と冷たく言うと、ミチコは「プロレスは勝ち負けじゃないんです。プロレスは生き様です」と反論する。
それはそうかもしれないけど、だからってプロレス雑誌じゃない雑誌の巻頭で特集するようなことでもないでしょ。ここでミチコが激怒して編集長に掴み掛かるのは、「これだからプロレスファンは面倒なんだよ」と言いたくなるウザい行為だわ。
ここに限らず、この映画はプロレスやプロレスファンの描写が多くの誇張が持ち込まれている。
だけど、そこに愛を感じないんだよね。その全てが、悪意や偏見に繋がっているんだよね。粗筋で書いた展開の後、祥太はミチコとの会話を経て、クラスメイトの前で「パパは悪者だけど、悪者じゃない。パパは強いんだ。いいか、お前ら。今度の試合で僕のパパはドラゴンジョージを倒す。そして僕のパパは新しいチャンピオンになるから、良く見ておけよ」と強気な態度で宣言する。
だけど、その時点で孝志はドラゴンジョージからの対戦要求に対して、「試合には出ない」と言っているんだよね。
それなのに祥太が「ドラゴンを倒す」と宣言しているのよ。
それって下手をすると、「また嘘をついた」ってことになるだろ。そこを感動的なシーンとして盛り上げようとしているんだけど、だったら先に「孝志が対戦要求を受諾し、それを祥太が知る」という手順が必要なんじゃないか。
そこの順番を逆にするなら、「迷う孝志に決心させるため、祥太が勝手に出場を宣言する」ってことでもいいよ。
ただし、その場合は孝志の前で祥太が宣言する必要があるけど。
あと、祥太が勝手に出場を宣言した後で孝志は試合に出ることを決めているけど、「試合に出ることにした」と息子に告白するシーンも無いので、順番を抜きにしても手落ちだと感じるぞ。祥太が「パパは悪者だけど、悪者じゃない」と語るのは、「ヒールレスラーの仕事を理解し、ヒールレスラーとしてのパパを認めて受け入れた」ってことだ。
そういうのは「大村武」の試合を見た流れじゃなくて、ゴキブリマスクの試合を見た流れで描いた方がいい。
そして、その発言があった後にはゴキブリマスクの試合が組まれているべきだ。そこは絶対だ。
武が当日になってゴキブリマスクの格好で入場するけど、そういうことじゃないのよ。対戦が決まった時点で、大村武じゃなくてゴキブリマスクの試合であるべきなのよ。しかも、新しいマスクとコスチュームで入場して「生まれ変わったゴキブリマスク」と紹介されるので、そういうことじゃないんだよなあ。
いつも通りのゴキブリマスクとして戦う姿を見て、それを祥太が応援する内容にすべきでしょ。
だから、大勢の観客がゴキブリマスクを応援するのも絶対に違うでしょ。それは「いつものゴキブリマスク」とは全く別物になっちゃってるわけで。
試合が終わった後の振る舞いでブーイングを浴びても、もう遅すぎるのよ。(観賞日:2024年10月19日)