『星に願いを。』:2003、日本

ラジオの深夜番組で、天見笙吾のリクエストした曲が流れた。函館に住む笙吾は、目も口も不自由な青年だ。彼は自宅から病院に通い、定期的に検査を受けている。失明に関しては原因不明のため、病院では3年前の交通事故と関連付けて考えてきた。しかし何の変化も見られないため、担当医の葉月優は事故が直接の原因ではない可能性を考えるべきだと合同カンファレンスで語る。視神経に人工的な刺激を与えて視覚を取り戻す治療法を取り入れてはどうかと彼は提案するが、病院長は「ここは大学病院ではないし、費用も無い。我々は最善の処置を尽くしている」と却下された。
笙吾の担当看護婦である青島奏は、葉月に「アメリカで治療を受ければ可能性はあるということですか」と質問する。葉月は「1%あるか無いかだろうね。それに、ともかく莫大な費用が掛かる」と告げた。患者との距離を近付けすぎる傾向のある奏に、看護師長の小口は懸念を抱いている。しかし奏は笙吾とじゃれ合い、彼の髪を切ってやる。笙吾はノートパソコンを使い、自分が作った曲を奏に聴かせた。
奏は笙吾に、もうすぐ姉に子供が産まれること、「父親が分からない」と言い張って結婚しないことを話す。笙吾はパソコンを使い、彼女に「かなは子供は?協力しますよ」と冗談めかして告げる。奏は軽く笑い、「私は一人で生きて行くんだ」と述べた。奏は同居している同僚の石川里美に「程良い所にいてくれて、なんにも気を遣わないのに愛がある相手っていないもんかな」と言うが、「いない、いない」と軽く告げられる。ハーモニカの音が聞こえて来たので、奏は「いいよねえ。誰が吹いてるんだろ」と口にする。実は笙吾が吹いていたが、彼はそれを奏に明かしていなかった。
奏は葉月から、「東京の大学病院へ戻ることになったんだ。一緒に来てもらいたいんだよ」と言われる。言葉の意味に気付かない奏に、彼は「東京へはさ、看護婦としてではなく、人生を一緒にやってほしいなと思って」と告げる。求婚だと悟って戸惑う奏に、葉月は「考えてくれるかな」と告げて立ち去った。夜勤明けの里美と病院の庭で喋っていた奏は、近くにいた笙吾に気付いて「またあのアホ」と笑う。里美は微笑し、「分かったよ。程良い所にいてくれて、なんにも気を遣わないのに愛があるって相手」と笙吾を指差した。しかし、奏は「そうかなあ」と本気で受け止めなかった。
里美は笙吾を奏の横に座らせ、その場を後にした。奏は「今度一緒にどっか行こうか。どこ行きたい?」と笙吾に言い、ペンを渡した。すると、笙吾は「とおく」と書いた。2人が寝転んでいる様子を、葉月は病院の窓から眺めていた。彼は笙吾がリハビリをしている所へ行き、「君もそろそろ、この病院を離れた方がいいよ。俺、来月、この病院辞めるんだ。ハッキリ言って、ここの医者じゃあ君の病気は治せないぜ。君が無能な善意の中で命を縮めると思うと、俺も夢見が悪いからな」と述べた。
さらに葉月は「それに看護婦に恋愛感情を抱くのはストックホルム症候群みたいなもんで、病気なんだぜ。君の場合、青島かな。どのみち君とは住む世界が違う。早めに離れておいた方が傷も浅くて済むよ」と言い、札幌辺りの病院に移った方が賢明だと諭した。笙吾は不機嫌なまま帰宅する途中、宝くじを買っている奏と遭遇した。奏はアメリカの赤十字病院へ研修に行こうと考えていること、そのために宝くじで金を工面しようと目論んでいること語った。
奏は「時間あるの?歩こう」と言い、笙吾と共に橋まで歩く。彼女は「一緒にアメリカ行かない?」と笙吾に持ち掛け、「考えといて」と告げて別れた。橋の上で座り込んだ笙吾は、ハーモニカを落としてしまった。手探りでハーモニカを拾おうとした彼は道路に出てしまい、走って来た車にはねられた。急患として病院へ搬送された笙吾は、奏の目の前で息を引き取った。笙吾の手から落ちたハーモニカに視線を向けた奏は、彼の亡骸を激しく揺らして泣き出した。
笙吾が目を覚ますと、そこは施設内に停めてある路面電車の中だった。誰もいない車内で、笙吾は目が見えて口も利けることに気付いた。困惑している笙吾の耳に、「天見笙吾さん。お気の毒。貴方は昨日、死んじゃいました」という女性の声が聞こえて来た。女性の声は、続けて「けど、少しラッキー。青い流れ星の日に亡くなった方は、3、4日だけど、ここにいられるの。ただし、あくまでも別人としてだけど。昔の知り合いに自分であると分からせてしまうと、すぐに貴方は消されます」と述べた。
笙吾は女性の言葉を信じず、「何言ってんだよ。俺、生きてるじゃん」と反発した。すると女性は外に見える老夫婦の存在を教え、「あのお婆さんは貴方と同じ立場なのに、自分のこと言っちゃったのね」と告げる。老女が夫に別れを告げて姿を消したので、笙吾は驚いた。「健闘を祈るわ」という女性の声が聞こえた直後、知り合いの運転手がやって来たので、「運転手さん、俺だよ」と笙吾は言う。しかし運転手は笙吾だと気付かず、「お客さん、ここで寝ちゃったの」と笑った。
笙吾が自宅へ戻ると、親しくしていた喫茶店経営者の霧島仁が来ていた。だが、やはり霧島も相手が笙吾だと気付かず、彼の知り合いだと思い込んで「病院へ行ってみるといい。お別れやってるって」と教えた。教会へ行くと、身内のいない笙吾の葬儀が終わったところだった。笙吾が中に入ると、葉月が葬儀社の人間に納骨を任せていた。その隣では、里美が号泣していた。葉月は「病院へ戻ろう。亡くなった患者にいつまでも関わっているわけにはいかないだろう」と告げ、里美を抱えて連れて行く。2人は笙吾とすれ違っても、その正体に全く気付かなかった。
笙吾が病院へ行くと、奏は休んでいた。笙吾は小口に連絡先を教えてもらおうとするが、不審者と思われて拒否された。笙吾が橋へ行くと、奏がハーモニカと花を手向けて佇んでいた。奏が自分に気付かずに立ち去った後、笙吾は泣き出した。奏は笙吾が初めて病院へ運ばれてきた日のことを回想する。緊急手術で助かった笙吾だが、「しんだほうがよかった」とスケッチブックに書いて投げやりな態度を取った。腹を立てた奏は、「ふざけたこと言ってんじゃないわよ」と声を荒らげた。
笙吾が死んでから、奏は仕事に気持ちが入らなくなってしまった。緊急オペでも全く役に立たず、葉月は「こんな状態で続けても君のためにならない。取り返しの付かないことになるよ」と厳しい口調で告げる。奏は小口に「続けさせて下さいと」と頭を下げるが、「駄目です。人の命を預かってるんですからね。厳しいことを言うようだけど、足手まといだし邪魔なだけよ」と告げられる。小口は「しばらく頭を冷やして考えれば貴方も分かるはずよ。旅行でもしてらっしゃい」と彼女に勧めた。
家に戻った笙吾は、生命保険証券が届いているのを見つけた。奏がアメリカの病院へ行こうとしていることを思い出した笙吾は、保険金を彼女に使ってもらおうと考える。笙吾は関連書を購入し、法的条件を満たした遺言状を作成した。彼は保険会社の人間に成り済まし、奏を訪ねた。笙吾は遺言状があったと説明するが、奏は「書くわけがない」と信用しない。「どうして?」と疑問を抱く彼女に、「故人の感謝の気持ちだと思います」と笙吾は告げた。しかし奏は「貴方に何が分かるの」と告げ、保険金の受け取りを拒否した。
奏は葉月から改めて求婚されるが、それを断って姉である沙希の元に身を寄せた。田舎暮らしをしている沙希は、奏の事情を何も聞こうとしなかった。沙希に「看護婦を続けた方がいいと思うよ」と言われた奏は、「無理だよ」と涙をこぼした。病院のホワイトボードを覗いて奏の連絡先を知った笙吾が、沙希の家にやって来た。「青島さんが宝くじを買ってるのを見て、遺言状を書いたと本人から聞きました」と笙吾が説明すると、奏は「宝くじは買ったけど、当たれば笙吾をアメリカで手術させてあげられるなあと思っただけ。そういうお金だから、今となっては何の意味も無い」と述べた。
驚いた笙吾が「そんな話、まるきり知りませんでした。アメリカの赤十字病院へ研修に行く資金だと聞いております」と口にすると、奏は「なんでアンタ、そんなことまで」と怒鳴る。「今となってはね、ホントに何もかも無意味。笙吾は死んだし、私はもう看護婦を辞める」と奏が話すと、笙吾は「そんなこと言わないでよ。故人がどれほど感謝してたか、僕は知ってます。分かってほしいんだ」と感情的になる。沙希が割って入り、彼を追い返した…。

監督は冨樫森、脚本は森らいみ&冬月カヲル、エクゼクティブ・プロデューサーは横濱豊行&岸田卓郎&川上國雄&遠谷信幸&細野義朗、プロデューサーは石原真&陶山明美、ライン・プロデューサーは金子哲男、撮影は上野彰吾、美術は磯見俊裕、照明は上妻敏厚、録音野中英敏、編集は阿部亙英、音楽は野澤孝智。
出演は竹内結子、吉沢悠、國村隼、牧瀬里穂、高橋和也、中村麻美、伊藤裕子、梅沢昌代、梶原阿貴、由川尋、森羅万象、栗原卓也、結城守夫、初谷和子、坂口ダイスケ(劇団Roop)、菅原和博、太田誠一、長谷川哲郎(劇団Roop)、岡嶋春樹、小川進ら。


ジングル・マが監督し、リッチー・レンとセシリア・チャンが共演した1999年の香港映画『星願 あなたにもういちど』をリメイクした作品。
日活&オメガ・ピクチャーズの共同企画開発プロジェクト作品。
奏を竹内結子、笙吾を吉沢悠、霧島を國村隼、沙希を牧瀬里穂、葉月を高橋和也、里美を中村麻美、DJを伊藤裕子が演じている。
監督は『非・バランス』『ごめん』の冨樫森。脚本家の内、森らいみは『sWinGmaN』『風花』の人だが、冬月カヲルは全くの謎。
これ以外に担当した映画は無いし、関わったTVドラマも見当たらない。ひょっとすると冨樫森の変名かもしれない。

まず、「わずか4年前の香港映画をリメイクする」という企画の段階で、大きなマイナス査定。
しかも日本では2001年にビデオ発売されているので(劇場未公開)、わずか2年前に入って来たばかりの作品ってことになるのだ。
「だったらリメイク版じゃなく、ビデオ屋へ行ってオリジナル版を見るぜ」ってことになるよ。
アメリカなんかと違って、日本人は吹き替え版や字幕版で映画を観賞することに何の抵抗感も無いんだし。

私はオリジナル版の『星願 あなたにもういちど』を観賞しているが、そんなに良く出来た映画だとは思わなかった。
香港で大ヒットを記録した作品ではあるのだが、かなり粗の多い映画だと感じた。
ただし、粗が多いからこそ、改変の余地が大いに残されているという見方も出来る。
それこそ前述したように「わずか2年前に入って来たばかりの作品だから、オリジナル版をビデオで見ればいい」ってことにならないためには、かなり手を入れて大きく異なる映画に仕上げることが求められる。

『星願 あなたにもういちど』は随分と前に観賞したので、細かい部分まで詳しく覚えているわけではない。しかし、色々と手を加えていることは分かる。
オリジナル版の青年は少年時代の事故と病気が原因で病院暮らしが長いという設定だったが、笙吾は3年前に交通事故に遭った設定だし、ずっと入院しているわけではなく自宅から通院している。
オリジナル版の青年は看護婦と両想いにならないまま死亡したが、こちらでは死の直後に奏が笙吾への思いに気付く。
そういった改変は、プラスに作用している。オリジナル版にあった粗さを解消することに繋がっている。
しかし残念ながら、「じゃあ優れた映画に変貌したのか」というと、それは別の話なのである。

オリジナル版では序盤で青年が「ラジオが心の癒し」とネタを振っていたが、リメイク版では笙吾のリクエストした曲が流れるだけで、それほど楽しみにしているような様子も見えない。
にも関わらず、映画のラストも同じラジオ番組のDJが喋って締め括られる。市電のアナウンスも伊藤裕子の声なので、「そのDJが天国の案内人でもある」という裏設定があるのかもしれないが、だとしても何の意味も無い。
オリジナル版でもラジオをそれほど上手く機能させているとは思えなかったが、さらに悪くなっている。もはやラジオの存在なんてバッサリと削ぎ落としてしまってもいいんじゃないかと思えるほどだ。
それと、一応は文字を書くことが出来る笙吾だけど、わざわざリクエストの葉書を書いているのは違和感があるぞ。前述したように、そんなに楽しみにしている様子も無いんだし。

死ぬ前の笙吾の奏に対する気持ちが、あまりハッキリと表現されていない。
たぶん冗談めかして「子供は?協力しますよ」とパソコンで打ったり、ハーモニカを演奏したりするシーンで「それとなく恋心をアピールしている」ということなんだろう。
しかし、パソコンの方はともかくとして、ハーモニカ演奏については、そもそも奏に聴かせるために演奏しているのかどうかさえボンヤリしているし、それを「愛のアピール」と受け取るのは難しい。
もっとハッキリと分かる形で、笙吾の恋心を表現しておいた方がいい。

オリジナル版では青年のナレーションが入り、そこで心情説明もあった。しかしリメイク版ではナレーションが無いので、それが伝わりにくくなっている。
ナレーションを排除したことがダメだとは思わない。そうではなく、ナレーションに頼らずして笙吾の奏に対する気持ちをハッキリと表現するための手立てを、何も用意しなかったことに問題がある。
それと、笙吾の表情がほとんど変わらないのも大きなマイナス。セリフに頼れないのなら、もっと繊細に表情の変化を付けるべきじゃないのか。
ここは吉沢悠の演技力の問題か、表情の演出を付けなかったことの問題か、どちらかは分からないけど。

奏に患者との距離を近付けすぎる傾向があることは小口のセリフで語られているが、それにしても笙吾との関係性は密接すぎて違和感が否めない。
それは「自分でも気付かない内に、彼に惹かれていたから」という風に解釈すれば、理解できないことはない。っていうか、笙吾が死んだ直後に奏が彼への気持ちに気付く展開があるので、たぶん、そういうことなんだろう。
しかし、その場合、今度は「笙吾のどこに惚れたのかサッパリ分からん」という問題が生じる。
「程良い所にいてくれて、なんにも気を遣わないのに愛がある相手だから」ということで納得するのは、ちょっと厳しい。いや、かなり厳しい。っていうか無理。

オリジナル版の青年はバカみたいに浮かれて路上に飛び出して事故死したが、笙吾は「ハーモニカを投げてキャッチ」を繰り返していたらハーモニカを落としてしまい、それを拾おうと道路に出て車にはねられる。
なので、そこに関しては「やっぱりバカだな」としか思っちゃうぞ。
ここは、もっと悲劇性だけが伝わるような形に改変すべきじゃないのか。
なんで「青年が愚かな行動を取って道路に飛び出したせいで車にはねられる」という部分だけは踏襲しちゃうかね。

オリジナル版では、青年は「特別に何か1つ望みを叶えることが出来る」と言われ、生き返ることを望む。
しかしリメイク版では、最初から「3〜4日だけ別の姿で現世に留まることが出来る」という条件が設定されている。
ここは明らかに改悪だ。
そこまで「叶えられる希望」を限定してしまったら、「どうにかして、また奏と会いたい」という笙吾の気持ちが強く伝わって来なくなる。そんなことを希望しなくても、最初から会うことが出来ることは決まっているんだから。
それと、「3〜4日だけ」って、なぜ曖昧な日数にしてんのよ。そこはハッキリしたタイムリミットを設定すべきだろうに。

オリジナル版では死んだ青年が地上から北極星へ向かう中継地点で目を覚まし、天国の審査官と話す。
リメイク版では、路面電車で女性のアナウンスが全て説明する。
天国の住人を登場させず、地上に存在している普通の場所を舞台にして、アナウンスだけで簡単に済ませてしまうってのは、これまた改悪だ。それだとファンタジーとしてのイメージが弱くなる。
天国のシーンを持ち込むことで陳腐になることを恐れたのかもしれないが、これはこれで安っぽくなってしまっている。

あと、「3〜4日だけ別の姿で現世に留まることが出来る」と女性の声は説明しているけど、すぐに「健闘を祈るわ」と告げて説明を終了してしまうので、もはや死者に選択の余地は無いんだよな。その説明だと、本来なら「もしも望まなければ、別の姿で現世に留まる必要は無くて、そのまま天国へ行くことも出来る」ということのはずなのにさ。
あと、そうやって笙吾が状況を理解しないまま解き放すことで、オリジナル版の青年と同様に「生き返って何がしたいのか」という明確な目的が無い状態になってしまうので、そういう意味でも大きなマイナスだし。
そこは笙吾が「気持ちを伝えたい」という明確な目的を持った段階で、解き放たれる形にした方がいい。
だから大幅に改変して、解き放たれるタイミングを遅らせてもいいぐらいだ。

「生き返った笙吾の容姿が以前と全く変わっていない」ということ部分もオリジナル版から修正されていないが、ここは絶対に変更すべき箇所だった。周囲の人間が笙吾に気付かないという設定に、大いに違和感を覚えるのだ。
そこは完全に別の人間にしてしまった方が、見ている側としては物語を受け入れやすくなる。
同じ容姿のままで「天見笙吾だと信じてもらえない」という出来事を描いても、そこに切なさを感じないのよ。
で、別人として蘇った笙吾は橋にいた奏を見て泣き出すのだが、なぜ一言も発していない彼女が奏だと分かったのか。彼女の顔を見たことが無いはずなのに。

オリジナル版の青年は蘇った後、「素姓を彼女に伝えたい」という目的を持つ。
「保険金を使ってもらおう」ってのはオリジナル版の青年も考えていたことだが、リメイク版ではそこだけを使っている。
オリジナル版には「自分の正体を分かってもらったところで、だから何なのか」という疑問があったのだが、保険金の部分だけを残しても、それで物語がスッキリして魅力的になったというわけではない。
あと、身内がいない笙吾が何のために保険金に加入していたのか、元々は誰が受取人だったのかも良く分からんぞ。

奏が望んでいるのは金なんかじゃないので、そこで笙吾が躍起になるのは愚かなだけだ。
もちろん、あえて「愚かしい行為ばかり取る」という形にしてあるんだろうけど、彼がやたらと声を荒らげたり苛立ちを示したりするのが、どうにも好感度を損ねているように感じられる。
もちろん「自分の思いが上手く伝わらずに苛立つ」ということではあるんだけど、相手に対する思いやりが見えないんだよね。そこでの彼の憤りは、自分本意の感情でしかないのだ。
奏が不快感を抱いたり怒りをぶつけたりしている時に、思い通りにならない笙吾の悲しみや虚しさ、無力感や嘆きが見えれば、もっと彼に共感できたんじゃないかと思うんだけどな。

市電のアナウンスは、笙吾に「3、4日だけど、ここにいられるの。ただし、あくまでも別人としてだけど。昔の知り合いに自分であると分からせてしまうと、すぐに貴方は消されます」と説明している。そして笙吾は奏に正体を知らせないまま、保険金を受け取ってもらおうとしたり、笙吾の日記が白紙なのに『勧進帳』的に読んだりする。
でも、冷静に考えると、「残り1日になった時点で、もう正体を暴露してもいいんじゃないか。その上で保険金を受け取ってもらうよう頼めばいいんじゃないか」と思ってしまう。
だって、正体を隠し通したところで、4日目には確実に消えるんだから。
ってことは、最後まで隠し通す意味は無いでしょ。

「ビンタされたり白紙の日記を見たりした奏が笙吾の正体に気付く」という展開で感動的に盛り上げようとしているけど、そこには「笙吾が重大なことを見落としている。
その目的を考えれば、正体を明かしても全く問題は無い」という欠陥があるんだよな。
「もっと長く彼女と一緒にいたいから」ってのは、理由にならないしね。
最初から「ここにいられるのは3、4日だけ」と決まっているんだから。

(観賞日:2014年7月12日)

 

*ポンコツ映画愛護協会