『本能寺ホテル』:2017、日本

京都を訪れた倉本繭子は老舗の和菓子店に立ち寄り、金平糖を購入する。店員は彼女に、その金平糖が戦国時代からあったことや信長も食べていたことを説明し、噛んで食べるよう促す。婚約者の吉岡恭一が仕事現場から電話を掛けて来て、高級料理店の予約が取れたことを繭子に話す。繭子はホテルへ赴くが、手違いで予約が翌月になっていた。困った彼女が町を歩いていると、本能寺ホテルという建物が目に留まった。繭子が中に入ると、ロビーには古いオルゴールが置いてあった。興味を持った彼女がネジを巻いても動かず、支配人が現れて壊れているのだと告げた。
繭子が2名の宿泊を頼むと、本能寺ホテルは部屋が空いていた。支配人はルームキーを渡した繭子がエレベーターに向かった後、壊れているはずのオルゴールが動き出すのを目にした。繭子は金平糖を噛みながら、エレベーターで上の階へ行く。扉が開くと、そこは寺の境内だった。困惑しながらエレベーターを降りた繭子は、辺りを見回した。いつの間にかエレベーターは消えており、そこへ森蘭丸が現れる。蘭丸は繭子を曲者と捉えて敵意を示すが、胃の痛みに見舞われて倒れ込んだ。
繭子が持参していた胃腸薬を渡すと、それを飲んだ蘭丸は痛みが消えたので感動する。繭子は蘭丸に胃腸薬をあげた後、恭一との結婚を控えて彼の両親と会うので緊張していることを語った。蘭丸は御館様である信長と会うので、緊張で胃が痛くなったのだと語る。繭子から御館様の恐ろしさについて尋ねられた彼は、明智光秀の用意した料理に不満を抱いた信長が激怒し、扇子で打ち据えるよう命じた出来事を語った。蘭丸は繭子を気付かれないよう逃がそうとするが、彼女が勝手に動き回るので焦る。小姓仲間の大塚孫三に繭子を目撃された蘭丸は、茶会の客人だと誤魔化す。大塚は繭子の格好を見て外国人だと思い込み、まるで疑いを抱かなかった。
蘭丸は茶会の場へ繭子を連れて行き、後ろの方に座らせた。繭子は蘭丸に時代を尋ね、天正10年6月1日だと知った。そこへ信長が姿を見せ、茶人の島井宗室は楢柴肩衝という茶器を披露する。彼は大切な茶器を手放す気など無かったが、信長は脅しを掛けて強引に取り上げた。すると繭子は信長から茶器を取り戻し、島井に渡した。激怒した信長は刀を抜き、繭子を斬り捨てようとする。繭子は慌てて逃げ出し、押し入れに隠れて信長に謝罪した。
ホテルで出張整体師がフロントのベルを鳴らすと、繭子は押入れから消えていた。いつの間にか彼女は、ホテルのエレベーターに移動していた。信長が開けた押入れには、繭子が京都に来た時に貰った縁結びスポットのチラシだけが残されていた。繭子は支配人に乗れば分かると告げ一緒にエレベーターで上の階へ向かう。しかし扉が開くと、そこはホテルの廊下だった。繭子は気を取り直し、恭一の予約した料亭へ赴いた。食事を取った彼女は、料亭が恭一の実家だと知る。繭子は恭一の両親の金婚式に出席するため、京都に来ていた。
繭子は恭一の父である征次郎から、春の挙式予定を聞かされる。繭子は初耳だったが、恭一が決めたのならと受け入れる。繭子は会社が倒産したタイミングで恭一にプロポーズされ、友人たちから勧められたこともあってOKしていた。繭子は自分に何の取り得も無いと認識しており、征次郎から「やりたいことは?」と問われても何も思い付かなかった。
ホテルに戻った繭子は支配人とオルゴールについて話し、戦国時代に宣教師が持ち込んだことを聞く。信長が持っていたのかもしれないと支配人が告げた後、繭子は金平糖を噛みながらエレベーターに乗り込んだ。するとオルゴールが動き出し、扉が開くと繭子は再び本能寺に出た。繭子が蘭丸と話していると大塚たちが現れ、彼女は信長の元へ連行された。そこで初めて、繭子は相手の素性を知った。どこから来たのかと問われた繭子は、咄嗟に江戸だと答えた。
蘭丸は繭子が信長の陰口を言っていたことを平然と明かしたので、慌てて否定する。蘭丸は繭子を追放するよう進言するが、信長は本堂で軟禁することにした。本堂へ移された繭子は、そこが城ではなく寺だと初めて知った。本能寺だと気付いた彼女が本堂を飛び出したので、僧侶たちは慌てて追い掛ける。中年女性の集団がホテルのベルを鳴らすと、繭子はエレベーターから外へ飛び出した。現代に戻ったことに気付いた彼女は、エレベーターに乗っても本能寺へ行ける時と行けない時があると支配人に話す。繭子が本能寺の変について信長に教えるつもりだと明かすと、支配人は歴年を変えることになると指摘した。
繭子は恭一と会い、彼の友人である加奈と町田を紹介される。恭一は披露宴会場も勝手に決めるが、繭子は自分の意見を言わなかった。ホテルへ戻った繭子がエレベーターに乗ると、また本能寺に移動した。信長は彼女を町へ連れ出し、着物を買って着替えさせた。彼は繭子に京の町を見せ、天下統一への強い思いを語った。寺に戻った繭子は、蘭丸や家臣たちと子供の遊びに興じる。そこへ信長が現れると、家臣たちは一斉にひれ伏した。繭子が遊びに誘うと家臣たちは慌てるが、信長は喜んで参加した。
恭一が婚約指輪を購入する姿を見た加奈は、繭子の意見も聞くよう注意する。こだわりが無いのだと恭一は言うが、加奈は繭子にも何かやりたいことがあるはずだと告げる。信長は繭子に、未来から来たことを指摘する。それを認めた繭子は、光秀が謀反を起こして信長と蘭丸が切腹に追い込まれることを教えた。信長は謀反の件を承知し、その場を去った。恭一がホテルを訪ねてベルを鳴らしたため、繭子はエレベーターに戻った。
繭子は恭一と共に、金婚式の会場へ赴いた。征次郎の隣に写真が飾られているのを見た繭子は、それが亡き母だと恭一から知らされる。金婚式が決まった後で母は病死したが、その思いも汲んで予定通りに開催したのだと恭一は説明する。征次郎は参加者の面々に対し、料亭を閉めて学生向けの大衆食堂を始めることを明かした。騒然とする参加者に対し、彼は「遅うないと思てます。出来ると思ってます」と言う。同じ頃、信長は蘭丸から謀反への対応を問われ、「逃げも隠れもせん」と告げる。彼は自分が死んだので逆賊の光秀を討つよう命令する書状を記し、蘭丸に渡した。柴田勝家の元へ届けようとする蘭丸だが、書状の宛名は豊臣秀吉だった…。

監督は鈴木雅之、脚本は相沢友子、製作は小川晋一&市川南&堀義貴、プロデューサーは土屋健&古郡真也&片山怜子、撮影は江原祥二、照明は杉本崇、録音は柿澤潔、編集は田口拓也、美術はd木陽次&吉澤祥子、衣裳は大塚満&沖田正次、アソシエイトプロデューサーは大坪加奈、殺陣は清家三彦(東映剣会)、所作指導は峰蘭太郎、音楽は佐藤直紀。
出演は綾瀬はるか、堤真一、濱田岳、風間杜夫、近藤正臣、高嶋政宏、平山浩行、田口浩正、佐戸井けん太、平岩紙、迫田孝也、八嶋智人、宇梶剛士、飯尾和樹、加藤諒、赤座美代子、曽我部洋士、豊田康雄(関西テレビアナウンサー)、峰蘭太郎、永野宗典、浜田隆広、西村匡生、山田永二、大石昭弘、いわすとおる、山口幸晴、本山力、宇野嘉高、櫻井忍、田村将之、西尾豊、榎田貴斗、柳井大輝、西田大将、八木和佳人、園英子、西村亜矢子、佐藤都輝子ら。
ナレーションは中井貴一。


監督の鈴木雅之、脚本の相沢友子、出演の綾瀬はるか&堤真一といった『プリンセス トヨトミ』のメンバーが再結集した作品。
ちなみに製作委員会の内、フジテレビジョンと東宝も『プリンセス トヨトミ』の製作に関わっていた。
繭子を綾瀬はるか、信長を堤真一、蘭丸を濱田岳、本能寺ホテル支配人を風間杜夫、征次郎を近藤正臣、光秀を高嶋政宏、恭一を平山浩行、大塚を田口浩正、島井を佐戸井けん太、加奈を平岩紙、町田を迫田孝也が演じている。
他に、整体師役で八嶋智人、予約したホテルのフロント係役で宇梶剛士、職業安定所職員役で飯尾和樹、チラシ配りの男役で加藤諒が出演している。

『プリンセス トヨトミ』のメンバーが再結集しているだけでなく、その内容を見ても、似たようなテイストを感じる。なので今回も原作は万城目学なのかと思ったら、彼の名前はクレジットされていない。
いかにも万城目学っぽい話なのだが、そこには裏事情が隠されていた。
企画が立ち上がった当初は、万城目学も参加していたのだ。
そもそもは万城目学がオリジナル脚本を手掛けるはずだったが、それはボツになって彼は映画から外された。ところが完成した映画には、万城目学のアイデアが使われていた。
万城目学はツイッターで、泣き寝入りせざるを得なかったことを告発していた。

フジテレビは『海猿』シリーズで原作者の佐藤秀峰を激怒させて絶縁を通告されるなど、この手の問題を何度も起こしている印象がある。
そういう過去から、何も学んじゃいないのね。
学習能力が致命的に欠けているから、何度も同じ失敗を繰り返すのよ。
ただ、この映画の出来栄えを見た限り、万城目学は企画から外されてラッキーだと思った方がいい。
こんな映画で仮に「原案」とでも表記されたところで、小説家としてのキャリアには何のプラスも無いからね。

映画の冒頭、天正10年6月2日に本能寺の変が起きたことを中井貴一のナレーションで説明する。ちなみに、中井貴一をナレーションで起用しているのは完全に役者の無駄遣い。言われなきゃ中井貴一とは分からないんだし。
それはともかく、その語りでは「光秀の謀反の理由が不明」「謀反が起きた後の秀吉の動きが迅速すぎる」など、本能寺の変は多くの謎に包まれていると説明される。
だったら、本編では謎を独自の解釈で解き明かすのかというと、そんなモノは何も無いのだ。
だったら、そういう導入部にしている意味は何なのかと。その無意味な思わせぶりは、誰が得をするのかと。

さて本編が始まると、繭子が京都の町を歩いている。縁結びのチラシを配る男がいて、他の観光客からは相手にされないが、繭子は笑顔で受け取る。
その時に「加藤諒が演じています」ってことを不自然にアピールするし、そこは後に繋がる重要なシーンなのかと思いきや、何も無い。一応、チラシは後で信長が拾っているが、それも大した意味は無い。
もっと違和感に満ちているのが、繭子が予約したホテルを訪ねるシーン。
ロビーにいた面々がピタリと動きを停止し、フロント係が「1ヶ月後の予約になります」と告げた途端、一斉に動き出す。こいつらが何か秘密を握っているのか、そのホテルに謎があるのかというと、何も無い。そこだけで出番は終わりだ。
だったら、その演出は何のつもりなのかと。
たぶん喜劇としての仕掛けだろうけど、どういう理論で笑いに繋がると思ったのかワケが分からない。

繭子が本能寺ホテルのエレベーターに乗ると、すぐに戦国時代の本能寺へワープしてしまう。「上の階に到着する」という通常のケースを先に見せず、いきなり異変を起こしている。
この時点で見せ方としては弱くなっているが、それでも「繭子がタイムスリップしたまま終盤まで戻らない」という構成なら分からんでもない。終盤になって「エレベーターを使っても異変は起きず、普通に上の階へ到着する」という様子を初めて見せても、形としては綺麗にまとまる。
ところが、この映画だと途中で何度も現代へ戻って来るのだ。
それなら、先に「通常のケース」を見せておくべきだろう。

ロビーのオルゴールが鳴り、繭子が金平糖を噛んでエレベーターに乗ると、戦国時代の本能寺にワープする。フロントのベルが鳴ると、ホテルに戻って来る。
何故そんな方法なのかと、理解に苦しんでしまう。
タイムスリップにマジで科学的な根拠が必要だと言いたいわけではない。荒唐無稽な方法なのは、一向に構わない。
ただ、もう少し本能寺に関連付けるための作業があった方がいいんじゃないかと。
金平糖は「戦国時代から作られていて信長も食べていた」という設定だけど、それぐらいしか繋がりが無いのよね。そのホテルも本能寺のあった場所に建てられているわけじゃないし。
「なぜ本能寺にワープするのか」と、バカバカしい話にマジなツッコミを入れたくなるのは、タイムスリップの仕掛けが冴えないからだ。

2度目のタイムスリップの直前には、「オルゴールは宣教師が戦国時代に持ち込んだ物で、信長が持っていたのかも」という支配人の台詞がある。
でも、それは先に言っておくべきでしょ。先に言ったからといって弱いのは変わらないけど、「せめて、それぐらいは」ってことだよ。
あと、オルゴールは誰も触らなくても、2度目のタイムスリップでは勝手に動いている。
つまり最終的にタイムスリップするには、オルゴールも必要だけど、鍵になるのは「金平糖を食べる」という行為だけだ。
そうなると、ますます仕掛けとして弱いでしょ。

繭子は出会ったばかりの蘭丸に、恭一と結婚することや彼の両親と会うことをベラベラと喋る。
一方の蘭丸も、彼女が曲者だと思って警戒していたはずなのに、信長に会うので緊張しているのだと明かし、具体的なエピソードまでベラベラと喋る。
繭子が渡した胃腸薬を飲んだ蘭丸は、次の瞬間に痛みが消えている。繭子は「どこでも売っている薬」と言っているが、一瞬で痛みが消える胃腸薬など聞いたことが無い。
序盤から、デタラメで適当な描写の連続である。

エレベーターの扉が開いたシーン、その見せ方が下手だ。
繭子を中心に置い手持ちカメラが回転するのだが、一言で表現するなら「絵が狭い」ということになる。「ホテルの中のはずが、寺の境内」という仕掛けを充分に活かす映像とは、到底思えない。
そこは「空が見える場所」ってのが重要なはずなのに、そのためのショットを用意していない。ロングショットとか、空撮とか、もっと広がりを感じさせる映像を入れた方が効果的なはず。
まだ繭子は気付いていないが、観客は「そこが本能寺」ってのは分かり切っているわけだから、どこか分からないようにする狙いがあったとしても無意味だし(っていうか、まず間違いなく、そんな狙いは無い)。

繭子は本能寺の変に巻き込まれることを支配人に忠告されても、危険を顧みず信長の元へ戻ろうとする。彼女を突き動かすモチベーションがどこにあるのか、サッパリ分からない。
それに、そんなに勇敢で積極的に行動できる奴が、なぜ結婚に関しては流れに身を委ねて全て恭一の言いなりになっているのかと。
現代における控え目な性格と、信長や戦国時代が絡んだ時の性格が、まるで別人のようになっている。
それだけでも一貫性が無いという問題があるのに、最初から「戦国時代では積極的」ということになっているから、「繭子が今回の経験を経て変化する」という仕掛けが機能しなくなっちゃうし。

「歴史が変わる」と支配人から言われたのに、繭子は光秀が謀反を起こすことをベラベラと信長に喋ってしまう。もちろん、それは「信長を救いたい」という動機だ。
だけど、歴史を変えてまで救おうとするほど、信長に入れ込む理由がサッパリ分からない。惚れたようには見えないし、信長と一緒に行動している時間もそんなに長くないし。
歴史が変わったら、最悪の場合は自分が生まれない可能性だってあるわけで。それを考えると、あまりにも軽率な行動だ。
バラすにしても、せめて苦悩しろと言いたくなる。
軽い喜劇として処理しているならともかく、そこに関してはマジに描いているので、「繭子が鈍い奴だから」ってことで笑って済ませられないのよ。

信長の描写は表面的であり、ちっとも魅力的な人物には見えない。
色んな媒体で描かれるようなイメージの信長像から全く逸脱しておらず、悪く言えば「凡庸でありふれた」というキャラ造形になっているのだが、それは良しとしよう。
でも、それを面白味のある人物に見せるための描写が著しく欠けている。
謀反を知った後、信長の優しさや温かさを示すための短い回想シーンを挿入しているが、なんと不細工なことか。

その回想では申し訳程度に秀吉を登場させるが、そんな雑な扱いなら触れない方がマシだわ。
とは言え、秀吉は「光秀を討つよう命じる書状を届ける唯一の相手」として重要な意味を持つ人物なので、ホントは信長との関係を充分に提示しておく必要があるはずなのだ。でも、そこが全く出来ていない。
そこに関連して、ホントは柴田勝家についても触れておく必要がある。ところが勝家については、台詞で名前が出て来るだけ。なので、「なぜ信長は、逆賊を討つよう命じる書状を勝家ではなく秀吉に届けるよう命じたのか」というトコに納得できる理由が見えない。
あと謀反を起こす光秀にしても、信長の怒りを買った出来事が蘭丸の語りで説明されているだけ。だから、「その程度で謀反を起こすチンケで薄っぺらい悪人」という扱いになっている。

繭子は戦国時代にタイムスリップしても、すぐに順応する。そんなに驚かないし、アタフタすることも少ない。戦国時代の面々も、繭子の時代に合わない言動で困惑させられる様子は乏しい。
信長はチラシを見たこともあってか、繭子が未来から来たことを簡単に信じる。っていうか彼女が告白する前から分かっている。
タイムスリップ物では定番と言えるようなパターンを使って、ドラマを膨らませたり喜劇を転がしたりするする作業は乏しい。
ものすごく好意的に解釈すれば、「使い古されたパターンだから、あえて避けた」とも取れる(たぶん違うと思うが)。ただし、じゃあ代わりに何を使って面白くしているのかというと、何も見当たらない。
なので、単純に「タイムスリップという要素を有効活用できていない」ってことになるわけだ。

繭子は歴史を変えて、信長を救いたいと考える。しかし、そのために彼女が必死で奔走することは無い。
そのために彼女が取った行動は、「信長に光秀の謀反を教える」という1つだけ。それを知っても信長は光秀に討たれて死ぬことを選ぶため、繭子は単なる傍観者でしかない。
そんな繭子は歴史が変化していないと気付き、謀反が起きている本能寺へ戻る。じゃあ遅ればせながら歴史を変えるために何か行動するのかというと、信長に「なぜ逃げなかったのか」と尋ねるだけ。
死ぬかもしれない場所へ戻ったのに、それだけなのかと。命懸けで取るような行動じゃねえだろ。

繭子は征次郎と話すシーンで、「やりたいことが何も無く流れに身を委ねているだけの、主体性に欠けるヒロイン」という設定が示されている。
ただ、タイムスリップした時に興味津々といった感じで勝手に歩き回ったり、信長の脅しに憤慨して茶器を奪い取ったりする行動は、その設定と一貫性が取れていないように感じるのだ。
初対面の蘭丸とフランクに接したり、相手が信長と分かっても臆せず振る舞ったりするのも同様だ。
そんなに積極的に行動できるのなら、やりたいことも見つかりそうな気がするんだよね。

そこの引っ掛かりは置いておくとして、ともかく「やりたいことが何も無いヒロイン」というキャラ設定を前半で提示しているので、そこからの筋書きは容易に読み取れる。
「ヒロインがタイムスリップでの体験や信長との交流に影響を受け、やりたいことを見つけて人間的に成長する」という話にしたいわけだ。
ベタではあるが、それは一向に構わない。
問題は、そこに何の説得力も無く、繭子の見つけた答えが全く腑に落ちないってことなのだ。

繭子が何の取り得も無いとか、やりたいことが無いと話すシーンは、1度ではなく何度か用意されている。征次郎が繭子に、やりたいことを尋ねるシーンもある。信長が繭子に、「自分のやりたいことに大きいも小さいもない。やりたいかやりたくないか、やるかやらぬか、それだけではないのか」と語るシーンもある。
しつこいぐらい、「繭子がやりたいことを見つける」という着地に向けた丁寧な前フリがある。
ところが、「繭子のやりたいこと」が何なのか、その具体的な答えが全く見えないままで終盤まで到達してしまう。
普通に考えれば、そこも伏線を用意しておくべきでしょ。それを綺麗に回収してこそ、繭子が最終的に見つけた答えに観客は納得できるはず。

ホテル支配人や征次郎が、仕事のやりがいについて語るシーンもある。
それを繭子が聞いているので、「彼らの言葉に影響を受けた」ということになる。
そういうシーンを用意することで、「信長と会ったことやタイムスリップで経験したことが繭子の生き方を変化させる」という仕掛けが死んでしまう。
タイムスリップなんか無くても、支配人や征次郎のように年齢を重ねた経験者たちの意見を聞くことで、繭子は充分に成長できちゃうのだ。

映画のラスト、繭子が信長の意志を確認して現代へ戻ると、恭一が結婚を白紙に戻そうと提案する。
本人としては「繭子の気持ちを全く考えていなかったから」ってのが理由で、それを繭子も承諾する。
だけど、繭子は恭一を好きじゃないのに結婚を決めたわけじゃないはずでしょ。今回の体験で、恭一への気持ちが冷めたわけでもないでしょ。
だったら、別に結婚を中止する必要は無いんじゃないかと思ってしまうぞ。

繭子は結婚を中止した後、社会科教師に登録し、歴史を教えようと決めている。
つまりタイムスリップの体験や信長との出会いによって彼女が見つけた「やりたいこと」ってのは、「歴史を教えたい」ということだという結末になっているわけだ。
今回の体験で初めて生じた思いだから、そりゃあ伏線も何も無いわけだ。
だけど、最後に「ヒロインに歴史を教えたい気持ちが芽生えた」という結末を見せられても、「なんじゃ、そりゃ」と呆れるだけだわ。そこにはバカバカしさしか感じないぞ。

(観賞日:2018年3月9日)

 

*ポンコツ映画愛護協会