『本陣殺人事件』:1975、日本

あの忌まわしい事件から一年後、私立探偵は金田一耕助が集落を訪れた。すると彼が予感していた通り、一柳鈴子は亡くなっていた。その一年前、一柳家の長男である賢蔵と久保克子の結婚式が執り行われた。結婚式が開かれる前に、大きなマスクをした妙な男が一柳家を訪問していた。薄汚れた格好をしている男は女中の清に手紙を差し出し、賢蔵に渡してくれと頼んで去っていた。清は分家の妻である一柳秋子に、その手紙を預けていた。
かつて大名の宿として使われていた一柳家には、古いしきたりがあった。婚礼の夜には、花嫁が家宝の琴「鴛鴦」で『鴛鴦の歌』という曲を弾くことになっていた。しかし時代が変わったこともあり、糸子は賢蔵の妹である鈴子に演奏を任せた。演奏を終えた鈴子は、「もうタマには聴かせられない」と死んだ愛猫の名を口にした。彼女は急に立ち上がり、「私がタマの墓を参ってあげないと、タマが寂しがっています」と言って部屋を出て行った。
賢蔵の大叔父に当たる伊兵衛は悪酔いし、克子のことを「金持ちの成金」「元はと言えば一柳家の小作人」と罵った。一柳家の三男である三郎は彼をなだめ、部屋から連れ出した。当初は今回の結婚に皆が反対だったが、三郎だけは最初から賛成していた。鈴子は克子の叔父である銀造に、「昨日、怖いことがあった。誰もいない離れで琴が鳴った」と語った。戻って来た三郎は、伊兵衛の非礼を銀造に謝罪した。賢蔵は彼に、伊兵衛を川村まで送り届けて向こうで泊まるよう指示した。
早朝4時、悪夢で目を覚ました銀造の耳に、克子の悲鳴が届いた。離れから響く琴の音を耳にした彼は急いで母屋を出るが、潜り戸の閂が掛かっていた。賢蔵の従弟良介と作男の源七が来たので、銀造は斧を持って来るよう指示した。潜り戸を壊して離れに向かった銀造は、庭に突き刺さった日本刀を見つけた。建物に入った彼は、血まみれになった賢蔵と克子の遺体を目撃した。室内の金屏風には、三本指の血痕が残されていた。
通報を受けた県警の磯川警部が一柳家に到着し、捜査を開始した。三郎が戻って来ると、磯川は賢蔵の知り合いに指が三本の男はいないかと質問した。三郎は驚き、一昨日の昼頃に三本指の男がお菓子屋で一柳家への道を尋ねたらしいと証言した。銀造は協力してもらうため、十年来の知人である私立探偵の金田一耕助を呼び寄せた。彼は磯川に、金田一を紹介した。金田一は過去に難事件を解決しており、その評判は磯川の耳にも届いていた。
磯川は金田一に質問され、自身の推理を詳しく説明した。三本指の男は結婚式が始まる前に、離れへ忍び込んで押し入れに隠れた。早朝になって押し入れから出た犯人は日本刀で賢蔵と克子を殺害し、三本指に血を付けて金屏風に痕を残した。これが磯川の推理だった。しかし犯人が外に出た痕跡が無いため、彼は頭を悩ませていた。金田一はお菓子屋の女将から話を聞き、三本指の男がマスクを外すと頬に大きな傷があったことを知った。
磯川はビリビリに破られていた三本指の男の手紙を復元し、金田一に見せた。それは脅迫状であり、「島の約束、近日果たす。君の生涯の仇敵より」と綴られていた。賢蔵は秋子から手紙を受け取った時、それを破ってシャツの胸ポケットに入れていた。金田一は磯川と共に、事件現場を見て回る。彼は三本指の血痕に指紋が無いこと、指紋を残さないように犯人が装着した琴爪が捨ててあったこと、柱や雨戸に残る手形には指紋が出ていることを知り、首をかしげた。
金田一は庭の石灯籠や木の枝、誰かがくり抜いた竹筒を調べた後、血染めの琴柱や木の幹に突き刺さった鎌を発見した。水車小屋から続く道について磯川に質問した彼は、山を越えて久村という村へ続いていることを知った。三郎は金田一と磯川から脅迫状を見せられ、賢蔵のアルバムを見せた。そこには「生涯の仇敵」と書かれた男の写真があったが、三郎は「島の約束、近日果たす」という文言について何も思い当たることは無いと証言した。
金田一は賢蔵の書斎を調べ、日記を開いた。日記は1日も欠かさずに書かれており、三郎は金田一に「賢蔵兄さんは完璧主義者だった」と言う。鉛筆の長さは常に統一されており、机の上に誰かが触れることも許さなかったのだと彼は語った。金田一が三郎の本棚に目をやると、探偵小説が並んでいた。事件について感想を問われた三郎は、「現実に起こる犯罪は、小説のようには面白くありません」と述べた。金田一が「現実の犯人は小説ほど頭が良くない」と評すると、三郎は不快感を露骨に示した。金田一は蔵を調べ、無惨絵の巻物を見つけた。捜査本部は三本指の男を容疑者と断定し、一柳家との関係を洗い始めた。
金田一は良介と会い、賢蔵に対する印象を尋ねた。良介は「自分がやっていることは正しく、自分以外の人間は馬鹿だと思っているような男だった」と評し、冷たい男だったと切り捨てた。金田一は鈴子から、「一昨日の晩も琴の音を聞いた」と告げられた。彼は同席していた銀造に、この事件は考えていたより深いかもしれないと述べた。早朝4時過ぎに琴と水車の音を耳にした金田一が離れへ向かうと、庭先に日本刀が突き刺さっていた。部屋に入ると三郎が大怪我を負っており、三本指の男の仕業だと証言した。
翌朝、磯川は一柳家を訪れ、三郎は深手だが急所を外れていたと金田一に知らせた。克子が女子校で勤務していた頃の同僚だった白木静子が金田一と磯川に会い、犯人を知っていると告げた。克子は静子に宛てた手紙で、元恋人の田谷章造と遭遇したことを綴っていた。田谷は克子が結婚することを聞き付け、含みのある言葉を口にしていた。田谷は医者の息子だったが医大に入れず、与太者になったのだと静子は金田一たちに説明した。
静子は克子に、結婚前の秘密は闇の中に葬るよう忠告していた。しかし克子田谷との関係を賢蔵に打ち明け、そのことを手紙で静子に謝罪していた。静子は金田一に、田谷が恐喝や詐欺で何度も警察沙汰になっていることを教えた。彼女は田谷が賢蔵と克子を恐喝し、金を拒否されて殺害したのだと確信していた。しかし賢蔵のアルバムにあった仇敵の写真を磯川が見せると、静子は「田谷ではない」と否定した。金田一は銀造に静子から聞いた克子の情報を伝え、田谷は真犯人じゃないと断言した。
金田一は鈴子と話し、誰かがタマの墓を掘り返したと聞かされる。墓参りをしたら、昨日と形が変わっていたのだと彼女は告げる。一方、三郎は磯川に、金田一への対抗心で事件当夜と同じ状況を作ったことを告白した。彼は何も起きないと確信していたが、三本指の男に襲撃されたのだと説明した。金田一は良介に頼んでタマの墓を掘り起こし、棺を開けた。すると中にはタマの亡骸ではなく、切断された人間の右手首が入っていた…。

脚本・監督は高林陽一、原作は横溝正史、企画は葛井欣士郎、製作は高林輝雄&西岡善信、撮影は森田富士郎、美術は西岡善信、照明は山下礼二郎、音響は倉嶋暢、編集は谷口登司夫、録音は中沢光喜、音楽は大林宣彦。
出演は田村高廣、中尾彬、高沢順子、水原ゆう紀、村松英子、東野孝彦、新田章、常田富士男、東竜子、三戸部スエ、加賀邦男、石山雄大、海老江寛、原聖四郎、伴勇太郎、中林章、沖時男、花岡秀樹、小林加奈枝、山本織江、服部絹子ら。


横溝正史の同名小説を基にした作品。
脚本&監督は記録映画『すばらしい蒸気機関車』でプロデビューした高林陽一。
賢蔵を田村高廣、金田一を中尾彬、鈴子を高沢順子、克子を水原ゆう紀、静子を村松英子、磯川を東野孝彦、三郎を新田章、三本指の男を常田富士男、糸子を東竜子、煙草屋の女を戸部スエ、銀造を加賀邦男、田谷を石山雄大、伊兵衛を海老江寛、村長を原聖四郎、一柳良介を伴勇太郎、刑事を中林章が演じている。

『本陣殺人事件』の映画化は本作品が初めてではなく、1947年に『三本指の男』として東横が製作している(監督は松田定次)。しかし、片岡千恵蔵が金田一耕助を演じるスター映画だったこともあり、内容は大幅に改変されていた。
それに比べると今回は、かなり原作に忠実に物語を構築していると言っていいだろう。
しかし、原作に忠実だったら面白くなるのかというと、それはまた別の話であって。
この辺りが、原作付き映画の難しい所ではあるんだよね。

本作品における金田一耕助の格好は、原作とは大きく異なっている。恐らく多くの皆さんがパッと思い浮かぶイメージが定着した現在となっては「ちっとも金田一らしくない」という印象を受ける。
しかし、まだ当時は市川崑が監督する角川のシリーズが始まる前であり、和装のイメージは広まっていなかった。
本作品の金田一はジーンズにスニーカー、胸元を大きく開けた白のワイシャツに青のベストという姿。まるで当時の青春スターみたいな格好だ。
っていうか、「ほぼ中村雅俊」なんだよね。

ATG映画なので、そんなに多くの予算は使えない。なので大規模なセットを建てるとか、手の掛かる衣装や小道具を用意するとか、そういうことは難しい。
予算の問題を考えると、それで『本陣殺人事件』を映画化するってのは企画自体に無理があるんじゃないか。
そんな無理を通すため、原作の舞台だった昭和初期から現代の設定に変更している。これは作品の根幹を崩しかねない変更だ。
『本陣殺人事件』に限ったことではないが、基本的に横溝ミステリーってのは、「その時代における田舎の農村」という設定が雰囲気作りにおいて大きな意味を持っているのだ。

鈴子にエキセントリックに匂いをまとわせたり、銀造にサイケデリックでシュールな悪夢を見せたりして、事件が起きる前から怪しげな雰囲気は出している。
しかし彼女は事件に何の関係も無く、ただ無意味に怪しげなだけだ。
金田一は冒頭で「彼女が予想通りに死んだ」と語っているけど、それも事件との因果関係があるわけではない。ミスリードの意図があって、怪しげな雰囲気を放っているわけではない。
じゃあ何の意図があるかと問われると、それはサッパリ分からない。

事件の真相について磯川が金田一に語るシーンがあるが、そこには大きな穴がある。なぜなら、そんな行動を犯人が取る動機や意味が無いからだ。
まず、犯人が賢蔵と克子を惨殺する動機について、その推理では何も語っていない。また、わざわざ金屏風に三本指の血痕を残す意図も全く分からない。そんなことをすれば、自分が疑われて追われる身になるんだから、リスクしか無い。
ところが、その推理を語った磯川は「動機が不明」「行動が無意味」ってことに言及しないし、金田一も指摘しない。
っていうか、そこで磯川の推理を参考映像付きで詳しく説明する必要があるのかと。むしろ無い方が良くないか。
さらに言うと、磯川の推理を映像化したシーンでは、犯人が襲い掛かる前に自身の存在をアピールするような行動を取ったせいで、賢蔵に抵抗されてるんだよね。そこは静かに殺人を遂行した方が、成功の可能性が圧倒的に高いでしょうに。

金田一が「大変な勘違いをしていたようです。この事件の底は、僕が考えていたよりも、もっと深く悲しい物かもしれません」と語る時点で、彼がどういう推理を組み立てていたのかは全く明かされていない。
誰が犯人で、どういう動機で、どんなトリックを使ったのかってことに関する金田一の考えは、まるで提示されていない。
前提となる情報が無いのに、「考えていたよりも深い」と言われても、比較が出来ないでしょうに。

事件が起きた直後の現場検証で、「これは密室トリックを使った事件である」ってことが明らかにされているはずだ。
だからこそ、金田一は現場を調べる時に、密室トリックに関わる道具や情報を集めているはずだ。
そこで彼が調べたり集めたりする情報は、「犯人は誰か」「三本指の男の正体は何者か」という答えに繋がるモノではない。
ところが、それを無視して「犯人は三本指の男」という部分ばかりを掲げて話が走っっていくんだよね。

ただ、密室トリックを放置しているので「三本指の男の正体は?」みたいなトコでミステリーを引っ張るのかと思いきや、そういうわけでもないんだよね。
そんで、その内に田谷照三という新たな容疑者が浮上するのだが、「じゃあ三本指の男は何なのか」ってことになる。
それを抜きにしても、田谷はミスリードの存在として全く役に立っていない。彼の名前が出ても、すぐに金田一が「この事件の真犯人じゃない」と断言しちゃうし。
フーダニットとハウダニットの両方を組み合わせて、それでミステリーとしての厚みを持たせているわけではない。いわゆる「虻蜂取らず」になっているように感じる。
っていうか、実は情報を順番に出しているだけで、それを積み上げて事件の真相に繋がる推理を組み立てるという作業は何もやっていないんだよね。

終盤に入ると「謎解き編」に入るはずだが、金田一が関係者の前で「事件の真相はこんな感じで、こういう方法で密室を作った」と具体的に説明する手順があるわけではない。
回想シーンによって、淡々と「こういう出来事がありまして」と説明される形になっている。
そのため、ミステリーとしての醍醐味を味わうことは難しい。
その代わりにどんな味があるのかというと、前衛的だったり、文学的だったり、芸術的だったりの味だ。
いかにもATGらしいとは言えるけど、探偵小説の映画化作品に求める味ではないなあ。

(観賞日:2024年12月21日)

 

*ポンコツ映画愛護協会