『honey』:2018、日本

1年前、路上で複数を相手に喧嘩をする不良少年の鬼瀬大雅は、暴れて吠えながら母のことを思い出していた。彼は香緒里を怒鳴り付け、「俺が邪魔なんだろ。あの人の所へ行けよ」と声を荒らげた。相手グループのリーダーである権瓦郁巳が余裕の態度で蹴りを浴びせると、鬼瀬は反撃して馬乗りになった。すると権瓦の仲間は、背後から自転車を持ち上げて鬼瀬に浴びせた。大雨の中で鬼瀬が路上に座り込んでいると、学生服の少女が傘を差し出した。彼女は絆創膏を鬼瀬に渡し、その場から走り去った。
1年後、神奈川県立宇田川高校。小暮奈緒は「今日から怖い、無理って言いません。もうビビリでヘタレは卒業します」と誓い、気合いを入れて正門をくぐった。その直後、鬼瀬が喧嘩する姿を目撃し、彼女は怯えた。相手に殴られた鬼瀬が抱き付いて来たので、奈緒は一緒に倒れ込んだ。鬼瀬が教師に連行された後、奈緒は恐怖でしばらく動けなかった。教室に移動した奈緒は、陰険な女子4人組から紙玉を投げ付けられた。奈緒は驚くが、威嚇されると何も言えなかった。そこへ矢代かよという女子生徒が現れ、「ダサっ。アンタたちも、黙ってるアンタも」と両方を見下した。
奈緒は精神的に追い込まれ、心の中で「もうダメ、宗ちゃん」と叔父の宗介の名を呼んだ。カフェを営む宗介は、奈緒に友達が出来るかどうか心配していた。彼は常連客の田崎和彦から、「悪い虫が付かないか心配だね」と告げられた。奈緒の元には鬼瀬が現れ、「放課後、体育館裏で待ってる」と通告した。奈緒は仕方なく体育館裏へ行き、天国の両親を思って覚悟を決めた。すると鬼瀬は花束を差し出して、「俺と結婚を前提に付き合ってください」と告白される。驚いた奈緒は慌てて断ろうとするが、鬼瀬に睨まれると怖くて「よろしくお願いします」と言ってしまった。カフェに立ち寄った奈緒は宗介の笑顔に癒やされるが、彼目当ての女性客が来ているのを見て不機嫌になった。自分の部屋に入った奈緒は、宗介に遊んでもらった幼少時代を回想した。
翌朝、奈緒は宗介が作ってくれた弁当を持って家を出るが、鬼瀬のことを考えて気が重くなった。すると家の前で鬼瀬が待っていたので、奈緒は体を強張らせた。彼女は一緒に登校する羽目になり、生徒たちの視線を浴びた。昼休み、鬼瀬が作った弁当を渡され、奈緒は宗介の弁当を隠した。鬼瀬の弁当が見事だったので、奈緒は「お料理、お得意なんですね」と言う。鬼瀬は母と2人暮らしで、料理は自分の担当だと告げた。食べた奈緒が「美味しい」と感想を漏らすと鬼瀬は喜び、将来は料理人になって店を持ちたいのだと夢を語った。
奈緒が「食べる前は不味いって言ったら殴られるかもと思ってましたけど」と打ち明けると、鬼瀬は「そんなことで殴ったりしねえよ」と軽く笑う。「でも昨日、殴ってらっしゃいましたよね」と指摘された彼は、新入生に絡んでいた連中に文句を言ったら殴って来たので反撃しただけだと説明した。鬼瀬は奈緒に、「もう理由なく人を殴ったりしないって決めたからさ。小暮の嫌がることはしない。悲しませることもしない。小暮を守る」と力強く誓う。奈緒が「なんで私なんですか?」と尋ねると、彼は「小暮は俺が好きになった人だから」と答えた。鬼瀬の行動や表情を見て、奈緒の彼に対する印象は大きく変化した。
翌日も奈緒は鬼瀬と一緒に登校し、クラスが違うので教室で別れた。すると女子2人が「マジで鬼瀬の女なの?」「どこがいいの?中身、クソなんでしょ」と詰め寄るが、奈緒は何も言えずに縮こまる。すると矢代が「誰が誰を好きになろうが、アンタたちに関係なくない?」と鋭く告げ、女子2人を追い払った。奈緒が礼を言うと、彼女は「何も知らないくせに口出ししてくる奴が嫌いなだけ」と静かに告げる。奈緒は彼女に、「鬼瀬くんは、みんなが思ってるような人じゃないです」と語った。奈緒が帰宅すると、カフェの前で宗介が女性と話していた。その顔に見覚えがあった奈緒はアルバムを調べ、宗介のロケット打ち上げプロジェクトの同僚だった南野葵だと知る。奈緒が両親を亡くしてから傍にいてくれたことへの感謝を口にすると、宗助は「前の仕事が向いてなかったから、のんびりカフェが出来て良かったよ」と述べた。
学校では宿泊研修の日程が近付き、C組とD組が合同で4人1組の班を作ることになった。最後まで班が決まらなかった鬼瀬、奈緒、矢代、三咲渉は、同じ班で行動することになった。鬼瀬は三咲を知っており、彼に気付いて驚きの表情を見せた。嘲笑を受けた三咲は、教室から逃げ出した。鬼瀬が追い掛けて呼び止めると、拒絶して立ち去った。鬼瀬は奈緒に、三咲は中学までカナダにいてクラスに馴染もうとせずに突っ張っているのだと教えた。
宿泊研修の当日、三咲は全く作業を手伝おうとせず、矢代が文句を言うと反発した。三咲が1人で岩場にいると、クラスの男子たちが馬鹿にしてブレスレットを川に蹴り落とした。すると三咲は慌てて川に飛び込み、泳げないので溺れそうになる。すぐに鬼瀬が救助すると、彼は「余計なことするなよ」と怒鳴る。「お前と友達になりたいと思ったんだよ」と鬼瀬が言うと、三咲は「友達なんか要らねえよ」と反発した。鬼瀬が「強がってんじゃねえよ。本当に辛い時に、辛いって言える奴が傍に1人もいねえと、潰れそうになるんだよ。三咲が何と言おうと、おれは友達として、お前の傍にいるからな」と語ると、三咲は天邪鬼な態度を取りつつも受け入れた。
4人は宿舎へ戻ろうとするが、鬼瀬がジャージを忘れてきたことに気付いた。奈緒は自分が取りに行くと言い、先に3人を帰らせた。だが、いつまで経っても奈緒が戻らないため、鬼瀬は捜索に向かった。奈緒は道に迷い、トンネルを見て幼少期を思い出した。彼女は勇気を振り絞って先へ進むが、途中でライトが消えたので震えて動けなくなった。奈緒は息苦しくなって倒れ込み、「宗ちゃん」と叫ぶ。そこへ鬼瀬が駆け付けて心配すると、奈緒は抱き付いて泣いた。
奈緒は帰り道で「ごめんなさい」と頭を下げ、「本当は他に」と本心を告白しようとする。鬼瀬は彼女の言葉を遮り、「好きな人、いるんだろ。知ってたよ。俺のことが怖くて断れなかったの」と告げた。彼が好きな相手について尋ねると、奈緒は母の弟だと答えた。奈緒が6歳の時、両親が交通事故で死亡した。彼女は1人で留守番していたが、夜中になっても両親は帰らなかった。そこへ宗介が駆け付けて抱き締め、「俺が奈緒の父さんと母さんになってやる。ずっと奈緒のこと守ってやるから」と言われた奈緒は大声で泣いた。宗介が両親のカフェを継いで傍にいてくれた、いつの間にか好きになっていたと、彼女は鬼瀬に説明した。「もし良かったら友達になってくれないか」と鬼瀬が提案すると、奈緒は「友達になりたい」と快諾した。
宿泊研修が終わり、鬼瀬は奈緒に振られたことを三咲に話す。奈緒は矢代に、鬼瀬は大切な友達だと告げる。「彼とキスされるのを想像してみて」と言われた奈緒が想像すると、屈強なライフセーバーたちが海から現れて囃し立てる。奈緒が「想像でも出来ない」とため息をつくと、矢代は「これテスト。キスを想像しようとした時点で、結構好きって証拠」と述べた。夜、鬼瀬は緊張しながら、「放課後に勉強を教えてほしい」と奈緒にメールを送った。奈緒は矢代の言葉を思い出し、返事を送るまでに時間が掛かってしまった。
翌朝、奈緒は矢代が恋人の権瓦にバイクで送ってもらってキスする姿を目撃した。彼女は鬼瀬に勉強を教え、「先生」と呼ばれて微笑んだ。いつの間にか転寝してしまった奈緒を見て、鬼瀬は我慢できずにキスをした。奈緒が目を覚まし、彼は「ゴメン。忘れろ」と告げて逃げ出そうとする。しかし、すぐに戻ってやっぱり忘れないでほしい」で走り去る。後日、朝のホームルームが始まる前に、鬼瀬は三咲、奈緒は矢代にキスを打ち明けた。そこへ担任教師が、転入生の西垣雅を連れて入って来た。
図書室で奈緒と顔を合わせた鬼瀬は、「こないだはゴメン」と謝罪する。奈緒が「気にしないで」と慌てて返していると、鬼瀬は西垣の姿に気付いた。彼女は『人づきあいが上手になる10のこと』という本を読んでおり、奈緒は「リラックスして話そうって最初に書いてあるんだけど、それが出来ないんだよねえ」と鬼瀬に告げた。教室に戻った西垣は、クラスメイトの女子たちが小テストに出る因数分解について焦っているのを知って「公式を覚えれば誰でも出来るよ」と話す。しかし馬鹿にしていると誤解され、「なんか感じ悪いんですけど」と言われた。昼休み、鬼瀬が「一緒に食おう」と西垣を誘って一緒に弁当を食べる様子を、奈緒が目撃した。
西垣は数学の小テストで満点を取り、女子2人に嫌味を浴びせられた。鬼瀬が「つまんないこと言うなよ。みんな西垣のこと誤解してる」と諌めると、西垣は教室を出て行く。鬼瀬が追い掛けて「人と話すの苦手なら、みんなにそう言えよ。緊張してう上手く言葉が出て来ないだけなんだろ。小暮がそう言ってた」と話すと、彼女は「話すの、すごく遅くて。何言おうっと考えてる内に、感じ悪いって思われる。でも、別にもう1人でいるの慣れたから、平気」と言う。鬼瀬は「平気って自分に言い聞かせて、自分のこと守ってるだけじゃねえか?」と語り、中学時代の体験を話す。彼は母が大好きだったが恋人と歩くのを見て激しく苛立ち、ヤケになってグレたのだ。
鬼瀬は傷付くのが嫌で逃げていただけだったと西垣に言い、「話すのが苦手なら、行動でもアピールしてみたら?」と提案する。物陰から2人の様子を見ていた奈緒は、寂しい気持ちになった。西垣は体育の時間に得意なバスケットボールの能力を見せ、話し掛けてくれた2人の女子と仲良くなれた。彼女は喜んで鬼瀬に礼を言い、ハイタッチを交わした。その様子を見た奈緒は、一人でベンチに座る。そこへ三咲が来て声を掛けると、奈緒は鬼瀬と西垣を見て変な気持ちになったと明かした。
三咲は奈緒に、鬼瀬が昔から戦隊物のリーダーに憧れているから髪を赤にしていると教える。そして「あいつは自分の気持ちに正直っていうか、守りたいって思ったモンは、絶対に守るって決めてるんだよな」と話し、「自分の気持ちにはビビんなくていいんじゃねえの」と助言した。鬼瀬が教室に西垣と2人きりでいると、奈緒が飛び込んで来た。彼女が「私、鬼瀬くんが好きです」と告白すると、西垣は「私、鬼瀬くんとはただの友達だから。心配しなくて大丈夫だよ」と告げて教室を出た。鬼瀬が宗介について訊くと「宗ちゃんは、やっぱり私のお父さんとお母さんだから。私が恋してるのは鬼瀬くんだから」と奈緒は言う。「結婚を前提に、私と付き合ってください」と奈緒が口にすると鬼瀬は抱き締め、「幸せすぎて、バカになりそう」と笑顔を浮かべた。
次の日曜日、鬼瀬は黒髪に染め、制服姿で宗介のカフェを訪れた。奈緒に紹介された彼は、「奈緒さんと結婚を前提にお付き合いさせてください」と宗介に頭を下げる。宗介は奈緒に席を外させ、「奈緒を守ってくれんの?どうやって?」と具体的な方法を質問する。鬼瀬が「命懸けても守ります」と即答すると、彼は「命懸けてって、死んだら守れねえだろ」と怒鳴る。「鬼瀬くんを失ってさ、悲しんでる奈緒に、死んでたら何もしてやれないでしょ」と宗介は言い、奈緒は両親を亡くして心が弱くなったと述べた。
宗介は鬼瀬に、「俺はね、あいつの傍からいなくならないって決めたの。何があっても。その覚悟、鬼瀬くんにある?」と問い掛ける。鬼瀬が黙り込んでいると、彼は「君に、あいつは守れないよ」と冷たく言い放った。鬼瀬は店を去り、奈緒が戻ると「あいつはやめとけ」と宗介は告げる。奈緒は「なんでそんなこと言うの」と抗議し、鬼瀬の後を追った。すると鬼瀬は、「ゴメン、俺、深く考えずに命懸けるとか言って。でも小暮のために命張れるってのは嘘じゃない」と語った。
奈緒は自室に戻り、宗介と自分が並んだ写真を眺めた。カフェを覗いた彼女は、葵が新しいプロジェクトに参加するよう宗介を誘っている様子を目撃した。「打ち上げの成功を見届けるのが夢だったんでしょ。そろそろ自分の好きなことやっても、誰も責めないよ」という葵の言葉を聞いた奈緒は、宗介の「前の仕事、全然向いてなかったからさ」という説明が嘘だったと気付いた。彼女が自室へ戻った後、宗介は葵に「奈緒のそばにいてやりたいんだよ。あいつの笑顔が、あいつの幸せ」と笑顔で語った。奈緒は涙を流し、「何も分かってなかった」と漏らした。
翌日、鬼瀬は奈緒と一緒に下校する時、「宗介さんと、もう一回話したい」と切り出した。その時、彼は権瓦が女性とキスして別れる姿を目撃した。奈緒は鬼瀬に、権瓦は矢代の恋人だと教える。権瓦は鬼瀬に気付いて声を掛け、奈緒に「こいつのせいで前科付けられちゃって、医大辞めさせられるところだったんだよ。いきなり絡んで来て警察沙汰になって、大変だったんですよ」と絡む。「矢代に近付くな」と鬼瀬が胸倉を掴むと、彼は不敵な笑みを浮かべて去った。
鬼瀬と奈緒は矢代を屋上へ呼び出し、権瓦から暴力を振るわれたことを知る。鬼瀬は権瓦と関わらないよう忠告は、奈緒は他にも女がいると教える。しかし矢代は権瓦の浮気も知っており、「でもいいの。中学の時、毎日つまんなさすぎて、いつ死んでもいいやって思ってた。でも郁巳くんが、私のこと好きって言ってくれて、私がいなきゃダメって言ってくれたから、毎日が楽しくなった。私がこれでいいって言ってるんだから、それで良くね?」と語った。奈緒が心配すると、矢代は反発して去った。権瓦は彼女に協力を要求して監禁し、スマホから奈緒に助けを求めるメールを送信する。奈緒が急いでガレージへ行くと権瓦は仲間と共に捕まえ、鬼瀬を呼び出した…。

監督は神徳幸治、原作は目黒あむ『honey』(集英社マーガレットコミックス刊)、脚本は山岡潤平、製作は村松秀信&亀山慶二&村田嘉邦&木下直哉&間宮登良松&木下暢起&森川真行&片岡尚、エグゼクティブプロデューサーは西新&松本整、Coエグゼクティブプロデューサーは佐々木基、企画プロデューサーは森川真行&柳迫成彦、プロデューサーは成瀬保則&遠藤祐磨&八木征志&石塚清和、撮影は清久素延、照明は三善章誉、録音は石貝洋、美術は磯田典宏、編集は下田悠、音楽プロデューサーは石井和之&野口智、音楽は深澤恵梨香、主題歌『108〜永遠〜』はSonar Pocket。
出演は平野紫耀、平祐奈、高橋優、中山忍、臼田あさ美、坂田聡、横浜流星、水谷果穂、浅川梨奈、佐野岳、吉田志織、小山内花凛、坪井渚紗、本瀬まゆ、森本のぶ、山崎カズユキ、桜まゆみ、梅澤寛容、吉田晴登、石賀和輝、西本銀二郎、佐伯亮、坂本澪香、菅原健、未来弥、小笠原奨吾、荒井雄一郎、鷲田詩音、小川拓哉、阿部大将、松永博史、高村凛、筧礼、若月彩子、加藤葵、塗木莉緒、加賀屋圭子、榎本宏輝、逆井拓哉、坂江一希、芹澤勇作、立花潤生、永石哲朗、成田良介、松本慶佑、大和遼ら。


目黒あむの同名少女漫画を基にした作品。
監督は『ピーチガール』の神徳幸治。脚本も同じく『ピーチガール』の山岡潤平。
鬼瀬を演じた平野紫耀は、これが映画初主演。当時はMr.KINGのメンバーとして活動していた。
奈緒を平祐奈、宗介を高橋優、香緒里を中山忍、葵を臼田あさ美、カフェの常連の田崎を坂田聡、三咲を横浜流星、矢代を水谷果穂、西垣を浅川梨奈、権瓦を佐野岳が演じている。

冒頭シーンの少女が奈緒なのはバレバレだが、それは別にいい。問題は、そこを鬼瀬の視点から描いたことだ。これが大きな間違いなのだ。
ここは絶対に奈緒の視点から描かないと意味が無い。
鬼瀬の視点から描くことによって、「彼は助けてくれたのが奈緒と分かっていて、だから告白した」ってことも簡単に分かるわけで。でも、奈緒サイドから描けば、「奈緒は相手が鬼瀬だと気付いていない」って形で話を進められる。
もちろん、これでも「鬼瀬はあの女が奈緒だと分かった上で告白してきたんだろう」ってのはバレバレなのよ。
ただ、視点を変えるだけで、そこの受け取り方や意味合いは全く違ってくるのよ。

奈緒の鬼瀬に対する印象は、わずか3分程度で大きく変化している。
「第一印象が最悪の男」とヒロインとの関係を描く恋愛映画は数多く存在するが、この手の設定としては、ものすごく早い変化である。
「意外な一面もある」と見直すとか、そういうレベルじゃないからね。もう完全に、奈緒は鬼瀬に惚れちゃってるからね。
「優しいトコもある。ひょっとすると、いい人なのかも」と感じた後、「やっぱり怖い人だった」と戻ったりすることは無いからね。

三咲は登場したと思ったら、すぐに反発から友達への展開になる。あまりにも慌ただしく片付けられる。キャラとしての扱いが、見事なぐらい雑だ。
やりたいことは痛いほど分かるけど、典型的な段取り芝居になっている。
感動させるための台詞は用意されているけど、そこに至る流れを充分に作り出せていないため、ただ白々しくてバカバカしいだけになっている。
ドラマの中身が全く足りていないから、感動できる余地など皆無なのよね。
三咲だけじゃなくて矢代の扱いも適当で、いつの間にか仲間になっているし。そこの距離を近付けて関係性を変化させる流れも、まるで不充分だ。

奈緒は鬼瀬を怖がっていたものの、表面的には「恋人として交際している」と見えるような関係性だった。
そこから研修を経て友達関係になるのだが、今までは堂々と交際している状態を見せていたわけだから、そうなると周囲が何か反応を示すはずだ。今までは教室まで一緒に来たり、一緒に弁当を食べたりしていたんだから。
だけど、そういう周囲の反応は、全く描かれない。
最初に奈緒をイジメていた連中なんて、すぐに何かしらの言動を取りそうなモンでしょうに。矢代にビビって、何も言えなくなっちゃったのかよ。

前半の内に、西垣雅という新たなキャラクターが登場する。そのタイミングは考えられる可能性の中で、ほぼ最悪と言ってもいいぐらいだ。鬼瀬が奈緒にキスをして、それぞれが三咲と矢代に打ち明けている時に登場するのだ。
そうなると当然のことながら、鬼瀬たちは転校生どころではない。それに伴って、こっちも雅の存在を受け入れる気持ちが薄くなってしまう。
ところが鬼瀬は図書室で話した後、彼女のために行動する。
でも、それどころじゃないはずでしょ。奈緒との関係について、もっと深く考えたり、何かしらの行動を取ったりすべきじゃないのか。
そっちを放置して、なぜ「転校生を何とかしてやろう」という方へ気持ちが行くのか。

鬼瀬を「困っている奴がいたら放っておけない性格」というキャラとして描きたいんだろうってのは、良く分かる。でも、それなら「奈緒にキスしてしまい、接し方がギクシャクして」ってのとは完全に切り分けて描くべきだよ。
そこを西垣への親切心と並行して描くのは、どう考えてもデメリットしか無いぞ。
あと、そもそも、「転校してき西垣が上手くクラスに馴染めずに」という描写を経ずに、いきなり本を読んでいる様子に飛ぶのも手順が足りていないし。
先に「西垣がポツンと独りぼっちでいる」ってのを見せておいて、その上で「本人はクラスメイトと喋りたいのに上手く喋れずに悩んでいる」ってのを示すべきじゃないかと。

西垣はクラスメイトから「嫌な感じ」と言われるような状態だったのに、バスケで上手いプレーを見せただけで、向こうから話し掛けてくれる女子2人が現れ、あっという間に仲良くなっている。そこの処理も、ものすごく雑で淡白だ。
あと、西垣を恋のライバルとして使うのかと思いきや、特に何の展開も無いままで終わっちゃうのよね。
たぶん彼女が鬼瀬と教室で2人きりになっているシーンは、告白しようとする直前の設定なんじゃないかと思うのよ。
でも実際には気持ちを打ち明けずに去るので、西垣は「奈緒を嫉妬させて告白させる道具」として使い捨てにされているんだよね。

三咲は奈緒に、鬼瀬が昔から戦隊物のリーダーに憧れているから髪を赤にしていると教える。そして「あいつは自分の気持ちに正直っていうか、守りたいって思ったモンは、絶対に守るって決めてるんだよな」と話し、「自分の気持ちにはビビんなくていいんじゃねえの」と助言した。
だけど、それは少し台詞としてズレているのよ。
そこは「あいつは困っている奴を放っておけないだけで、西垣を好きとかじゃないんだよ」って助言してあげなきゃダメなんじゃないのか。
その台詞だと、何が言いたいのか良く分からないぞ。嫉妬心に悩む奈緒を励ますための助言になっていないぞ。

宗介は鬼瀬に「奈緒を守ってくれんの?どうやって?」と尋ね、「命懸けても守ります」という返答に「死んだら守れねえだろ」と怒鳴る。そして自身の決意を語り、同じ覚悟を鬼瀬に要求する。それに対し、鬼瀬は何も言えなくなって立ち去る。
だけど、「どっちも深刻に捉え過ぎだわ」と呆れてしまうぞ。
もちろん奈緒が両親を亡くしていることは、彼女の人格形成に影響を与えているだろう。そして彼女のために、宗介が自身の夢を犠牲にしたことも重大な決断だろう。
ただ、それにしても、交際相手に要求する覚悟がデカすぎるし、それをマジに受け取る鬼瀬も阿呆にしか思えんよ。
そこまで深刻な話として描いていないので、そこだけバランスが取れていない。

この後、奈緒は宗介が自分のために夢を諦めていたと気付き、涙を流す。鬼瀬は奈緒に、また宗介に会いたいと告げる。
ここまで来たら、後はその関係を解決するだけでしょ。ところが、まだ権瓦との因縁を取りこぼしているので、そっちを処理しなきゃいけなくなっている。
でもハッキリ言って、完全にタイミングを逸しているのよ。そういうのは先に片付けておいて、それから宗介の問題に入りたいのよ。
そこが走り始めているのに、「ひとまず置いといて」ってのは構成として明らかに失敗だよ。

鬼瀬が無抵抗で奈緒を助けようとする行動を描き、そこから宗介に認めてもらう展開に繋げている。
だけど、そのために矢代を都合良く使っているので、無神経だと感じるのよ。
そうなると、彼女が権瓦に依存している歪んだ恋愛劇の解決が脇に回されるでしょ。本来なら、彼女が依存による歪んだ関係と決別するのをメインで描くべきなのに。
あと、激辛スプレーを浴びただけで権瓦の一味が逃げ出すのは都合が良すぎるし、その程度で引き下がるとも思えないぞ。また鬼瀬への復讐を仕掛けてくる可能性は充分に考えられるだろうに。

(観賞日:2022年3月25日)

 

*ポンコツ映画愛護協会