『ホムンクルス』:2021、日本

車上生活を送る名越進は公園へ赴き、顔見知りのホームレスたちに声を掛ける。彼は自分も世話になったケンさんが死んだことを聞いて、「良かったらどうぞ」とワインを置いて去った。名越は記憶喪失だが、「胡散臭い」と疑っているホームレスもいた。彼はホームレスだが金に不自由しているわけではなく、ホテルの高級レストランで豪勢な食事を取った。他の客が悪臭に顔をしかめる中、彼はブラックカードで支払いを済ませた。
夜、名越が車にいると、伊藤学という男が窓をノックして「怪しい者じゃありません」と挨拶した。彼は「ある仕事を引き受けてほしい」と告げ、10万円の報酬を提示した。名越は「残念だが金はある」と断るが、伊藤は「簡単な人体実験なんですけどね」と説明を始めた。彼は頭蓋骨に少し穴を開けるトレパネーションという手術を受けてほしいこと、人間の脳は10%しか使われていないので残り90%を引き出す実験であることを語った。
名越が「だったら自分で解決すりゃいいだろ」と告げると、伊藤は「嫌ですよ、怖いじゃないですか」と笑う。名越が「俺は有給を使ってホームレスを体験してるだけだ。他を当たれ」と言うと、彼は「嘘つくと左の口角が上がってますよ。涙が出ないんでしょ。ってか悲しくもなれない。必死に何かを感じようとしてる。そうでしょ?」と指摘した。伊藤は「名越さん、生きてるって感じること、ありますか?」と尋ね、名越が「お前、なんで俺の名前知ってる?」と言うと「記憶、無いんですよね。また来ます」と告げて去った。

[DAY 1]
朝、名越が公園のトイレで歯を磨いていると、ホームレスの1人が来て車が無いことを教えた。名越が急いで現場へ行くと、車がレッカー移動されていた。そこへ伊藤が現れ、「唯一の居場所が無くなったのに、ずっとここにいるんですか?」と笑顔で告げる。「やっぱりお前だったのか」と名越が言うと、彼は「何のために生きてるんですか」と問い掛けた。名越が「知るかよ、そんなの」と吐き捨てると、伊藤は「7日間、生きる理由をあげますよ」と述べた。
名越は伊藤の家へ招かれ、「お前、何者だ」と質問する。伊藤は父親の経営する総合病院で脳神経外科の研修医をしていると自己紹介し、「自分のこと、どれぐらい覚えてます?」と尋ねた。名越は「さあな」と面倒そうに答え、「自分のこと、興味ないんですか」と訊かれて「今さら、どうでもいいよ」と述べた。伊藤は今から行う施術について、簡単に説明した。彼は名越に麻酔を掛け、トレパレーションの手術を施した。

[DAY 2]
名越は額の痛みを覚え、車内で目を覚ました。車には「一緒にご飯でも食べましょう」という伊藤のメモと金の入った封筒、そして処方薬が置かれていた。その夜、伊藤は料理店で名越と会い、「実験期間は今日から7日間。前金で30万円。残りは終わったらお支払いします」と話す。名越は「金だったらあるって言っただろ」と封筒を返し、「お前の目的は何だ?」と質問した。伊藤が7日間の予定表を見せると、そこには「ESP実験」「霊感発動チェック」「サイコキネシス実験」「サイコメトリー実験」「過去認知実験」「磁気感覚実験」という文字があった。
名越が「医学的な実験じゃねえのか」と言うと、伊藤はオカルトを信じていないこと、実験で抱えている疑問を全て潰していくことを語る。彼は「胸を張って否定したいんです。この目の前の世界を」と告げ、ESPカードのゲームを始めた。彼はテーブルに並べた5枚のカードから星を選ぶよう言い、全てをテーブルに並べた5枚のカードから星を選ぶように指示した。名越がカードをめくると、星だった。店を出た伊藤は、「調子に乗らないでくださいよ。今日は予行演習的な物です」と告げた。
伊藤は連絡用の携帯を名越に渡し、額を隠すためのニット帽を被せて「また明日」と立ち去った。名越が歩いていると、突風が吹いて右目にゴミが入った。右手で目を擦った彼が前方に視線をやると、歩いて来るサラリーマンがペラペラの紙のように変化した。困惑しながら電話中の女性を見ると、スカートの部分が高速回転した。名越は吐き気を催すが、改めて右目を押さえて周囲を観察すると多くの人々の姿が奇妙な形に変化した。名越が動揺していると、後ろにいたヤクザの組長にぶつかってしまった。彼が左目だけで組長を見ると、ロボットの姿をしていた。
名越は子分たちに捕まり、組長にドスで小指を落とされそうになる。組長が「こいつで何本目だ?」と聞くと、子分が「77本目です」と答えた。名越は右目を閉じたまま、「ダメだよ、それ、自分の指だろ。あっ、その鎌みたいな奴、放しなよ。自分を傷付けちゃダメだよ」と言う。組長は激しく動揺し、知らない内に涙を流していることに気付いた。組長が立ち去ったので、子分たち慌てて後を追った。名越は伊藤と会い、多くの奇形を見たことを語る。伊藤は興奮した様子で「凄いことですよ」と言い、海外ではトレパレーションで何も感じない人の方が多いのだと教える。伊藤は「僕はどう見えてますか」と嬉しそうに尋ね、名越は左目で彼を見た。しかし伊藤がいる場所には何も存在しておらず、名越は「何も見えない」と答えた。

[DAY 3]
伊藤は名越に、左目で見た奇形はホムンクルスであり、本人が抱えているトラウマを視覚化しているのではないかと説明した。「なんで見える奴と見えない奴がいるんだ?」と名越が尋ねると、彼は「それはこれから分かります」と述べた。伊藤は今から能力を試しに行こうと持ち掛け、名越を女子高生リフレへ連れて行く。伊藤と名越は、ガラスの向こうで待機している女子高生たちを観察した。伊藤が1775の札を付けたユカリに目を留めていると、名越は「ああいうバケモンが好みか?砂のバケモンだ」と告げた。2人はユカリを追ってカフェに入り、少し離れた席で様子を観察した。
伊藤はユカリに声を掛け、名越は左目で様子を見た。ユカリは伊藤に何か言うと、店を後にした。名越は伊藤に歩み寄って「大丈夫か?」と言い、顔に赤い斑点が出ていることを教える。伊藤は誤魔化すように「戦利品です」と告げ、盗んだスマホを渡して店を去る。帰宅した伊藤は、ユカリから「震えてるじゃん。ねえ、何をそんなに怖がってるの?もしかして、童貞?」と言われた時のことを思い出した。夜、名越が車にいると、ユカリのスマホには母親から連絡を求めるラインのメッセージが立て続けに入った。名越がインスタを見ると血の付着したカッターや肉体の一部を撮影した写真があり、「アナタと1つになると、全てが本物になる。私が1つになる。早く1つになりたい」といったメッセージが添えられていた。
名越は子分たちに捕まり、事務所へ連れて行かれた。組長に「昨日、俺に何をした?」と問われた彼は、「見えたんです。ロボット。何か心当たり無いですか、小指や鎌に」と質問する。組長が「全く無い」と言うと、名越は左目で彼を見た。するとロボットの右目の部分が開き、中に少年がいるのが見えた。名越が近付こうとすると組長は怒って突き飛ばし、ドスを持ち出す。それでも構わず名越が左目で見ると、ロボットの頭部が開いて男児の顔が現れた。
組長はドスを振り上げ、名越の指を詰めようとする。しかし名越には組長が鎌で自分の指を傷付けているように見えているため、彼を心配する。鎌を持った少年が泣いているので、名越は「子供の頃、鎌で子供に何をした?」と尋ねる。組長は親友のカズオと一緒に川辺へ遊びに行き、鎌を見つけた幼少期を回想した。組長は苦悶してドスを落とし、名越を殴り付けた。名越は「そうか、罪悪感。鎌で傷付いたのは君じゃない。君が誰かを傷付けたんだ」と指摘した。
組長は川辺で鎌を見つけ、それを欲しがる親友に持っているロボットのオモチャとの交換を持ち掛けた。嫌がるカズオからロボットを奪い取ろうとした組長は、誤って小指を切断した。痛がるカズオを残し、組長は逃げ出したのだった。組長が「怖くて謝れなかった」と告白して泣き出すと、ロボットはバラバラに壊れた。組長は「ごめんね」と号泣し、名越は「罪を塗り潰すしか無かった。あえて人を傷付けて。孤独を受け止めて。罪悪感が、貴方をヤクザにした」と静かに語り掛けた。組長は子分たちの前で「今日限りでヤクザを辞める」と宣言し、落とし前として自分の小指を詰めた。
公園を訪れた名越は、ケンさんが死んだと知らされた時のことを思い出した。右目から涙が出ているのに気付いた彼は、「なんだコレ?」と驚いた。名越はホームレスたちと一緒に夕食を取り、保険会社で生命保険を組むための確率を計算する部署にいたことを話した。ユカリのスマホが鳴ったので、名越は「スマホを返してほしいんだろ。持って行ってやるから場所を言え」と告げた。彼が車を停めて待っていると、ユカリが現れた。
ユカリが馬鹿にするような言葉を聞いて鼻で笑うと、名越は左目だけで眺めながら「アナタと1つになると、全てが本物になる」と口にした。名越がインスタの言葉を続けていると、ユカリは極度に嫌がった。ユカリの口から砂の手が出て来たので、名越は慌てて飛び退いた。ユカリの右腕を掴んだ名越は、それが砂ではなく小さな文字の集合体だと気付いた。ユカリの頭部は股間に変形し、2本の脚が伸びた。名越は「処女は恥ずかしい」という文字を見つけた直後、2本の脚に首を挟まれた。
名越は砂の女からセックスを求められ、半ば強引にユカリと関係を持った。セックスを終えた名越が血に気付いて吸い取ると、ユカリは「返して」と叫ぶ。名越がキスしてユカリの口に血を注ぎ込むと、砂ではなく人間に見えるようになった。ユカリには母から電話が入り、無視していると「こんな時間に外出って何考えてるの?」などと説教の言葉が響いた。近くにいた母が、車に気付いて歩み寄った。名越が「どうすんだよ」と言うと、ユカリは足で窓を強く蹴る。車内を覗き込もうとしていた母は、「どういう教育受けてんのかしら」と文句を言いながら去った。名越が「俺の車、汚しやがって」と口を尖らせると、ユカリは「何言ってんの、綺麗じゃん」と微笑んだ。

[DAY 4]
車で起床した名越は、また涙が出ているのに気付いて驚いた。彼は体の変化に気付いて病院に駆け込み、伊藤を出すよう要求した。受付の看護師から待つよう指示され、彼はロビーの椅子に着席した。ロビーで待っている時、名越には自分の左腕がロボットに見えていた。前の席に女性が座ると、名越は気になった。女性は白い服だが、名越が左目だけで見ると赤い服だった。女性が振り向くと顔が無く、名越は「空っぽ」と言われると怯えて立ち上がった。その場を去ろうとした名越が振り返ると、女性もこちらを見ていた。
ロビーに伊藤が来たので、名越は「どういうことだよ」と詰め寄った。伊藤は名越を自宅へ連れて行き、「名越さんの脳は子供の感受性を取り戻し、かつ大人の知識と経験を持ち合わせた状態なんです。この稀有な第六感が2人の人間を救ったんですよ。これは精神療法の世界を引っ繰り返す快挙ですよ」と嬉しそうに語る。「消えた物がなんで俺の体に?」と名越が訊くと、彼は1人の女性が描いた奇形化している自画像を見せた。
伊藤は名越も組長やユカリと同じ歪みを持っていて、ホムンクルスが惹かれ合って転移したのではないかという推測を語った。「名越さんがホムンクルスを見ている以上に、ホムンクルスが名越さんを見ているんです。それがどういうことか、分かってるんでしょ?」と彼が言うと、名越は描いた女性がどうなったのか質問する。伊藤が「自殺しました」と教えると、彼は「前から知ってたんだろ」と穴を閉じるよう詰め寄った。伊藤は軽く笑い、「気付いてますか、4日前まで、そんなに感情的じゃなかった」と述べた。
伊藤は穴を塞ぐ条件として、自分のホムンクルスを見てほしいと要請する。名越が「何も見えないって言っただろ」と告げると、伊藤は嘘だと指摘する。彼は名越の右目を塞ぎ、「僕の中にも、貴方自身は見えますか」と問い掛けた。名越の左目には、伊藤の姿が1匹の金魚が泳ぐ水の塊に見えていた。しかし名越はそのことを明かさず、「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ」と告げた。車に戻った彼は、伊藤の言葉を思い出しながら、取っておいた名刺の束を調べた。彼は裏に「奈々子」と書かれた名刺を見つけ、過去を振り返った。名越は保険会社で働いていた頃、クラブでカウンターから自分を見ている奈々子に気付いた彼は、声を掛けて口説こうとする。奈々子は「空っぽ」と告げ、店を去った。名越は後を追って駐車場へ行き、奈々子の車の前に立ちはだかった。病院のロビーで女性に会った時、名越は奈々子を思い出したのだった。

[DAY 5]
名越は病院の駐車場に車を停め、顔の無い女性が出て来るのを待った。女性が出て来たので、彼は「奈々子だろ?」と声を掛けた。女性は「分からないんです。記憶が無いの」と言い、自分を知っているのかと尋ねる。名越は「一緒に来て欲しい」と告げて車に乗せ、自分のマンションへ連れて行く。彼は伊藤から着信が入っても無視し、菜々子と暮らしていた部屋へ女性を案内した。名越は初めて会った時に菜々子に「空っぽ」と言われ、その言葉で救われたのだと語った。
名越は「自分を忘れていたんだ。でも君を見つけて思い出した」と語り、女性に赤い服を渡して「君は、この服が好きだった」と告げる。「私たち、一緒に暮らしてたの?」と訊かれた彼は、「ああ、幸せに暮らしてたよ」と答えた。女性は交通事故の現場で血まみれの名越が倒れている映像が脳裏をよぎり、激しく狼狽して「何も思い出せない」と漏らす。名越は優しく抱き締め、「ゆっくりでいい」と言う。「私は、奈々子?」という女性の質問に、彼は「うん。君は奈々子だよ」と告げてキスをした。伊藤は名越に電話を掛けているが、応答は無かった。伊藤は自分の部屋にいて、左腕に鱗の模様を描いていた。

[DAY 6]
名越は女性を抱いたまま、ベッドで目を覚ました。左目で自分の体を見るとホムンクルスは消えており、彼は安堵した。女性の額に手術跡を発見した彼は動揺は、部屋を出て車に行く。伊藤に電話しても応答が無いため、名越は部屋へ押し掛けた。ノックしても応答は無かったが、ドアの鍵が開いていたので中に入った。名越が室内を調べていると、伊藤から連絡があった。「奈々子にトレパレーションしたの、お前だな」と名越が声を荒らげると、伊藤は「彼女と貴方が出会うなんて盲点でしたよ」と軽く笑った。
伊藤が「僕が全部話したら、つまらないでしょう。まだ約束の実験は終わってませんから」と告げると、名越は「俺は自分を取り戻した。ホムンクルスの転移も消えた。残念だったな、俺にはもうムンクルスは見えない。お前の実験は終わりだ」と語る。伊藤は余裕の態度で、「それは良かったですね。おかげで僕の実験も半分は証明できたようなものです」と言う。彼が「ホムンクルスは貴方にとって都合の良いことを見せている。全ては貴方個人の思い込みです」と話すと、名越は「そんなことは無い。俺は確かに見た」と反発する。伊藤は笑みを浮かべ、「ハッピーエンドの世界に水を差すようですが、現実の彼女は、もうすぐ全てを思い出しますよ」と予告した…。

監督は清水崇、原作は山本英夫『ホムンクルス』(小学館「ビッグスピリッツコミックス」刊)、脚本は内藤瑛亮&松久育紀&清水崇、製作統括は勝股英夫、エグゼクティブプロデューサーは寺島ヨシキ、チーフプロデューサーは西山剛史&穀田正仁、プロデュースは古草昌実、企画プロデューサーは宮崎大、プロデューサーは中林千賀子&三宅はるえ、撮影は福本淳、照明は市川徳充、美術は寒河江陽子、録音は西山徹、編集は鈴木理、音楽はermhoi&江ア文武、メインテーマはmillennium parade『Trepanation』。
出演は綾野剛、成田凌、岸井ゆきの、石井杏奈、内野聖陽、伊東茄那、吉田健悟、成嶋瞳子、田中壮太郎、田村泰二郎、奥瀬繁、五頭兵夫、松嶋亮太、田口主将、平家和典、北代高士、渡部龍平、南優、山口航太、三浦英、細井鼓太、福島雪菜、木村皐誠、村上秋峨、上野凱、藤松祥子、上松大輔、木田佳介、たちばなゆい、七瀬まや、中村祐美子、西原愛夏、葵うたの、4ちゃん、松岡里英、田島京香、倉田昭三、丸山昇平、山川真里果、ジェミニ、喜多貴幸、天羽尚吾、水野瑛、小畠彩夏、細田喜子、渡辺潤、山田りな、大塚かなえ、円谷優希、高槻実穂、酒巻誉洋、奥浜レイラ、サマンサ・ファーマー、サマー・ムラセ、モーゼス夢ら。


ビッグコミックスピリッツで連載されていた山本英夫の同名漫画を基にした作品。
監督は『こどもつかい』『犬鳴村』の清水崇。
脚本は『ドロメ 女子篇』『ドロメ 男子篇』の内藤瑛亮&松久育紀と、清水崇監督による共同。
名越を綾野剛、伊藤を成田凌、顔の無い女性を岸井ゆきの、ユカリを石井杏奈、組長を内野聖陽、奈々子を伊東茄那、顔の無い女性の夫を吉田健悟、ユカリの母を成嶋瞳子、伊藤の父を田中壮太郎が演じている。

序盤、ケンさんの死を知った名越が去った直後、ホームレスの1人が「仲間が死んだってのに、なんにも感じねえのか」と憤るシーンがある。
だが、「良かったら、どうぞ」とワインを置いて去る名越の様子からは、「世話になった人が死んだのに何も感じていない」という印象は受けない。そんなに怒りを買うほど、薄情な対応だとは感じない。
「ホームレス生活をする上で少し世話になった」という程度の関係性なら、そんな相手が死んだことを聞いても、その程度の反応は普通じゃないかと思うのだ。それに、怒っているホームレスたちも、大して落ち込んだり悲しんだりしている様子は無いんだし。
ただ、名越は本当に感情が欠如している設定なので、そこも「ケンさんの死に何も感じていない」ってことなのだ。なので、見せ方に失敗していると言わざるを得ない。

伊藤は名越に声を掛け、トレパネーションの手術を持ち掛ける。
ホームレスに片っ端から声を掛けているのかというと、そうではなくて名越の狙いを定めてスカウトしている。そして名越に断られても諦めず、彼に固執する。
だが、そこまで名越にこだわる理由は分からない。
伊藤は「貴方じゃなきゃダメなんですよ。このホームレスが集まる公園。常識人が集う高級ホテル。その間にちょうどいる貴方がいいんですよ」と語るが、その言葉だけでは固執する理由が弱すぎる。

断っていた名越が手術を受けると決める理由も、これまた良く分からない。
車は伊藤のせいでレッカーされているけど、金はあるんだし。ヤバそうな手術を受けるリスクを考えても、それだけでは理由が弱すぎる。
手術で特殊能力に覚醒すると伊藤は女子高生リフレへ連れて行くが、これも「なんで?」と言いたくなる。
名越の覚醒に興奮し、今から能力を試しに行こうとするのは分かる。でも、その場所として女子高生リフレを選ぶ理由は、まるで分からない。

名越が初めてホムンクルスを目にするシーンは、本来ならば観客に衝撃や恐怖を与えなきゃいけないはずだ。
しかし残念ながら、「CGが安っぽい」という印象ばかりが強い。それ以降のCGも、ちっとも映画を魅力的に飾り付けていない。
例えば名越は「ああいうバケモンが好みか?砂のバケモンだ」と言うシーンでは、ユカリが砂のバケモンになっている映像は無いまま。そして伊藤がカフェで声を掛けた時も、女子高生の姿はそのまま。左脚だけが砂に変化し、透明だった伊藤の場所に砂が入って行く様子が描かれる。
これ、「だから何?」という感想しか湧かないのよね。

ザックリ言うと、「名越が他人のホムンクルスを見て、その相手のトラウマが解消される」というエピソードを重ねる構成になっている。組長、ユカリ、顔の無い女性、そして伊藤のトラウマが、順番に解消される。
そこの詳細は後述するとして、先に引っ掛かることに触れておく。
伊藤は名越にトレパネーションの手術を持ち掛ける時、「人間は脳の10%しか使っていない。残り90%を覚醒させる手術」みたいな説明をする。
ただ、「人間は脳の10%しか使っていない」ってのは、医学会では完全に否定された学説のはずだよね。
なので、それを土台にして話を進めている時点で、「なんだかなあ」という気はしてしまう。

ではトラウマ解消のエピソードを、順番に片付けていこう。
組長は名越のおかげで罪の意識から解放されているけど、今まで理不尽に小指を落とされてきた多くの犠牲者がいるはずで。
何しろ素人の名越にまで手を出そうとしていたぐらいだから、単に「ヤクザの掟として指を詰めさせてきた」ってことだけじゃないだろう。
そうなると、「組長は幼少期のトラウマが消えてスッキリしたかもしれないけど、お前が罪の意識を感じなきゃいけない相手は他にも大勢いるぞ」と言いたくなるのよ。

ユカリのエピソードに関しては、どういうことなのかサッパリ分からない。
無理に解釈しようとすれば、それなりの答えが導き出せないわけではないよ。でも、そこに着地するための充分なドラマが用意されているのかと問われたら、答えはノーだぞ。
名越が「親への抵抗がセックスか」と言っているが、形としては名越がユカリを強姦しているわけで。それを正当化するための、下手な言い訳にしか見えないぞ。
それを「ユカリがトラウマから解放されたので、名越は良いことをした」というエピソードとして片付けるのは、とても醜悪なセンスにしか感じないぞ。
あと、そこにユカリの母が来る都合の良さはバカバカしいし、何のための手順なのかとも思うぞ。

後顔の無い女性のエピソードについては、最初にネタバレを書いておく。
どうせ分かっている人も多いだろうけど、顔の無い女性は奈々子ではなく、千尋という全くの別人だ。
奈々子は車にひかれて死んでいるのだが(粗筋で触れた千尋のフラッシュバックが、その出来事)、ここに千尋が関与している。彼女は運転中の夫と口論になり、腹を立てて飛び降りようとした。慌てて止めに入った夫の脇見運転で、道路に飛び出してきた奈々子をひき殺してしまったのだ。
奈々子が道路に飛び出したのは、名越と口論になったから。流産した奈々子は、それを知らなかった名越に人間的な感情が無いと感じて責め、部屋を飛び出したのだ。

だが、なぜ名越が千尋を奈々子だと思い込んだのか、その理由がサッパリ分からない。
左目で見た時に顔がツルツルだったのは千尋の記憶が無いからだが、そこから「だから奈々子だ」と確信する根拠は全く見つからない。
あと、たまたま奈々子を事故で殺した女性と遭遇し、奈々子と思い込むという偶然には、バカバカしさしか感じない。それが明らかになった時、「衝撃の展開」「衝撃の事実」と肯定的に受け止めることは無理だ。
衝撃的な展開を終盤に用意しようと目論んで、やり過ぎた結果として陳腐になってんじゃないかと。

千尋の正体が明らかになる前に、名越は伊藤との電話で「ホムンクルスは貴方にとって都合の良いことを見せている。全ては貴方個人の思い込みです」と言われている。
だが、「名越の都合のいい物だけが見えていた」ってことになると、それまでのエピソードとの整合性が取れなくなる。
組長やユカリの時は、名越の思い込みだけで見えていたわけじゃなくて、実際に2人のトラウマと繋がる存在が見えていたわけで。
で、「現実の彼女は、もうすぐ全てを思い出しますよ」と言われた後、名越は伊藤の部屋に行き、ドリルで額に穴を開ける。
でも、そこまで極端で異常な行動に走る理由がサッパリ分からない。なぜ急激に追い込まれたようになってしまうのか。

回想シーンで奈々子が車にひかれる直前、名越を責めて「何も変わっていない。やっぱり空っぽ」と言っている。
だが、奈々子と出会って変化したはずの名越が、「何も変わっていない。やっぱり空っぽ」と批判されるのは「なんで?」と感じる。
一緒に日食を眺めて笑顔を浮かべているシーンからは、明らかに名越の変化が見えるわけで。それなのに、なぜ「私が死んでも、きっと泣かない」などと責められるようなことになっているのか。
そこに至る経緯がサッパリ分からない。

千尋は名越に正体を教えるよう詰め寄られ、真相を打ち明ける。話を聞いた名越は、「ずっと謝罪したかった」と泣く彼女の名前を尋ねる。
このエピソードで名越は千尋を救ったことになっているが、まるで腑に落ちない。
その後には、名越が伊藤のトラウマを見る展開がある。だが、それが明らかになっても、彼が名越に固執してムキになった理由は全く分からない。
名越に父親を重ねていたってことなのか。仮にそうだとしても、まるで伝わって来ないし。
っていうか父親と名越って全く似ていないから、この推測はたぶん外れているし。

伊藤のトラウマは、父親が自分を可愛がってくれなっかたことだ。
だが、父親が金魚ばかり可愛がって伊藤を全く見ていなかったという設定自体には、ものすごく無理を感じる。
で、「俺もお前も、自分を見てほしいばかりで相手を見ていなかった。相手を見れば、そこに世界が出来る」と諭された伊藤が泣き出すが、これで彼がトラウマから救われたという理屈もサッパリだし。
っていうか最終的に伊藤は自分にトレパレーション手術してイカれたように笑うので、ちっとも救われてないんじゃないかと。

(観賞日:2022年8月26日)

 

*ポンコツ映画愛護協会