『陽はまた昇る』:2002、日本
昭和48年春、日本ビクター本社開発部門に勤める加賀谷静男は部下の江口涼平らと話し合い、VTR一体型カメラ開発の企画を専務の渡会信一に話そうとする。だが、加賀谷は副社長の金沢紀之から、横浜工場ビデオ事業部を立て直して欲しいと依頼される。事業部長としての異動は栄転だったが、一介の技術者を辞任する加賀谷にとって、事業責任者になることは寝耳に水だった。
翌日、加賀谷は横浜工場へ赴き、次長・大久保修と開発課長・平井友輝の出迎えを受けた。横浜工場は業務用VTRが主力商品だが、故障が多く返品率は50パーセントを越えていた。工場に足を踏み入れた加賀谷は、開発課員の服部から抗議を受けた。服部は同僚の杉沢や新田と共に、本社からの勧告を受けて意にそぐわぬ退職を余儀なくされていたのだ。独立採算制のために人員を削減しなければ自分で自分の首を絞めることになると分かっていながら、加賀谷は退職勧告を見直すと服部に約束した。
本社から10名の社員が配属されて来た。その中には、江口の姿もあった。修理ばかりが続く毎日に江口は不満を募らせ、村上雅恵が女将を務める居酒屋「きのや」やソニー研究員の恋人・柏木夏佳の前で愚痴を漏らす。金沢は向こう2年間で全部門20パーセントの人員削減を命じた。241名の社員を抱える横浜工場では、50名の削減がノルマとなった。
加賀谷は大久保に対し、下請け会社のことを「協力会社」と呼ぶよう求めた。その協力会社の1つである門脇工業社長・門脇光蔵は、仕事が回って来なくなったことで抗議に乗り込んできた。後日、門脇工業で火事が発生した時、駆け付けた加賀谷は商品の入ったダンボール箱を炎の中から運び出した。門脇は、加賀谷に感謝の言葉を述べた。
加賀谷は大久保や新田、小島らを集め、家庭用VTR開発のプランを打ち明けた。大久保は反対するが、加賀谷は「人員削減を避けるためには他に方法が無い」と説き伏せる。加賀谷は全ての社員に対し、ビデオ開発課とシステム開発課に分け、それぞれ平井と小野に課長を任せることを告げた。システム開発課で営業と販売を担当することを指示された江口は、激しく反発する。しかし加賀谷の説得を受け、江口は営業の仕事に就くことにした。
加賀谷は大久保に向こう2年間右肩上がりの事業報告書を作成してもらい、本社への説明を任せた。加賀谷は江口を同行させ、販路拡張の名目でアメリカへ飛んだ。ビデオ開発課では平井を中心に、家庭用VTR「ビデオ・ホーム・システム」、通称“VHS”の開発に取り組んでいた。彼らは営業先で意見を聞いた江口のアドバイスを受け、録画時間を1時間から2時間に変更した。
ソニー社長・寺山彰が、家庭用VTR“ベータマックス”を発表した。しかし加賀谷はベータマックスの録画時間が1時間だったことから、VHSに勝機があると考えていた。第三次テストを終えた段階で、加賀谷は渡会にVHS開発のことを打ち明けた。加賀谷は10ヶ月で完成させると約束し、それまで本社を押さえてもらう約束を渡会から取り付けた。
開発が思うように進まず、加賀谷は江口に即戦力としてVHS開発へ回ってもらおうと考える。しかし江口は松下電器への転職を決意しており、辞職を提出した。約束した10ヶ月は大幅に超過したが、ようやくVHSは完成した。加賀谷は互換性を重視し、他のメーカーにもVHSのシステムを公開することにした。
加賀谷は日立製作所のビデオ事業部長・宮下茂夫と三菱電機の事業部長・大野久志に会い、規格の統一を図る。しかし既に売り上げを伸ばしているベータマックスは、国内規格に採用されようとしていた。通産省機械情報局の電子機器課長・小出収美は、ビクターにもベータマックスを作るよう圧力を掛けてきた。加賀谷は大久保の勧めを受け、松下電器の相談役・松下幸之助に直訴してVHS方式を採用してもらおうとする…。監督は佐々部清、原作は佐藤正明、脚本は西岡琢也&佐々部清、製作は高岩淡、企画は坂上順&西村元男、プロデューサーは厨子稔雄&小松茂明、撮影は木村大作、編集は大畑英亮、録音は高野泰雄、照明は磯野雅宏、美術は福澤勝広&新田隆之、音楽は大島ミチル、音楽プロデューサーは北神行雄&津島玄一。
出演は西田敏行、渡辺謙、夏八木勲、仲代達矢、井川比佐志、緒形直人、真野響子、篠原涼子、石橋蓮司、津嘉山正種、國村隼、江守徹、倍賞美津子、中村育二、田山涼成、蟹江一平、樹音、加藤満、崔哲浩、永倉大輔、西田聖志郎、新克利、石丸謙二郎、上田耕一、中原丈雄、村田則男、佐藤正明、内田明里、木原光知子、降旗康男、石田法嗣、井川哲也、明石きぶし、内藤トモヤ、井上智之、土井俊明、矢崎学、内浦純一、齋藤恵輝、佐藤誓、三浦武蔵、金子藍、村瀬小百合、沢口修一、宮脇敏基、林統一、小野修、青木鉄人、長森雅人、小林三三男、岡田謙一郎ら。
佐藤正明のノンフィクション『映像メディアの世紀 ビデオ・男たちの産業史』を基に、日本ビクターのVHS開発までの道程を描いた作品。
佐々部清は、これが初監督。
加賀谷を西田敏行、大久保を渡辺謙、武田を夏八木勲、松下幸之助を仲代達矢、門脇を井川比佐志、江口を緒形直人、加賀谷の妻・圭子を真野響子、夏佳を篠原涼子、金沢を石橋蓮司、渡会を津嘉山正種、小出を國村隼、寺山を江守徹、雅恵を倍賞美津子、平井を中村育二、服部を田山涼成、新田を蟹江一平が演じている。前述したように原作は佐藤正明のノンフィクションだが、企画の発端となったのはNHKのドキュメンタリー番組『プロジェクトX』だ。
『プロジェクトX』は2000年3月28日から2005年12月28日まで放送されたが、第2回放送『窓際族が世界規格を作った VHS・執念の逆転劇』(2000年4月4日)が大きな反響を呼んだ。
NHKが製作しているわけではないし、原案のクレジットがあるわけでもないが、番組が発端となって本作品が作られたことは間違いないだろう。テレビ番組の大きな反響を受けて本作品が作られたというのは、ある意味では確実にヒットが見込めるネタに便乗した、勝ち馬に乗ったと言えるかもしれない。
しかし実のところ、それは自ら高いハードルを選んでしまっているとも言える。
なぜなら、『プロジェクトX』の第2回を見た人間は、どうしても比較してしまうからである。
私も『プロジェクトX』第2回を見た中の1人だが、そういう立場から評価すると、この映画は失敗作だと思う。まず演出がノッペリしていて、良い意味でのケレン味に欠ける。
好意的に表現すれば「真面目で誠実で手堅い演出」なのかもしれないが、緩急の使い分けや話の起伏に乏しい。感動的な見せ場に向けてタメを作るとか、反動を付けるために徹底してマイナスを描くとか、話を盛り上げるための誇張が無い。
欲しいところでエスタブリッシング・ショットとしての遠景が無かったり、クローズ・アップが欲しい箇所でロングだったりと、カメラワークにも物足りなさを感じる。構成にも不満があって、まず加賀谷家の朝食風景から始まり、その後も長男との関係に触れたりするという序盤に違和感を覚える。
この映画は、加賀谷が仕事に没頭して家族をないがしろにすることで生じる問題を描くとか、家族の協力でVHSを完成させるとか、そういうことではない。加賀谷のビクター社員としての仕事を描く映画であり、家族はほとんど意味が無い。
後半には妻が倒れる展開があるが、別に無くてもいい程度のエピソードだ。
極端に言えば、家族が出てこなくてもいいぐらいだ。江口というキャラクターが大きな扱いになっているのだが、その狙いが良く分からない。
彼は開発に携わらず、途中で別の会社に移る。
そういう人間にスポットを当てることのメリットが、私には思い付かない。
彼にはソニー社員の恋人がいるのだが、この設定の意味も良く分からない。
ハッキリ言って、江口ともども要らないんじゃないか時間経過が、かなり分かりにくい。
加賀谷が即戦力として江口に声を掛ける時点で開発開始から1年半が経過しているのだが、その長い年月を全く感じさせない。
その後も、いつの間にか長い時間が経過してVHSが完成している。
時間経過が分かりにくいということは、「長い年月を掛けてようやく完成した」という苦労も伝わらないということになる。曖昧な箇所が多いのも気になる。
例えばVHS開発を始めようと決意する箇所だが、その前のシーンで加賀谷は近所の人々が集まってテレビを見ている。
ということは、それがきっかけになっているものと思われる。
だが、ちょっと引き金としては分かりにくい。
ここはハッキリとしたきっかけ、流れが欲しいのに、何となく入ってしまう。いざ開発に入っても、どのようなことで困難に遭遇するのか、どのようなトラブルで立ち往生するのか、そういう苦労や焦心の具体的な部分が全く示されない。
社員が難しい顔で考え込んだり、険しい表情を浮かべたり、疲れた様子で眠ったり、激しく言い争ったりしても、具体的なことが明かされていないと、その苦悩や焦りは伝わってこない。
開発に携わる人々の中身も、ほとんど見えてこない。
窓際族の技術者が苦心しながらも情熱を燃やして世界規格を作り上げるという話のはずなのに、技術者1人1人の顔が、心が、魂が見えない。
フィーチャーされているのは加賀谷や大久保といった事業責任者や、開発に携わらない江口などであり、一介の技術者にスポットを当てる意識が乏しい。それも含めて思ったんだが、『プロジェクトX』のようにナレーションで進行し、再現ドキュメンタリー風の作品にした方が良かったのではないだろうか。
ナレーションの多用はドラマとしての盛り上がりを削ぐことも少なくないが、この作品のケースは別だろう。
ドラマよりドキュメンタリーに傾いた作りの方が、伝わるものは大きかったような気がする。また、加賀谷という1人の人物を主人公に据えているが、それよりも群像劇にした方が良かったのではないか。
この映画だと、VHSを開発することの苦労よりも、上司との折衝や他メーカーとの交渉における苦労の方が遥かに大きい。
もし主役を1人にするなら、事業部長よりビデオ開発課員の方が良かったかもしれない。