『羊とオオカミの恋と殺人』:2019、日本
黒須越郎は電気が止められているアパートの204号室で、首吊り自殺を図った。しかし息苦しさに耐え切れず、失敗に終わった。「死ぬことも出来ないのか」と嘆いた彼は、床に差し込んでいる円形の光に気付いた。壁に開いている穴に気付いた彼が隣室を覗くと、205号室の宮市莉央が食事を取っていた。黒須は莉央に心を奪われ、その日から彼女を観察するようになった。穴を覗いているだけでは満足できず、彼は部屋を出た隣室の扉に耳を当てたり郵便受けを覗いたりした。
アパートの前に立っている川崎春子という女性に気付いた黒須は、慌てて誤魔化した。春子は104号室を何度もノックし、「お兄ちゃん」と呼び掛けた。応答が無いので、彼女は買い物袋をドアノブに掛けて去った。黒須は買い物袋の食料とジュースを盗み、空腹を満たそうとする。莉央が見ているのに気付いた彼は、慌てて「不審物じゃないかなって」と告げる。「ここのアパートの方?」と質問された黒須は、2年前から住んでいることを話した。
包丁を持っていた莉央は「お料理してて」と釈明し、良かったら一緒に食べないかと黒須を誘う。黒須は莉央の部屋に招待され、鴻名大学の学生証を見つけた。料理を食べた黒須は、「また来てね」と言われて喜んだ。自分の部屋に戻った黒須は穴から隣を覗き、また莉央の部屋へ行って一緒に食事を取った。3度目の食事の時、黒須は「どうして宮市さんは僕なんかと?」と質問する。彼は「気付いていると思うけど、僕、何もしてません。予備校も辞めて、バイトもしてない」と話し、いつか関係が切れるに違いないと告げる。すると莉央は、「切れるほど繋がれたら、良くない?」と笑った。
黒須は罪悪感を覚えて穴を塞ぐが、やはり気になって覗き込む。すると大雨の夜、莉央はレインコート姿で男を部屋に連れ込んだ。彼女はカッターナイフで男を殺害し、嬉しそうに笑みを浮かべた。黒須は穴から目を離し、激しく狼狽する。アパートの外に一台の車が停まり、複数の人間が荷物を運び出した。黒須がドアをノックする音で外を確認すると、莉央が鍋を持って立っていた。黒須がドアを開けると、彼女は「たまには黒須さん家で食べたいなって」と告げた。
莉央は食事を取りながら、黒須の「どうして僕なんかと?」という質問に対する答えを教える。彼女は黒須に、「自分が普通なんだって確かめたくない?私が黒須くんと御飯食べてるのは、自分が今、正常かどうか確かめるためだよ」と語った。翌日、黒須は穴を覗いて莉央の様子を観察し、昨夜の殺人は幻覚だったのだと考える。延命寺玲奈という女性が莉央の部屋を訪ねていたので、彼は友達なのかと考えた。玲奈が部屋を出たので、黒須は密かに様子を見ようとドアを少しだけ開けた。玲奈が振り向いたので、彼は慌ててドアを閉めた。すると玲奈は「紐が見えてるぞ、黒須」と静かに告げ、その場を去った。
次の日、黒須が洗濯に出掛けようとすると、大学へ行く莉央が部屋を出て来て声を掛けた。「今日も一緒に食べよう、黒須くんの部屋で」と言われ、黒須は喜んだ。彼は公園の水道で服を洗いながら、自分が目撃した殺人劇を思い出して「あるわけないよ」と呟いた。その夜、黒須が夕食の準備を整えて待っていると、隣から玄関のドアが開く音が聞こえた。黒須が穴から覗くと、レインコート姿の莉央は左腕にタトゥーのある男を部屋に連れ込んで殺害した。莉央の笑みを見た黒須は、大声を発して気付かれた。莉央はカッターナイフを穴に突き刺し、黒須の部屋を鋭い目で覗き込んだ。
黒須は慌てて部屋を飛び出し、追って来る莉央から逃走する。ビルの屋上に追い詰められた彼は、莉央にカッターナイフを突き付けられて「殺されたいの?」と質問される。黒須は死ぬつもりだったが出来なかったこと、穴から莉央を覗いて好きになったことを語り、死を覚悟して目を閉じた。すると莉央は「黒須くん、面白いね。すごく興味深い」と微笑を浮かべ、彼の首筋にカッターナイフを近付けた。「この瞬間の気持ちを聞かせて。何も無くなって死を待つ。その瞬間に心の中で思うことは?」と訊かれた黒須は、「宮市さんと付き合いたい」と答えた。すると莉央は「うん、いいよ」と言い、彼にキスした。
次の日、アパートを訪れた春子は兄の健司と会い、両親が心配しているので連絡するよう告げる。健司はアパートの前で猫を抱きながら、「毎週、顔出さなくていいって」と軽く笑った。莉央は黒須の部屋に来て穴を確認し、今後も塞がずに自分を覗き続けるよう告げた。黒須はコンビニでアルバイトを始め、真面目に働いた。彼が帰宅すると、莉央は男性と付き合うのが初めてだと述べた。翌日に大学まで付き合ってほしいと頼まれ、黒須は快諾した。
次の日、黒須は電子レンジを運び、莉央と一緒に大学へ行く。彼は莉央に、二浪している上に予備校をクビになっていることを話す。莉央は男子生徒から「その人は?」と問われ、「彼氏です」と即答した。莉央に片想いしている男子たちの視線を浴びながら、黒須は教室で彼女と話す。彼は「やっぱり、受験、再開しようかな」と言い、「宮市さんにふさわしい男になります」と宣言する。「私、殺人鬼だよ。しかも現役だからね」と莉央は笑い、「それって、いつまで?ずっと?」という質問には答えなかった。
黒須と一緒にいる時、莉央は唐突にレインコートを着用し、通り掛かった女性を殺害した。その後も彼女は、黒須の前でも平気で人を殺す。「あの人たち、宮市さんに何かしたんですか」と黒須が訊くと、莉央は「私には特に」と答える。「じゃあ、無差別に殺すんですか」という問い掛けに、彼女は「その時々でルールを決めてるかな。ここ最近は巷に泳いでいる犯罪者。リスト化して、良き時に殺しています」と説明する。黒須が「それはつまり、正義の味方、的な?」と尋ねると、彼女は「そう見える?」と告げる。「そうだといいなあって」と黒須が言うと、莉央は「ダメでしょ。どんな理由があっても、人を殺したら」と笑った。
莉央の殺人は全く新聞に報じられず、黒須は困惑した。アパートの前で猫に餌を与えている健司を見た彼は、「猫、好きなんですか」と声を掛けた。健司は彼に、「猫派か犬派かって言ったら、断然、猫派だよねえ」と告げた。バイトを続けたおかげで携帯電話が復旧し、黒須は喜んだ。コンビニへ買い物に来た春子は、黒須に気付いて挨拶した。部屋に戻った黒須は、電機が復旧したので喜んだ。彼が穴を覗くと莉央は不在で、「今夜22時に部屋にいてね」というメモが貼ってあった。
入浴を済ませた黒須が22時に隣室を覗くと、健司が捕縛されていた。レインコートの莉央がカッターナイフを構えたので、黒須は慌てて「ダメ、やめて」と叫ぶ。莉央は大声を出さずに覗くよう指示し、健司を殺害した。莉央が部屋を出た後、玲奈と男たちが現れた。玲奈の指示を受けた男たちは部屋の清掃を開始した。黒須が隣室へ行くと、玲奈は「宮市はこんな奴のどこがいいんだ?」と呆れた様子を見せた。何者なのかと黒須が尋ねると、彼女は死体回収と現場清掃の人間だと答えた。「世の中には新鮮な死体を必要としている人間がたくさんいるんだよ」と玲奈は言い、莉央の作り出す死体は競争率が高いと説明した。
どうして莉央が健司を殺したのか黒須が訊くと、玲奈は104号室へ案内する。健司は近所の猫を次々に殺害し、バラバラに解体して瓶詰めにしていた。部屋を見た黒須が腰を抜かしていると、玲奈は「お前もその内、殺されるのに。それ以外の目的で宮市が人と接するなんて有り得ないんだ。あいつに例外は無い」と語った。自室に戻った黒須は、玲奈がノックしても居留守を使った。すると玲奈はベランダを伝って、窓から入って来た。
黒須が「体調が悪くて」と嘘をつくと、玲奈は「あっためてあげる」と布団の隣に潜り込んだ。黒須が「人殺しはダメですよね」と言うと、玲奈は「ちょっと抽象的すぎて分かんない」と告げる。黒須が「ハッキリ聞いてます。人を殺すのはダメですよね」と告げると、彼女は「知り合いが殺されたから?」と訊く。「川崎さんには同情なんかしません」と黒須が返すと、玲奈は「殺されてOKな人とNGな人がいるの?それを誰が決めるの?」と質問する。黒須が「だから、法律で、公平に」と言うと、玲奈は「生まれた国や時代によってコロコロ変わる価値観でしょ」と主張する。それに対し、黒須は「僕は、見たくなかったです」と口にした。
黒須が部屋を出ると、春子がいた。「お兄ちゃん、最近見掛けました?」と訊かれた黒須が誤魔化していると、玲奈が見ているのに気付く。春子が兄を待っていると聞いた玲奈が「じゃうウチで待つ?」と提案すると、黒須は慌てて「出掛ける予定じゃないですか」と嘘をつく。彼は春子に「川崎さんと会ったら連絡するよう言っとくから」と言い、アパートから立ち去らせる。黒須が「殺そうとしました?」と言うと、玲奈は舌打ちした。「本当に殺したりしません?」と黒須に確認された彼女は、「私にもルールあるから。口封じの殺しなんて、品格疑われちゃう」と否定した。
黒須は春子から、兄のことで相談があるので話を聞いてほしいというメールを受け取った。彼が困惑していると、玲奈の車に連れ込まれた。玲奈は黒須が健司のことで困っていると知り、「お前が命を担保にする覚悟があるなら協力してやる」と持ち掛けた。黒須はカフェで春子と会い、両親が警察に相談したと聞いて焦る。春子が止めたと聞いて彼は安堵するが、「これから大家に話すので一緒に来てほしい」と頼まれた。仕方なく黒須は春子に同行し、大家が部屋の鍵を開けた。すると部屋は綺麗に片付けられていて、航空券のチケットの控えが壁に貼ってあった。玲奈が手を回し、海外旅行に出掛けたように偽装工作を施したのだ。
その夜、黒須はアパートに戻る途中、莉央が手の甲にタトゥーのあるテルという男と一緒にいるのを目撃した。帰宅した黒須は夕食の時、莉央に「今日、誰かと会いました?」と訊く。「大学に行けば誰かと会うでしょ」と莉央が答えると、黒須は「隠し事した。僕を捨てる準備を始めてるでしょ」と口を尖らせる。なぜ春子のために動くのかと責められた彼は、男といたことを非難した。口論になると、黒須は莉央を後ろから抱き締める。彼がキスしようとすると、莉央は箸を首に付け付けて「またダメ。殺しちゃうよ」と告げた。
莉央はテルが率いるハングレ集団「レインボーメス」が集まるクラブへ乗り込み、「こないだの話、断りに来たんだけど」と言う。莉央がアパートで殺したタトゥー男のグッちゃんは、レインボーメスのメンバーだった。テルは「他にも殺してるよね。それにアンタ、死体処理のいいルート持ってるでしょ」と語り、レインボーメスのルートを邪魔する連中を殺すよう依頼した。「無理でしょ、殺しとか」と莉央が拒否すると彼は黒須の名を出し、「さらっちゃうよ」と脅しを掛けた。
黒須がコンビニのバイトを終えてアパートへ戻ろうとすると、莉央が迎えに来ていた。莉央は「たまたまです」と嘘をつき、黒須と2人でアパートに戻る。すると春子が黒須を待っており、バンコクから来た兄の絵葉書を見せる。もちろん玲奈が手配した偽物だったが、春子は全く気付いていなかった。春子に嫉妬した莉央は、紅茶に睡眠薬を盛って眠らせた。彼女が春子を殺そうとすると、黒須は慌てて制止する。「口封じで殺すなんて品格が疑われるんでしょ」と彼が言うと、莉央は「ルールは私が決める」と反論した。
黒須が「宮市さんか殺されることだってあるかもしれない。だからもう殺さないで」と説得すると、莉央は「だったら黒須くんが殺して」と言う。黒須が「出来ないです」と拒否すると、彼女は「嘘だよ」と告げて部屋を去った。目を覚ました春子は、黒須に恋心を告白した。玲奈が男たちを引き連れて部屋に入って来たので、春子は慌てて出て行く。玲奈は黒須に、「宮市が私に依頼しておいて殺さなかったのは初めてだぞ。お前、宮市を無駄に狂わせるな。どうせ宮市はお前と繋がらない。狼は狼としかつるまない」と述べた。
後日、黒須は春子にカフェへ呼び出され、改めて「私、本気なんです」と言われる。莉央に振り回されてるだけなのに勘違いしていないかと問い掛けられた彼は、考え込んだ。春子は明日の8時に待っているので、それまで自分の事を考えてほしいと告げて店を去った。黒須はアパートへ戻ろうとすると、レインボーメスの連中が現れて車に連れ込んだ。クラブに連行された黒須は、テルから莉央を説得するよう要請される。黒須が拒否すると、テルは頬に傷を負わせて解放した…。監督は朝倉加葉子、原作は裸村「穴殺人」(講談社週刊少年マガジンKC刊)、脚本は橋泉、製作は瀬井哲也&花田康隆、エグゼクティブプロデューサーは岡本東郎、スーパーバイジングプロデューサーは久保田修、プロデューサーは行実良&村山えりか&齋藤寛朗、アソシエイトプロデューサーは上原大也、撮影は早坂伸、照明は大庭郭基、録音は浦田和治、美術は小竹森智子、編集は武田晃、特殊メイク・特殊造型は千葉美生&遠藤斗貴彦、振付は青木直哉、アクションコーディネーターは野口彰宏、音楽は渡邊崇、主題歌『癒えないキスをして*』はロイ-RoE-。
出演は杉野遥亮、福原遥、江口のりこ、江野沢愛美、笠松将、おかやまはじめ、駒木根隆介、清水尚弥、一ノ瀬ワタル、吉田カルロス、中村尚輝、前田真弥、増田朋弥、長友郁真、宮川絵理、杉山俊介、南雲美智次、高松周平、村上耕平、大塚隆盛、麻生英人、白鳥隆明、加藤逸平、柏木直人、相ヶ瀬龍史、木原丹、白鬚真二、朝生正臣、大和、Takahero、楠麻白、山本章博ら。
ウェブコミック配信サイト「マンガボックス」で掲載されていた裸村の漫画『穴殺人』を基にした作品。
監督は『女の子よ死体と踊れ』『ドクムシ』の朝倉加葉子。
脚本は『トリガール!』『坂道のアポロン』の橋泉。
黒須を杉野遥亮、莉央を福原遥、玲奈を江口のりこ、春子を江野沢愛美、川崎を笠松将、アパートの大家をおかやまはじめ、テルを清水尚弥が演じている。冒頭、散らかっている真っ暗な部屋が映し出され、黒須が首吊り自殺を図る。
その前に「必死で覚えてた円周率が、ある日、3.14でいいじゃんって。そうやって色んなことが突然、意味を失う」ってな感じでモノローグが入るので、「たぶん受験に失敗したんだろう」ってことは何となく推理できる。
でも、そこをボンヤリさせている意味なんて全く無いわけで。
絶対に「こういう理由で人生に絶望し、自殺を決意した」ってのをハッキリと示した方が得策なはずで。あと、大学受験に失敗すればショックはデカいだろうけど、「僕が生きる意味は、もう無い」と絶望して自殺を図るほどのことなのかと思ってしまう。
そりゃあ本人にとっては重大な出来事だろうけど、「他の大学は受けていないのか」とか「来年もチャレンジしないのか」とか、色々と思ってしまう。
「自殺以外に無い」と黒須の選択肢を制限し、観客を納得させるような手順も無い。
諸々の理由で、のっけから観客を引き込む力が著しく弱いんだよね。あと、メリハリも全く足りていない。何のメリハリかと言うと、まずは「絶望していた黒須が、莉央を見て生きる希望を見出す」というメリハリ。
「隣室の穴を覗くと可愛い女の子がいる」というトコの説得力は、確実にあるよ。だから、黒須が自殺する気持ちを忘れ、莉央に夢中になるのは理解できる。
でも、それって全て福原遥の力だからね。彼女が「可愛いは正義」としての説得力を放っているだけだ。
でもホントは、もっと演出としての飾り付けが欲しいトコなのよ。福原遥の可愛さに全乗っかりしているだけじゃダメなのよ。それは「コメディーとしての演出」の不足にも繋がる問題だ。
この映画って全体的に、演出が地味でおとなしいんだよね。
これが「淡々とした日常を描く小さな恋愛劇」であれば、それでも良かったかもしれない。
だけど、奇抜な設定を成立させなきゃいけない荒唐無稽な作品なので、それを考えるとケレン味が足りないなと。恋愛パートでは、もっと弾けた味付けを持ち込んだ方が良かったんじゃないかと。それによって、もっと殺人劇とのメリハリを際立たせた方が良かったんじゃないかと。
これも「不足しているメリハリ」の1つだ。
殺人シーンに関しては、もっと「人間離れした動き」を誇張しちゃってもいいと思うし。福原遥は決して格闘アクションの能力が高いわけじゃないから、本人の動きだけで「普段の莉央」との違いを出すのは難しいし。
表情に関しては、たぶん「人を殺した時も普段の様子と変わらない」という設定なんだろうと思うので、そこで差異は付けられないし。莉央は黒須と付き合い始めてから、部屋だけじゃなくて外でも平気で人を殺す。でも、それは無理があるわ。本人はレインコートで返り血を浴びなくても、後の処理が大変になるだろうに。
そして、それでも絶対に外部に漏れないぐらい完璧な後始末が出来る組織がバックに付いているのなら、もはや部屋に連れ込んで殺す必要性は全く無いだろ。部屋に連れ込まなくても、相手は莉央を全く警戒せずに油断しているはずだし。
っていうか、通り掛かった相手も殺しているので、誘惑して部屋に連れ込むという手順が全く無意味になるだろ。そいつらも、見つけたら尾行でもして殺せばいい。
そこは「殺人は必ず自分の部屋で」という設定にしておくべきだわ。莉央は「殺す相手は犯罪者」と説明し、健司を殺した理由については「動物虐待の常習者だから」という設定を用意している。
でも、莉央は殺人の常習者なので、そういう「悪人の始末」みたいな理由なんて必要は無いのよ。
殺人犯が人を殺す理由について「どうして?」と質問するのは、愚問でしかないでしょ。
なのに、そこを強調して莉央の殺人を正当化し、彼女を愛する黒須を全面的に擁護しようとするから、おかしなことになっちゃうのよ。「莉央は殺人犯だから唾棄されるべき存在だし、そんな女の殺しを黙認する黒須も同類で」と断罪した上で、「でも惚れたんだから仕方がないよね」という切り口で描いた方が良かったんじゃないかと。
そもそも、莉央は「今は犯罪者を標的にしている」と説明しているので、それまでは犯罪者じゃない奴らも殺していたはずで。
その中には、何の罪も無い哀れな被害者だって大勢いたはずで。
なのに、「法律的にはアウトだけど、悪党を殺す殺人天使だからOK」ってことで美化しちゃうから「いや違うから」と言いたくなる。莉央が政府機関のエージェントやプロの殺し屋であれば、黒須が彼女に惚れて殺人を許しても「絶対にダメだろ」とは思わなかっただろう。
なぜなら、仕事として人を殺しているからだ。
相手が悪人かどうかは関係ない。重要なのは、殺しの目的だ。
実際、世の中にはスパイや殺し屋が恋愛する映画なんて山のようにあるが、いちいち「人殺しはダメだろ」「そんな奴に惚れて殺人を黙認する奴もダメだろ」とケチを付ける人は少ないだろう。莉央の場合、結果的にはビジネスになっているが、本人が「仕事」として人を殺しているわけではない。
映画ではフワッとさせているが、莉央の殺人を知った裏社会の組織が玲奈たちを使って遺体を回収しているだけだ。
莉央は「組織の殺し屋」として動いているわけではなく、ただの快楽殺人者に過ぎない。
なのに彼女は最終的に、殺されたり逮捕されたりすることも無いし、罪を償うような行動も取らない。
それを堂々とハッピーエンドとして描いている。根本的に間違っているのは、これをマジな恋愛映画みたいな方向性で作ろうとしていることだ。
一応はユーモラスな描写も含まれているが、ダーク・コメディーと言えるほどのモノではない。
黒須は莉央が殺人を繰り返している知ってビビるが、「好きだから」ってことで交際を続行する。その後も莉央は殺人を続けるが、黒須は反対するものの結局は黙認する。
でも、そこを「犯罪者を殺しているから」ってことを言い訳にして、「不道徳な恋愛劇」としての覚悟から逃げちゃっているんだよね。黒須は「殺しは犯罪」だと主張し、莉央の殺人を止めようと試みる。しかし、いつの間にか「殺しを続けていたら警察が動くかもしない」「莉央が捕まるかもしれない」と言い出す。
殺しを止めようとする理由が、なし崩し的に「女を守るため」というモノに摩り替わっている。
彼には快楽殺人者を愛してしまったことに対する責任も覚悟も無い。
また、「殺しをダメだとするのは、生まれた国や時代によって簡単に変化する価値観ではないか」「相手によって、殺しにどんな違いがあるのか」という問題提起をしておいて、それに対して本作品は何の答えも用意せずに放り出している。(観賞日:2021年11月22日)