『瞳の中の訪問者』:1977、日本

明日香女子大学のテニス部員たちは、今岡宏コーチの下で練習を行っていた。そんな中、1年生の小森千晶は今岡のボールを左目に受け、倒れてしまう。親友でテニスのパートナーでもある南部京子は「春までには治るわ」と励ますが、千晶は「もうテニスは無理だわ」と口にする。「目なんか1つあれば充分。何だって見えるもん」と、彼女は気丈に振る舞った。一方、今岡は手塚医院の石上博士を訪ねて、千晶の目の具合について質問する。治る見込みについて石上は、「私には無理だなあ」と述べた。
石上は今岡に、ブラック・ジャックという医者を紹介した。今岡はブラック・ジャックの屋敷を訪れ、千晶のレントゲン写真を見せる。今岡が手術を依頼すると、ブラック・ジャックは自分なら50%の可能性で視力を回復させられると話す。今岡が「費用は幾ら掛かっても構いません」と言うと、彼は3千万円を即金で支払うよう要求した。今岡が承知すると、ブラック・ジャックは「いや、無理だ。手術には新しい角膜が必要だ」と言い出す。彼は無免許の医者なので、アイバンクは利用できないという。今岡が「それじゃあ、僕の角膜を取って下さい」と申し出ると、ブラック・ジャックは「バカなことを言っちゃいかん」と怒鳴った。
女子寮を訪れた今岡は、千晶は翌朝に故郷の北海道へ帰ることを知らされる。「諦めるのはまだ早いと思うんだ」と今岡は説得するが、彼女は笑顔で「そんなに深刻に考えないで下さい。人生には明るい面と暗い面があるって言うでしょう。私は片方の目で、その明るい面だけを見ていくことにしたんです」と語る。深夜、今岡はアイバンクに忍び込んだ。翌朝、牧場を経営する千晶の父・英一郎の迎えに来た。千晶が車に乗り込もうとすると今岡が駆け付け、ブラック・ジャックが手術を承諾してくれたことを話した。
千晶、今岡、京子、英一郎は、ブラック・ジャックの屋敷へ赴いた。手術料の3千万円は英一郎が用意し、ブラック・ジャックは助手のピノコと共に手術を行った。手術は成功し、千晶の視力は回復した。千晶は大学に戻り、テニス部の練習にも復帰した。練習後にシャワーを浴びていた千晶は、見知らぬ男の姿を目撃する。だが、男の姿はすぐに消えてしまった。千晶は守衛に調べてもらうが、シャワールームには鍵が掛かっており、侵入者の形跡は無かった。
春の新人戦に出場した千晶と京子は、接戦を繰り広げる。しかし雨が降り出す中、千晶は再び見知らぬ男の幻影を目撃して動きを止めてしまい、試合に敗れた。千晶が背の高い男を目撃したと主張するので、今岡はブラック・ジャックの元へ出向いて事情を説明した。するとブラック・ジャックは「手術は完璧だった」と腹を立てた後、どうやって角膜を入手したのか尋ねる。今岡が盗み出したことを明かすと、彼は「とにかく一度、元の目玉の持ち主を調べてみるんだ」と述べた。
今岡はアイバンクに電話を掛け、「9月3日の夜、盗難がありましたね?」と尋ねる。しかし職員は「そういう事実はありません」と頑なに否定した。今岡は喫茶店で千晶に会い、「君が見たというのは幻だよ。君は目の手術の後で疲れていたんだ。さあ、僕を良く見て」と語り掛ける。だが、外に視線をやった千晶は、また見知らぬ男の姿を目撃した。彼女は「見えたんです。あの人が」と言って店を飛び出し、雷雨の中で男を追い掛ける。だが、すぐに男の姿を見失ってしまった。
ある夜、京子は千晶の「お願い、行かないで。私の傍にいて欲しいの」という寝言で目を覚ます。うなされている千晶を起こした京子は、「誰の夢を見てたの?」と尋ねる。京子は今岡に恋しているのではないかと推測していたが、千晶は「私の恋人はね、この人」と言い、スケッチブックに幻影の男の絵を描いた。「名前は分からないけど、優しい人よ。夢の中で、初めて口を利いてくれた」と嬉しそうに話す彼女に、京子は「本気で言ってるの?そんなの少女趣味よ。実在しない人を恋するなんて、ナンセンスよ」と告げる。すると千晶は「実在なんかしなくてもいいのよ。私、この人のことを考えてると胸が熱くなるの」と語った。
ブラック・ジャックは眼球提供者の素性を突き止め、今岡を屋敷に呼び寄せた。提供者は楯与理子という23歳の人妻で、9月3日に狭霧湖のボートの上で死体となって発見されていた。首を絞めて殺害した犯人は、未だに判明していない。9月4日の朝に眼球を持って手術の依頼に来た今岡を、ブラック・ジャックは犯人として疑っていた。今岡は「犯人は眼球提供の登録者である楯与理子を殺し、その目がアイバンク東京に運び込まれるのを待って、盗み出したんだ」と言われ、自分が殺したことを否定する。しかしブラック・ジャックは、警視庁のげた刑事とたわし刑事を屋敷に呼んでいた。今岡は彼らによって連行された。
町を歩いていた千晶はピアノの音を耳にして、落書きだらけの古びた屋敷に足を踏み入れた。すると、幻影で見た男がピアノを弾いていた。男は千晶の姿に気付き、演奏の手を止めた。「お会いしたかったんです。いつかお会い出来ると思って」と口にする千晶に、男は警戒した様子で「誰かに頼まれたのか?何の用だ」と問い掛ける。千晶が「どうしてもあなたにお会いしたかったんです」と言うと、彼は「人違いじゃないのかい。僕は君のことなんか知らない」と述べた。千晶が「貴方は私をいつも見つめてました」と話すと、男は「君の言ってることが僕にはサッパリ分からない」と口にした。
男から「最近、医者に掛かったことは?」と訊かれた千晶は、眼科に掛かったことを話す。その屋敷に住んでいるのかと千晶が尋ねると、「まさか。でも、ここには時々、ピアノを弾きにやって来る」と男は答えた。名前を問われた彼は、「風間史郎」と答えた。千晶が恋人の有無を気にすると、風間は「恋人はいた。でも今はいない」と口にした。お茶の水の小さなクラブでピアノを弾いているという風間は、「仕事だ」と屋敷を去ろうとする。千晶が「私も連れてって下さい。貴方と一緒に居たいんです」と頼むと、「あそこは君のような女の子が行くような所じゃない」と風間は反対した。「このままお別れしてしまったら、また消えてしまうんじゃないかって」と千晶が言うと、風間は「じゃあ、こうしよう。明日もう一度、ここで会おう」と提案した。
京子は女子寮に来た刑事たちの尋問を受け、今岡のアリバイを証言した。戻って来た千晶に気付いた京子は、移植された目が殺された女性の物だったことを内緒にするよう刑事たちに頼んだ。千晶も刑事たちから9月3日のことを尋ねられ、今岡が来ていたことを証言した。京子から「明日、警察に行ってみましょうね」と言われた千晶は、「明日は約束があるんだ」と断る。彼女は「今日、あの人と会ったの。幻なんかじゃなかったの。風間史郎さんっていうの。明日も会ってくれるって」と嬉しそうに話した。
次の日、千晶は京子を伴って屋敷へ行くが、風間は現れなかった。京子は「やっぱり幻だったわね」と言い、警察署へ行くことにした。もう少し待つと決めた千晶に、京子は苛立った様子で「貴方は今岡さんがどうなってもいいの?」と問い掛ける。「ごめんね」と謝る彼女に、京子は「貴方は病気よ。一度診てもらった方がいいわ」と告げて立ち去った。寮に戻って来た千晶に、京子は今岡が釈放されていないことを話す。千晶が「どうして?」と尋ねると、京子は「アイバンクから目を盗んだのよ。それも貴方の目を治すためにしたことなのよ。それなのに貴方と来たら。今岡さんの愛に報いるべきよ」と告げた。千晶は「私もたぶん今岡コーチを愛していると思う。でもね、明日になれば私、またあの人に会いに行くと思う。私の中に別の誰かがいるの。その人が私を引っ張るのよ」と語った。
アイバンクとの示談が成立したため、今岡は釈放された。今岡は何も知らなかったが、弁護士の伴俊作が示談交渉を行っていたのだ。京子が寮にいると、風間から電話が掛かって来た。「小森千晶さん、いらっしゃいますか」と尋ねる相手が風間史郎と名乗ったので、京子は驚いた。「変な悪戯はやめて」と京子は電話を切った。今岡は京子と会い、コーチを辞めることを明かした。京子は風間という男から電話があったことを彼に話し、一緒に屋敷へ行ってみることにした。
千晶は屋敷で風間と会っていた。風間が「すまなかった。君とはもう会う気は無かった。その目だよ。毎日ピアノを弾いていると、その目がチラチラするんだ。その目に会いたくなかった」と話すと、「いつもこんな風に見つめられていたんですね。あなたの恋人だった人も」と千晶は言う。別れた理由を彼女が訊くと、風間は「彼女は死んだよ」と答えた。彼が「君は確か眼科に掛かってたね。どんな具合なの」と尋ね、千晶は「角膜の移植をしたんです」と答える。風間は手術が9月4日に行われたと知り、何か気にする様子を見せた。
京子と今岡が屋敷に到着すると、千晶たちの姿は無かった。近くにいた少年に尋ねると、アベックが出て行ったことが分かった。千晶は風間と散歩しながら、死んだ恋人のことを尋ねる。風間が与理子という名前を告げると、千晶は「聞かせて、与理子さんのこと」と求める。風間は彼女に、与理子と初めて会ったのがパリのシャンゼリゼだったこと、2人とも留学生だったこと、安アパートで1年近くも一緒に暮らしたこと、与理子のためにピアノ曲を作ったことを話す。
しかし、ある日突然、与理子は姿を消した。1年が経って、日本から与理子の手紙が届いた。そこには、か細い文字で「さよなら史郎さん。私の青春」と綴られていた。すぐに風間が帰国すると、与理子は他の男と結婚していたという。「会わなかったの?どんなことをしてでも会うべきじゃなかったかしら。与理子さんにも事情があったのよ」と千晶が言うと、「会ったよ、一度だけ。狭霧湖の山荘でね」と風間は告げた。千晶は「行ってみたいわ、私もそこへ」と口にした。
今岡は京子と共にブラック・ジャックの元を訪れ、千晶が幻ではなく本物の男を見たことを彼に話した。スケッチブックに描かれた風間の絵を京子が見せると、ブラック・ジャックは「こいつが犯人だ」と断言し、「被害者の目に、犯人の像が焼き付いてたんだ」と述べた。さらに彼は、千晶が風間を見た時の状況が全て水に関係していることから、「楯与理子が殺されたのは狭霧湖のボートの上だ。だから水の傍では幻が現われやすいんだ」と推理した。風間が千晶と共に失踪したことを聞かされた彼は、「犯人は千晶君の角膜の秘密に気が付いたのかもしれん。早く見つけないと大変なことになるぞ」と危機感を示す…。

監督は大林宣彦、原作は手塚治虫、脚本はジェームス三木、製作は堀威夫&笹井英男、プロダクションアドバイザーは石上三登志、制作者補は金沢博、撮影は阪本善尚、照明は新川真、録音は高橋三郎、美術は佐谷晃能、編集は鍋島惇、ファッション・コーディネイターは大林恭子、音楽は宮崎尚志。
出演は片平なぎさ、宍戸錠、志穂美悦子、月丘夢路、長門裕之、山本伸吾、和田浩治、峰岸徹、千葉真一、檀ふみ、藤田敏八、ゴダイゴ、玉川伊佐男、山本麟一、ハニー レーヌ、久木田美弥、いけだひろこ、三東ルシア、三谷晃代、松原愛、大槻純子、安西拓人、立田奈々絵、新垣嘉啓、長沢大、杉浦奈緒美、近藤えり奈、黒井美佐子、若松みどり、坂本万理、早瀬れい子ら。
声の出演は木下桂子。


大林宣彦監督が『HOUSE』に続いて撮った商業映画デビュー2作目の映画。
千晶を片平なぎさ、ブラック・ジャックを宍戸錠、京子を志穂美悦子、寮母を月丘夢路、英一郎を長門裕之、今岡を山本伸吾、与理子の夫・楯を和田浩治、風間を峰岸徹が演じている。また、酔っ払い役で千葉真一、楯の妹役で檀ふみ、守衛役で藤田敏八、クラブに出演しているバンド役でゴダイゴが友情出演している。
脚本は『さらば夏の光よ』『北の宿から』のジェームス三木。

この映画はホリ企画が制作しており、所属タレントである片平なぎさのアイドル映画と言ってもいい。
彼女は『スター誕生!』出身で、デビュー当初は山口百恵二世として期待された歌手だった。だが、そもそも歌が好きではなかった彼女は、わずか3年で女優に転向する。
そんな彼女にとって、これが初めての主演作だ。
しかし、これ以降はTVドラマでの活動が中心となり、2006年の『トリック 劇場版2』まで映画への出演は御無沙汰となる。

大林宣彦監督と言えば、若手女優を脱がせるのが得意な人だ。
『HOUSE』の池上季実子、『転校生』の小林聡美、『彼のオートバイ、彼女の島』の原田貴和子、『あした』の高橋かおり、『なごり雪』の宝生舞など、出演女優が無駄に脱いできた。
この作品でも、彼は片平なぎさと志穂美悦子に脱ぐことを求めたらしい。
志穂美は片平が脱ぐなら自分も脱ぐと覚悟を決め、悩んだ末に片平が断ったため、この映画では誰も脱いでいない(片平と志穂美のシャワーシーンはあるが、肩や背中がチラッと見える程度だ)。
でも、さすがは大林監督、とりあえずは脱がそうとしたんだね。

手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』の一編『春一番』を基にしており、オープニング・クレジットでも原作漫画のコマをコラージュした映像が使われている。
で、ブラック・ジャックをエースのジョーが演じているのだが、あまりにも原作の絵に似せようとしたせいで、毛髪は半分が白く、顔の半分は真っ青な皮膚というミュータントのような状態になってしまい、手塚治虫は「こんな人間はいない」と激怒したらしい。
ピノコも登場するのだが、なぜか子役である立田奈々絵の声をそのまま使わず、大人である木下桂子(当時はファッション・モデル。現在はハウンド・ドッグの大友康平の奥さん)が吹き替えを担当している。

オープニングで原作漫画の絵を使った上、ヘンテコな特殊メイクや無意味な吹き替えをさせてまでブラック・ジャックとピノコを登場させているんだから、『春一番』を忠実に実写化しようとしているのかと思いきや、そうではない。
内容は大幅に改定されている。
それどころか、この映画、実はブラック・ジャック(&ピノコ)の存在意義って、皆無に等しいのだ。彼らは単なる脇役に過ぎず、手術を担当した医者を別人に変更してしまっても、物語には何ら影響を及ぼさないのである。
ほとんど詐欺みたいな映画だ。

『ブラック・ジャック』の映画化はジェームス三木による持ち込み企画なのだが、なぜか彼はブラック・ジャックがいなくても成立するようなシナリオを用意している。
彼が書き上げたのは、メロメロのメロドラマなのである。
用意された脚本を好き勝手に改変してしまうことで有名な大林監督だが、この時は商業映画デビュー直後だったので、手を加えたのかどうかは分からない。
いずれにせよ、彼も本作品をメロメロのメロドラマとして演出している。
しかも、せめてメロドラマとして面白ければまだしも、すげえ陳腐なのである。

まず本編に入って早々、山本伸吾のギクシャクした台詞回しが気になる。
テニス部員たちに対して頑張るよう促すのだが、「秋の新人戦も、間近に迫った。しかし、目標は、あくまでも、インターカレッジの、優勝である」と、細かく台詞を割るのである。
で、みんなに頑張るよう言った今岡だが、スマッシュする相手は千晶だけ。
そんで千晶はテニスボールをモロに左目に受けるのだが、それで失明しちゃうって、よっぽど強烈なスマッシュだったんだな。

そんなアクシデントが起きて、ものすごく深刻な感じでBGMも盛り上げるのだが、カットが切り替わると、女子寮の学生たちが楽しそうにしている様子が写し出され、ノンビリとした雰囲気になる。
なぜか寮の中なのに水着でギターを弾いたり、バトントワリングをしたりしている学生もいるが、サービスカットってことだろうか。
ちなみに、このシーンでは寮母の月丘夢路も姿を見せているが、完全にアンサンブルの中に溶け込んでおり、セリフも無いので、ボーッとしていると彼女に気付かない。
その後、月丘夢路は何度か登場するが、まるで物語には絡まないし、大物ゲストとしての見せ場を与えられているわけでもない。

今岡が千晶の目を治すために訪れるのは手塚医院で、そこにいる眼科の医者はCMディレクターで映画評論家の石上三登志で、役名も石上三登志。
「どこが悪いの?」と今岡に尋ねると、石上の隣りで漫画を読んでいる患者の大林千茱萸(監督の娘)が「目です」と答える。で、石上が「漫画の読み過ぎでしょう。映画にしなさい」と告げる。
千晶の目が治る見込みを問われた石上は「私には無理だなあ。眼科の敵だ」と言うが、これは映画『眼下の敵』と引っ掛けた洒落だ。
冒頭で深刻な事故が発生したのに、TPOを考えない楽屋オチ的なネタを持ち込んで、呑気な喜劇テイストにしているのね。

石上がブラック・ジャックを今岡に紹介し、シーンが切り替わると、バンジョーを使った緊張感の無いBGMが流れ、ブラック・ジャックが「諸君は愛というものを見たことがあるか?そうだろう。愛は容易く見えるようで、実はなかなか見えないものだ。今日は諸君に、ある愛の物語をしよう。果たしてこの話の中で、本物の愛が見えるかどうか、フフッ、楽しみだなあ」と観客に語り掛けるナレーションが入る。
原作のブラック・ジャックと同一人物とは思えないようなモノローグの内容だと思っていたら、続いて彼は「私か?私は有名なブラック・ジャック。人は奇跡を呼ぶ医者とも言い、愛の手品師とも呼ぶ」と話す。
愛の手品師って、そんな異名があったのかよ。
なんでブラック・ジャックに愛を語らせたがるんだよ。

今岡は千晶の目を治すため、アイバンクに忍び込む。
そのアイバンクは、おどろおどろしい雰囲気で森の中にある建物で、正門に目のマークと「眼球銀行」の文字がある。
えっと、アイバンクって厚生労働大臣の許可を受けて運営される真っ当な公的機関のはずだよね。なぜ、そんな人里離れた場所にポツンとあるのよ。バッタモンのアイバンクという設定だったりするのか。
あと、そこをホラー風味で演出しているセンスも意味不明だ。

手術が終わって千晶の視力が回復すると、今岡と彼女が海沿いで会うシーンがある。なぜか千晶は、薔薇一輪を持っている。
2人は共に駆け寄り、見つめ合い、今岡が手にしていたセーターをバサッと千晶に向けて広げ、それを千晶が掴み、双方が歩み寄って抱き締め合う。
えっと、なんですか、このシーンは。恋愛劇の一片ってことなのか。
ただ、今岡が千晶に惚れていることは何となく伝わって来たけど、千晶が今岡に惚れていることを示唆するような描写って、そこまでに全く無かったと思うんだけど。

テニスの練習中に起きた事故で失明の危機を迎えたのだから、千晶が練習でスマッシュを受けるのを怖がるとか、今岡が彼女に対して強いスマッシュを打つのをためらうようになるとか、そういうことが起きるのかというと、全く影響は無い。
2人とも、普通に練習している。
で、サービスショットのシャワーシーンになり、千晶が風間の幻影を目撃する。
その風間は黒いコートを羽織っているのだが、それがマントのように見えて、ちょっとドラキュラっぽい。

春の新人戦に出場した千晶と京子の試合では、大林監督が主審を担当している。晴れているのに急に雨が降り出すと、何か良く分からん言葉を喋る。
台詞は全て英語で、最後の方に「シルバーレイン」と言っていることは聞き取れるが、そこまでの部分が解読不能。たぶん楽屋オチのネタを喋ってるんだろうけど。
で、幻影を見た千晶から事情を聞いた今岡の訪問を受けたブラック・ジャックは、「私の手術にミスがあったというのか。手術にケチを付けて手術代を値切る気だな」と怒鳴り、ニヤっとして「ノイローゼだ。彼女、何か欲求不満があるんじゃないのか」とセクハラ発言をかます。
名医のはずなのに、ひでえ奴だな。
あと、その会話シーン、ブラック・ジャックとピノコは台風の影響で雨漏りがする屋敷の対処に追われているんだが、その描写、果たして必要なのかね。

今岡はアイバンク東京という施設に電話を掛けると、電話に出たのは主任の安西拓人。
盗難の事実を否定するこの男、いかにもインチキっぽい格好をしており、事務所の中は散らかっている。
どうやら愛人らしい女子事務員の三東ルシアは足を高く上げて組みながら、『ジャングル大帝』を読んでいる。
で、「どっから漏れたんだ。あの事件を知ってるのは君と僕だけだぞ」と主任は言うのだが、そんな小さな会社なのかよ、アイバンク東京って。ホントにマトモな会社なんだろうな。

アイバンクで盗難の事実を否定された後、今岡が何とか角膜の持ち主を調べようという展開に向かうのかと思いきや、彼が喫茶店で千晶で話すシーンになる。
そこでは「僕に本当のことを話してくれ」「コーチには関係の無いことなんです」「君には僕が見えないのか」「人間の目って一体何なんでしょうか。人は目に見えるものを愛するんでしょうか。それとも心で愛する人のことを目に見るんでしょうか」という、何が言いたいのかイマイチ伝わらない会話が行われる。
たぶん「千晶が風間に恋愛感情を抱いている」ということを表現したいんじゃないかとは思う。
でも、そこまでのシーンではそれを全く表現できていないので、ただの素っ頓狂な会話になっている。

千晶に対するセクハラ発言をかましたブラック・ジャックは、今岡を殺人犯と決め付け、刑事を呼んで連行させる。
ホント、ろくでもない奴になっちゃってるな。ただの脇役に成り下がっているだけでなく、ちっとも魅力の無い男になっちゃってるじゃねえか。
ジェームス三木って、何がやりたくてブラック・ジャックの映画化企画を持ち込んだんだろうか。
ひょっとすると、本人はブラック・ジャックが活躍する映画を作りたかったのに、ホリ企画の圧力でアイドル映画に変えることを余儀なくされたのかなあ。

千晶が風間と会ってからは、もう完全にメロドラマの世界へと突入していく。
ちなみに、京子は今岡に惚れているので、「京子→今岡→千晶→風間」という関係が出来上がっており、そこを使ってメロドラマが描かれていく。もちろん、メインで描かれるのは千晶と風間の関係であり、千晶が風間にメロメロになっていく姿や、風間が与理子へのストーカー的偏執愛をアピールする姿が、大林監督らしいファンタジー寄りの映像演出と壮大なBGMによって描写されていく。
途中、千晶を捜す京子がサニー千葉の酔っ払いに絡まれるというシーンがあったりするが、完全に場違いでしかない。
終盤はサスペンスになっているけど、メロドラマにしろサスペンスにしろ、まあ見事なぐらい盛り上がらない。BGMだけが頑張って空回りしている。

そんなメロドラマが描かれる中で、ブラック・ジャックは脇役というレベルではなく、もはや要らない人と化している。
今岡と京子が会いに行くシーンがあるが、ブラック・ジャックの登場シーンを無理に盛り込んだようにしか思えない。
っていうか、ブラック・ジャックが犯人と決め付けて刑事に引き渡したのに、後になって弁護士を付けて示談を成立させ、今岡を釈放させているんだから、彼に礼を言われるようなことはしてもねえよな。
テメエの早とちりによる失態をリカバリーしただけだ。

ホント、この映画のブラック・ジャックって、何一つとして、いい所が無いんだよな。
そんで全てが終わった後、ピノコとブラック・ジャックは「ねえ先生、愛って何なのさ」「うん。なんていえばいいのかな。難しいな」「幻みたいなもの?」「そうだな。幻、みたいなものだな」「ピノコにも見える?」「子供には見えないかもしれないね」「ピノコ、子供じゃないもん」という会話をやり取りする。
で、最後にピノコが取って付けたようなアッチョンブリケをやって、どんとはらい。

(観賞日:2013年10月16日)

 

*ポンコツ映画愛護協会