『ヒルコ/妖怪ハンター』:1991、日本
中学教師の八部高史が塚本町の地下洞窟を探検していると、教え子の月島令子がやって来た。「危ないから来ちゃダメだって言っただろ」と八部が叱ると、令子は「私も見たいんです。絶対に気を付けますから」と言う。「危険だ、戻りなさい」と八部が厳しい顔で指示しても、彼女は帰ろうとしなかった。考古学者の稗田礼二郎は、八部から手紙を受け取っていた。八部は稗田の死んだ妻の兄だった。大学教授だった稗田は、ある学説を唱えたことで学界から追放されていた。
八部の手紙には、彼の住んでいる土地から定説を覆す古墳が見つかったことが記されていた。八部によると、それは権力者の墓ではなく、古代人が悪霊を鎮めるために作ったものだという。その古墳が稗田の学説を証明する可能性があることも手紙には綴られており、八部は早く来るよう誘っていた。洞窟の向こうに何かを見つけた八部と令子は、恐怖に顔を強張らせた。その「何か」は猛スピードで2人に迫り、強い力で弾き飛ばした。
八部の息子・まさおと友人の片桐、青井の3名は、失踪した2人を捜していた。まさおは学校に古墳があると父が信じていたことを知っており、「2人が消えたのは、絶対に学校のどこかなんだよ」と言う。だが、どこを捜しても2人の姿は見つからなかった。まさおたちが池のほとりで話していると、用務員の渡辺が現れた。「こんな所で何やってるんだ」と渡辺が鎌を持って近付いて来たので、まさおたちは後ずさった。「この場所以外にもどこか行ったのか」と問われ、まさおたちは「いいえ」と答えた。
「せっかくの夏休みだ、学校なんか来るんじゃない。帰れ」と渡辺はまさおたちを脅すように言い、その場を去った。まさおは渡辺が八部と令子の失踪に関与しているのではないかと考え、友人2人と共に尾行した。校舎の中に令子がいるのを見つけた3人は、喜んで近付こうとする。だが、クラスメイトの河野が来たので、まさおたちは身を隠した。様子を見ていると、河野は令子に気付いて声を掛けた。
令子は「どうしたの、そんな所で」と訊かれ、「八部先生と、古墳の石室を見に」と抑揚の無い口調で答えた。「先生は?」と河野が質問すると、彼女は「帰った」と告げた。令子は赤い口紅を塗り、無表情で遠くを見ながら歌を口ずさんだ。令子が校舎に入った河野と口づけしようとするのを見て、彼女に惚れていたまさおは苛立ってその場を離れた。不意に背中を押される衝撃を受けた彼は、痛みに座り込んだ。友人2人が心配して触れると、まさおの背中から蒸気が昇った。まさおの顔は高熱を帯びて真っ赤になり、「昨日も、こんな風に」と告げて絶叫した。
稗田は八部の家へ赴いた。彼は八部の母から、八部が令子と一緒に学校へ出掛けたまま戻らないことを聞かされた。さらに八部の母は、先祖代々から伝わる仮面が持ち出されていることも語る。「恐ろしいことが起こる。ヒルコ様、お許し下さいませ」という彼女の言葉が、稗田は気になった。夕方、まさおは友人2人に、教室で背中の痣を見せていた。まさおは背中を冷やすため、教室を出て水飲み場へ行く。その時、彼は何か異様な気配を感じた。
中学校へ赴いた稗田は、異様な気配を察知した。彼は台車にまさおを乗せて廊下を突っ切り、そのまま体育用具室に突っ込んだ。「今、妖怪が」と稗田が口にすると、まさおは「またですか」と険しい表情を浮かべた。「くだらない学説を発表して、遺跡調査で茜おばさんを殺しておいて、また妖怪ですか」と非難された稗田は、妖怪を探知するセンサーについて説明した。彼は「妖怪が姿を変えていても、精神エネルギーは電気みたいなもんだからね。それに反応するようにしてある。初めて反応したんだ」と嬉しそうに言う。
稗田はまさおに、八部から届いた手紙を見せた。まさおは「自分の妹を殺した奴に。アンタも親父も同罪だ。夢みたいなことばかり言って。言っとくが、ここに古墳なんかありませんよ」と怒鳴った。カッターナイフを手にした河野の首無し死体を発見したまさおは、悲鳴を上げて校舎から飛び出した。一緒に逃げ出した稗田の前で、彼は「やったのは絶対に渡辺だ」と言う。その渡辺は電柱に登り、電話線を切断していた。そのため、稗田が公衆電話を使おうとしても通じなかった。
稗田が「ここを出て警察に知らせよう」と言うと、まさおは友人2名が教室に残っていることを告げる。稗田は妖怪退治用に手作りした銃を構え、まさおと共に夜の校舎へ戻った。しかし廊下を走っている途中、転倒したまさおは背中の痛みに苦悶する。服を脱いだまさおは、水飲み場で背中を冷やした。彼の背中には、また新たな痣が出来ていた。その痣は人面瘡だった。荒らされた理科室に入った2人は、首を切断された青井の死体を発見した。
稗田は「もう1人が危ない」と言い、まさおと共に片桐を捜しに行く。その頃、片桐は怯えながら給食室に隠れていた。片桐が包丁を手に取った直後、棚に並んでいた鍋類が床に落下した。裏返った鍋の1つは、床を左右に滑って移動した。赤木は鍋を持ち上げて中にいる敵を殺そうとした男が、そこには何もいなかった。片桐が隣にあった鍋の蓋を開けると、そこには令子の顔が入っていた。片桐は絶叫して鍋を投げ捨てた。部屋の隅に令子の顔が浮かび上がり、歌声が聞こえてきた。
稗田とまさおは給食室に駆け付けるが、扉は施錠されていた。2人は「開けろ」と叫んで扉に体当たりするが、片桐は立ち尽くしたまま動けなくなっていた。稗田は裏に回り、窓を突き破って調理室に突入した。だが、片桐は自らの首を切断して死んでいた。そこへ入って来たまさおは、背中の痛みに苦悶した。稗田は辺り構わず専用銃を発射するが、すぐに使えなくなった。もう1つの専用銃を構えた稗田とまさおの周囲を何者かが猛スピードで駆け回り、そして姿を消した。まさおは泣きながら、「月島だった」と漏らした。
職員室を調べた稗田は、八部の残した比留子古墳伝説ノートを発見した。そこには「古代人が悪霊を封じ込めたという石室の紋様の奥を調べてみることにした。石室を開ける呪文は、学校の裏山の林の中に。閉める呪文はコークス置き場の前にある」という文章があり、石室の写真と八部の描いた紋様のイラストも添えられていた。それを見た稗田は、「さっきの化け物だ。やっぱり、あれがヒルコなんだ」と口にした。彼はまさおにヒルコが伝説の化け物であることを教え、「やっぱり化け物は八部さんが見つけた古墳から来たんだ」と述べた。まさおは「でも、なんだって月島は?」と困惑の表情を浮かべた。
石室の紋様を改めて眺めた稗田は、真ん中の二重丸が後から書き足されていることに気付いた。「これは呪縛の封印を解く鍵を意味している。ヒルコを暗黒界から解き放つ、そういう意味だ」と彼は狼狽し、「早くこれを消さなきゃ。でも、その前にヒルコを石室に封じ込めなきゃね」と言う。しかしノートには、古墳の場所が書かれていなかった。稗田とまさおは、とりあえず呪文を探しに行く。裏山の林に入った2人は、割られた岩に刻んである呪文を発見した。それは古事記の一節だった。
コークス置き場を調べようとした稗田とまさおは、渡辺に襲われた。渡辺は「帰れと言ったのが分からんのか」とまさおを突き飛ばし、稗田に殴り掛かった。まさおは渡辺から猟銃を奪い取り、それを構えて「動くな」と脅す。稗田は割られた岩に刻んである呪文を見つけ、「こっちも八部さんが割ったままだ」と口にした。「八部先生に言われたのか」という渡辺の質問を、まさおは無視した。稗田は絵が彫ってあるのに気付き、それを調べようとする。近付いたまさおから猟銃を奪い取ろうとした渡辺は、背中の人面瘡を見てたじろいだ。まさおは稗田を急かし、その場から去った。
校舎に戻った稗田とまさおの前に、ヒルコと化した令子が現れた。稗田とまさおは逃げる途中で、別々になってしまった。まさおが音楽室に入ると、化け物ではない令子がピアノを弾きながら歌っていた。しかし近付こうとして階段を踏み外した彼が再び目をやると、彼女の姿は消えていた。まさおが音楽室を出ると、妖怪と化した令子が追って来ようとする。まさおは慌てて扉を閉め、鍵を掛けた。
稗田は渡辺に襲われ、猟銃を奪い取られた。渡辺は怯えている稗田を残し、まさおを捜しに行く。まさおがチェーンソーを構えて敵を待ち受けていると、ヒルコが天井から降って来た。夢の世界に誘われた彼は、「石室を開ける呪文を知ってる?」と令子に質問され、「稗田さんが暗記してる」と答えてしまう。まさおは「もう貴方はいいわ。首を切って自殺してしまいなさい」と要求され、チェーンソーを使って自害しようとする。そこへ稗田が駆け付けて大声で呼び掛け、まさおは正気を取り戻した。
稗田はまさおの顔に貼り付いているヒルコをモップで引き離し、それを投げ捨てた。彼はまさおを自転車に乗せ、廊下を逃走する。2人は校舎から飛び出すが、その際に妖怪センサーが壊れてしまった。2人はヒルコに追い詰められるが、そこに渡辺が駆け付けて猟銃を発砲する。ヒルコが怯んだ瞬間、稗田は持参していたキンチョールを噴射した。するとヒルコは、慌ててダンボール箱に避難した。
ヒルコは弱々しい表情を見せ、涙を浮かべた。渡辺がヒルコを射殺しようとすると、まさおは「撃つな」と叫んで妨害した。その隙に、ヒルコはダンボール箱から飛び出して隠れてしまった。渡辺が覗き込むと、ヒルコが飛び出して彼を襲った。ヒルコは渡辺の口内に舌を入れた後、その場から飛び去った。まさおは背中に痛みに見舞われた。稗田が「ヒルコは呪文で石室を開けようとしているんだ」と言うと、渡辺は「中のヒルコが全部出て来たら、大変なことになるぞ」と漏らした。
渡辺は稗田とまさおに、60年前の出来事を語り始めた。学校で原因不明の大火事が起きた時、5歳だった渡辺は3つの角を生やした少年が何か叫んでいるのを見た。そして、その少年の背中には、火事で死んだ子供たちの人面疽があった。火事が消し止められた時、焼死体の首は全て無かったという。その少年が数十年後に死を迎える際、渡辺は学校にある2つの場所を守ってくれと頼まれていた。その少年とは、まさおの祖父のことだった…。脚本・監督は塚本晋也、原作は諸星大二郎「海竜祭の夜」(創美社発行 集英社発売)、企画は堤康二、製作は中沢敏明&中村俊安&樋口正道、エクゼクティブ・プロデューサーは長谷川安弘、プロデューサーは越智貞夫&米山紳、プランニングアドバイザーは林海象、撮影は岸本正広、照明は小中健二郎、美術は赤塚訓、録音は影山修、編集は黒岩義民、音楽プロデューサーは吉田勝一、SFXスーパーバイザーは浅田英一、特殊効果は鳴海聡、特殊メイク・造型は織田尚&江川悦子&ピエール須田&佐和一弘&島崎恭一、音楽は梅垣達志。
挿入歌「月の夜は」作詞:浅田有理、作曲:岩崎文紀。
出演は沢田研二、室田日出男、竹中直人、朝本千可、工藤正貴、上野めぐみ、佐野智郎、塚原靖章、山下大介、光石研、趙方豪、余貴美子 、 大谷亮介、猪瀬将人、林安理、辻伊万里、三谷侑末、山口フヂエ、清水菜穂子、重永清子、角田房子、佐藤敦子、田中妙子、吉村シン、加納みど、緑川美津恵、野口昌子、和田文江、永田雅進、伊藤元博、小暮匡、伊藤武、井上政範、荻野好弘、帆足健志、田中和生ら。
諸星大二郎の最初の連載漫画『妖怪ハンター』を基にした作品。
自主制作映画『鉄男 TETSUO』で注目を浴びた塚本晋也の商業映画デビュー作である。
稗田を沢田研二、渡辺を室田日出男、八部を竹中直人、茜を朝本千可、まさおを工藤正貴、令子を上野めぐみ、片桐を佐野智郎、青井を塚原靖章、河野を山下大介が演じている。
他に、冒頭の発掘シーンでは光石研と趙方豪、ヒルコがまさおに見せる幻覚シーンでは余貴美子が出演している。原作は1974年に週刊少年ジャンプで連載されたが、読者からは不人気だったために5回で打ち切られてしまった。その後、掲載誌を移し、タイトルも『稗田礼二郎のフィールド・ノートより』『稗田礼二郎シリーズ』『稗田のモノ語り』など何度か変えながら、続編が断続的に発表されている。
この映画は、『妖怪ハンター』の連載第1話『黒い探求者』と第2話『赤い唇』をベースにしている。
そもそも原作者の諸星大二郎は担当編集者が付けた『妖怪ハンター』というタイトルを気に入っておらず、だから後にタイトルを変更しているわけだが、その原作者が不満だったタイトルを使っているわけね。
それは置いておくとしても、『ヒルコ/妖怪ハンター』というタイトルは、ちょっと変だよな。
その表記だと、まるで「ヒルコ」と呼ばれる妖怪ハンターが登場するみたいに思えるけど、実際はヒルコって妖怪の側だからね。原作ファン、諸星大二郎ファンは、この映画を観賞しないことをお勧めする。
何しろ、原作とは似ても似つかぬ内容に仕上がっているのでね。
前述したように『黒い探求者』と『赤い唇』をベースにしているので、ちゃんと古墳は登場するし、ヒルコも登場する(原作の造形とは全く違うが)。まさおや令子も、原作に登場するキャラクターだ。
大まかな筋書きとしては、原作を踏まえている箇所も無いわけではない。
ただ、全体を包む雰囲気は全く異なっている。そもそも稗田のキャラクター造形からして、全く違う。
原作では長髪で黒いスーツに黒いネクタイという外見で、基本的にはクールだった男だが、この映画版では、のっけからニヤニヤした表情で発掘作業をしている。
バイトのオバサンたちが遠巻きから奇異の目で眺める中、光石研から使っている道具を褒められて「最高、最高」と嬉しそうに言っている。
「お前、誰だよ」と言いたくなるぐらい、原作の稗田とは全く別の人物になっている。安アパートへ戻った稗田はゴキブリに怯え、ヒイヒイと悲鳴を上げながらキンチョールを噴射する。
塚本町へ赴いた稗田は、クリーム色のスーツにクリーム色のヨレヨレ帽子という、2時間サスペンスに登場するフリーのルポライターみたいな恰好をしている。
そして彼は、『男はつらいよ』の寅さんみたいなトランクを持っている。
「妖怪センサーが初めて反応した」と無邪気に喜び、まさおが「絶対に古墳なんか無い」と怒りを示すと「絶対に太らないと言ってたウチの母なんか今じゃデブだし、絶対にハゲないと学生時代に言ってた奴は今じゃツルッツル」とTPOを考えないジョークを言う。死体を見つけた稗田は、ガクガクと震え出す。
電話が通じないと分かると、声を震わせて「ダ、ダメだった。と、とににかく学校を出て、警察に知らせよう」と言う。やたらとビビリまくる、かなりヘタレな男である。
ヒルコに追い詰められると、落ちていたダンボール箱に体がスッポリとハマッて動けなくなるというマヌケな姿もさらしている。
そこに限らず、ユーモラスなテイストを持ち込んでいるのも、原作とは大きく異なる点だ。
キンチョールでヒルコを撃退するとか、諸星大二郎ファンからすると有り得ない描写だろう。それと、どういう狙いなのかは良く分からないが、なぜか塚本監督は、この映画にノスタルジーを喚起するような映像や、青春ドラマ的なテイストも持ち込んでいる。
例えば序盤、令子が自転車で田舎道を疾走するシーン、まさおと仲間2人が田舎町を歩くシーン、そこにある「あの夏の懐かしい原風景」みたいなノリは何なのかと。
ホラー映画としては、あまりにも清々しくて、あまにも爽やかな映像なのである。
クラスメイト4人が惨殺されたのに、最後にまさおは稗田と笑って別れているし。「原作と切り離して捉えた場合にどうなのか」と問われると、そんなに評価は変わらない。低予算の映画であることは確かだが、それが言い訳にならないところでポンコツになっている。
例えば、まさおが背中の痛みに倒れた時は昼間なのに、教室で痣を見せる時は夕方になっている。
なぜ夕方まで学校に残っているのか、その理由は全く分からない。
また、稗田とまさおが河野の死体を見て逃げ出したのは夕方なのに、校舎へ戻る時には夜中になっている。
夕方の時点でまさおは「友人2人が教室に残っている」と言っていたのに、戻る決意を固めるまでに時間が掛かったのか。まさおの背中の人面疽はクラスメイトの顔になっていて、死んだら浮かび上がるというシステムになっている。
だが、それが仲間の顔であることが、しばらくは分からない。まさおが「クラスメイトたちの顔だ」と気付いた時期がいつなのか、それもボンヤリしているし。
それより問題なのが、その人面疽に大した意味が無いってことだ。
人面疽が浮かび上がるシステムが無くても、この話って何の支障も無く成立してしまうんだよな。
それは仲間の死を予言しているわけでもないから「今からあいつが死ぬ」というところでスリルを盛り上げるわけでもないし、人面疽が刻まれることでまさおが少しずつ衰弱していったり何かに憑依されたりするわけでもないし。意味が無いと言えば、茜が死んでおり、そのことで稗田が八部の家族から嫌われているという設定も、これまた何の意味も無い。
そのことで稗田が心に傷を抱えているとか、それが今回の出来事で解消されるとか、そういう内容になっているわけでもない。
終盤、60年前の事件について渡辺から聞かされた稗田とまさおが茜のことを話すシーンがあったりするが、「そのタイミングで、なぜ休息ポイントを用意しているのか」と言いたくなるし。
渡辺から情報を得たのだから、一気にクライマックスへ畳み掛けて行くべきでしょ。なんで星空を眺めて、ゆったりと時間を過ごしているのかと。妖怪の見せ方も、上手いとは言えない。
校舎で稗田たちが襲われる時には、妖怪視点の映像で「小さなサイズの何かが猛スピードで走り回っている」ということだけが分かるようになっている。
その時点では、まだ姿を見せていない。
しかし、まさおは「月島だった」と言い、稗田は写真で石室の紋様を見て「さっきの化け物だ」と言い出す。
だけど、こっちは妖怪の姿を見ていないので、「月島だった」とか「さっきの化け物だ」とか言われても、全く分からないんだよな。稗田とまさおが呪文を探しに行こうと決めた次のシーンで、池から上がって来るヒルコの姿が初めて登場する。
それは令子の顔に蜘蛛の脚部がくっ付いた妖怪であり(いわゆる人面蜘蛛)、確かに紋様と似た形だ。
でも、それを後から見せるのは、順番が違うんじゃないかと。
「妖怪の登場まで、なるべく引っ張りたい」ってことだったのかもしれないけど、蜘蛛の妖怪は先に見せておいて、後から変身した形状を見せるという展開にすれば、そんなに大きなマイナスにならないように思うし。それと、後から見せるにしても、せめて稗田たちの前に現れるシーンを観客への初御目見えにすべきでしょ。なんで誰もいない場所を移動する姿が、画面への初登場シーンなのかと。
そんなトコで見せられても、それを怖がる人間が誰もいないし、ヒルコも人間に襲い掛かるわけじゃなくて移動するだけだから、そんなに怖くないし。
その後、校舎に戻った稗田たちの前にヒルコが現れるシーンがあるけど、そこで初めて観客の前に姿を見せるという形で良かったんじゃないのか。
池から出て来るシーンを入れる意味は全く無い。まさおの扱いがかなり大きくなっており、ほとんど稗田と同列のような存在になっている。
主な舞台は古墳や町ではなく学校の中であり、そこで中学生の少年が化け物と遭遇して逃げ回ったり戦ったりする、というのが終盤までの大まかなプロットだ。
ようするに、本来はオカルトの要素が強くて「謎を解き明かす」という部分がメインになるはずなのに、実際は単なる『学校の怪談』になってしまっているわけだ。
稗田をその学校の先生という設定にしちゃえば、もう完全に『学校の怪談』だよな。原作は1話読み切りの短編なので、そのままだと長編映画1本分の分量には全く足りないから、『学校の怪談』をやって尺を埋めているということなんだろう。
2話分をベースにしているが、それでも長編映画としてのボリュームは無いからね。
っていうか、『赤い唇』の要素は、令子が赤い口紅を付けているという部分以外に全く使われていないし。
だから、序盤と終盤が『黒い探求者』で、映画の大半は『学校の怪談』って感じだ。ただ、これって主な観客の対象年齢をどこに置いて作られているのか、それが良く分からないんだよな。ジュブナイルっぽい雰囲気を強く感じるんだけど、残虐描写の多さからすると子供向きじゃないし。
「子供向きではないジュブナイル・ホラー」って感じなんだよな。
で、それってどういう観客層を念頭に置いて作っているのかと。
まさか最初から、「カルト映画が好きなマニアたち」という狭い対象を狙って作っていたわけでもあるまいに。
塚本監督のことだから、観客層のことなんて何も考えずに作っている可能性もあるけど。(観賞日:2013年9月15日)