『はやぶさ 遥かなる帰還』:2012、日本

2013年5月9日、鹿児島県・内之浦宇宙開発観測所。小惑星探査機“はやぶさ”を搭載したロケットの打ち上げが迫る中、NASAのダニエル・クラーク博士とカーティス・ウィルソン博士がやって来た。プロジェクトマネージャーの山口駿一郎は、2人を歓迎した。打ち上げの取材に来た朝日新聞社の女性記者・井上真理は、発射台に向けてカメラを構えた。大勢の見物客の中には、東出機械社長・東出博の姿があった。
無事にロケットは発射され、見物客から拍手が起きた。カメラから目を離した真理は、現場を去る見物客の中にいる東出に気付いた。観測所ではJAXA広報担当の丸川靖信が山口の隣に来て、「いよいよだね」と口にした。クラークは山口に声を掛けて打ち上げ成功を祝福し、NASAが最大限に協力することを約束した。NASAの10分の1の予算で行われているプロジェクトについて、クラークは「ボロをまとったマリリン・モンロー」と称した。
丸川は宇宙科学研究所で会見を開き、はやぶさが目指す小惑星1998SF36がイトカワと命名されたことを話す。その名前はロケット開発の父である糸川英夫先生から取ったものだ。はやぶさの目的は、小惑星から資料を採取して地球に戻って来るサンプルリターンである。NECエンジニアの平河から渡された資料に目を通した山口は、「制御条件が厳しいですねえ」と呟く。軌道を計算した山口は「こんなマージンの無い計算では運用できないなあ。一から全部やり直しましょう」と告げた。
はやぶさが地球とイトカワを往復するには、極めて燃費のいいエンジンが必要不可欠だその要求に応えたのが、軽量のキセノンガスを燃料にしたマイクロ波型イオンエンジンだ。4基の内、3基のエンジンが作動すれば運用することが出来る。しかしエンジンAの調子がずっと悪く、JAXAイオンエンジン担当の藤中仁志や学生当番の松本夏子、教授の米川たちは、不安げに見守っていた。連続運転が不可能なため、このままでは予定の軌道に入ることが出来ないのだ。NECエンジニアの森内安夫は藤中に呼び出され、宇宙研へ赴いて対応を協議する。しかし改善策は無く、残り3基でやり繰りしていくしかないというのが藤中と森内の出した答えだった。
ある日、1998年に打ち上げられた火星探査機“のぞみ”が火星到達目前で通信途絶となり、マスコミは「200億円パー」とJAXAを糾弾した。山口はJAXA幹部・大下治夫の元へ行き、のぞみの運用中止を撤回してほしいと必死に嘆願する。しかし大下は「もう決まったんです」と告げ、はやぶさ運用に専念するよう指示した。結局、のぞみは運用中止になった。一方、はやぶさは順調に飛行を続け、翌年には地球スイングバイに成功し、イトカワに向かって一気に加速した。
2005年9月12日。はやぶさはイトカワの上空20キロメートル、ゲートポジションに到着した。はやぶさから送られてきたイトカワの写真を目にした宇宙研の面々は、思わず拍手した。銀行から小さな町工場である東出機械に戻って来た東出は、はやぶさのイトカワ到達を報じる朝日新聞の記事を目にする。「井上真理」という執筆者の署名に気付いた彼は、彼女と連絡を取った。真理は東出の娘だが、母の葬儀からずっと会っていなかった。真理が離婚してシングルマザーになったことも、東出は知らなかった。金を借りようとする父に、真理は別れた夫が銀行を辞めたことを告げた。真理は宇宙研へ取材に出向き、助教授の浜井やカプセル担当の鎌田悦也たちから話を聞いた。
はやぶさのリアクションホイールにトラブルが発生し、3つの内の2つが壊れてしまう。イトカワの滞在期限が迫っており、3週間後には地球帰還のウインドウが閉じる。JAXA教授の岸本たちが対応を凝議する中、山口は平河に「何かいいアイデアありませんか」と問い掛ける。平河は残った1基と化学エンジンを利用してタッチダウンにチャレンジすることを提案するが、軌道を安定させるためにはきわめて複雑なプログラミングが必要だった。山口は、その複雑なプログラミングを平河に指示した。
化学エンジンを利用した姿勢制御は、功を奏した。3回の降下リハーサルが行われた後、2015年11月19日のタッチダウン当日を迎えた。山口が「タッチダウン、行きましょうか」と言い、コマンダーの仲倉が作業をスタートさせる。ターゲットマーカーは正常に着地したかに思えたが、そうではなかった。はやぶさは降下を続け、データ上ではイトカワの地面を潜り始めたのだ。これ以上は危険だと判断した山口は、緊急離脱を決断した。
岸本や米川は、はやぶさの着陸ミッションを切り上げて地球に帰還させるべきだと主張する。しかし山口はサンプルリターンの重要性を説き、「リスクから逃げたら、私は一生後悔します」と2度目のチャレンジを決定する。2005年11月26日、再びタッチダウンが行われた。今度は無事に弾丸が発射され、宇宙研の面々は歓喜した。そんな中でも冷静な態度を崩さなかった山口は泊まり込んでいるマスコミの元へ赴き、大下たちと共に会見を開いた。
化学エンジンの燃料漏れが発生し、しかもスピンを落とす方向に吹いていることが分かった。化学エンジンもリアクションホイールも満足に使えない状態では、姿勢制御が不可能になってしまう。山口は藤中を呼び出し、「イオンエンジンで姿勢制御は出来ないものかな。例えばキセノンガスを生のまま噴射して」と持ち掛ける。「姿勢制御にキセノンを使ったら、はやぶさは地球に帰還できなくなる」と藤中は反対するが、山口は「打ち上げの時、キセノンを多めに積んでいたよね」と言う。「森内も反対するはずです」と言う藤中に、山口は彼を呼び出させた。いざ計算してみると制御できる可能性が高く、藤中は前向きな態度を示す。新たなプログラムが組み込まれる中、反対意見を持つ森内は不愉快そうに立ち去った。
山口は会見を開き、故障の修復に時間を要したため、はやぶさの地球帰還が予定より3年延びたことを語る。さらに彼は、弾丸発射の命令は出たが実際には発射されておらず、サンプルが採取されなかったことも明かした。記者たちから追及された山口は、まだサンプル採取を諦めていないことを口にした。だが、さらなる危機が訪れた。はやぶさの通信が途絶したのだ。長野・臼田宇宙空間観測所では仲倉の連絡を受け、NECエンジニアの三雲がスイープを開始した。
宇宙研ではあらゆる周波数で交信を試みるが、はやぶさからの応答が無いまま日々が過ぎて行った。やがてNASAからは、「これ以上のアンテナの優先使用について見直したい」という申し出が届く。文部科学省の担当課長と面会した丸川は、予算を付けて欲しいと陳情する。課長は「財務省がうるさいんだよ」と難色を示すが、丸川は必死に頼み込む。東出の工場を訪れた鎌田は「はやぶさは見つかりそうか」と訊かれ、「これまで行方不明になった探査機が見つかったことは一度も無いんです」と告げた。
飛不動尊を訪れた東出は、祈っている山口に気付いた。東出は山口に声を掛け、ターゲットマーカーやカプセルの製作を手伝ったことを話す。はやぶさについて「今頃、どこをほっつき歩いているんだか」と山口が漏らすと、東出は「先生。はやぶさは帰って来るよ。必ず帰って来る」と告げた。山口はフロリダのケネディ宇宙センターへ出向き、アンテナの優先使用を認めてもらうよう説得する。はやぶさを諦めるよう促された彼は強気な態度で交渉し、「はやぶさは必ず戻って来ます」と断言した…。

監督は瀧本智行、原作は山根一眞『小惑星探査機 はやぶさの大冒険』(マガジンハウス刊)、脚本は西岡琢也、製作は岡田裕介&加藤進&早河洋、企画は坂上順&大澤善雄、共同製作は木下直哉&高橋浩&福原英行&依田翼&豊島雅郎&山本晋也&岩本孝一&町田智子&冨木田道臣&和崎信哉&樋泉実&笹栗哲朗、プロジェクトマネージャーは渡辺謙、エグゼクティブプロデューサーは平城隆司&依田巽、Coエグゼクティブプロデューサーは村松秀信&桑田潔、企画協力は川村龍夫、プロデューサーは菊池淳夫&長坂勉&高野渉、撮影監督は阪本善尚、美術監督は若松孝市、VFXスーパーバイザーは野口光一、キャスティングプロデューサーは福岡康裕、ラインプロデューサーは木次谷良助、照明は大久保武志、録音は高野泰雄、チーフデザイナーは小林久之、編集は高橋信之、音楽は辻井伸行、音楽監督・編曲は山下康介。
出演は渡辺謙、江口洋介、夏川結衣、小澤征悦、山崎努、藤竜也、石橋蓮司、吉岡秀隆、中村ゆり、嶋田久作、近藤芳正、ピエール瀧、長嶋一茂、菅原大吉、田中要次、矢島健一、蟹江一平、笠兼三、モロ師岡、野口貴史、重松収、織本順吉、永倉大輔、宮本大誠、小松靖、安藤彰則、石川樹、村田勘、橋本一郎、宮下裕治、増田修一朗、大和田悠太、寺井文孝、生島勇輝、岡田謙、岡雅史、北島美香、常見晃平、加藤桃子、是平貴嗣、にわつとむ、鴻明、鈴木洋之、竹中里美、シーナ茜、高城ツヨシ、竹内和彦、毎熊克也、佐藤邦洋、下川俊司、宮川浩明、鈴木浩司、鈴木良崇、樋口豪、新津奈々、石川雄亮、山口大助、石井祐司、山丸親也、池田静雄、保谷和明、岩田千代巳、小枝功一、古田貴士、丸尾匠、安室朝雄、山田雄一郎、大塚史貴、島村幸恵ら。


小惑星探査機“はやぶさ”のプロジェクトを題材にした東映60周年記念作品。20世紀フォックス、東映、松竹が競作した“はやぶさ”映画の第2弾。
山口を演じた渡辺謙がプロジェクトマネージャーも務め、宣伝活動にも精力的に動き回った。
他に、藤中を江口洋介、真理を夏川結衣、鎌田を小澤征悦、東出を山崎努、丸川を藤竜也、大下を石橋蓮司、森内を吉岡秀隆、夏子を中村ゆり、岸本を嶋田久作、米川を近藤芳正、平河をピエール瀧、三雲を長嶋一茂が演じている。
監督は『スープ・オペラ』『星守る犬』の瀧本智行、脚本は『沈まぬ太陽』『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』の西岡琢也。

私は3社の中で最初に公開された『はやぶさ/HAYABUSA』の批評で、公開の時期が遅いということを書いた。
はやぶさが回収されたのが2010年の6月で、『はやぶさ/HAYABUSA』の封切は2011年10月。回収から1年以上が過ぎてしまうと、はやぶさのブームなんて過ぎ去っている。「鉄は熱い内に打て」という言葉があるが、こういうのは熱が冷めやらぬうちに世に出さないとダメなのだ。
そうじゃないなら、逆に何年も、何十年も経ってから、プロジェクトを取り上げた作品を作る方がいい。そうすれば、もはやブームなんて無関係だから。
で、『はやぶさ/HAYABUSA』でさえ「遅い」と感じたのに、それより後の公開なんだから、とっくに“はやぶさ”のブームなんて終わっているのよね。

私は“はやぶさ”映画の最後に本作品を観賞したのだが、3作全てに共通して言えるのは、とにかく説明が足りていないってことだ。
“はやぶさ”プロジェクトに関しても、その中で使われる専門用語に関しても、特殊な作業や道具に関しても、まるで説明が足りていない。
どの映画でも、最初から説明を完全に排除しているわけではない。製作サイドとしても、それなりに分かりやすく説明しよう、噛み砕いて伝えようとしている意識は感じられる。
だけど、それでも足りないんだよな。

説明が足りないってのは、ある意味、仕方が無いことではある。
まず、“はやぶさ”プロジェクトってのは、かなり長期に渡る計画であり、それを最初から最後まで描こうとすると、どうしても中身をギュッと詰め込まざるを得なくなる。2部作や3部作ならともかく、1本の長編映画として作る以上、4時間も5時間も使うわけにはいかないし、その中で段取りを消化していくことを考えると、どうしても全ての事柄について詳しく説明している余裕は無くなってしまう。
もう1つの問題として、宇宙に関することだから、とにかく専門的な用語が大量に出て来るってことだ。
その数が少なければ1つに対して費やす説明を多くしてもいいだろうが、次から次に専門用語が出て来るので、いちいち詳しく説明していたら、まるで話が先に進まない。
それに「ドラマを見る」というよりも、「お勉強をしている」という気持ちになってしまう可能性もある。
「劇映画としての面白さ」と「分かりやすさ」を天秤に掛けた時に、“はやぶさ”映画の場合、そのバランスの取り方が難しいのだ。

だけど、そんなことは作る前から分かり切っているわけで、それを承知で映画化した以上、言い訳は出来ない。
「そんなワケだから観客は甘受すべき」ということにはならない。
で、個人的に解決方法を少し考えてみたんだが、まずは「描写する期間や内容を絞り込む」ってことだ。
そうすることで、出て来る専門用語や装置も減らすことが出来る。
本作品では“はやぶさ”の打ち上げから描いているので、期間の絞り込みに対する意識はあったようだが、膨大な専門用語に関しては「もう少し減らせたのでは」と思う。

もう1つ、「割り切ってドキュメンタリー的に作る」という方法もあったのかなと思ったりする。
つまり、劇中で行われている作業や使われている装置、発生している現象については、全てナレーションによって説明する。
そうやって教養ドキュメンタリー的な部分を用意して、それと俳優が演じる再現ドラマ的な箇所を組み合わせるという構成にしてしまうってことだ。
ただ、「それは劇場映画ではなく、テレビのスペシャル番組でやればいいんじゃないか」と問われたら、全く反論できないんだけど(ダメじゃねえか)。

プロジェクトに携わっている人間は専門家なので、専門用語や作業の内容に関しては、みんな分かっている。だから、いちいち説明を必要とはしていない。それなのに「これはこういう意味で」と説明するのは不自然だ。
そこで、専門的な知識が無い人間を投入して、「そいつにプロフェッショナルな人間が詳しく説明する」とか、「そいつが自分で調べる」とか、そういう体裁を取って、観客に分かりやすく説明するってのが、この手の作品では良く用いられる手法だ。
この映画の場合、プロジェクトを取材する女性記者の真理を登場させて、彼女のナレーションによってプロジェクトの内容や使われる装置などの説明をしている。
ただ、他の2作と比較すると、この映画は説明が少ないんだよな。そもそも投入されている情報量も少ないし。情報量を少なくして、それが「専門用語の使用を減らして分かりやすくする」というところに繋がっているならともかく、そうではないし。
むしろ分かりにくさという意味では、3作の中で、この映画が一番ではないか。

情報量や説明の少なさによるマイナスは大きくて、例えば、はやぶさがどれだけ重要なミッションを担っているのか、のぞみの運用中止がどういう意味を持つのか、山口たちにとってどれだけショックの大きな出来事なのか、そういうことが全く伝わって来ない。のぞみの失敗を受けて、「のぞみの分も」というのもプロジェクト・メンバー、少なくとも山口の士気には繋がっているはずなんだけどね。
他にも、例えばリアクションホイールの3つの内の2つが壊れてしまうという展開があるが、それで何が問題なのかは良く分からない。
一応、セリフでは「ハイゲインアンテナを厳密に地球に首肯できなくなる」「データ転送に支障が出ますねえ」という説明はあるけど、それは知識の無い人間からすると、何の説明にもなっていないんだよね。その台詞の中にある用語が理解できないんだから。
「ハイゲインアンテナを厳密に地球に首肯できなくなる」と書いたけど、このセリフも何の知識も無い人間が聞いたら、「はいげいんあんてな」とか「しゅこう」という部分は、なんと言っているのか聞き取れない可能性だってあるし。

これは3作全てに言えることなんだが、どうして「プロジェクトに懸ける情熱、プロジェクト遂行における苦難」といった事柄だけでドラマを作ろうとしないんだろう。
前述したように、そこだけでも描くべきモノはたくさんあって、1本の長編映画としてまとめるには充分すぎるほどのボリュームと思うんだけどね。
それなのに、何か他の要素を盛り込んで、そこで人間ドラマを構築したがるんだよな。この映画の場合、真理と東出の親子愛のドラマが盛り込まれている。
だけどハッキリ言って、そんなの邪魔だよ。せめて、それが実際にプロジェクトに携わったメンバーの経験した事実であればともかく、そうじゃないんだし。
山口が帰郷して意識不明の父親と会うとか、そんなのも要らない。

淡々とした進行に説明不足が重なったことで、達成感とか爽快感ってのを全く味わうことが出来ないんだよな。
例えば地球スイングバイに成功したことなんかは、真理のナレーションで簡単に片付けられている。
タッチダウンや通信途絶などは、さすがにナレーションだけで処理することは無いけど、テンションはそんなに高まらない。
あえてドラマティックに飾り付けず、硬派で重厚な作りを目指したのかもしれないが、だとしても、あまりにも淡々としている。
この映画って、やっぱり「感動させてナンボ」だと思うのよね。

はやぶさが帰還する終盤のシーンは、本作品の中では、最も感動的に盛り上げようとしていることが感じられる箇所だ。
ところが、そこは見せ方を間違えているので、逆に気持ちが冷めてしまうのだ。
何が間違えているかというと、オーストラリアのウーメラへ赴いた真理が、はやぶさが戻って来たのを見て感涙し、泣きながら東出に電話を掛けて「帰って来てくれたんだよ、はやぶさ」と伝えるという描写をしていることだ。

それはさ、「どの立場の人間を泣かせているのか」と言いたくなるんだよね。
そこはプロジェクトに携わった人間の反応を見せるべき箇所でしょ(メンバーの様子も写るんだけど、真理と東出の存在アピールの方が強い)。
真理の隣にプロジェクトに携わったメンバーがいて、その人が感動しているのを見て貰い泣きするとか、そういう涙なら分かるんだけどさ。
取材記者の感動を中心に据えるというのは、そりゃ違うんじゃないかと。

(観賞日:2013年8月18日)

 

*ポンコツ映画愛護協会