『走れ!イチロー』:2001、日本

2001年1月、石川市郎は関西国際空港に向かって必死に走っていた。遡って2000年4月、大手ゼネコンの馬野建設は深刻な経営不振に陥り、大規模な人員削減を発表した。営業本部長として勤務していた市郎も、リストラに遭った一人だった。石川が帰宅すると、妻の鈴子は不在だった。娘のこよみによれば、鈴子は神戸へ行ったが、目的は聞かされていないという。こよみは石川に、早川という男から送られてきた鈴子宛てのメールを見せた。それは「明日、グリーンスタジアムで会えるの、楽しみにしてします」という内容で、こよみは「浮気だよ」と口にした。
次の日、石川はこよみを連れて神戸へ赴き、鈴子を捜すためにグリーンスタジアムへ足を向けた。試合前にグラウンドへ乱入して警備員に追い払われた男が、石川に気付いて声を掛けて来た。その男は靴職人の伊岡丈治で、石川とは震災から5年ぶりの再会だった。丈治は「バイク便の洋子が高架下で店やってる」と言い、石川を強引に球場から連れ出した。2人がカフェへ行くと、店員はオーナーの松島洋子が隣のバイクショップにいることを教えた。
丈治は石川に、「洋子は震災の時に知り合ったバイクショップのオーナーから店を任されたんだ」と説明した。バイクショップへ移動した石川は、洋子と再会した。石川は震災の時に現場の応援で3ヶ月だけ神戸にいたことがあり、そこでボランティア活動をしていた丈治や洋子と知り合ったのだ。一方、球場に残されたこよみは売り子のバイトをしている望月竜介に母の写真を見せ、スタンドのどこかにいるはずなので見つけたら教えてほしいと頼んだ。
鈴子はスタンドではなく、球場内のレストランにいた。彼女は早川と食事をしながら、「とりあえず新人戦までの3ヶ月間」と告げた。鈴子は学生時代にソフトボール部でキャッチャーを務めており、その頃のコーチが早川だった。現在、早川は東須磨高校でソフトボール部の監督を務めており、鈴子に臨時コーチを依頼したのだ。「その後も、ずっとコーチしてもらえないだろうか」と早川が持ち掛けると、鈴子は「それは無理だと思う」と述べた。
テレビ中継のゲストには、オリックスのファンである小説家の奥手川伊知郎が呼ばれていた。球場の大画面に写し出された奥手川の姿を見たキャバクラ嬢の寺田睦美は、「嘘でしょ、あの人じゃない」と驚いた。望月は元クラスメイトの吉村真理子に声を掛けられ、好意を寄せていたことを指摘される。動揺を隠そうとした望月だが、真理子は余裕の態度で「今日さ、劇場に一人で泊まるんだ。裏口の鍵を開けておくから」と誘惑した。彼女は大衆演劇の小屋主の娘だった。
睦美は奥手川に掴み掛かって「本当に奥手川伊知郎なの?」と喚き散らし、警備員に取り押さえられた。市郎はこよみのことを思い出して電話を掛け、カフェまで来るよう指示した。鈴子は学生時代にバッテリーを組んでいた王美麗がオーナーを務めるレストランを訪れた。美麗は早川と夫婦だったが、何年も前から別居していることを鈴子に明かした。市郎とこよみは丈治の暮らす震災復興住宅へ行き、泊めてもらう。望月が劇場へ行くと、真理子が部屋に連れ込んだ。その様子を、真理子に惚れている女形の橘恵太郎が見ていた。
翌日、鈴子は東須磨高校を訪れ、ソフトボール部員に挨拶した。望月と真理子は、稽古が行われている劇場の客席で会話を交わした。望月は浪人中で、真理子は来週から慶應大学へ行くことになっていた。望月はバイク好きだが、合格するまではバイクを預けるつもりだと話す。真理子は望月に、「上京する前に、バイクに乗せてよ」とお願いした。その様子を目にした恵太郎は、嫉妬心でイライラした。こよみは鈴子からの電話を受け、東須磨高校でソフトボールをやっていることを聞かされた。
奥手川が宿泊しているホテルに、睦美が訪ねて来た。彼女は、店に来た奥手川のニセモノを本物だと思い込んでいたことを話す。ニセモノは他のキャバクラ嬢たちにも手を付けた上、飲み代を踏み倒して行方をくらましていた。こよみを連れて東須磨高校を訪れた市郎は、鈴子が生き生きとした様子でコーチしている姿を目にした。こよみは、その練習を物憂げに見ている島田亜梨紗という少女に気付いた。
その夜、石川一家と早川夫妻はレストランで会食した。鈴子は早川夫妻に、石川が野球をやっていたこと、名門大学から野球で馬野建設にスカウトされたことを話す。しかし馬野建設野球部は経営不振の煽りを受け、6年前に廃部になっていた。美麗は市郎に、一家揃って神戸へ来てはどうかと持ち掛けた。市郎が靴店へ行くと、丈治はイチローのスパイクを見せた。それはイチローが盗塁王を獲得した年に使っていた物で、球場から盗んだ男が古道具屋へ持ち込み、丈治の手元に回って来たのだ。
丈治は市郎に、盗まれたスパイクが戻ればイチローが再び盗塁王になれると信じていることを話す。そして彼は古くなった現物の代わりに全く同じ新品を作り、イチローに届けようと考えていた。奥手川は睦美が働くキャバクラへ行き、彼女を口説いた。市郎がカフェへ行くと、洋子が「お宅の少女、恋に目覚めたみたいよ」と告げた。バイクショップの方に市郎が目をやると、こよみはバイクを整備する望月の手伝いをしていた。
次の日、奥手川は売れない芸術家である睦美が作業をしている場所へ赴いた。睦美は奥手川が映画を撮った経験を持つことも、主演女優と不倫関係に陥って夫婦関係が悪化したことも知っていた。望月は真理子からのメールで、ツーリングをキャンセルされた。こよみは望月に「付き合ってあげてもいいよ」と持ち掛け、明石大橋までバイクで連れて行ってもらう。かつて市郎が明石大橋の仕事を担当していたことがあり、その時に彼女は一度来たことがあった。
東須磨高校へ赴いた鈴子は、早川が島田亜梨紗という生徒にピッチングを教えている様子を目にした。その球威に驚いた鈴子は、早川に亜梨紗のことを質問した。亜梨紗は5年前まで中等部のエースだったが、震災で相棒だったキャッチャーを亡くして以来、試合に出たくないということで休部扱いになっていた。鈴子は「私に任せてくれませんか」と早川に告げた。奥手川は睦美を船上レストランへ連れ出し、そこでも彼女を積極的に口説いた。
鈴子は亜梨紗に「ベンチに入るだけでもいいから」と持ち掛けるが、断られてしまった。早川は鈴子に、あまり焦らず時間を掛けるよう諭した。「もっと時間があれば、必ずもう一度、あの子をピッチャープレートの上に立たせることが出来るのに」と考えた鈴子は、新人戦の後もコーチを続ける意向を市郎に伝えた。神戸に引っ越し、こよみを転校させるつもりだと話す彼女に、市郎は「随分と勝手だな」と不快感を示す。鈴子は「私が勝手だって言うのなら、貴方はどうなのよ」と反発し、リストラされるまでは家庭を顧みなかった市郎を批判した。市郎は彼女に平手打ちを浴びせ、その場を去った。
奥手川がホテルに戻ると、不倫相手の女優である藤木美香がラウンジで待っていた。奥手川は美香に、何度も「妻とは別れる」と言っていた。美香から「いつまで待たせるの?」と迫られた奥手川は、「言ってるだろ、離婚手続きにはすごく時間が掛かるんだ」と適当な嘘で誤魔化した。美香は奥手川との不倫が原因で週刊誌から激しいバッシングを浴びており、早く結婚したいと訴えた。すると奥手川は「女優としての君を傷付けたくない」と調子のいいことを言い、別れを切り出した。
望月がバイクショップへ戻ると真理子が現れ、劇場まで来るよう要求した。身勝手な言い分に望月が腹を立てると、真理子は「来ないと、私たち2人にとって大変なことになるよ」と告げる。望月が劇場へ行くと、恵太郎が「彼女の部屋に忍び込んでいたことを座長に報告して、不法侵入で訴えてもらう」と脅した。真理子はイチローの大ファンである座長を見つけて呼び止め、「望月がイチローに公演のチケットを渡して、明後日に来てくれる」と告げた。それを受けて、恵太郎は明後日まで猶予を与えることを約束した。
望月が「イチローに渡せるわけないだろ」と漏らすと、真理子は「せっかく望月のために段取りしてやったのに、逃げる気?明日、一日で何とかしなよ」と告げた。カフェを訪れた市郎は、洋子から新聞記事を見せられた。そこには、馬野建設神戸支店をリストラされた佐藤潤が仲間6人とミャンマーで新会社を設立することが書かれていた。佐藤は馬野建設野球部で市郎の後輩だった男だ。「再出発できる奴はいいなあ」と市郎が口にすると、洋子は「再出発できひん人なんて、いいひんのと違う?」と告げた。
次の日、奥手川は睦美と会い、「ニセモノと違って、本当に女優と別れた。妻との離婚協議も、あと少しで終わる。君と結婚したい。君が必要なんだ」と言う。すると睦美は、生理が遅れていることを打ち明けた。驚いた奥手川だが、「たとえニセモノの子を身籠っていたとしても、どこかで僕と繋がってると思うんだ。だから結婚して、2人で子供を育てよう」と話す。睦美は感激し、彼に抱き付いた。
望月は仰木監督が良く来る料理店の情報を洋子から教えてもらい、その場所を訪れた。店の社長に話を聞くと、監督は3連戦があると必ず1日は店に来るらしい。望月は社長に、監督からイチローにチケットを渡すよう頼んでもらえないかと相談する。社長は承知するが、公演が明日だと知って「それはダメだ」と言う。仰木監督は昨日、店を訪れたのだという。しかし社長は、息子の恋人である中島ミホが、イチローのトレーナーの妹であることを教えてくれた。
望月は社長の息子と会うが、彼はミホと喧嘩して連絡も取らなくなっていた。しかし彼は望月に、ミホがレアなヌイグルミを欲しがっており、それを渡せば何でも言うことを聞いてくれるだろうと告げた。望月は真理子に手伝ってもらい、そのヌイグルミを手に入れた。鈴子は早川から、亜梨紗が明日の試合に出ると決めたことを知らされた。亜梨紗は鈴子に、彼女の言葉で気持ちが変化したことを話す。こよみを見た亜梨紗は、死んだ相棒の千鶴にそっくりなので驚いた。
市郎は馬野建設神戸支店を訪れ、佐藤と会った。佐藤は市郎に、「一緒にミャンマーへ行きませんか」と持ち掛けた。技術畑の人間ばかりなので、困っていたのだという。市郎は佐藤に連れられ、スポーツバーに繰り出した。そこに奥手川が現れると、佐藤は市郎に紹介する。佐藤と奥手川は、バーで仲良くなったのだという。望月は真理子はグリーンスタジアムへ行き、ミホと会う。ミホは申し訳なさそうに、兄から頼みを断られたことを明かす。その代わりとして彼女は、手に入れた2着のスタッフジャンパーを差し出した。「これを着れば、ロッカールームの前まで行ける」と聞き、望月と真理子はスタッフに化けてイチローを見つけ出そうと試みる…。

監督は大森一樹、原作は村上龍「走れ!タカハシ」(講談社刊)、脚本は丸山昇一&大森一樹、製作は佐藤雅夫&黒澤満、企画は遠藤茂行、プロデューサーは山本勉&久保田雅美、企画補は出目宏、撮影は柳島克己、照明は小野晃、美術は山崎秀満、録音は林鑛一、編集は池田美千子、音楽は山下康介、音楽プロデューサーは津島玄一。
主題歌『Stay with me』作詞・作曲:RK、編曲:土方隆行、歌:河村隆一。
挿入歌『僕は大きくなったり小さくなったり』作詞:大久保理&川野淳一郎、作曲:川野淳一郎、歌:ふれあい。
出演は中村雅俊、松田龍平、石原良純、浅野ゆう子、木村佳乃、加藤武、笹岡莉紗、南野陽子、山本太郎、寺脇康文、浅田美代子、川口和久、大谷みつほ、水川あさみ、柴咲コウ、姫京之助、奥山佳恵、仁科貴、安井雅己、藤村徹、岡田裕生、吉田貴志、谷口広明、古木一茂、中島多恵、佐伯直美、大西あゆみ、安宅美紀、姫錦之助、須佐真以子、掛田誠、井川修司、ふれあい(大久保理、川野淳一郎)、岡田良樹、花木聡、大西英治、D.J.KIMURAら。


村上龍の小説『走れ!タカハシ』をベースにした作品。
原作の「タカハシ」は広島カープで活躍した高橋慶彦のことだが、この映画ではオリックス・ブルーウェーブ(当時)からシアトル・マリナーズに移籍したイチロー選手に置き換えられている。
脚本は『マークスの山』『傷だらけの天使』の丸山昇一、監督は『ジューンブライド 6月19日の花嫁』『ナトゥ 踊る!ニンジャ伝説』の大森一樹。
市郎を中村雅俊、望月を松田龍平、奥手川を石原良純、鈴子を浅野ゆう子、睦美を木村佳乃、丈治を加藤武、こよみを笹岡莉紗、洋子を南野陽子、恵太郎を山本太郎、奥手川のニセモノを寺脇康文、美麗を浅田美代子、早川を川口和久、真理子を大谷みつほ、亜梨紗を水川あさみ、ミホを柴咲コウ、座長を姫京之助、美香を奥山佳恵、佐藤を仁科貴が演じている。

なぜか鈴子は夫や娘に目的を告げず、神戸へ旅立ってしまう。後から電話連絡することだって留守電にメッセージを残すことだって出来るだろうに、それもやらない。
一方の市郎も、なぜか鈴子と連絡を取って事情を尋ねようとはせず、いきなり神戸へ出掛けて彼女を捜そうとする。
市郎もこよみも携帯電話を持っているのに、鈴子は持っていないってことなのか。だとすると、かなり不自然だけど。
あと、市郎はこよみを一人で球場に残すという非常識な行動も取っている。

望月は球場の売り子なのに、ものすごく暗いし、声も小さい。
早川は高校のソフトボール部の臨時コーチとして、わざわざ東京から鈴子を呼び寄せる。
相手が結婚して娘もいると知っているのに、単身赴任でコーチを続けないかと持ち掛ける。プロや実業団ならともかく、高校のソフトボール部のコーチとしてだ。
いや、別にアマチュアや高校スポーツをバカにするつもりはないんだけどさ、そこまで彼女が強く入れ込むだけの情熱がどこから湧いて出たのか、それが映画を見ていても全く伝わらないんだよなあ。

奥手川が睦美に対して遊びじゃなくて本気になり、執着する心情も、サッパリ分からない。
どっかに遊びだったのが本気になる」というきっかけが用意されていたかなあ。ワシは全く気付かなかったけど、見落としたのかなあ。
出て来る連中が、揃いも揃って嘘っぽいし、揃いも揃って薄っぺらいので、「サルでも分かるようなシナリオに従って、決められた段取り通りに動いています」という感じになってしまっているんだよな。
その行動に伴うべき心情表現が、まるで付いて来ていない。

鈴子は「時間を掛けて亜梨紗を説得し、試合に復帰させる」という目的のためだけに、神戸へ引っ越そうと決意する。
しかも自分だけが単身赴任するのではなく、娘の許可も取らずに連れて来て転校させようとまで考えているんだが、メチャクチャな女だ。
そこまでの強烈なモチベーションがどこから湧いて来たのか、サッパリ分からん。まだ亜梨紗とは出会ったばかりで、ほとんど喋ったことも無い関係なのに。
例えば「過去に似たような経験があって、その時は相手の力になれなかったので今度こそはと考えた」とか、「自分も亜梨紗と同じ体験があるので他人事に思えない」とか、そういう事情でもあるならともかく、何も無いのに。

亜梨紗は「試合に出たくないし、ベンチにも入りたくない」ということで休部扱いになっているのに、練習場へ来て早川にピッチング練習を見てもらっているのは不可解。自ら練習に来ているぐらいなら、もはや「試合に出たい」と言っているようなモンだろ。
で、鈴子から「ベンチに入るだけでもいいから」と持ち掛けられた時には拒絶した亜梨紗だが、次に登場すると、「明日の試合に出る」と決めている。
彼女曰く、「こないだのコーチのお話、良く分かりました。みんなで勝つことで、新しい思い出を作ります」ということらしいが、なんか「あっさりと気持ちが変わった」という印象を受けるんだよな。
ようするに、ドラマとして浅くなっているってことだ。

あと、亜梨紗が「試合に出る」と決めたことで、もはや鈴子が神戸へ残る理由は無くなっちゃんだよな。
彼女は「もっと時間があれば彼女を説得して試合に出させることも出来るのに」という思いから、神戸へ引っ越してコーチ業を続けようと決意したわけだから。
ところが、もう亜梨紗が試合に出場すると決めたのに、そして実際に試合に出たのに、鈴子は「娘を連れて神戸へ引っ越す」と決めている。
だからさ、そのモチベーションって、どこから出て来てんだよ。それが全く伝わって来ないのよ。

イチローの絡ませ方は、ものすごく不格好だ。
レストランで食事中、美麗は鈴子に向かって唐突に「イチローが初めて首位打者を獲った年のこと、覚えてる?」と尋ねる。すると早川が「あと5試合を残して3割8分9厘3毛。バースの日本記録3割8分8厘を超えたんだ。残り試合に出場しなければ、そのまま日本記録。みんなそうしてるし、仰木監督も出ないでいいって言ったのに、イチローは残り5試合全部出て、3割8分5厘で終わったんだ」と、ウンチクを長々と語る。
すんげえ不自然だろ、その会話。
で、そんな会話があった後に市郎が「記録より、自分のダイヤモンドを選んだ」と言うのだが、そのシーンで感じるのは、「うるせえよ」ってことだ。
他には、スポーツバーで奥手川が「イチローは4番より1番がいいって、ずっと言ってたよなあ。大人なんだなあ」と呟き、それを聞いた市郎が「そうなんだ。誰もが4番を打つことは無いんだ」と気付くシーンもあったりする。
そうやって「イチローの影響を受けて登場人物が変化する」というのを描きたいのは分かるけど、ものすごく遠いだろ、関係性が。

丈治が靴店で市郎にスパイクを履かせて、イチローの本物だよ。正確に言えば、95年に盗塁王を獲った時にイチローが履いていたスパイクだよ」と話し、スパイクが店に事情や新品を作って届けようとしていることを語るシーンも、やはりギクシャク感が強い。
何しろタイトルに「イチロー」と付いているので、イチローを物語に絡ませないといけないことは分かる。
だけど、その絡ませ方に無理があり過ぎるよ。
正直に言って、むしろイチローという要素をバッサリと削ってしまった方が、締まりが良くなるんじゃないかとさえ思ってしまう。

劇中、イチローが他の登場人物と絡むことは一切無いし、セリフも無い。そもそも、この映画のために撮影された映像自体が存在しない。
彼がバッティング・ケージで練習している様子とか、空港からアメリカへ旅立つ様子とか、そういった映像は、別で撮影されたものであり、そういうのを挿入することで「登場人物がイチローを目撃したり、言葉を掛けたりしている」という形に見せているのだ。
だが、明らかに映像の質が異なっているので、「イチローが物語の中に馴染んでいる」という印象は皆無。
むしろ、明らかに浮いている。

映画の最後に「これはイチローと呼ばれた4人の男の物語。」という文字が表示され、奥手川伊知郎、望月竜介(浪人生なので「一浪」)、石川市郎、イチローの現在についての短い情報も記される。
だけど、実際は「イチローと呼ばれた4人の男の物語」じゃないんだよね。
鈴子、早川と美麗、こよみと亜梨紗といった面々のエピソードもあるので、その4人に絞り込んでいるわけではない。
前述したような締め括り方にするのなら、もっと「4人のイチロー」に焦点を絞らないとダメでしょ。

この映画には、阪神淡路大震災を忘れないでほしいという願いや、復興に対する思いが込められている。
まさに「がんばろう神戸」ってことだね。
ただ、その思いが強すぎたせいで、不格好な映画になっているという印象を受ける。
例えば、丈治の「震災以来だから、5年ぶりか」「こっちは市郎が帰った後もテント暮らし。でも、あれは楽しかったな」とか、洋子の「何しに来たんやろ。震災の時は応援でやったけど」とか、やたらと「神戸では震災がありました」というアピールが強いんだよね。

おまけに、「当時の様子」ということで、現場の応援に来た市郎とボランティア活動をしている丈治&洋子が写し出されている静止画や、亜梨紗が千鶴の死を思い出す時の静止画などが挿入されたりする。そういう演出が、ものすごく不格好に思えるのだ。
もちろん、前述した思いの込められた映画であり、メッセージを訴えたいという気持ちがあったことは理解できる。
ただ、もうちょっと婉曲的だったり遠慮がちだったりする形で表現した方が、観客の心にメッセージが沁み込んだんじゃないかなあと。
申し訳ないんだけど、声高に訴え掛けているものの、表面的で薄っぺらいモノに感じられてしまうのだ。

「再生」とか「再出発」とか、そういったことをテーマにしたいのは分かるのよ。
ただ、それを上手く表現できているとは到底思えない。
その極め付けは、試合に出ることが怖くなった亜梨紗が「私一人だけじソフト続けることなんて出来ない。ずっと一緒にやろうって千鶴と約束したのに」と漏らした時、こよみが口にする言葉だ。
ハッキリ言って、「お前が何を偉そうに言ってんだよ」と言いたくなる。

そのシーン、こよみは荒っぽい口調で、「甘ったれるんじゃないよ。いつまで震災のこと言ってるんだ。アンタだけじゃないよ。みんな何かを失って、その悲しみ抱いて生きてるんじゃない。これから失恋もするし、愛する人が死ぬことだってある。失うことは、まだまだあるんだよ。アンタは千鶴ちゃん背負ってるつもりかもしれないけど、反対だよ。千鶴ちゃんが可哀想じゃない。いつまでもアンタを背負わされて」と言い放つのだ。
そこには、まず「いかにも作られた台詞」という感じで、こよみの中から自然に発生した言葉には全く思えないという問題もある。
そして、「そこまで偉そうに説教するなら、お前は何を失ったんだよ」と言いたくなる。
せいぜい一目惚れした望月に彼女がいると知ってショックを受けた程度だ。その程度の奴に、「甘ったれるんじゃないよ」と説教されても、心に響かないぞ。
震災に遭った人の辛さや悲しみを、こよみが心の深いトコでちゃんと受け止めているとは思えないし。

(観賞日:2014年5月6日)

 

*ポンコツ映画愛護協会