『ハリマオ』:1989、日本

1931年(昭和6年)、満州事変が起きた。マレー半島北東部にある漁港のクアラトレンガヌで、谷豊は床屋を営む父の玉吉、母のウラと共に暮らしていた。豊は親友のアリアリと共に市場へ出掛け、いつものように石鹸を買おうとする。しかし店主は侵略者の日本人だと罵り、アリアリが「豊はこの国で生まれた俺の幼友達だ。マレー人と同じだ」と言っても耳を貸さなかった。店主に突き飛ばされた豊は激高して殴り掛かろうとするが、周囲の人々に制止された。
話を聞いた玉吉が日本刀を持って殴り込もうとすると、豊は慌てて引き留めた。父から武術を習っている豊は、日本で徴兵検査を受けようと決心した。玉吉は愛人である堀内富子の家に通っており、2人の間には千鶴子という幼い娘がいた。豊は父と富子の関係を知っており、千鶴子とも仲良くしていた。彼は富子と会い、徴兵検査を受けることを明かした。なぜ父の物になったのかと尋ねると、富子は生活のためだと答えた。富子がキスをすると、豊は強く抱き締めた。
豊は福岡県五十川(ごじっか)へ行き、叔父の家で世話になった。徴兵検査に赴いた彼は反抗的な態度を取り、軍医に殴られた。豊は陸軍少佐から「貴様にとって神とは何だ」と質問されて「アラーです」と答え、丁種になった。それが失格の意味だと知った彼は憤慨し、「俺はハリマオぞ」と兵士たちを睨み付けた。マレーでは華僑たちは排日運動を起こし、玉吉の店も襲われた。クアラトレンガヌに戻った豊が富子の家へ行くと、華僑の襲撃を受けていた。華僑たちは豊を見て嘲笑し、殺した千鶴子の生首を投げた。
豊はイギリス人の憲兵に早く犯人を捕まえるよう要求するが、「言いたいことは法廷で言え。裁判があれば話だが」と馬鹿にされた。彼は玉吉に、復讐すると宣言した。豊はアリアリと会い、「憲兵から盗む。マレー人が奪われた物を取り戻してやる」と語った。2人は憲兵のジープを襲撃し、脅しを掛けて金を奪った。豊はアリアリは華僑の宝石店を襲い、金庫の金を奪った。豊は自分の取り分以外の金を家の屋根から市民にばら撒き、兵士たちにジープで追われた。
豊はアリアリは発砲を受け、ジャングルに逃げ込んだ。錫鉱で阿片を吸っていたラシッドという男はジープを爆破し、仲間に入れてほしいと豊に持ち掛けた。豊が承諾すると、ラシッドは友人と親族3人を連れて来て「仕事が無いから雇ってくれ」と頼んだ。それから10年、1940年(昭和15年)。城ヶ崎少佐は参謀本部の笠井大佐に呼び出され、特殊任務で南方面へ行くよう命じられた。大陸行きを希望していた城ヶ崎は激しく反発するが、笠井の説得を受けて仕方なく応じた。城ヶ崎が任務の内容を尋ねると、笠井は「マレーに潜入して日本軍のために働くマレー人の組織を作れ」と指示した。
豊はハリマオを名乗って盗賊団を率い、列車を襲撃した。盗賊団は英国人&インド人の兵隊と戦い、金塊を奪った。乗客の中には、旅行社を営む中国人の李国強に化けた城ヶ崎の姿もあった。豊は乗客を集め、「義によって襲撃を成す」などと演説した。城ヶ崎が前に出て写真を撮っていると、豊が気付いて「何者だ」と詰問した。城ヶ崎が慌てて詐称すると、豊は「お前の目は人を殺した目だ。覚えておこう」と口にした。城ヶ崎は薄笑いを浮かべ、「俺も覚えておこう。結構な演説だが、俺には言い訳に聞こえた」と述べた。
ハリマオは20万ドルの賞金首になり、その手配書を見た城ヶ崎は笑みを浮かべた。豊は子分の小人から、アジトに潜入したインド人が逃亡を図って川に飛び込んだという知らせを受けた。豊は川に行き、助けを求めるインド人兵士のサグルシンを救助した。サグルシンは仲間になりたいと言い、「インド独立運動の地下組織のために働いている」と述べた。豊は盗賊団を率いて国境を越え、タイのバンコクに入った。その動きを監視していた城ヶ崎はタイの軍隊に知らせ、アリアリが捕まった。
城ヶ崎はアリアリを暴行して尋問する兵士たちに金を渡し、解放させた。それは豊をおびき出すための作戦だった。城ヶ崎はハリマオの正体が豊だと知っており、徴兵検査に落ちた時の書類を見せた。彼は大東亜共栄圏のための協力を要請し、日本帝国大使館に案内して任務について説明した。城ヶ崎は「泥棒稼業で一生を終わることも無いじゃないか」と語り、英雄になるよう促した。「お父さんとお母さんに晴れ姿を見せてやりたまえ」と言われた豊が協力を快諾すると、彼は自身が率いるJ機関の腕章を贈った。豊は盗賊団を動かし、城ヶ崎の作戦に全面協力することにした…。

監督は和田勉、原作・脚本は井沢満、プロデューサーは中沢敏明&渡辺ケン、エクゼクティブプロデューサーは倉田正昭、アソシエートプロデューサーは奥山和由&野村芳樹、撮影は小野進、照明は小中健二郎、美術は菊川芳江、録音は辻井一郎、編集は菊池純一、衣裳デザインはワダエミ、音楽はYAS-KAZ。
出演は陣内孝則、竹下景子、ジェームズ・パックス、アーニー・ガルシア、ロニー・ラザロ、川谷拓三、大谷直子、室田日出男、山ア努、柄本明、鈴木瑞穂、レオ・ガンボア、ソニー・イラング、ブリ・ブリ、ウィリー・ロメロ、穂積隆信、荒井注、安間千紘、原一平、ロバート・デニー、小野武彦、金子研三、ジョン・デニー、ジェームズ・マッケンジー、サンダー杉山、山口嘉三、久保晶、石黒正男、加藤治、小林操、原久子、沢柳廸子、上野淳、菅田俊ら。


井沢満の小説『英雄伝説 -Harimao-』を基にした作品。
NHKのディレクターとして数々のTVドラマを手掛けて来た和田勉が定年退職後、初めて映画監督を務めている。脚本は原作者の井沢満が担当している。
豊を陣内孝則、富子を竹下景子、アリアリをジェームズ・パックス、サグルシンをアーニー・ガルシア、ラシッドをロニー・ラザロ、玉吉を川谷拓三、ウラを大谷直子、城ヶ崎を山ア努が演じている。
他に、徴兵検査場の陸軍少佐役で柄本明、笠井大佐役で鈴木瑞穂、歯科医役で穂積隆信、豊の叔父役で荒井注、千鶴子役で安間千紘、山下奉文役でサンダー杉山が出演している。
実在した盗賊をモデルにしているが、実際のハリマオと全てが合致しているわけではない。

とにかくテンポが悪くて、無駄にしか思えない描写が多い。冒頭、豊がジャングルでアラーに祈りを捧げ、「我が祖国、日本に勝利をもたらしたまえ」と頼んで歌い出すシーンからして、全く要らない。
イギリス国旗と「英海峡植民地クアラトレンガヌ政府」のテロップを出すカットがあるが、そこから政府の人間が登場するエピソードを描くわけではなく、すぐに豊と玉吉が武術の稽古をする様子に移る。
だったら、政府の建物を映すカットは邪魔なだけだろ。「マレー半島は英国の植民地だった」ってことを説明しておきたいのなら、別の形で処理しろよ。
あと、豊と玉吉が武術の稽古をするシーンも要らんよ。豊の格闘能力が特別に高いわけでもないし、そもそも彼の格闘能力なんて物語にとって重要じゃないし。

豊がプールバーでアリアリと遊んでいるシーンも、まるで意味が無い。
アリアリとの仲の良さを描く狙いがあったとしても、その効果は全く出ていないし。
豊が日本に行くためにボートで川を下っている途中、虎のカットが挿入されるが、これも要らんわ。「豊が虎を目撃した」というシーンだけど、別撮りなのがバレバレだし。
あと、ここで「ハリマオ」と豊かに言わせているのも、あまりに不自然で不細工すぎるし。

豊は徴兵検査場に行く時、チャラチャラした格好で、肩で風を切って歩いている。
イヤリングを咎められると、煙草を吸いながら生意気な態度で「これは勇気の印だ」と主張する。
身体検査に怒って反抗し、不合格になると「見損なうな。俺はハリマオぞ」と凄む。
そんな奴なのに、千鶴子が殺されたことを知ってもビビっているだけで、その場では華僑に対して怒りを向けたり殴り掛かったりすることは無い。
それはキャラがブレているように感じるぞ。

日本からクアラトレンガヌに戻った豊がアリアリに声を掛けられて無視するとか、ジャングルで煙草を吸うとか、かな子に手紙を書くとか、そういうのも要らない。ここでも虎のカットを挿入するが、これまた邪魔なだけ。
豊が玉吉に復讐すると宣言した時、その標的として「華僑に、イギリスに。日本に」と言う。そして日本は父親のことだと言い、玉吉への激しい憎しみを吐露する。
だけど、それってホントに要るかな。後の話には上手く繋がっていないよ。
復讐を決意した豊が割礼するシーンがあるけど、これも重要な出来事として機能することは無いし。

豊は義妹を惨殺され、憲兵から馬鹿にされ、怒りに燃えて「復讐する」と言い出している。それにしては、そこからの行動が腑に落ちない。
粗筋でも書いたように、彼は憲兵から金を奪うが、それで憲兵への復讐は終了している。華僑への復讐も、宝石店から金を奪って市民にばら撒いて終わっている。
それは復讐じゃなくて、ただヒーローごっこがやりたいだけでしょ。あるいは、派手なことをやって承認欲求を満足させたいだけでしょ。
豊は義妹を惨殺した犯人グループを目撃しているのに、なぜ一味を見つけて復讐しようとはしないのか。そこの行動が皆無なので、「復讐する気ゼロだろ」と言いたくなる。
その時点で言動不一致なのに、おまけに「日本に復讐する。それは父への復讐」とか言い出すので、ますます変なことになっている。

豊を突き動かす根源が何なのか、それがサッパリ分からない。
その後、豊はハリマオと名乗って盗賊団を率いるようになるが、城ヶ崎が指摘するように「義によって襲撃を成す」ってのは言い訳にしか聞こえない。
ハリマオが「共感を誘うような志を持った義賊」には到底見えないのは、大きな欠点になっている。
それならそれで、「ではハリマオはどういう人物だったのか」を掘り下げれば、英雄譚からは大きく離れるが、別の魅力を持つ作品になった可能性はあるだろう。でも、そういうアプローチも弱い。

豊が日本からマレーに戻ると、ウラが全く登場しない。死んだのかと思ったが、「お父さんとお母さんに晴れ姿を見せてやりたまえ」と城ヶ崎が言うので、どうやら生きて日本に戻ったらしい。
富子は華僑の襲撃の直前に千鶴子を抱いている様子が映るが、豊が生首を見た後には出て来ないので一緒に殺されたのかと思っていた。でも後から出て来るので、生きていたことが分かる。
でも、あの状況で、なぜ生き延びることが出来たのかは謎。
っていうか、それなら現場に遺体は無かったわけで、それなのに豊が富子の行方を気にしたり捜索したりしなかったのは、どういうつもりなのか。

わざわざ「ハリマオの仲間になる」という手順を用意しているラシッド&友人と親族やサグルシンは、「チーム・ハリマオ」にとって重要なメンバーのはずだ。
しかし「仲間になった」というトコで役割の大半は終了しており、それ以降は個人としての存在意義が皆無に等しい。
しばらくはアンサンブルに埋没しても、どこかのタイミングでスポットが当てられるタイミングはあるんだろうと思っていた。
だけど、最後まで「ハリマオの一味」という十把一絡げ扱いのままなんだよね。

「ハリマオに人間的な魅力が乏しい」という問題をひとまず置いておくとして、列車を襲撃するシーンは大きな見せ場のはずだ。
しかし、そのアクションに観客を引き付ける力は全く無い。盗賊団も兵隊も、どちらも本気で相手を倒そうとしている雰囲気が全く感じられない。
攻撃が相手に当たらないようにしているとか、相手の動きを待ってから動いているとか、そういうのがモロに見えちゃうんだよね。
なので、お遊戯会のようなレベルになっている。

サグルシンが盗賊団の仲間になっても、そこから「ハリマオがインド独立運動に関わる」という展開に繋がることは無い。
そこからシーンが切り替わると、豊が雨に打たれて「一人にしてくれ」と何か考え込んでいる様子が映し出される。何を気にしているのかと思ったら、彼が盗賊団と共に国境を超えてタイに入る様子が描かれる。
ってことは、「タイに移動すべきかどうか」ってのを考えていたんだろう。
でも、なぜ彼がタイに移動したのか、何を悩んでいたのかは、サッパリ分からないままだ。

豊は城ヶ崎から徴兵検査の書類を見せられた時、慌てて口に放り込む。「食べることで無かったことにしよう」ってことなのだが、つまり徴兵検査で落ちたことに負い目や劣等感を抱いていたんだろう。そして日本のために働きたいという気持ちを持ち続けていたんだろう。
だが、そういう彼の心情を上手く表現できていなかったので、そのシーンで急に引っ張り出して来た設定にしか見えない。
その後、大使館で城ヶ崎が任務について説明するが、食事を取ってモグモグしながら、食器の音を立てながらなので、何を喋っているのか聞き取りにくい。
「大事な任務の説明」ってことで、わざわざ大使館へ移動して仕切り直しておいて、その台詞が聞き取りにくいような演出をするって、どういう類の悪ふざけなのか。

城ヶ崎が説得のために使う言葉や豊の反応からすると、「豊は両親から誇りに思ってもらいたい。お国の役に立ちたい」ってことで軍への協力を快諾したんだろう。でも、これも急に引っ張り出して来た設定にしか思えない。
で、そこで城ヶ崎への協力を快諾することによって、ハリマオは「カリスマ性のあるリーダー」としてのポジションを完全に失う(そもそも、そんな風には全く見えていなかったけど)。
そして彼は、「簡単に騙されて利用されるカッコ悪いチンピラ」に成り下がる。それ以前から魅力は乏しかったが、ますます落ちてしまう。
城ヶ崎がハリマオと接触すると、ほぼ主役の座を奪い去る。
そして城ヶ崎が主役の物語として見た場合、まるで面白くない。

結果として、どこにテーマがあるのか、ハリマオをどういう人物として描きたかったのかが良く分からない仕上がりになっている。
もしかすると、「英雄ハリマオという虚像ではなく、真実のハリマオを描く」という狙いがあったのかもしれない。ただ、そもそも本作品が公開された1989年の時点で、ハリマオに対して「英雄」としての強い印象を持っている人は決して多くなかったはずで。『快傑ハリマオ』が放送されていたのも、1960年から1961年だし。
虚像としての前提条件が無いのに、そこで本作品のように「日本政府に利用される情けないハリマオ」を見せられてもね。
じゃあ悲哀の男として引き付けられるかというと、それも無いし。

(観賞日:2024年9月9日)

 

*ポンコツ映画愛護協会