『華の乱』:1988、日本

明治34年、歌人の晶子は師匠である与謝野寛に惹かれるようになり、同じく彼に好意を抱く山川登美子に内緒で会いに行く。晶子は寛が別れることにした妻・林滝野から彼の女癖の悪さを知らされるが、それでも彼と一緒になることにした。
大正12年、晶子は仕事に子供達の世話にと、忙しい毎日を送っていた。一方、仕事への意欲を失った寛は、無為な日々を送っていた。そんな中、晶子は作家の有島武郎と出会った。有島は晶子に、亡くなった妻の面影を見る。
寛が登美子の叔父から推薦を受け、郷里で衆議院の選挙に出馬することを決めた。晶子は選挙活動を批判して寛の怒りを買い、東京へ1人で帰ることになった。選挙に惨敗した寛は家を出て、登美子と共に暮らし始める。
有島から誘いを受けた晶子は、彼の待つ北海道へと向かった。そこで有島と晶子は、肌を重ね合わせる。しかし晶子を東京へ戻らせた有島は、彼に好意を抱いていた雑誌記者・波多野秋子と心中する。やがて、関東大震災が東京を襲った…。

監督は深作欣二、原作は永畑道子、脚本は深作欣二&筒井ともみ&神波史男、企画は岡田裕介&佐藤雅夫、プロデューサーは豊島泉&妹尾啓太、撮影は木村大作、編集は市田勇、録音は平井清重、照明は増田悦章、美術は内藤昭、衣裳は豊中健、音楽は井上堯之、音楽プロデューサーは高桑忠男。
主演は吉永小百合、共演は松田優作、緒形拳、池上季実子、石田えり、中田喜子、風間杜夫、松坂慶子、石橋蓮司、内藤剛志、蟹江敬三、成田三樹夫、西川峰子、斎藤絵里、三條美紀、谷本小代子、野口貴史、成瀬正孝、岩尾正隆、中村錦司、宮城幸生、疋田泰盛、志茂山高也、平河正雄、鈴木喜勝、砂川真吾、甲斐道夫、高良隆志、山口祥行、武井三二、谷口孝史ら。


永畑道子の『華の乱』と『夢のかけ橋』を基にして、歌人・与謝野晶子を中心とした人間模様を描いた文芸ドラマ。与謝野晶子を吉永小百合、有島武郎を松田優作、与謝野寛を緒形拳、波多野秋子を池上季実子、山川登美子を中田喜子が演じている。

最大の失敗は、詰め込みすぎたということだ。
多くの要素を全て描写しようとして、ダイジェストを見せられたような気分になる。
しかし、同時に長いとも感じてしまう。
ダイジェストなのに長いと感じるのだから、退屈な内容だということだ。

晶子の詠んだ歌が幾つか織り込まれているのだが、歌人としての与謝野晶子について描いているわけではないので、全て外している。
有名な「君死にたもうことなかれ」の歌にしても、弟との関係は全く描かれていないので、軽薄な扱いに終わっている。

ヒロインの晶子だけでなく、他の人物もキッチリとフォローする。
松井須磨子の芝居や、彼女のケンカを島村抱月が止めるシーンに時間を割く。
抱月の死に落ち込む須磨子の大げさな独り芝居にも、たっぷりと時間を割く。

大杉栄が無政府主義を説く様子や、彼の妻・伊藤野枝の様子にも時間を割く。
で、そういった人々の様子が、晶子にどういった影響を与えたのかは分からない。
なぜなら、晶子は「ただ、そこにいるだけ」だから。

ヒロインの与謝野晶子には、全く共感しない。
共感も何も、与謝野晶子という人物の内面が全く見えてこないのだ。
彼女は、その場その場で進行とナレーションを務めているだけ。
心理の移り変わりは、サッパリ見えてこない。

この作品は与謝野晶子という人物を描くのではなく、彼女を含めた大正時代の世情や人々を描こうとしたように思える。
多くの役者を登場させ、それぞれに見せ場を作っている。
いっそのこと、豪華俳優陣を見せる映画と開き直った方が良かったかも。

で、色んなモノを詰め込み過ぎてどうにも収まりが付かなくなり、どうするのかと思ったら、急に関東大震災を起こして、強引にエンディングへ持って行く。
そして、なぜか晶子が寛や子供達と肩を組んで、「生きていこう」というオチ。
なんじゃそりゃ。

 

*ポンコツ映画愛護協会