『花のあと』:2010、日本

江戸時代、東北の小さな藩、海坂。老女の以登は、孫たちに自分が若かった頃の出来事を語り始めた。50年前、先々代の藩主の頃。春の花 の季節になると、藩主は家中の女たちが二の丸に入ることを許した。非番の家中や隠居など男たちも花見に訪れ、その中にお忍びの藩主が 紛れ込んでいて、城に召し上げる女を物色しているという噂があった。その噂を恐れ、年頃の娘は花見に出さないという家もあった。 しかし剣術の修練に凝っている以登は男など全く恐れておらず、侍女・おふさを引き連れて花見に参加した。
以登は親友の津勢と遭遇した。津勢は、以登が羽賀道場へ腕試しに行き、全ての門弟に勝ったという話を聞いていた。彼女は「一緒に いたら男が寄って来ない」と冗談めかして言い、その場を去った。おふさに言われて家に戻ろうとした以登は、部屋積みの下級藩士・ 江口孫四郎に声を掛けられる。彼は羽賀道場の筆頭門弟だが、以登が腕試しへ赴いた際は不在だった。孫四郎が手合わせを申し入れるので 、以登は「私の方こそ、是非に」と告げた。
花見からの帰り道、以登はおふさから下級藩士と話したことを咎められ、「母には内緒にしておきましょう」と告げた。家に戻った以登は 、父・寺井甚左衛門に孫四郎と試合をさせてほしいと頼む。甚左衛門は承諾し、数日後に寺井の屋敷を孫四郎が訪れた。竹刀を交えた以登 は、膝を突いたところで肩を抱かれ、孫四郎に恋心を感じた。孫四郎が去った後、甚左衛門は「江口は好漢だが、二度と会ってはならん。 そなたは婿が決まった身だ。既に江口にも、内々に決まった縁談があるらしい」と告げた。
以登には両親の決めた片桐才助という許婚がいた。しかし4年前に学問のため江戸へ行っており、ずっと帰郷していなかった。才助は 津勢に「どう見てもキレ者という感じではなかったですもんね」と言われるような男である。以登と津勢が行儀見習いの稽古場で話して いると、奏者番の娘・内藤加世がやって来た。城中の礼式を司る由緒ある家柄である。加世は男遊びが過ぎる娘だったが、父親の具合が 悪いため、急いで縁談を決めたらしいと津勢は以登に語った。
津勢は以登に、加世が妻子ある御用人の藤井と茶屋から出て来たのを見掛けた者がいることを話す。その加世の縁談相手が孫四郎だと 知らされ、以登は顔を強張らせた。内藤家は3百石の奏者番の家柄で、三男坊の孫四郎にとっては、またとない縁談だ。そのことを気に しながら帰宅した以登は、母・郁から才助が藩へ戻っていることを知らされる。今日は金策のために戻っただけで、明日には江戸へ戻る らしい。おふさは「きっとバツが悪くて、お以登様にはお会いにならなかったのですよ」と言う。
内藤家の婿養子となった勘定組の孫四郎は、奏者番の指南役である小谷忠兵衛から「やがては年中行事を取り仕切り、あるいは殿の使者を 務めねばならん。内藤家の当主として、しっかり励まれるように」と告げられた。紅葉が色付いた頃、江戸勤番を終えた藩士たちの名を 重役たちに報告するのが、孫四郎の奏者見習いとしての初めての役目だった。彼が言葉に詰まると、藤井が助け船を出した。山道を歩いて いた以登は、川べりで密会している藤井と加世の姿を目撃した。
以登が冬支度をしている家に帰ると、才助が食事をしていた。今朝、帰郷したのだという。彼は、「年が明けて雪が解ける頃には祝言を」 と甚左衛門から言われたことを語る。呑気に飯を食う彼の姿を、以登は無表情で見つめていた。孫四郎は国家老と執政たちから、重要な 任務を命じられた。藩は利根川治水の手伝いを幕府から指示され、十万両を越える出費が必要となった。しかし藩は貧乏で、莫大な負担に 耐えられない。そこで懇意にしている旗本を通じて老中・安西対馬守に助力を求めるため、書状を届ける役目を命じられたのだ。
まだ見習いの身分である孫四郎が重要な任務を任されたのは、藤井の推挙があったからだった。江戸へ向かう孫四郎に、藤井は「江戸の しきたりについて教えておかねばならないことがある」と告げる。才助は祝言を挙げる前にも関わらず、3日と開けずに寺井家を訪れては 、飯をたらふく食べた。才助が友人・岡田伝八を招いて夜遅くまで酒を飲み交わす時も、以登は付き合わねばならなかった。才助が厠へ 行く時にニコニコしながら尻を触るので、以登は険しい目つきで睨んだ。
江戸城で安西と面会した孫四郎は、書状を差し出した。しかし安西は「届け先を間違っているのではないか」と冷たく言う。「どなたを 介することもなく差し出されたのは初めてでござる。ご老中に手渡しても良いのだが、国許の殿のお顔に泥を塗ることになる」と、彼は 嫌味っぽく述べた。藤井から教えられたしきたりが間違っていたのだ。責任を取るため、孫四郎は江戸屋敷で切腹した。以登は夕食の時、 甚左衛門から孫四郎の自害を知らされた。
以登は才助を呼び出し、孫四郎が自害した理由を知りたいと話し、「罠にはめられたのではないでしょうか」と口にした。彼女は才助に、 藤井と加世がただならぬ関係であったことを明かす。そして孫四郎の自害について調べてほしいと頼む。才助は笑顔で承知し、岡田にも 情報収集を手伝ってもらう。岡田は彼に、「彼は手順を一つ間違えたらしい。旗本を通さず、老中へ直接、書状を届けてしまった」と言う 。才助は以登に報告し、「誰かが間違った手順を教えたのではないか。もう少し探ってみる」と告げた。
才助は羽賀道場の連中に探りを入れ、孫四郎が妻の密通に気付いていたらしいと知る。さらに調査を進めた才助は、藤井と加世の関係が 城内でも噂になっていたことを知る。才助は以登に、「不義が公になることを恐れた藤井は、先手を打って孫四郎を陥れたのだ」と語る。 さらに才助はは、藤井が商人たちから多額の賄賂を受け取っており、金の一部が執政の主立った連中にも回っていることを話す。そのため 、誰も藤井を追及できないのだ。以登は藤井を討つことを決意し、刀を手に取った…。

監督は中西健二、原作は藤沢周平『花のあと』(文春文庫刊)、脚本は長谷川康夫&飯田健三郎、製作は川城和実&尾越浩文&亀山慶二& 遠藤義明、企画は小滝祥平&梅澤道彦、エグゼクティブプロデューサーは河野聡&上田めぐみ&大芝賢二&町田智子、プロデューサーは 森谷晁育&芳川透&松井俊之&小久保聡、アソシエイトプロデューサーは梅澤勝路&若杉類&白石剛&西川朝子、特別協力は遠藤展子& 遠藤崇寿、撮影は喜久村徳章、照明は長田達也、録音は武進、美術は金田克美、編集は奥原好幸、殺陣指導は高瀬将嗣、音楽は武部聡志。
主題歌『花のあと』一青窈 作詞:一青窈、作曲/編曲:武部聡志。
出演は北川景子、甲本雅裕、宮尾俊太郎、國村隼、柄本明、伊藤歩、藤村志保、市川亀治郎(現・四代目市川猿之助)、相築あきこ、 谷川清美、佐藤めぐみ、綱島郷太郎、重松収、堀内正美、竹嶋康成、並樹史朗、近江谷太朗、松尾光次、市瀬秀和、池田和歌子、村中暖奈 、小野寺夕海、紺野萌花、永峰あや、市川澤五郎、池口十兵衛、奈良坂篤、羽柴誠、滝沢英行、平井恵助、五十嵐一喜、金窪友一、 芸利古雄、江戸松徹、片方隆介、豊田孝治、岩田貴代志、鋼鐵男、堀康一、中村康之、田中雄太ら。


藤沢周平による同名の短編小説を基にした作品。
監督は『青い鳥』の中西健二脚本、脚本も同作品の長谷川康夫&飯田健三郎。
以登を北川景子、才助を甲本雅裕、孫四郎を映画初出演と なるバレエダンサーの宮尾俊太郎、甚左衛門を國村隼、甚左衛門の友人の医者・宗庵を柄本明、加世を伊藤歩、藤井を市川亀治郎(現・ 四代目市川猿之助)、郁を相築あきこ、おふさを谷川清美、津勢を佐藤めぐみ、岡田を綱島郷太郎、小谷を重松収、国家老を堀内正美が 演じている。

晩年の以登、つまり序盤とラストのナレーションを担当しているのは藤村志保。
声だけなのに、さすがの演技力と存在感を見せている。
それはいいんだけど、老いた以登が孫に語るという回想形式にしていることには疑問がある。
「話はババの若き日の恋物語かとな。よう見破った、その通りじゃ」と語るけど、これって恋物語だけじゃなくて、復讐劇なんだよね。
孫たちに恋物語を聞かせるのはいいけど、復讐劇を平気で喋るってのは、祖母としてどうかと思うぞ。

まず北川景子が明らかに役者不足。時代劇をやるには、まだ早すぎたということだろう。
この映画の撮影に入る前に所作指導は受けたんたろうけど、「精一杯に何とかこなしています」という感じ。頑張っていることは伝わって 来るけど、体に馴染んでいない。「体の芯から江戸時代の女」に成り切れていない。
しかも、「江戸の武士階級の娘」の所作は無難にこなしているが、そっちに意識が行きすぎているせいなのか、それ以外の部分での演技が 全く出来ていない。
ヒロインの心情表現が全く出来ていないのだ。

例えば初めて以登が孫四郎から話し掛けられ、立ち去る彼を見送るシーン。
ホントにただ「男を見つめる」というト書きだけを忠実に実行しているという感じで、そこに何の感情が込められているのか、その視線や 表情にはどんな意味があるのか、まるで見えて来ない。
それと、北川景子は最初から最後まで、ブスッとした表情や深刻そうな表情、険しい表情や強張った表情ばかりで、明るさや爽やかさは 皆無に等しい。
それも、いかがなものかと。

あと、所作はともかく、台詞回しが酷い。
彼女が初めて発する「あら、起こしになっていたの」という台詞の段階で、もうダメっぷりがハッキリと分かってしまう。
彼女だけでなく佐藤めぐみも同様なので、以登と津勢の「あら、起こしになっていたの」「ええ、とっくに」「よろしかったら、こちらで ご一緒しましょうよ」「御遠慮させていただきます」という最初の会話シーンで、「うわあ」と思っちゃう。
もうね、学芸会なのかと。
おふさ役の谷川清美が話し始めると、すげえ落ち着く。

さらに北川景子は、「腕の立つ女剣士」としても、まるで説得力に欠けている。
撮影の半年前から殺陣の特訓を積んでいたらしくて、確かに頑張ったんだろうとは思うけど、それは所詮、「半年前まで素人だった女の子 にしては頑張ってるね」というモノに過ぎない。
道場の門弟を全て倒したり、長いブランクがあっても藤井と家来3人を倒せるだけの腕前ってのは、無茶な設定になってるんじゃ ないかと。
ハッキリ言って動きがノロいし、だからって重厚さがあるわけでもないし、キレや鋭さは無いし。

ヒロインが時代劇初挑戦で、他のキャストを引っ張っていくような余裕は無いのだから、周囲には彼女を支えるような人材を集めるのが 製作サイドとしては当然やるべき作業だろう。
ところが何をトチ狂ったのか、プロデューサーはヒロインが恋をする相手にバレエダンサーという門外漢を起用してしまったのだ。
北川景子と宮尾俊太郎の2人芝居のシーンの、ぎこちないことと言ったら。

以登と津勢の最初の会話シーンで「うわあ」と思っちゃうことを前述したが、以登と孫四郎の会話シーンでも同じ状態になる。
谷川清美が語り始めて落ち付いたかと思ったら、すぐに宮尾俊太郎が登場して北川景子と会話を始めるので、またヤバい状況に陥る。
剣術に関しても、「普段は温厚だが、剣を構えたら彼女を圧倒するぐらいの凄みや迫力」というキャラじゃなきゃ困るのに、「以登よりは 少し強いかな」という程度にしか思えない。
「剣術」や「殺陣」を得意とする人を、芝居の稚拙さに目をつぶって起用するなら、まだ分からないでもない。
だけど、なぜバレエダンサーなのかと。

メインの2人が役者不足を露呈している中、たった一人で映画を引っ張っているのが甲本雅裕だ。
正直なところ、この作品、甲本雅裕の映画と言っても過言では無い。それぐらい、彼だけが際立って素晴らしい。
もちろん役柄的に美味しいという部分はあるのだが、そういうことを差し引いても、彼は存在感を発揮している。
ここもメイン2人のように役者不足だったら、この映画はどうなっちゃったんだろうかと考えると、ゾッとする。
彼が健闘していても、ポンコツの沼からは救い出せないレベルの映画なんだから。

(観賞日:2012年1月2日)

 

*ポンコツ映画愛護協会