『ハナミズキ』:2010、日本

2005年、カナダのノバスコシア州。バスに乗っていた平沢紗枝は現地の少女から尋ねられ、ニューヨークから一人で来たこと、ずっと行きたかった灯台へ行くことを語る。それから彼女は、持参した写真を眺める。1996年、北海道の道東。水産高校に通う木内康平は、親友の保、ヒロシ、先輩の修たちと浜辺で仕事をしていた。彼は保から、補習で1つ早い電車に乗った時に見掛けた女子に一目惚れしたことを聞かされる。しかし相手が進学校である釧路陵南高校の生徒だと知り、康平は「頭が違いすぎる」と呆れた。
その日は免許筆記試験だったため、康平は慌てて自動車教習所へ向かう。一方、紗枝は早稲田大学の推薦試験を受けるため、電車に乗った。同じ電車に乗っていた康平は近くの席に移動し、紗枝が持っているノートの名前を読み取ろうとする。それに気付いて紗枝は、不気味に思ってノートを隠した。電車が鹿と衝突してストップしたため、2人はそこで降りた。紗枝が試験で急いでいると知り、康平は近所に住む叔父の家へ行くが留守だった。
軽トラックに鍵が付いているのを見つけた紗枝は、「お願いします、私の人生懸かってるの」と康平に運転を頼む。康平は仮免だったが、、軽トラックを盗んで学校へ向かう。しかしトラクターとぶつかりそうになって康平がハンドル操作を誤ったため、軽トラは牧草地に突っ込んでしまう。2人とも怪我は無かったが、康平は停学になり、漁師の父・健二郎から激怒された。紗枝は担任から「二度とあんな連中と関わるな」と注意された。
紗枝が親友・中村みなみと別れて下校しようとすると、康平が待っていた。「試験、どうなったかと思って」と彼が尋ねると、紗枝は泣き出して「ダメだった。早稲田の推薦、他の子に決まったって」と明かした。「受けてみればいいべ。ホントの試験、2月だろ。頭が良さそうだし、今から頑張れば」という康平の言葉を遮り、紗枝は「今からなんて、とても無理」と弱気な様子を見せた。
後日、康平が登校するため駅へ行くと、一緒にいた保が前を見て狼狽する。彼が「あの子なんだよ、釧路陵南の」と言った相手は紗枝だった。紗枝は康平に気付き、歩み寄って「受験のことだけど、挑戦することにしたから。それと、庇ってくれて、ありがとう」と告げた。彼女が去ろうとするので、康平は「ずっと渡そうか迷ってたんだけど」と紙袋を渡して別れた。中身は早稲田大学の試験問題集だった。そこには「このたびは本当にスミマセンでした。受験ガンバってください。」という下手くそな文字の手紙が添えられていた。高校受験の問題集も混じっていたので、紗枝は笑った。
秋、紗枝が進学塾に通い始めたと知り、康平は釧路でガソリンスタンドのバイトを始める。康平は紗枝を灯台へ連れて行き、「こっから見る海が一番好きなんだ。ガキの時から、親父に殴られると良くここに来てた」と語った。すると紗枝は「ちょっと羨ましい。お父さんに怒られたこととか無いから。死んじゃったの、私が5歳の時に」と言う。彼女は「なんだかこの景色、初めて来たのに懐かしい」と感想を漏らした。康平は紗枝の手を握り、キスをした。
別の日、紗枝はカナダで撮影した写真を康平に見せた。それは灯台の前に幼い彼女と母・良子がいる写真だった。紗枝は康平に「この町で産まれたけど、まるで覚えていない。物心がついた時には2人で北海道で暮らしていたから」と言う。「いつか、見てみてえな、紗枝の産まれたとこ」と康平が口にすると、紗枝は「私も」と言う。冬になった。保は康平と一緒に漁師に乗る約束をしていたが、急に「釧路の運送会社へ行くことにした」と言い出した。ヒロシは康平に「お前と紗枝ちゃんに嫉妬してんだ」と告げた。
康平はヒロシから「紗枝ちゃん、やっぱり東京の大学へ行くのか」と訊かれ、「ああ。俺、偽善者かもしれねえ。口では紗枝のことを応援してるけど、たまに紗枝が大学落ちればいいと思うことがあるんだ。落ちたら、こっちで一緒にいられるべ」と述べた。紗枝は全国模試でD判定だったことにショックを受けた。釧路から帰りの電車で、康平はクリスマスイヴの予定について話し掛けるが、彼女は勉強に集中していた。「一緒にいる時ぐらい楽しい話をしよう」と康平が能天気に言うと、「もう時間が無いし。康平君は受験勉強とかしたことが無いから分からないでしょ」と紗枝は苛立ちを示した。
康平は「したらもう、一緒に帰るのやめるべ。勝手に一人で勉強してればいい」と荒っぽく言い、途中で電車を降りた。すると紗枝も電車を降り、「勝手に一人で降りないで」と泣く。彼女は「ホントはね、どうして東京の大学受けるんだろうって何度も思ったよ。ここにいれば康平君と離れずに済むでしょ。でも、やっぱり辞めるわけにはいかない。自分で大学行くって決めて、そのことだけ考えてきたから。今さら辞めるなんて。自分を弱い人間だって思いたくないの」と語った。康平は「頑張れ。いつか英語ペラペラになって、世界を股に掛けて歩くような人になれ。そしたら俺は世界を股に掛けるような漁師になるから」と励ました。
紗枝は早稲田に合格し、報告を受けた康平は「おめでとう」と祝福した。東京へ発つ日、康平はいつものように海の仕事をしており、見送りに行こうとしない。紗枝は母の友人・遠藤真人の車で空港へ向かう。遠藤は紗枝に、かつて良子を同じように送ったことがあると明かす。良子は外国にいる恋人・圭一に会いに行ったのだ。そして後に2人は結婚し、紗枝が誕生した。紗枝は康平の漁船に気付き、車を停めてもらう。紗枝が「康平君」と叫んで手を振ると、康平は「ガンバレ紗枝」という旗を出して「ガンバレ」と叫んだ。
早稲田大学に入学した紗枝は、写真サークルの写真に目を留める。すると、それを撮影した北見純一から声を掛けられる。「お金も無いし、バイトも探さなくちゃいけないし」と紗枝が勧誘を断ると、北見は「だったら、いいバイト紹介しようか。時給2千円、週4日」と言う。しかし「夜の仕事だけど」と付け加えたので、紗枝は顔をしかめて立ち去った。康平は紗枝からの手紙を受け取り、電話を掛けた。紗枝は北海道弁を懐かしがった。
紗枝は北見がバイトをしている学習塾を訪れ、授業を見学した。北見は「普段はここでバイトして、金が溜まったらあちこち写真を撮りに行ってんだ」と語る。康平は夜になって紗枝に電話を掛けるが、留守電になっていた。紗枝は学習塾のアルバイトを始めていた。バイトの忙しさを理由に、彼女は夏休みも帰郷しなかった。そのことで仕事中も気持ちが散漫になっていた康平は、腕を怪我してしまった。
病院で治療を受けて帰ろうとした康平は、看護婦をしている良子と遭遇した。康平は良子から「遠距離恋愛、上手くやってるの?」と訊かれ、「紗枝ちゃん、塾のバイトとかで忙しくて、なかなか。夏休みも帰って来れないみたいだし」と答えた。すると良子は「ボーッとしてると、東京の男に手を付けられるよ。もしも本気なら、紗枝をこっちに連れ戻すぐらいの気持ちでアタックすればいいっしょ。人生は一度しか無いんだからさ」と述べた。
康平は紗枝に会うため、東京へ出た。高田馬場で会うことになっていたが、まだ早かったので大学へ行ってみる。そこで彼は、紗枝が北見と仲良く歩いているのを目撃した。康平は紗枝の用意したレストランへ行くが、不機嫌な様子だった。「康平君に会えるの、ずっと楽しみにしてたんだよ」と紗枝が言うと、彼は「俺だってそうだべや」と声を荒げて店を出た。若者とぶつかった彼は、ケンカを始めた。紗枝が康平をアパートへ連れて行くと、彼は「すげえ会いたかった」と抱き締めた。2人はキスを交わし、肌を重ねた。「離れてても、大丈夫だよね」と紗枝が言うと、康平は「当たり前だ。俺の気持ちは変わんねえ。絶対、一生、変わんねえから」と抱き寄せた。
2000年、紗枝は就職活動に励むが、全く内定を取ることが出来ない。将来は海外で英語を生かした仕事をしたいと考えているが、面接官からは「だったら留学するとか、海外で就職を探すってことも考えてみたら」と言われてしまう。落ち込んでいた彼女は、北見と久々に会う。彼はニューヨークへ写真を撮りに行くという。「私、もうダメかもしれない。去年からずっと就職活動しているのに、一社も引っ掛からないんです。何のために母に苦労掛けてまで大学に来たのか分からない」と紗枝がこぼすと、彼は「分かんねえなあ、俺も。何のために写真を撮っているのか。俺がやりたかったことって何だったんだろうって。まあ、あまり思い詰めるな。東京で会社に入るのだけが人生じゃないだろ」と優しく語った。
康平は父から、漁協への借金が膨らんだために船を手放すことを告げられる。彼は紗枝に電話を掛け、「俺、漁師辞めようかと思う」と言う。彼は父が船を手放すことを語り、「そっち行っちゃダメか。そっちで仕事探す。俺、紗枝と一緒にいたい」と告げた。紗枝は困惑し、「そんな大事なこと、すぐには答えられないよ」と口にした。しかし彼女の返事を待たずして、康平は東京へ出て行く意志を固めていた最後の漁に出た健二郎は、「漁師だけが仕事でねえ。お前はお前の道を行け」と康平に告げた。
康平たちが漁をしている最中、健二郎は心臓発作を起こして死んでしまった。康平は紗枝に電話を掛け、「罰が当たったのかなあ、漁師を辞めるなんて言ったから。やっぱり東京へは行けない」と泣いた。紗枝が「康平君は海を離れちゃダメ」と言うと、康平は「そうだよな、初めから紗枝の未来に、俺、いなかったもんな。紗枝はちゃんと自分の夢、叶えろよ。さよなら」と言い、電話を切った。
2001年、まだ別れた紗枝への思いを引きずっていた康平だが、勢いで幼馴染のリツ子を抱いた。2003年、紗枝はニューヨークの写真会社で働いていた。ある日、カンボジアへ仕事で行っていた北見が、ニューヨークへ戻って来た。彼は、以前から交際していた紗枝にプロポーズした。紗枝はみなみと保の結婚式に出席するため、久々に帰国した。康平は結婚したリツ子と一緒に、式の会場へやって来た。
結婚式の後、紗枝と康平は灯台の近くで会った。康平が「ずっとニューヨークで暮らすのか」と訊くと、紗枝は「そのつもり。それに私、結婚するかもしれないから」と答えた。康平が「そうか、おめでとう。その人は、いい人か」と言うと、紗枝は笑顔で「うん」とうなずく。康平も笑顔を浮かべ、「そっか、なら良かった」と口にした。紗枝は彼に、「やっぱり帰って来て良かった。康平君とこうやって話すことが出来て」と告げた…。

監督は土井裕泰、脚本は吉田紀子、製作は八木康夫、エグゼクティブプロデューサーは濱名一哉、プロデューサーは那須田淳&進藤淳一、ラインプロデューサーは橋本靖、アソシエイトプロデューサーは辻本珠子、撮影は佐々木原保志、美術は部谷京子、照明は祷宮信、録音は小野寺修、編集は穂垣順之助、音楽は羽毛田丈史。
主題歌『ハナミズキ』作詞:一青窈、作曲:マシコタツロウ、編曲:武部聡志、唄:一青窈。
出演は新垣結衣、生田斗真、薬師丸ひろ子、向井理、蓮佛美沙子、松重豊、ARATA(現・井浦新)、木村祐一、徳永えり、金井勇太、小柳友、高橋努、木之元亮、林愛夏、水島かおり、ダーク・キーサー、ジョイ・ブラッドリー、パメラ・ベル、ニコラ・グラント、ダグ・グラント、ジェフ・ボール、キャンディス・リー、アニタ・ホー、松本春姫、塚本浩平、大高洋夫、佐藤恒治、ヘイデル龍生、松澤仁晶、佐藤旭、妹尾友里江、松原汐織、犬飼淳治、岸塙正浩、平野勇樹、家村英莉、市川洋平、工藤博昭、杉ありさ、片桐茂貴、山内大幹、清水敬司、前田慶、泉昇一、柴田秀一ら。


一青窈のヒット曲『ハナミズキ』をモチーフにした作品。
監督の土井裕泰と脚本の吉田紀子は、『涙そうそう』に続いてのコンビ。
紗枝を新垣結衣、康平を生田斗真、良子を薬師丸ひろ子、北見を向井理、リツ子を蓮佛美沙子、健二郎を松重豊、圭一をARATA(現・井浦新)、遠藤を木村祐一、みなみを徳永えり、保を金井勇太、ヒロシを小柳友、修を高橋努、漁協の組合長を木之元亮、康平の妹・美加を林愛夏、康平の母を水島かおりが演じている。

まずタイトル明けに、まるで感動的なシーンで流れるようなBGMが流れて来た時点で、悪い予感がする。
音楽が先走り過ぎるタイプの「感動モノ」ってのは大抵の場合、ロクなモンじゃない。
で、紗枝がバスで写真を眺めたところから1996年に戻るんだが、最初に康平が登場している。
でも、紗枝の回想として始まったんだから、彼女が最初に登場し、彼女の視点で物語を進めていくべきじゃないのか。
康平が教習所へ向かった後、紗枝が家を出るシーンになるけど、そりゃ変だ。
だったら、回想劇のような導入部にすべきではない。

電車での描写も変だ。
紗枝が乗っていると、こっそりと康平が近くの席に異動し、ノートの名前を読み取ろうとする。
それは一目惚れしたからなのか。
どういう感情で彼がそういう行動を取ったのか、そこを最初に描くべきでしょ。
つまり、まず「康平が電車に乗っていたら紗枝を発見し、その可愛さにドキッと来る」というところを描いておくべきなのだ。
で、「名前などを知りたいと思ったから行動に出る」という流れにすべきなのだ。

もしも紗枝の視点で物語を開始しており、電車のシーンが康平の初登場であれば、彼が紗枝を見つけて云々という描写は必要が無いのよ。
そこも紗枝視点で描いて、「パッと顔を上げたら康平が覗き込んでいた」ということにしておけば、康平が彼女を見つけるシーンなど必要は無い。
でも最初に康平の様子を描いており、そこも康平サイドから描いているのだから、「電車に乗っていたら紗枝をを見つけて云々」という手順は必須なのだ。

っていうかさ、「康平が覗き込んでいたら、紗枝が気付いて不審に感じて」という手順って、その後の展開を見ると要らないんだよな。
「電車が停まって、どちらも急いでいることが分かって」という流れがあるのなら、そこで初めて互いの存在を認識するということで充分なのだ。
「紗枝が最初は康平を気味悪がっていたけど、その印象が変化する」というところでの意味も無いしね。
だって、紗枝が康平を気味悪がっている時間って、ほんの数秒だし。

康平は事故を起こして停学になったはずなのに、紗枝が彼から受験するよう促され、母からも受験について言われた後、次のシーンでは、もう友人たちと一緒に学校へ行く駅のシーンになっている。
いつの間に停学期間が終わったんだよ。
停学を食らったのに、その間の出来事は何も描かずに次へ行っちゃうのかよ。
だったら康平が停学になるのって、ストーリー上において何の意味があったのかと。

紗枝が進学塾へ通い始めると知った康平が、「したら俺、釧路でバイト探す。そしたら一緒に帰れるべ」と言う会話があるが、ってことは、いつの間にか2人は付き合い始めているのかよ。
えらく急接近してるんだな。
そこの展開は、すげえ違和感が強いぞ。幾つも手順を飛ばしているようにしか見えない。
例えば、康平が紗枝に会うために勝手に釧路でバイトを見つけて、それで彼女と同じ電車で帰るようになって、という流れなら、そんな違和感は無かっただろうけど、そこは互いの意思を確認した上で、一緒に帰るためにバイトを見つける、という形だからね。
その前に、紗枝の家にあるハナミズキが赤く色づいているので、「そこで季節が変化した」という時間経過を示しているってことなんだけど、それでクリアになる問題ではないのよ。
季節を変化させる前に、「こうして2人は付き合い始めました」というところを描いておかないと、そこの違和感は解消されないよ。

どこで見たようなベタな物語を、淡白な描写でメリハリを付けずに描いているので、気持ちが揺さぶられることは無い。
最初から最後まで、ずーっと平坦なのよね。
で、こっちの気持ちもフラットなままだ。
気持ちが高揚したり、登場人物に感情移入したりできるような箇所は、一つも無い。
たぶんドラマとしては盛り上げているつもりなんだろうけど実際には全く盛り上がっていないところばかり。

例えば受験のことだってさ、「紗枝は早稲田大学でこういうことを学びたい、こういう職業に就きたいから、文学部を受ける」という強い意志があるなら、模試がD判定でも、康平と遠距離になっても、「それでも頑張る」というのは理解できるんだけど、「どうしても、そこじゃなきゃダメ」っていう目的が無いのよね。
早稲田大学の文学部にこだわる理由について、紗枝は「今さら辞めるなんて。自分を弱い人間だって思いたくないの」と語っているが、それだけかよ。
ただの意地っ張りに過ぎないじゃねえか。
そんなモチベーションに共感は出来ないよ。

あとさ、模試でD判定だった紗枝が焦燥感にかられ、一方の康平は楽しく過ごしたいと思っているというところで意見の相違があって、電車での言い争いはすぐに和解へと至ったけど、そこの問題は解決されてないでしょ。
康平は「頑張れ」とは言ったけど、彼女の勉強の邪魔にならないように、しばらく会うのをやめようとするとか、そういうわけでもないし。
紗枝の方も、そのまま同じようにしているのだとすれば、どう考えても成績は上がらないよね。
だけど、あの流れだと、その後も電車の中では男と楽しく話すことが続いていると解釈できる。
どうするんだよ。アンタの勉強の時間が足りないっていう問題は、まるで解決されていないぞ。

結局、電車でのシーンで喧嘩した後、すぐに和解しているけど、根本的な問題は放置されたままじゃねえか。
にも関わらず、次のシーンでは紗枝が早稲田合格の報告をしている。
「絶対ムリだと思ってたから」って、そりゃそうだよな。
だけどさ、「D判定から成績を上げるために」という行動が何も伴わないままで、彼女が合格する流れになっているから、ただの御都合主義にしか思えないのよ。

ダラダラと無駄なシーンまで盛り込みすぎている。
紗枝が上京するシーンなんてカットしていいよ。合格したら、もう東京での生活が始まっていて、電話で2人が話すとか、出した手紙の内容がモノローグで語られるとか、そういうシーンに繋げればいい。
1シーンごとに感動を盛り込もうとしているのかもしれんけど、見送りのシーンに感動なんかしないよ。紗枝が漁船に気付かなかったら、どうするんだと思うしね。
っていうか、漁船で待ち受けているぐらいなら、康平は普通に見送りに行けばいいじゃねえかと思うし。
そこで一青窈の歌(『影踏み』)が流れて来るけど、それも感動には全く繋がらない。むしろ邪魔と言ってもいいぐらいだ。
BGMとしては強すぎるし、歌を流すことで、まるでクライマックスのような印象になってしまうし。

紗枝は康平に手紙を送っているけど、次のシーンではもう北見と仲良くなっている。
なんだ、そりゃ。
そこも流れがおかしいのよ。
バイトを紹介されたのなら、その次にバイトの様子を入れればいい。「夜のバイトなんだけど」とか、そういうのも無くていいし。
っていうか、そもそもバイト繋がりで親しくなるという展開自体に疑問があるし。
いや、もっと根本的なことをいうと、「遠距離恋愛ですれ違いを感じるようになったから、優しい先輩に惹かれるように」ということならともかく、最初から北見という一人の男性に勧誘されて親しくなるという見せ方をしていると、もう紗枝の中に浮気心が見え隠れしてしまうのよね。

「サークルに入ったら、その中に北見がいる」という見せ方だと、ここの印象は全く違う。
北見が目当てというわけじゃないからね。
この映画の場合、彼女は最初から北見に強い興味を示し、明らかに好意を抱いているんだよな。
しかも彼女は、夜のバイトを始めたから電話が繋がらなくなるってのを康平に伝えていないんだよな。
そういうことへの配慮が無い。
夜は電話しても部屋にいないってことが分かっているんだから、だったら手紙を出して伝えるという方法だってあるけど、そこに頭が回らない程度にしか、もはや康平の存在は薄くなっているってことだ。

で、そこに全く共感できないのよ。
だって、「遠距離になったから、すぐに女の気持ちが冷めました」ってのを描いているだけだからね。こちらの心に訴え掛けるようなドラマは何も用意されていない。
何しろ、それ以降、康平が会いに来るまで、紗枝が彼と電話で話している様子は全く出て来ないわけだし。
ようするに、彼女の中で康平は、その程度の男だったってことでしょ。
一応、上京した彼とはデートしているけど、もう形式上の付き合いにしか見えないのよ。2人が正式に別れるってのがハッキリと見えるのよね。

紗枝が「康平君に会えるの、ずっと楽しみにしてたんだよ」と口にしても、「ウソをつくな」と言いたくなるんだね。
だったら、なんでバイトを理由にして帰郷しなかったのかと。なんで手紙も出さず、電話も留守電ばかりなのかと。
本当に会いたいと思っていたのなら、会ったり話したりするための努力をするはずだからね。
それを怠っておいて、「会えるのを楽しみにしていた」とか言われても、口先だけにしか思えないのよ。
この映画、もっと頻繁に2人が電話でやり取りしたり手紙をやり取りしたりしているっていう描写を入れておくべきだったんじゃないの。

もしも製作サイドが、「その時点では紗枝が本気で康平のことを思っているし、会いたいと思っている」という解釈で作っているのだとしたら、そのための描写が欠け落ちている。
だから嘘っぱちにしか見えない。
で、どう考えても紗枝の気持ちは冷めているはずだろうと思っていたのに、なぜかセックスになるので、もうギクシャク感しか無いよ。
「紗枝はずっと康平を思い続けているけど、様々な事情でなかなか電話も出来ない。でも、会いたくて仕方が無い」ということの描写が無いから、そういうことになってしまうのよ。
っていうかさ、紗枝がD判定を受けた後の電車のシーンもそうだったんだけど、「険悪になって、すぐ和解して、そしてキス」っていうパターンって、ホントに必要なのかと。しかも、それを二度も重ねるっていう構成は、ホントに必要なのかと。
そういうパターンを重ねることによって、2人の恋愛劇がスムーズに描かれていないと感じさせるデメリットしか生じていないように思えるんだが。

始まってから45分ぐらい経過して、康平が漁協で夏休みに帰郷しない紗枝のことを考えているシーンで、ようやくリツ子が登場する。
でも、幼馴染なんだし、もっと序盤から登場させておけばいいのに。
残り時間で、それまでゼロだったところから結婚するまでに関係を発展させなきゃいけないんだから、簡単な作業じゃないでしょ。
だけど「以前から仲が良かった」ということを序盤で描いておけば、「仲良しから恋人へ」ってことだから、そこが随分と楽になるはずでしょ。

康平が東京へ行こうとするのは、完全に逃避行動だ。本気で紗枝と暮らしたいと思っていたのなら、もっと早い段階でタイミングは幾らでもあったはずだ。
で、父親が死んだことを受けて彼は漁師を続けることを決めるんだけど、そこは筋書きとして変だよ。
それだと「父が死んで一家を支えなきゃいけなくなったから、東京へ出て紗枝と暮らすことを断念した」という形になっているけど、そうじゃねえだろ。
もしも父が借金苦で船を売ることを決めていなかったら、康平はそのまま地元で漁師を続けていたはずだ。東京へ出て紗枝と暮らそうとは考えなかったはずだ。
最初から東京へ出ることは考えなかったはずだから、「それを断念する」という筋書きも生じない。

つまりだ、父から借金苦で船を売ることを聞かされていなかったら、父が死のうが死ぬまいが、康平はずっと漁師を続けていくつもりだったはずなのだ。
その展開において、康平に同情させたいのなら、船を失うことを知った康平が逃避行動として東京へ行こうと考えるのではなく、「本当に紗枝が大好きで、一緒にいたいから東京へ出ようと考える」という決意が先にあるべきなのよ。
で、「父に東京へ出る決意を打ち明けるつもりで漁に出たら、その父が事故で死亡する」という流れにでもしておいた方がいいんじゃないかと。

父が死んだ後、康平は「やっぱり東京へはいけない」と言っているけど、そもそも紗枝は彼に東京へ来てほしいと願っていなかったんだから、そこもどうなのかと。
ストーリーテリングとしては、紗枝も彼と暮らすつもりだったという形にしておかないと、「やっぱり東京へは行かない」と康平に言われる展開の意味が薄くなってしまうんじゃないかと。
だってさ、そう言われたところで、紗枝からしたら「最初から私は来てほしいなんて言ってなかったし、貴方が来るとも思っていなかったし」ってことになるでしょ。
それとさ、康平の父親が死んだのに、紗枝は通夜や葬儀に参列していないのね。
それはヒドくねえか。

回想劇が始まると、康平サイドの話の配分が、かなり多くなっている印象を受ける。
2人が別れるまでは、「康平、康平、たまに紗枝」って感じなんだよな。それはバランスが悪い。
あと、2人が別れた後、話が後半に入ると、急に流れが慌ただしくなるのね。
それなら、2001年のシーンなんか挟まなくてもいいのに。そこを挟む意味って、まるで無いでしょ。いきなり友人の結婚式まで飛んでも大差が無い。
で、2003年のシーンになると、日本では就職活動でどこの会社にも引っ掛からなかった紗枝が、なぜかニューヨークの会社で働いているという御都合主義もあったりする。

友人の結婚式のシーン、久々に帰国した紗枝は、康平がリツ子と一緒にいるのを見て動揺するのかと思いきや、「聞いてた、みなみから」と口にする。
おいおい、既に親友から聞いてたのかよ。
そこは「康平の結婚を知って動揺する」ってのがセオリーなんじゃないのか。
そこでセオリーを外して、何の得があるんだよ。
全体としては、使い古されたような筋書きや展開のオンパレードなのにさ。

紗枝と康平は灯台の近くで会い、「私、結婚するかもしれないから」「おめでとう。その人は、いい人か」「うん」「なら良かった」「やっぱり帰って来て良かった。康平君とこうやって話すことが出来て」という会話を交わす。
で、「これで双方ともキッパリと未練を断ち切って、それぞれの人生を歩いて行きまっしょい」ということで終わりにしておけばいいんじゃないのか。
それなのに、まだ両方とも、未練を残している感じマンマンなんだよな。
で、車で送って別れるのかと思ったら、2人が抱き合う展開になっちゃう。
いや、もうアホかと。
正直、そこで2人に感情移入できるほどワシは寛容な人間じゃないわ。そこで浮かぶ感情は「リツ子が不憫だなあ」ってことだけだ。
康平の中に、リツ子への愛情が微塵も感じられないんだよな。
そりゃあ三行半を突き付けられて当然だよ。

一方の紗枝の方は、ニューヨークへ戻ると、北見が「急な仕事が入った」という手紙を残して出掛けている。
この時点で完全に死亡フラグが立っている。
そして、その通りになる。
で、2005年に移り、彼女は北見の写真展を開いて「純一は2003年にイラクで死にました。でも私は信じています。私たちの近くに彼がいることを。貴方に出会えたことは私の誇りです。ありがとう、純一」とスピーチしている。
そこで「それぐらい北見を思っていた」ということを描写しているのに、その後で康平とヨリを戻す展開になっちゃうので、すげえ軽い女に見えてしまうよ。

紗枝と康平が再会する前に、紗枝がカナダの生まれ故郷を訪れるシーンがある。
つまり、冒頭のシーンの続きだ。
で、「たまたま町に日本のマグロ漁船が立ち寄っていて、そこに彼が乗っていることが判明」という展開があるが、すげえ御都合主義だな。
その展開自体もどうかと思うし、康平が乗っていると知った紗枝が急いで港へ向かうってのも、どうなのよ。
それだと、彼女は今も康平に未練たっぷりってことになるでしょ。
北見への思いは、もういいのかよ。北見が死んだから、生きている康平とヨリを戻そうってことかよ。

っていうか、紗枝が港に到着した時には既に船が発った後なんだけど、どうして、その町で再会する展開にしなかったのかと。
そのための伏線が張られていたはずでしょ。
それに、冒頭で紗枝が生まれ故郷の町へ行くシーンが配置されていて、灯台の写真も見ていたんだから、灯台の見える場所で2人が再会しないと締まらないでしょ。
結局、道東で再会するという展開にするのなら、カナダの町へ行った意味って何なんだよ。紗枝がカナダの町へ向かうところから映画を始めた意味って何なんだよ。
構成がデタラメすぎるだろ。

(観賞日:2012年7月27日)

 

*ポンコツ映画愛護協会