『浜の朝日の嘘つきどもと』:2021、日本

福島県南相馬の映画館「朝日座」で支配人を務める森田保造は、映写機から取り外した35mmフィルムを一斗缶に入れて燃やし始めた。そこへ浜野あさひが現れ、慌てて水を掛けた。彼女がフィルムの処分を止めようとすると、森田は朝日座を閉館するのだと告げる。フィルムを見たあさひは、それが『東への道』だと気付いた。森田は彼女に、朝日座を始めた祖父が最初に上映したのが『東への道』だと言う。彼が「震災は何とか耐えたが、コロナでとどめだ」と話すと、あさひは「ある人に頼まれて、ここを立て直すために来た」と述べた。名前を問われたあさひは、咄嗟に「もぎ、りこ。茂木莉子です」とダジャレの偽名を使った。
莉子が高校一年の時、東日本大震災が起きた。タクシー会社に勤務していた父の巳喜男は独立し、「浜野あさひ交通」と名付けた会社を設立した。彼は南相馬に渡り、除染作業員の送迎を担当した。最初は拍手喝采だったが、莫大な利益を上げた噂が広まって「震災成金」と批判されるようになった。実家は嫌がらせを受け、莉子の周りからは友達がいなくなった。東京へ転校することになった彼女は、立入禁止の屋上に入った。自殺を心配していた教師の田中茉莉子は彼女に声を掛け、視聴覚準備室で『青空娘』のDVDを見せた。
茉莉子はあさひに「映画って、フィルムだと半分は暗闇なんだって」と言い、ノートに図面を描いて映写機の仕組みを解説した。彼女は「百年後を想像してごらんよ。アンタなんか、どうせ生きてないんだから。今日慌てて死ななくても、大丈夫ってこと」と告げた。森田はあさひに本業は電気屋だと言い、「不動産屋に話は付けた。ここを買いたい会社がある」と話す。あさひは岡本不動産へ行き、岡本貞雄に朝日座の解体を阻止する方法を尋ねた。彼女は「森田の遠い親戚」と適当な嘘をつき、追い掛けて来た森田が否定しても構わずにデタラメな説明を続けた。岡本は朝日座が無くなることを寂しく思っており、あさひに肩入れする。森田は「借金があるんだよ」と言い、あさひが金額を訊くと岡本が「450万」と教えた。
あさひはクラウドファンディングで金を集めようと考え、朝日座に戻って写真を撮った。彼女は森田に「本当は続けたいんじゃない?」と言い、「東京で映画の配給会社にいたけど、コロナで潰れた。劇場が無かったら、映画を作っても上映できない」と話す。「こういう世の中で、今一番大事なのはお米や野菜を作ってる人だと思う。でも、そういう人たちが心の片隅で、映画や音楽に心を軽くしてもらえるんじゃないかって思う」と彼女が言うと、森田は弟が米農家で映画好きだったことを明かす。彼は弟が震災の1年後に自殺したこと、その前に朝日座で映画を見ていたことを語り、「映画じゃ人は救えない」と口にした。
あさひは「バカヤロー、まだ始まっちゃいねえよ」と『Kids Return キッズ・リターン』の台詞を拝借し、「この町に住む。ここはまだ、何も始まっていない」と告げた。あさひは東京の高校に馴染めず、家にも居場所が無かった。高校三年生の一学期で退学した彼女は夏休みに家出し、茉莉子のアパートに転がり込んだ。茉莉子は実家の電話番号を教えるよう言い、母親に連絡を入れてあそひを預かる許可を貰うことにした。母親は「弟の迷惑になるようなことだけはするなと言って下さい」と告げ、あさひを預けることを承認した。
茉莉子は男にだらしない性格で、すぐに好きになっては振られることを繰り返した。彼女はあさひに、東京の映画配給会社で働いていたことを話す。会社は5年で潰れ、絶縁していた父親が金の無心で押し掛けて来た。茉莉子は貯金を全て渡して完全に縁を切り、当時の恋人が南相馬の実家に帰ると言うので付いて行った。彼女は南相馬で教師を始めたが、すぐに恋人とは別れた。しかし教師の仕事は続け、郡山に移った。実家は九州の田舎で、父親とはずっと会っていなかった。
茉莉子はあさひの母親から電話を受け、娘を返してほしいと要求された。あさひの家出が近所で噂になり、弟の学校にバレると困るのだと母親は語った。茉莉子はあさひの気持ちを無視した母親の考えに腹を立て、その要求を拒否して電話を切った。茉莉子は莉子に、高卒認定を取って大学へ行くよう助言した。あさひは茉莉子から母親の電話について知らされ、「震災の後、放射線を気にし過ぎてノイローゼになった。弟だけが母親の光になった」と語った。
茉莉子は海外実習生のチャン・グオック・バオと親しくなり、アパートへ連れて来た。あさひは茉莉子とバオの3人で、ファミレスへ食事に出掛けた。バオは実習先でパワハラを受けて給料も貰えず、放火を図っている所を茉莉子に見つかって止められていた。あさひの母親が被害届を警察に出したため、茉莉子は未成年略取で刑事に連行された。あさひは茉莉子の逮捕を阻止するため、実家へ戻ることに決めた。あさひは茉莉子とバオの3人でレイトショーに出掛け、一緒に映画を鑑賞した。
あさひはクラウドファンディングの審査に送るため、森田に思いを語らせる動画を撮影した。朝日座では『青空娘』と『女の泣きどころ』の二本立てを上映することになり、あさひはチラシを作成して近所に配った。クラウドファンディングの審査に通過し、あさひは喜んだ。岡本は朝日座の売却先であるオフィスIと連絡が付いたが立腹していることを、彼女に伝えた。その上で彼は、本契約が済んでいないので、金さえ工面できれば望みはあるはずだと話す。
あさひはテレビ局に掛け合って朝日座の取材に来てもらい、インタビューで「去年亡くなった恩師に、朝日座を何とかすると約束した」と語った。朝日座の常連である老女松山秀子は、亡き弟への供養として森田に金を渡した。森田が次の二本立ての作品について考えていると、オフィスIの市川がやって来た。市川は森田に、テレビ放送があってから会社への苦情が殺到していることを話す。森田は金を返すので解体は中止してほしいと頼み、映画館が周囲の人々にとって憩いの場になっているのだと述べた。
市川は「スーパー銭湯とリハビリ施設にした方が人のためになります。雇用も生み出せます」などと説得し、自分が飯館出身だと明かす。彼は「この地域のために、必死で考えました。本音を言いますと、これが正しいかどうかは分からないんです。でも間違いではないと確信しています」と語った上で、借金の450万円だけでなく解体費用の1000万円も必要であることを教えた。森田と市川の会話を、あさひは隠れて聞いていた。クラウドファンディングは伸び悩み、朝日座の客足もバッタリと途絶えた。あさひはチラシを配るが、人々の反応は悪かった。岡本はあさひと森田に、オフィスIの社員が一軒ずつ説得に回っていることを知らせた…。

脚本・監督はタナダユキ、製作は河田卓司&村松克也&堀義貴&鈴木竜馬&藤本款&渡辺勝也、エグゼクティブプロデューサーは斎藤裕樹&津嶋敬介、プロデューサーは菅澤大一郎&藤原努&宮川宗生、撮影は増田優治、照明は野村直樹、録音は小川武、美術は井上心平、編集は宮島竜治、音楽は加藤久貴、主題歌『栞』はHakubi。
出演は高畑充希、柳家喬太郎、大久保佳代子、吉行和子、甲本雅裕、佐野弘樹、神尾佑、竹原ピストル、光石研、斉藤暁、六平直政、大和田伸也、黒田大輔、梅舟惟永、足立智充、野嵜好美、大方斐紗子、山本道子、矢野聖人、武藤心平、鎌滝秋浩、宮下貴浩、永井麻葵、淵澤由樹(声)ら。


福島中央テレビ開局50周年記念として制作された同名TVドラマの劇場版。
TVドラマの続編ではなく、前日譚を描く内容になっている。
脚本&監督はTVドラマに続いて、『お父さんと伊藤さん』『ロマンスドール』のタナダユキが担当している。
あさひを高畑充希、森田を柳家喬太郎、茉莉子を大久保佳代子、秀子を吉行和子、岡本を甲本雅裕、バオを佐野弘樹、市川を神尾佑、巳喜男を光石研が演じている。ドラマ版の主人公である川島役の竹原ピストルも、最後の1シーンだけ登場する。

あさひという女性が、事情も良く知らないのに余計なことに首を突っ込み、思い付きだけで行動する疎ましい奴にしか見えない。
もちろん彼女が指摘するように、森田だって本当は朝日座を続けたいのだ。しかし客が全く入らず、コロナでとどめを刺され、未練を断ち切って決断したのだ。
つまり彼は、考えに考えて、悩みに悩んで、苦渋の決断に至ったのだ。
それなのに、急に現れた赤の他人が続けるべきだと主張して勝手に動き回るのは、よっぽどのことが無い限りは「余計なお節介」でしかない。

しかも、あさひは朝日座を存続させるために、起死回生の優れた策を用意しているわけではない。寄付とかクラウドファンディングは、誰でも簡単に思い付く方法だ。
でも、そもそも以前から客が来なくなっていたわけで、今さらクラウドファンディングで借金を返済しても、少しだけ寿命が延びるだけで根本的な解決方法とは到底言えないだろう。
朝日座の場合、「それまでは好調だったがコロナで急激に苦境が訪れた」ってことじゃなくて、慢性的な危険水域にあったのだ。
だから冷たい奴だと思われるかもしれないが、コロナってのは踏ん切りを付けるための、いい機会とも取れるんじゃないかと。

あさひはクラウドファンディングぐらいしか策を用意していないくせに、「ここを立て直す」と偉そうなことを言う。その言動に、イラッとさせられる。
これが中高生だったら、「若気の至り」とか「若さゆえの未熟な暴走」として許せたかもしれない。だけど、そうじゃないわけで。もう立派な社会人なわけで。
なので、「もっと現実を見ろよ」と言いたくなる。
あと現実が見えていなくても。あさひが能天気でポジティヴ・シンキングな奴だったら、たぶん愛せたんじゃないかと思うのよ。でも、かなり神経質に見えるキャラクターなので、それも大きなマイナスに働いている。

致命的な欠点として、「あさひには映画や朝日座に対する本気の愛が感じられない」ってことが挙げられる。
マニアックな映画を知っていたり、映画の台詞を口にしたりするけど、全てが上っ面に感じてしまう。タナダユキが思っていることを、ただ彼女に代弁させているだけにしか見えないのだ。
いや実際にその通りなんだろうし、監督が自身の思いを登場人物に代弁させるなんてのは珍しくもない。それが悪いとは言わない。
ただ、「代弁者に過ぎない」ってのが露骨に見えるのは、やはり失敗だろう。

そう感じてしまうのは、高畑充希の演技に問題があるわけではなく、あさひのキャラクターの作り込みや演出に問題があるのではないか。
表面的に出している知識の断片に比べて、そこまで熱烈な本物の映画マニアには見えないのだ。
そもそも、あさひが朝日座を立て直そうとするのは、茉莉子のためなのだ。
あさひ自身が「映画が大好きだし、朝日座は大切な場所だから守りたい」という強い思いを抱いているわけではないのだ。

茉莉子があさひに『青空娘』のDVDを見せるのは、彼女の自殺を止めるための行為でもなく、励まそうとする行為でもない。
単に「自分が好きな映画を見せているだけ」にしか感じない。
もしも本気で「自殺を止めるために」と考えていたのなら、なぜ『青空娘』を見せたのか、その感覚は理解できない。
その後に「百年後を想像してごらんよ。アンタなんか、どうせ生きてないんだから。今日慌てて死ななくても、大丈夫ってこと」と言うけど、それと『青空娘』を見せる行為も、映写の仕組みの解説も、全く繋がっていないし。

もっと言っちゃうと、茉莉子に関する回想シーンと、あさひが朝日座を守ろうとする現在のシーンも、上手く繋がっているとは感じない。
朝日座の立て直しには「茉莉子の願いを叶えるため」という理由があるけど、無理して繋げようとしていると感じる。茉莉子と朝日座や森田との関係性が、あまりにも弱すぎるし。
TVドラマのプリクエルを映画で作ることになった時に、そこを繋げるための物語を上手く構築できていないんじゃないかと。
ぶっちゃけ、完全に切り離して「あさひと茉莉子の関係」だけを描いた方がスッキリするし、感動的な話に出来たんじゃないかと。

「コロナ渦」という現実の問題を持ち込んでいるくせに、劇中では誰もマスクを付けていないし、映画館でも他の店舗でもコロナ対策が取られていない。
現実との距離感が、その場に合わせて都合良く変わるのだ。
「コロナでとどめ」と森田に言わせた以上、「コロナ渦の日本」を現実に即して描かないのは、ただの手抜きにしか見えない。
あと、震災と新型コロナウイルスだけでもお腹一杯なのに、そこに「海外実習生とパワハラや給料未払い」という社会問題まで持ち込んでいるので、コッテリしすぎていて胃もたれするわ。

福島県が舞台という時点で何となく気付いた人もいるだろうが、「コロナ渦」よりも「震災」の方が遥かに大きな要素として扱われている。
終盤に入ると、あさひが「震災の後から家族に確信が持てなくなった」と語る。そして、「あさひが幻想だと思っていた家族に、結局は救われる」という結末に至る展開を用意している。
でも、まるで上手い話とは思わないよ。「震災に絡めた部分、無くてもいいなあ」と強く感じるよ。
あさひが「かき回しただけで何も出来なかった」と口にするけど、ホントにその通りになっているのも「なんだかなあ」と言いたくなるし。

森田が市川に解体の撤回を要望し、「映画館は人々の憩いの場になる」と話す。それに対し、市川は「それはただのセンチメンタルです」と指摘する。
彼は「お客さんが増えたのは、テレビの影響がある今だけです」と言い、「映画館よりもスーパー銭湯と宿泊施設の方が、お年寄りから小さなお子様までみんな喜びます。そこにリハビリ施設もあれば、全世代に渡って有効活用できます」「この未曽有の大不況に、雇用を生み出せるんです」「夢を見るのはいいことです。でも、それじゃ飯は食えないんです」などと語る。
ぐうの音も出ない正論であり、あさひは隠れて見ているだけだ。
監督が自分で用意したセリフだが、何も反論できないからだ。

終盤、茉莉子が乳癌で入院し、余命2週間て医師に宣告された状態で再登場する。つまり、もう病気で衰弱して死が間近に迫っているはずだが、そんな風には全く見えない。元気だった頃と、見た目が何も変化していない。
色々と難しい部分はあるだろうが、それにしても細工が皆無なのはダメでしょ。ただの手抜きにしか思えないぞ。
あさひは茉莉子が死んで、彼女との約束を守るために朝日座を訪れるのよ。それぐらい「茉莉子の病死」は大きな出来事なのに、そこが白々しい嘘にしか見えないのは大きな欠点でしょ。
そこまでの大久保佳代子の演技は決して悪くないだけに、ものすごく勿体無いことになっているぞ。

(観賞日:2023年5月12日)

 

*ポンコツ映画愛護協会