『ハケンアニメ!』:2022、日本

斎藤瞳は国立大を卒業して県庁で働いていたが、アニメ業界大手のトウケイ動画に転職を希望して面接を受けた。転職理由を問われた彼女は、「王子千晴監督を超える作品を作るためです」と強い口調で告げた。7年後。瞳は新作アニメ『サウンドバック〜奏の石〜』で初監督を任され、編集スタジオのピー・ダックで作業していた。チーフプロデューサーの行城理は宣伝プロデューサーの越谷徳治に、アニメ雑誌『アニメゾン』の表紙をやり直すよう命じた。瞳は制作デスクの根岸一彦から、行城に上手く利用されないよう忠告された。
スタジオえっじのチーフプロデューサーを務める有料香屋子は、『運命戦線リデルライト』の監督を王子に依頼していた。王子は現場に姿を見せず、香屋子は周囲に「体調が悪い」と説明していた。しかし王子は自宅からも姿を消し、香屋子が電話を掛けても繋がらなかった。『サウンドバック〜奏の石〜』は伝統の土曜夕方5時枠で、そこにライバル局が『運命戦線リデルライト』をぶつける形となっていた。香屋子に瞳を紹介した行城は、王子が失踪したことを見抜いていた。
瞳は『アニメゾン』の表紙を自分が描き直すと申し出るが、行城は却下した。彼はファインガーデンに所属するアニメーターの並澤和奈に電話を掛け、表紙の仕事を依頼する。デート中だった和奈は断るが、相手がアニメオタクとして接しているだけだと知った。彼女はデートを切り上げ、トウケイ動画に赴いて表紙を描いた。脚本会議に出席した瞳は、音の変更について脚本家の前山田修から多くの修正が出ると指摘される。既に作業のスケジュールは厳しくなっているが、瞳は「コンテ通りで」と告げた。
行城は瞳をタクシーで連れ出し、販促グッズの企画書を読むよう指示した。彼は瞳にファッション雑誌の取材を受けさせ、SNS用の写真も撮影した。王子は1週間も戻らず、香屋子は放送局制作局長の星洋二から代役を見つけるよう指示された。香屋子は監督交代候補リストを渡されるが、命令に従おうとはしなかった。瞳はアフレコに同席し、ヒロインのトワコを演じる群野葵に何度もNGを出した。彼女が冷淡な態度を取ると、葵は泣いてスタジオを飛び出した。行城から嫌味を浴びせられた瞳は、「実力が無い彼女の起用には反対だった」と口を尖らせた。すると行城は、「人気声優の彼女は客が呼べる。そうでもしないと貴方は王子千晴に勝てない」と告げた。
帰宅した瞳は、隣に住む小学生の太陽にアニメは好きか尋ねる。太陽はアニメを見ないと言い、「アニメって、みんな嘘じゃん」と冷めた態度を示した。瞳も幼少期、太陽と同じような考えを抱いていた。彼女は家に借金取りが押し掛ける中、両親が不在で孤独に耐える日々を余儀なくされていた。翌日、瞳は王子との公開対談に出席するため、アニメフェスの会場へ赴いた。王子が何食わぬ顔で会場に来たので、香屋子は怒って殴り付けた。王子はハワイ土産をプレゼントし、最終話以外のコンテは完成させたことを伝えた。
公開対談が始まると、まずは司会者が瞳と王子に自分が担当する作品の説明を促した。瞳は緊張で上手く説明できず、王子は質問する形で助け舟を出した。瞳は司会者の質問を受け、7年前に王子が監督した『光のヨスガ』に出会って初めて人生を肯定された気がしたと話す。その上で彼女は、視聴率も何もかも『運命戦線リデルライト』に勝って今期のハケンアニメを目指すと宣言した。王子も負ける気など無く、落ち着き払った態度で瞳の宣言に対抗した。
王子は『光のヨスガ』の際に最終話で主人公を殺そうとしたが、NGを食らって実現できなかった。そこで彼は香屋子に、今回こそ主人公を殺したいと要望した。行城は瞳に聖地巡礼の話が来ていることを伝え、明日までに資料を読んで意見をまとめるよう指示した。和奈は社長の関から、秩父市のスタンプラリー企画の仕事を回された。多忙な和奈は嫌がるが、関と秩父市観光課職員の宗森周平に頼まれ、渋々ながらも引き受けた。香屋子は最終話で主人公を殺すアイデアについて星に掛け合うが、当然の如く却下された。
初回放送日、香屋子は王子の部屋を訪れて安売り店のレシートを発見し、彼がハワイに行ったように偽装していたことを知った。王子は嘘を認め、書けないプレッシャーに苦しんでいたことを告白した。公開招待上映会に出席した瞳は、放送終了後に観客の拍手を浴びて笑顔を浮かべた。『サウンドバック 奏の石』と『運命戦線リデルライト』の初回視聴率は同率1位となり、ネットでも話題になった。第2話は、『運命戦線リデルライト』が1位で『サウンドバック 奏の石』が2位となった。
アフレコに同席した瞳は、休憩時間に王子と遭遇した。王子は葵との関係が上手く行っていないと知っており、「心を開かないとエヴァは動かないぞ」と助言した。宗森がスタンプ台を置く場所を決めるために町を巡る際、和奈も同行した。宗森はアニメを全く見ておらず、和奈は自分と違ってリア充だと知った。第3話の視聴率も『運命戦線リデルライト』が1位で、『サウンドバック 奏の石』は差を大きく広げられて人気は落ちる一方だった。
瞳は自分が知らない内にコラボカップ麺が発売されていることを知り、激しい怒りを覚えた。彼女は行城に抗議するためトウケイ動画へ出向き、自分の陰口を言っている越谷と根岸の姿を目撃した。第6話が放送される頃には、『運命戦線リデルライト』は独走状態に入った。王子は大幅な修正を要求し、香屋子が「どこのスタジオも相手にしてくれない」と反対しても受け入れなかった。香屋子が抗議すると、彼は「納得できない物を世に出したらおしまいなんだよ」と声を荒らげた。
瞳はコラボカップ麺の件で行城に抗議するが、まるで相手にされなかった。行城は「いい作品を作れば視聴率が取れると思うのは理想です。どんな手段を使ってでも、一度は視聴者の目に触れる。作品の質が問われるのは、それからです」と言い放ち、瞳は激しく苛立った。瞳はストレス発散のためにボクシングジムへ出掛け、香屋子と遭遇した。2人は互いの苦労を語り合い、香屋子は瞳のアニメに懸ける思いを知った。彼女はファインガーデンへ出向いて関や和奈たちに頭を下げ、修正の仕事を受けてもらった。
瞳は葵のSNSを見て、トワコ声を知るために作品の舞台を巡っていることを知った。彼女は葵の元へ行き、今までの態度を謝罪した。すると葵は、「昔の自分に見せたかったんですよね」と告げる。彼女は行城から、瞳が子供たちの心の支えになるアニメを作りたいと思っていることを聞かされていた。葵は自分も同じように助けられたアニメがあると語り、だから頑張るのだと言う。彼女は笑顔を浮かべ、「自分が客寄せだってことぐらい分かってます。それなら日本一の客寄せになってみせる」と力強く告げた…。

監督は吉野耕平、原作は辻村深月『ハケンアニメ!』(マガジンハウス刊)、脚本は政池洋佑、製作は木村光仁&高木勝裕&鷲見貴彦&與田尚志&中野伸二&鉄尾周一&岡徳康、企画プロデュースは須藤泰司、プロデューサーは高橋直也&木村麻紀、撮影は清久素延、美術は神田諭、照明は三善章誉、録音は赤澤靖大、編集は上野聡一、アニメ監修は梅澤淳稔、VFXプロデューサーは井上浩正&山田彩友美、劇中アニメプロットは辻村深月、音楽は池頼広、音楽プロデューサーは津島玄一、主題歌はジェニーハイ『エクレール』。
出演は吉岡里帆、中村倫也、柄本佑、尾野真千子、工藤阿須加、小野花梨、古館寛治、徳井優、六角精児、前野朋哉、新谷真弓、高野麻里佳、矢柴俊博、松角洋平、前原滉、水間ロン、みのすけ、尾倉ケント、久遠明日美、小玉丈貴、伊藤さとり、大場美奈、広田亮平、森レイ子、北島美香、加藤義宗、宮内理沙、二木二葉、横田健介、川越諒、川口雄介、小川智弘、小野田せっかく、山田佳奈実、原岡見伍、金子雅、宝辺花帆美、飛田一樹、小島庄一郎、W.MIKI、心美、梶裕貴、潘めぐみ、木野日菜、速水奨、高橋李依、堀江由衣、花澤香菜、小林ゆう、近藤玲奈、兎丸七海、大橋彩香、小林郁大ら。


辻村深月の同名小説を基にした作品。
監督は『水曜日が消えた』の吉野耕平。
脚本は『レンタルなんもしない人』『あのコの夢を見たんです。』などテレビ東京の深夜ドラマ枠を多く担当してきた政池洋佑で、これが映画デビュー。
瞳を吉岡里帆、王子を中村倫也、行城を柄本佑、香屋子を尾野真千子、宗森を工藤阿須加、和奈を小野花梨、越谷を古館寛治、前山田を徳井優、関を六角精児、根岸を前野朋哉、白井を新谷真弓、葵を高野麻里佳、河村を矢柴俊博が演じている。

まず何よりも強く感じるのは、まるで時間が足りていないってことだ。
原作は4つの章で構成されており、第一章が王子と香屋子の物語、第二章が瞳と行城の物語、第三章が和奈と宗森で、最終章で6人が一ヶ所に集まる流れとなっている。
それを映画化に際して、チャプター形式ではなく3組の物語を並行して描く構成に変更している。
でも、どういう構成にしたところで、無理があったんじゃないかと思うのだ。
いずれか1組だけに絞り込むぐらい、大胆な割り切りが必要だったんじゃないかと思うのだ。

瞳と王子は、別のアニメを担当している。だから、この2人をメインに据えるだけでも、1本じゃなくて2本のアニメ制作現場を描く必要があるってことになる。
さらに、瞳と王子は監督で、宗森は観光課職員、和奈はアニメーター、香屋子と行城はプロデューサー。この面々をメインに配置し、他にも声優である葵が大きく扱われたりする。そうやって、様々な立場からアニメ制作現場を描こうとしているわけだ。
でも、そんな描き方をするには、まるで時間が足りていないのだ。
冒頭で瞳の面接シーンを描いているんだから、どう考えたって彼女の物語として全体を構築すべきだろう。そうじゃないなら、面接シーンなんて無い方がいい。瞳の王子に対する特別な思い入れなんて、その後で幾らでも描けるんだし。

どういう職種の人間がアニメ制作に携わっているのか、どういう職種の人間がどういう仕事をしているのか、どういう順番でアニメは制作されるのか、そういう諸々の説明が、ほとんど用意されていない。
一応はスタッフの職種をテロップで出したり、作業についてもサラッと触れたりしているが、アニメに詳しくない人からすると何の助けにもなっていないだろう。
それにアニメに詳しい人が見ても、ものすごく慌ただしいという印象は否めない。

瞳は新人監督にしては、あまりにも態度が悪い。スタッフに作業の指示を出す時も、「キツい仕事を頼んでいる」とか「様々な場所に迷惑を掛ける」という意識は皆無で、冷淡に「コンテ通りで」と言うだけだ。
葵にNGを出す時も、ものすごく言葉がキツい。葵が泣いても、突き放すように「なんで泣いてるんですか」と言い放つ。ただの嫌な奴にしか見えない。
「緊張と重圧で言動がトゲトゲしくなっている」ってことじゃなくて、シンプルに性格が悪いだけにしか見えないのだ。
終盤でのスタッフへの接し方を見ると、やはり重圧でトゲトゲしくなっていた設定なのかもしれないが、だとしても上手く表現できていないし。

映画開始から50分辺りで初回放送日になるが、かなり展開として拙速だと感じる。
最終話が終わった後まで描かなきゃいけないから、初回までに多くの尺を取れないという事情があるのは理解できる。ただ、そのせいで「アニメが放送されるまでの苦労」の描写がおざなりになっている。
それを考えても、「瞳の物語」として思い切ったフォーカスの絞り込みが必要だったんじゃないかと。周囲の情報をシャットアウトするぐらいの思い切った脚色でも良かったんじゃないか。
この映画だと「宣伝」や「観光」など、あまりにも「アニメを作る」という直接的な行為から外れた場所まで手を広げ過ぎている。
そこまでフォローできれば何の問題も無いけど、明らかに処理能力を超過している。

王子は7年前に『光のヨスガ』が絶賛されて天才と呼ばれたが、その後はスランプに陥り、現場を放り出した過去もある設定だ。
だから今回の『リデルライト』は、久々の復帰作として注目を浴びている。
でも、「周囲は期待もしているが、過去の件があるので疑念を持つ者も少なくない」という状況や、「王子が重圧を感じて苦悩している」という心境は、まるで表現できていない。
瞳に絞っても充分に掘り下げているとは言えないのだから、そりゃあ王子まで手が回らなくても当然っちゃあ当然だろう。

公開対談で司会者の発言に腹を立てた王子は、「リア充どもが現実に彼氏彼女とのデートとセックスに励んでる横で、俺は一生自分が童貞だったらどうしようって不安で夜も眠れない中、数々のアニメキャラでオナニーして青春過ごしてきたんだよ。だけど、ベルダンディーや草薙素子を知ってる俺の人生を不幸だなんて誰にも呼ばせない」と語る。
これって、心に突き刺さる名台詞になってもおかしくないのよ。
でも前述のように、王子の描写が薄いせいで全く響かず、ものすごく勿体無いことになっているのよ。

行城を嫌悪して激しく反発していた瞳だが、目の前で越谷と根岸が彼を悪く言うと、腹を立てて怒鳴り付けるシーンがある。彼女は行城を擁護し、信頼していることを語る。
でも、それって行城が強引に入れた写真撮影の仕事の直後なのよね。それなのに「信頼して一緒に仕事をしています」というスタンスになっているが、何がどうなって変化したのか良く分からない。
まさか、葵に「瞳が子供たちの心の支えになるアニメを作りたいと思っていることを行城から聞かされた」と言われただけでガラリと変わったのか。それぐらいしか変化のきっかけは見当たらないもんなあ。
でも、そうだとしたら、どんだけ簡単な奴なんだよ。

行城が本気でアニメを愛しているようには、まるで見えないんだよね。
良くも悪くも徹底したビジネスマンであり、アニメを商売道具としか見ていない奴にしか思えない。
儲けを出すために監督に本業以外の仕事を次々に押し付け、それで潰れることなんか考えていないだろ。スタッフに対する思いやりが皆無なのよ。
終盤で申し訳程度に優しさのカケラだけは見せるけど、そんなんじゃ全くリカバリーできていないからね。
それはDV男がたまに見せる優しさみたいなモンで、本質的には酷い奴だからね。

王子は最終回で主人公を殺すことに固執しているけど、それは必然性や理由があるわけじゃなくて、「主人公を殺したい」ってだけなのだ。主人公を殺すことが目的であり、「こういう物語だから主人公は死ぬべきだ」という理由があるわけではないのだ。
ようするに彼は『光のヨスガ』で主人公を殺したかったのに上の反対で実現できなかったので、その怨念を晴らしたいだけなのだ。
そうなると、そもそも『光のヨスガ』の時も、本当に物語上の必然性があって「主人公を殺すべき」と思っていたのかどうか怪しい。
まずギミックありきで、理由や必然性は無視しているんじゃないかと。

それって、ものすごく歪んだ感覚だと思うのよね。
王子の作品やアニメを愛しているファンに対しても、失礼で不誠実だと思うし。
最終的に彼は主人公が助かる結末を用意するけど、「やっぱり主人公を殺すのは手段じゃなくて目的だったのかよ」と言いたくなる。
それでも、「ただ主人公を殺すことばかり考えていた王子だが、それは必然性を無視した身勝手なエゴだと気付いた」という心の変化があれば別にいいと思うのよ。
だけど、そんなのは全く無いからね。

一方、瞳は最終回をハッピーエンドから「主人公は失われた音を取り戻せない」という結末に変更する。
これについて彼女は、「最後の最後で奇跡が起きて失われた音が戻って来る。そんな都合のいいことはありません」「誰かの都合で描かれたハッピーエンドは要らない」などと語る。
だけど、どんなアニメであろうと、全ては作り手の都合なのよ。バッドエンドであろうと、それは誰かの都合なのよ。
あと、最終回の映像を見た限り、「奇跡が起きて主人公が助かるハッピーエンド」を用意した『リデルライト』の方が『サウンドバック』よりも心に刺さるぞ。
そして『サウンドバック』の方は、「あのエンディングだったら、普通に音を取り戻せる結末でも大して変わらないんじゃないか」と思っちゃうし。

(観賞日:2023年2月14日)

 

*ポンコツ映画愛護協会