『配達されない三通の手紙』:1979、日本

山口県萩市。アメリカから来た日系三世のボブ・フジクラは、居候させてもらう唐沢光政の屋敷を訪れた。ボブは光政の姉でアメリカで暮らす君枝の孫で、来日を知らせる手紙を事前に送っていた。長門銀行の頭取を務める光政は連絡を受け、自宅へ戻った。唐沢家では英語が話せる三女の恵子がボブの相手をしており、光政は妻のすみ江からボブを紹介された。ボブはシカゴの大学で東洋史を3年に渡って勉強しており、さらに深く知るために来日していた。
唐沢邸では月に一度の晩餐会が開かれ、光政は病院の院長である牛山、判事の橋山と妻の久美子、検事の峰岸をボブに紹介した。次女の紀子が遅れて顔を出すが、すぐに「やっぱり休ませて頂く」と自室へ戻った。彼女は3年前から心の病を患っており、牛山も治せないので光政は頭を悩ませていた。恵子は峰岸と婚約しており、今年の秋には結婚することが内定していた。しかし恵子は紀子の件もあり、あまり急いで結婚したいとは思っていなかった。
恵子はボブを敷地の中にある別邸へ案内し、誰も住んでいないので自由に使うよう促した。ボブが誰も住んでいない理由を尋ねると、彼女は「紀子のスイートホームになる予定だったが、結婚式の直前に相手が蒸発した」と説明した。翌朝、紀子はバー「スコーピオ」を営む長女の麗子から電話を受け、蒸発していた藤村敏行が戻って来たことを知らされた。紀子が店に行くと、麗子は敏行が北海道から戻ったばかりであること、漁業会社を辞めて別の所に勤めると話していることを伝えた。
麗子が話し合うよう促して席を外すと、敏行は沖縄の観光会社で働く予定を紀子に語った。紀子は敏行を連れて、家に戻った。光政は激怒し、敏行を追い出そうとする。紀子は敏行を擁護し、彼と結婚すると宣言した。敏行は光政に、紀子には家を出てもらうと告げた。紀子の強い決意を見た光政は、この3年間は忘れると口にした。彼は「敏行は長門銀行に勤める」「2人は新居で暮らす」という結婚の条件を提示し、それが嫌で家を出るなら断固とした処置を取ると告げた。
紀子と敏行の結婚式の日、ボブが屋敷に残っていると麗子がやって来た。もう結婚式が始まっているとボブが伝えると、彼女は「いいの、呼ばれてない」と述べた。ボブは敏行の出身地が東京だと聞き、なぜ萩市に来たのだろうと疑問を呈した。麗子は光政から勘当されて家に立ち入り禁止になっていることを話し、その場を後にした。後日、恵子とボブは麗子の店に赴いた。ボブが結婚しない理由を尋ねると、麗子は7年前に新劇公演に来た男と恋に落ちたこと、父に反対されて駆け落ちしたこと、1年も経たずに捨てられたことを話す。ボブが光政は恵子を許したことを指摘すると、麗子は自分の一件を失敗だと思っているからだろうと述べた。
紀子と敏行はヨーロッパへの新婚旅行から戻り、新居での生活を始めた。銀行で働いていた敏行は電話を受け、妹の智子が屋敷に来たことを知らされた。急いで帰宅した敏行は智子を見て困惑し、まるで歓迎する様子を見せなかった。智子が「疲れているので休みたい」と言い出すと、紀子は自分たちの向かいの部屋へ案内した。智子は敏行に「いつまでいるつもり?」と訊かれ、「すぐ帰るわ」と答える。しかし彼女は全く帰る気配を見せずに居座り続け、無神経な言動が目立つようになった。
紀子が敏行に届いた荷物を運ぶ時、恵子とボブは手伝った。紀子は階段で落とした荷物を拾う時、本に挟まった3通の手紙に気付いた。手紙を読んだ彼女の顔は青ざめるが、恵子とボブが声を掛けると「何でもない」と告げた。皆で文楽の観劇に行く時、恵子とボブは手紙を調べるために理由を付けて屋敷に留まった。2人は本を見つけるが手紙は無く、どこかに紀子が隠したのだと確信した。本は毒物の専門書で、砒素に関する詳しい情報が記載されていた。
恵子とボブは部屋を探し、帽子箱に隠してあった手紙を発見した。それは敏行が妹に宛てた手紙で、全てに未来の日付があった。1通目は8月11日の日付で、「妻が病気になった。なんの病気かわからない」と書かれていた。2通目は8月20日の日付で、「前より悪くなった。妻は重体だ」と記されていた。3通目は9月1日の日付で、「妻は死んだ」と綴られていた。それを読んだ恵子とボブは、敏行が紀子の毒殺を企んでいるのではないかと不安を覚えた。
8月11日の夕食で、敏行が注いだワインを飲んだ紀子がトイレに駆け込んで嘔吐した。翌朝に紀子は回復するが、心配した恵子は手紙を見つけたことを告白した。紀子は「悪戯か冗談に決まってるわ」と笑い飛ばし、診察のために病院へ赴いた。車で送り届けた恵子は、なぜ牛山に診てもらわないのだろうかと疑問を覚えた。恵子は衛生試験所だ働く友人に紀子の使ったワイングラスを調べてもらうが、毒物は検出されなかった。
後日、ボブは質屋に入る敏行を目撃した。夜遅くになっても敏行は帰宅せず、恵子とボブは麗子に呼ばれて店へ行く。すると敏行は悪酔いしており、麗子は金を貸してくれと頼まれて断ったことを恵子たちに話した。敏行は恵子とボブに連れられて帰宅し、心配する紀子に悪態をついた。恵子とボブが去ると、敏行は紀子に50万円を貸してくれと頼む。しかし彼が理由を言わないので、紀子は無理だと断った。翌日、ボブは敏行を尾行し、サラ金に入る姿を撮影した。
8月20日の朝、紀子は敏行の注いだコーヒーを飲むと、すぐに苦しそうな様子でトイレに駆け込んだ。彼女がドアを施錠したので、ボブが突き破った。すると紀子は、砒素の解毒剤を飲んでいた。敏行が寝室まで運ぶと、紀子は「みんな出て行って。出て行かないと窓から飛び降りる」と喚き散らした。牛山が呼ばれて紀子を診察し、光政に原因を説明した。彼が警察に届けようとすると光政が制止し、峰岸に内密での調査を命じた。峰岸は知り合いの鑑識員に協力してもらい、紀子が飲んだコーヒーから微量の亜ヒ酸が検出された。
翌朝、峰岸は紀子から事情を聞く。すると紀子は、砒素は自分が持っていたのだと説明する。彼女は大学時代にタイから来ていた留学生から、庭木の殺虫剤として砒素を貰ったのだと話す。棚に残っていたのに気付いて捨てたが、指に付着していたのだろうと彼女は語った。恵子は本当のことを話してほしいと紀子に言い、質屋から出した結婚指輪を見せた。すると紀子は、お金が必要だから自分が敏行に渡したと語る。ボブが質屋を巡る敏行の写真を見せると、彼女は「これは私たち夫婦の問題よ」と突っぱねた…。

監督は野村芳太郎、原作はエラリィ・クィーン 早川書房刊『災厄の町』より、脚本は新藤兼人、製作は野村芳太郎&織田明&田中康義、撮影は川又昂、美術は森田郷平、録音は山本忠彦、調音は松本隆司、照明は小林松太郎、編集は太田和夫、音楽は芥川也寸志 E.グリーグのアリア・ホルベルグ組曲より。
出演は栗原小巻、片岡孝夫(十五代目 片岡仁左衛門)、神崎愛、蟇目良、松坂慶子、小川真由美(小川眞由美)、竹下景子、渡瀬恒彦、乙羽信子、佐分利信、小沢栄太郎、小沢栄太郎、米倉斉加年、北林谷栄、滝田裕介、蟹江敬三、稲葉義男、中村美代子、武内亨、久保まづるか、石山雄大、舛田紀子、志賀真津子、住吉由美子、野見山さと子、小森英明、岡本忠行、渡辺紀行、実吉角盛、城戸卓、加島潤、山吉鴻作、篠原靖夫、羽生昭彦、高崎晃子、広瀬美樹ら。


エラリィ・クィーンの推理小説『災厄の町』を基にした作品。
監督は『事件』『鬼畜』の野村芳太郎。
脚本は『危険な関係』『絞殺』の新藤兼人。
物語の舞台を原作のアメリカから山口県萩市に変更している。
紀子を栗原小巻、敏行を片岡孝夫(現・十五代目 片岡仁左衛門)、恵子を神崎愛、ボブを蟇目良、智子を松坂慶子、麗子を小川真由美(小川眞由美)、峰岸を渡瀬恒彦、すみ江を乙羽信子、光政を佐分利信、牛山を小沢栄太郎が演じている。

野村芳太郎は『事件』に続いて新藤兼人と組むことになったが、出来上がった脚本に不満を抱き、全て松原信吾(当時は松竹の助監督。後に1981年の『なんとなく、クリスタル』で監督デビュー)に書き直させている。
しかし実際に映画を見た限り、書き直された脚本が大失敗しているとしか思えない。
なので、新藤兼人が書いた脚本の内容が気になる。
新藤兼人ってことは何かしらのお堅いメッセージが入っている可能性もあるけど、ミステリーとして考えた時には、これよりもマシだった可能性も考えられるからね。

この映画で一番の難点は、敏行が身勝手極まりないクズ野郎にしか見えないってことだろう。
彼は3年前、結婚式の直前に紀子を捨てて逃げ出している。それなのに今になってノコノコと会いに来て、そんなに悪びれる様子も無い。そして反省の様子が見えないだけでなく、紀子に家を出てもらって結婚すると言い出す。
そりゃあ光政が怒るのも当然だろう。
しかも単に蒸発しただけじゃなく、北海道では智子と同棲生活を送っていたんだよね。それなのに、今度は智子を捨てて紀子との復縁を目論むんだから、ホントにクズじゃねえか。

そもそも、敏行が3年前に蒸発した理由が良く分からないんだよね。
光政が敏行を追い払おうとした時、紀子は「悪かったのは私なんです。敏行さんの自分の力で生活したいっていう気持ちを理解できなかった私が子供だったんです」と語るけど、それは彼女の見解に過ぎないわけで。
敏行の蒸発した理由が、本当にそれなのかどうかは分からない。
それに、ホントにそうだったとしても、「それなら結婚式の直前に蒸発するのも仕方が無い」とは思わんぞ。
「紀子に自分の気持ちを話して歩み寄ってほしいと頼む」とか、「今のままでは無理だから結婚の解消を提案する」とか、もっと穏便に事を進める方法は模索できたはずで。

いっそのこと、敏行を「紀子を騙して利用するために戻って来た男」ぐらい徹底して卑劣で醜悪なクズ男として描いてくれた方が、ある意味では受け入れやすかったかもしれない。
だけど、どこか擁護するような描き方をしているので、それはちょっと厳しいなあと。
麗子に「気が小さくて弱いから放っておけない」と敏行を評させているが、それは確かに分からんではない。何しろ演者が片岡孝夫だし、女性が「守ってあげたい」と思うのは分からんでもない。
でもクズはクズだからね。

麗子は勘当されて立ち入り禁止になっているのに、なぜか結婚式の当日に屋敷へ戻って来る。そこでボブとお喋りし、店に来るよう促して立ち去る。
彼女が屋敷に顔を出した理由は簡単で、ボブを通じて観客に情報を知らせるためだ。その後のバーでの会話シーンも、ほぼ同様と言っていい。
っていうか基本的に麗子が出演するシーンは、「観客に必要な情報を伝える」ってことが目的で用意されている。
「ドラマとして云々」ってことだけを考えるなら、麗子の存在意義は皆無に等しい。

光政は戻って来た敏行に激怒して追い出そうとしたのに、すぐに条件を提示して結婚を許可する。出した条件は、そこまでハードルが高くない。
あまりにも甘すぎる対応であり、そこを麗子の「自分の件を失敗と思っているんだろう」という言葉で乗り切ろうとしているけど、下手な言い訳にしか聞こえない。
一方、そこまで難しくない条件とは言え、それを簡単に飲んで結婚する敏行はどうかと思うぞ。「自分の力で生活したい」という考えは、あっさりと捨てるのかと。
そんな感じなので、「やっぱりクズなんだな」と。

智子が来た時の敏行の反応を見れば、おまけに演者が松坂慶子なので、ただの兄妹じゃないことは最初から何となく透けて見える。そして早い段階で、敏行と智子に性的関係があることはバレバレになっている。
ただ、あまりにも分かりやすいヒントが多いので、製作サイドは隠す気も無いんだろう。そこの肉体関係を明かした上で、「智子が犯人では」というミスリードを狙っているんだろうと思われる。
1人目のミスリード対象は敏行だが、あまりにもクロすぎるせいで、逆に彼が犯人じゃないのはバレバレになっている。
なので、ほぼ同じぐらいのタイミングで第二の矢を放っているんだろう。

しかし本作品は根本的な部分でアンフェアなことをやらかしており、ミステリーとしては最初から破綻していると言ってもいい。
まず紀子が階段でボブとぶつかった時、「閉じた本から挟んである手紙が覗く」という形で綺麗に落ちるのは都合が良すぎる。
また、その時点で紀子が計画を思い付いて行動を起こしたことになるが、これも不自然。
また、恵子とボブが気になって手紙を見つけたり本の内容を確認したりする必要もあるのだが、ここも計画としてはギャンブル性が高い。
あと、手紙を見つけた途端に恵子とボブが「敏行が紀子を毒殺するのでは」と疑念を抱くのは、ちょっと拙速にも感じる。

恵子とボブが手紙の件から独自の捜査を開始するのは、キャラの動かし方として下手じゃないかと。
そりゃあミステリーだから、探偵役がいた方が都合がいいに決まっている。だが、それにしても恵子はともかくボブが素人探偵として動き出すのは違和感が強い。
そもそも、「日系三世で日本を学ぶために萩市へ来た」という設定に「無駄に飾りの多いキャラだな」と感じるのだが、そんな奴がやたらと恵子と仲良くなるだけでなく、唐沢家の問題に首を突っ込むのは「なんでだよ」と言いたくなる。
こんな奴を使うぐらいなら、素直に恵子の恋人というポジションのキャラでも動かした方がいいんじゃないかと。

8月20日の事件が起きた後、光政は銀行で敏行を呼び出す。その頃には敏行の勤務態度の悪さが問題になっており、光政は「恥を知れ」と怒る。
ところが、そこからシーンが切り替わると、光政は敏行の誕生パーティーを盛大に開くよう紀子に指示している。「彼が立ち直るきっかけにもなる」と言うが、あまりにも不可解な行動だ。
そこには、「大勢の前で智子が紀子のウイスキーグラスを奪い、それを飲んで死ぬ」という状況を作り出すための作劇上の都合が関係している。
そこへスムーズな流れで持ち込むための作業を怠り、光政に不可解な行動を取らせることで強引に成立させているのだ。

終盤、竹下景子が演じる大川美穂子というキャラが登場する。彼女は共連通信の記者で、敏行の大学時代の後輩という設定だ。
美穂子は光政と会い、「敏行さんは人を殺せるような人間ではありません。これは何かの間違いです」と訴える。そして、敏行の口から彼の無実を名言するよう頼む。
初対面の相手に対して、なかなかの無茶な要求だ。
しかも、何か根拠があって「敏行は無実」と断言するのかというと、「昔を知っている。人間の本質は数年では変わらない」ってだけなのよ。
それは根拠でも何でもない。

それに、美穂子が光政に会って「敏行は無実だから名言してくれ」と頼もうが頼むまいが、話の展開には何の影響も無いのだ。
彼女の訴えを受けて光政が行動を起こすことなど無いし、美穂子が記事を書いて状況が変化することも無い。
っていうか、「真実の調査役」としては登場のタイミングが遅すぎると思ったのだが、美穂子はそんな役目など担当しないし。
美穂子が敏行に面会するシーンもあるけど、これで物語に変化が生じることも無いし。

美穂子は根拠ゼロで「敏行は無実」と主張するし、ただ「大学の後輩」というだけで躍起になっている。
最後の最後で「実は」という真相が明かされるが、そこまでは誰も彼女に疑問を抱かないままで話を進めるので、単に「不自然な行動を起こすキャラ」と化している。
完全ネタバレを書くと、彼女は敏行の実の妹なのだ。ただ、それが警察にバレないままで話が進んでいるのは不可解。
あと、彼女が敏行の妹であろうが無かろうが、実は物語の展開に大差が無いんだよね。最後に「車のキーを付けたまま放置し、敏行が奪って逃げる状況を整える」という形で手助けしているが、そんなのが無くても「敏行が自殺する」という行動は成立させられるし。

誕生パーティーで智子が死んだ後、恵子とボブは調査のために北海道へ飛ぶ。そこで聞き込みをした結果、2人は智子が敏行の妹ではなく恋人関係で同棲していたことを突き止める。
だけど智子が死んだ後、警察は敏行を容疑者として捕まえているんだよね。
もう警察が捜査を開始したら、すぐに智子が敏行の妹じゃないことぐらい分かりそうなモノでしょ。
それなのに、恵子とボブが北海道で聞き込みをしないと、その事実が判明しないってのはおかしいだろ。

事件の真相を書くと、「敏行の手紙を読んだ紀子が、彼に自分を殺した罪を着せて自殺しようと目論んだ。しかし智子がグラスを奪って飲んだので死んでしまった」ってことだ。
手紙を書いたのは敏行だが、そこで「妻」と書いているのは智子のことで、実の妹である美穂子に宛てて殺害計画を記す手紙を書いた。しかし実際には殺せず、紀子との結婚生活を始めたわけだ。
でも計画を中止にしたのに、そんな手紙を残しているのは不可解。
それと名前ではなく「妻」「妹」と書いているのも、引っ掛かるなあ。

(観賞日:2024年10月29日)

 

*ポンコツ映画愛護協会