『鋼の錬金術師 嘆きの丘(ミロス)の聖なる星』:2011、日本
炎に包まれた国から、一組家族が脱出した。父親は待ち受けていた軍人に錬金術の本を見せ、自分の素性を確認させた。軍人は「研究施設の方は用意させて頂きました。クレタ本国へお迎えします」と言い、部下のアトラス中尉とラウル軍曹に一家のことを任せる。一家は車に案内された。娘のジュリアは全く事情が分からず、「お家に帰らないの?」と口にする。母は「お家は焼けちゃったの。これから新しいお家に行くのよ」と優しく告げた。祖国に残された人々が、塀の向こう側で口々に叫んでいた。兵隊が彼らを撃ち始めたので、ジュリアの兄アシュレイは「見ちゃダメだ」と慌てて告げた。それは、成長したジュリアの見ていた悪夢だった。
目を覚ましたジュリアは、本を読んでいるアシュレイに話し掛けた。アシュレイは両親の両親の研究記録を内緒で読んでいた。ジュリアが「お兄ちゃん、分かるの、錬金術なんて」と訊くと、彼は「分かるさ。その内、ジュリアにも教えてやる」と言う。ジュリアが「大いなる力のお話でしょ」と告げると、彼は「それだけじゃない。この世の心理を解き明かす方法。それが分かれば、誰も見たことが無い新しい世界を作り出せるんだ」と述べた。あるページを開いた彼はハッとなり、すぐに本を閉じた。その時、悲鳴が聞こえたので、アシュレイは様子を見に行く。こっそり後を追ったジュリアは、恐ろしい光景を目にして失神した。
アメストリスの首都であるセントラルシティ。エドワード・エルリックとアルフォンス・エルリックは、中央刑務所から炎が上がるのを目撃した。刑務所へ向かった2人は、雑居房から脱獄した囚人の前に立ちはだかった。囚人は錬金術を使って攻撃し、その場から逃亡した。刑務所で事情を訊かれた同房の囚人は、その男が指の皮膚を噛み千切り、自分の血で錬成陣を書いたことを震えながら話した。
翌朝、エドとアルは軍部のロイ・マスタング大佐、その部下のリザ・ホークアイと共に、中央刑務所へ赴いた。脱獄したのはメルビン・ボイジャーという26歳の男で、4年半前に強盗傷害罪で懲役5年の判決を受けて服役中だった。2ヶ月後には仮釈放の予定だった。現場を調べたエドは、メルビンが錬成陣を書く直前、新聞の写真を切り取っていたことに気付く。その写真は、テーブルシティに不法入国して逮捕されたジュリアを撮影したものだった。テーブルシティは、西の大国クレタとの国境にある街だ。
エドはメルビンの使った未知の錬金術に興味を抱き、エドと共に列車でテーブルシティへ向かう。その途中、車両に来た兵士たちは、乗客に入領許可証の提示を求めた。あるカップルが許可証を見せると、兵士たちはいきなり殴り掛かろうとする。だが、そのカップルは先に攻撃し、その場から逃走を図る。しかし列車から飛び出したところで、捕まってしまった。兵士はエドに質問され、彼らがクレタのスパイだということを教えた。エドは入領許可証の提示を求められ、国家錬金術師の身分証明である銀時計を見せた。その様子を、乗客の紳士が密かに観察していた。
別の車両で悲鳴が上がり、エドは慌てて駆け付ける。すると、紳士が兵士を襲っていた。紳士は狼キメラに変身し、運転手を襲って列車を暴走させる。エドはアルに列車を停止させるよう指示し、自分は屋根に上がって狼キメラと戦う。時を同じくして、ある集団が空を飛んできた。その集団は、対抗車線の列車に着地した。すると列車に乗っていたメルビンが屋根に上がり、集団を攻撃して「そこを開けろ」と告げた。集団の一部が目当ての車両に入り、「助けに来たぞ」と言う。しかし車両にいた連中は、いきなり発砲した。
「罠よ」というリーダーの声が響き、空を飛んできた集団は逃亡する。その時、エドが狼キメラと戦っている列車が、その列車と交差した。メルビンは狼キメラを見つけると、「見つけた。御出迎えとは、ご苦労なことだ」と言って襲い掛かった。狼キメラは「面倒なことになってきやがった」と口にすると、列車から逃亡した。エドとアルは協力し、列車が駅に激突する寸前で、何とか停止させた。
エドとアルは逃走したメルビンを追い掛け、駅の外に出た。すると先程の集団が空を飛行しており、兵士たちは撃ち落とそうとしながら「侵入した黒コウモリはテーブルシティ駅より西へ向かって移動中」と通信していた。メルビンも空飛ぶ集団と同じ方向へ走っていた。エドは兵士の一人から、不法入国した連中が西の塔に収容されていることを聞き出した。空飛ぶ集団は西のドームを破壊し、メルビンも同じ建物を攻撃した。ドームに駆け付けたエドとアルは、そこからジュリアが逃げ出すのを目にした。
空飛ぶ集団のリーダーらしき女性が、ワイヤーを使ってジュリアをピックアップした。しかしメルビンが攻撃し、ワイヤーを切断した。ジュリアは落下し、建物に捕まった。エドはアルに、彼女を助けに行くよう指示した。エドはメルビンを妨害し、アルは落下したジュリアをキャッチする。だが、そのまま2人は巨大な崖に滑り落ちて行く。そこへメルビンが駆け付け、錬金術で無事に着地させた。メルビンがジュリアを抱え上げると、先程の集団が包囲して武器を構えた。ジュリアを解放するよう要求されたメルビンは、自分がアシュレイ・クライトンであることを明かす。
底の様子を気にするエドの元には、テーブルシティを統括するアメストリス軍のピーター・ソユーズ少佐がやって来た。彼はエドに、その谷底がデスキャニオンと呼ばれていること、クレタの領土であることを教えた。彼は「谷底は犯罪者の巣窟だぞ」と言う。空を飛んでいた連中のことをエドが訊くと、ソユーズは「テーブルシティを奪おうとするテロ組織だ。黒コウモリと称している」と説明した。不法入国者を移送するという嘘の情報を流し、黒コウモリを列車に誘い出したのは彼だった。エドはアルを救うため、谷底へ下りる。
メルビンはジュリアたちと共に、コウモリのアジトである洞窟へ向かう。アルは黒コウモリに拘束され、連行されていた。機械鎧整備士のウィンリィ・ロックベルはエドと連絡が取れないため、ムスタングの元を訪れた。そこへアレックス・アームストロング少佐が現れ、クレタが犯罪者の引き渡しに応じるよう要求してきたことをムスタングに報告する。その犯罪者とは、ジュリアのことだった。
ジュリアは牢に入れられたアルの元に行き、人体練成について尋ねる。アルは、ただ母親と会いたかっただけだと話す。ジュリアは「父と母は神話を基に錬金術の研究をしていました。扉を開き、真理を理解できた者は大地の力を自在に扱える。そうミロスの神話にあると教わりました」と語る。ジュリアが真理の扉に強い興味を示すので、アルは「禁忌を犯せば必ず報いを受ける」と忠告した。だが、彼女は「私たちの祖国を取り戻すには、大いなる力が必要なんです」と口にした。
黒コウモリのリーダーであるミランダは、アジトでメルビンに自己紹介した。彼女が協力を求めると、メルビンは冷たく拒絶した。そこへジュリアが戻り、「兄さんが言った通り、あの人たちは死んだお母さんに会いたくて人体練成を試したと」と知らせる。彼女が「ミロスを元の平和な国にしたいの。力を貸して」と頼むが、メルビンは「お前は忘れたのか。谷底の連中が俺たちを裏切り者と呼んで蔑んだことを。おかげで我々一家は危険を冒してクレタに移住するしか無かった」と激しい口調で語った。
ジュリアが「じゃあ、どうしてクレタで父さんと母さんは殺されなきゃならなかったの」と言うと、メルビンは「父と母を殺したのは、クレタ軍の差し向けた狼キメラだ。クレタ軍は研究所を狙っていた。俺はジュリアを抱いて森に逃げた。しかし逃げきれないと判断し、ジュリアを木のうろに隠して崖へと向かった。クレタ軍に囲まれて崖に落ちた俺は奇跡的に助かり、アメストリスに密入国した。しかし、奴らがしつこく追って来たので、逃れるために刑務所へ入った」と語った。
ジュリアはメルビンと別れた後、クレタ軍に捕まった。執拗な取り調べの末、何も知らないと判断したクレタ軍は、彼女を谷底へ捨てた。彼女は谷の人々に育てられ、同じ考えを持って行動を共にしていた。ミランダはメルビンから「貴様らの狙いも聖地の錬金術か」と問われ、「それは足掛かりの一つに過ぎない。我々の目的はミロスの独立よ。そのためには、人体練成の禁を犯して真理の扉を開くか、聖地の錬金術を取り戻すか、どちらかを成して、大地に秘められたマグマを操る力を手に入れるしかない」と述べた。
ミランダが「博士は何を解き明かしたの」と尋ねると、メルビンは「クレタもその秘密を狙っている。奴らは何かを仕掛ける気だ」と言う。ムスタングはソユーズと電話で話し、ジュリアとメルビンが谷底に落ちたこと、エドがアルを救うために谷底へ下りたことを知った。その話を聞いていたウェンリィは、自分もテーブルシティへ行くことにした。エドは谷底に隠れていたペドロという青年を脅し、アジトへ案内するよう要求した。ペドロは「お前、アメストリスの犬か。我々は必ず聖地を取り戻すぞ」と強気に言う。「聖地ってテーブルシティのことか」とエドが言うと、彼は「ミロスだ」と告げた。
ペドロはエドに、「ここら一帯は三千年もの昔から、我々ミロス人の土地だったんだ。力ずくでクレタに併合されたんだ。やがて我々を支援すると近付いて来たのが、お前らアメストリスだ。軍の連中を引き入れた途端、谷は戦場となり、聖なる地を乗っ取られた。俺の両親も、その時殺されたんだ」と語った。洞窟へ行く途中で、エドとペドロは機械鎧技師であるゴンザレス老人の小屋を通り掛かった。彼はエドの機械鎧を見て、強い関心を示した。
ゴンザレスの元では、多くの怪我人が治療を受けていた。患者たちによれば、落盤事故が多いのだという。クレタが地熱プラントを建設中で、はした金で彼らは働かされているのだ。秘密警察が来たので、エドとペドロは地下通路を抜けてアジトへ向かう。狼キメラが密かに2人を尾行していた。アジトへ向かう途中、エドは発砲音を耳にした。ペドロは「誰かが崖を登ったんだ。少しでも崖を登ったら国境を越えたことにされちまう」と悔しさを見せた。
エドとペドロは、狼キメラの襲撃を受けた。狼キメラはペドロを殺害し、アジトへ向かった。メルビンや牢から抜け出したアルたちが、狼キメラの前に立ちはだかる。エドも駆け付け、狼キメラを倒した。エドはメルビンに、「アンタがいる限り、また追って来るだろうな」と言う。メルビンは「俺ならいつでも立ち去るさ。ただし、ジュリアと一緒にだ」と口にした。しかしジュリアは「私はみんなと残る。真理の扉が駄目だというのなら、聖地の錬金術を手に入れるしかないの。それさえあれば、私たちはきっと勝てる。聖地の鮮血の星さえ手に入れば」と述べた。
新たに2匹の狼キメラが来たので、エドや黒コウモリの連中は地下水脈に逃げ込んで匂いを消した。アジトの奥にある広間へ向かう途中には、無数の墓があった。ジュリアはエドとアルに、「かつては多くのミロス人が暮らす町だった。クレタ人が先祖を谷底へ押し込めた。不老不死の石を手に入れるために」と語る。エドとアルは、その不老不死の石について、自分たちは賢者の石と呼んでいることを話した。やがて一行は、鎮魂の間と呼ばれる広間に到着した。
ミランダはエドとアルに、祖先が神の山を拝める丘を聖地として国を作ったこと、その周囲に不老不死の石が埋まっているという伝承があること、それを鮮血の星と呼んでいることを語る。その伝承を知ったクレタ人が大挙して押し寄せ、土地を奪った。そして三百年に渡って周囲を掘り起し、巨大な谷が出来た。ミランダは「過去に掘り出された星が聖地のどこかに眠っているはず」と言う。
ジュリアは壁のレリーフを示し、「これは鮮血の星を掘るために錬金術師たちが作った計画図よ。谷の人たちにとって錬金術は忌まわしい過去を思い出させる物だから、それを研究する両親もみんなから嫌われた。でも過去を遠ざけていても、何も始まらない。未来を掴み取るには、力が要るわ。大いなる大地の力が」と述べた。エドとアルは、もし鮮血の星が賢者の石と同じ物なら、その原材料は生きている人間の血だと教える。メルビンは「だから両親は、クレタの軍人にその秘密を隠そうとした」と言う。
恐ろしい事実を知らされたジュリアは驚愕し、「そんな物、使えないじゃないの」と嘆く。しかし黒コウモリのアランは、命を捨てる覚悟を口にする。彼はメルビンに歩み寄り、ジュリアと一緒に力を貸してくれと頼んだ。エドはジュリアを鋭く凝視し、「人の命を犠牲にして、夢を叶えて、それでアンタ、ホントに幸せになれるのか」と怒鳴る。するとジュリアは「でも私たちには、他に選べる道が無い」と反発する。エドは「俺たちは、認めるわけにはいかない」と告げ、アルと共に広間を去った。
メルビンはジュリアに近付き、「お前の夢、叶えてやろう。聖地を取り返したら、また2人で一緒に暮らそう」と告げた。エドとアルは、死んだ若者たちが葬られている現場に遭遇した。ゴンザレスは2人に、「これが、この国の日常だ」と言う。ムスタングはテーブルシティへ向かう列車の中で、「分からんな。メルビン・ボイジャーの偽者は何者かに追われていた。おそらく追っ手はクレタの奴だろう」と言う。ホーマアイが「逃亡生活に疲れ果て、刑務所の中に身を隠した」と告げると、彼は「でも、どうして5年だ?錬金術を使えば、いつでも脱獄できたはずだ」と疑問を口にした。
メルビンはジュリアやミランダたちに「クレタが欲しがっていた物は、これだ」と言い、自分の腹部に書かれた錬成陣を見せた。そして彼は「父は死の間際、自分の皮膚を剥がし、俺に託した。鮮血の星に通じる道は、ここにある」と示した。一方、エドはアルに、アジトにあった計画図を見た時に疑問を感じていたことを明かす。テーブルシティには幾つもの塔が立っていた。しかし谷を掘るのに、正確に塔を再現する必要は無い。そこでエドは、連中が何かの法則に従って賢者の石を探しており、その鍵を握るのが塔だと確信する…。監督は村田和也、原作は荒川弘「鋼の錬金術師」(スクウェア・エニックス刊)、脚本は真保裕一、製作は夏目公一朗&和田洋一&河村盛文&南雅彦&秋元一孝&濱名一哉&服部洋、企画は竹田滋&勝股英夫&田口浩司&南雅彦、スーパーバイザーは下村裕一、アソシエイトプロデューサーは黒須礼央&前田俊博、プロデューサーは南雅彦&丸山博雄&大山良&倉重宣之&寺西史&岡田有正&古川慎、オリジナルキャラクター原案は荒川弘、キャラクターデザインは小西賢一、美術コンセプトデザイン・美術監督は岡田有章、メカニックデザインは荒牧伸志、絵コンテは村田和也、演出は夏目真悟、総作画監督は小西賢一、アニメーションディレクターは押山清高、作画監督は大城勝&霜山朋久&秦綾子&鎌田晋平、作画監督補佐は北田勝彦&田代雅子&井上俊之、美術監督は小倉一男、色彩設計は沼畑富美子、撮影監督は武井良幸、編集は坂本久美子、音響監督は三間雅文、音響効果は倉橋静男(サウンドボックス)、録音は山田富二男(トライスクルスタジオ)、音楽は岩代太郎、音楽プロデューサーは高桑晶子(T-TONE INC.)。
主題歌「GOOD LUCK MY WAY」L'Arc〜en〜Ciel 作詞:hyde、作曲:tetsuya、編曲:L'Arc〜en〜Ciel and Akira Nishihara。
オープニング曲「Chasing hearts」miwa 作詞:miwa、作曲:miwa、編曲:Naoki-T。
声の出演は朴ろ美、釘宮理恵、坂本真綾、森川智之、木内秀信、三木眞一郎、折笠富美子、高本めぐみ、内海賢二、小杉竜一(ブラックマヨネーズ)、吉田敬(ブラックマヨネーズ)、田中みな実(TBSアナウンサー)、玉川砂記子、屋良有作、古島清孝、川田紳司、星野貴紀、岸野幸正、梅津秀行、江川央生、石井康嗣、田中敦子、木村良平、佐藤美一、東山奈央、最上嗣生、佐藤健輔、高口公介、村上裕哉、四宮豪、こぶしのぶゆき、早志勇紀、広瀬有香ら。
荒川弘の漫画『鋼の錬金術師』を基にした作品。
小説家の真保裕一が脚本を担当している。
監督はTVアニメ『交響詩篇エウレカセブン』や『コードギアス 反逆のルルーシュ』の村田和也で、長編映画は本作品が初めて。
エドの声を朴ろ美、アルを釘宮理恵、ジュリアを坂本真綾、メルビンを森川智之、ハーシェルを木内秀信、マスタングを三木眞一郎、ホークアイを折笠富美子、ウィンリィを高本めぐみ、アレックスを内海賢二が担当している。『鋼の錬金術師』は、2003年にTVアニメシリーズが製作され、2005年に『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』が公開された。
その後、2009年になって原作に準拠した内容のTVアニメシリーズ『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』が放送された。
そのシリーズの放送終了後、この映画の製作が発表されている。
『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』とは主要なスタッフが異なっているが、やはりTVシリーズの劇場版と解釈すべきだろう。『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』の劇場版として受け入れないと、そこを切り離して「原作漫画の映画化」として捉えた場合、かなり大変なことになってしまう。
何しろ、登場人物や世界観についての説明が何も無いのだ。
だから、一見さんでは絶対に付いていくことが出来ない。それは断言できる。
「人気漫画の映画化」ということなら、漫画を読んでいない観客にも分かるような内容にするのが当然だからね。
その作業を省いているってことは、「TVシリーズの劇場版」ってことだよね。真保裕一は自身の原作を映画化した『ホワイトアウト』を始めとして、今までに複数の映画脚本を手掛けている。
その中には、アニメ映画である『映画ドラえもん 新・のび太の宇宙開拓史』『映画ドラえもん のび太の人魚大海戦』も含まれている。
その2本も含め、今まで彼が脚本に携わった映画の出来栄えが芳しかったとは思えない。
だけど、それだけ重宝されるからには、何かあるんだろうね。まず冒頭の構成からして、上手くないと感じる。
最初に幼少時代のジュリアと家族が登場するが、それは彼女が見ている悪夢だ。で、そこからジュリアの物語が、ずっと続くわけではない。エドとアルが主役なのだから、彼らにバトンタッチする必要がある。
だからジュリアのターンはすぐに終わるのだが、最初に過去のシーンがあるのに、それを彼女が回想していた出来事も、また過去なのだ。それは上手くないでしょ。
最初にジュリアを登場させて、それからエド&アルのターンに移りたいのなら、幼少時代の回想シーンは後に回した方がいい。後回しにしても、そんなに大きなマイナスには繋がらないはずだ。そもそも、その回想シーンを「ジュリアが何かを見て失神した」というところで切っている意味は何なのか。
そのまま「両親が惨殺されて倒れており、アシュレイは妹を連れて逃亡を図ったが逃げきれないと判断し、ジュリアは木のウロに残されて兄と離れ離れになった」というところまで描いてしまえば良かったんじゃないのか。
そこを隠したまま引っ張ることのメリットが見えない。デメリットしか感じない。
しかも、それを後になってから、セリフによって全て説明してしまうし。それよりもドラマとして描いた方がいいでしょ。エド&アルがテーブルシティー向かう列車のシーンは、ギュウギュウにネタを詰め込んでいる。
まず兵士が入国許可証の提示を求め、乗客に殴り掛かろうとする。
先に攻撃して逃げようとした乗客たちは捕まり、クレタのスパイだと分かる。
で、エドが国家錬金術師の銀時計を見せているのを、一人の紳士が意味ありげに見ている。
ぶっちゃけ、これだけで列車のシーンを終わってもいいぐらいなのだ。でも、そこでは終わらない。
その紳士は狼キメラに変身して暴れ出し、エドが戦う。
時を同じくして空を飛ぶ集団が現れ、別の車両に着地する。
列車に乗っていたメルビンが飛び出し、集団を攻撃する。集団の一部が車両に行って「助けに来たぞ」と言うが、攻撃される。罠と分かり、その集団は逃亡する。
メルビンは狼キメラを目撃し、襲い掛かる。狼キメラは逃げ出し、エドとアルは列車を停止させる。駅を出てからも、まだアクションが続く。
兵士たちが空飛ぶ集団を撃ち落とそうとしており、メルビンも空飛ぶ集団と同じ方向へ走っている。集団もメルビンも、それぞれドームを攻撃する。
エドとアルが駆け付けると、ジュリアが逃げ出している。集団のリーダーが彼女をピックアップしようとするが、メルビンが攻撃する。
エドはメルビンを妨害し、アルは落下するジュリアをキャッチする。そのまま谷底へ落下するが、メルビンが錬金術で助ける。
ここまで来て、ようやくアクションが一休みになる。もうね、どう考えたって詰め込みすぎだよ。
しかも、色んな連中が登場するけど、その素性も人間関係も、全く情報が無い状態なのだ。分かっているのは、メルビンが錬金術を使う脱獄囚だということぐらいだ。
狼キメラは何者なのか、なぜ列車で暴れ出したのか、捕まったクレタのスパイとは関係あるのか、空を飛ぶ集団は何者なのか、集団が助けようとしていた相手はどんな連中なのか、なぜ姿を見ただけでは助ける相手じゃないことが分からなかったのか、罠を仕掛けて待ち受けていたのは何者か、そいつらとメルビンは何か関係があるのか、狼キメラとメルビンはどういう関係なのか。
そんな風に、分からないことが多すぎる。序盤に派手で見栄えのするアクションシーンを用意して、そこで観客を引き付けようとしたのかもしれない。
だけど、それよりも「ワケの分からなさ」が圧倒的に勝ってしまう。
そもそも、エドの乗っている列車とメルビンの乗っている列車が違うってことも、交差するまでは気付かなかったんだよな。
もう少し整理して、ネタを削ぎ落とした方が良かった。それ以降も、詰め込みすぎ&慌ただしすぎ。で、基本的にアクションとドラマ(というより「語り」)は連動しない。『マトリックス』シリーズや『CASSHERN』と同じく(さすがに『CASSHERN』よりはマシだが)、登場人物は静止して説明的なセリフを語り、それが終わるとアクションをこなす。
終盤はともかく、それまでは語りがアクションと連動しない。
とにかく盛り込みすぎてしまった弊害なのか、中盤辺りまでは、登場人物の語る言葉の大半が「状況説明」のためのモノになっている。
ドラマが描かれる中で、設定が少しずつ分かっていくわけではない。とにかく登場人物が饒舌に説明する。
だから、こっちは長い講釈を何度も聞かされるハメになる。話が無駄に小難しくて、入り組んでいる。国同士のパワーゲーム、迫害されてきた小国の悲哀、鮮血の星を巡る策謀、兄妹の関係など、色々な要素が含まれているんだが、それを上手く捌き切れているとは言い難い。
あと、国家を巡る問題に関してスケールのデカいことを描こうとしているんだが、その中でエドとアルの役割が難しくなっている。2人とも、完全に部外者なんだな。アメストリスの人間だけど、そこを代表しているわけでもないし、アメストリスに対して反旗を翻すわけでもない。ジュリアたちに共鳴し、共に戦うわけでもない。
最後までエドとアルは、国家間の争いには全く関与しようとしないのだ。
それってシナリオとして逃げちゃってないか。
だったら、むしろエドとアルを除外しちゃった方が、話としてスッキリするような気さえしてしまうんだよな。エドが「人の命を犠牲にして、夢を叶えて、それでアンタ、ホントに幸せになれるのか」とジュリアを怒鳴るシーンがあるが、彼の態度に全く賛同できない。
まず、その時点でジュリアは、まだ「鮮血の星を使う」とは決めていない。
原材料が生きている人間の血だと聞かされ、「そんな物、使えないじゃないの」と嘆いた後、アランが自分の命を投げ出す覚悟を口にしているが、それに対してジュリアは何の反応も見せていない。
だから、そこでエドがジュリアに怒鳴るのは、タイミングとして慌て過ぎだ。もう一つの問題として、「聖地を取り返して祖国の独立を成し遂げたい」というジュリアの願いに対して、エドは何の代案も用意していないってことがある。
ジュリアが「でも私たちには、他に選べる道が無い」と反発した時に、エドは何の反論も用意していないのだ。
もちろん、祖国独立のために生きている人間の血を使うのは、出来れば避けた方がいい。
だけど、「じゃあ他にどうすればいいのか」とジュリアが問い掛けたのに、それに対して何の答えも用意していないんだから、だったら部外者が簡単に怒鳴っちゃダメだ。そこでのエドは、迫害されてきたミロスの人々の痛みを全く分かろうとしない奴にしか見えない。
その後に、彼らの悲哀や痛みを知って深く考えたり、感じたこと語ったりするのかというと、それもない。最後まで彼は、「迫害から逃れて祖国に平和を取り戻すためには、どうすればいいのか」という問い掛けに対して、正面から向き合わずに無視している。
主人公がマトモに向き合わないのなら、「迫害される小国はどうすべきなのか」というテーマなんか持ち込まなきゃいいのに。
クレタやアメストリスの軍人たちをイジメっ子、ミロスをイジメの被害者とすれば、エドはイジメを見ても見ぬフリをしているクラスメイトみたいなモンだぞ。エドとアルが広間を去った後、メルビンはジュリアに「お前の夢、叶えてやろう」と告げ、黒コウモリと協力して行動することを決める。
それまでは協力を要請されても全く相手にせず、鮮血の星を手に入れようとするミランダやジュリアたちに反対の姿勢を示していたのに、なぜ急に態度が変わるのか良く分からない。
彼の気持ちが一変するようなきっかけなんて、どこにも見当たらなかったはずだが。
っていうかさ、完全ネタバレだけど、メルビンってアシュレイじゃなくて、実はアトラスが化けていて、私欲のために行動しているのだ。
つまり彼は、ジュリアの夢を叶える気なんて無く、自分が鮮血の星を手に入れたいから、黒コウモリと結託することにしたのだ。
でもね、そうであるならば、なぜ彼は途中まで、黒コウモリから協力を求められても拒否し、鮮血の星を欲するジュリアに反対姿勢を取ったのか。
そんな態度を取る必要性は、全く無いでしょ。鮮血の星を手に入れたいのなら、最初から協力姿勢を見せればいい。メルビンが「実はアシュレイじゃなくてアトラスだよーん」と正体を明かした時、「ひでえなあ」と感じた。
それはアトラスに対してでなく、そんな展開を用意したシナリオに対してだ。
薄っぺらいとは言え、一応は兄妹の絆ってのを描こうとしてきたはず。だからジュリアがメルビンと2人で思い出話をするシーンがあったし、ジュリアがエドとアルの関係を羨ましがるシーンもあったし。
それなのに、そのツイストは無いわ。意外な展開を狙ったんだろうけど、その意外性は全く歓迎できないわ。それと、「実はメルビンはアトラス」とバラし、「悪党が私利私欲のために行動し、それをエドやジュリアたちが阻止しようとする」という図式を用意したことによって、「迫害されてきたミロス住民の悲哀」という部分が完全に放り出されてしまう。
しかも、アトラスは単なるコソ泥野郎だから、話のスケールも矮小化されちゃうし。
「迫害されてきたミロス住民の悲哀」という部分で話に厚みを持たせ、観客の心に響くドラマを構築すりゃあいいものを。
『鋼の錬金術師』に対する思い入れは全く無いけど(無いのかよ)、なんか不快感さえ抱いてしまうような中身なんだよな。もっと酷いことに、実は本物のアシュレイも生きているのだが、こいつがアトラスに輪を掛けてクズなのだ。
アトラスと同様に、「世界を我が手に」という腐った野望のために行動している。
一応、両親が殺されたとか、ミロスから酷い扱いを受けたとか、そういう過去があって、賢者の石を食ったせいでイカレちゃったという事情はあるのよ。
だけど、「ただの悪党じゃなく、同情の余地がある男」ということを表現するためのバックグラウンドの描写が著しく不足しているので、アトラスと大差の無い卑劣で冷酷な悪党にしか見えない。そもそも、アシュレイが終盤で登場するためのネタ振りって、皆無に近いんだよな。キャラとしては前半から登場しているんだけど、ものすごく薄い存在感だったし。
で、登場するのはクライマックスなので、そこから兄妹のドラマを描くような時間の余裕も無い。
彼は戦っている間に我に返ることもなく、ジュリアの言動で気持ちが揺れることも無く、退治されて、死に掛けて、ようやく元に戻っている。
なんだ、そりゃ。っていうか、アシュレイが悪党として登場するのなら、アトラスなんて要らないんじゃないか。
最初からメルビンを本物のアシュレイにしておいて、前半から「野望のために行動している」というのを見せておけばいい。
そんで、でもジュリアと触れ合う中で心に揺らぎが生じる、という風にでもドラマを作っていけば良かったんじゃないの。
まあ、その中でのエドとアルの存在意義は難しくなってしまうけど。(観賞日:2013年1月1日)