『鋼の錬金術師』:2017、日本
草原にポツンと建つ一軒の小さな家に、幼い兄弟のエドとアル、母のトリシャが3人で暮らしていた。兄弟は錬金術で物を作り出す練習を繰り返しており、父が戻って来たら褒めてくれるだろうと思っていた。ある日、トリシャが急に倒れて死去し、兄弟は寂しさを募らせる。エドは錬金術の本に人造人間の「ホムンクルス」に関する記述があったことに触れ、母を元に戻そうと考える。錬金術で人間を作ることは禁じられているため、彼とアルは2人だけの秘密にすると決めた。2人は必要な道具を集めて錬金術を使うが、失敗して室内に強風が吹き荒れた。アルは激しく吹き飛ばされ、エドは必死で腕を伸ばした。
リオールの街。青年に成長したエドは逃亡を図るコーネロ教主に追い付き、指輪に付けている賢者の石を渡すよう要求した。コーネロは錬金術で攻撃してくるが、すぐにエドも対抗した。彼が錬成陣無しで錬金術を使ったため、コーネロは驚いた。そこへ鎧の姿をしたアルも駆け付け、エドに加勢した。鎧の中身が空っぽだと知って、コーネロは困惑した。エドの義手と義足を見たコーネロは、彼が鋼の錬金術師だと気付いた。
コーネロは広場へ逃げ込んで女性を人質に取り、エドは周囲の人々に「こいつは奇跡を起こす教祖でも何でも無い。みんなを騙してる最低のペテン師だ」と告げた。エドは「格の違いを見せてやる」と言い放ち、コーネロに勝利する。そこへ軍事視察に来ていたマスタング大佐が部下のホークアイ中尉たちと共に現れ、エドを取り押さえた。マスタングは拾い上げた石を燃やし、それが賢者の石ではないことをエドに教えた。落胆するエドは、「また偽物だったね」と漏らすアルに謝った。
コーネロが逃走する様子を眺めていたマスタングは、エドを東方司令部まで連行するようホークアイに命じた。近くの建物から、エドたちの様子をラスト、エンヴィー、グラトニーという3人が観察していた。リオールに残ったアルが広場を修復していると、人々は彼が12歳で国家錬金術師になった天才だと誤解した。アルが「それは兄さんの方で」と言い、背は低くても心は大きいのだと話す。自分の店も直してほしいと頼む男に、アルは「錬金術の基本は等価交換なので」と説明した。そこへ幼馴染のウィンリィ・ロックベルが現れてアルに抱き付き、エドの居場所を尋ねた。
イーストシティに連行されたエドが「絶対に見つけてみせる」と主張すると、マスタングは「賢者の石は伝説に過ぎない」と説教する。あの石は何だったのかと尋ねるエドに、ただの増幅器だとマスタングは教えた。そこへエドと旧知の仲であるマース・ヒューズ中佐が現れ、その後ろからハクロ将軍がやって来た。ハクロはエドとの初対面を喜び、話を聞かせてほしいと告げた。エドがヒューズと話しているとウィンリィが到着し、壊れたオートメイルを見て腹を立てた。
ハクロはマスタングに、ショウ・タッカーという錬金術師をエドとアルに紹介するよう指示した。コーネロはラストたちの元で、「待ってくれ。まだ私は民衆を洗脳できる」と訴えていた。しかしラストたちが黙っていると、「お前たちが偽物の賢者の石を渡すから、こんなことになったんだ」と強気な態度に変化する。ラストは「賢者の石に本物があるのかしら?」と言い、エンヴィーがコーネロに変身した。本物のコーネロが驚いていると、ラストは不敵な笑みを浮かべて始末した。
エド、アル、ウィンリィはヒューズの家で世話になり、彼の妻であるグレイシアの手料理を御馳走になった。その夜、エドは錬金術に失敗した時の出来事を夢で見た。彼は見知らぬ場所で「俺はお前だ」と名乗る黒い影と出会い、「真理を見せてやるよ」と告げられた。背後の巨大な扉が真理だと悟ったエドが「俺の理論は間違っていなかった。もう一度見せてくれ」と頼むと、黒い影は「等価交換だろ」と言う。エドは左足を失い、いつの間にか自宅に戻っていた。彼はアルを救うため、「返せよ。足だろうが心臓だろうが、くれてやる」と叫んで黒い影のいる場所へ戻った。そこで目を覚ましたエドは、傍らにいるアルから「また、すごくうなされてたよ」と言われた。
次の朝、マスタングとヒューズはエド、アル、ウィンリィを車に乗せ、タッカーの屋敷へ連れて行く。彼はタッカーがキメラ(合成獣)の錬成術を研究していること、2年前に錬成したキメラは「死にたい」と一言だけ喋ったことを教えた。タッカーは幼い娘のニーナと共に、愛犬のアレキサンダーを飼って暮らしていた。室内は散らかっており、タッカーはエドに「妻に逃げられてからは、この有り様でね」と言う。1年に1度のセントラルへの研究成果提出が迫っており、タッカーは苦労していることを明かして「今年は資格を剥奪されるかもしれない。それは本当に困るんだ」と漏らした。
ヒューズはマスタングから東方司令部へ来た本当の理由を訊かれ、「内乱や暴動が絶えない中、セントラルでは東方司令部に疑念を持っている奴らがいる」と話す。自分が疑われていると感じるマスタングに、彼は「上まで登り詰めるんだろ。だったら余計に気を付けろ。軍は決して一枚岩ではないからな」と警告した。タッカーはエドから、自分の右腕と引き換えに、錬成したアルの魂を鎧に定着させたことを聞く。「アルの体を取り戻すことが出来ますか」とエドが尋ねると、彼は「私の力では何とも。でも、試してみたいことがある」と述べた。タッカーが「色々と調べてみたい」と言うので、エドはアルを預けることにした。
タッカーはエドに、賢者の石を研究していたドクター・マルコーという人物について教えた。1年前に行方不明になっていたが、最近になって目撃されていた。タッカーはアルの体を催眠療法で検査し、「魂が肉体に引き戻されているのか。もしくは、人工的に作られた記憶が剥がれ出しているのか」と呟く。アルは錬成による人工的な記憶の可能性が高いという説明を聞きながら、眠りに落ちた。ウィンリィはエド汽車で移動している途中、マルコーらしき人物を見掛けた。彼女は慌てて汽車を降り、エドは後を追う。マルコーはマウロという偽名を使い、個人病院の医者として生活していた。
エドはウィンリィと共に病院へ行き、ライフルを構えて威嚇するマルコーを取り押さえた。エドが自分を連れ戻しに来たわけではないと知り、マルコーは誤解を謝罪した。「賢者の石は本当に存在するんですか」とエドが訊くと、彼は「もう帰りなさい」と告げる。マルコーはエドが人体錬成を行って審理の扉を開いたことを指摘し、「これ以上、あの石に関わらない方が身のためだ。あれは悪魔の研究だ。地獄を見ることになる」と述べた。
「地獄なら、とうに見た」とエドが口にした直後、マルコーは窓の外にいるラストに気付いて発砲した。ラストは弾丸を浴びても平然としており、「久しぶりね、マルコー」と言う。マルコーが「私は戻らんぞ」と告げると、ラストは「ご心配なく。貴方はもう必要ないわ」と述べて攻撃した。彼女は激怒して襲い掛かろうとするエドの動きを封じ、「貴方はまだ生かしておいてあげる。大事な人柱候補だもの」と告げて姿を消した。瀕死のマルコーはエドに賢者の石の錬成陣を渡し、「第五研究所」と言い残して息を引き取った。
エドは「後のことは任せて」と言うウィンリィを残し、タッカーの屋敷へ戻った。するとタッカーは「人語を理解するキメラが完成した」と言い、アレクサンダーに似ている獣を紹介する。キメラの言葉を聞いたエドは、タッカーがニーナとアレクサンダーを使って錬成したと見抜いた。さらに彼は、2年前のキメラが妻を使った錬成であるとも悟った。エドは激怒して掴み掛かるが、タッカーは軽く笑って「君の手足と弟だって人の命を弄んだ結果だろう。君も私も同じだよ」と言う。エドは「違う」と何度も殴り付けるが、アルが駆け付けて「それ以上やったら死んでしまう」と制止した。
連絡を受けて屋敷へ駆け付けたマスタングは、部下にタッカーを連行させた。塞ぎ込むエドの様子を見たマスタングは、「その特権をフルに使って元の体に戻ると決めたのは、君自身だろ。立ち止まっている暇などあるのか」と冷淡に告げた。するとエドは、「俺たちは神でも悪魔でもない。ただの人間だ。たった1人女の子も助けられない」と感情的になった。エドは第五研究所について調べるが、3日が経過しても何も分からなかった。
ヒューズはロス少尉を伴ってエドの前に現れ、危険を承知で協力を申し出た。しかし2人が資料を確かめると、マルコーの研究に関する内容は意図的に処分されていた。マルコーが所属していたのは第三研究所で、今も昔も研究所は第四までしか存在していなかった。そこへハクロが現れ、一部の人間が缶詰工場を第五研究所と呼んでいたことを教えた。現在は廃屋となっていることを聞いたエドは、急いで直行することにした。
ハクロはリオールで大規模な暴動が起きて多くの犠牲者も出ているという報告を部下から受け、すぐに向かうことにした。ヒューズも同行しようとするが、ハクロは留守を預けるマスタングのサポートを命じた。エドはウィンリィ&アルと共に缶詰工場へ行くが、何も無い状態となっていた。嘆くエドだが、アルには「必ず肉体を取り戻す」と告げる。するとアルは、「僕の肉体があるかどうかも分からないのに、どうして必ず取り戻せるって断言できるの?兄さんは魂を錬成したって言うけど、それってただの記憶で、本当は人工的に作られた物じゃないのかな」と疑問を呈した。
タッカーから「魂を物体に錬成させるなんて理論的に不可能」と聞いたことをアルが明かすと、エドは「そんなのデタラメだからな。俺を信じてくれ」と訴える。しかしアルは「この空っぽの体で何を信じるって言うんだよ。みんなで僕を騙しているんだ」と苛立ち、エドを突き飛ばした。エドは反撃して2人は殴り合いになると、ウィンリィが「アルの馬鹿、エドの気持ちも知らないで」と泣きながらアルを責めた。ウィンリィからエドが自分のために命を捨てる覚悟で頑張っていることを聞かされ、アルは黙り込む。エドは「俺が必ずお前の体をみ取り戻してせる」と言い、アルと和解した。
ヒューズは4つの研究所の位置に意味があると確信して地図を調べ、第五研究所の場所を突き止めた。そこへラストが現れ、「知りすぎたわね」と口にする。ヒューズはラストを攻撃し、怪我を負いながらも部屋を出た。彼は公衆電話を使い、マスタングに連絡を入れようとする。そこにマスタングが現れ、ヒューズを射殺した。エドは東方司令部に連行され、ホークアイと共に監禁される。ホークアイはエドに、ヒューズがマスタングと思われる人物に殺されたこと、タッカーが逃亡したことを教える…。監督は曽利文彦、原作は荒川弘『鋼の錬金術師』(「ガンガンコミックス」スクウェア・エニックス刊)、脚本は曽利文彦&宮本武史、製作は高橋雅美&松浦克義&藤島ジュリーK.&井上肇&吉崎圭一&大村英治&岩上敦宏&細野義朗&高橋誠&荒波修&宮崎伸夫&河合俊明、エグゼクティブプロデューサーは濱名一哉、プロデューサーは葭原弓子、協力プロデューサーは丸山博雄、ラインプロデューサーは吉田浩二、撮影は橋本桂二、照明は石田健司、美術は清水剛、衣裳デザインは西原梨恵、録音は田中博信、VEは阿久津守、VFXは松野忠雄、編集は洲崎千恵子、音楽は北里玲二&森悠也&高橋哲也&諸橋邦行。
主題歌: MISIA『君のそばにいるよ』作詞:MISIA、作曲:Ichiro Suezawa/Mayu Wakisaka、編曲:ICHI。
出演は山田涼介、本田翼、ディーン・フジオカ、松雪泰子、小日向文世、佐藤隆太、大泉洋、蓮佛美沙子、本郷奏多、國村隼、石丸謙二郎、原田夏希、内山信二、夏菜、水石亜飛夢、平田薫、朝倉あき、犬山ヴィーノ、野々村のん、高橋來、星流、横山芽生、田島俊弥、栗原卓也、松田大知、西泰平、崔哲浩、久野雅弘、花戸祐介、米重晃希、那須佳瑛、土井玲奈、堀越知恵、内藤有海、榎本月斗、清水真実、阿野修也、ぼーちゃん他。
荒川弘の同名漫画を基にした作品。監督は『ICHI』『あしたのジョー』の曽利文彦。
脚本は曽利監督と『忍道-SHINOBIDO-』『リアル人狼ゲーム』の宮本武史による共同。
エドを山田涼介、ウィンリィを本田翼、マスタングをディーン・フジオカ、ラストを松雪泰子、ハクロを小日向文世、ヒューズを佐藤隆太、タッカーを大泉洋、ホークアイを蓮佛美沙子、エンヴィーを本郷奏多、マルコーを國村隼、コーネロを石丸謙二郎、グレイシアを原田夏希、グラトニーを内山信二、ロスを夏菜が演じている。
アルのモーションアクターを務めた水石亜飛夢が、声優も担当している。映画が始まって間もなく、エド&アル&トリシャが登場する。もちろん台詞を日本語で話すのだが、キャラ設定は名前が示す通り日本人ではない。
そこで外国人っぽく見えるようにトリシャは赤毛、エドとアルは金髪にしてあるのだが、これが見事なぐらい似合っていない。当然っちゃあ当然だが、「日本人が無理して外国人役を演じています」ってのが、痛いぐらいに見えてしまう。
子役の2人に関しては、そこに「演技力の稚拙さ」という問題も乗っかる。
本来なら観客を一気に引き付けたい導入部なのに、むしろ気持ちを萎えさせるような要素ばかりが目立っている。「兄弟が錬金術で物を作っている」という時点で、その世界観に入り込むことの厳しさを感じる。
現実離れした特殊な世界観を扱う作品の場合、そこへ観客を引き込むための作業は慎重に考慮する必要がある。しかし本作品は何だか良く分からないVFXで「何かが変化した」ってのをチラッと見せただけで、「錬金術で物を作った」ってのを示すだけ。
兄弟が何度も練習を積む様子も道具を集める様子も無いから、錬金術で物を生み出した具体的な手順は全く分からない。
トリシャが死んだ後で「錬金術の本にホムンクルスってのがある」という台詞が入るが、そこまでは錬金術の本を読んでいたことさえ分からない状態だ。映画が始まって1分程度で、トリシャは急に倒れて死亡する。どうやら設定としては「病死」ってことらしいが、「急に倒れて即死」という描写になっているため、どうにもバカバカしい。それに、そんなに早々と死んでしまうと、兄弟の母に対する思いってのも伝わらない。
もちろん「幼い子供だから母が急に死んだら悲しむのは当然」という理屈ぐらいは分かるが、「禁じられた術を使って人造人間として母を蘇らせよう」という考えに説得力を持たせる必要性を考えると、そこの描写の薄さは痛すぎる。
エドとアルが母を蘇らせようと決めると、必要な道具を集める作業に入る。ここでは台詞とスーパーインポーズによって、「水35L、炭素20kg」といった具合に物品の種類と分量が細かく示される。
そこで錬金術に説得力を持たせて特殊な世界観に引き込もうとしているのかもしれないが、特にこれといった効果は得られていない。カーネロは教祖として君臨していたペテン師らしいが、いきなり戦闘シーンから始まるため、それまで彼がどういう悪さをしてきたのか、市民がどういう被害を被って来たのかは全く分からない。
彼は錬金術で戦っていたのに、なぜか最後はナイフで突き刺そうとしたり、エドとグーパンチをぶつけ合ったりする。エドにしても、錬金術で戦っていたのに、なぜか広場ではステゴロで決着を付けようとする。
ちなみに、カーネロの攻撃でエドは鼻血を出したはずなのに、次のシーンでは消えていて今度は口元から出ている。
次のシーンでは口の反対側から血が出ているなど、その短い間でカットとカットの繋がりがメチャクチャになっている。原作漫画は「日本映画だと実写化不可能」と言われたりしていたが、その大きな理由としては「西洋の世界観が舞台なので日本人キャストては合わない」「VFXが必要になるけど予算的に難しい」ってことが挙げられる。
その2つの問題を、本作品は全く解決できていない。
まず前者については、やはり「コスプレにしか見えない」という状態になっている。
それが作風と上手く合致するケースもあるだろうし、開き直って「コスプレ劇」を誇張して面白がる方法もあるだろう。でも本作品は、ただ残念なだけのコスプレになっている。コスプレだけでも充分に陳腐なのに、そこへ山田涼介、本田翼、ディーン・フジオカたちの芝居の稚拙さが手伝って、ますます困ったことになっている。大金を掛けて製作したお遊戯会のような状態になっているのだ。
これも実は、上手くやれば誤魔化す策もあるはずだが、演技力の低さを剥き出しのままで皿に並べてしまっている。
ちなみに、誰も彼もがコスプレにしか見えない中で、國村隼だけは異なっている。彼に関しては、まるでコスプレには見えない。
ただし、それはそれで困った事態に陥っていて、どこからどう見ても「國村隼が普通の闇医者を演じている」というだけなので、ファンタジーの世界観からは浮いているのだ。「VFXが必要になるけど予算的に難しい」という問題に関しては、まず予算的な厳しさを感じるが、それ以上に「役者の芝居との連動性が悪すぎる」ってことが気になってしまう。
VFXを多用する作品の場合、先に役者が芝居をして、後から映像に細工を施すという順番になる。例えば強風が吹いても、怪物が出現しても、それが見えない状態で役者は芝居をすることになる。
この時、役者が「最終的にどういうシーンになるのか」を理解できていないとしか思えない反応なのだ。もっと激しく動くべきじゃないか、その反応は違うんじゃないかと感じる箇所が多いのだ。
ってことは、監督が役者にイメージを伝え切れていないか、その時点では監督自身も完成形のイメージが全く固まっていないか、どちらかってことになる。
まあ、どっちにしてもダメだわな。マスタングは部下にエドを取り押さえさせる時、コーネロも捕まえている。
しかし抵抗するコーネロには簡単に逃げられてしまい、追って拘束するようなことも無い。
マスタングからすると「どうでもいい相手」という考えなのかもしれないが、チンケな詐欺師に逃げられて傍観しているだけってのは、ただのボンクラにしか見えない。
「ラストたちの元へ戻ったコーネロが始末され、エンヴィーが彼に化ける」という展開を成立させるために、かなり無理をしているようにしか思えない。ハッキリと明言しているわけじゃないけど、この映画は「魔法は存在せず、科学としての錬金術が存在する」という世界観のはずだ。
だとしたら、錬金術を使うには基本的に錬成陣が必要なはず。だからこそ、エドが錬金術無しで錬成陣を使ったからコーネロは驚いたんでしょ。
でも、コーネロにしろマスタングにしろ、錬成陣無しで錬金術を使っているよね。それって、どういうことなのか。
エドだけじゃなく、錬成陣無しで錬金術を使える人間が他に何人もいるとしたら、彼の特殊性は弱くなるでしょ。マスタングの手袋には錬成陣が書かれているから実は「錬成陣無し」ではないんだけど、何度でも火炎放射が使えるので、すんげえ便利な手袋だなと感じるし。ハクロがマスタングに「エドとアルにショウ・タッカーを紹介してあげてほしい」と指示するのは、かなり不自然な行動だ。
「あの兄弟の力になってあげたい」と親切心をアピールしているけど、説得力は皆無だ。
もちろん、それは真っ赤な嘘で陰謀が絡んでいるんだけど、その時点では表向きの理由で観客に納得させなきゃダメなはずで。
どうやら原作から改変した様々な箇所で、「キャラの行動や物語の展開をスムーズに成立させるための配慮」ってのを放棄しているようだ。エドはヒューズの家に泊めてもらった夜、不気味な夢を見る。それは何度も見ている夢という設定で、冒頭で描かれた実験失敗シーンの後、真っ白な空間に瞬間移動する。そこには巨大な扉があり、「俺はお前」と名乗る黒い影がいて会話が行われる。「真理を見せてやるよ」と黒い影が言うと、エドは扉の向こうの空間に引きずり込まれる。
それは「エドが錬金術に失敗して左足と右腕を失うまでの経緯」を表現しているシーンなんだけど、「要らないなあ」と感じる。
無駄に抽象的なだけで、まるで引き付ける力が無いんだよね。
もはやセリフだけで「こんな事情で右腕と左足を失いました」と処理してくれる方が、遥かにマシだと感じるぐらいだ。ヒューズはマスタングから東方司令部へ本当の理由を問われ、「イシュヴァールの内乱の後、この国はおかしい。その後も内乱や暴動が絶えない」と話す。
でも、まず「イシュヴァールの内乱って何なのか」という説明が何も無い。
そして、「内乱や暴動が絶えない」という説明に関しても、そんな様子は全く示されていない。
どうやら軍の内部で色んな策謀が渦巻いていて一枚岩じゃないらしいが、どういう状況なのかという前提条件がサッパリ見えないので、そこに気持ちが入って行かない。曽利文彦監督が「何よりもVFXありき」で突き進んだのか、単純に演出力が低いのかは知らないが(実は分かっているんだけどね)、とにかくドラマ演出の部分には何も無いと言い切ってしまっていい。
それは彼が監督してきた過去の作品を見れば今さら説明不要なのだが、改めて「VFXだけをやるべき人だな」と感じさせられる。
例えばニーナがキメラに錬成されるエピソードなんて、劇中で最も悲劇的な出来事と言っていい。そのことはエドの心に暗い影を落として、ずっと引きずることに繋がっていくはずの大事なエピソードだ。
だけど、呆れるぐらいに薄っぺらい内容となっており、心に訴え掛けて来る悲哀など微塵も感じられない。エドとアルが兄弟喧嘩をするシーンも、やたらとBGMが鳴り響く辺りからしても明らかに「ここは感動的なシーンですよ」とアピールしているのだが、こっちたの気持ちは平坦なままになる。
理由は簡単で、そこに感動できるようなドラマなど無いからだ。
アルが「自分は本来なら存在しない人間ではないか」と疑問を呈してエドに苛立ちをぶつけるのは、一応の前フリがあるものの、薄っぺらい行動にしか見えない。それに対してエドも「うわわぁ」と叫んで反撃するのも、「いやなんでだよ」と言いたくなる。
「殴り合いの末に和解する」という着地にしても、別の意味で「うわわぁ」と声を出したくなるほど陳腐なシーンだ。
やりたいことは分かるけど、そこへ向けたドラマの作り方が浅すぎる。
さらに言うと、その「やりたいこと」自体が、そもそも安っぽい。粗筋では「マスタングがヒューズを射殺した」と書いているけど、そのシーンが訪れた時点で「マスタングに化けたエンヴィーの仕業」ってことはバレバレだ。
だからホークアイから「マスタングがヒューズの殺害犯になってる」ってのを知らされたエドが「大佐はどこにいる?」と激昂しても、「いや違うから」と冷めた気持ちになってしまう。
そもそもヒューズか殺された現場は、周囲に誰もいなかった。それなのに、たまたまカップルが通り掛かってマスタングの姿を目撃するってのは都合が良すぎるだろ。
っていうか、そいつらが偶然にも通り掛からなかったら、エンヴィーがマスタングに化けた意味も全く無いわけで、どういうつもりだったのかと。しかも、直後のシーンで「エンヴィーがロスに化けてる」ってのが簡単にバレるので、その仕掛けの意味が薄っぺらくなっちゃってるし。終盤、第五研究所でマスタングはホークアイを守るためラストの攻撃を受けて深手を負い、エドに「奴らを逃がすな」と告げる。
エドが大きな錬成陣の書かれた部屋に着くとタッカーが待ち受けており、まあ色んなことが判明するが面倒なので説明は省略。
で、ラストが来てタッカーを始末すると、そこへマスタングがホークアイの肩を借りて駆け付ける。
腹を刺されて歩くのも厳しそうだったのに、見事なほど都合のいいタイミングで駆け付けるのね。その後、黒幕だったハクロが現れて「賢者の石を使って錬成した兵隊を生み出す」という企みを語る。彼はホムンクルスと組んでいたが、あっち側の上層部の命令を無視して自分だけの兵隊を誕生させる。でも、あっさりと食われて死ぬ。
そりゃそうだろ。どういう根拠で、そんなモンスターどもを支配下に置けると思ったのか。
こいつが底抜けのボンクラなので、「実は黒幕」として登場してもバカバカしいとしか思えないわ。まあラスボスは名前の通りラストなので、ハクロが簡単に死んでも別に構わないっちゃあ構わないんだけど。
ただ、その後に待ち受けている最終決戦も大して盛り上がらないし、軽薄な印象のままで終幕する。
シリーズ化を狙っていることは誰の目にも明らかだけど、こりゃ厳しいでしょ。(観賞日:2019年2月15日)