『振り子』:2014、日本

長谷川心晴は障子を開けて外を見ると、寝たきり状態になっている母のサキに「お母さん、雪が降り始めたよ」と告げる。彼女はサキのベッドに歩み寄り、「お父さん、ちゃんとお父さんのこと、見ててあげてね」と口にした。1976年、17歳の長谷川大介はタバコ屋の2階に住んでおり、隣で八百屋を営む橋本梅吉の自転車を勝手に拝借する。3人の不良がサキに絡んでいる現場を通り掛かった彼は、「邪魔だ」と殴り掛かって退散させた。
サキが礼を言って付きまとうと、大介は面倒そうな表情で「お前を助けたわけじゃないから」と告げる。それでもサキは大介の後を尾行し、梅吉に彼のことを尋ねる。梅吉はサキに、大介が母親と2人で引っ越して来たこと、中学時代に母親が男を作って出て行ったこと、それからは1人で暮らしていること、たまに店を手伝っていることを話した。サキは大介を執拗に誘い、日曜日に彼のバイクで外出する。大介は彼女に、金を貯めてバイク屋を開く夢を語る。自分の夢が無いサキは、彼を羨ましいと感じた。
1978年秋、大介はサキの両親に結婚の許可を貰うため、梅吉から背広を借りる。心配した梅吉が同行し、大介はサキの両親に「娘さんを下さい」と頭を下げる。サキの父は結婚を認めず、娘は「大学を出て立派な会社に入った男と結婚させる」と強い口調で告げる。彼の態度に梅吉が憤慨して詰め寄ったため、慌てて大介が制止した。頑固な父の態度を見ていたサキは、「幸せにしてもらおうなんて思ってない。大介君の夢を応援したいの。隣で応援したいの」と訴えた。
1979年、大介とサキは清風荘という小さなアパートで結婚生活をスタートした。掛け時計を買いに出掛けた2人は、時計屋の主人から中古の振り子時計を勧められる。振り子の意味を説明された2人は、それを購入することにした。大介はバイク店で働き、サキは梅吉の八百屋を手伝った。1980年、サキが女児を出産し、夫婦は心晴(こはる)と名付けた。1985年、夫婦は心晴にせがまれ、つくば万博へ出掛けた。数々の展示物を見た大介は感化され、「自分の店を始めてみようと思う」とサキに告げた。
大介は修理専門店としてバイク屋を開くが、いずれはバイク販売に乗り出したいと考えていた。1993年、高校の後輩である田中が、勤務先の社長を伴って大介を訪ねた。田中はバイク買い取り専門会社に勤務しており、修理しなければ輸出できないバイク20台が倉庫にあることを語った。買い取ってもらえないかと持ち掛けられた大介は、倉庫へバイクを見に行く。直せば充分使えると知った彼は買い取りを決め、サキと心晴の前で「いよいよバイクを売るぞ」と意気込んだ。
大介はバイクを買い取るため、サラ金で金を借りた。バイクの到着を待っていると田中が現れ、いきなり土下座した。彼は会社へ行ったら空っぽになっていたこと、社長が逃げてしまったこと、バイクは他の店に売却されていたことを説明した。それは社長の計画的な倒産であり、大介が渡した金も戻って来なかった。大介はバイク屋を閉めることになり、サキの前で「もう終わりなんだよ」と泣いた。サキは「2人で頑張って働ければ、またやり直せるから」と励ますが、大介の心は晴れなかった。
大介は小さな会社の営業部員として働き、サキもパートで家計を支えた。大介は慣れない仕事に苦労した上、同僚の不愉快で嫌味っぽい態度にストレスを貯め込んだ。家に戻った彼は、サキと心晴に八つ当たりした。大介はOLの京子との浮気に走り、彼女のアパートに入り浸るようになった。サキは浮気に気付きながらも、大介の前では元気に振る舞った。1999年、大介はリストラで会社をクビになり、京子に捨てられた。彼からリストラを聞かされたサキは、「心晴も働き始めたんだし、夫婦2人なら何とかなるわよ」と明るく告げた。
大介は新しい就職先を探すが、ことごとく断られてしまう。彼は居酒屋に立ち寄り、すっかり悪酔いしてしまった。夜遅くになって帰宅した彼は、サキが倒れているのを発見する。サキはICUに運び込まれるが、医師は「脳梗塞です。一命は取り留めましたが、会話や歩行は難しくなるでしょう」という現実を指摘した。
医師が「すぐに病院へ運んでいれば何とかなりましたが、倒れてから時間が経ちすぎました」と話したので、大介はサキの父から厳しく非難される。大介は罪悪感に打ちのめされ、謝ることしか出来なかった。帰宅した彼は、サキが自分のために誕生日のメッセージカードを用意していたことを知って嗚咽を漏らした。サキの意識は回復するが、右半身の麻痺と失語症、そして重大な記憶障害が残った。大介が話し掛けても、サキは何の反応も示さなかった。
何か思い出すかもしれないと考えた大介は、サキを家に連れ帰ろうと考える。サキの父は反対するが、大介が土下座して懇願した。彼は自宅介護を続けながら思い出の場所にサキを連れて行くが、やはり何の反応も無かった。彼が無力感に包まれていると、梅吉は「後悔を取り戻そうとしちゃいけない」と説いた。彼の言葉で、大介は元旦が結婚記念日だと思い出した。サキが結婚直前にウェディングドレスを欲しがっていたことを思い出した大介は、工事現場で必死に働いて金を貯める…。

監督・脚本は竹永典弘、原作は鉄拳「振り子」、製作は岡本昭彦&渡辺正一、エグゼクティブ・プロデューサーは奥山和由、プロデューサーは中村直史&北畠秀昭&稲冨聡&渡邉敬介&木谷真規、ラインプロデューサーは柴田浩行、協力プロデューサーは上野境介、脚本協力は磐木大、撮影は西雄一、照明技師は石田厚、録音は出加超、美術は畠山和久、音楽はConisch(コーニッシュ)&大久保晶文(&苗加琢人は間違い)。
主題歌「furiko」作詞:a-kamu、作曲:苗加琢人、編曲:大久保晶文、歌:あさ実。
出演は中村獅童、小西真奈美、石田卓也、清水富美加、武田鉄矢、山本耕史、板尾創路、笛木優子、松井珠理奈、鈴木亮平、中尾明慶、研ナオコ、小松政夫、ダイアモンド☆ユカイ、武井壮、黒田アーサー、小山田将、長原成樹、中野公美子、サヘル・ローズ、ニコラス・ペタス、齊藤ジョニー、藤田彩華、入山学、秋元貴族秀、中島弘輝、天野考博、渡会久美子、佐藤李発、伊藤綾佳、めんじょうひろみ、鳳恵弥、駒田健吾、竹永照揮、浜崎ひなの他。


お笑い芸人でイラストレーターでもある鉄拳が手掛け、動画サイトで話題となったパラパラ漫画『振り子』を基にした作品。
TBS制作局の社員としてバラエティー番組のチーフディレクターなどを担当して来た竹永典弘が、映画初脚本&初監督を務めている。
大介を中村獅童、サキを小西真奈美、学生時代の大介を石田卓也、学生時代のサキを清水富美加、梅吉を武田鉄矢、看板屋を山本耕史、サキの父を板尾創路、京子を笛木優子、心晴を松井珠理奈、心晴の結婚相手・中村を鈴木亮平、田中を中尾明慶、タバコ屋を研ナオコ、時計屋を小松政夫が演じている。

よしもとクリエイティブ・エージェンシーは、2009年から始まった沖縄国際映画祭に協賛の形で参加している(実質的には主催と言ってもいい)。
そして第2回沖縄国際映画祭からは、テレビ局と手を組んで数々の映画を製作している。
第6回沖縄国際映画祭からは、テレビ局との共同制作映画を「TV DIRECTOR’ S MOVIE」という部門に独立させて上映するようになった。
そんな「TV DIRECTOR’ S MOVIE」の1本として製作されたのが、この作品である。

かつて飛鳥新社と手を組んだ夕刊紙「日刊アスカ」やワニブックスと組んだ漫画雑誌「コミックヨシモト」からは短期間で手を引いている吉本興業が、映画製作は長く続けているんだから、そこは「確実に稼げる分野」と確信しているんだろう。
吉本興業が金儲けだけを考えて映画製作に参入したことは言うまでもないが、それは全面的に批判できない。
営利企業なんだから、映画に対する愛や情熱が無くても糾弾することは出来ない。
だけど、もう少し真剣に映画作りをやった方がいいとは思うよ。

冒頭、心晴が寝たきりのサキに話し掛ける背後に、大介が立っている。
だが、この時点で「既に大介が死んでいる」ってのはバレバレだ。
「お父さん、ちゃんとお父さんのこと、見ててあげてね」と言うサキが父の方を全く見ないとか、大介がサキの額に触れようとしたトコでカットを切り替えるといった不自然な描写が、それを「ほぼ確信に近い推測」にしてくれる。
そのシーンで「自分には何も出来ないことが分かっているのに」という大介のモノローグが入るが、本来なら終盤に真相が明かされた時に「そのセリフは、そういう意味だったのか」と観客が驚かされる効果を生むべきなんだけど、完全に失敗している。

最初に大介のモノローグが入るのに、その後に「これは、私がずっと見ていた名も無き夫婦の数奇な運命である」というナレーションが入るので「お前は誰だよ」と言いたくなる。
声は小松政夫だが、時計屋ではなく「振り子時計の声」という設定だ。
しかし分かりにくいし、急に振り子時計の語りが挿入されるってのは違和感が強い。
「夫婦を見て来た振り子時計が語り部になる」という形を取りたいのなら、最初から彼の声に進行を担当させるべきだろう。

そんな振り子時計の声が「この夫婦の出会いは、まるで少年漫画のような運命的な物だった」と語り、大介とサキの高校時代のシーンが描かれる。
「不良に絡まれているサキを大介が助ける」ってのは、確かに「少年漫画のような」と言えるのかもしれない。しかし実際に映像で見た限りは、「陳腐で安っぽい出会いのシーン」としか感じない。
いっそのこと、全体的に「いかにも漫画的」ってのを誇張して、さらにはコメディーのテイストを強めて描写すれば、それなりの仕上がりになった可能性はあるだろう。
しかし、「漫画的な物語」という意識は乏しいし、それに「感動の夫婦愛」ってのを描く湿っぽい話なので、ただ安っぽくて古臭いだけになっている。

大介に助けられたサキが彼に付きまとうとか、大介と梅吉が言い争いになった時に「やめなよ、大介君」と急に馴れ馴れしい呼び方をするとか、大介が電話番号を教えてくれないので糸電話を作るとか、その辺りも全て安っぽくて古臭い。
そもそも、「これは荒唐無稽で漫画的な物語です」ってのを観客に受け入れさせるための作業が全く足りていないという問題は大きい。
ただし、そこの作業を施したとしても、やっぱり「安っぽくて古臭い」ってのは変えられないと思うわ。

そこに限らず、この映画は最初から最後まで、わざとらしさや嘘臭さに満ち溢れている。
例えば営業部員になった大介が先輩社員から嫌味を浴びせられるシーンなんかも、その社員じゃなくて、そういう描写を入れたことへの不快感を覚えるわ。
大介が慣れない仕事のストレスで家族に八つ当たりするとか、浮気に走るとか、そういうのも全て、「要らないなあ」と感じる。パラパラ漫画をなぞった内容ではあるけど、実写ドラマとして仕上げた結果は陳腐になっているだけ。
こんなことなら、平凡な夫婦の平穏な人生を淡々と描いた方が、胸に沁みるモノがあったんじゃないかと思うぞ。
これって、ほぼバラエティー番組の安い再現ドラマみたいなノリなのよね。

大介がサキを助けて立ち去る時、「確か17歳、これがサキとの出会いだった」という語りが入る。それは大介のモノローグだ。
ついさっき振り子時計の語りで回想シーンへ突入したのに、また大介が語りを担当してしまうのだ。
仮に大介とサキがナレーションを担当するなら、やり方次第ではバトンタッチを上手く成功させることが出来たかもしれない。
しかし、当事者である大介と、第三者である振り子時計の声が場面によってナレーションを交代するってのは、単にまとまりを欠いているだけだ。

回想形式にするってのは、ポイントになる出来事だけを抽出して構成することが出来るという利点がある。
だから、そういう形式を取ることは、悪くない考え方だと思う。
しかし、この映画の場合。エピソードとエピソードの繋がりが悪いし、全てが薄っぺらくて慌ただしいと感じるだけだ。
例えば大介がサキの両親を初めて訪ねるシーンでも、強硬に反対していたサキの父が急にOKしたことになってしまうという違和感や不自然さが付きまとう。

そもそも、大介が結婚を決めた経緯も全く分からないし。
むしろ、サキの父親が反対するという設定を削って、大介が挨拶に行くシーンではなく、大介が結婚を決意した出来事を抽出した方が良かったんじゃないかと思うんだけどね。
そこに限らず、とにかく回想形式を選択したメリットが全く見えないのよ。どこを抽出し、どのように見せて、どんな風に繋ぐかという判断が上手くない。
いっそのこと、現在の大介に何度も戻って、彼が何かアイテムを見る度に関連する出来事を思い出すという構成にでもした方が良かったかもね。

タイトルが『振り子』なので、振り子時計を重要なアイテムとして使いたいのは良く分かる。
しかし、結婚した大介とサキが掛け時計を買いに行く展開は、ものすごく無理がある。「時計ぐらい前の家から持って行けよ」と思うしね。
さらに、時計屋の主人が「振り子時計は繊細なんだよ。振り子は正確な時間を刻む。少しでもバランスを崩すと正確に動かない。夫婦みたいなモンだ。共同作業で何十年も時を刻む」という言葉で大介とサキが振り子時計を買う展開も、無理がありまくりだ。
そもそも振り子ってのは1個が左右に揺れてバランスを取るわけで、それを「共同作業」とは呼ばないだろうに。
時計屋の主人が語る説明は、理屈がメチャクチャだぞ。

私はパラパラ漫画の『振り子』を見ても涙腺を刺激されなかったが、それで大勢の人々が感動したことは理解できる。
あの作品が良かった理由は、「パラパラ漫画にBGM」という形式にある。
ハッキリ言って、物語としてはベタで使い古されたような内容だが、かなりの部分を視聴者の想像に委ねる方式だったこと、短い動画に盛り上げる音楽を組み合わせたことが、感動を呼んだのだ。
だから、それを安易に映画化したところで、パラパラ漫画を超えるような感動なんて生み出せるはずも無いのだ。

それと、これって本来は「長い結婚生活は楽しいことだけじゃなくて苦しいことや辛いことも多かったけど、最後は幸せだと言える人生だったよね」という印象になるべきだと思うんだよね。
でも実際には、「最初の内は幸せだったけど、後半は夫が騙されて借金を抱えたために店を潰し、慣れない仕事や嫌味な同僚のせいでストレスを貯め、妻子に八つ当たりして浮気に走り、妻は脳梗塞で倒れて寝たきりになり、罪悪感を抱いた夫は必死に働いてウェディングドレスを買おうとするが車にひかれて死ぬ」という、まるで救いの無い話になっているのよね。
ラスト近くに娘の結婚というエピソードを入れても、何の挽回にも繋がらないぞ。
本編が終わった後に鉄拳のパラパラ漫画が写し出されるが、90分以上を費やしたドラマパートよりも、そっちの方が遥かに感動的ってのはマズいでしょうに。

最後に、ものすごく細かいけど、どうしても気になったことを書いておく。
上述した粗筋で「結婚記念日が元旦」と書いているが、これは劇中のセリフにある言葉をそのまま使っている。
わさわざ説明しなくても気付く人がいるだろうけど、本来は「元日」が正解だ。「元旦」ってのは1月1日の午前中だけを意味する言葉なので、「1月1日に結婚した」ってことを言いたいのなら「元日」が正確な表現になる。
細かいことではあるけど、すんげえ気になっちゃったのよね、そこ。

(観賞日:2016年5月7日)

 

*ポンコツ映画愛護協会