『覆面系ノイズ』:2017、日本

鎌倉市立第二小学校に通う小学5年生の有栖川仁乃、通称「ニノ」は、幼馴染の榊桃、通称「モモ」と手を繋いで下校するほどの仲良しだった。モモの両親は借金が原因で喧嘩を繰り返しているが、彼は「離婚さえしなければ何でもいいけど」と明るく話した。海へ出掛けたニノが「私はモモと一緒にいたら無敵なの」と言うと、モモは「もし会えなくなっても、いつかお前の歌を目印に会えたらいいよな」と告げた。しかしモモは何も言わずに引っ越してしまい、それを母から知らされたニノは号泣した。それ以来、ニノはマスクを付けて生活するようになり、そして高校2年生になった。
覆面バンド「in NO hurry to shout;」、通称「イノハリ」の人気が、世間で急上昇していた。イノハリの正体は、高校の軽音楽部に所属する2年生部員のユズ、クロ、ハルヨシ、深桜だった。ユズはメンバーに、ツイッターでイノハリが解散するという噂が出ていることを明かす。イノハリは雑誌の巻頭で特集され、テレビ番組への出演も決まっている。しかし全ての楽曲を手掛けているユズはスランプに陥り、デビュー曲が完成していなかった。
深桜が「何かあったら彼女の深桜に言いなよね」と告げると、ユズは「違うし」と恋人関係を即座に否定した。ユズの頭には「由比ヶ浜のアリス」のことしか無く、深桜は片想いを続けていた。ユズが音楽室でピアノを弾いていると、それを耳にした転校生のニノは彼の元へ行く。ニノがピアノ演奏に合わせて口ずさむと、ユズは驚いて振り向いた。ニノが再会を喜んで「あの曲聴いてすぐに分かったわ。完成したの?」と言うと、ユズは「まだ途中だけど」と答えた。
小学生の頃、浜辺で息が出来なくなったニノは、マスクを外して大声で叫んだ。そこへユズが歩み寄り、自分が砂浜に書いた譜面をニノが踏んでいることを指摘した。「こんな素敵な曲、初めて見た」とニノが言うと、ユズは「適当なこと言うなよ。読めないくせに」と口を尖らせた。しかしニノが譜面通りのメロディーを口ずさむと、ユズは「見つけた、僕の声」と感動する。彼はニノの名前が有栖川仁乃だと聞き、「アリス」と呼ぶことにした。
「水曜はここにいるから、また来れば?」と誘われ、ニノは翌週も浜辺へ出掛けてユズと会うようになった。彼女が「引っ越したモモに会えなくなってから、マスクをしてないと息が苦しくなる」と話すと、ユズは「会えるよ。信じて歌ってよ。また叫び出しそうになったら、僕の曲を歌えばいい。そしたらマスクなんか要らなくなる。大丈夫。君の声、見失うわけない」と励ました。「あの後、次の水曜日から来なくなったよね。どうして?」とニノに問われたユズは、近くの病院に入院してたんだ。水曜日だけ抜け出してたんだけど、退院することになって」と答えた。同じ頃、モモは借金を返すため、音楽プロデューサーとして精力的に曲作りを続けていた。
次の日、ユズはクロとハルヨシに、完成した曲の譜面を見せた。ユズの伴奏でニノが歌う様子を目撃した深桜は、気付かれないよう去った。貸しスタジオへ出掛けたユズは、相手の素性を知らずにモモと出会った。自宅でイノハリのネット記事を読んでいたニノは、ルーキーズ・ヴォーカル・オーディションの広告に目を留めた。「メガヒット音楽プロデューサーの桐生桃があなたをプロデュース」という文字を見た彼女は、桐生桃のプロフィールをチェックする。顔写真は無かったが、ニノは桐生桃の正体がモモだと確信した。
深桜はユズがアリスと再会してスランプを脱したと気付き、イノハリからの脱退を切り出した。ユズが自分の気持ちを全く理解しないので、深桜は怒鳴って走り去った。深桜を追い掛けたハルヨシは、彼女に告白する。しかし彼が以前から何度も冗談めかして口説いていたため、その時も深桜は本気だと受け取らず、軽く笑って立ち去った。ニノは駅でユズと遭遇し、モモらしき人を見つけたのでオーディションを受けるつもりだと話した。
深桜の発声練習を耳にしたニノは、「自分の声を地球全体に届くようにしたいの。どんな声か教えて。足りないなら埋めたいの」と言う。ニノは深桜に頭を下げ、発声を基礎から教えてもらう。深桜はイノハリのマネージャーを務めるヤナに、イノハリを抜けると話す。彼女は新しいボーカルについて、ユズに「本当は自分の作った曲をニノ以外に歌わせたくないんでしょ。だったら、もう答えは出てるじゃん」と告げた。一次審査が始まり、メビウスエンタテイメント社員の久瀬月果はニノの音源を聴いて気に入った。しかしモモは歌っているのがニノだと気付き、「こいつは落としてください」と冷たく告げた。月果はモモの要求を無視し、ニノを通過させた。
深桜もオーディションに参加しており、最終審査の会場でニノと遭遇した。ニノは審査員たちの前で、イノハリの『ハイスクール』を歌い始めた。サブにいたモモはすぐに音を止め、月果に「落としてくださいって言ったはずですよ」と告げた。モモが立ち去ると、ニノは後を追った。ニノが呼び止めると、モモは「帰れ。失格だ。お前の歌は金にならん」と冷淡に言い放つ。「そんなことのために歌ってきたんじゃない。モモの言葉を信じて、会いたくて歌って来たのよ」とニノが語ると、モモは彼女を突き放して立ち去った。
ショックを受けたニノが雨に打たれながら歩いていると、それを見たユズが傘を差し出した。ユズが「会えたんだね、モモに」と言うと、ニノは泣きながら「私の歌、目印にならなかった」と告げた。翌日、登校したニノはモモの冷たい言葉を思い出し、息が苦しくなって教室を飛び出した。彼女は屋上へ行き、大声で叫ぶ。すると「信じて歌ってよ、アリス」というユズの言葉が脳裏をよぎり、ニノはイノハリの『ハイスクール』を大声で熱唱する。大勢の生徒たちが集まる中、ユズ、クロ、ハルヨシも彼女の歌声を耳にした。
ユズは練習スタジオにニノを呼び出し、自分たちがイノハリのメンバーであることを明かした。ユズはニノに、ボーカルとしてバンドに加わって欲しいと頼む。楽譜を渡されたニノは、その場で練習に参加した。ユズがオープンカフェで曲を書いていると、モモがやって来た。モモは馬鹿にした態度で、「お前の曲、随分とキーが高いな」と言う。ユズは「僕が歌うんじゃないし。僕、歌えないし」と述べ、モモに「音痴か。俺と一緒だな」と言われると「喉の病気で歌えないんだ」と声を荒らげた。
ユズが「でもいいんだ。もう手に入ったから。僕だけの声。その子に出会ったから、曲を書く手が止まんなくてさ」と語ると、モモは「俺も昔、そういう時があったな」と言う。モモは「お前の曲、聴かせろよ」とスタジオに誘い、ユズはギターで演奏する。モモがベースで参加すると、ユズは「変な奴」と笑う。教室で自主練していたニノはクロとハルヨシから、イノハリの始まりが自分だと聞かされる。さらに彼女は、ユズがニノに出会った日を最高の一日だったと語っていたこと、ユズは喉の病気で歌えないことを聞いた。
翌日、イノハリは初めてテレビ出演し、ニノは新曲『カナリヤ』を熱唱する。番組を見たモモは「あいつの声だ」と驚き、ユズの見つけた相手がニノだと知った。次の日、ニノは学校へ向かう途中で月果に声を掛けられ、「モモが一瞬でも貴方の声に心を許した証拠だから」とモモのギターをプレゼントされる。ニノは喜んでユズに報告し、「ユズのおかげよ。少しでもモモに届いたのかも」と言う。ニノは昼休みの音楽室で、ユズからギターの弾き方を教わった。
スタジオを訪れたモモは転寝しているニノを見つけると、マスク越しにキスをして立ち去った。イノハリのメンバーはヤナから、初ライブの日と場所を聞かされる。その直後、スマホのニュースを見たイノハリは、自分たちを露骨に模倣した覆面バンド『SILENT BLACK KITTY』がモモのプロデュースでデビューすることを知る。ヤナはニノたちに、ボーカルが深桜だと教えた。ハルヨシは深桜に、改めて告白する。また冗談だと思った深桜だが、ハルヨシは彼女を抱き寄せて「好きだ」と告げた。
ニノは練習のためにスタジオへ行くと、モモが姿を見せた。そこにユズが現れ、彼はモモの正体を知る。モモが立ち去ると、ニノは後を追い掛けて「私に会いたくなかったの?」と問い掛ける。モモは「会いたくなかった。俺に話し掛けんな」と冷たく言い、スタジオを出て行く。ユズはモモを追い、「クロネコみたいなパクリバンドには負けない」と宣戦布告する。「俺と同じステージにいるつもりか」とモモが言うと、彼は「売れることしか考えてない奴に言われたくない」と返した。すると「確かにな」とモモは漏らし、その場を去った。ユズは落ち込んでいるニノの元へ戻り、「モモも私のことが好きなんだと思ってた。どこかで信じてた。バカよね」と泣きながら言われる。ユズは「どうしたらいいか分かんないよ」と吐露するニノを抱き締め、衝動的にキスをしてしまう…。

監督は三木康一郎、原作は福山リョウコ『覆面系ノイズ』(白泉社『花とゆめ』連載)、脚本は横田理恵&三木康一郎、製作は岡田美穂&三宅容介&高橋敏弘&小林栄太朗&竹中幸平&東城祐司&前田義晃&島田明&栗栖理恵&荒波修&片岡尚、エグゼクティブ・プロデューサーは吉條英希、プロデューサーは青木裕子&稲垣竜一郎&米田理恵、アソシエイト・プロデューサーは池田篤史&木村元子、撮影は板倉陽子、照明は緑川雅範、美術は平井亘、録音は井家眞紀夫&鴇田満男、編集は普嶋信一、衣装デザインはSERIKA、音楽監修/プロデュースはMAN WITH A MISSION。
主題歌「Close to me」in NO hurry to shout; 作詞:Kamikaze Boy、作曲:Kamikaze Boy、編曲:MAN WITH A MISSION。
出演は中条あやみ、志尊淳、小関裕太、磯村勇斗、杉野遥亮、渡辺大、中島亜梨沙、真野恵里菜、斉藤萌紅美、荒井雄斗、中川翼、福田ゆみ、兒玉宣勝、天正彩、尾花かんじ、山崎光、木村聖哉、hoto-D、藤村英志、ERIKA、u-sk、岡野ぴんこ、宮島咲良、桜沢ノエル、北川千晴、太一、鈴木優、井上瑞巴、佐藤大輔、中村昌史、笠間洋平ら。


福山リョウコの同名少女漫画を基にした作品。
監督は『のぞきめ』『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』の三木康一郎。
脚本は『愛の言霊』『恋極星』の横田理恵と三木康一郎監督による共同。
ニノを中条あやみ、ユズを志尊淳、モモを小関裕太、クロを磯村勇斗、ハルヨシを杉野遥亮、ヤナを渡辺大、月果を中島亜梨沙が演じている。
中条あやみ、志尊淳、磯村勇斗、杉野遥亮は撮影に向けて歌や楽器演奏の練習を積み、「in NO hurry to shout;」として主題歌『Close to me』でCDデビューした。

映画化される少女漫画の多くは、主人公が高校生に設定されている。そうなると当然のことながら、周囲の面々も高校生が多くなる。
これを実写化する際、実際に同年代の若手俳優を起用することもあるが、実年齢が高めの面々を使うことの方が多い。原作と同じように高校生の若手俳優を揃えようとした場合、それと「人気があって訴求力の期待できる人間」という条件を両立させるのは難しいからだ。
そして実年齢が高いメンツを起用した場合、「高校生に見えるのか」という問題が付きまとう。
この映画の場合、「ニノたちが高校生に見えるのか」と問われたら、「まあ苦しいわな」と言わざるを得ない。

たぶん1年生から2年生に変更したのは、少しでも役者の実年齢に近付けようという狙いがあってのことだろう。でも残念ながら、それは前述したマイナスにしか繋がっていない。
ただし本作品の場合、年齢が云々ということなんて気にならなくなるほど、それより遥かに大きな問題がある。
それは、「とてもじゃないがプロのバンドには見えない」ってことだ。
イノハリは高校生でありながらプロとして活躍している人気バンドという設定なのだが、そんな連中には到底見えないのだ。

そもそも「高校生だけどプロとして活躍している覆面バンド」という設定に無理があるってのは否めないが、そこは少女漫画なら何の問題も無い。
ただ、実写だと「高校生に見えて、なおかつプロのバンドにも見える」というキャスティングが求められるわけで、その両方を満たすのは難しいわな。
プロとして活躍する高校生バンドであっても、これが「学生らしさ」とか「若々しさ」みたいな特徴を押し出している設定なら大丈夫だろうと思うのよ。
でもイノハリって、そういうタイプじゃないのよね。だから難しくなってしまう。

原作と異なる部分は幾つもあるが、映画化する際に尺の都合などで改変するってのは良くあることだし、それ自体は別に構わない。
ただ、どうやら丁寧な作業ってのを全く考えていなかったようで、その歪みがモロに出ている。
例えば、原作では高校1年生だったニノたちを、2年生に変更している。
ニノやユズたちが最初から友人やクラスメイトという関係なら、そこで1年の差があっても大きな問題は起きないだろう。しかし「ニノとユズの久々の再会」から始めなきゃいけないので、そこで問題が生じている。

具体的な問題点は、「ニノを転校生にしなきゃいけなくなる」ってことだ。
これが高校1年生なら、「入学したニノがユズと再会する」ということで成立する。しかし2年生なので、「ユズと久々に再会」という状況を作るには、転校生という設定を使わざるを得ない。
それの何が問題なのかというと、「ニノって鎌倉の小学校に通っていたんだよね」ってことだ。そして、どうやら高校も同じ鎌倉にある設定だ。
そうなると、「なぜニノは高校2年で転校して来たのか」という部分に疑問が生じてしまう。
何か特別な事情でもなければ、そんなことは考えにくい。そこを何も説明しないので、序盤から余計な引っ掛かりを感じたまま観賞する羽目になってしまうのだ。

原作でモモがニノを避けようとした理由は、「ニノのために作った曲を儲け優先で売り払ったことに罪の意識を感じているから」という設定だ。
ここを映画では、「金儲け主義の仕事をしている姿を見られたくないから」という設定に変更している。
これによって何が起きているかというと、「そんなことで避けようとするのか。それどころか、やたらと冷淡な態度を取るのか」という印象になってしまうのだ。
そこで感じるのは、「くだらねえ男だな」ってことだ。三角関係の一辺を担当する男として、あまりにもチンケだ。

オープニングではニノが加入する前のイノハリによる『ハイスクール』が流れ、演奏シーンが写し出される。
演奏シーンだけでなく他の絵も挿入されているが、ザックリ言うならば冒頭部分はイノハリのMVみたいなモンだ。
でもMVとして見た場合、その質は低い。
それと、しょうがない部分はあるんだろうけど、「ニノじゃないヴォーカルによるイノハリの楽曲」から映画をスタートさせていること自体が、果たしてどうなんだろうかと思ってしまうんだよな。

そんなイノハリの人気が上昇しているってことが説明されて、タイトルが表示される。そこから鎌倉の景色が写し出され、小学校を舞台にしたエピソードが描かれる。この時点で、過去のパートに移っているのだ。
しかし、タイトルの後に「何年前」的な文字が出ないため、そこに戸惑いが生まれてしまう。イノハリの人気が上昇している時期と、ニノたちが小学5年生である時期が、同じであるかのような誤解が生まれるのだ。
そこは「ここから回想ですよ」という合図を入れなきゃ絶対にダメなトコでしょ。
それをタイトルによる区切りで消化できていると思ったのなら、それは大間違いだぞ。

ただし、そこの違和感を解消するのって、ものすごく簡単なのよね。
答えは、「イノハリの人気が急上昇している」というアナウンサーの台詞をカットするだけ。それだけで済むのだ。
ただ、それを省くぐらいなら、そもそも「イノハリのMVが大型モニターに写し出されて、それをニノやモモが見ている」というシーンから入る構成を避ければいいのよ。
「掴みとしてイノハリのパフォーマンスから入りたい」という狙いがあったとしても、ニノが入る前のイノハリだから意味が無いし。

序盤の小学生パートで、モモはニノにもし会えなくなっても、いつかお前の歌を目印に会えたらいいよな」と言う。
だが、その台詞は何の脈絡も無く、ものすごく唐突だ。
そこまでに「ニノがいつも歌っている」とか、「モモはニノの歌が大好き」という設定が示されていれば問題は無いが、そういう前フリがゼロだからだ。
その台詞の後にニノが『きらきら星』を歌い出すけど、それじゃ遅いのよ。
っていうか、そこで歌い出すのも、これまた唐突にしか見えないし。

高校生パートに入ると、イノハリの面々は「雑誌の巻頭で特集され、テレビ番組出演も決まっている」と語る。ところが、「デビュー曲が決まっていない」とも口にしている。
どういうことなのか。デビューしたから雑誌の巻頭で特集され、テレビ番組出演も決まっているんじゃないのか。
そもそも、冒頭でMVが流れていたでしょ。あれは何なのか。
「インディーズで活動していて、メジャーレーベルと契約したけどデビュー曲が決まっていない」ってことなのか。だとしても、説明不足で分かりにくいぞ。
っていうか、レーベルと契約していない高校生バンドなのに、あんなにちゃんとしたMVを作っているのか。

イノハリのメンバーが紹介された後、「ニノがユズと再会する」というシーンが描かれる。ここで「久々の再会を喜ぶ」という様子が描写されるが、もちろん観客からすると何のことやら全く分からない。そこで、「実はこんな過去がありまして」という形で、2人の出会いを回想するパートが挿入される。
でも、これが構成として、ものすごく不細工に感じるんだよね。
不細工と言えば、再会した翌日にユズがモノローグを語るのも、どうなのかと。視点の移動は構わないけど、モノローグまで語らせるとギクシャク感を覚えるなあ。
あと、クロとハルヨシに「アリスのことなんて、どうでもいいし」と言うのも不細工だよ。ツンデレな性格という設定なんだけど、上手く表現できていないから、その台詞が浮いちゃってんのよ。

ニノが自宅でイノハリのCDを持ちながらネットの記事を見ているシーンがあるのだが、つまり「ニノはイノハリのファン」という設定なのね。
それって、かなり重要な要素のはずでしょ。それにしては、その示し方が雑で下手すぎるわ。そのシーンで「そう言えば、ニノはイノハリの正体がユズたちだと知らない設定なのね」と気付かされたぐらいだし。
そもそも、イノハリが大人気ってことのアピールにも問題があるし。冒頭で「人気急上昇中」ってことは語っているけど、そこからユズたちが登場して「イノハリが解散するらしい」と話すまでに間隔を空けたことが、大きなマイナスになっちゃってんのよね。
そこは「イノハリが大人気だけど正体不明」ってことを提示して、その直後に「正体を隠して活動しているユズたち」を登場させた方がいい。

ニノは幼い頃、モモから歌声を称賛されている。そしてユズは彼女の歌を聴いて、「見つけた、僕の声」と感動している。つまりニノの歌は、それぐらい周囲の人を引き付ける力があるってことだ。
ところが深桜に腹式呼吸が出来ていないと指摘され、基礎から練習を積むようになる。
それって、整合性が取れていないんじゃないか。
既にニノは、ユズの心を揺り動かす圧倒的な歌声を持っているはずでしょうに。だったら、「基礎から始めなきゃ全く話にならないレベル」ってのは変でしょ。
これが「深桜が嫉妬心で酷評した」ってことならともかく、それが事実という設定なので、違和感があるぞ。

ニノはモモに冷たく拒絶された翌日、それを思い出して息が苦しくなる。教室を飛び出した彼女は屋上へ行き、マスクを外して大声で叫ぶ。
ここまでは分かる。
でも、ここで「信じて歌ってよ、アリス」という幼少期のユズの言葉が脳裏をよぎり、ニノがイノハリの歌を熱唱するってのは、無理があり過ぎる。
少女漫画的な視点で捉えると「大きな見せ場の1つ」であるはずだけど、実際にはバカバカしさしか無くて苦笑してしまう。

ニノとモモのセッション風景も、やはりバカバカしさが強烈に漂っている。
「最初は印象の悪い出会いだったが、セッションして意気投合する」という関係性を描きたいのは良く分かる。そして、たぶん大枠としては、やっていることは決して間違っちゃいない。
それなのに、実際に完成したシーンを見ると、苦笑を誘うのだ。
それは「いかにも少女漫画チックな描写が陳腐だから」ってことではない。進め方が雑で丁寧な仕事をしていないから、段取りだけが空虚に浮き上がってしまうのだ。

ニノがモモとセッションする直前のシーンで、喉の病気で歌えないことを語っている。そこからシーンが切り替わってニノが登場すると、彼女がクロとハルヨシから「ユズは喉の病気で歌えない」と聞かされる様子が描かれる。
これって、完全に二度手間でしょ。
もちろん最初のシーンにニノはいないから、彼女が「ユズは喉の病気で歌えない」と聞くのは1度だけだよ。でも観客からすると、同じことを2度も聞かされているわけで。
そこはどっちか片方にしておくか、もしくはカットバックで両方のシーンを描いて「ユズがモモに病気のことを語り、その流れでニノがクロたちから詳細の説明を聞くカットに移る」という構成にすべきだろう。

三角関係の恋愛劇が、最終的には「ニノとユズが両思いになる」という結末を迎えることは、たぶん多くの人が予想できるだろう。ただ、実際にそういう答えが訪れた時、まるで腑に落ちないモノを感じざるを得ないという困った状態になっている。
理由は簡単で、ニノがモモではなくユズを選ぶ根拠が弱すぎるってことだ。
何しろニノは、映画が始まってから1時間20分ぐらいに渡って、ずっとモモのことだけを愛し続けているのだ。
彼女のユズに対する感情は「ユズの曲が大好き」ってだけであって、決して恋愛感情ではない。つまり、2人の男子の間で揺れ動くことなど皆無でモモだけを一途に思い続けてきたヒロインが、終盤に入ってモモと両思いだったと知った途端、急にユズへ傾こうとするのだ。
それは話の進め方として、あまりにも強引だし、そりゃあ結末に納得しかねるのも当然だろう。

この映画の一番のセールスポイントは(っていうか結果的には唯一のセールスポイントになってしまったが)、「MAN WITH A MISSIONの手掛けた楽曲を、人気の若手俳優によるバンドがパフォーマンスしています」ってことだ。
それなら演奏シーンを何度も入れて多くの時間を割いた方が、間違いなく得策だ。でも、イノハリを演じる面々は音楽畑の人間じゃないので、そんなに何曲も演奏するような技術は無い。
吹き替えに頼ってしまえば問題は解消されるが、今度は「実際に演奏していない」という大きなマイナスが生じる。
そのため、何曲も演奏することは出来ていない。

とは言え、ニノが歌ってイノハリが演奏するシーンは、充分に引き付ける力がある。他のシーンがドイヒーだからってのはあるけど、そこだけは見せ場としての力を持っていると言ってもいいだろう。
ただ、そんな唯一の見せ場でさえも、すぐに台無しにするような演出が待ち受けている。なんと、エンディングで流れて来るのは、MAN WITH A MISSIONの演奏する『FIND YOU』なのだ。
いやバカかと。
映画を締め括るのは、絶対にイノハリの曲じゃないとダメでしょ。ニノ(中条あやみ)の歌声じゃなきゃダメでしょ。
最後に男(狼だからオスと言うべきか)の声で歌われたら、本編を全て否定するのと同じようなことになるぞ。

(観賞日:2019年8月22日)

 

*ポンコツ映画愛護協会