『friends もののけ島のナキ』:2011、日本

海辺の村に住む少年の竹市は、小舟を漕いで鬼の顔のような形をした岩に近付いた。勇気を出して岩の空洞を抜けると、その向こうには島があった。上陸した彼は興奮した様子で、「本当にあったんだ。なんだ、もののけ島に来るのなんて簡単じゃないか」と口にした。その時、小舟に隠れていた弟の小竹が姿を現した。「なんで付いて来たんだ」と驚く竹市に、まだ言葉も満足に喋れない小竹は積んであったザルを見せた。竹市が「お前もキノコを採りに来たのか」と訊くと、彼は真っ直ぐな目でうなずいた。
竹市が「遊び半分で付いて来る所じゃないんだ。俺はおっ母の病気を」と怒ると、小竹は泣き出した。慌てて竹市は小竹の口を塞ぎ、絶対に騒ぐなと注意した。森に入った竹市は大量のキノコを発見し、「これ売ったらすごく儲かるぞ。おっ母の薬代なんて簡単に手に入るぞ」と言いながら採取する。「大人たちは臆病だよな。掟があるからって真ん中岩をくぐってもみないんだから」と強気に言う竹市だが、そこに物の怪たちが現れた。竹市は小竹を連れ、慌てて逃げ出した。
浜辺に戻った竹市は小舟で海に出るが、物の怪のナキに追い掛けられる。竹市は小竹を置き去りにしたことに気付くが、小舟をナキに破壊されて渦に飲み込まれた。浜辺に戻ったナキは、仲間のグンジョーとハイタッチを交わす。「やったな」とグンジョーは言うが、ナキは「捕まえ損ねた」と言う。悔しがった彼は、目の前にいる小竹に気付いた。村に戻った竹市は、掟を破ったことで村人たちの冷たい視線を浴びた。彼は母の明野に詫びを入れ、金を稼ごうと思ったのだと釈明した。
小竹が置き去りにされたことを知った明野は助けに行こうとするが、村人たちに制止される。そこへ大ばば様が来て、「もののけの怒りが真ん中岩の向こうから押し寄せて来ておる。禁を犯したお前の息子を呪って、怒りが渦巻いておる。残念じゃが、小竹のことは諦めるのじゃ。既に、奴らに食われておるやもしれぬ」と述べた。彼女は村人たちに、物の怪を島へ追いやったのが200年も昔であること、しかし寿命が長いので戦に負けた者も生きていることを語った。
大ばば様は「奴らは怒りを溜めているに違いない。物の怪は猛烈な勢いで増えるのじゃ。おそらく千は増えておろう」と言い、鎮めの儀式を執り行うよう告げる。だが、もののけ島に住んでいる物の怪は、実際にはナキとグンジョーの他にゴーヤもののけのゴーヤン、ネコもののけのミッケなど十数匹だけだった。物の怪の長老は仲間を集め、小竹の処遇について話し合う。長老は竹市のことを不安視して、「ここにこれしか物の怪がおらぬと知れたら、すぐにワシらは皆殺しにされてしまう」と言う。
ナキは「あいつは渦に巻き込まれて死んだに違いない」と不機嫌そうに告げるが、長老は「ここも安泰とは言えなくなったということだ。風の噂では、最近になって幻山に逃げ込んだ物の怪が人間に滅ぼされたということだ」と述べた。ナキは「こいつも生かしておくわけにはいかないだろう」と小竹を始末しようとするが、長老は「万が一人間が攻めて来た時のことを考えて、人質として生かしておこう」と言う。小竹の面倒を見るよう命じられたナキだが、「ふざけんな。知るか」と怒って立ち去った。
グンジョーは仲間たちから「ナキのことはグンジョーでしょ」と責められたグンジョーは、コブ岩の権利を貰うのと引き換えに説得役を引き受けた。彼はナキの元へ小竹を連れて行き、取り引きのことを話して「お前に4割やる」と持ち掛けた。ナキは取り分が少ないことに腹を立てるが、グンジョーは「キノコ採りが終わったら、こいつを小舟に乗せて流しちまえばいいのさ」と説得する。「それまでは?」とナキが訊くと、グンジョーは「そこんとこヨロシク」と告げて立ち去ってしまった。
小竹がナキの尻に火を付けたので、彼は家から飛び出した。グンジョーが「抑えろ、子供のすることだ」とナキをなだめに来るが、小竹は彼の背中にも火を放った。ナキやグンジョーの悲鳴は漁村の岬にまで届き、大ばば様や村人たちは「物の怪が怒っている」と誤解して祈りを捧げる。グンジョーが小竹を海に捨てようと言い出すと、今度はナキが「コブ岩のことはいいのか?」と尋ねる。転んだ小竹が大泣きしたので、たまりかねたナキは吠えて怖がらせようとする。しかし、なぜか小竹は嬉しそうに笑い出した。
小竹が眠りに就いた後、グンジョーは「この島に来たばっかりのこと、覚えてるか?おっ母あ、おっ母あって、ずっと泣いてたよな。それでナキだ」と言う。ナキは「あの時、もう一生分泣いちまった。だから俺は二度と泣かない。200年泣かなかったら、ナキって呼ぶのはやめるって約束したよな。俺はずっと我慢してきたんだ」と語る。子供の頃、ナキは人間に村を襲われ、母親を亡くしていた。
翌朝、目を覚ましたナキは小舟を作って小竹を乗せ、「お前の村に帰れ」と告げて櫂を渡す。彼は小舟を海に放り投げるが、小竹は小舟を漕いで戻って来てしまう。何度やっても戻って来る彼に、グンジョーは「とっておきの必殺技を教えてやる」と告げた。2人は炭で顔にイタズラ描きして、ナキの家で彼を待ち受けた。その顔を見たナキは、思わず笑ってしまった。グンジョーはナキに、「お前、こいつに気に入られちまったんじゃねえのか」と告げる。
ナキは「こいつは人間だ、すぐケダモノになっちまうんだぞ」と声を荒らげ、また小竹を舟に乗せて海へ流した。小舟は真ん中岩で壊れ、小竹は海の化け物に襲われそうになる。そこへナキとグンジョーが駆け付け、化け物を退治した。ナキは小竹を連れ、もののけ島へ戻った。帰宅した彼は、小竹とグンジョーにキノコ鍋を振る舞う。しかし大事に取っておいた天女茸をグンジョーが食べようとするので、ナキは奪い返そうとする。しかし取り合いの中で天女茸は床に落ち、小竹が食べてしまった。
翌日、ナキとグンジョーは小竹を連れて、天女茸を採りに出掛ける。偶然にも天女茸を発見した小竹は、それをナキに差し出した。帰宅した小竹が熱を出したので、ナキは慌てて看病する。小竹が「お母ちゃん」とうわ言で漏らすと、ナキは「今まで我慢してたのか」と口にする。翌朝、小竹の熱は下がり、ナキは安堵した。小竹はナキに懐いただけでなく、やがて他の物の怪たちとも仲良くなった。
ナキはゴーヤンやミッケたちを人間に変装させ、漁村へ向かわせる。漁村では物の怪の襲来に備えて厳重な警備態勢が敷かれ、見張りが立っていた。ゴーヤンたちの正体に気付いた見張りの男は、「物の怪だ」と叫ぶ。村人が逃げるゴーヤンたちを追い掛けた後、草むらに隠れていたナキ、グンジョー、小竹が村に近付く。ナキは小竹を村に帰らせようとするが、一緒に行こうと誘われる。ナキは小竹を置いて立ち去ろうとするが、足にしがみつかれる。ナキは花火で興味を引いて小竹を村へ入らせ、母親との再会を確認して立ち去った。
もののけ島に戻ったナキとグンジョーは、勝手に人間の村へ行った罪で吊るされる。罰を済ませたナキは、小竹のことを思いながら寂しげな表情で海を眺めた。一方、小竹はナキのことを思い出して似顔絵を描くが、それを見た大ばば様は「よっぽど恐ろしかったのだろう」と誤解した。もののけ退治の名人である我助、 吉兵衛、 兵馬の三悪人は、大ばば様から手紙で仕事を依頼されて村にやって来た。彼らは自信満々で、「俺たちが来たからには、何も心配は要らん。もう大船に乗った気でいてくれ」と言い放った…。

監督は山崎貴&八木竜一、原案は『泣いた赤おに』浜田廣介、脚本は山崎貴、製作は市川南&亀井修&平城隆司&飯島三智&加太孝明&島村達雄&北川直樹&小林昭夫&佐藤慶太&喜多埜裕明、エグゼクティブプロデューサーは阿部秀司&都築伸一郎&桑田潔、Coエグゼクティブプロデューサーは大村信&山内章弘&大川武宏、企画は川村元気、プロデューサーは沢辺伸政&上田めぐみ&守屋圭一郎&渋谷紀世子、アソシエイトプロデューサーは鈴木健幸&八木征志&今川朋美、CGスーパーバイザーは鈴木健之、アートディレクターは勝又典子、編集協力は宮島竜治&菊池智美、音響監督/サウンドデザインは百瀬慶一、音楽は佐藤直紀、主題歌は『Smile』MISIA。
声の出演は香取慎吾、山寺宏一、阿部サダヲ、YOU、新堂結菜、FROGMAN、加藤清史郎、鈴木れい子、湯屋敦子、庄子裕衣、福田信昭、柳沢栄治、樋口智透、武虎、諸星すみれ、吉松亨真、島崎隆一郎、大木民夫、小桜エツ子、高戸靖広、村田太志、下田レイ、羽飼まり、小岩井ことり、星野卓、関根航、津川祝子ら。
モーションアクターは中台あきお、矢柴俊博、小川輝晃、高橋佐織、松下恵、タイソン大屋。


浜田廣介の児童文学『泣いた赤鬼』をモチーフにした3DCGアニメ映画。
『BALLAD 名もなき恋のうた』『SPACE BATTLESHIP ヤマト』の山崎貴とTVアニメ『もやしもん』の3DCG監督だった八木竜一の白組コンビが、共同で監督を務めている。
ナキの声を香取慎吾、グンジョーを山寺宏一、ゴーヤンを阿部サダヲ、ミッケをYOU、小竹を新堂結菜、三悪人をFROGMAN、子ナキを加藤清史郎、大ばば様を鈴木れい子、明野を湯屋敦子が担当している。

どうやら白組コンビは、「これは3DCGアニメーションである」ってことを思い切りアピールしたかったようだ。
なので、キャラクターが画面に向かって移動してくるシーンや物が飛んで来るシーン、つまり「飛び出す映像」が強調されるシーンでは、必ずと言っていいほどスローモーションで表現している。
わざわざ記述しなくても賢明な皆さんならお気付きかもしれないが、その演出は、ものすごく格好が悪い。

序盤、泣き出しそうになった小竹の口を塞いだ竹市は「絶対に騒ぐな」と言い聞かせているが、キノコを見つけた本人が大笑いしたり「すっげえ」と大声を出したりしている。
そこに「お前も騒いでるじゃねえか」とツッコミを入れるキャラがいればいいんだが、言葉の話せない小竹に身振り手振りで同様のツッコミを入れさせるのも難しいなあと思っていたら、もののけを見つけた時に「兄ちゃん」と口にするんだよな。
お前、喋れたのかよ。
っていうか、そこだけ喋るぐらいなら、まだ喋れない設定にしておけよ。なんで中途半端にセリフを与えるんだよ。
そこで「兄ちゃん」と絶対に言わなきゃ話が進まないわけでもないんだし。

竹市がキノコを採取するため、危険だと言われているもののけ島に行ったのは、母親の病気を治すためだ。
だから、てっきり島に生えているキノコが病気に効くという設定なのかと思ったら、「キノコが高値で売れるので採取する」ということなのね。
それは違和感が強いぞ。
換金する目的で何かを入手しようとするのなら、別にもののけ島のキノコじゃなくてもいいんじゃないかと思ってしまう。「そこに行かないと絶対に手に入らない物が必要だから、もののけ島へ行く」という形にしておくべきでしょ。

しかも、「明野が死んだ夫と同じように咳き込んでいた」という設定は、いつの間にか忘れ去られている。
ようするに、それは竹市と小竹をもののけ島へ行かせるためだけに用意された設定に過ぎず、それが終わると放り出されてしまうのだ。
別にさ、「まず2人をもののけ島へ行かせることありき」で母の病気設定を考えたとしても、それは一向に構わないのよ。
ただ、その設定を持ち込んだからには、ちゃんと処理すべきでしょ。役目を終えたら投げっ放しってのは、無責任極まりないぞ。

幼い小竹が一人だけでもののけ島へ行くことは難しいから、彼を先導する役割として竹市を利用するのは構わない。ただし問題は、そこでナキが竹市を襲撃し、船を破壊して溺死させようとしているってことだ。
そういう行動を取ってしまうと、後の展開に大きな影響を及ぼすことになる。というのも、この映画は終盤に「変心したナキが人間と仲良くなろうとする」という展開があるのだが、竹市が冒頭で彼に殺されそうになっているので、「そう簡単に恐怖は消えないし、心を開かないでしょ」と思ってしまうのよ。
ところが竹市は終盤にナキの味方をしているわけで、そこは展開として無理を感じずにいられないんだよな。
冒頭で竹市がナキに襲われて殺されそうになる展開を用意するのであれば、「ナキは人間と仲良くしようとするが、竹市は襲われているので恐怖が消えないし、仲良くしようとしていることも信じない。でも諦めずに仲良くしてもらおうと努力するナキを見ている内に竹市の気持ちも少しずつ変化し、交流を経て受け入れるようになる」というのを丁寧に描くべきだわ。

ただし、それを描こうとしたらナキと竹市の関係を軸にせざるを得ない。
ってことは、やっぱり竹市が襲われる展開が邪魔なんだなあ。
「小竹が隠れていた小舟が流されて島に辿り着く」という形にして冒頭シーンから竹市を排除するか、ナキが襲うにしてもイタズラ程度に留めておくか、せいぜい森から追い払うだけにするとか、改変の必要があったんじゃないか。
そもそも、あそこまでマジに、ナキが人間を殺そうとするキャラにしておく意味があるのかなと。そこも、あまり効果的に作用していない気がするんだよな。

で、そこを改変するためには、「人間に襲われてナキの母親が殺されている」という設定も邪魔だなあ。
そういう設定を用意しちゃうと、そんな過去を持つがゆえに人間を憎んでいるナキが「人間と仲良くなろうとする」という気持ちに変化していく展開は、かなり難しいモノがあるでしょ。
実際、上手く表現できているとは思えない。小竹とは仲良くなれても、少なくとも最初の内は「他の人間は違う」という感情になった方が自然に思えるぞ。
ナキは村人たちが物の怪退治のために警備を固めている様子や、ゴーヤンたちを殺そうと追い掛けたりする様子を見ているんだから、「やはり人間は物の怪を殺そうとしている」と解釈するのが普通じゃないのか。
それなのに、天女茸を持って村へ赴いた時、低姿勢で「もののけ島のナキと申します。怖がらないで下さい。とってもいい物を持って参りました」と挨拶するのは違和感が否めない。

三悪人に攻撃されても、まだナキは低姿勢で天女茸を差し出そうとするんだよな。そんで三悪人の攻撃で傷付いたのに、それで「やはり人間は敵だ」と思うこともなく、それどころかグンジョーが村を襲うと「勘弁してやってくれ」「誤解されてるだけだ」と人間の味方をするのよ。
んなアホな。
また小竹と会いたがるのは分かるけど、他の人間と低姿勢で交渉しようとしたり、村人の味方になったりするのは変だよ。アンタの人間に対する恨みって、そんなに簡単に消えるようなモンじゃないはずでしょ。
結局、「過去に人間たちは物の怪を襲って惨殺しており、報復を恐れている」「ナキは母親を人間に殺されている」というシリアスすぎる設定が、邪魔になっているんだよな。
それでも、ちゃんと重すぎる設定を消化して「ナキが人間への恨みや憎しみを乗り越えて仲良くなろうとする」とか「人間たちが物の怪を殺した過去を反省したり、物の怪の本当の姿を知ったりする」とか、そういうドラマを描写しているなら問題は無いけど、まるで出来ていないんだから。
だったら、もうちょっと軽い内容にしておけばいいのに。

ナキとグンジョーが戦いになった時、小竹はナキを一方的に応援する。
しかしナキは、相手の化け物が変身したグンジョーであることに気付いているのだ。それなのにナキだけを応援するのは引っ掛かる。
「なぜ仲良しだったナキとグンジョーが本気で戦ってるのか?」と困惑しろよ。もしくは喧嘩を止めようとしろよ。
っていうかさ、「変身能力を持つキノコがある」という設定を利用し、グンジョーが村を襲撃する際に狂暴な姿に変身する展開を用意するのなら、「小竹はグンジョーが変身した時の姿を知らない」ってことにしておけば、全て丸く収まったはずでしょ。
前半でグンジョーの変身した姿を無駄に見せておくから、後で支障をきたすことになっちゃうのよ。

グンジョーには姿を消す能力もあるのだが、これまた厄介な設定になっている。
姿を消す能力には使うための条件や制約が何も設けられていないので、その気になれば「いつでも、どこでも、何度でも」使えるのだ。
ってことは、例えばナキが小竹を村へ帰そうとする時も、小竹のために天女茸を持って行く時も、グンジョーに頼んで透明の状態でやってもらえば済むことでしょ。
姿を消す能力なんて、実は物語に必要不可欠ってわけでもないんだから、そんなの持ち込まなきゃ良かったのに。

原作では、赤鬼は最初から人間と仲良くしたいと考えている。そこを本作品では大幅に改変し、「最初は人間に恨みを抱いている」という設定にしているのだが、そのせいで終盤の展開がおかしなことになってしまう。
というのも、ナキは「小竹と離れるのは辛い。また小竹と会いたい」と思っているだけであって、全ての人間と仲良くしたい、友達になりたいと思っているわけではないのだ。だから「グンジョーの自己犠牲で村人たちと仲良くなりました」ってのは、ナキの願いが叶えられたわけではないのだ。
原作と同じような場所に着地させたいのであれば、途中で「ナキが人間と仲良くなりたいと考えるようになる」という展開を用意する必要があったはずでしょ。
そこを上手く表現できていないので、グンジョーが村を襲う芝居を打って自己犠牲を支払っても、「なんかピントがズレてねえか。そんなことをナキは望んでないだろ」という引っ掛かりがあって、イマイチ感動できないモノになっているのよね。

ナキには「もののけ島に来たばかりの頃、母親のことを思って泣き続けていた。その時に一生分泣いたので、二度と泣かないと心に決めている」という設定が用意されている。
たぶん脚本も担当している山崎貴監督としては、「二度と泣かないと決めているナキが終盤に泣くことで、泣くシーンが一層盛り上がる」と考えているんだろう。
でも、それは大きな間違いだ。ぶっちゃけ、そんな設定は何の意味も無いと言ってしまってもいい。
そんなのが無くても、赤鬼が青鬼の自己犠牲に心を打たれるシーンは充分に感動的だ。むしろ、そんな変な設定は邪魔だ。
あと、「泣いた赤鬼」ではあるけど、あそこまでハッキリと号泣は見せない方がいいかなあ。

(観賞日:2014年8月20日)

 

*ポンコツ映画愛護協会