『フリージア』:2007、日本

敵討ち法とは、治安が悪化した戦時下の日本において成立した法律である。一定のルール下で、犯罪被害者遺族が加害者に対して復讐 できる法律だ。フェンリル計画とは、新型爆弾の実用化に向けて極秘に行われた対人実験プロジェクトのことである。後に「非人道的」と 軍内部でも批判を受けた計画で、その詳細は不明だ。15年前、兵士の叶ヒロシは上官のトシオと共に、30人の孤児を山に連れて行った。 その場所では軍による冷凍爆弾の実験が行われたが、一人の少女だけが現場から離れていたために生き延びた。
ヒロシは現在、カツミ敵討ち執行代理人事務所で新入りの敵討ち執行代理人として働いていた。彼は年下の同僚・山田と共に、対象者で あるナツミとカズマの殺害に出向いた。2人はラーメン店の2階に立て籠もっており、国政の警護人が威嚇発砲してきた。先に来ていた 同僚の溝口は、「俺は執行に1時間掛かったことはねえんだ。チンタラやってるとお前を撃ち殺す」と荒っぽい態度で告げた。
ヒロシは山田から注意事項の説明を受け、溝口がドアを壊して階段を上がった。ヒロシは冷淡にナツミを射殺し、逃げ出したカズマを追跡 した。彼はカズマを追い詰め、無表情で射殺した。山田はラーメン店に戻って来たヒロシを見て、撃たれて負傷していることに気付いた。 だが、それを指摘されても、ヒロシは全く表情を変えなかった。その様子を、事務所の代表であるヒグチ・カツミが見ていた。
ヒグチは闇稼業の男と会い、金を渡した。それから彼女は、フェンリル計画の指揮官だった岩崎が軍の取り調べを受けている映像を見た。 男はヒグチに、「幽霊」と呼ばれる警護人が岩崎の元部下であることを教える。彼は「岩崎の警護人としては幽霊が出て来るでしょう。今 の岩崎は一人では何も出来ませんから」と語る。ヒグチが岩崎を訪ねると、彼は植物状態になっていた。ヒグチは岩崎の息子・トシオの 写真に目をやった。岩崎の妻によれば、トシオは軍を抜け出して行方不明になっているという。
そのトシオは、自動車警備工場で働いていた。彼は喘息持ちの同僚・シバサキが他の工員に甚振られているのを助け、感謝された。ヒグチ はヤクザの親分・隅川に、敵討ち法執行通達書を持って行く。子分の松村は、2年前にも別の事務所が通達書を持って来たこと、しかし 組織のコネによって敵討ちが取り止めになっていることを説明した。ヒグチは「知っています。今回は特例措置を取らせていただきます。 ルール違反を行う可能性のある対象者に適用される措置のことです。48時間以内に身柄を拘束、指定地域に護送して強制執行を行います」 と事務的に告げる。
激しく動揺する隅川に、ヒグチは「悲観することはありません。早い話、ウチの代理人を殺してしまえばいいんです」と告げ、優秀な 警護人を雇うよう勧める。彼女は「よろしければ腕の立つ警護人を紹介することも出来ますけど」と言い、業界で一番の腕を持つ幽霊の 存在を教えた。ヒロシと山田、同僚の岩鶴は、ヒグチから隅川の書類を見せられた。そこには警護人として幽霊の名前が記してあった。 ヒグチはヒロシに「貴方なら幽霊に勝てる。信じてますから」と言い、拳銃を渡した。
隅川と子分の広川は指定地域に護送され、近隣住民は避難させられた。溝口は執行に参加しようとするが、ヒグチから却下される。しかし 溝口はヒグチの指令を無視し、「今から俺が指揮を執る」とヒロシたちに告げて岩鶴を帰らせた。幽霊は隅川と広川を民家に移動させる。 山田が近付くが、背後から現れた幽霊に撃たれて負傷した。彼は「無駄に死ぬな、病院に行け」と告げられ、任務から離脱した。
ヒロシは森で幽霊と交戦状態になって負傷するが、痛みが分からない。彼は少女の幻影を見て倒れ込んだ。ヒロシは幽霊に「痛みを知れ」 と背後からナイフで刺されるが、拳銃を連射して始末する。溝口は広川を射殺し、隅川は慌てて逃げ出した。ヒロシは隅川と遭遇するが、 ボーッと見ているだけで攻撃しようとせず、彼に逃げられてしまった。ヒロシは走って来るヒグチを見ながら、意識を失った。
入院したヒロシは、見舞いに来たヒグチに「なぜ幽霊を紹介したんですか」と尋ねた。ヒグチは岩崎の写真を彼に見せ、「岩崎は次の対象 予定者でしたが、戦うことが出来ません。岩崎トシオ。息子である彼は、もう1人の対象予定者です」と説明する。ヒロシは「彼を御存知 ですよね」と言われ、「僕の上官でした」と答えた。ヒグチは「銃の腕は良いと聞いています。そこに幽霊が警備人として来る。面倒な ことになりませんか。面倒は避けた方がいい」と述べた。
ヒロシが「ヒグチさんの言ってること、良く分かりません」と口にすると、ヒグチは「15年前、彼らが行った兵器実験で、何も知らない 子供たちが犠牲になりました。彼らは償いをすべきです」と告げた。ヒグチは男から、偽造した通達書を受け取った。自動車整備工場へ 出向いた彼女は、それをトシオに渡す。そして「15年前の10月15日、孤児院から30人の子供たちが浅木山に集められました。その日、17歳 だった貴方はどこで何をしていましたか」と問い掛けた。
トシオは15年前の出来事を回想した。あの時、彼は孤児を山へ連れて行き、「ここで絵を描いてもらいます。好きな物を描いて下さい」と 告げて立ち去った。ヒロシが「ホントにやるんですか。僕は反対です」と言うと、トシオは「迷うな、命令です」と冷淡に告げた。ヒグチ は彼に、「あの時、一人だけ生き残った少女がいました。彼女は爆弾の影響で感覚も感情も失い、今も後遺症に苦しんでいます。私は彼女 の代理で来ました」と語った。
夜、川沿いを歩いていたトシオは、ヒロシから声を掛けられる。ヒロシは「明日、執行代理人として貴方と戦うことになりました。僕には 痛みの感覚がありません。それでも生きていくことが出来ました。でも、それじゃダメなんですよね、たぶん」と述べる。「なんで、それ を俺に訊く?」とトシオが尋ねると、ヒロシは「分かりません。でも僕は貴方に会って、それを訊いてみたかったんです」と言う。トシオ は「そんなんで明日、俺と戦えるのか」と平手打ちを浴びせ、ヒロシを鋭く見据えて「敵討ち、受けてやるよ」と告げた…。

監督は熊切和嘉、原作は松本次郎「フリージア」(小学館IKKIコミックス)、脚本は宇治田隆史、企画は亀井修&植田文郎&藤原正道& 川城和実&伊豆倉公一&佐々木史朗、プロデューサーは久保田傑&松田広子、撮影は猪本雅三、照明は安部力、録音は郡弘道、美術は 古積弘二、編集は日下部元孝、ガンエフェクトはビル横山&会田文彦、エアーガン協力は諸岡善彦、アクションコーディネーター は齋藤應典、音楽は赤犬/松本章、エンディングテーマ「虹を渡る平和がきた」作詞・作曲はChara。
出演は玉山鉄二、西島秀俊、つぐみ、大口広司、すまけい、坂井真紀、三浦誠己、柄本佑、嶋田久作、竹原ピストル、鴻上尚史、小沢和義 、阪本浩之、ガンビーノ小林、利重剛、永倉大輔、大鷹明良、眞島秀和、天光眞弓、黒沼弘巳(現・黒沼弘己)、佐々木海志、石田法嗣、 石川楓子、内田流果、太賀、徳田翔太、岡庭聡、山本剛史、澤田俊輔、千代谷美穂、長門薫、青山一平、大島日出男、後藤弘孝、阿部能丸 、山本修、佐野元哉、中山朋文、笹倉宏之、片山諭、井上勝馬、川淳平、平井徹、猪本健治、吉原拓真、御田友子、斉藤芳歩、藤原望未、 飯島歡久、笠原竜司、玉利年行、バップドラム・タツ、戸田佳世子、石山圭一、権藤俊輔、加藤一郎、土井里美、池田宜大、福田心沙希ら。


月刊IKKIで連載された松本次郎の同名漫画を基にした作品。
ヒロシを玉山鉄二、トシオを西島秀俊、ヒグチをつぐみ、幽霊を大口広司、 岩崎をすまけい、ナツミを坂井真紀、溝口を三浦誠己、山田を柄本佑、岩鶴を嶋田久作、シバサキを竹原ピストル、隅川を鴻上尚史、松村 を小沢和義、広川を阪本浩之、カズマをガンビーノ小林が演じている。
監督の熊切和嘉と脚本の宇治田隆史は、2003年の『アンテナ』から数えて5作目のコンビとなる。

冒頭でフェンリル計画の様子が描かれるが、なぜ孤児たちを引率したのが少年兵なのか。
しかも、たった2人なのか。
少年兵だと、ミスをしたり、あるいは心に迷いが出たりする可能性もある。そこは、もっと年配の兵士がやるべきだろう。
それに、もしも孤児たちが指示に従わなかった場合、みんなが勝手に行動した場合、それを捕まえなきゃいけないわけで、たった2人 だけというのも解せない。

最初に「敵討ち法」「フェンリル計画」の2つについてテロップで説明しているが、それは無粋。
そのために、それに続いて描かれる冒頭シーンがフェンリル計画の様子だというのは一発で分かる。
だけど「分かる」と言っても、その詳細については分からないわけで、そんな中途半端な形で知らせてしまうよりは、後から「冒頭で 描かれたのはフェンリル計画だった」と明らかにする構成の方がいい。

っていうか、そもそもフェンリル計画なんていう要素を持ち込んだこと自体が失敗だと思うんだよな。
「敵討ち法」「フェンリル計画」という、特殊な設定を2つも持ち込んだことによって、話が散らばっている。
それから、犯罪被害者遺族や敵討ちの対象者、執行代理人たちの、敵討ちや敵討ち法を巡る苦悩や葛藤のドラマは全く無い。
良くも悪くも引っ掛かりの全く無い話が、何の盛り上がりも無いまま淡々と進行していくだけ。

ヒグチはトシオに「彼女は爆弾の影響で感覚も感情も失い、今も後遺症に苦しんでいます。私は彼女の代理でました」と言うけど、感覚も 感情も失ったのだとしたら、個人的な問題で復讐を企てることは有り得ない。
復讐心を持っている時点で、それは「感情を持っている」ってことでしょうに。
もしかすると、「爆弾の影響で感覚も感情も失い」というのは嘘なのかもしれないが、そんな観客を困惑させるだけ の嘘をつく意味が分からないし。

ずっと無感情で、感情を取り戻しそうな気配も無く、また「誰かと繋がりたい、共感したい」と望むことも無く、ロボット状態になって いるヒロシよりも、過去の罪に苛まれている様子のあるトシオの方が、主人公としては適任じゃないかと思えてしまう。
これはトシオの存在感がデカすぎると言うよりも、ヒロシの存在感が弱すぎるのだ。
キャラクターとして、あまりにペラッペラすぎるのだ。
ここまでヒロシを無感情、無反応なキャラにするのであれば、ハードボイルド小説のよう視点を狭くしてしまうとか、周囲にいるキャラを 動かしたり語り手にしたりすることでヒロシのキャラを掘り下げるとか、何かしらの配慮は必要だったと思う。
それなのに、何をどう描きたいのかボンヤリしていて、焦点が定まらないままなんだよな。
少なくとも、焦点がヒロシに当たっていないことは確かだ。

っていうか、この筋書きだと、主人公は感情や痛みの感覚を全く失っておらず、過去の体験によって強い苦悩を抱えているという設定に しちゃった方がいいよな。
終盤、ヒグチの涙を見たことによって、どうやらヒロシは感情を少しだけ取り戻したみたいだけど、そこに向けての流れが希薄だし、そこ まで彼を「感情を失っている」という状態にしてあったことの効果が全く見えないんだよね。
一方、トシオの方も、「過去の罪に苛まれている」という設定にしたことが邪魔になっている。
こっちは単純な悪党にしておけばいい。そのトシオの「過去の罪に苛まれて」という部分を、ヒロシに担当させた方がいい。
こっちはこっちで、過去の罪に苛まれているという設定を用意している割りには、そこの処理が中途半端だし。
ヒロシだけじゃなくてトシオの方も、キャラとして薄いんだよな。

ハッキリ言って、前半は単なる凡庸なサスペンス・アクションになっている。
たまにヒロシが少女の幽霊を見たりするが、「だから何?」って感じだし、彼が痛みの感覚や感情を喪失しているという設定も、まるで 意味を持たないモノになっている。
また、本来ならば、もっと彼に集中した内容にすべきなのに、トシオとかヒグチを描くことに時間を使っており、そのせいでヒロシの キャラ描写が薄っぺらくなっている。
「ヒロシは感情を失っているけど、取り戻しそうな前兆がチラホラと出て来る」とか、そういうのも見られないし。

後半に入ると、もはや「敵討ち法」という特殊な設定が無意味なモノになってしまう。
トシオへの報復はヒグチが勝手にやっているもので、敵討ち法に基づいたものではない。
ヒロシとヒグチとトシオのパーソナルな問題であって、敵討ち法があろうとなかろうと、そんなことは関係が無いのだ。
っていうか、もっと言っちゃうと、敵討ち法って、もう前半から、ほとんど無意味になっているんじゃないか。

一応は「政府が決めた法律だから、報復しても警察に追われたり捕まったりしない」ということはあるんだけど、警察が捜査するような 展開があったとしても、そんなに物語において大きな支障が出るとも思えない。
「捜査しているけど、犯人の手掛かりは掴めない」という設定にでもしてしまえば、執行代理人の行動には影響がないし。
「警護人」というシステムも、やはり意味が無い。前半に関しては、法律で認められた警護人じゃなくて、例えばヤクザの場合は「用心棒 として雇った男」という設定にでもすればいい。
幽霊が岩崎の部下だったとか、そういうのも、必要不可欠な設定というわけでもない。
後半に入ると、もはや警護人なんて全く必要性が無いし。

言ってみれば、「敵討ち法」ってのは、「街の中でも普通に銃撃戦をやれる」という以外に意味を持っていない設定になっている。
まあ諸悪の根源は、原作から大幅に設定を変更し、フンェンリル計画という要素を軸に据えてしまったことだろうなあ。
で、それを持ち込んだ結果として、原作の肝である「敵討ち法」という要素が無意味なモノになっちゃったわけだ。
これなら原作付きじゃなく、フェンリル計画に翻弄されたメンツの物語を描くオリジナル物にした方がいいんじゃないかと。

(観賞日:2011年12月20日)

 

*ポンコツ映画愛護協会