『フォルトゥナの瞳』:2019、日本

20年前、6歳の木山慎一郎は山梨県で墜落した旅客機に両親と搭乗していた。彼は生き残ったが、両親を含む大勢の乗客が死亡した。彼が墜落現場で意識を取り戻した時、周囲には多くの死体があった。近くには瀕死の乗客もいて、慎一郎には彼の体が透けて見えた。機体の一部に体を挟まれている少女も、体が透けていた。少女は「助けて」と弱々しく漏らすが、慎一郎は足がすくんで動けなかった。その直後、機体の一部が倒壊し、少女は下敷きになった。
現在。慎一郎は遠藤哲也が営む自動車修理工場で働き、その真面目な仕事ぶりを買われて2号店の店長に指名された。哲也と妻の美津子は10年前に慎一郎を預かり、実の息子のように可愛がっていた。先輩の金田大輝たちを差し置いて店長に指名されたため、慎一郎は戸惑いを隠せなかった。金田と仲間たちは、嫌がらせとして慎一郎が仕上げた車を汚した。金田は嫌味を浴びせ、慎一郎を突き飛ばした。慎一郎は持っていたガラケーの画面が割れても、文句を言わなかった。哲也は美津子に、慎一郎は時間の空白を埋めるために仕事をしているんじゃないかと心配していることを語った。
慎一郎が携帯ショップへ行くと、店員の桐生葵が声を掛けて来た。慎一郎は新しい機種を買いに来たのではなく、壊れたガラケーの修理に来たのだと告げる。彼の携帯を見た葵は、古い機種なのでメーカーでの修理は難しいと言う。慎一郎が「これがいいんですけどね」と遠慮がちに漏らすと、葵はその場で応急処置を始めた。ガラケーにこだわる理由を問われた慎一郎は、「昔から何かを選ぶのが苦手なんです」と答えた。葵は「分かります。人生は選択の連続ですからね。でもお客様は、これがいいって選んでるじゃないですか。それも立派な選択だと思いますよ」と話し、修理代は要求しなかった。
翌日、列車に乗った慎一郎は、手が透けている男性に気付く。両目を押さえた彼は改めて確認するが、やはり手は透けていた。工場で昼食を取っている時、慎一郎は美津子から2号店の話を引き受けるよう勧められた。夜、携帯ショップの前を通り掛かった彼は中を覗き込むが、葵はいなかった。男性とぶつかって謝罪した慎一郎は、歩き去る相手の両腕が透けているのに気付いた。驚いた慎一郎が尾行すると、その男性は飛び出してきた車にひかれて死亡した。
次の日、慎一郎は美津子から、死んだのが商工会の会長の息子だと聞かされる。「もし、人の運命が分かったらどうします?例えば、死ぬ直前の人間が分かるとか」と慎一郎が質問すると、彼女は「それって死神みたいじゃない?」と軽く告げた。ガラケーの調子が悪くなったため、慎一郎は再び携帯ショップを訪れた。「こないだより厳しいかもしれませんね」と葵に言われた慎一郎は、新しい機種に変えることを告げる。葵はガラケーを預かるため、両手を差し出した。その手が透けていたので、慎一郎は狼狽する。彼はガラケーを渡し、「ネイルがキレイだなって思って」と誤魔化した。
慎一郎は「やっぱ、いいです」と店を飛び出すが、すぐに戻って葵に「大切な話があります。仕事が終わったら、30分だけ時間を頂けないでしょうか」と告げる。すると葵は、駅前のカフェで待っていてほしいと述べた。仕事を終えた彼女がカフェに来ると、彼女の手は透けていなかった。慎一郎は安堵し、「実は、悩みはあったんですけど、一瞬にして消えました」と語った。葵は悩みの内容を話すよう求め、「言っても信じてもらえないです」と慎一郎が告げると「信じるかどうかは、聞いてみないと分からないです」と述べた。そこで慎一郎は「俺、人の運命が見えるんです。今、1人の命が助かったんです」と話すが、おかしなことで時間を取らせたと詫びる。カフェを出た彼は、胸の痛みに見舞われた。
翌日、慎一郎は2号店の店長を引き受け、仕事に取り掛かった。美津子に「なんかいいことあったの?」と訊かれた彼は、「いえ、別に」と誤魔化した。慎一郎が1人で仕事をしていると、顧客カードを見て慎一郎の勤務先を知った葵が訪ねて来た。彼女は化学工場の爆発火災を報じた新聞記事を見せ、本来なら自分が前の道を通って巻き込まれていたはずだと話す。慎一郎に呼び出されてカフェへ行ったことで、彼女は助かったのだ。礼を言われた慎一郎は、「ただの偶然でしょ」と誤魔化した。
翌朝、2号店の事務所にある紅茶のティーバッグを見た美津子は、前日に来客があったと気付いた。美津子は「彼女がコーヒー苦手だって言ったの?」と問い掛け、慎一郎は「そういうわけじゃないですけど」と答えてからハッとした。「やっぱり女の子だったんだ」と美津子は嬉しそうに言い、「慎ちゃんのそういう話って、真理子ちゃん以来だから」と語る。慎一郎が「人の運命って決まってると思いますか?僕はずっと、人の運命はあらかじめ決まってて、変えられないもんなんだと思ってました」と話すと、「私は運命なんて信じないわね」と彼女は述べた。
仕事を始めた慎一郎は、植松真理子のことを思い出す。真理子が積極的に距離を縮めようとしても、慎一郎は関心を示さなかった。真理子は悪評の多い宇津井という客に声を掛けられ、ドライブに誘われた。真理子から「どう思う?」と問われた慎一郎は、そっけなく「真理子が行きたかったら、行けばいいんじゃない」と告げた。「慎ちゃん決めてよ」と言われた慎一郎は、何も語ろうとしなかった。真理子は宇津井と交際し、店を辞めて去った。
金田は客の車を無断で遊びに使い、哲也に注意されると「証拠でもあるんですか」と反発する。哲也は確固たる証拠を突き付け、クビを宣告した。金田が憤慨して工場を去った直後、慎一郎は哲也の手が透けているのを見た。夜、慎一郎は残業している哲也に、「良かったら一緒に飯でも」と声を掛けた。2人が工場を出て歩いていると、金田が鉄パイプで襲い掛かった。慎一郎は哲也の盾になって攻撃を受け、胸の痛みに見舞われて意識を失った。彼は病院に運ばれ、少女に助けを求められる幼少期の夢を見て目を覚ました。
翌朝、慎一郎のレントゲン写真を見た担当医の黒川武雄は、「極度のストレスが原因かもしれません」と言う。ロビーのソファーに座っていた慎一郎は、腕が透けている患者の少女を目撃した。後を追い掛けようとした彼は、黒川から「やめとけ」と止められる。黒川は慎一郎と同じように、死を間近にした人間の体が透けて見える能力を持っていた。黒川は彼に、「人の運命に関わるな。神の領域だ。この目はフォルトゥナの瞳だ。勝手に他人の運命をいじれば、必ずその代償を支払うことになる」と述べた。
病院を後にした慎一郎は、黒川の「お前は運命を変えた人間の、その後の人生全てを背負うことが出来るのか。出来ないならやめておけ」という忠告を頭の中で繰り返す。彼は葵と会い、「付き合ってください」と告げる。葵は突然の告白に驚きつつも、喜んで受け入れた。2人は交際を開始し、幸せな日々を過ごす。慎一郎は哲也に直談判して金田を許してもらい、2号店の従業員として仕事を手伝ってもらうようになった。
幼い子供たちと一緒にいる若夫婦をデート中に目撃した慎一郎は、「あんな風に、笑わせてあげられなかったな」と呟く。葵の質問を受け、彼は幼少期は喋るのが苦手て両親に心配ばかり掛けたことを語る。慎一郎は20年前の飛行機事故で両親を亡くしたことを話し、「なぜか俺は生き残って、なんで俺だけ生き残ったんだろうって、ずっと考えてる」と言う。すると葵は、「幸せになるために生き残ったんだよ」と告げた。慎一郎は葵と結婚を意識するようになり、ペアリングを購入した。
軽い胸の痛みを覚えた慎一郎は、病院で診察を受けた。黒川は狭心症で冠動脈が狭窄していることを告げ、「人の命を救うと、自分が死に近付く。気を付けろ。死に近付いても、自分には分からない」と警告した。慎一郎は「他人の運命には関わらないって決めましたから」と言い、黒川はニトログリセリンを処方した。ある日、2号店に宇津井が客として現れた。慎一郎が真理子のことを尋ねると、宇津井は全く覚えていない様子だった。しかし同行していた友人の言葉で彼は思いだし、真理子に貢がせていたこと、金が無くなった彼女に風俗店を紹介したことを馬鹿にした態度で語る。金田が宇津井に掴み掛かると、慎一郎は制止した。
夜、慎一郎は美津子に昼間の出来事を語り、「俺が真理子を引き留めていれば」と後悔を口にした。すると美津子は、「人生ってね、やり直しは効かないの。そういう道を選んだのは、真理子ちゃん自身でしょ。それに彼女の選択が間違っていたかどうかなんて、本人にしか分からない」と語った。後日、宇津井が修理の終わったフェラーリを引き取りに来た時、その手が透けているのを慎一郎は見た。宇津井は居眠り運転で死亡し、慎一郎は葬儀に参列する。泣いている妻と幼い娘の姿を見た慎一郎は、いたたまれない気持ちになった。
慎一郎は葵の前で、「俺は人の人生を弄んでる。助けられたかもしれないのに、何もしなかった」と吐露した。彼が「あの飛行機事故の時もそうだった。助けられなかった」と言うと、葵は「私を助けてくれたじゃない。全ては運命だったんだよ」と告げる。しかし慎一郎は「葵には分かんないよ」と声を荒らげ、葵は「慎ちゃんは弱いね」と告げて去った。後日、電車に乗っていた慎一郎は、大勢の乗客の体が透けているのに気付いた。電車を降りて公園のベンチで休んでいた彼は、近くで遊ぶ園児たちの体が透けているのに気付いた。
保育園の予定表を拾った慎一郎は、園児たちが遠足で芦山グリーン牧場へ行くことを知る。集合場所の氷川駅前を観察した彼は、朝7時半の列車に乗る人々の手が透けているのを知った。遠足も明後日の朝7時半発の列車に乗る予定になっており、葵が「早番だと7時半の列車に乗ることもある」と言っていたことを慎一郎は思い出す。慎一郎は葵と会い、手が透けているのを目にした。彼は葵を沖縄旅行に誘い、仕事を休ませる。それから彼は保育園に電話を入れ、遠足を延期するよう告げる。彼は黒川に「次は確実に死ぬぞ」と警告されるが、大切な人を救おうとする決意は揺るがなかった…。

監督は三木孝浩、原作は百田尚樹『フォルトゥナの瞳』(新潮文庫刊)、脚本は坂口理子&三木孝浩、製作は市川南、共同製作は村田嘉邦&畠中達郎&弓矢政法&橋誠&渡辺章仁&吉川英作&板東浩二&田中祐介、エグゼクティブプロデューサーは山内章弘、企画は橋口一成、企画プロデュースは臼井央&春名慶、プロデューサーは川田尚広&西野智也、撮影は山田康介、美術は花谷秀文、録音は豊田真一、照明は渡部嘉、編集は坂東直哉、VFXスーパーバイザーは鎌田康介、音楽は林ゆうき、主題歌・挿入歌「In the Stars(feat. Kiiara)」はONE OK ROCK。
出演は神木隆之介、有村架純、志尊淳、DAIGO、時任三郎、斉藤由貴、北村有起哉、松井愛莉、野間口徹、山城琉飛、大迫莉榎、佐藤貢三、西原誠吾、奥野瑛太、松嶋亮太、藤谷理子、寺下怜、鈴木龍之介、上田弘治、吉田大河、石田剛太、諏訪雅、秦大樹、古川真也、上西雄大、東山龍平、山口瑞姫、松竹結愛、楽野莉央、山内陽葵、飯干梗凪、岡陽毬、杉本晴、前嶋志翔、野本豪英、三嶋真路、中村元気、菊井亜希、熊野ふみ、福井隆雄ら。


百田尚樹の同名小説を基にした作品。
監督は『先生!、、、好きになってもいいですか?』『坂道のアポロン』の三木孝浩。
脚本は『恋は雨上がりのように』『この道』の坂口理子と三木監督による共同。
慎一郎を神木隆之介、葵を有村架純、金田を志尊淳、宇津井をDAIGO、哲也を時任三郎、美津子を斉藤由貴、黒川を北村有起哉、真理子を松井愛莉、駅員を野間口徹が演じている。幼少期の慎一郎を山城琉飛、幼少期の葵を大迫莉榎が演じている。

原作の舞台は横浜地区だったが、映画では神戸地区に変更されている。
そこに意味があるのかというと、少なくとも映画を見た限りは何も感じ取れなかった。
まず、登場人物は神戸の方言を使っていないので、そこから「舞台は神戸」と感じることは皆無。舞台の変更に伴い、「関東から引っ越して来た人々」というキャラ設定になっているわけでもない。
それでも神戸を舞台にするからには、物語の展開において「どうしても神戸であるべき必要性」があるのかというと、それも特に見当たらない。

哲也は自動車修理工場の2号店を慎一郎に任せようとするが、ここで気になるのは「2号店を出すほど儲かっているようには思えない」ってことだ。
大きな工場じゃなくて、慎一郎の他に従業員は6名。いわゆる「町の修理工場」という規模だ。そんな工場が、仮に儲かっているとしても、2号店を出す意味なんてあんのかな。
しかも、2号店で働いているのは慎一郎だけなのよ。他の従業員が彼への嫌がらせでサボタージュしたとか、そういうことじゃないからね。ますます「2号店なんて要らんだろ」と言いたくなる。
それは「仕事中の慎一郎と葵が2人きりで話す」という状況を作るためだけに用意された、無理のある設定にしか思えないよ。

慎一郎は事故に遭った幼少期に、フォルトゥナの瞳の持ち主になっている。それを考えると、「両腕の透けた男を尾行し、車にひかれて死んだので驚く」というシーンは不可解。
その反応からすると、「体の透けている人間は死が近い」というルールを知らずに今まで生きていたらしい。でも幼少期に能力者になったのに、なぜ今まで能力を理解していなかったのか。
黒川と話す時に「最近、良く見えるようになりました。でも、もっと前から見えてたのかも」と話すので、「最近になって透けて見えるようになった」ってことのようだ。だけど、それもまた不可解なのよ。
幼少期に能力を手に入れたのに、なぜ最近までは透けて見えなかったのか。そして最近になって透けて見えるようになったのなら、何かきっかけがあったはずだが、それも全く分からないし。

慎一郎は初めて携帯ショップを訪れた時、葵の名札をじっと見て彼女の名前を確認している。
なので「見た瞬間に惹かれるモノがあって」ということなのかと思ったが、その後の会話シーンを見ている限り、特に気持ちが動いている様子は見られない。葵がガラケーの応急処置をしてくれたり、「お客様は、これがいいって選んでるじゃないですか。それも立派な選択だと思いますよ」と言ったりして、初めて特別なモノを感じたように思えるのだ。
なので、そこで初めて名札を確認するという手順の方がいいんじゃないか。
あと細かいことを言うと、修理代を受け取らなかった葵が「秘密ですからね」と言った時、慎一郎の表情をカメラで抜いておいた方がいいだろう。そうすれば、翌日に彼が携帯ショップを覗き込む行動も、すんなりと受け入れやすくなる。

慎一郎は黒川に「運命を変えた人間の、その後の人生全てを背負うことが出来るのか。出来ないなら、やめておけ」と忠告された時、すぐに葵のことを連想する。そのまま彼は葵の元へ行き、何の迷いも無く交際を申し込む。
その心境が、まるで理解できない。黒川の忠告が、全く耳に入っちゃいないかのような行動に思えるのだ。
葵に交際を申し込むってことは、「彼女の人生を背負う覚悟を決めた」ってことになる。でも、それまでは慎一郎って、そんなタイプじゃなかったはず。だからこそ、真理子にアプローチされても冷たくしていたはずで。
たぶん「慎一郎にとって葵だけは特別」とか、「慎一郎が葵に会って大きく変化した」ってことなんだろうとは思うのよ。
だけど、それをドラマとして全く表現できていないから、彼の行動に違和感を覚えるわけで。

しかも、宇津井が真理子に貢がせ、彼女が風俗店で働くことになったと知っても、それで慎一郎が何か行動を起こすことは無いのよね。
葵については「彼女のために」ってことで命懸けで行動するけど、真理子については何もしてあげないのだ。
彼女が酷い目に遭ったことへの罪悪感は責任は感じているはずなのに、贖罪のための行動は何も取らない。
そして真理子は宇津井の台詞で「風俗店にいる」ってことが語られるだけなので、何も救われないままで終わってしまうのだ。

もちろん、今さら慎一郎が何か行動を起こしたところで、真理子の人生を取り戻せるわけではない。それに美津子が言うように、冷たいかもしれないけど「そういう道を選んだのは真理子自身」ではあるのよ。
でも「真理子が可哀想」ってのが残ったまま映画が終わるのは、決して得策じゃないはずで。
しかも慎一郎は真理子のためには何も動かないのに、宇津井の死を知りながら何もしなかったことへの後悔を見せているのよね。
それは優しさなんだろうけどさ、すんげえモヤモヤするのよ。そりゃあ残された妻子は不憫かもしれないけど、「それはそれとして、宇津井みたいなクズは死んでも当然だ」と言いたくなるのよ。

あと、そもそも慎一郎は黒川に警告された時、「他人の運命には関わらない」と決めたことを話しているでしょ。だから相手が宇津井であろうが誰であろうが、「死が近いのを知っても関わらない」というスタンスで接するはずで。
なので、そこを「相手が宇津井だから、死が近いことを警告したり、助けるために行動したりしなかった」という形で描かれると、なんかボンヤリしちゃってるように感じるのよ。
仮に宇津井じゃなくて別の誰かだったら、慎一郎は助けるために行動したのかと。「怒りが行動を抑制した」ってことになってるけど、怒りが無くても「関わらない」と決めたんだから動かないんじゃないかと。
そういうのが引っ掛かるのよ。

ついでに言うと、宇津井は自分の居眠り運転で死ぬんだから、完全なる自業自得でしょ。
事故に巻き込まれるとか、誰かに襲われるとか、そういうことで死んだのなら「助けてあげられなかった」と悔やむのも分かるけど、本人の居眠りなんだから、何をどうやっても救うことは出来ないんじゃないかという気が。
もう1つ付け加えると、宇津井の葬儀に慎一郎が参列するのって変じゃないかな。
そこまで親しい関係でもないでしょ。

宇津井が死んだ後、慎一郎は「あの飛行機事故の時もそうだった。助けられなかった」と漏らす。つまり、「幼少期の事故で少女を助けることが出来ず、それがずっと心に引っ掛かっている」という設定だ。
でも、それが強い後悔として心に残っているはずなのに、「困っている人や苦しんでいる人がいたら助けてあげよう」という人間に成長しているわけでもないんだよね。宇津井が死んだ時になって、初めて後悔の念を口にするんだよね。
それもまた、大いに引っ掛かるんだよなあ。
なんで変化するきっかけが、よりによって助ける価値も無い宇津井なのかと。

終盤、保育園は遠足を延期せず、葵は旅行の約束を当日にドタキャンする。葵からのメールで仕事に行くことを知った慎一郎は慌てて駅へ行き、列車事故を防いで命を落とす。
その後、「実は葵もフォルトゥナの瞳の持ち主であり、慎一郎も能力者だと知っていた」ということが明らかにされる。
さらに、飛行機事故で慎一郎が救えなかったと思っている少女が葵だったこと、本人が覚えていなかっただけで実際は慎一郎が葵を助けていたことも明らかにされる。
そして、そういった事実が判明した途端、話のボロが一気に露呈する。

まず、慎一郎が能力者だと知った時、なぜ葵は「自分も能力者」と打ち明けなかったのか。
まだ最初の内はともかく、慎一郎が能力のことで苦悩するのを見た時、なぜ「実は」と打ち明けないのか。
そっちは受け入れるにしても、慎一郎が飛行機事故で少女を救えなかったことを気に病んでいると知った時、なぜ「それは自分で、貴方は助けてくれた」と教えて上げないのか。
こっちに関しては、それを告白しない理由が何も見当たらないぞ。

慎一郎は葵を旅行に誘っただけでなく、保育園に電話して遠足を延期するよう求める。つまり葵だけでなく園児たちも救おうとしているわけだが、でも列車には他にも大勢の人が乗るわけで。
そういう面々は救わずに葵と園児だけ助けようとするのは、中途半端な行為にしか思えないんだよね。
最終的には全員を救っているけど、それは「葵を救うための行動が結果的に全員を救った」ってことに過ぎないし。
園児も救おうとするのなら、そこは「全員を救うために命懸けで行動する」という形にした方がいいでしょ。

葵がドタキャンしたのは、慎一郎の手が透けているのを見たからだ。そこで「彼は私を救うために死のうとしている」と悟り、ドタキャンして列車に乗り込むわけだ。
でも列車に乗った時点で、他の乗客全員が透けて見えているはずだよね。そうなると、「この列車で何か事故が起きて自分は死ぬんだな」ってことも理解できるはずでしょ。
だったら「自分の運命を受け入れて」とか言ってる場合じゃないだろ。自分が慎一郎を生かすために死を選ぶのはいいけど、他の乗客も巻き込むなよ。
全員が死ぬと分かっているのに何も動かずに済ませようとするのは、あまりにも非人道的だぞ。

これって恋愛映画なんだけど、肝心な部分の表現が弱いのよね。
そもそも「神木隆之介が恋愛映画の主人公に合っていない」という問題はあるし、有村架純とカップルになっても「似合わねえなあ」と感じるのよ。だから海辺のバックハグのシーンなんかも、全く胸キュンが無いしね。
ただ、そういうことを抜きにしても、やっぱり弱いのよ。
葵の感情表現を抑制しているのは、ラストの「実は」という仕掛けのための演出ってのは分かる。ただ、じゃあ終盤の展開で感動するのかというと、まるで心に刺さらないからね。

(観賞日:2020年10月20日)

 

*ポンコツ映画愛護協会