『フライ,ダディ,フライ』:2005、日本

中年サラリーマンの鈴木一は、妻の夕子、高校生の娘・遥と3人で、幸せな生活を送っていた。そんなある日、鈴木が会社で仕事をしていると、夕子から電話が掛かって来た。遥が怪我をして病院に運ばれたと聞かされ、鈴木は急いで駆け付ける。夕子は鈴木に、殴られて怪我を負ったことを教える。病室に入った鈴木は、顔や腕に包帯を巻いてベッドに横たわる娘の姿を見て愕然とした。遥が「お父さん」と言って右腕を伸ばした時、鈴木は「心配かけるような真似はするなって言ったはずだろ」と口にした。遥は悲しそうな表情を浮かべて腕を引っ込め、「ごめんなさい」と漏らした。
鈴木は担当医に呼び出され、怪我の状態について説明される。そこへ才英館高校の教頭・平沢章吾が現れ、「これは痴話喧嘩のようなものです。貴方の娘さんと我が高の生徒が街で偶然に知り合い、繁華街のカラオケボックスに入って、些細なことから諍いを起こした」と語る。鈴木が「娘が街で男に声を掛けられて付いて行ったなんて、有り得ないです」と反論すると、平沢は「そういった根拠の無い親御さんの自信が、子供を非行に走らせるケースを数限りなく見て来ています」と述べた。
なぜ当事者の生徒や親が謝罪に来ないのかと鈴木が抗議すると、平沢は相手の男子生徒の父親が将来の総理候補と言われる石原であることを教え、「お国のために忙しい人なので」と告げる。「我々、大人が取り乱さないことです。そうすれば、貴方の娘さんの将来に傷が付くことはないでしょう。お分かりですよね。貴方次第なのですよ」と、彼は静かに脅すように述べた。平岡と担任教師の安部にに連れて来られた相手生徒の石原勇輔はヘラヘラと薄笑いを浮かべながら、まるで反省した様子を見せずに「どうもすいませんでした」と告げた。腹を立てた鈴木が掴み掛かろうとすると、安部が突き飛ばした。
平岡は見舞金を差し出し、3人は立ち去った。鈴木は追い掛けようとするが、石原にパンチで威嚇されると縮み上がった。夕子の元に戻った鈴木は、「お前が遊んでいいって許可したから、こんなことになったんだ」と批判した。その会話を耳にしていた遥は、鈴木が病室に入ると「入って来ないで」と拒絶した。翌朝、鈴木は震える手で平岡に電話を掛け、石原に会ってきちんとした謝罪の言葉が聞きたいという旨を伝える。色好い返事は貰えなかったが、鈴木は「これから伺いますんで」と告げて電話を切った。
高校に乗り込んだ鈴木は、歩いて来た男子生徒たちとぶつかった。因縁を付けられた鈴木は、鞄の中から包丁を取り出した。彼は生徒たちに向かって、「石原勇輔を連れて来い、教頭の平岡といるはずだ」と要求する。そこへパク・スンシンという生徒が現れ、鈴木を簡単に叩きのめして失神させた。鈴木が意識を取り戻すと、スンシンと南方、萱野、板良敷という仲間たちの秘密基地にいた。南方たちは鈴木が学校を間違えたことを指摘し、石原がインターハイのボクシング・チャンピオンであることを教えた。
買い物に出掛けていた仲間の山下も加わる中で、南方たちは鈴木の目的を尋ねた。「私の宝物だった娘が傷付けられた。だから、石原をやっつけなくちゃならないんだ。そのためなら命を投げ出しても構わないんだ」と鈴木が言うと、包丁を手にしたスンシンが「じゃあ、どうしてこれが必要だったんだよ。どうして素手で立ち向かわなかったんだよ。調子いいこと言ってんじゃねえぞ。娘のことより、自分が舐められたのが気に食わなかったんだろ」と批判した。
「石原が怖かったんだろ。石原の親の権力が怖かったんだろ。だから手っ取り早く、これに頼ることにしたんだろ。そういう奴を弱虫って言うんだ。弱虫に大切なもんなんか守れやしねえよ」とスンシンになじられ、鈴木は黙り込んだ。南方は「鈴木さんには3つの選択肢があります。1つ目は、警察に被害届を出す。2つ目は、今回のことは忘れて生きていく。そして最後は、素手で石原と対決する」と話す。困惑する鈴木に、彼は「対決の舞台は僕たちが整えます。明日から夏休みなんで、色々と準備できますし、もちろん鈴木さんにも対決の日まで会社を休んでもらって、死に物狂いでトレーニングしてもらいます」と述べた。
「トレーニングって?」と漏らす鈴木に、南方はコーチ役としてスンシンを指差した。南方たちは、一晩考えて返事を出すよう促した。鈴木は使い慣れないバスに乗り込み、自宅に戻った。これまでは夕子が車で迎えに来てくれたし、遥が同乗していることもあった。鈴木が帰宅すると、夕子は涙を流したまま転寝をしていた。目を覚ました夕子は、「遥が一言も口利いてくれなくて。検査の後、散歩に誘ったら、ようやく『うん』って言ってくれて。外に出ようとしたら、突然吐き始めて。外が怖いって。お医者さんは心の傷だろうって。傷が治るまで入院した方がいいって」と語った。
翌日、鈴木は秘密基地を訪れ、「頑張りますんで、よろくしお願いします」と南方たちに頭を下げた。南方たちは嬉しそうに今後の計画を話し合おうとするが、スンシンは苛立った様子で「頑張ってどうすんだよ。石原に勝ったところで何が変わるっていうんだよ」と口にする。鈴木が「娘を病院に迎えに行かなくちゃならないんだ。石原に会いに行かなくちゃならないんだ」と言うと、スンシンは「3日もったら褒めてやるよ」と告げた。
鈴木がジャージに着替えて屋外に出ると、南方たちは体のサイズを測定して立ち去った。スンシンは鈴木に「まずは基礎作りから始める。ようは走りゃいいんだよ」と告げ、ジョギングコースを5周するよう命じた。鈴木は1周しない内に足がガクガクの状態となり、スンシンの所へ戻った。スンシンは冷淡な口調で、「人間の細胞は60兆ある。おっさんはこれまで、どれくらい使ってきたんだよ。別に辞めてもいいんだぞ。自分のためにやってることなんだから」と告げた。鈴木は愚痴をこぼしながらも、コースに戻った。
スンシンはジョギングを終えた鈴木を大木のある場所へ連れて行き、取り付けられたロープで軽々と登った。「上がって来いよ」と鈴木は言われるが、全くロープをよじ登ることが出来なかった。その日のトレーニングが終わって鈴木が挨拶すると、スンシンは彼の頭を軽く叩いて「絶対に敵から目を離すな。例え挨拶の時でも」と言う。鈴木がポカンとしていると、「見たことないのかよ、『燃えよドラゴン』。テンション下がるわ」とスンシンは溜め息をついた。
次の日、鈴木は足に痛みを感じながらもスンシンの元へ赴き、ジョギングコースに出た。南方たちは同級生を集め、鈴木がリタイアする時期を当てる賭けをやっていた。大雨が降り出す中、鈴木はスンシンから「リュックに砂を詰めろ」と指示される。スンシンは砂を詰めたリュックを鈴木に背負わせ、長い石段を爪先立ちで登るよう命じた。その子は石段の途中まででOKとしたスンシンは、「途中で足の裏が付いたら、やり直しだからな」と述べた。
翌日以降も、ジョギング、石段登り、ロープ登りという基礎トレーニングは続いた。7月14日から開始されたトレーニングは、ついに8月へ突入した。スンシンは南方たちに、「おっさんは最後までやるつもりだぞ」と告げる。南方は山下たちに、「リタイアの賭けは今日で終わりにして、マジモードに切り替えるぞ。これまで打ち合わせてきた通りに動いてくれ」と指示した。南方と板良敷は夕子の元を訪れ、事情を説明して献立表を渡す。山下は萱野たちに病院の屋上から吊るしてもらって遥と接触し、鈴木がトレーニングしていることを教えた。帰宅した鈴木の前で、夕子は何も知らない芝居をした
次の日、南方たちは鈴木に、対決が9月1日に決まったことを告げた。今まで以上に気合が入る鈴木に、スンシンは「今日から戦い方を教えてやるよ」と言う。彼は「大切な物を守りたいんだろ。本物の勇気を感じることが出来たら、戦わなくたってこっちの勝ちなんだ」と語るが、鈴木はピンと来なかった。その様子に呆れたスンシンは、「俺が教えるのは戦い方で、勝ち方じゃねえからな」と釘を刺した。それから彼は、ボクサーである石原を寝かせてしまう戦い方を教え始めた。
スンシンのパンチで失神した鈴木は目を覚まし、彼の脇腹にある傷痕や、古くてボロボロになっているスニーカーに気付いた。その夜。彼はスンシンのために運動靴を買い、秘密基地を訪れた。しかし南方たちが自分と石原の勝負を賭けの対象にしていると知り、無言でその場を立ち去った。南方たちが慌てて追い掛けると、鈴木は「お前たちを信用した俺が馬鹿だったんだ。人の気持ちを踏みにじりやがって」と怒鳴る。そこへスンシンが現れ、「何甘えたこと言ってんだよ。アンタみたいなショボいおっさんのために夏休み潰してあれこれ動いてやってんだ。文句を言われる筋合いなんかねえぞ」と告げる。
鈴木は運動靴の入った紙袋を放り投げ、運動靴。お前のために買って来た」と抗議を込めた口調で言う。スンシンは紙袋を投げ捨てると、「俺はスニーカーしか履かねえんだよ」と言い放った。鈴木が黙っていると、彼は「どうした、悔しくねえのか」と声を荒らげた。鈴木は感情的に喚きながら無防備に近付くが、スンシンのパンチを何度も顔に食らう。「これまで真面目に生きて来たんだ。なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ」と言う鈴木を殴り倒したスンシンは、「いつでも自分の気持ちだけが大事なんだな。おっさんが始めたことなんだ。辞めたかったら辞めてもいいんだぞ」と告げて立ち去った。
南方たちは鈴木に歩み寄り、「あれこれ説明するのは面倒なんで端折りますけど、僕たちはマジなんで、それだけは信じて下さい」と述べた。彼らが去った後、鈴木は嗚咽した。翌日から、鈴木のトレーニングにはパンチをかわすためのメニューも加わった。対決の3日前には山下と板良敷が病院を訪れ、夕子と遥に携帯電話を渡す。山下は遥に、「お父さんが勝ったら、僕がここに電話を掛けます。期待して待ってて下さい」と言う。ようやく鈴木は、スンシンをタックルで倒したり、ロープで大木をよじ登ったりすることも出来るようになった。その日のトレーニングを終えた鈴木の元に、南方たちは遥の親友・三浦直子を連れて来た。直子の説明で、石原と仲間たちが勝手にカラオケボックスへ入って来たこと、遥には何の落ち度も無かったことを鈴木は知った。8月31日の休養日、鈴木はスンシンたちと一緒に遊園地へ出掛けた。そして、ついに対決の当日が訪れた…。

監督は成島出、原作・脚本は金城一紀(『フライ,ダディ,フライ』角川書店 刊)、製作は坂上順&黒澤満、企画は遠藤茂行&藤島ジュリーK.、プロデューサーは天野和人&國松達也&渡辺敦、ラインプロデューサーは望月政雄、撮影は仙元誠三、美術は小川富美夫、照明は渡邊孝一、録音は柴山申広、編集は川島章三、技斗は森聖二、音楽は安川午朗、音楽プロデューサーは津島玄一。
主題歌『ランニングハイ』Mr.Children 作詞:桜井和寿、作曲:桜井和寿、編曲:小林武史&Mr.Children。
出演は岡田准一、堤真一、松尾敏伸、坂本真、青木崇高、広瀬剛進、須藤元気、塩見三省、星井七瀬、渋谷飛鳥、愛華みれ、浅野和之、温水洋一、徳井優、大河内浩、田口浩正、神戸浩、鴻上尚史、モロ師岡、榎木兵衛、由越艶子、石川伸一郎、西山宗佑、建藏、古市奏美、久保由子、角谷祐二、松川貴弘、佐藤智美、尾関伸嗣、金井竜翔、井上雄介、青柳尊哉、吉川元希、坂井祐也、田中隼、下川真啓、谷川晴紀、森永涼平、三輪治輝、岩渕宗浩、足立茉音ら。


金城一紀の同名小説を、彼自身が脚本を担当して映画化した作品。
監督は『油断大敵』の成島出。
スンシンを岡田准一、鈴木を堤真一、南方を松尾敏伸、山下を坂本真、萱野を青木崇高、ヒロシを広瀬剛進、石原を須藤元気、平沢を塩見三省、遥を星井七瀬、直子を渋谷飛鳥、夕子を愛華みれが演じている。
他に、バスの運転手役で温水洋一、安部役でモロ師岡、バスの乗客役で浅野和之&徳井優&大河内浩&田口浩正&神戸浩、鈴木の上司役で鴻上尚史が出演している。

まずスンシンに岡田准一、鈴木に堤真一という配役がミスキャスト。
その2人は、「喧嘩の達人であるスンシンが、情けない中年男の鈴木戦い方を教える」という関係性だ。それを考えると、岡田准一が身長169cm、堤真一が178cmというのは上手くない。やはり、教える側のタッパがある方が望ましいだろう。
それと、堤真一ってJACの出身だし、最初からガタイがいいんだよね。だから、「喧嘩のケの字も知らなかったヘタレの中年男が、スンシンに教わって体力強化に励み、強くなる」という筋書きに合ってないんだよなあ。
それでも、堤真一がクリスチャン・ベールみたいなデ・ニーロ・アプローチで「最初は貧弱な体だったが、だんだん体付きが良くなっていく」というのを表現していれば文句は無いが、そういうのは見せていないしね。
そもそも、初期段階での体付きを見せていないし。

パク・スンシンは、その名前からして推測できるだろうが、在日朝鮮人という設定だ。
原作者の金城一紀はコリアン・ジャパニーズであり、デビュー作の『GO』でも主人公は在日韓国人だったが、自身の体験を取り込んでいるから、そういう人物設定になっているんだろう。
ただ、この映画において、そのポジションのキャラクターが在日朝鮮人である必要性が全く感じられない。
わざわざ在日朝鮮人になっている以上、そこに物語上の意味を持たせるべきだと思うのだが、特にこれといって見当たらない。

私は未読だが、原作は「ゾンビーズ」シリーズの2作目に当たるので、1作目の中で「在日韓国人である必要性」は描かれているのかもしれない。
ただ、これは独立した映画なので、この映画だけで成立する「在日朝鮮人という設定の必要性」は用意しておくべきだったと思う。
そりゃあ日本には大勢のコリアン・ジャパニーズがいるけど、アメリカほど多民族国家というわけじゃないので、やはり「日本人ではない人種」が登場する時には、どうしても「異質なキャラクター」としての意味が生じてしまうわけで。
一応、後半に入って「リストラされてイカれたサラリーマンが表札を見て『クビになったのは外国人労働者のせいだ』と刺してきた。傷が治ってからも、しばらくは怖くて外へ出られなかった。二度と刺されないように強くなると決めた」ということをスンシンが語っているけど、そこで重要なのは「かつてイカれた奴に刺されたスンシンは外が怖くなったが、そこから立ち直った」ということであり、彼が在日朝鮮人じゃなくても支障は無いしね。

「娘を怪我させた相手がボクシングの高校チャンピオン」「しかも有力政治家の息子でクズみたいな奴」「学校関係者も脅しを掛けて事件を隠蔽しようとする」「主人公は娘を怪我させた相手と戦うため、喧嘩の達人の下で修業する」など、かなりオールド・ファッションドで漫画チックな設定や展開の数々だ。
しかし、どうやら意図的に漫画チックにしているようだし、それは別に構わない。
ただ、問題は、そういう「荒唐無稽の面白さ」が、映画の中で上手く表現されていないってことだ。
で、それを上手く表現できなかった場合にどうなるかというと、「陳腐」という形になってしまうのだ。

どうやらジャッキー・チェンのクンフー映画(『ドランク・モンキー/酔拳』や『スネーキーモンキー/蛇拳』など)みたいなノリを狙っているらしいんだけど、それが上手くいっていない。
まず根本的に、「なんちゃらモンキー」のジャッキーって、登場した段階で格闘の素養がゼロってわけじゃないからね。
まだ弱い奴ではあるけれど、それなりにクンフーの技術は持っていたり、厳しい修業に耐えられるだけの基礎体力があったりするからね。
鈴木みたいに、体力が全く備わっていないズブの素人というわけではない。

で、基礎体力も格闘のイロハも全く持ち合わせていない鈴木というキャラを使って、「約50日でバスと競争して勝てるようになり、高校ボクシング王者に喧嘩で勝てるようになる」という修業モノをやるので、そこに無理が生じている。
どう考えたって、そんなの無理だよ。
「マトモに戦っても勝てないので、何とか相手に一撃を食らわすための裏ワザ的なテクニックをスンシンが教え込む」とか、そういうことであれば、まだ分からないでもない。
でも、そういうのじゃなくて、マトモに戦うための修業をさせているんだよな。

遥の怪我を知った鈴木は、いたわってあげるべきなのに、娘が手を伸ばした時に「心配かけるような真似はするなって言ったはずだろ」と叱ってしまう。「お前が遊んでいいって許可したから、こんなことになったんだ」と妻を批判し、それを遥に聞かれてしまう。
その辺りが、本来は重要なポイントだ。
スンシンの「石原に勝ったところで何が変わるっていうんだよ」という問い掛けに、鈴木は「娘を病院に迎えに行かなくちゃならないんだ。石原に会いに行かなくちゃならないんだ」と答えている。
つまり本質的には「娘の仇討ちを果たす」という物語ではなく、「父親としてやるべきことをやらなかったために娘から拒絶された鈴木が、父親として娘を迎えに行く資格を取り戻すための物語」なのである。

それを考えれば、鈴木が石原に勝てなかったとしても、「懸命に立ち向かう」という姿勢を見せれば、それで目的は達成される。きっと遥は、鈴木の頑張りを認め、父親として再び受け入れてくれるだろう。
遥が求めているのは、「腕力でボクシングの高校チャンピオンを倒すほど格闘能力に優れた父親」ではなく、「自分を守ろうとしてくれる父親、自分を見捨てようとしない父親」のはずだからだ。
そして遥が父親として認めてくれれば、鈴木の目的は、本来ならば、それで果たされるのだ。
っていうか、遥が山下から父親のトレーニングについて聞かされた後、夕子が帰宅した鈴木に「今日はいいことがあったみたいで。入院してから一番嬉しそうだったわよ」と話しているが、ある意味では、その時点で鈴木の目的が果たされていると言ってもいいぐらいだ(だからラスト、山下からの連絡で鈴木の勝利を知った遥が喜んでいる様子を「ハッピーエンド」の1つの光景として描いているのも、なんか違うような気がしないでもない)。

しかしながら、漫画チックな描写にしたことによって、大きな問題が生じている。
序盤、石原だけでなく、平岡と安部も含め、才英館高校の面々は「卑劣で醜悪な悪党」として、かなり誇張して描写されている。
そのために、「鈴木が遥に父親として再び受け入れてもらう」というだけでは不充分なのだ。
そんな醜悪な奴らが遥を痛め付けておいて全く悪びれず、何の罰も受けないというのでは、こっちはモヤモヤした気持ちが残ってしまう。

だから、鈴木には「石原を完膚なきまでに叩きのめす」というだけでなく、「平岡と安部に報復を与える」ということまでもが求められる。そういうカタルシスを用意することが求められる。
で、結果として、鈴木は石原をKOするけど、前述のように「そりゃ無理だよ」と感じさせるような修業シークエンスになっていることもあり、あまり爽快感が味わえない。ほとんど苦戦せず、あっさりと勝っちゃうしね。
あと、平岡と安部は、お咎め無しのまま。彼らに関しては、鈴木が報復を与えるのではなく、責任を問われてクビになるなど、何かしらの罰が下されるという形でも構わないけど、そういうのも無い。
対決の前にスンシンたちの同級生グループが縛り上げているけど、それは「対決を邪魔されないための処置」であり、悪党への罰としてやっているわけじゃないしね。

「主人公が父親としての自分を取り戻し、娘の信頼を回復する物語」としての部分と、「修業を積んで悪い奴と戦う荒唐無稽な映画」としての部分が、上手く融合していない。
ジャッキー作品のような修業モノにしたいのであれば、父娘の話はシリアスになりすぎている。
「なんちゃらモンキー的な修業モノ」としての部分を優先するのであれば、きっかけとなる事件は、娘が殴られて大怪我をするという内容よりも、例えば「娘の前で鈴木が石原に難癖を付けられたけど、ビビってヘナチョコな態度をさらして、おまけにボコボコにされる」とか、そういう形にでもしておいた方がいいのではないか。
それと、トレーニングが始まった後、対決当日までに石原や平岡たちを1度ぐらいは登場させて、彼らが悪党であることを改めてアピールしておいた方がいいし。
もちろん、前者を優先するならそんな必要は無いのだが、その場合、前述した漫画チックな描写が邪魔になる。

(観賞日:2013年6月5日)

 

*ポンコツ映画愛護協会