『ファーストラヴ』:2021、日本

関東芸大の油絵科2号館。1階の女子トイレに、腹を刺されて死んだ有名画家の聖山那雄人が倒れていた。彼の娘で大学生の環菜は、包丁を持って川べりを歩いていた。公認心理士の真壁由紀は日頃からカウンセリングを通して引き篭もりの子供や保護者と向き合い、『共感と心の闇』という本も出版している。彼女は森屋敷というパーソナリティーが司会を務めるラジオ番組にゲスト出演し、自身の考えを語った。同じ夜、テレビのニュース番組では3ヶ月前に起きた那雄人の殺害事件について報じていた。
環菜は民放テレビ局のアナウンサー試験を受けた直後、犯行に及んでいた。彼女は取り調べには素直に応じて犯行を認めたものの、動機については「そちらで見つけてください」と言っていた。由紀が帰宅すると、夫の我聞がポトフを用意して待っていた。由紀は次の仕事について、環菜を取材したいと言い出した。彼女は環菜が世間からサイコパス扱いされていることに納得できず、混乱して自分の気持ちを上手く伝えられないだけかもしれないと考えていた。
後日、出版社社員の辻憲太は、環菜は由紀の本を読んだことがあるので取材OKだったと報告した。環菜の担当弁護士が庵野迦葉だと知り、由紀は顔を強張らせた。彼女は迦葉が共同代表を務める法律事務所を訪れ「久しぶりですね、お姉さん」と言われる。由紀が環菜の話を訊こうとすると、迦葉は「あの子は曲者だよ、心が読めない。下手に手を出すと怪我するよ」と述べた。由紀が我聞のことを話そうとすると、彼は「兄貴には俺が話しといた。頑張れってさ」と言う。写真館を営む我聞について、迦葉は「人の善意を疑わない。一緒にいると、こっちが恥ずかしくなるんだよね」と評した。
由紀は帰宅し、「また自分の写真撮りたいって思ったりしないの?なんか、これでいいのかなって。私ばっか好きなことしてるみたいで」と我聞に尋ねる。我聞に「由紀は思う存分、仕事をすればいいんだよ」と言われ、彼女は笑顔を浮かべた。次の日、由紀は環菜と接見し、取材を始めた。環菜は「動機なんて自分でも分からないから、見つけてほしいぐらいです。嘘つきなんですよ、私」と語り、自分に都合の悪いことがあると記憶が飛んでしまうのだと言う。
環菜から迦葉との関係について「仲いいですよね」と言われた由紀は、「親戚だから」と話す。すると環菜は「知ってます。でも“由紀”って呼び捨てにしたりして。でも兄弟なのに、どうして苗字が違うんですか」と語り、詳しいことを知りたがった。数日後、環菜から由紀に手紙が届いた。そこには生意気な態度を謝罪する言葉が書かれており、「あんなことがあったのに反省すらしていない私は、やっぱりどこかおかしいんだと思います。どうか私を、ちゃんと私を罪悪感のある人間にしてください」と綴られていた。
由紀は弁護士事務所へ出向き、互いに協力しようと迦葉に持ち掛けた。迦葉が面倒そうな態度を取ると、由紀は「私たちの個人的な事情は、この際、忘れましょう」と告げた。迦葉は「問題は母親だ」と言い、環菜の母親である昭菜が検察側の証人として出ることを教えた。環菜と交際していた男の告白記事が週刊誌に掲載され、「僕は彼女の奴隷だった」という見出しが付けられた。由紀が環菜に相手のことを尋ねると、「大学の先輩で、好きではなかったが強引に押し切られて付き合った。別れたら死ぬと言われて2年半付き合っていた」という説明が返って来た。
環菜は元カレの賀川洋一について、「以前に付き合っていた男性から暴力を振るわれ、相談している内に付き合うようになった。何となく寝なければいけなくなり、嫌だったが仕方なく関係を持った」と証言した。「本当に好きになった男の人と、付き合ったことある?」と由紀が質問すると、彼女は少し考えてから「ゆうじくん」と口にした。小学生の時に出会ったコンビニ店員で、足の怪我を直してくれた人だと説明した後、「初めて好きになった人でした」と告げた環菜は急に激しい動揺を示して暴れ始めた。
迦葉は由紀に電話を入れ、「情緒不安定になって接見も出来ない。デリケートな子なんだから慎重にやってよ」と苦言を呈した。由紀は「動揺したってことは、そこに心を開く鍵があるってことよ」と反論し、「ゆうじくん」の正体を突き止めたいと告げた。賀川の元を訪問した由紀と迦葉は、環菜に振り回されたことは事実だと告げられる。賀川は環菜の浮気が原因で別れたこと、別れると言ったら泣き出したこと、自傷癖があったので別れるのが難しかったことを語る。由紀が肉体関係を強要した事実について尋ねると彼は否定し、自分から部屋に来て普通に笑っていたと話した。
迦葉は環菜と接見し、賀川の証言について確認する。環菜は「どうしてあいつの言うことを鵜呑みにするんですか」と反発し、「男は私を褒めて体の関係を求め、急に飽きて回数が減る。それでも我慢して付き合うのに、向こうから離れて行く」と語る。「好きでもない相手と無理して付き合う必要はないんじゃないかな」と迦葉が言うと、環菜は「だったら誰が私を助けてくれるんですか」と告げた。彼女は迦葉に、「本気を出してくださいよ。私をここから出してください」と叫んだ。
由紀と迦葉は昭菜に会い、話を聞く。昭菜は環菜がアナウンサーになることについて、自分も夫も反対していたと告げる。彼女は那雄人について、最近になって絵が認知されるようになったが、昔は環菜をモデルにして自宅でデッサン教室を開いていたと語る。それは環菜が小学4年生から中学1年生までの時期で、最初は乗り気だったが、バイト代も出ないのに嫌だと言って遊びに出掛けるようになったので夫が辞めさせたと昭菜は語った。
由紀が環菜の手首の傷を見たことがあるかと尋ねると、昭菜は「学校で鶏に襲われた傷でしょ」と軽く答える。それは小学校を卒業した頃で、友人の結婚式でハワイに行って戻ったら傷が付いていたと彼女は話す。環菜は精神的に追い詰められていたのではないかと由紀が質問すると、昭菜は「本人でどうにかするしかないでしょ。そんなに主人といるのが嫌なら、全寮制の学校にでも行けば良かったんですよ。結局、甘えてるんですよ」と感情的になった。
留置所の環菜は、幼少期の自分を若い男たちがデッサンしていた頃を回想した。環菜は嫌がったが、那雄人は「ポーズを崩すな」と厳しく命じた。由紀は環菜と接見し、「この前は無神経なことを訊いてごめんなさい」と詫びた。環菜が「何のことですか?」と言うので、彼女は「ゆうじくん。コンビニの店員さん」と告げる。環菜が「誰ですか?そんなこと言いましたっけ」と口にしたので、由紀は「じゃあもう1つ訊くけど、貴方の手首の傷、いつからなのかな。お母さんには鶏に襲われたって言ったそうだけど」と尋ねた。すると環菜は、「本当です、鶏にやられたんです」と答えた。
由紀は聖山家の近くにあるコンビニ『モンマート久が原店』を訪れ、店長の一宮に「ゆうじくん」のことを質問した。一宮は困惑の表情を浮かべ、「苗字は分からないですか?」と尋ねた。迦葉は由紀に電話を掛け、デッサン会に参加していた生徒が見つかったことを教えた。彼が富山にいることを話すと、由紀は「行く」と即答した。迦葉は彼女に、「熱心だねえ、じゃあ頑張ってきて」と冷めた口調で告げる。しかし由紀が電車で富山に向かっていると迦葉が現れ、生徒が南羽澄人という若手の陶芸家だと教えた。
由紀と迦葉は工房『だいちの窯』に到着し、南羽と会った。南羽は質問を受け、「デッサン会には週に1度、1年ほど通った」「いい家族で、母親も手作りの菓子を出してくれた」などと話す。彼は由紀に頼まれ、当時のデッサン画を見せた。それは環菜の両側に全裸の男性が立っている絵で、由紀は驚愕した。南羽は慌てて、「当時のヌードモデルは隠さないのが普通ですから。それに、構図的に、モデルの女の子の視界には入らないように工夫されていましたし」と説明した。デッサン会の生徒は7〜8名で、女子はいなかった。
工房を出た由紀は、居酒屋で迦葉に「思春期の女の子には耐えられないよね」と漏らす。迦葉は「気味が悪いよな。普通ならそういうことから守る立場の父親が、その状況で娘を監視してるんだから」と言った後、「由紀には分かってたんじゃないの。あの子には自分に似てる所がある。だから取材してみようと思ったんじゃないの?」と指摘した。「由紀って呼ぶのはやめて」と言われた彼は、「姉さんって呼び方、今でもしっくり来ないんだよな」と述べた。
迦葉が「兄貴は知ってるの、父親のこと?」と尋ねると、由紀は「言ってない」と答えた。「なんで?」という質問に、彼女は「戸惑うだけな気がする。気持ち悪いって言われそうで」と告げる。迦葉が「気持ち悪いのは由紀の父親だろ」と言うと、由紀は過去を回想した。成人式の日、母の早苗は「もう貴方も大人だから」と前置きし、「貴方が子供の頃、お父さんは良く仕事でフィリピンに言ってたでしょ。そこで女の子を買ってたの。それも13とか14とかの」と語った。平然と話す母に驚いた由紀は、「なんで今、そんな話するの?」と責めるように訊く。すると母は、「男の人はそういうもんだと知っておいた方がいいと思って」と説明した。由紀は父だけでなく少女売春を許す早苗も理解できず、車から飛び出して嘔吐した。
由紀と迦葉が居酒屋を出ると、大雨が降り出していた。由紀は迦葉を見つめ、「そんな目で見られてもな」と言われたので慌てて視線を逸らす。迦葉が近付いて無言で抱き寄せると、由紀は手を払いのけて走り去った。大学3年生の頃、由紀は迦葉と出会った。雨の日に迦葉は傘を差し出し、由紀を焼き肉屋に誘った。迦葉は由紀に、伯父&伯母&従兄と4人で暮らしていることを彼女に語った。「両親は死んだことになっているけど、母親は失踪中。小学生の時、男に夢中になって置き去りにされた。餓死しそうな所を母親の姉に救われた」などと、彼は詳しく語った。
由紀と迦葉はバスに乗り、海へ遊びに出掛けた。最終のバスに乗り遅れ、迦葉は「もういいよ。どっか泊まるトコあんだろ」と口にした。由紀はホテルへ行き、迦葉がシャワーに入っている間に携帯の待ち受け画面の少年を見た。迦葉は「それ、兄貴が撮った写真」と言い、従兄の我聞は写真家だと教えた。彼は他の写真も見せ、従兄は20代で有名な賞も取っていると告げる。迦葉は我聞が秋に個展を開くことも語り、彼のことを楽しそうに話した。由紀が「お兄さんのことが本当に好きなのね。伯父さんと伯母さんは?」と言うと彼の笑顔は消え、「いい人たちだけどねえ。遠慮はあるかな」と述べた。
由紀は迦葉とセックスしようとするが、痛みを覚えて抵抗した。迦葉が諦めて「分かんねえ、余裕で2桁超えるほど経験あっても、あるんだな、こういうこと」と漏らすと、由紀は彼を睨み付けて「それってさ、ただのセックス依存でしょ。母親に愛されなかったから」と言い放った。迦葉は激昂して由紀の首を絞めるが、途中で手を離した。彼は壁を殴り付け、その場を去った。秋、由紀は我聞の写真展のチラシに気付き、ギャラリーを訪れた。海外で撮影された写真を見た彼女が泣いていると、我聞が来て声を掛けた。由紀は我聞に、迦葉との関係を明かさなかった。
現在。帰宅した由紀は、我聞から「明日、外で食事しないか。たまには骨休みもいいだろう?」と誘われてOKした。そこへ一宮から電話が入り、由紀は「ゆうじくん」に連絡が付いたことを知らされた。翌日、由紀は小泉裕二と会い、プライバシーは守ると約束して取材する。「環菜のこれからの人生のために出来るだけ正直に教えてほしい」と頼まれ、小泉は10年前のことを語った。当時、小泉は大学生で、環菜は12歳だった。膝をすりむいてケガをしていた環菜を見つけた小泉は、優しい言葉を掛けて手当てした。
小泉は「早く帰らなきゃダメだよ」と告げたが、バイトを終えて河原を通り掛かると夜中なのに環菜が座り込んでいた。そこで小泉は自分のアパートに彼女を連れ帰り、一緒にテレビを見て眠りに就いた。布団は1つしか無く、2人は狭い部屋に並んで寝た。小泉は肩に触れて「ねえ、いいだろ、ちょっとだけ」と言うが、「さすがにマズいか」と思い直した。しかし環菜が「いいよ、私、慣れてるから」と笑顔を浮かべたので、小泉は困惑した。小泉は由紀に、「でも、最後まではしてません」と釈明した。
それからしばらくは、小泉の部屋がモデルを嫌がる彼女の避難所のようになっていた。しかし父親が乗り込んで連れ去り、小泉は怯えて見送るだけだった。その後、一度だけ環菜が家の前で待っていたことがあったが、小泉は泣いて助けを求める彼女を冷たく追い払っていた。話を聞いた由紀が「証人として法廷に立ってくれませんか」と要請すると、小泉は「無理ですよ、嫁も子供もいるのに」と断った。子供の性別について問われた彼は、娘だと 答えた。
由紀は迦葉に電話を入れ、小泉に会ったが証人は断られたと語る。迦葉が「だから勝手に動くなって言ったのに」と呆れたように言うと、彼女は「迦葉は本気で環菜のこと、助けたいと思ってる?私は本気。それには彼女に心を開いてもらうしかない。私の方から心を開いて傷を見せるつもり」と感情的になった。由紀は環菜の元を訪れ、小泉と会ったことを伝える。「どうして勝手なことを」と怒る環菜に、由紀は小泉が結婚して子供もいることを教えた。すると環菜は、「信じられない、あんなことしておいて」と憤りを示した。
その反応を見た由紀は、「貴方、彼に何をされたか分かってたのよね。初恋の思い出みたいに喋ってたけど、ホントはそうじゃないって。そう思わないと辛すぎるから、そう思うことにしたんじゃないの?」と話す。男に不快感を覚えた時、相手の期待に応えようとして笑うのではないかと由紀が問い掛けると、環菜は「やめてください」と喚いた。「人の気持ち勝手に探って、何が面白いんですか。私の気持ちなんか分からないくせに」と彼女が怒ると、由紀は「それは貴方が隠してるからよ」と告げて自身のことを話す。
由紀は小学校5年生の時、父親の車のダッシュボードに女の子の写真を見つけた。何だか良く分からないまま、無意識に忘れようとしていた。大人になってから少女買春を知った時、そのことを思い出した。そんなことを語った後、由紀は「小泉からされたことを周囲にどう言えば分からず、母親にも相談できずに悩んで来たのではないか」と指摘した。すると環菜は泣き出し、「私が悪いんです。いつも上手く出来なくて、迷惑ばかり掛けて。お母さんのことは責めないでください。お母さんは仕方がないんです、お父さんに恩があるから」と言う。彼女は由紀に、那雄人とは血が繋がっていないことを告白した。
環菜は昭菜が別の男と同棲したときに出来た娘で、相手には出産を反対された。那雄人は他人の子供だと分かった上で、環菜の父親になることを申し出たのだ。由紀は環菜に、「悪いのは貴方じゃない。大人にそう思わされてきただけ。貴方はお父さんを殺したかもしれない。でもその前に、たくさんの大人が貴方の心を殺した」と語り掛ける。すると環菜は、「私、お父さんを刺してなんかいません」と口にした。由紀はレストランで待つ我聞に電話を入れて謝罪し、夕食のキャンセルを告げる。我聞から「どこへ行くんだ?」と質問された彼女は、それには答えずに電話を切った。
由紀は迦葉の事務所へ走り、環菜の告白を伝えた。しかし迦葉は「殺意が無いと主張するのは無理だ」と言い、反省の色が無いと思われて心証が悪くなるだけだと告げる。彼は「俺たちに出来るのは刑期を短くすることだけだ」と語り、反論する由紀に「自己満足だよ。自分のために患者を利用してるだけなんじゃないのか」と告げる。彼は由紀に、「由紀は自分のトラウマをあの子に投影してる。あの子にしたくもない告白をさせて、自分を救おうとしてるんだ」と語った。
由紀が「何が言いたいの?」と訊くと、迦葉は「由紀は自分の傷を兄貴に見せてないだろ。兄貴は優しくて何でも受け入れてくれる。でもホントの由紀を知らないんだ」と責めた。泣きながら事務所を出た由紀は、道路の反対側にいる我聞に気付いた。道路に飛び出した彼女は、トラックと接触事故を起こした。病室で目を覚ました由紀は、付き添っていた我聞に父親の買春を明かす。彼女が「父の目が怖かった」と泣きながら言うと、我聞は「何かあるんだろうなって、ずっと思ってたよ」と穏やかに告げた。由紀が迦葉との関係を打ち明けようとすると、我聞は「気付いてたよ」と言う…。

監督は堤幸彦、原作は島本理生『ファーストラヴ』(文春文庫刊)、脚本は浅野妙子、製作は堀内大示&佐々木卓也&渡辺章仁&松木圭市&酒井信二&長坂信人&中部嘉人&五老剛&田中祐介&中野伸二&森田篤&五十嵐淳之、企画は水上繁雄、プロデューサーは二宮直彦&高木智香&小林誠一郎、アソシエイトプロデューサーは飯田雅裕、撮影は唐沢悟、照明は木村匡博、美術は長谷川功、録音は渡辺真司、編集は洲崎千恵子、音楽はAntongiulio Frulio、主題歌『ファーストラヴ』はUru。
出演は北川景子、中村倫也、芳根京子、窪塚洋介、木村佳乃、高岡早紀、佐戸井けん太、板尾創路、石田法嗣、清原翔、板垣雄亮、生島ヒロシ、内村遥、田中幸太朗、広山詞葉、吉田ウーロン太、カゴシマジロー、坂上梨々愛、菊地麻衣、川面千晶、管勇毅、キタキマユ、大西利空、長春駕、ふるごおり雅浩、岩本淳、比佐仁、桑原辰旺、こくぼつよし、酒巻誉洋、田山由起、小林こずえ、大重わたる、砂川禎一郎、山田奈保、小川裕輔、芦原優愛ら。


直木賞を受賞した島本理生の同名小説を基にした作品。
監督は『人魚の眠る家』『十二人の死にたい子どもたち』の堤幸彦。
脚本は『あのコの、トリコ。』『最高の人生の見つけ方』の浅野妙子。
由紀を北川景子、迦葉を中村倫也、環菜を芳根京子、我聞を窪塚洋介、昭菜を木村佳乃、早苗を高岡早紀、裁判長を佐戸井けん太、那雄人を板尾創路、裕二を石田法嗣、洋一を清原翔、主任検事を板垣雄亮、森屋敷を生島ヒロシ、南羽を内村遥、辻を田中幸太朗が演じている。

環菜と那雄人の関係については、勘のいい人なら序盤で何となく推測できてしまうんじゃないだろうか。
もちろん、その関係ってのは「実の親子じゃない」ってことじゃないよ。そうじゃなくて、那雄人が環菜にさせていたことね。何しろ、那雄人役が板尾創路だし。「そこはホントに彼で大丈夫なのか?」と、少し不安になるぐらいのキャスティングだからね。
ただ、真相が明らかになった時に、「こっちの想像よりもヌルい」と感じてしまう。
いや、もちろん環菜の立場になってみれば、ものすごく辛い体験だっただろうとは思うのよ。だけど、こっちの想像を超えないどころか、「想像の範囲内では軽いレベルに入る」という印象が否めないのよ。

幼い女の子にとって、鋭い視線で自分をデッサンする大勢の若い男たちは恐怖に感じるのは理解できる。父から厳しくされて、辛い思いをしていたのも理解できる。しかも、ただのモデルじゃなくて、全裸の男と一緒だからね。
だけど序盤の描写だと、直接的な性的虐待とか、そういうモノを想像していたのよ。
それぐらい酷い目に遭っていることを想像させておいて、「男性のヌードモデルと一緒にデッサン会に参加させられていた」というのが真相ってのは、肩透かしなんじゃないかと思ってしまうのよ。ひょっとすると性的虐待があったのかもしれないけど、それは分からないままだし。
終盤に入ってから「デッサン会の生徒たちに打ち上げで体を触られることもあった」という新たな情報は出て来るけど、最後まで引っ張った事実としては弱さを感じるし。

ひょっとすると、由紀にもクズな両親のせいで心の傷を負っているから、「由紀が環菜に自分を重ね合わせている」という心理ドラマの部分がメインなのかもしれない。
だけど「そこに主眼を置いていない」ってことなら、「衝撃の真相」を期待させるようなミステリーとしての進め方はマズかったんじゃないかと。
あと、迦葉との関係も含めて、由紀の個人的な事情を掘り下げることが「環菜に寄り添い、心の痛みを知って」ということに上手く繋がらず、環菜の心情を知ろうとするドラマが割りを食っているように感じるのよね。
極端なことを言っちゃうと、由紀の個人的な事情とか、どうでもいいんだよね。少なくとも迦葉との関係については、ホントに心底から、どうでもいいとしか思えない。そこに関しては、環菜に自分を重ねる理由とも結び付かないし。

迦葉は大学時代に由紀と会った時、「行くトコ無いんだったら、どっか行かない?」と言う。そして出会ったばかりなのに、家や実家について尋ねるだけでなく、自分の家庭環境を詳しく話す。
それが軽薄なナンパの手口にしか思えない。家庭環境に関する告白が例え事実であっても、その事実を利用して女の心を掴もうとしているとしか思えない。
現在のシーンにおける彼の態度も不遜だし、回想シーンで由紀を殺そうとするのもクズでしかないし、どういうキャラなのかね、こいつって。
そのくせ、終盤になって「実はいい人」みたいなフォローを急に入れるけど、それで好感度アップを狙っても無理があるわ。

由紀をナンパした迦葉はホルモン屋へ連れて行き、いきなり店のハサミを借りて長い髪を切ると言い出す。それを由紀はOKし、店の外で切ってもらう。
この辺りは「痛い奴ら」としか思えないけど、そういうことは置いておくとして、そこからシーンから切り替わると挿入歌が流れ、2人がバスで海へ遊びに出掛ける様子が描かれる。ここの演出なんかを見ると、まさにタイトル通りの「恋愛」を大きく扱おうとしているように見える。
だけど、それは「事件の真相を探る」「環菜の心の内を知る」という本筋からは完全にズレている。
ってことは、そっちが本筋ではないという捉え方なのか。
でも、だとしたら、本筋じゃない部分の内容がデカすぎるでしょ。

前述したように、由紀と迦葉がバスで海へ出掛けるシーンでは、挿入歌が流れる。邪魔だとしか感じないけど、まだ何とか受け入れることは出来なくも無い。
だけど、由紀が我聞の写真展を訪れるシーンでも挿入歌が流れると、「もう無理だわ」と感じる。
この映画で、途中で歌を入れる必要性を全く感じないのよね。エンディングだけで充分じゃないのか。
これが「由紀と迦葉にとって思い出の歌」みたいな設定があればともかく、そういうことじゃないし。
「途中で何度か歌を入れるべし」という条件でもあったのか。

実は他にも引っ掛かるBGMの使い方があって、それはベッドシーン。
ちょっと感傷的なBGMを鳴らしておいて、迦葉が愚痴ってから優しくキスしようとしたら由紀が鋭く睨んで音が止まり、「それってさ、ただのセックス依存でしょ」と言い放つ演出。
これ、明らかにやり過ぎ。
ただし音だけの問題じゃなくて、それまで泣きそうな顔だった由紀が急に鋭く睨むとか、かなりキツい言葉を浴びせるとか、そういうのも話の進め方として過剰だなと感じるぞ。もちろん迦葉の言葉は無神経だけど、急に強気な態度は違和感。
他に、由紀の「例え貴方がお父さんを刺したとしても」に迦葉が「刺してません」口を挟むシーンでBGMを止める演出も、やり過ぎだと感じる。

後半、由紀は小学5年生で父親の車に乗った時、ダッシュボードにフィリピンで買った少女の写真を大量に入れてあるのを見つけたことを告白する。
だけど、そんな場所に写真を入れておくのは、あまりにも不用心でバカバカしさを感じる。
家族には絶対にバレちゃダメな物であり、だから普通は決して見つからないような場所に隠しておくべきでしょ。でも車は家族が利用する乗り物であり、ダッシュボードは誰でも簡単に開けられる場所にあるわけで。
それは設定として都合が良すぎるというか、ヌルすぎるというか。

終盤、由紀は迦葉に環菜の告白を伝え、無罪を訴えるべきだと主張する。それに対して迦葉は、厳しい批判の言葉を浴びせる。
この時の「自己満足ではないか」という指摘は言い過ぎかもしれないけど、由紀にとって「環菜の心を開かせる」という行為よりも「自分の過去と向き合う」という行為の方が強くなっちゃってる印象は否めないんだよね。
で、そう思わせる最大の原因は、「由紀の個人的な部分を掘り下げる要素がデカすぎる」という物語の根幹にあるわけで。
「あの子にしたくもない告白をさせて、自分を救おうとしてるんだ」ってのは、「その通りだな」と納得できてしまう。
しかも、そこから由紀の考えや行動が修正されることも無いまま終わっちゃうので、ホントに「由紀が環菜に告白させて自分を救おうとする物語」になっちゃってるし。

(観賞日:2022年8月18日)

 

*ポンコツ映画愛護協会