『亡国のイージス』:2005、日本
海上自衛隊護衛艦“いそかぜ”は、東京湾での対水上戦訓練を控えて停泊していた。先任伍長・仙石恒史は、掌帆長・若狭祥司らと共に 出航に備えている。そんな中、海士長・田所祐作らのグループが若者たちと揉めて警察沙汰になっているとの連絡が入った。現場に赴いた 仙石は、横須賀から急に配属となった1等海士・如月行が若者達を叩きのめしたことを警官から聞かされる。仙石は土下座して謝罪し、 田所らの警察署への連行を回避した。
出航直前、FTG(海上訓練指導隊)の溝口哲也3等海佐や山崎謙二2等海尉ら14名が乗り込んできた。副長の宮津弘隆2等海佐が、艦長 の衣笠秀明1等海佐に彼らを紹介する。FTGが乗り込むのは、これが初めてのことだ。いそかぜは既に訓練海域で待機している護衛艦 “うらかぜ”と合流するため、出航した。若狭はFTGが荷物に見張りを付けていること、14名の大所帯であることに疑問を抱くが、仙石 は取り立てて気にしなかった。
2等海士・菊政克美は、如月が衣笠艦長の部屋から出てくる様子を目撃して不審を抱く。仙石に相談しようとした菊政だが、事故によって 死亡する。訓練海域へ向かう指令が下ったため、仙石は船務長・竹中勇3等海佐や砲雷長・杉浦丈司3等海佐らに「菊政の遺体を運ぶため に上陸すべきだ」と抗議する。宮津は仙石をなだめ、溝口と山崎がいる部屋に招きいれた。
山崎は仙石に、自分たちがFTGではなくDAIS(防衛庁情報局)の情報部員だと告げた。彼らは“いそかぜ”に乗り込んだ特殊工作員・ 如月を見張る任務を受けているのだという。山崎によると、如月は米軍から盗まれた特殊化学兵器グソー(GUSOH)を艦内に持ち込んだ。 如月の背後には、対日工作の指導教官だったヨンファがいる。ヨンファは潜水艦で接近しており、“いそかぜ”を乗っ取ろうと企んでいる らしい。
溝口は、菊政の死も事故ではなく殺されたのだと告げる。既に、防衛大学の学生がヨンファに殺されているのだという。その学生は、 ホームページに『亡国の盾』と題した論文を発表していた。それは、「日本は既に国家としてのありようを完全に失ってしまっている。 果たして守るに値する価値があるのか?イージス艦は守るべき対象を失った亡国の盾ではないのか」と問い掛ける内容だった。その論文に 目を付けたヨンファが、防大生に近付いたのだという。如月によって衣笠が殺されたことも、溝口らは語った。
如月が爆薬を仕掛けて立て篭もり、10分以内に船を停止しないと爆破すると脅してきた。仙石は増設されたハッチから潜入し、如月と対峙 する。如月は仙石に対し、自分がDAISの情報部員であり、溝口という偽名を使っているヨンファや彼と結託している宮津らの動向を 探るために乗り込んだのだという。如月はヨンファたちの計画を阻止するために爆薬を仕掛けたと主張するが、仙石は納得しない。仙石が 如月の制止を無視してハッチを開くと、待ち替えていた宮津らに取り囲まれた。
溝口らは如月を拘束し、仙石ら総員の離艦を命じた。仙石らは離艦するが、宮津や竹中、杉浦、水雷士・風間雄大3等海尉ら幹部19名は艦 に留まった。仙石は密かに艦へ戻った。“うらかぜ”艦長・阿久津徹男2等海佐は“いそかぜ”に停船を要求するが、宮津は応じない。 溝口としての仮面を捨てたヨンファは、ハープーンミサイルを使用して“うらかぜ”を撃沈させた。
日本政府は国家安全保障会議を開き、内閣総理大臣・梶本幸一郎や内閣情報官・瀬戸和馬、DAIS内事本部長・渥美大輔らが出席した。 宮津は政府との直通回線を引き、梶本に要求を伝えた。宮津の要求は、グソーに関する事実を全世界に公表すること、DAISによって 防大生が殺されたことを明らかにし、彼の論文を主要5大新聞に全文掲載することだった。それらが10時間以内に聞き入れられない場合、 特殊弾頭を東京に打ち込むと宮津は宣告した。
仙石は封鎖されたハッチを爆破して艦内に潜入し、隙を見て逃走した如月と合流する。仙石は第二電気室に篭城し、発行信号を送って外部 に連絡を取る。一方、政府はグソーに対する唯一の解毒剤であるテルミット・プラスを打ち込む計画を立てた。テルミット・プラスを 積んだ戦闘機を、羽田から民間機と同じ高度で飛ばすという計画だ・・・。監督は阪本順治、原作は福井晴敏、脚本は長谷川康夫&飯田健三郎、製作は坂上直行&久松猛朗&千野毅彦&住田良能、企画は小滝祥平&遠谷信幸、企画協力は小川博光&見城徹&松浦大介&松永他加志、 プロデューサーは古川一博&河野 聡&伊東森人&内藤和也&椎井友紀子、アソシエイトプロデューサーは森谷晁育&加藤悦弘&井川浩哉&鈴木尚&山本淳子、 エグゼクティブプロデューサーは伊達 寛&川城和実&長瀬文男&北川淳一&佐倉寛ニ郎、 撮影は笠松則通、編集はウィリアム・アンダーソン、録音監督は橋本文雄、録音は阿部茂、照明は石田健司、美術は原田満生、画コンテは庵野秀明、 アクションコーディネーターは諸鍛冶裕太、ガンコーディネーターは谷和雄、ガンエフェクトは大宮敏明、音楽はトレヴァー・ジョーンズ、 音楽プロデューサーは高橋良一。
出演は真田広之、寺尾聰、中井貴一、佐藤浩市、原田美枝子、原田芳雄、勝地涼、吉田栄作、谷原章介、豊原功補、光石研、 松岡俊介、池内万作、橋爪淳、真木蔵人、安藤政信、チェ・ミンソ、佐々木勝彦、天田俊明、鹿内孝、平泉成 、岸部一徳、 斉藤陽一郎、森岡龍、中沢青六、中村育二、佐川満男、矢島健一、春田純一、平野稔、大河内浩、笠原秀幸ら。
福井晴敏の同名ベストセラー小説を基にした作品。
仙石を真田広之、宮津を寺尾聰、ヨンファを中井貴一、渥美を佐藤浩市、宮津の妻・ 芳恵を原田美枝子、梶本を原田芳雄、如月を勝地涼、竹中を吉田栄作、風間を谷原章介、杉浦を豊原功補、若狭を光石研、衣笠を橋爪淳が 演じている。
海戦シーンの画コンテを庵野秀明が担当しており、編集と音楽にはハリウッドからスタッフを招いている。
大雑把に言うと、これは『ザ・ロック』に『沈黙の戦艦』と『レッド・オクトーバーを追え!』をミックスした作品である。
主要キャラの設定と配置は『ザ・ロック』で、軍艦で孤立した主人公が外部に連絡を取りながら悪党と戦う図式は『沈黙の戦艦』、ヨンファや渥美の 作戦は『レッド・オクトーバーを追え!』という具合だ。この映画を批評する上でのキーワードは、「足りない」だ。
とにかく、色々なものが足りないのである。
まず第一に、説明が足りない。
登場人物の相関関係、誰がどういう役職なのかが非常に分かりにくい。
各キャラの設定、バックグラウンドに関する説明も足りない。
それゆえ、なぜそんなセリフをはくのか、なぜそんな行動を取るのかと、理解できない箇所が幾つも出てくる。
例えば工作員ジョンヒと如月の水中キス、瀕死の如月が宮津に言う「お父さん」のセリフなどは、サッパリ意味が分からない。絵(カット)が足りない。
前述したキャラ設定やバックグラウンドを説明するための絵もそうなんだが、うらかぜが撃沈されるカットが 無かったりと、アクションシーンにおいても絵が足りない。
編集がウィリアム・アンダーソン(『理由』『トゥルーマン・ショー』『17歳の処方箋』など)なので、日本語が分からずに無残な編集になったんじゃないかと思ったりしたんだが(なぜ編集を外国人に 任せたんだろう)、アクションシーンでも同様なので、そもそも撮影段階で絵が不足しているんだろう。
その一方で、削ぎ落としが足りない。
特に「単なる駒に留まらない登場人物」を盛り込みすぎだ。
幹部連中なんて、いっそのこと宮津だけを残して後は離艦させてもいいぐらいだ。
あまりに多すぎるから、1人1人がペラペラの薄さになってしまっている。
もっとヒドいのがジョンヒで、何のために出てきたのかサッパリ分からないまま話から消えていく。敵の結束力が足りない。
なぜなら、それぞれに目的が違うからである。
そして、その目的も足りなかったりする。
宮津は、死んだ息子(防大生)の仇討ちという個人的な目的で動いている。
幹部連中は、そんな宮津になぜ従っているのか良く分からない。
で、ヨンファなんだが、こいつはたぶん祖国への忠誠心から行動している。
ただ、どこの国かハッキリしない。
で、ともかく宮津とヨンファの目的が全く違うのだから、最初から上手く行くはずが無い。
そんなわけだから、シージャックが成功した直後から、既にテロ集団の中で不協和音が漂っている。
そして当然の如く、ヨンファたちと宮津グループの間に亀裂が生じる。
そもそも、宮津がヨンファと結託した理由が分からん。
息子の仇討ちのためなら、外国人による日本転覆にも協力するということだろうか。
理解不能だが。登場人物の脳味噌が足りない。
渥美は、何の行動も計画も伴っていない防大生のホームページ上での戯言をなぜかマジで危険視するわ、 如月だけを送り込んで失敗した場合の対策を何も考えていないわと、政府情報機関の責任者とは思えない愚かぶり。
ヨンファは、前述した理由で宮津と彼の部下たちに計画を貫徹することが期待できないのは明白なのに、彼ら全員を残して計画を進めようとする。
で、自分が出たトコ勝負だったのに、宮津らが翻意すると「恥も誇りも無いのか」と言う。
アンタの計画が杜撰だっただけだぞ。対立軸が足りない。
というか、無い。
ヨンファと宮津の目的は前述した通りだが、彼らの行動を阻止しようとする仙石の目的は、「自分の艦を守る」ということなので、噛み合っていない。
単純に善悪の戦いであれば、そこの噛み合わせはどうでも良かったりするんだが、最初にイデオロギーありきで話を始めておいて、そこが噛み合わないのはマズいだろう。
言葉が足りない。
最初に「日本とは何か」「日本人として何を誇るのか」「国家としての在りようは現状でいいのか」「この国に守るべき 価値はあるのか」などとメッセージ性の強い問い掛けをしておきながら、それに対する答えを語ろうとしない。
そして最終的に、仙石が語る主張は「とにかく生きろ」だ。
『もののけ姫』の宮崎駿監督じゃあるまいし。
やたらヨンファが「日本人」と言うなど、かなり政治臭を強くした割には、だからメッセージ性は皆無に等しいものとなっている。別にポリティカル・サスペンスじゃなくても、政治的メッセージが無くても、アクション映画として面白ければ、それでいい。
ところが、アクション映画としての面白味や迫力が足りない。
何しろ自衛隊同士の撃ち合いは回避して進めていくし、仙石とヨンファの手下の銃撃戦も無い。
しかも話としても、本格的に仙石が敵と戦おうとする前に、敵サイドは仲間割れでガタガタになっている。
仙石と宮津グループの激しい戦いを描けないのであれば、ますます宮津の部下は要らないだろう。それに関連するが、登場人物の覚悟が足りない。
宮津グループは何の信念も無いので、簡単に計画から降りる。
宮津は自身の目的を果たすための強い決意が感じられず、ヨンファを止められないだけの無能に見える。
仙石は最後まで「これは戦争だ」という覚悟が無いので、敵に対しても「離艦して生きろ」と訴える。
ヨンファがグソー(だよな)を使おうとした時でさえ狙撃をためらい、相手が振り向いて撃とうとしてから、ようやく引き金を引くという始末だ。
甘いよ。アンパンに砂糖を塗ったくったように甘いよ。