『微熱少年』:1987、日本

高校生の島本健は仲間の浅井、能勢、加藤と海へ出掛けた。能勢と加藤は食料の買い出しに行き、健と浅井は浜辺でテントを張る。近くを通った女性3人組が視線を向けたので、健と浅井はジャンケンで負けた方が声を掛けようと考える。しかし女性3人は他の男性グループと合流し、浜辺を去った。戻って来た能勢と加藤は、女性をナンパして遊ぶ約束を交わしたことを話す。女性は東京から3人で来ており、健と浅井は能勢たちから一緒に来ないかと誘われる。しかし健は「どうせ人数だって合わないんだし」と、その誘いを断った。
夜、健たちはビーチハウスに出掛け、ザ・ハートビーツというバンドの演奏を聴く。健は無意識にリズムを刻んでいる内、転寝してしまう。彼が目を覚ますと仲間は去っており、他の客も帰った後だった。健はザ・ハートビーツの吉田から、ドラムを叩いてみるよう誘われた。健は浅井たちとバンドを組み、ドラムを担当していた。彼はビーチボーイズの曲を吉田たちと一緒に演奏し、自分のバンドでは経験の無い楽しさを感じた。
健は吉田をテントに招き、煙草を勧められた。未経験の健がためらっていると、吉田は「考える前に、まず触れてみろ。そっから何かが始まるのさ」と告げる。テントに恋人の優子が来たので、吉田は外に出た。しかし彼は優子に平手打ちを浴びせられ、健の元へ戻る。吉田は「退屈だったんだよ。仕方ないよな」と漏らし、健と付き合えと言ったことを話した。後日、健は海へ出掛けて優子と会い、吉田が他の女と仲良くしている現場を押さえたことを聞かされた。
能勢は健たちに、学園祭の喫茶店でバンド演奏させてもらう約束を取り付けたことを嬉しそうに明かす。「曲も決まってる」と能勢が言うと、健は「人が決めた曲なんて出来ない」と嫌がる。能勢は「カッコ付けんなよ」と腹を立て、不穏な空気が流れた。健は浅井から注意され、「自分に嘘つきたくないよ。音楽やる時だけは」と告げた。健は優子から電話を受け、部屋で肉体関係を持った。窓から東京タワーを眺めた後、健は「吉田さんってフィアンセなんだよね?」と尋ねる。優子が「そうよ、だって結婚するんだもん」と言うと、「どうして僕と寝たの?」と健は訊く。すると優子は、「何かするのに、いちいち理由があるとは限らないわ」と答えた。
加藤は健と浅井に、ミュージシャンを辞めてバイクのレーサーになるつもりだと話した。健と浅井はレコード会社の見学に行き、ラジオに曲をリクエストする仕事を手伝わされた。浅井は電話で話したエリーという女の子と会う約束を取り付け、健を連れて近くの喫茶店へ行く。エリーの姿を見た浅井は店に入ることを躊躇し、健を先に行かせた。健はエリーを見て、一目惚れした。健と浅井はエリーと散歩して話をした後、2人で彼女を狙うことを決めた。
健は能勢に呼び出され、吉田が開いたオーディションに参加する彼に付き合った。健は吉田たちの世話を焼く優子と目が合うが、一言も言葉は交わさなかった。後日、健は浅井と会い、能勢が合格したこと、バンドのメンバーは分かっていないことを話す。「退部させられるかもしれない」と健が言うと、浅井は「サボッてばかりするからだ」と指摘する。健は彼に、前みたいに熱中できないと漏らす。帰宅した彼は、両親の前で「僕が高校を中退してプロのバンドになるって言ったら、どうする?」と問い掛ける。すると父は視線も向けないまま、「つまらないこと言ってないで、勉強しなさい」と冷たく告げた。
健はエリーとデートの約束を交わし、待ち合わせ場所に赴いた。エリーはモデルにスカウトされたこと、その気が無いことを語り、貰った名刺を破って捨てた。デートを終えたエリーがバスで帰ると言うので、健は乗り換えの無い路面電車で送って行くと告げる。するとエリーは、路面電車には乗りたくないと述べた。後日、健は浅井から、「3回もエリーに電話して土曜日のデートに誘ったが、先約があるからと断られた」と言われる。健は先約が自分であること、1度だけエリーと会ったことを打ち明け、内緒にしていたことわ詫びた。浅井は無言でビールを飲み、そのまま酔い潰れて眠り込んだ。健も眠りに落ち、妹がエリーに変わる不思議な夢を見た。
土曜日、健はエリーとデートに出掛け、不思議な夢を見たことを話す。エリーは路面電車に乗りたくない理由について、母と離婚した父に関係していることを明かす。吉田が部屋でギターを弾いていると、つまらなそうにしていた優子が「どっちが大事なの?私と、そのギターと」と問い掛けた。吉田は「つまんない質問するなよ」と言い、彼女にキスをした。健と浅井はレーサー修業を始めた能勢を訪ね、バンドを3日間だけやらないかと持ち掛ける。山小屋のクリスマス・パーティーで演奏するバイトが入ったのだ。ベースはザ・ハートビーツの元メンバーに手伝ってもらうことが決まっていた。一度は断った能勢だが、練習に姿を見せた。
健はパーティーで演奏し、山小屋にはエリーもやって来た。健は演奏しながら、エリーが吉田に誘われて一緒にチークを踊る様子を見た。パーティーの後、エリーは吉田と散歩に出掛け、健は優子から吉田に別れを告げられたと聞かされる。優子は吉田から、「プロになるのに恋人がいるのはマズい」と言われていた。優子が泣き出したので、健は優しく抱き締めた。山小屋に戻って来たエリーが、その様子を見ていた。健はエリーを追い掛けて口論になるが、すぐに仲直りした。
健はエリーとデートに出掛け、ザ・ビートルズのコンサートのチケット入手が困難らしいと言われて「僕が何とかするよ」と告げた。浅井は車を購入するが、免許取得の筆記試験に落ちたので健が運転した。浅井は吉田や加藤たちのデビュー曲『夢見るナタリー』について、「ただの歌謡曲じないか」と扱き下ろした。健と浅井はエリーと合流し、吉田たちのデビューイベントを見に行く。カーラジオからバンドの曲が流れて来ると、エリーは「素敵な曲ね」と絶賛した。
イベントが終わると、健と浅井は加藤に声を掛けた。エリーが有名カメラマンや広告代理店プロデューサーからスカウトされている様子を、健は目撃した。浅井から「アマチュアバンドのコンテストに出てみないか」と誘われた健は、「プロになってもグループサウンズみたいなことをやらされるのはゴメンだ。いつか本物の音楽が認められる時代が来る」と断った。ドライブの最中、彼はエリーがカメラマンの車に乗っているのを目撃した。浅井は健に、エリーがモデルとしてデビューすると教えた。健はエリーとデートするが、会話は弾まなかった。優子が佇んでいるのに健が気付くと、エリーは話して来るよう促して離れた。健が声を掛けると、優子は吉田がコンサートツアーから戻ったら別れるつもりだと話した…。

原作・音楽・監督は松本隆、脚本は筒井ともみ、製作は堀威夫、プロデューサーは金森美弥子、アソシエイトプロデューサーは元持昌之、製作協力は黒井和男、撮影は藤井秀男、照明は蝶谷幸士、録音は瀬川徹夫、美術監督は漆畑銑治、美術は国府田俊男、編集は山地早智子。
出演は斉藤隆治、西山由美、関口誠人、広石武彦、広田恵子、森山良子、財津和夫、細野晴臣、吉田拓郎、宮城宗典、長畠善次、川上剛、平野哲也、樋口雅紀、小西竜太郎、恒川光昭、田中基、土井千恵子、宿利千春、好井ひとみ、土橋安騎夫、岸谷五朗、近藤あつし(KONTA)、杏子、ベリーズ、瀬尾一三、ハービー山口、亀渕昭信、Johnny、THE東南西北、米米CLUB、BAKUFU・SLAMP(爆風スランプ)ら。


作詞家の松本隆が執筆した同名小説を基にした作品。松本隆が自ら監督を務めている。
脚本は『ヘッドフォン・ララバイ』『それから』の筒井ともみ。
健を斉藤隆治、エリーを西山由美、優子を広田恵子が演じている。吉田役は元C-C-Bのの関口誠人、浅井役はUP-BEAT(当時)の広石武彦、加藤役はヒルビリー・バップスのの宮城宗典(1988年3月29日に23歳で自殺)、能勢役はSTEP(当時)の長畠善次。
ちなみに、これが映画デビュー作だった広田恵子は、後に作詞家・作曲家の杉本智孝と結婚。2人の娘の内、次女の鈴木瑛美子は歌手としてメジャーデビューしている。

ザ・ハートビーツのメンバーは、当時のヒルビリー・バップスの面々。
カメラマン役は吉田拓郎、レコード会社ディレクター役は財津和夫、路面電車の車掌役は細野晴臣、健の母役は森山良子。
父役の恒川光昭は、当時は株式会社日音の取締役制作部長で、後に代表取締役社長。
フォトアシスタント役は土橋安騎夫(当時はレベッカのキーボーディスト)、ファンクラブ会長役は岸谷五朗。

ダイネット店長役はBARBEE BOYSの近藤あつし(KONTA)、ファンクラブ副会長役はBARBEE BOYSの杏子。
パーラー前の女の子役はベリーズ(ホリ・エージェンシーのアイドルグループ。1986年解散)、広告代理店のプロデューサー役は音楽プロデューサーの瀬尾一三。
警官役で写真家のハービー山口、ディスクジョッキー役(声)は亀渕昭信(当時はニッポン放送取締役編成局長)。
カミナリ族リーダー役でTCR横浜銀蝿RSのJohnny、ビリヤードの男たち役でTHE東南西北、パーティーの客役で米米CLUB、フォークグループ役でBAKUFU・SLAMP(爆風スランプ)が出演している。

そのように音楽業界の人間を多く起用しているが、これだけの顔触れが出演しているのは、もちろん松本隆の人脈があってこそだ。
ただ、ある意味では豪華な顔触れだが、もちろん演技者としては素人ばかりだ。
ゲスト出演者で多くの有名ミュージシャンを起用しているだけでなく、主要キャストも大半が若手ミュージシャン。しかも、じゃあ脇は芸達者や役者で固めてサポートさせるのかというと、そこも業界の面々を使っている。
なので言い方は悪いが、贅沢な三文芝居ってことだ。

オープニング・クレジットが終わると、映像がカラーからモノクロに切り替わる。そして20分ぐらい経過し、東京タワーが写るとカラーに戻る。
この演出は、まるで効果的に機能していない。何の狙いがあって持ち込んだ変化なのか、サッパリ分からない。
過去と現在で分けているわけでもないし、現実と夢で分けているわけでもない。健の心理状態で分けているわけでもなければ、誰かの存在の有無で分けているわけでもない。
普通にカラーで通せばいいんじゃないかと思ってしまう。

健は仲間とバンドを組んでいる設定だが、演奏シーンも無いまま話を進めているので、しばらくは分からないままだ。
吉田からドラムを叩くよう誘われるシーンで、初めて彼がドラマーってことが分かる。
でも、最初の演奏シーンが自分のバンドじゃなくて他のバンドって、どう考えても構成としてマズいでしょ。
健は「自分に嘘つきたくないよ。音楽やる時だけは」と言うけど、そんな音楽への情熱も全く表現できていないから、その台詞が唐突で浮いちゃってるし。

しかも恐ろしいことに、健が仲間と組んでいるバンドが演奏するシーンは、最後まで1度も無いのである。学園祭で演奏する話をしているが、そのシーンも無い。
学園祭での演奏を巡って健と能勢が険悪な雰囲気になるが、そこから和解へのドラマも無い。そして彼らのバンドは、いつの間にか解散している。
どのタイミングで解散したのか、それは全く分からない。加藤がミュージシャンを辞めると言うシーンがあるが、そのタイミングなのか。
でも、健も浅井も全く驚かず、反対もしないのよね。

そもそも、「このバンドでプロを目指す」みたいな考えは全く無かったのか。加藤がオーディションを受ける時に健は同行しているけど、そういう気持ちは全く見えない。
両親に「もし中退してプロになったら」と話すシーンはあるけど、プロに対する熱い思いがあるようには全く見えなかったから唐突でしかない。
タイトルにもあるように、だから「微熱少年」ってことなのかもしれないよ。
でも吉田に誘われて演奏するシーン以外は、ほぼ音楽への熱がゼロに近い奴に見えちゃうのよね。

健が優子に惹かれる理由が、まるで分からない。
「吉田を通じて優子と仲良くなり、2人の様子を見ている内に惹かれるように」といった流れがあるわけではない。何度も会っているわけではなくて、最初に会った時も顔を見ただけで会話は全く交わしていない。
しかし次のシーンでは、もう明らかに惚れているのだ。
吉田から「優子に付き合うよう言った」と聞かされて、意識したんだろうとは思うよ。でも、そこから「次第に」という手順は全く無いのよね。

吉田は優子と深い関係になるが、エリーを見た途端に惚れる。だからって完全に優子からエリーに気持ちが切り替わったわけじゃなくて、優子のことは強く意識している。
2人とも好きになったってことなんだろう。本人に「僕にも良く分からないんだ」と言わせているしね。
でも、そういう「揺れる思い」を上手く表現できているとは到底思えない。
「苦い恋を経て、若者は1つ大人になった」みたいな感じで描きたいんだろうとは思うけど、お世辞にも上質なドラマとは言い難い。

クリスマス・パーティーで初めてバンド演奏のシーンがあるが、ベースは加藤じゃないので「仲間で組んだ高校生バンド」ではなくなっている。ちなみに、健たちのバンド名がザ・チェインズってのも、ここで初めて分かる。
で、不完全な形ではあるが、ようやく彼らの演奏を聴かせるのかと思ったら、その様子を背景にして大瀧詠一の曲が流れてくる。
もうさ、健たの演奏シーンをマトモに使う気が無いのなら、バンドの設定ってホントに無意味だよね。
もちろん原作の設定だし、自伝的な内容なので、そこを使わざるを得ないのは分かるのよ。
でも、主人公がバンドをやっている設定の扱いが雑すぎるのよ。そこを軸にして話を進めてもいいぐらいなのにさ。

粗筋では触れていないが、幻想的なシーンが何度も挿入される。
健が吉田から優子について聞かされた後、シーンが切り替わると彼が電車に乗っている。電車が停止してドアが開くと駅ではなく、浜辺が広がっている。
健が部屋で優子と会うシーンでは、優子がプールを泳ぎ、その頭上に月が浮かんでいる様子が挿入される。
夢のシーンでは、健が幼い妹と路面電車に乗っている。しかし吊革に止まっていたホタルを捕まえると妹が消えてエリーが現れ、「風街」行きの路面電車は夜空を飛ぶ。
こういう幻想的な描写は、まるで意味が無い。物語には何の影響も無いし、健の心情を反映しているとも感じない。

エリーは最初のデートの後、路面電車には乗りたくないと言う。そして次のデートの時、離婚手続きを終えた父と会った時に路面電車で去ったこと、それから二度と会っていないことを話す。
でも、「だから何なのか」と言いたくなる。
そんなエリーの家庭の事情が分かったところで、物語には何の影響も無い。健とエリーの恋愛劇にも、まるで影響を及ぼさない。
極端なことを言っちゃうと、エリーの個人的な情報なんてゼロでもいいぐらいなのよね。

風街にしろ路面電車にしろ、松本隆が生み出した歌詞のモチーフになっている要素を幾つも持ち込んでいるのは分かる。でも、それが物語の中で上手く機能していないのよね。
あっても無くてもいいし、むしろ無い方がスッキリするぐらいの要素になっている。単なる自己陶酔のための道具と化しているんだよね。
松本隆の熱烈なファンだったら、彼と主人公を重ね合わせて色々と感じ取ることも出来るだろう。
でも、そんな狭いファン層だけを狙って作っているはずもなく、まあ松本隆の黒歴史と言っていいんじゃないかな。

(観賞日:2021年12月24日)

 

*ポンコツ映画愛護協会