『ビブリア古書堂の事件手帖』:2018、日本

五浦大輔は祖母である絹子の葬儀に参列し、彼女の思い出を振り返る。食堂を営む絹子が作ってくれたカツ丼には、なぜか梅干しが乗っていた。いつも優しかった絹子だが、大輔は一度だけ怒らせたことがある。幼い頃、絹子の本棚に置いてある古い漱石全集の『それから』を彼は抜き取った。すると絹子が駆け付けて本を奪い取り、大輔に平手打ちを浴びせて「本棚には絶対触るんじゃないって言ったでしょ」と怒鳴った。その時の祖母があまりにも怖くて、大輔は文字ばかりの本が読めなくなった。
祖母の遺品を整理していた大輔は、気になって『それから』を手に取った。彼は母の理恵に本を見せ、「夏目漱石のサイン出て来た」と興奮した様子で知らせる。理恵は「夏目漱石」という文字の横に「田中嘉雄様」とあるのを見て「誰?」と言うが、大輔も知らない人物だった。彼がページをパラバラとめくると、本にはビブリア古書堂という書店の値札と若い頃の絹子の写真が挟んであった。そこで大輔はビブリア古書堂を訪れ、店主の篠川栞子に夏目漱石全集を見てもらう。それは廉価版だったが、栞子は嬉しそうな表情を浮かべて饒舌に解説した。
大輔は栞子に、『それから』のサインを見てほしいと頼む。栞子は『それから』を確認した後、全集の他の作品も開く。彼女は大輔という名前は祖母が付けたのか、『それから』を読んでいないのかと訊く。彼女は祖母が本を大切にしていたこと、大輔が幼少期に『それから』を触って殴られたことを言い当てた。「もしも秘密を知られ」と栞子は何かを言い掛けて、慌てて口をつぐんだ。大輔が「秘密って?」と訊くと、彼女は「おばあ様のプライバシーに触れることですので」と告げた。
帰宅した大輔は、理恵に自分の名前の由来を尋ねた。すると理恵は、絹子が好きな小説な出てくる人物から強引に付けたのだと教えた。大輔が『それから』を開くと、「代助」という主人公が登場していた。しかし大輔は動機や冷や汗が出てしまい、すぐに本を閉じた。翌日、彼がビブリア古書堂へ行くと、栞子は松葉杖を突いて現れた。大輔が「祖母の秘密を知る権利がある」と主張すると、栞子はサインは絹子が書いた物だと教える。さらに彼女は、本の好きな嘉雄から53年前に贈られた本だと断言する。挟んであった値札は、古書堂が開業した1964年だけ使用されていた物だからだ。
蔵書印が8巻の『それから』にだけ押されていないことから、栞子は「先に8巻だけ持っていて、全巻セットを購入して重複した8巻を処分した」と説明する。それを本棚に並べた理由について、彼女は「他の本と並べておいた方が、安全と思われたのかもしれません。そこまでして御家族に見られたくなかった」と述べた。栞子は大輔に、絹子と嘉雄の関係は「人に知られてはいけない恋」だったのではないかと告げた。
大輔は母に質問し、絹子が結婚したのは1960年だと知る。嘉雄から『それから』が贈られたのは1964年であり、つまり絹子が結婚した後だ。大輔は理恵に、『それから』の内容を尋ねた。理恵は小説を読んだことは無いものの、映画を見て「主人公の男が結婚している女性を取ってしまう」という筋書きは知っていた。驚いた大輔は、実の祖父が嘉雄かもしれないと考える。また古書堂を訪れた大輔は、栞子に「貴方に本を見て貰って良かったです」と礼を言う。
そこへ栞子の妹である文香が重そうなダンボール箱を運んで来るが、「もう限界」とため息をつく。大輔が代わりにカウンターまで運ぶと、文香は「ここで働きませんか」と誘う。大輔が「本読めないんで」と困惑すると、彼女は「体力あれば何とかなるから」と言う。大輔は1つだけ条件を付けて、古書堂でのアルバイトを始めた。栞子は本の並べ方を教え、楔を取ると本棚が崩れるので注意するよう告げた。大輔は仕事が暇になると、栞子に『それから』を朗読してもらった。それが大輔の出した条件だった。
1964年。金持ちの家に生まれ育った嘉雄は作家志望だが、1作も完成させたことが無い。家族は彼の現状を快く思っておらず、お見合いで結婚させるべきではないかと考えた。嘉雄がごうら食堂に立ち寄ると、大勢の客が東京五輪を中継するテレビに釘付けとなっていた。来客に気付いた絹子は彼に声を掛け、カツ丼を勧めた。嘉雄がトッピングのグリンピースを見て苦手そうな様子を見せると、すぐに絹子は箸で取り除いた。食事を終えて店を出ようとした彼は、鴨居に頭をぶつけて意識を失った。
嘉雄が目を覚ますと絹子に介抱されており、落とした手帳を渡される。嘉雄が中を見たのか訊くと、絹子は少しだけと答える。嘉雄が動揺しつつ「これは今書いてる小説の覚え書きなんです」と説明すると、絹子は「作家さんなんですか?」と驚く。嘉雄は「ええ」と否定せず、どんな本を読むのか尋ねる。あまり読書しないと絹子は言い、「今度、お薦めの本を教えてください」と告げた。嘉雄は絹子に恋心を抱き、帰宅して原稿用紙に何度も彼女の名前を書いた。
現在。栞子はバソコンのメールを確認し、差出人が大庭葉蔵だと知って顔を強張らせた。大輔は篠川姉妹と一緒に夕食を取り、店で最も高価な本について尋ねる。文香が思い出そうとすると、栞子は「言わなくていい」と鋭く制した。栞子は大輔を伴い、神奈川古書組合の鎌倉・横須賀支部が催した古書交換会に参加した。栞子が佐々木マキの『やっぱりおおかみ』という絵本に目を留めると、稲垣という男が話し掛けた。
近くにいた男たちが「大庭葉蔵という奴が太宰の稀観本をネットで買い漁っている」と話すのを聞き、大輔は栞子に「大庭葉蔵って何なんですか」と質問する。栞子が太宰治の『道化の華」という短編に出てくる主人公の名前だと教えると、「そいつ、キャラ気取ってるってことですか」と大輔は笑う。すると話を聞いていた稲垣が歩み寄り、栞子にiブックカフェの名刺を渡して「店は漫画専門のネット販売なんですけど」と言う。彼は栞子に、田川紀久雄の『人造人間』を盗まれたと話した。
ネット販売で盗まれたことに栞子が疑問を抱くと、稲垣は持ち込まれた本を査定している間に犯人が『人造人間』を盗んで姿を消したと説明した。彼は栞子に、犯人の手掛かりは持ち込まれた本と買受確認票に記された途中までの住所しか無いのだと語る。その確認票には、畑中一茂という名前と「神奈川県鎌倉市長谷」という住所が書いてあった。確認票と持ち込まれた漫画を見た栞子は、「これだけ分かれば家を見つけられると思います」と告げた。
持ち込まれた本は全て焼けていて煤の匂いがしたことから、栞子は大きな窓がたくさんあって暖炉のある家だと断定した。栞子が大輔&稲垣と共に煙突のある家を訪れると、犯人の畑中が住んでいた。彼は稲垣に謝罪し、田川紀久雄が大好きで魔が差してしまったと釈明する。栞子は畑中の視力が衰えていること、本が読めなくなる日まで時間が無かったことも見抜いていた。「犯罪ですが、盗んでしまいたくなる気持ちも分かります」と彼女が言うと、稲垣は「しばらく貸しておきます。愛されるのは本も嬉しいんです」と畑中に告げた。大輔は栞子と稲垣の感覚が全く理解できず、外食中に本の話題で盛り上がる2人も全く付いて行けなかった。
1964年。嘉雄は食堂へ通い、絹子にお薦めの本を貸すようになった。彼が絹子に渡すのは、全て太宰の小説だった。嘉雄は絹子と小説を音読し、彼女の手を握った。絹子は少し動揺するが、拒否せずに音読を続けた。しかし夫が帰宅したので、彼女は慌てて嘉雄から離れた。絹子が結婚していると知り、嘉雄は動揺した。現在。大輔は栞子を海の見える場所へ連れて行き、「俺が見つけた秘密の場所なんです。本もいいけど、たまにはこういうのも」と告げた。
大輔は栞子に『それから』を読んでもらい、本を好きになった理由を訊く。すると栞子は、母が家族を捨てて出て行った時に泣いてばかりいたこと、ビブリア古書堂を始めた祖父が本を読んでくれたことを話す。彼女は本が自分を助けてくれたのだと言い、だから祖父から引き継いだ店を何としても守らないといけないと思っているのだと述べた。「私に秘密があったら聞きたいですか?」と前置きし、2ヶ月前に石段から落ちて怪我をした出来事の真相を明かす。彼女は周囲に足を滑らせたと説明していたが、実際は突き落とされていた。
栞子は「全てはこの本から始まりました」と告げ、金庫に保管してある太宰の処女作品集『晩年』を見せる。それは昭和11年に砂子屋書房から刊行された初版本で、祖父から受け継いだ栞子の大切なコレクションだ。太宰のサインが入っており、売るとすれば300万円以上の値が付く稀観本だ。栞子は突き落とした犯人が大庭だろうと推測していたが、その正体は知らなかった。長谷の文学館で数ヶ月前に太宰の回顧展が開かれた時、栞子は『晩年』の展示を依頼されて貸し出した。回顧展が終わった後、大庭から『晩年』の売却を求めるメールが執拗に届き、次第に乱暴な内容へと変化していった。そして雨の夜、顔の見えない男が現れて「僕の『晩年』はどこ?」と言い、栞子を石段から突き落とした。男は「誰にも言うな。話せば店に火を付ける」と脅し、その場を後にした。
大庭を捕まえるための協力を要請された大輔は、太宰と『晩年』について詳しく教える条件で承諾した。帰宅した大輔は、若い頃の絹子の写真に『晩年』が写り込んでいるのを発見した。その写真を見せられた栞子は、祖父が太宰の親族から買い取ったこと、写真の本には帯が付いていないことから、自分が保管している『晩年』とは違うと告げる。栞子は大輔に、嘉雄が写真を撮ったのだろうと言う。1964年。嘉雄は食堂へ行き、「読んでほしい本があるんです」と絹子に太宰の『火花の冬』を渡して去った。本には「長谷の切通にて午後四時にお待ちしております」というメモが挟んであった。
絹子は嘉雄と密会して会話を交わし、太宰への憧れを口にする彼に「私は太宰の小説じゃなくて、嘉雄さんの書いた小説が読んでみたいです」と言う。嘉雄は西伊豆の旅館で長い小説に取り掛かり、絹子に「資料を持ってきてほしい」と手紙を送る。絹子は「友人のお見舞いに行く」と夫にメモを残して西伊豆へ行き、嘉雄と肉体関係を持った。嘉雄は彼女に『晩年』の言葉を語り、「小説が出版されたら、またここに来て、一緒に『晩年』を読んでくれませんか」と誘った。絹子が去った後、旅館に嘉雄の叔母が来て見合い写真を見せた。嘉雄は断るが、叔母は「もう決まったことですから」と告げて去った。
現在。栞子と大輔は大庭を店へおびき寄せるため、『晩年』を売りに出してウェブサイトで宣伝した。栞子は『晩年』を店で展示するが、文香が「大丈夫なの?」と心配すると「展示用の偽物。本物は金庫にある」と言う。栞子は大輔を伴って稲垣とラーメンを食べに出掛けた時、なぜ『晩年』を売りに出したのか問われたので笑って誤魔化した。稲垣が『晩年』を見たいと言うので店に戻ると、看板が燃えていた。稲垣が上着で火を消し、大輔は現場から逃げる男を追い掛けるが見失った。
店内は荒らされていたが、『晩年』は無事だった。店に戻った文香が驚くと、栞子は事情を明かした。「そんな危ない本売っちゃおうよ」と文香が言うと、彼女は「この本のこと、なんにも知らないからそうやって」と口にする。文香が「その本のこと、知ってる。私たちを危険な目に遭わせる最悪な本だ。間違ってる?」と語ると、栞子は黙り込んだ。大輔が「でも良かったじゃないですか、本が無事で」と言うと、稲垣は冷たく「どこが良かったんだ?栞子さんが危険な目に遭って、店がこんな。結局、本の価値が分からないから、そんなことが言えるんだ」と告げる。
大輔は栞子に、騒ぎが終わるまで絶対に守るので『晩年』を預からせてほしいと頼む。栞子が戸惑っていると大輔は「信じてください」と言い、半ば強引に『晩年』を引き取った。彼が帰宅すると、待ち受けていた男にスタンガンで襲われて『晩年』を奪われた。彼は栞子の元へ行って本を奪われたと打ち明け、「死んでも守るって言ったのに」と漏らす。しかし自分が預かった『晩年』は復刻版だったと知らされ、大輔は騙されていたことにショックを受けて店を辞める…。

監督は三島有紀子、原作は三上延「ビブリア古書堂の事件手帖」(メディアワークス文庫 / KADOKAWA刊)、脚本は渡部亮平&松井香奈、エグゼクティブ・プロデューサーは井上伸一郎、製作は堀内大示&宮崎伸夫&岩上敦宏&吉川英作&三宅容介、企画は加茂克也&水上繁雄、企画プロデュースは小川真司、プロデューサーは服部美穂&千綿英久、CO・プロデューサーは木藤幸江&久保田恵&岩上貴則、撮影は阿部一孝、照明は木村匡博、録音は浦田和治、美術は黒瀧きみえ、編集は加藤ひとみ、音楽は安川午朗。
主題歌 サザンオールスターズ「北鎌倉の思い出」作詞・作曲:桑田佳祐。
出演は黒木華、野村周平、成田凌、夏帆、東出昌大、渡辺美佐子、神野三鈴、高橋洋、酒向芳、桃果、鈴木一功、笠兼三、沖田裕樹、本多章一、杉澤駿、今野斗葵、小林颯、川口和空、岩本俐緒、金成祐里、並樹史朗、青山真治、長内美那子、山本郁子、阿部朋子、岩井七世、大滝寛、川島美津子、佐々木史帆、若林健二、松岡依都美ら。


三上延による同名の小説シリーズを基にした作品。
監督は『少女』『幼な子われらに生まれ』の三島有紀子。
脚本は『3月のライオン 前編』『3月のライオン 後編』の渡部亮平と『少女』『傷だらけの悪魔』の松井香奈による共同。
栞子を黒木華、大輔を野村周平、稲垣を成田凌、若い頃の絹子を夏帆、嘉雄を東出昌大、老齢の絹子を渡辺美佐子、理恵を神野三鈴、政光を高橋洋、畑中を酒向芳、文香を桃果が演じている。

冒頭、大輔は絹子との思い出を振り返る。その中で彼は、幼少期に本棚から『それから』を抜き取り、絹子に叱られたことを思い出す。
その回想シーンに、「なぜ彼は『それから』を読もうとしたのか」という部分で引っ掛かる。それが幼い男児の興味を引き付けるような本には到底思えないんだよね。
「それがトラウマで小説が読めなくなった」という要素が重要で、そこに繋げるためのシーンってことは良く分かる。でも「大輔は小説が読めなくなった」という初期設定を成立させるための理由付けに、無理を感じるのよ。
「そのせいで未だに就職できていない」というのも、「それが理由じゃねえだろ」とツッコミたくなるし。

祖母が死んだ後、『それから』を開いた大輔は「夏目漱石のサイン出て来た」と興奮する。
でも、彼がサインだと言っているのは、背表紙の裏に普通の字で「夏目漱石」と書かれている文字のことだ。それが夏目漱石のサインじゃないことは、よっぽどのバカでもない限り一瞬で分かるだろう。
例えば大輔が小学生ってことなら誤解するのも分からなくはないが、そうではないのだ。
そこを「小説が読めないから、夏目漱石のサインの真贋も分からない」ってことで納得するのは絶対に無理だぞ。

絹子の本に謎があって、「それを解明するため」ってことで大輔はビブリア古書堂へ向かい、栞子と出会うことになる。
つまり祖母の本は、大輔と栞子を対面させるためのきっかけになる道具だ。で、それで済ませりゃ良かったはずなのだ。
そこは簡単に解決して「序章」にした後、「この2人がコンビを組んで本を巡る謎を解き明かす」というトコを「本編」にすりゃ良かったのだ。
実際、「大輔が古書堂で働き始める」というトコで、一段落付いているんだし。

大輔がアルバイトを始めた後、そこから「客が来て何か事件が持ち込まれ、栞子が推理する」という展開に突入するのかと思った。
しかし、栞子が『それから』の朗読を始め、大輔が「夏目漱石の『それから』は、人妻への秘めた恋に悩む男の話だった」とモノローグを語ると、なぜか1964年に時代が切り替わる。そして、田中嘉雄が絹子と出会うエピソードが描かれるのだ。
だけど、それは構成として変でしょ。
栞子や大輔が情報を得て、そういう出来事を知ったわけではない。現在の嘉雄が回想しているわけでもない。もちろん大輔が『それから』の朗読を聞いて妄想を膨らませることも無理だろう。
なので、「それは誰の回想なのか」と言いたくなるのよ。

いや、そりゃあ誰かの回想じゃなくても、現在と過去を行ったり来たりする構成の映画ってのは存在するよ。
でも、この映画の場合、それで成立するケースではないでしょ。
しかも誰かの回想や推察じゃない上に、現代のパートと上手くリンクしているわけでもないのよ。そこをどれだけ膨らませたところで、現在のパートに及ぼす影響はものすごく薄いのよ。
犯人や犯行理由に関連する部分はあるけど、費やした時間に見合うだけの価値はあるのかと問われたら間髪入れずに「ノー」と断言できちゃうのよ。

1964年のパートが挿入された後、栞子が『人造人間』の盗難事件を解決するエピソードが描かれる。でも、それが終わると、また1964年のパートに戻る。
「栞子が小さな事件を解決する」というエピソードを串刺し式に構成するのなら、それはそれで悪くない考えだと思うのよ。大きな事件は起きなくても、「本を巡る日常」に少しだけミステリーの要素を加えたような内容でも、面白い映画になる可能性は充分に考えられる。
でも、それをやるなら1964年のパートは邪魔になる。
一方で、絹子と嘉雄の物語を軸に据えたいのなら、栞子が『人造人間』の盗難事件を解決するエピソードは邪魔になる。

栞子と大輔って、ザックリ言うと「ホームズとワトソン」みたいなコンビとして描かれるべきじゃないかと思うのよね。栞子が本の知識を活用し、明晰な推理で事件を解決するのを大輔がサポートするという形であるべきだと思うのよ。
序盤に「栞子が『それから』を見ただけで詳細を言い当てる」というシーンを用意しているのも、『人造人間』を盗んだ犯人の家や動機を簡単に突き止めるのも、彼女の「本に関する脅威的な推理力」という特性をアピールする狙いがあるはずだし。
しかし、この映画は絹子の過去を巡る部分を大きく膨らませ、彼女と嘉雄の恋愛劇をメインに据えている。
それによって何が起きているかというと、「栞子と大輔が狂言回しのような存在になってしまう」という事態だ。本来なら、この2人は探偵役であるべきなのに、その仕事を半ば奪われたような状態と化しているのだ。
実際、「大庭の正体や動機を突き止める」という謎解きにおいて、栞子は何の推理力も発揮できていないのだ。

大庭を捕まえるための協力を要請された大輔が「俺が栞子さんと『晩年』を守ってみせる」と心に誓うのだが、そうやって「ホームズに対するワトソン役の自覚を抱く」というタイミングが遅い。
なぜ全ての作業が遅いかというと、1964年のパートを膨らませちゃってるのが最大の原因だ。
あと、前半で「登場篇」をやるような構成にしてあるのも失敗だろう。
「パイロット・フィルムがあって、TVシリーズに繋げて」みたいな作品があるけどさ、そのパイロット・フィルムとTVシリーズの第1話を1本の映画に詰め込んだような感じなのよね、ザックリ言うならば。

映画が半分ほど過ぎた辺りで、「栞子が大庭を捕まえるための協力を大輔に要請する」というシーンがある。これにより、「『晩年』を手に入れようとする大庭の正体と動機を突き止める」というミステリーが発生する。
これは大きな事件と言ってもいい。
でも、そういうのを描きたいのなら、謎解きに取り掛かるタイミングが遅すぎるよ。
それと、そこで「絹子が事件に関係あるかも」ってことで1964年のパートと現在をリンクさせるんだけど、この作業も同じくタイミングが遅いよ。

後半、大輔は自分が預かった『晩年』が偽物だったと知り、栞子に信頼されていなかったことに腹を立てて店を辞める。
だけど栞子にしてみれば、金庫の中身も偽物にしておくのは賢明な考えであって。大輔は「本物じゃなくて良かった」と安堵して、それで終わらせればいいわけで。
大輔が腹を立てるのは、理解は出来るが共感はしない。っていうか浅はかで身勝手な奴だと感じる。
自分が「守る」と言ったのに簡単に奪われて、そこで生じた罪悪感を、栞子を責めることで解消しようとしているだけにしか思えないのよ。その程度で店を辞めるような奴は、二度と戻らなくていいと思っちゃうのよ。
だから、最後になって彼が何の禊も済ませずに平然と戻って来るのは、どういうつもりなのかと言いたくなる。

大庭の正体が誰なのかは、栞子が「捕まえるために協力して」と大輔に頼んだ時点でバレバレだ。
それまでに登場している誰かが大庭であることは、確実だと言っていい。そして「若い男であること」「本に詳しい人物であること」を考えれば、容疑者は1人しかいないのだ。なので、フーダニットの醍醐味は皆無だ。
それでも動機は残されているが、そこも明かされた時に「それが理由かよ」とバカバカしさを感じてしまう。
面倒だからネタバレを書くけど、「好きだった祖父の本だから手に入れたかった」というだけなのよ。
ものすごく手間と時間を掛けて卑劣な犯行を重ねているんだけど、その動機だと「コレジャナイ感」しか湧かないわ。

終盤、犯人が店に現れると、栞子と大輔は車で逃げる。犯人がバイクで追い掛けて来て、栞子と大輔は車を捨てて逃げようとするが埠頭で追い詰められる。
でも、そこの逃走劇には、何の緊迫感も無い。そんなにスピードは出ていないし、栞子と大輔がバカだから追い込まれているようにしか見えないからだ。
さらに問題なのは、事件の解決方法。栞子は犯人を諦めさせるため、本物の『晩年』を海に投げ込むのだ。
「本だけが全てじゃない」と彼女は言うけど、いやいやダメでしよ。
そりゃあ妹の台詞で伏線は張っていたけど、彼女に「稀観本よりも大切な物がある」というスタンスを取らせるのは、キャラの崩壊でしかないぞ。
そこは「それも偽物でした」みたいな形にでもした方が、よっぽど腑に落ちるわ。

(観賞日:2020年5月26日)

 

*ポンコツ映画愛護協会