『薔薇色のブー子』:2014、日本

大学に行けば華やかなキャンパス・ライフが待っていると思っていた幸子だが、現実は違っていた。彼女は幼い頃から、何かに文句ばかり言っている人生だった。そのせいで彼女は、“ブー子”というあだ名まで付けられた。すぐに大学へ行かなくなった幸子は、大好きな漫画の世界に没頭した。そして彼女は“スパロウ”というハンドルネームの男性から、「三条さとみ先生の新作について、いっそのこと直接会って話しませんか?」というダイレクト・メッセージを受け取った。幸子は「この人と会って私は変わるんだ」と心に決めて、彼と会う約束を交わした。
22時に下北沢でスパロウと会うことになった幸子は、そこまでのスケジュールを決めてノートに書いた。幸子の母は、滝沢という陽気なエリート商社マンと3年前に再婚している。幸子は未だに滝沢のことを「滝沢さん」と呼んでいる。朝のジョギングに出掛けた幸子は、大量の黒猫とカラスを見て不吉だと感じる。不気味なカップルまで登場するが、「気にするな」と自分に言い聞かせる。幸子は映画ロケのエキストラを助監督から頼まれ、少し迷いつつも承諾する。しかし、それは素人ドッキリ番組の撮影で、幸子は落とし穴に落ちた。
洗濯代と謝礼として封筒を貰った彼女は、3万円も入っていたので驚いた。しかし座ったベンチに瞬間接着剤が付いており、ジャージのズボンが離れなくなってしまう。幸子はズボンを脱ぎ、近くにあったダンボールで下半身を隠して家へ戻ろうとする。だが、ダンボールを使っていたホームレスから返してくれと言われ、仕方なく新聞紙を巻いて帰宅した。予定を大幅に超過して家を出発した幸子は、木村拓哉の物真似をする駅員に「待てよ」と改札口で止められる。後ろから来たマスオさんの真似をする男や石橋貴明の真似をする男に文句を言われ、幸子は坂本金八の物真似をする男の横を通って改札口を出た
。幸子は服を買いに横浜高島屋へ向かう途中、疲れた様子の老女を見掛けた。自分を変える意識から、彼女は「おんぶしましょうか」と告げた。幸子は遠慮する老女をおんぶし、高島屋の前で待つ娘の元まで送り届けた。母娘と別れた直後、幸子は男にぶつかられた。怒りを我慢して店に入った彼女は、ちょうど10億人目の来客ということで店長から表彰された。スペシャルゲストとして社長が登場し、幸子は戸惑いを隠せなかった。
米農家の山下が副賞として米一俵を持参するが、幸子は「持って帰れないのでと」と断ろうとする。しかし、「山下が愛する妻が最後に作った米です」と泣き出すので、幸子は同情して受け取った。他にも幾つかの副賞を貰った幸子は、それを台車に乗せて高島屋を出る。しかし駅のコインロッカーには入らず、宅配してもらおうと考えて近くのコンビニへ行く。すると滝沢が働いていたので、幸子は驚いた。滝沢は狼狽し、2年前に会社を解雇されていることを打ち明けた。
荷物を預けてコンビニを出た幸子は、服を買いに高島屋へ戻った。すると10億500人目の来客として表彰され、またスペシャルゲストとして社長が登場した。途中で店長室を抜け出した幸子は、近くにあったマスクを被って顔を隠した。そのせいでウオレンジャーショーのバイトに間違えられ、ステージに連れ出された。別のデパートへ行くと、今度は1億人目の来客として副賞を貰った。公園のトイレから出て来た幸子は、またドッキリ番組の落とし穴に落ちた。
ラーメン屋で昼食を取ろうとした幸子は、店主がインスタント麺を使おうとしているのを目撃した。しかし恐ろしい形相なので何も言えず、おとなしくラーメンを食べて金を払った。美容室に入った幸子は、変なヘアスタイルにされてしまった。急な腹痛に見舞われた彼女は、近くの家でトイレを貸してもらう。しかしトイレを詰まらせてしまい、すぐにクラシアンを呼ぶ。やって来たのが滝沢だったので、幸子は驚いた。滝沢はトイレを直した後、バイトを掛け持ちしないと商社時代の給料に追い付かないのだと説明した。
商店街で2人の少年が占い師に暴行する様子を見た幸子は、厳しい口調で注意した。「このババア、嘘ばかりつくんだ」と言う少年たちを幸子は説教するが、占い師が「今夜、巨大な隕石が地球を直撃する」と告げると宇宙工学に関する詳細な説明をして否定した。幸子は別の美容室で髪をやり直してもらおうとするが、遠くに移転していた。彼女がバスに乗り込むと、隣の男が拳銃を構えてバスジャックした。偽者の鉄砲から発射されたペンキで服が汚れると、幸子は激昂してボコボコにした。
ダイナマイトの爆発でボロボロになった幸子は、服を買い替える金が無いので困り果てる。通り掛かった中年男が「デートしてくれたらお金あげるよ」と言うので、幸子はOKした。すると男は無理心中を要求し、乗っていたボートの底に穴を開けた。湖から脱出した幸子は母に電話を掛けた後、ここから粘ろうと決意する。その直後、彼女は車にはねられた。はねた女は気絶している幸子に札束を投げ付け、「忘れて頂戴」と告げて走り去った。
幸子が札束を持って高島屋を訪れると、今度は10億5万人目の表彰を受けた。新しい服に着替えた幸子は、バスジャック犯が今度は少女を人質にして立て籠もっている現場に遭遇した。警官から「可愛い」とおだてられた幸子は、代わりの人質を買って出た。少女が解放された途端、警官も野次馬も興味を失って現場から去った。幸子に諭された犯人が去ろうとすると、待ち受けていた警官隊に逮捕された。それを見ていた雀田組の島崎は、「ウチの組長になって頂きたい」と幸子に土下座して頼む…。

脚本・監督は福田雄一、製作は平城隆司&大田圭二&山本晋也&木下直哉&浅井賢二&笹栗哲朗、企画は秋元康、チーフプロデューサーは林雄一郎、プロデューサーは八木征志&古澤佳寛&鈴木仁行、撮影は吉沢和晃&吉田淳志、美術は尾関龍生、照明は小西章永、録音は高島良太、編集は栗谷川純、音楽は瀬川英史。
主題歌『シェキナベイベー』内田裕也 feat.指原莉乃 作詞:秋元康、作曲:斉門、編曲:野中“まさ”雄一。
出演は指原莉乃、ユースケ・サンタマリア、田口トモロヲ、ムロツヨシ、鈴木福、志賀廣太郎、マギー、佐藤二朗、小嶋陽菜、三浦理恵子、片桐はいり、大河内浩、井上裕介(NON STYLE)、松岡璃奈子、中村ゆり、橋本じゅん、きたろう、山西惇、池田成志、岡田義徳、博多華丸(博多華丸・大吉)、坂田聡、中村倫也、飛永翼(ラバーガール)、大水洋介(ラバーガール)、平子祐希(アルコ&ピース)、酒井健太(アルコ&ピース)、春名風花、本間智恵、半海一晃、野添義弘、池谷のぶえ、篠塚登紀子、大熊英司、加藤真輝子、川久保拓司、上地春奈、ホリ、コージー富田、三又又三、HEY!たくちゃん他。
声の出演は浪川大輔、平野綾。


『コドモ警察』『HK/変態仮面』の福田雄一が、TVシリーズ『ミューズの鏡』と『劇場版 ミューズの鏡 マイプリティドール』に続いてHKT48の指原莉乃と組んだ作品。
幸子を指原莉乃、滝沢をユースケ・サンタマリア、島崎を田口トモロヲ、バスジャック犯をムロツヨシ、高島屋の社長を志賀廣太郎、高島屋の店長をマギー、幸子に無理心中を仕掛ける男を佐藤二朗、幸子を車でひく女を小嶋陽菜、幸子の母を三浦理恵子、占い師を片桐はいりが演じている。
他に、雀田組の組長役できたろう、ラーメン屋の店主役で山西惇、鷲尾組の組長役で池田成志、鷲尾組の若頭役で岡田義徳、捨てられた男の子役で鈴木福、その母親役で中村ゆり、借金取りの役で橋本じゅん、バスの乗客役で大河内浩&井上裕介(NON STYLE)、ホームレス役で坂田聡が出演している。

指原莉乃が第5回AKB48選抜総選挙で1位を獲得したお祝いとして、この映画は企画されたらしい。
熱狂的なアイドルオタクってのは自分の生活費を削ってでもアイドルに投資するし、金持ちはバカみたいに浪費するので、そういう観客層に期待したんだろう。
しかし公開してみると初週の興行収入は690万円以下という有り様で、わずか2週間で打ち切りとなった。
そもそもビッグ・バジェットの大作映画ではないものの、それにしても壮絶なコケっぷりである。

ただし、そもそも「指原莉乃の主演」ってトコに訴求力を期待したのが間違いだ。
アイドルオタクってのは、アイドルグッズには惜しみなく投資するが、出演している映画への興味ってのは、そんなに強いわけではないのよ。映画は一度見たら終わりで、手元に置いて収集できないしね。
AKB48グループのCDのように、握手券でも付いていればチケットの売れ行きは大きく異なっただろうから、本気でヒットさせたければ、それぐらいの作戦は必要だった。
ただし、それだとチケットが売れても、映画館に人が来ない可能性はあるけどね。目的は映画を見ることじゃなくて握手券だから。

しかし本作品は、それ以上に深刻な問題を抱えている。
「指原莉乃の主演」という要素の訴求力なんて低いのに、そこに頼らざるを得ないぐらい、他のセールスポイントが見当たらないってことなのだ。「福田雄一の脚本・監督」ってのは、何の訴求力にも繋がらない。この人の手掛けた映画は、ことごとくポンコツなのでね。
で、キャストとスタッフの名前に訴求力が期待できなくても、内容が面白ければ、映画会社だって自信を持って宣伝できただろう。
ところが、映画で最も肝心な中身がシオシオのパーなのだ。

まあ「福田雄一の脚本・監督」って時点で予想できる人もいるだろうけど、そりゃあ中身が冴えないのも当然っちゃあ当然だ。
福田雄一は「深夜枠で放送される30分のTVドラマ」ならユルい面白さを発揮することが出来るけど、そこから飛び出したら一気にボンクラ化するという、ある意味では非常に分かりやすい人なのだ。
この人は、最後まで観客を惹き付けるような長編のシナリオが書けないし、深夜だからこそ許される類のユルさや粗さを映画に持ち込んでしまうのだ。

『コドモ警察』『HK/変態仮面』でもそうなんだけど、福田雄一監督の映画を見ていて思うのは、「どっかで手抜き感覚が無いですか」ってことだ。
「この程度でいいだろう」という意識があるように感じられる。
軽妙なノリってのは単に軽薄なだけの意識から生み出されるモノじゃないし、ユルい笑いってのはユルい気持ちで演出すれば生まれるわけじゃないのだが、そういう感覚があるんじゃないかと邪推したくなるんだよな。
そんな風に感じてしまうのは、福田雄一監督の映画に必ず「作りが雑」という印象があるからだ。

もう少し丁寧に演出すれば、もう少し細かいトコまで気を付けてシナリオを作れば、もっと面白くなるかもしれないコンセプトがあっても、粗い状態で出しちゃうから低品質になってしまう。
素材の良さを生かすため、シンプルな味付けや調理法で出すってことなら、それは理解できる。
だけど、この映画って「じゃがいもの皮を一部分だけ剥いて、まだ全く芯まで火が通らない程度に茹でて、微妙に味がする程度にソースを掛けて、その辺にあった皿の上に置きました」という感じなのよね。
ようするに、ただテキトーなだけなのよ。

まず映画が始まった途端、その粗さが見える。
幸子が「大学に行けば華やかなキャンパス・ライフが待ってると思ってた。待ってるわけがないんだ。元々、遊ぶことが上手な人にしか、華やかなキャンパス・ライフは訪れない仕組みになっているんだから」というナレーションを語るんだから、その後に幼少期から高校時代までの彼女を短く見せるのであれば、それは「冴えない女」とか「派手なことが苦手な女」とか不器用な女」ってのを示す内容にすべきだろう。
しかし実際は、「文句ばかり言っていたのでブー子と呼ばれた」ってのを示す内容なのだ。
でも、それは「華やかさと無縁の人生」とイコールでは繋がらないでしょ。文句ばかり言っていても、明るく活発な女性であれば、華やかなキャンパス・ライフを過ごすことは出来るはずでしょ。

細かいことかもしれないけど、スパロウからダイレクト・メッセージが届くシーンにも間違いがあるんだよね。
映画が始まると恋愛漫画の絵が画面に登場し、平野綾と浪川大輔の声でヒロインと男が会話する。その漫画は『L・DK』で、幸子が読んでいる様子が写った後、スパロウからのメッセージが届く。
そこには「三条さとみ先生の新作について」と書いてあるんだけど、『L・DK』の絵で映画を開始させたのなら、そこは2人とも渡辺あゆ先生(『L・DK』の作者)のファンという設定にすべきだろ。
三条さとみという架空の漫画家を設定するのなら、最初に幸子が読んでいるのも彼女の漫画にすべきだろ。

この映画の上映時間は93分だが、「長編」としての大きなストーリーは用意されていない。短いスケッチを串刺し式に連ねる構成となっている。
そういう形で構築される映画ってのは珍しくないし、それで傑作が仕上がることもある。
だが、この作品の場合、その構成からして大きな欠点となっている。
まず1つ1つのスケッチに全く力が無いという問題があるので、どのように繋げようと、どういう順番で構成しようと、サルベージするのは不可能だ。

会う約束をした当日の朝が訪れると、そこからは「次々に登場する人物と幸子が絡む短いコント」の繰り返しになる。
しかし、粗筋で書いた部分だけでも何となく伝わるんじゃないかとは思うが、まあ面白くないんだわ。
それでも、まだドッキリ番組とかホームレスとの絡みは、「ちゃんとコントをやろう」という意識が感じられただけマシだった。
駅のシーンは相当の酷さで、何しろ登場する面々が単に得意の物真似をやってるだけなのだ。

それはもはや、「質の低いコント」とか「笑えないコント」という問題ではない。ただの悪ふざけに過ぎない。
お笑い番組がやりたきゃ、テレビでやれってのよ。
「幸子が次から次へと不幸に見舞われる」というのを描くシニカルなコメディーを狙っているのかと思ったりもしたんだけど、そもそも幸子がまるで不幸だと感じていないみたいだし、リアクションも薄い。
じゃあ淡々と描くオフ・ビートなコメディーなのかというと、そういうテイストでもない。
「もっとリアクションをデカくしてドタバタ色を強めた方が跳ねる可能性が高そうな内容なのに、それとは真逆の方向へ演出している」という感じなのだ。

そもそも、幸子は幾つかの不幸に見舞われるけど、全てのコントで彼女が不幸になる、嫌な目に遭うというわけではないのよね。
例えば老女と絡むエピソードでは、老女の娘から「一緒にレストランで食事しないか」と誘われて幸子が断り、しつこく「お茶でも」と誘われて強い口調で「結構です」と断るので向こうが諦めて去るという内容だ。
このエピソードでは、幸子は老女をおんぶして心地良さを感じているし、不幸な目には遭わない。
すっかり統一感が失われている。

それと、幸子のキャラクター設定が定まっていないという問題もある。
彼女は「私は変わる」という思いでスパロウと会うことを決めているが、「そもそも変わる前の幸子」のキャラからしてボンヤリしている。
で、それはスパロウの会うまでの出来事の中で「現在の幸子」として表現すれば解消できる問題なのだが、そのキャラが一定しないのだ。用意したコントに合わせて、コロコロと変化させているのだ。
例えば老女の娘にはキツい口調で「結構です」と断るが、美容室で変な髪型にされても受け入れる。高島屋の表彰は嫌がりつつも受け入れ、ヒーローショーでは誤解なのに張り切る。ラーメン屋でインスタント麺を出されてもビビって金を払うが、バスジャック犯の偽鉄砲で服が汚れると激昂してボコボコにする。
「私は変わる」って、そういうことじゃないだろ。

表彰式のスペシャルゲストとして社長が登場すると、幸子は戸惑う。米農家の山下が泣くと、幸子は同情して米を受け取る。
コンビニでは滝沢の解雇を知り、彼は沖縄弁で何を言っているか分からない先輩店員に困る。幸子が高島屋へ戻ると再び表彰され、天丼の笑いを取りに行く。
ウオレンジャーショーのシーンでは、張り切り過ぎて勝手に行動して注意される。
美容室では変なヘアスタイルにされるが、特にリアクションは無い。

トイレを借りた家では母親が「赤ん坊が寝ているので」と言うが、幸子がヘマをして泣き出すような展開は無い。占い師の嘘に対しては、宇宙工学について詳しく説明して否定する。
車にはねられるシーンでは、札束を貰ったことで幸子はラッキーだと捉えている。
立て籠もり事件の現場では、犯人が「代わりの人質に可愛い女」と要求し、警官は幸子を見て「いない」と答える。でも他に見当たらないので、仕方なく幸子をおだてる。
幸子が人質になると警官も野次馬も立ち去るが、彼女は特にショックも受けない。
幸子は犯人を諭すが、待ち受けていた警官隊に逮捕されるとヒヒヒと笑って喜ぶ。

幸子のキャラは一貫せず、エピソードの方向性は定まらず、フワフワしたまま時間が過ぎて行く。
それでも笑えるならともかく、ちっとも笑えないんだから救いようが無い。
褒めることの出来る部分が1つも見当たらない、まごうことなきポンコツ映画である。
「つまらない」とか、「粗い」とか、色んな言葉があるけど、そういうのを全てひっくるめて本作品を表現できる、ピッタリの言葉がある。その言葉で、本作品の批評を終えようと思う。
これは、酷い映画である。

(観賞日:2015年10月15日)

 

*ポンコツ映画愛護協会