『8年越しの花嫁 奇跡の実話』:2017、日本

病気を抱えて入院している中原麻衣の姿を、西澤尚志が撮影していた。2006年3月17日。自動車修理工場「太陽モータース」で働く尚志は先輩の室田に誘われ、飲み会に参加していた。しかし尚志は腹痛に苦しんでいたため、まるで楽しめなかった。彼は途中で退席し、トイレへ赴いた。トイレから戻っても腹の調子は悪く、顔は強張ったままだった。そんな様子を、麻衣がじっと見ていた。他の面々がカラオケへ行く中、尚志は断って帰ろうとした。すると麻衣が追って来て、飲み会での退屈そうな態度を注意した。尚志が困惑しながら謝罪しても、彼女は納得せずに批判を続けた。しかし尚志が腹痛を明かすと軽く笑い、近くで使い捨てカイロを購入して彼に渡した。
この日をきっかけに、尚志と麻衣は交際するようになった。麻衣は自身が働くレストランに尚志を呼んだり、家へ招待したりする。麻衣の両親である浩二と初美は、尚志を歓迎した。クリスマスに尚志は麻衣をアパートへ呼び、2人で過ごす。年が明けると、尚志は麻衣に指輪を贈ってプロポーズした。麻衣は嬉し涙を浮かべ、憧れていた結婚式場へ尚志を連れて行く。麻衣が挙式を見学して頬を緩ませていると、尚志はブライダルプランナーの島尾真美子に声を掛けて予約を入れた。
尚志がアパートでデートに行った時の写真を眺めていると、麻衣は「行っていない」と否定した。尚志は戸惑うが、麻衣は本当に覚えていなかった。彼女が苛立つような態度を示して頭痛を訴えたので、尚志は心配になって病院へ連れて行くことにした。すると麻衣は幻覚に襲われ、体を激しくかきむしった。尚志は半狂乱で抵抗する麻衣を必死で押さえ付け、何とか病院へ運び込んだ。麻衣は激しく暴れ、医師や看護師が何とか取り押さえて病室へ搬送した。
麻衣は入院し、昏睡状態に陥った。たまに眠ったまま暴れることもあり、その度に医師や看護師が押さえ付けた。尚志は太陽モータースの社長である柴田から麻衣のことを質問され、卵巣に腫瘍が出来たのが原因で、その抗体が誤って健康な脳を襲ったんです。300万人に1人の珍しい病気です」と説明した。尚志は島尾を訪ね、式場はキャンセルせずに残してほしい、間に合わなければ翌年の同じ日に予約したいと頼む。島尾は困惑し、「前例が無くて」と口にした。
尚志は麻衣の両親から、卵巣の摘出手術が行われることを聞いた。尚志が「大丈夫です。きっと上手くいきます」と言うと、初美は「家族じゃないから言えるのよ。適当なこと言わないで」と声を荒らげた。浩二が諌めると、初美は「言い過ぎた」と尚志に謝罪した。数日後、尚志は浩二と初美に呼ばれ、家へ赴いた。すると浩二は「もう君はいいと思うんだ。麻衣のことは忘れてもらっていいんだ」と語り、初美は「尚志くんを見ているのが辛いのよ」と打ち明けた。
尚志が「大丈夫なんで、もう少し麻衣さんの傍にいさせてください」と頼むと、浩二は「駄目だ。君は家族じゃない」と告げる。初美から「おかしくなっていくのは私たちだけでいいと思うのよ」と言われ、尚志は言葉を失った。沈んでいる尚志の様子を見た柴田は、納品の仕事に付き合うよう声を掛けた。尚志と柴田はフェリーで小豆島へ渡り、そうめん工場の社長に車を渡した。2人は社長の家族から島民の出る歌舞伎を見に来るよう誘われ、神社へ赴いた。
尚志は歌舞伎を見物していたが、夜になって会場を抜け出した。柴田が後を追って「大丈夫か?」と尋ねると、尚志は麻衣の父から「君は家族じゃない」と言われたことを明かす。彼は「麻衣が一番辛い時に、傍にいてあげたいんです」と話し、病院へ向かった。翌朝、初美が病室へ行くと、尚志が麻衣の傍らで眠り込んでいた。尚志が目を覚ますと、初美は「いいの?ずっとこのままかもしれないのよ。私たちの家族になるつもり?」と問い掛ける。尚志が「はい」と答えると、彼女は「ありがとう」と口にした。
2008年、麻衣が目を開き、尚志は慌てて医師の和田を呼びに行く。尚志と浩二&初美は喜ぶが、和田が呼び掛けても麻衣の反応は無かった。和田は尚志たちに、麻衣が元の状態に戻ったわけではなく幼児のような状態にあること、以前の記憶を全て取り戻せるとは限らないことを説明した。しばらくすると麻衣は笑顔を浮かべるようになり、尚志たちは喜んだ。2009年に入ると麻衣は車椅子で移動できるようになり、転院してリヒバリを開始した。
同室に入院している少女の美帆が「人間っていつか死んじゃうんだよね」と言うと、初美は「後ろ向きに考えちゃ駄目よ」と励ました。年末には一時帰宅が許可され、麻衣は家族とテレビで紅白歌合戦を見た。尚志も同席し、麻衣の食事の世話をした。いきものがかりの歌を麻衣が口ずさむのを見て、尚志は頬を緩ませた。2012年、初美は麻衣に新聞記事を見せ、美帆が全国高校弁論大会で最優秀賞を受賞したことを教えた。麻衣は尚志について、初美に「今日、あの人、来る?」と質問した。
尚志は麻衣の様子を見て、自分のことを覚えていないのではないかと感じた。質問された麻衣は、尚志の記憶だけが抜け落ちていることを認めた。結婚の約束も覚えていないと聞き、尚志は「ごめんね、気付いてあげられなくて」と言う。麻衣は申し訳なさそうな様子を見せ、「でも私、頑張ります。思い出せるように」と告げる。彼女は尚志から思い出の場所を教えてもらい、母に連れて行ってもらう。しかし何も思い出せず、尚志のアパートへ行きたいと考えるが外出許可の3時間が来てしまった。
次の日、麻衣は無断で病院を抜け出し、車椅子で尚志のアパートへ向かう。尚志は彼女が病院から消えたことを知り、急いで捜索に向かう。彼は初美に電話を掛け、アパートへ行ったのではないかと聞かされる。雨が降り出す中、麻衣はアパートの近くまで来た。しかし彼女は、やはり何も思い出すことが出来なかった。バランスを崩した彼女は、車椅子から転げ落ちてしまう。そこへ尚志が駆け付け、急いで彼女を抱き起こした。「全然思い出せないの」と泣き出す彼女の姿を見た尚志は、無理をさせないために別れようと決意した…。

監督は瀬々敬久、原作は中原尚志・麻衣『8年越しの花嫁 キミの目が覚めたなら』主婦の友社、脚本は岡田惠和、製作総指揮は大角正&平野隆、エグゼクティブプロデューサーは吉田繁暁&源生哲雄、プロデューサーは福島大輔&渡辺信也、共同プロデューサーは幾野明子、撮影は斉藤幸一、照明は豊見山明長、美術は三ツ松けいこ、録音は栗原和弘、編集は早野亮、衣裳は纐纈春樹、音楽は村松崇継。
主題歌『瞬き』back number 作詞・作曲:清水依与吏、編曲:back number&小林武史。
出演は佐藤健、土屋太鳳、薬師丸ひろ子、杉本哲太、北村一輝、浜野謙太、中村ゆり、堀部圭亮、古舘寛治、山田真歩、外波山文明、飯田芳、島ゆいか、冨田佳輔、松永拓野、石崎なつみ、長谷川かすみ、小西悠加、田村泰二郎、三谷侑未、日下部千太郎、廣瀬裕一郎、野沢寛子、長田涼子、渡辺吾郎、五辻真吾、藤原智之、得田舞美、立石由衣、うえのやまさおり、椿弓里奈、石橋菜津美、生越千晴、伊藤梨沙子、中村沙樹、嶺豪一、持田加奈子、島村晶子、松本来夢、井口恭子、後藤ユウミ、鶴井一矢、加藤千果、宮徹夫、あかりれい子、秋沢淳子(TBSアナウンサー)、伊藤隆太(TBSアナウンサー)、蓮見孝之(TBSアナウンサー)、岸七歩、近藤玲音、太田圭人、尾園水音、宮塚楓、淺岡和花、杉田紅桜、森本凛、名和拓海、松澤怜叶ら。


中原尚志&麻衣夫婦のノンフィクション著書『8年越しの花嫁 キミの目が覚めたなら』を基にした作品。
監督は『アントキノイノチ』『ストレイヤーズ・クロニクル』の瀬々敬久。
脚本は『県庁おもてなし課』『世界から猫が消えたなら』の岡田惠和。
尚志を佐藤健、麻衣を土屋太鳳、初美を薬師丸ひろ子、浩二を杉本哲太、柴田を北村一輝、室田を浜野謙太、島尾を中村ゆり、和田を堀部圭亮、そうめん工場の社長を古舘寛治、社長夫人を山田真歩が演じている。

先に弁明しておくと、中原尚志&麻衣夫婦の実話については知っているし、心を揺り動かされるモノを感じた。っていうか泣いた。
だから、これから本作品についてポンコツ扱いする批評を書いていくが、決して夫婦を馬鹿にしたり貶めたりする意図が無いことは最初に書いておく。
ただ、感動的な実話を劇映画にしたからといって、必ずしも感動的な作品に仕上がるとは言えないのだ。
実話の持つ力強さに全てを委ねてしまうと、それに負けてしまう。「実話を扱ったドキュメンタリー番組を見た方が遥かに感動的だった」ってことになる。

皮肉なことに、実話ベースであることが大きな違和感に繋がっている箇所がある。
それは、尚志の身内が誰一人として登場しない描写だ。
尚志が麻衣の実家を訪ねて彼女の両親と会うシーンはあるのに、尚志が自分の両親に麻衣を紹介するシーンは無い。結婚を決めた後も、麻衣が病気になった後も、尚志の身内は姿を見せないのだ。
それは誰がどう考えたって、不自然極まりないだろう。
「両親は既に死去しており、兄弟もいない」といった説明があるわけでもないのだから。本物の中原尚志の事情は知らないが、たぶん何か触れられない理由はあるんだろう。
でも劇映画としては、そこに触れないのに身内が出て来ないのは、シンプルに不自然なだけだ。そして、実話ベースだからこそ、そこに闇を感じてしまう。

冒頭に1シーンだけ病床の麻衣が写し出され、そこから回想に入る。
この時点で、「その構成は本当に正解かな」と感じてしまう。
闘病シーンから始めるなら、もう少し続けてもいいんじゃないか。その程度で終わるのなら、時系列順に進めてもいいんじゃないかと感じる。
最初に病気のシーンを入れることで、「これから麻衣が病気になりますよ」ってのを事前に知らせておく効果はあるかもしれない。
ただ、そもそもタイトルでネタバレしていることなので、まるで意味が無いよね。

続く飲み会のエピソードでも、また引っ掛かる。飲み会のシーンに切り替わった後、すぐに「尚志が工場で室田から飲み会に誘われた時の様子」が回想として挿入されるのだ。
どうやら「工場にいる時点で腹の調子が悪かった」ってのを見せておきたかったらしい。
でも、それが無くても、飲み会で尚志がトイレへ行き、腹を押さえて辛そうにしている様子を描くだけでも「彼は楽しんでいないんじゃなくて腹痛で苦しいだけ」ってのは余裕で伝わる。なので、工場の回想を入れる意味は全く無いよ。
むしろ、それを入れたことで、「その時点で腹が痛かったのなら、飲み会は断れよ」と言いたくなる。

尚志と麻衣がデートに行くシーンでは、分割画面が使われている。だが、それによる効果は何も感じない。
「少しは何か凝った細工も持ち込まないと、平板になってしまう」という考えだったのかもしれない。ただ、仮にそうだとしても、焼け石に水。
それ以外の部分で平板さが強く出てしまっているので、何の意味も無いタイミングで分割画面を使ったところで大した意味は無い。
少し後にも分割画面で演出する箇所があるけど、そこでも効果は感じない。

病気を扱ってお涙頂戴を狙う映画では、具体的な病名を示して「そんな病気です」という説明を入れるのは必要不可欠と言っていい。それが作品のリアリティーに繋がるからだ。
この作品の場合、創作ではなく実話ベースなので、麻衣の病気は抗NMDA受容体抗体脳炎であることが確定している。
ところが、なぜか劇中では、その病名に全く触れないのだ。尚志が柴田に「こんな病気」と説明するシーンはあるのに、病名は言わない。
病名を伏せたまま話を進める理由が、サッパリ分からない。

冒頭の1シーンで時系列を入れ替える以外は、愚直に真正面から時系列順で「尚志&麻衣に起きた出来事」を描いていく。とても生真面目に、2人の物語を取り扱おうとしている。
映画会社やプロデューサーはともかく、少なくとも瀬々敬久監督に、醜い商売根性が無かったことは間違いない。
誠実な気持ちで、2人に起きた出来事を丁寧に描こうとしたのだろう。
しかし真摯な気持ちであることと、面白い映画を作ることは、全くの別問題なのだ。

残念なことに、生真面目さや愚直さが、本作品を退屈な仕上がりにする大きな要因となっている。
それが最も分かりやすく出ているのは、時間配分ではないだろうか。
この映画は、麻衣が病気で記憶を失うまでに前半を使い切ってしまう。「病気で苦しみ、昏睡状態に陥って」という状態に、たっぷりと時間を使っている。
観客の同情心を誘う目的から考えれば、「麻衣が昏睡状態に陥り、尚志が心配しながら回復を待つ」というトコを丁寧に描くのも分からんではない。
ただ、この物語のメインイベントって、そこじゃなくて「麻衣が尚志のことを忘れてしまう」という部分にあるんだよね。
なので、そこに費やす時間の割合を、もっと増やした方が絶対にいいのよ。

尚志が小豆島へ渡り、そうめん工場に車を届けてから市民歌舞伎を見物するという展開がある。
このシーン、何の意味があるのかサッパリ分からない。
柴田が気分転換のため、尚志を小豆島へ連れ出したことは分かる。だけど、その必要性は皆無だ。
尚志は「家族じゃない」と言われてショックを受けているけど、「麻衣の傍にいたい」という気持ちは全く揺らいでいないんだから。歌舞伎を見て、彼の気持ちが変化するわけじゃないんだから。

そこはスポンサーの関係か何かで、どうしても小豆島や歌舞伎のシーンを入れなきゃいけなかったのか。
仮にそうだとしても(たぶん違うだろうけど)、尚志が麻衣とデートするシーンで消化すりゃ済むことだし。どう考えても、そこは無駄な道草でしかない。
「実際の尚志が体験した出来事だから」ってことなんだろうけど、なんでもかんでも描く必要はないわけで。カットした方がいい箇所だってあるわけで。
っていうか、実話がベースであっても、改変した方がいいことだってあるわけだし。

小豆島のシーンをカットすれば、もう少し早目に「麻衣が尚志のことを覚えていないことが判明する」という展開に入ることも出来るぞ。
っていうか、そこの有無を抜きにしても、「麻衣が尚志のことを覚えていないと判明」という手順に入るタイミングが遅すぎるよ。
「麻衣が目を覚まし、転院してリハビリを開始して」という時間帯が続いて、1時間以上が経過して「今日、あの人、来る?」という麻衣の台詞で、ようやく尚志を覚えていないことが分かるんだよね。

麻衣が自分を覚えていないことを尚志が知って、ここから「麻衣は必死で尚志を思い出そうとする」という行動に出る。そして尚志は彼女の辛さを感じ、別れを決意する。
「互いに苦悩や葛藤を抱えて一度は別れを決意するが、また最初から始めようとする」というドラマこそが、この映画の肝になる部分のはず。
麻衣の昏睡状態が続いて尚志が傍にいるとか、苦しいリハビリが続くとか、そんなトコの凡庸な描写に多くの時間を割いても、そこから感動の泉は湧かないよ。
そんな場所に財宝は眠ってないよ。

麻衣が転院した後、同室の美帆が「人間っていつか死んじゃうんだよね」と言い、初美は「後ろ向きに考えちゃ駄目よ」と励ますシーンがある。
でも、このシーンの意味が全く分からない。
彼女の存在が、尚志や麻衣に影響を与えることなんて全く無いからね。後で「退院した美帆が高校生の弁論大会で最優秀賞を受賞したことが新聞記事になる」というシーンがあるけど、これも含めて全く物語に影響を与えない。
わざわざ美帆をフィーチャーする箇所を設けるなら、ちゃんと意味のある使い方をするべきでしょ。

終盤、麻衣は島尾から尚志の話を聞き、彼と結婚しようと決める。
そこは本来なら、「以前のことは思い出せないけど、改めて尚志を好きになった」という風に見えなきゃいけないはずだ。
だけど実際のところ、「尚志が自分のために頑張ってくれていたことを聞き、その思いに応えなきゃいけないと思った」という風にしか受け取れない。
つまり、責任感や義務感、あるいは同情心のようなモノでしかないんじゃないかと。
そこから「2度目の恋をしたカップル」としての姿が浮き上がって来ることは無いのだ。

(観賞日:2019年12月3日)

 

*ポンコツ映画愛護協会