『虹の女神 Rainbow Song』:2006、日本

<第一章 水平の虹>
映像製作会社SKY WALKERでADをしている岸田智也は、歌手エンブリオのPV撮影に参加している。仕事の出来ない智也は、ディレクター の田辺に叱られてばかりだ。歌手の到着が遅れたこともあり、撮影は翌日も続けられることになった。資料の整理をしていた智也は、 珍しい水平の虹が出たというニュースをテレビで見た。その直後、アメリカのデスバレーで飛行機の墜落事故が発生したニュースが報道 された。友人からの電話を受けた智也は、その事故で佐藤あおいが死んだことを知った。
あおいは青葉学院大学時代の智也の同級生であり、かつてSKY WALKERで働いていたこともあった。翌日、智也は上司の樋口慎祐と共に、 彼女の実家へ向かった。智也はあおいの両親や学生時代の友人、そして目の見えないあおいの妹・かなと久しぶりに会った。智也は、 あおいの家族を空港まで車で送ることになった。空港で、かなは智也にしがみ付き、「一緒に行こう。お姉ちゃんに会ってあげて」と 言われ、「どうして俺なの?」と戸惑った。
<第二章 ストーカー時代>
大学生のあおいは、バイトしているコグレレコードで妙な動きを見せる智也に声を掛けた。智也はバイトを募集しているかどうかを質問 するが、目的は別にあった。あおいはバイト仲間の久保サユミから、智也が彼女のストーカーだと聞かされた。帰宅途中、あおいは智也 から「相談したいことがある」と声を掛けられ、慌てて逃げ出した。
翌日、あおいが大学のキャンパスで自主映画の撮影に参加していると、智也が姿を見せた。彼は撮影などお構い無しで、あおいに声を 掛けてきた。智也は「自分のバイト先に移らないか。時給も今より高い」と誘うが、あおいは彼がコグレレコードで働くための作戦だと 見抜いた。あおいが逃げても智也は付きまとい、1万円の報酬でサユミにデートの誘いを伝えるよう頼んだ。
あおいは仕方なく、サユミに智也と一度だけデートするよう頼んだ。あおいは智也に、サユミが承諾したと伝えた。だが、智也が喫茶店で 待っていると、あおいが現れた。彼女はサユミを説得できなかったと明かし、受け取っていた1万円を返した。智也はあおいと共に土手を 歩きながら、「最初に声を掛けたのはサユミだ。1年ぐらい付きまとったので情が沸いて交際したが、あっさりフラれた」と説明した。 2人は、空に浮かぶ水平の虹を目撃した。
<第三章 コダック娘>
あおいは智也に自分が書いた自主映画の脚本を見せ、「主演男優をやってもらう」と一方的に通告した。その映画は、世界滅亡が間近に 迫る中で愛を確認する男女の物語だった。あおいが監督を務め、映画研究部の服部次郎、尾形学人、延島あきふみがスタッフとして参加 する。智也はヒロイン役の麻倉今日子と共に芝居をするが、初めてのことなので上手く行かない。しかし、あおいから厳しく鍛えられ、 次第に上達していった。
智也はコダックの8ミリで撮影するあおいに、「なんでビデオで撮らないの?」と尋ねた。すると、あおいはコダックが好きなのだと返答 した。智也は今日子に好意を抱き、あおいに「自分をどう思っているか聞いてくれないか」と頼む。あおいが「ラブレターでも書いて みたら?」と提案すると、智也は代筆を依頼した。あおいは拒むが、智也が知らない内にラブレターを書いた。ただし、それを今日子に 渡すことは無かった。
撮影が進む中、今日子がキスシーンに拒否反応を示した。あおいは芝居の続行を要求するが、今日子は泣き出した上に嘔吐した。あおいは スタッフの進言もあり、自分がヒロイン役を務めて撮り直すことにした。全ての撮影が終わった後、智也は今日子から「付き合おうか」と 誘われた。今日子は「あおいは岸田君のことが好きだよ」と言うが、智也は「ありえない」と笑った。今日子がキスをしてきたが、それを 見ていた服部が智也に殴り掛かって来た。
<第四章 妹>
あおいが妹と一緒に愛宕神社の祭りに行くというので、智也は一緒に行こうと誘った。すると、あおいは「妹は目が見えない。遠慮して」 と深刻な表情で言った。しかし彼女は思い直し、「妹と口を利かない」という条件で同行を承知した。だが、妹・かなは、智也が一緒に いることに気付いていた。あおいが買い物に行った間に、かなは智也に話し掛けた。
ある日、智也とあおいは部室を整理した後、就職の話になった。普通に就職することを考えているあおいに、智也は「映画やりなよ。夢 だったじゃないか」と勧めた。自分の夢を聞かれた智也だが、具体的な目標は何も無かった。智也はカーテンを閉めて部室を暗くした後、 あおいが撮った自主映画『The End Of The World』のテープを手に取って「見ようよ」と誘った。
<第五章 失恋>
映像製作会社SKY WALKERに就職したあおいは、最初の演出作品を樋口に見せて感想を貰った。樋口は酒の勢いで、「アメリカに行け。会社 を辞めて世界を知って来い」と勧めた。翌日、あおいは樋口に、辞職してロサンゼルスへ行くと告げた。酒の席の出来事を忘れていた樋口 は驚くが、彼女の決断にエールを送った。彼女は久しぶりに智也に電話を掛け、彼と会った。バイト生活の智也に、あおいは自分が辞める ことは隠したまま、「会社で人員に穴が開くので働かないか」と誘った。
SKY WALKERで働き始めた智也は、あおいと共にスピードデートを催すカフェの体験取材に赴いた。森川千鶴など何名もの女性と1分ずつ 話した智也だが、ただ戸惑っただけで終了した。店を後にした智也は、あおいに恋人の有無を尋ねた。そして彼は「寂しいモン同士、 付き合うか」と軽い調子であおいに話し掛け、その流れで「結婚するか」と冗談で口にした。すると、あおいは「冗談でプロポーズなんか するな」と激怒し、涙を流しながら智也に殴り掛かった…。

監督は熊澤尚人、原案は桜井亜美、脚本は桜井亜美&齊藤美如&網野酸、プロデューサーは橋田寿宏、プロデュースは岩井俊二、撮影は 角田真一&藤井昌之、録音は高橋誠、照明は佐々木英二、美術は川村泰代、CGは小林淳夫、VEはさとうまなぶ、音楽は山下宏明、 主題歌『The Rainbow Song 〜虹の女神〜』は種ともこ。
出演は市原隼人、上野樹里、佐々木蔵之介、小日向文世、蒼井優、酒井若菜、相田翔子、鈴木亜美、田島令子、尾上寛之、田中圭、 田山涼成、鷲尾真知子、ピエール瀧、マギー、半海一晃、山中聡、眞島秀和、三浦アキフミ、青木崇高、川口覚、郭智博、武発史郎、 佐藤佐吉、坂田聡、坂上みき、東洋、内藤聡子、大橋未歩(テレビ東京)、猫田直、猪俣ユキ、久保麻衣子、藤井リナ、吉田舞、 小柳ふよう、増永守志、戸村美智子、鈴木美穂、奥田裕通、小関健太郎、和気伸嘉、小林明彦、大西隆史ら。


岩井俊二が主宰し、映画界の人材育成を担おうとするプロジェクト「playworks」が手掛けた第一回作品。
まず岩井俊二の強い希望で参加した作家・桜井亜美によるラジオドラマのシナリオが作られ、それを基に映画版の脚本が執筆された。
全7章形式で、上記した6つのエピソードの後、<第六章 恋人><終章 虹の女神>と続く。
智也を市原隼人、あおいを上野樹里、樋口を佐々木蔵之介、あおいの両親を小日向文世と田島令子、かなを蒼井優、今日子を酒井若菜、 千鶴を相田翔子、サユミを鈴木亜美、服部を尾上寛之、尾形を田中圭、千鶴の両親を田山涼成と鷲尾真知子が演じている。他に、PVの カメラマン役でピエール瀧、PV撮影をする歌手のマネージャー役でマギー、スピードカフェの司会者役で半海一晃、田辺役で山中聡、 智也の先輩AD役で眞島秀和が出演している。

監督は熊澤尚人だが、「チャネリング岩井俊二」と言ってもいいぐらい岩井俊二の色が作品に濃く出ている。ジェリー・ブラッカイマー が製作した映画のように、「プロデューサーの映画」という印象が強い仕上がりだ。
ただし、ブラッカイマーは「いかに搾取できる映画を作るか」ということだけを考えているが、岩井俊二は逆に商業的な価値を全く 考えていない(としか思えない)。
実際、この映画も興行的には芳しくなかった。
まあテレビ東京の制作という時点で、TBSやフジテレビの映画と比べてハンデはあるけれど。

時代設定が、ちょっと良く分からない部分がある。
表示が無いので、たぶん現在のシーンは公開年と同じ2006年と解釈すべきなのだろう。
千鶴と出会った時点で智也が24歳だと明かされているので、そこから逆算すると大学時代も2000年代ということになる。
大学時代のシーンで、あおいが「私のこと、出会い系サイトぐらいに思ってませんか」と言うので、それで間違いないと思う。
ただ、大学時代のシーンに、どうも最近だという印象が沸かないんだよなあ。
あおいが智也から逃げるために簡単にタクシーを使うので「バブル時代の話なのかな?」と思ったりもするが、一方で「映画なんかやって いると、お金が湯水のように減っていく」と言って1万円でデートの伝達を引き受けているし、良く分からないな。
単純に、あおいの金銭感覚がおかしいってだけなのか。

あおいが8ミリにこだわっている設定からして、製作サイドの強い思い入れだけで無理を構わず通している感じは強い。
さらに、彼女は今の御時世に「ラブレターを書いたら」と勧めるレトロ感覚な女なのだが、なぜか智也も「風情があるかも」と簡単に納得 してしまう。
「ラストで手紙を読んだ智也が、初めて彼女の気持ちを知る」というところへ持って行くために、かなり強引な手順を踏む。
それなら時代設定を昔にすりゃあいいんじゃねえかと思ったりもするんだが、岩井俊二の時代感覚は独特なのだろう。

盲目の少女・かなを神聖で特別な存在としているのは、いかにも岩井俊二らしい。
むしろ一刻も早く回想シーンに突入してもいいぐらいのところで、かなにスポットを当てている。
そのこともあり、かなが登場した途端、パッと空気が変わる。
本来ならば、「智也とあおいの過去にどんな出来事があったのか」という部分に観客の関心を集めるべきなのに、かなに注目が行って しまう。
だが、いびつな形になろうとも、岩井俊二はへっちゃらだ。導入に支障が出たとしても、かなを見せたいのだ。やりたいことだけをやる、 撮りたいものだけを撮るというのが、岩井俊二なのだ。
空港から智也が戻るシーンで「Jupiter」を大音量で流す場違いな盛り上げも、どうってことはない。
「虹の女神」と題し、劇中にも何度か虹が出てくるものの、虹が2人の恋愛劇のキーポイントとしては全く機能しないという問題も、 知ったことではない。
バランスを壊そうとも、そんなのは平気なのだ。

智也という人物は、かなり共感の難しいキャラ造形になっている。サユミに対しては、近付いて声を掛けることも出来ず、自分でデートに 誘えないので引っ込み思案で照れ屋なのかと思ったら、あおいに対しては傍若無人とも思える振る舞いで積極的に話し掛けている。
「惚れた相手には特別」だという解釈で何とか理解しようとしたが、やはり人物像の掴み切れないキャラクターだ。
あと、「ストーカーされた相手と交際してフラれ、今度はストーカーになった」という、ややこしい設定にした意味が全く見えないんだが。
智也は第三章であおいとキスシーンを演じ、クランクアップでは抱き合った後に戸惑うような素振りもある。それでも彼は、あおいに 対して何の感情も抱かず、普通に友達としての付き合いを続ける。今日子に好意があったとしても、その辺りであおいに少なからず心が 揺らぐものなんじゃにないかと思ったりするが、全く無い。
「お芝居だから、たかがキスシーンぐらいで意識したりしない」ってか。
ストーカーされて相手に情が沸くような男なのに、そこは全く心が揺らがないのね。

その後も、例えば第五章であおいから「冗談でプロポーズなんかするな」と泣かれても、智也は彼女の気持ちに全く気付かない。
どうも「現在に至るまで、智也はあおいの気持ちに全く気付いていなかった」という終着点が先にあって、そこへ行き着くために回想 シーンで相当に無理が生じているという印象を受ける。
この映画に描かれているような出来事や、あおいの態度に触れて、それでも全く彼女の気持ちに気付かないってのは、コメディーで なければ成立しないような非現実的な鈍感男だ。
リアルな手触り感を持たせていると思われる(実際には非現実的感覚の嵐だが)本作品において、智也の有り得ないほどの鈍感ぶりは、 かなりキツいものがあるよ。
あの流れで、あおいに「失恋した」と聞かされて、「誰なの、それ?」と、自分のことだと本気で気付かず平然と聞けてしまう感覚は、 凡人の理解をは遥かに超えている。
最後に手紙を読んで初めて彼女の気持ちを知り、智也が嗚咽する展開に至っても、そこまでのキャラ造形にウソ臭さが過ぎるために、共感 も感動も全く無い。

智也だけでなく、今日子も掴みどころの無いキャラクター設定になっている。
彼女はキスシーンを嫌がって、無理にやらせたら泣き出すどころか嘔吐するぐらいの田舎娘だったはず。
しかし、クランクアップすると智也に「付き合おうか」と誘いを掛けて、自分からキスをする。
その上、実は他の男と付き合っていた二股女だと明らかになる。
そんな女が、キスシーンぐらいで嘔吐するのがサッパリ理解できない。

第二章で、あおいが映画に入れ込んでいる、映画を撮ることに情熱を燃やしているという印象が、ほとんど伝わってこない。先輩の撮影に 助手的な立場で参加しているシーンが一度あるだけだ。
第三章に入って、あおいが映画を撮る展開になるが、もう第二章の段階から自分で監督しているシーンを入れた方がいいと思うんだけど なあ。
第四章で智也が「映画が夢だったじゃないか」とあおいに言うが、そこまで全力を傾けていたようにも見えない。
そもそも岩井俊二の映画って、熱が伝わりにくいテイストなのよね。

第二章では、智也のサトミに対する恋愛感情も、それほど伝わってこない。
だから、「彼女と付き合うために、あおいに強引な接近をする」というところに、感情が付いていかない。
何よりもサトミの存在感が薄すぎるってのがツラいよ。
そこはまだ、智也&あおいの関係だけが際立つ形にするには早いよ。
もう既に、あおいの方は恋愛モードに入っている感じも強いけど、それも早いと思うなあ。
で、あれだけサトミにストーカーしていたのに、第三章になると、もう智也は彼女のことなんてキレイに忘れている。あおいの友人だった はずのサトミも、全く出てこなくなる(バイトは辞めたのか、あおいがレコード店で働くシーンも無い)。
時間経過が良く分からないが、第二章から1年ぐらいは経過しているのかな。その間に、智也の中で心情変化があったのかな。
まさか、第二章のあおいの説得だけで、スッパリとサトミへの未練を断ち切ったのかな。
そんなに簡単に気持ちを断ち切れるもんかね、ストーカーが。

第四章では、妹と祭へ行くあおいが、智也に深刻な表情で「遠慮して」と告げる。
で、そこまで言った後、思い直して同行を承諾する感覚に付いていけない。
「絶対に妹と喋ってはいけない」と約束させてまで同行を承知するぐらいなら、同行させるなよ。
あと、妹はちっとも対人恐怖症じゃないし、明るい態度なので、あそこまで深刻な態度で「遠慮して」と言った理由も良く分からない。
それと妹との付き合いが長いんだから、あおいは「喋らなくても近くに智也がいれば気付く」と分からなかったのかね。今までの生活の 中で、そういう出来事を体験しているはずだと思うが。
っていうか、第四章って、かなというキャラのためだけにあるようなエピソードなんだよね、ほとんど。
で、要らないでしょ、そこ。
全体のバランスを考えると、かなの存在感が強すぎるのよ。

第五章では、あおいがアメリカ行きを決めるが、ものすごく軽い決断に見える。「懸命に頑張るが壁にぶち当たって」とか、「さらに意欲 が強くなって抑え切れなくなり」とか、悩んだりとか情熱が溢れたりとか、そういうことが全く無い。 樋口の言葉は酔っ払った上での軽いノリだが、あおいの決断も似たようなレヴェルのものにしか見えないのだ。 あおいがアメリカへ旅立った後、<第六章 恋人>で智也が千鶴のアプローチを受ける形で交際する話が描かれるが、要らないでしょ、 このエピソードって。
ただ「女と付き合う」という話だけでも邪魔なのに、千鶴が相当の変わり者で、無意味に印象が強くなりすぎる。
しかも他の部分でなく「26歳だと言われていたのが本当は34歳だった」という年齢的な部分“だけ”で智也が千鶴を追い出すことによって、 彼の好感度も下がるし(個人的には、それ以前から智也の好感度はゼロに近いんだけどさ)。
交際の中で智也があおいを連想するわけでもないし、第六章はごっそり削ぎ落とすべきだ。もう単純に岩井俊二の個人的な趣味で、 相田翔子を使いたかっただけなんじゃないのかと。
っていうかさ、「26歳と言っていた女が本当は34歳だった」という設定を使った恋愛劇を、強引に本作品に埋め込むぐらいなら、別で1本 のドラマとして作ればいいじゃねえか。

(観賞日:2008年2月3日)

 

*ポンコツ映画愛護協会