『脳男』:2013、日本

精神科医の鷲谷真梨子は、殺人事件の被害者遺族を加害者少年と会わせるプログラムについて説明していた。アメリカでは加害者少年に罪の重さを自覚させる目的で導入されたが、回数を重ねて行く中で被害者遺族が「加害者は怪物ではなく自分たちと同じ人間だ」と認識し、心の病を克服することに繋がった。この治療プログラムの導入を目指す真梨子は検討するよう求めるが、説明会の参加者たちからの賛同は得られなかった。
連続殺人犯の緑川紀子と水沢ゆりあは、アジトに女を連れ込んで舌を引き抜いた。2人に解放された女は、バスに乗った。そのバスに乗り損ねた真梨子は、仕方なくタクシーを拾う。その直後、バスが大爆発を起こして大勢の犠牲者が出た。その様子を、緑川と水沢は野次馬に混じって見物していた。現場検証に来た刑事の茶屋は、楽しそうに写真を撮る若者に気付いて激昂した。鑑識課員の黒田雄高がなだめるが、茶屋の怒りは収まらなかった。
緑川たちは匿名で警視庁宛てに犯行声明文を送り付け、短歌を添えた。被害者の金城は占い師で、連続殺人犯の潜伏先と次の犯行を当てると豪語していた。これまでもテレビで犯人を罵った女子アナやワイドショーの司会者、コメンテーターが舌を切られ、犠牲になっている。緑川たちは金城の占い通りに、路線バスで殺人を遂行したのだ。新米刑事の広野から事情聴取を受けた真梨子は、ウンザリした様子を示す。彼女が去ろうとすると、茶屋が「アンタが助けてくれた子供、さっき亡くなったそうだ」と告げた。
茶屋は黒田から、犯人の手掛かりとして針金を切断した特殊な刃物を発見したことを聞かされる。特注品の刃物を作った工場へ赴いた茶屋と広野は、購入者の名簿を入手した。次々に購入者を当たった2人は、緑川たちの住所として記されていた廃工場へ赴いた。女の叫び声を聞いた広野がドアを開けた途端、大爆発が起きた。広野は吹き飛ばされて怪我を負い、工場に足を踏み入れた茶屋は青年がいるのを目撃した。茶屋は拳銃を構えて近付き、無抵抗で指示に従う男に手錠を掛けた。
警察署に連行された青年は鈴木一郎と名乗るが、どうせ偽名だろうと茶屋は考える。それ以外は黙秘を続ける鈴木だが、広野や黒木たちは逃げた女たちと仲間割れしたのだと推理した。その夜、鈴木は隣に留置されている男が老女を殺したことを楽しそうに話している声を耳にした。翌日、廊下で男と遭遇した鈴木は殴り掛かり、制止しようとした警官たちを叩きのめす。鈴木が逃げようとする男を捕まえて眼球を抉り取ったところで、ようやく加勢の警官も駆け付けて彼を取り押さえた。
茶屋は鈴木を起訴前鑑定に持ち込み、愛宕医療センターへ移送する。彼は護送車の中で鈴木を睨み付け、「俺は絶対にお前を死刑にしてやる」と告げる。鈴木は全く表情を変えず、無言のままだった。鈴木を閉鎖病棟に入れた茶屋は、精神鑑定の責任者として真梨子を指名した。茶屋は彼女に、爆風で飛ばされた破片が背中に刺さっても鈴木が痛みを感じていない様子だったことを告げる。精神鑑定の第一人者は真梨子の上司だったが、茶屋は「簡単に刑を軽くされたんじゃ、こっちが浮かばれねえ」と言う。
茶屋が「アンタなら奴に責任能力が無いなんて、ふざけた結論を出すはずがねえ。必ずクロにしろ」と語ると、真梨子は「例え相手が罪も無い子供を殺すような人間だとしても、私たちの仕事は感情に流されるわけにはいかないの」と突っぱねる。「子供を殺された親の立場になって考えてみろよ。精神病んでるんで罪は問えません?ふざけんじゃねえよ」と怒鳴る。真梨子は冷たく受け流し、鈴木と面会する。彼女は警備の警官に、鈴木の手錠を外させた。鈴木は真梨子の指示に素直に従い、身体検査を受けた。
鈴木の体には爆破以前の火傷の跡が残っていたが、脳には異常が見られず、脳波も正常だった。真梨子が過去に大きな病気や怪我をしたことがあるのか尋ねるとに、何も無いと鈴木は答えた。火傷の原因について真梨子が質問すると、彼は「覚えていません」と言う。分析医に対する患者のパターンは3つしか無かったが、鈴木の反応はどれにも該当しなかった。協力的だが人を寄せ付けない鈴木には、心の奥に何かが隠されているのではないかと真梨子は考える。
真梨子は担当している殺人犯の志村が友達の言葉に激昂して殴ったという知らせを受け、彼が収容されている少年院へ赴いた。志村は彼女に、「長い時間が経って、許されたって思ってたんです。もう充分、自分は償ったって。子供を殺された側の立場に立ってみれば、一生苦しみから逃れられないのに。俺のしたことは、やっぱ死んでも償い切れないんですよ」と語る。真梨子は優しい口調で、「貴方が死んだからって、したことが許されるわけじゃない。生きて償い続けるの」と述べた。騒ぎを起こした志村だが、退院の予定に影響は出なかった。志村の母は、息子が診察を受け始めてから変わったと言い、真梨子に感謝して「先生は神様です」と告げた。
病院に戻った真梨子は、同僚の空身から鈴木の血液検査の結果を渡される。エンドルフィンの数値が異常に高く、大量の脳内麻薬が出ていることが明らかとなった。エンドルフィンにはモルヒネと同様の作用もあり、痛みを感じない理由がそこにあるのではないかと真梨子は推察した。彼女は鈴木と会って話し掛け、背中に安全ピンを突き刺した。しかし鈴木は全く痛がる様子を見せず、淡々と対応した。いつ頃から痛みを感じないのかと尋ねるが、鈴木は何も答えなかった。
真梨子が「お父さんはどんな方でした?」「怖いと思ったことは?」と質問すると、鈴木は淡々とした口調で「普通の父親でした」「怖いと思ったことはありません」と答える。「お母さんはどうでしたか?」「苦手な物はありますか」という質問には、「普通の母親でした」「特に無いと思います」と、やはり表情を全く変えずに答えた。父親の容姿について質問した後、続けて真梨子は母親の容姿についても同様にヒゲの有無を尋ねた。すると鈴木はすました表情で、「母はヒゲを生やしていませんでした」と答えた。
心神喪失に相当する精神障害の兆候が見られないという報告書を真梨子から受け取った部長は、鑑定を早めに切り上げてはどうかと促す。しかし真梨子は、あまりにも平均的なテストの結果に引っ掛かり、鈴木が心の中を覗かれていることを計算しているのではないかと言う。さらに彼女は、保護室にも鑑定室にも時計が無いにも変わらず、鈴木が有り得ないほど時間に正確な行動を続けていることにも着目した。部長は「君の今回の仕事は鑑定だ。治療や研究ではない」と言い、深追いしないよう忠告した。
緑川と水沢は、廃工場で自分たちを襲って来た鈴木について調べていた。水沢は掃除婦に化けて医療センターに潜入し、鈴木の写真を撮影していた。緑川は鈴木が自分と同じだと感じ、次の標的に決めた。水沢は看護師に化けて医療センターに忍び込み、真梨子の鞄に盗聴器を仕掛けた。彼女はセンターの合鍵も作り、鑑定室に盗撮カメラも仕掛けた。真梨子は同僚の空身に、鈴木への対応策を相談する。空身の提案を受け、真梨子は鈴木をポリグラフ・テストに掛けることにした。鈴木は盗撮カメラに気付いたが、そのまま放置した。
ポリグラフ・テストの結果、鈴木は真梨子がショッキングな質問を投げ掛けた時、全ての言葉を言い終えてから驚く反応を示していることが分かった。さらに鈴木は、同じ質問を繰り返されても全く同じ反応を示していた。真梨子は生まれつき感情が欠落しているのではないかと考えるが、空身は「人間として基本的な欲求が無いのと同じなんだよ。そんな奴が普通に生きられる?」と疑問を呈する。「後天的に学習したとしたら?誰かに、生きて行くために必要なことを教えられたとしたら?」と真梨子が言うと、空身は「それじゃロボットだよ」と軽く笑った。
真梨子は鈴木に、何か質問するよう求めた。「質問するのに慣れていません」と鈴木は答える。医療センターに志村が来たので、真梨子は彼の社会復帰を祝福した。一人暮らしを始め、溶接の仕事をするつもりだと彼は語る。その様子を見ていた鈴木は、志村が立ち去った後で真梨子に「あの人は誰ですか」と質問する。「私にとって一番大切な患者さんよ。これから人生をやり直すの」と真梨子は答えた。
空身は15年前に発表されていた論文を発見し、真梨子に教えた。それは失感情症に類似した症例患者に関する論文で、15年前に藍沢末次という医師によって書かれていた。真梨子は田舎で個人病院をやっている藍沢を訪ね、その患者について質問した。かつて藍沢は、小児科や精神科をたらい回しにされて行き場所を失った精神疾患の子供たちを預かっていた。他の子供たちと違い、入陶大威という少年は自発的な行動を全く示さず、人形のように座っていたと藍沢は話す。
大威が入院して間もなく、両親がひき逃げ事故に遭って亡くなった。大威は祖父である大富豪の倫行に引き取られ、藍沢は病院を畳んで住み込みのホームドクターとなった。藍沢は大威に生活のための行動を教えるが、彼は指示を与えなければ食事さえ取らなかった。しかし大威の知能は様々な分野において天才的であり、藍沢は「脳男」と名付けた。大威の能力を知った倫行は、それを利用するために奇妙な英才教育を開始した。お払い箱になったという藍沢に、真梨子はその後の大威を知る人物について尋ねた。
真梨子は茶屋を呼び出し、倫行が英才教育のために雇った伊能という登山家の元へ赴いた。伊能は大威の体を鍛えるために雇われたこと、他にも多くの専門家が雇われていたことを話す。大威を人間らしく育てる一方、倫行を年を重ねるごとに狂っていく。息子夫婦をひき逃げで殺された怒りに取り憑かれた彼は、大威に人殺しの方法を教え始めた。「醜く穢れた世界を導けるのは、無垢なるお前だけだ。裁きを下せ。それこそがお前に与えられた使命だ。お前は神に選ばれた人間なのだ」と彼は大威に語り掛けた。伊能の山小屋での会話を、真梨子を尾行していた緑川と水沢が盗聴していた。
伊能は大威の人間らしい感情を呼び起こそうと考え、彼を山へ連れ出すこともあった。伊能が崖から転落しそうになった時、大威は初めて命令に背き、彼を引っ張り上げて救出した。しかし倫行は人間的な感情の芽生えを嫌い、すぐに大威を屋敷へ連れ戻した。ある日、強盗が屋敷に侵入し、倫行に瀕死の重傷を負わせた。屋敷に油を撒いて火を放った強盗は逃亡を図るが、大威に見つかった。大威はナイフで突き刺されても微動だにせず、倫行の命令を受けて強盗を殺害した。
大威の両親をひき逃げした容疑者は捕まったが、証拠不充分で起訴には至らなかった。しかし2年前に殺害されており、その犯人は不明のままだ。この1年でクズのような悪党4人が殺害されていたが、犯人は不明だった。茶屋は全ての犯人が大威だと確信し、「奴は連続爆弾テロ事件の犯人じゃない。犯人を殺そうとしてたんだ」と真梨子に話す。茶屋は鑑定を終わらせ、鈴木を本庁へ護送することにした。
真梨子は茶屋の承諾を得て、護送前の鈴木と話させてもらう。真梨子は彼に、父を早くに亡くして母が自分と弟を育ててくれたこと、弟が小学生の頃に拉致されて惨殺されたこと、そのせいで母が重度のうつ病を患ってしまったこと、犯人が中学生の少年だったことを語った。彼女は「貴方なら、相手がそんな子供でも殺すの?」と問い掛け、「私は殺したいと思った。でも彼を殺したからって傷が消えるわけじゃない」と言う。さらに彼女は、犯人である志村のカウンセリングを担当したこと、彼が立ち直ってくれたことを語った。
真梨子が志村の名前を口にした途端、鈴木は明らかに驚いた反応を示す。「何を感じたの?」と真梨子は尋ねるが、鈴木は答えなかった。「感情を押し殺してるんじゃないの?貴方は人殺しになるために生まれて来たんじゃないの」という真梨子の言葉にも、彼は無表情だった。茶屋は部下に命じ、鈴木を連行させた。緑川と水沢はバイクを走らせ、鈴木の護送車に迫った。クリップを盗み取っていた鈴木は、密かに手錠を外した。広野の首を絞めてペンを突き付けた彼は、護送車を停めるよう茶屋に要求した。
茶屋が要求を飲まずに鈴木と対峙している間に、緑川たちが護送車の前に回り込んだ。2人はボウガンでパトカーの運転手を始末し、事故に巻き込まれた護送車は停止した。鈴木は茶屋の拳銃を奪い、水沢は「迎えに来てあげたわよ」と彼に呼び掛ける。緑川は警官を射殺し、鈴木を出すよう茶屋と広野に要求した。鈴木は緑川を射殺しようとするが、盾になった水沢が撃たれた。鈴木は緑川に拳銃を向けるが、茶屋と広野が阻止しようとする。鈴木が2人を振り払っている間に、瀕死の水沢が爆破スイッチを押した。大爆発が起きる中、緑川はバイクに乗って逃走し、鈴木も姿を消した。
茶屋は水沢について調べ、ネットの世界では有名人だったことを知る。彼女は自分の首吊り動画をサイトにアップしていた。緑川は前科そ無いが、周囲で大勢の人間が惨殺されていた。両親も殺されているが、明確な証拠が無いので逮捕されていなかった。幼い頃から精神的に大きな問題があり、医者の世話にもなっていた。しかし知能は高く、高校時代には両親が残した莫大な遺産で海外の大学へ留学していた。緑川は医療センターで真梨子を拉致し、立て続けに爆発を起こす。彼女は鈴木を呼び寄せる囮として使うため、真梨子の体に爆弾を取り付けて手術室に拘束した…。

監督は瀧本智行、原作は首藤瓜於『脳男』(講談社文庫刊)、脚本は真辺克彦&成島出、製作指揮は城朋子、製作は藤本鈴子&由里敬三&藤島ジュリーK.&市川南&藤門浩之&伊藤和明&入江祥雄&松田陽三&宮本直人、エグゼクティブ・プロデューサーは奥田誠治、企画プロデュースは石田雄治&藤村直人、プロデューサーは椋樹弘尚&有重陽一、撮影監督は栗田豊通、美術は丸尾知行、録音は藤丸和徳、照明は鈴木秀幸、編集は高橋信之、音楽プロデューサーは金橋豊彦、VFXスーパーバイザーは道木伸隆、撮影は橋本桂二&市川修&永森芳伸、音楽は今堀恒雄&Gabriele Roberto&suble、主題歌『21st Century Schizoid Man』はKing Crimson。
出演は生田斗真、松雪泰子、江口洋介、夏八木勲、二階堂ふみ、太田莉菜、小澤征悦、石橋蓮司、甲本雅裕、光石研、大和田健介、染谷将太、緒方明、山崎ハコ、大山うさぎ、池谷のぶえ、勝矢、菊地廣隆、永倉大輔、田中耕二、川口真五、岡雅史、出口哲也、後藤健、小林颯、志田弦音、中村柊芽、山口将斗、最所美咲、谷更紗、高井純子、北嶋ミク、Velo武田、後藤健、高槻祐士、田中良、子安國裕、越村公一、志賀圭二郎、伊崎央登、重松宗隆、加納珠英、松村統雅、棚辺かおり、舟本真理、荒井聖、中谷竜、兒玉宣勝、渡辺健ら。


選考委員の満場一致で第46回江戸川乱歩賞を受賞した首藤瓜於の小説を基にした作品。
監督は『星守る犬』『はやぶさ 遥かなる帰還』の瀧本智行、脚本は『歓喜の歌』『毎日かあさん』の真辺克彦と『孤高のメス』『八日目の蝉』の成島出。
鈴木を生田斗真、真梨子を松雪泰子、茶屋を江口洋介、倫行を夏八木勲、緑川を二階堂ふみ、水沢を太田莉菜、伊能を小澤征悦、藍沢を石橋蓮司、空身を甲本雅裕、黒田を光石研、広野を大和田健介、志村を染谷将太、部長を緒方明、志村の母を山崎ハコが演じている。

連続殺人の犯人が緑川&水沢であることは、映画の冒頭で明らかにされている。鈴木が彼女たちの仲間でないこともハッキリしている。
それどころか、鈴木が留置されていた男を襲って眼球を抉り取るシーンが描かれると、彼が自らの正義感に従って行動していることさえ伝わってくる。
そうなると、たぶん彼が廃工場へ行ったのは緑川&水沢を始末するためだろうという推測も容易に成り立つ。
そこまで来ると、この話の何がミステリーなのか、どこがミステリーなのか、分からなくなってしまう。

原作が江戸川乱歩賞を受賞しているんだから、しかも選考委員の満場一致なんだから、推理物として秀逸な出来栄えなんじゃないかと思っていたのだが、ミステリーとしての面白さが全く感じられない。
そりゃあ、鈴木が連続殺人犯ではなく正義のための殺人者であることが分かっても、なぜ鈴木が無感情の殺人者になったのか、どういう過去があったのかという部分の謎は残っているし、そこを解き明かすための物語は描かれる。だけど、そこの謎って、推理物としての謎ではないでしょ。フーダニットでもなければハウダニットでもないわけで。
事件の犯人は明らかで、被害者も明らかだ。たぶん動機は「キチガイだから」という程度だから、そこを掘り下げても何も出て来ないだろうし。
そうなると、どこに推理物としての面白さがあるのか、サッパリ分からない。

魅力的に造形されていると感じる登場人物が、一人も存在しない。
それは「共感できる」という意味ではなく、悪党なら悪党として魅力的なのかどうかという意味なんだけど、冴えない連中ばかりだ。
茶屋は真梨子に「アンタが助けてくれた子供、さっき亡くなったそうだ」と無神経に言っちゃうような奴で、やたらとイライラしている様子ばかりが目立つ不愉快な刑事。
鈴木の人殺しを止めようとする真梨子も、安っぽい正義感や使命感だけの不愉快な女にしか見えない。

緑川のキャラクター造形は原作と大幅に異なるらしいんだけど、だとすれば改変した部分が全て失敗だったということなんだろう。
彼女はキチガイ仕様の笑い声を発し、「私イカれてます」アピールたっぷりに行動するんだけど、中身の薄っぺらい奴にしか見えない。
たぶん鈴木が無感情なので、その対比として感情が表に出まくるキャラにしたんだろうけど、完全に裏目に出ている。
末期癌で何度も吐血するという設定も、キャラクターの厚みや深みには繋がっていない。むしろ、薄っぺらさを助長している印象さえ受ける。

広野に関しては、「そこまでして生き残らせるようなキャラかね」と思ってしまう。廃工場でモロに爆発を食らっても軽傷で済むシーンなんて、ほとんどコメディーにしか思えない。
その後も、護送車爆発をモロに食らいながらも生き残る。今回は入院を余儀なくされているけど、廃工場の一件があって、2度目の爆発でも生き残るので、これまたコメディー的な描写に感じてしまう。
そこまで無理をして広野を生き残らせたのは、「緑川が彼に時限爆破装置を取り付け、茶屋に鈴木の射殺を要求する」というシーンがあるからだけど、そこで鈴木と茶屋の格闘を見ていた彼が自爆を選ぶのは「なんで?」と思っちゃう。
それに、広野が爆弾を取り付けられるシーンを盛り込みたいのはいいとしても、そこまでの2度の「普通なら死ぬはずの状況からの生還」はホントに必要だったのか。

鈴木一郎はザックリと言うならば「正義の裁きを行うためだけに動く無感情の殺人ロボット」なんだけど、どうも中途半端に人間味が見えている印象を受ける。
その「正義の裁き」は無機質で機械的な作業として実行されているはずなんだけど、「何を悪と捉え、何を正義と捉えるか」については本人の判断なのよね。でもホントは、標的ごとに指示されなければ、誰が悪党なのかは判断できないはずで。
「何を悪と捉え、何を正義と捉えるか」という部分の判断力があるってことは、そこに「人間性」や「感情」が関与しているんじゃないかと思ってしまうんだよね。
例えば「ババアを殺しても死刑にならない」と笑っていた男を襲うのは、その言葉に対して正義感が発動したということなんだろうけど、そこで「その男を殺さなきゃ」と思うのは、機械的な作業ではなく、感情ではないのかと。単に表情や反応として感情が出ないだけで、心の中には感情が存在しているんじゃないかと、そんな風に思えてしまうのだ。

もう1つ鈴木の行動には疑問があって、彼は1年間でクズみたいな犯罪者4人を殺しているらしいんだけど、どうやって居場所を突き止めたのだろうか。
彼にはサポートしてくれるチームも存在せず、犯罪者の居場所を突き止めるための特別なルートも無いはずだ。緑川と水沢に至っては、そもそも2人が連続殺人犯だということさえ明らかになっていない。
なぜ鈴木は、2人が犯人だと知ったのか。そして、どうやって2人の居場所を突き止めたのか。
それこそ、まさにミステリーでしょ。

緑川は知能が異常に高いという設定なのだが、なぜか刃物を購入する時に本名と実際の住所を書いている。
警察が来ることを予期して罠を仕掛けているならともかく、そうじゃないので、知能が高いにしてはボンクラすぎるだろ。
その工場に乗り込んだ茶屋はバイクで逃げる音を聞きながら、そっちに対しては何も行動を起こしていない。警察署に連絡し、緊急配備を要請することも無い。
鈴木の精神鑑定を依頼する一方で、逃げた2人組の身許割り出しや逮捕に向けた動きが進んでいる気配も無い。

愛宕医療センターは、連続殺人犯の容疑で捕まった鈴木を拘置しているような場所なのに、警備体制がユルユルだ。監視カメラさえ設置されておらず、緑川と水沢は簡単に侵入し、盗聴器や盗撮カメラを仕掛けることが出来ている。
ユルユルなのは警察の連中も同様で、緑川が爆弾テロの犯人だと分かっているはずなのに、彼女が医療センターで爆弾を次々に仕掛けた際、何の対策も取らずに突っ込んで爆死する。
鈴木が天才だと知ったはずの茶屋が「制御室に近付かない方がいい」という警告を無視して黒田たちを行かせていることもバカだけど、制御室に爆弾があることを予期せずに無防備で突っ込む黒田たちもボンクラだぞ。
手術室に突っ込んで爆死する連中も同様だ。

緑川は鈴木について「感じた、自分と同じだって」と言うけど、まるで同じじゃねえよ。「迷いなく人を殺して、安っぽい罪悪感なんかに捉われない」ってのは確かに共通点かもしれんけど、シンパシーを感じるのは相当に無理を感じるぞ。
それは緑川のキャラを原作から大幅に変更しちゃったことで生じた違和感じゃないのか。鈴木が殺人ロボットに育てられたことを聞いた彼女は自分と同類だと感じ、「トイレと同じように人が殺せるなんて最高」と喜んでいるけど、そこまで「最高な同類」と思っているのなら、殺そうとする理由が分からんし。
そこを「キチガイだから」ってことで受け入れるのは無理だぜ。
茶屋にも「(緑川は)どこか鈴木一郎と似てねえか?」と言わせており、どうしても鈴木と緑川を「コインの裏表」みたいな対比にしたいようだけど、そんなに無理をしてまで2人を「同類」としているにしては、そこをドラマとして上手く昇華できていないし。

真梨子は弟を殺した犯人が中学生の少年だったことを鈴木に話し、「貴方なら、相手がそんな子供でも殺すの?」と言うけど、そりゃ殺すだろ。
この場合、相手が中学生かどうかは関係ないだろ。
そこは「相手が悪党であっても殺すのは間違っている」ということを鈴木に説くべき箇所であって、「相手が未成年の場合は成人と同様に扱うべきではない」という主張をすべき箇所ではないはずでしょ。
その論法だと、「相手が大人だったら殺してもいいんですか?」ってことになってしまわないか。

真梨子は藍沢から伊能のことを聞いた後、茶屋を呼び出して一緒に山小屋へ行く。
そのタイミングで、なぜ茶屋を呼んだのか理由が全く分からない。
その山小屋で伊能は「倫行が鈴木に人殺しを教え込むようになったのは、年を取るごとに息子夫婦をひき逃げで殺された怒りに取り憑かれたから」と話すが、それは動機として薄弱。ひき逃げのことはセリフで申し訳程度に語られるだけだし、そこに対する怒りや悲しみの大きさは全く伝わって来ないのよ。
あと、鈴木が殺人ロボットに育てられたことを聞いた真梨子が泣き出すけど、泣くポイントなんて無かったぞ。

緑川は真梨子を助手席に乗せて駐車場で鈴木を待ち受け、彼をはねる。
ここで鈴木は、なぜか無抵抗のまま3度も立て続けにはねられる。
意味が分からんよ。幾ら痛みを感じなくても、緑川が車ではねることは分かっているはずなんだから、1度目はともかく、2度目以降は回避行動を取るなり反撃するなりしろよ。
真梨子がサイドブレーキを引いて車を停止させているけど、そんな自由を与えちゃってる緑川もボンクラだし。
鈴木にしろ、緑川にしろ、異常に頭がいいはずなのに、変なトコでアホなんだよな。

(観賞日:2014年11月7日)

 

*ポンコツ映画愛護協会