『のみとり侍』:2018、日本

江戸中期。徳川家治、統治の夏。数々の新たな政策を展開した老中の田沼意次は、十代将軍である家治の寵愛を一心に受けて絶大なる権力を振るっていた。陳情者は次々に群がり、田沼は積極的に外国の技術を導入した。白河藩主の松平定信は鎖国派であり、開国派の田沼には冷ややかだった。その頃、越後長岡藩江戸屋敷では、藩主の牧野備前守忠精による御作拝聴の会が開かれていた。忠精が自作の短歌を詠み上げ、それを家臣たちが拝聴する会だ。しかし、それまで態度で称賛を示していた家臣たちの顔が、ある短歌で急に強張った。
小林寛之進は忠精から「何か言いたいことでもあるのか」と問われ、長岡藩士なら誰でも知っている短歌の真似だと遠慮せずに指摘した。忠精は激昂し、「二度と余の前に姿を見せるな」と言い放った。忠精は寛之進が妻を亡くしてから独り暮らしを続けていることに触れて、「明朝より、猫の蚤とりになって無様に暮らせ」と告げた。女好きの忠精は、かつて寛之進の許嫁だった千鶴を妾に側女にしようとしたことがあった。寛之進は腹を斬ってでも断ると言って拒否し、それを忠精が今も恨んでいて罠に掛けたのだと同僚は告げた。
今まで藩の方針に従順に従って来た寛之進は、同僚の言葉を信じようとしなかった。町に出た寛之進は猫の蚤とり屋を見つけ、中に入った。猫の蚤とり屋になりたいのだと彼が説明すると、店主の甚兵衛と妻のお鈴は驚いた。甚兵衛とお鈴は仇討ちの隠れ蓑に使うつもりだと決め付け、協力を快諾した。寛之進は困惑したものの、それを否定せず長屋の一室を貸してもらった。寛之進が長屋へ行くと、佐伯友之介という青年が近所の子供たちに無償で読み書きを教えていた。
翌日、寛之進が店へ行くと、甚兵衛は店員たちに紹介した。お鈴は寛之進に化粧を施し、派手な衣装に着替えさせた。甚兵衛は作業の手順を説明し、料金について「あっちの方を頼まれたら」と口にする。意味が分からない寛之進だが、甚兵衛の説明で全てを理解した。猫の蚤とりは表向きの稼業に過ぎず、実際の仕事は淫売夫だったのだ。しかし今さら拒否することも出来ず、寛之進は仕事仲間と共に江戸の町を練り歩いて宣伝した。すると馴染みの客がいる仲間たちは、次々に女性から指名を受けた。
1人きりになってしまった寛之進は、おみねという千鶴に瓜二つの女性を目撃した。おみねに指名された寛之進は家に入り、いきなり布団に押し倒されて「しっかり抱いて。吸って」と要求されて狼狽する。彼はおみねに犯される形で、関係を持った。おみねは身請けされて囲われたが、最近は御無沙汰なのだと語る。彼女は自分を気持ち良くさせるよう要求し、何も分かっていない寛之進を「このヘタクソが」と罵った。千鶴に衝撃を受けた寛之進は、留守居役の結城又太郎が言っていた田沼の妾ではないかと考えた。
おみねの家を後にした寛之進は、近江屋清兵衛という男が橋で侍に因縁を付けられている現場を目撃する。清兵衛は冷静に詫びを入れるが、侍は激昂して斬り捨てようとする。寛之進は侍を投げ飛ばし、その場から追い払う。清兵衛は礼がしたいと言い、近くの蒲焼屋へ寛之進を連れて行く。寛之進が床に落ちた白い粉に気付くと、清兵衛は女房が浮気封じのため自分の局部に振ったうどん粉だと明かす。近江屋の婿養子である清兵衛は腹を下して厠に入った時に落とし紙が無かったため、ふんどしで拭いて捨てた。ふんどしを付けていないと知った妻のおちえは、騒ぎを面白がった番頭の偽証もあって清兵衛の浮気を疑う。それ以来、おちえは清兵衛のふんどしに刺繍を入れ、浮気防止の目的で局部にうどん粉を振るようになったのだ。
清兵衛は寛之進に、女房の鼻を明かしたいので明日の寄合にうどん粉を持ってきてくれないかと頼む。清兵衛なら女性経験が豊富だろうと感じた寛之進は、うどん粉を持参する代わりに女の悦ばせ方を教えてほしいと持ち掛けた。長屋へ戻った寛之進は、友之介にカレイを土産として渡す。友之介は父が仙台藩の勘定方だったこと、控えめな換言が原因で追放されたことを話す。既に両親は亡くなっており、友之介に残されたのは父が藩主から拝領した刀だけだった。
次の日、清兵衛は寛之進に連れられて、品川の水茶屋「半夏生」を訪れた。清兵衛が遊女のお仙に接する様子を、寛之進は密かに観察した。寛之進は清兵衛の言動を見て、すっかり人生観が変わった。すぐに彼はおみねの元へ行き、学んだ技術を実践した。寛之進は甚兵衛から、猫の蚤とり屋はスケベだけでは出来ず、居丈高な態度を避けて女性の懐に入り込む必要があると教えた。寛之進は様々な事情を持つ女性と関係を持ち、甚兵衛とお鈴には本当のことを打ち明けるべきだと考えるようになった。
ある日、ふんどし一丁で唐傘を持った清兵衛が長屋に現れ、うどん粉を塗り直していた策略が露見して店を追い出されたことを寛之進に語る。清兵衛は近藤清兵衛と名乗って猫の蚤とり屋になると話し、長屋で暮らし始めた。寛之進から清兵衛を紹介された甚兵衛とお鈴は、加勢が増えて仇討ちの日も近いのだと誤解した。その日の仕事を終えて長屋に戻った清兵衛は、友之介が高熱で寝込んでいることを知る。友之介は猫の残飯を漁ろうとして手を引っ掻かれ、傷口から毒が入ったのだ。
長屋の住人や子供たちは友之介を心配するが、医者に診てもらうための金が無かった。長屋の住人たちは、娘や女房を岡場所へ売ってでも金を工面しようとする。それを知った清兵衛は、近江屋の掛かり付け医に頼むと寛之進に告げる。そんなことをすれば居場所をおみねに知られるが、清兵衛は「人の生き死に以上に、大事なことがありますか」と告げて長屋を後にした。しかし清兵衛は医者の住む市ヶ谷へ向かう途中、忠精の馬に蹴られて昏倒してしまった。
いつまで経っても清兵衛は戻らず、寛之進の所持金も診察台の五両には足りなかった。友之介は刀に「金百枚」と記された書状が添えてあることを寛之進に明かし、それを治療代に使うよう頼んだ。寛之進は医者である宋庵を訪ね、友之介が無償で読み書きを教える立派な男であることを熱弁した。書状を見た宋庵が診察を引き受けると、寛之進は金の威力かと失望した。しかし手当てを受けた友之介が元気になった頃、宋庵は寛之進に刀を返して何の価値も無いことを教えた。書状は真っ赤な偽物で、宋庵は見た瞬間に気付いていた。彼は寛之進の熱弁と友之介の行動に感心し、治療を引き受けていたのだ…。

監督・脚本は鶴橋康夫、原作は小松重男『蚤とり侍』(光文社文庫刊)、製作は市川南、共同製作は竹田青滋&山田裕之&井口佳和&岡田美穂&谷和男&吉崎圭一&大村英治&林誠&杉田成道&宮崎伸夫&広田勝己&安部順一&加太孝明&丹下伸彦&板東浩二&荒波修、プロデューサーは秦祐子&臼井央、プロダクション統括は山内章弘&佐藤毅、撮影は江崎朋生、照明は高屋齋、録音は白取貢、美術は近藤成之、衣装デザインは小川久美子、衣装は松田和夫、編集は山田宏司、音楽は羽岡佳。
出演は阿部寛、寺島しのぶ、豊川悦司、斎藤工、前田敦子、風間杜夫、大竹しのぶ、桂文枝(六代)、松重豊、伊武雅刀、六平直政、山中聡、三浦貴大、笑福亭鶴光、ジミー大西、オール阪神、飛鳥凛、雛形あきこ、樋井明日香、山村紅葉、大西武志、堀内正美、河屋秀俊、池田政典、白井哲也、いわすとおる、城土井大智、岩村春花、淵上真如、久野麻子、福本莉子、西原誠吾、請園裕太、工藤雅彦、田村ツトム、中村味九郎、古川顕寛、田畑利治、濱口秀二、や乃えいじ、柴田善行、小原睦希、上村ルリ、笑福亭銀瓶、和泉大輔、岡嶋秀昭、櫻木瀬、内藤邦秋、北川裕介、山本峻也、太田雅之、上西雄大、中山撞真、奥野此美、片木鳳介、山内陽葵、小川蓮、林一太朗、武内煌、東條幸愛、堀田絆吏、渡辺圭悟ら。


小松重男による短編小説集『蚤とり侍』から、表題作と『唐傘一本』『代金百枚』の3編を組み合わせて構成した作品。
監督&脚本は『愛の流刑地』『後妻業の女』の鶴橋康夫。
寛之進を阿部寛、おみねを寺島しのぶ、清兵衛を豊川悦司、友之介を斎藤工、おちえを前田敦子、甚兵衛を風間杜夫、お鈴を大竹しのぶ、意次を桂文枝(六代)、忠精を松重豊、宋庵を伊武雅刀、結城を六平直政、定信を三浦貴大が演じている。
第8回東宝シンデレラオーディションでグランプリを獲得した福本莉子が、長屋の娘役で映画デビューしている。

ザックリ言うと艶笑コメディーなのだが、だからと言って絶対に濡れ場で女優が脱がなきゃ成立しないのかというと、そんなこともない。
ベッドシーン(時代劇だからベッドじゃなくて布団だけど)は必須だが、女優がオッパイやお尻を見せなくても、喜劇としては何の問題もなく成立する。
しかし、この映画ではお仙を演じる飛鳥凛が、惜しげもなくヌードを披露している。見せてくれるのなら、それはそれで全く否定するようなことはなく、大いに歓迎できる。
ただし1人が脱いでしまうと、他の女優が濡れ場で脱がないことによってバランスの悪さが生じている。
1人が脱ぐのなら、全員を脱がせた方がいいよ。そして全員が脱がないのなら、誰も脱がせない方がいい。

冒頭、寛之進のナレーションによって、田沼が絶大な権力を振るっていることが語られる。そして田沼の行列に、次々と陳情者が来る様子がナレーションと共に描かれる。
そのシーンでは「新しい物が好きな田沼様は、積極的に外国の技術の導入を行った」というナレーションも入り、田沼は「女を許して、何ゆえ男の売春は許さん。男が男を買い、女が男を買うのに何の遠慮があるものか」と語る。
だが、この2つの要素は、他の説明や映像から大きく外れている。
外国の技術を導入しているという説明は、ナレーションの流れに合っていない。売春に関する台詞も、かなり唐突で違和感がある。

今さら言わなくても多くの人が気付いていることだろうが、阿部寛はお世辞にも滑舌が良いとは言えない役者だ。
そんな人のモノローグを多用して話を進めているので、おのずと「何を言っているか聞き取りにくいので、筋書きの理解に難がある」という問題が生じる。
通常の台詞だけなら、それを受ける相手もいるので、例え言葉が聞き取りにくくても何となく読み取ることが出来るケースは多い。しかし独り言の場合、そういう方法で理解することが出来ない。
そういうことを考えると、彼のモノローグを使わずに進行するか、あるいは思い切って第三者に寛之進の心情を語らせるってのも1つの方法だったのではないか。

前述したように、原作は短編小説集であり、本来は別々の話である3編を組み合わせて構成している。
その作業が成功しているとは言えず、ツギハギ状態であることが露骨に見えてしまっている。
例えば、寛之進が初めて長屋へ赴いた時、友之介が登場する。彼は『代金百枚』の主人公なので、早めに登場させておくのが悪いとは言わない。ただ、それ以降は全く話に絡まないまま時間が経過するので、だったら彼のエピソードが描かれる段階での登場でもいいんじゃないかと。
それと、最初に登場させるのなら、『唐傘一本』の主人公である清兵衛も同じぐらいのタイミングで登場させるべきだろう。そうじゃないと、キャラを見せるバランスが悪くなる。

おみねと関係を持って罵られた寛之進は、「田沼の妾ではないか」と疑う。ここで回想シーンが挿入され、結城が江戸屋敷の勘定方用部屋へ来て金の工面を求めた時の様子が描かれる。
彼が「殿様のために」と懇願すると、寛之進の同僚は馬鹿にした態度を取って「田沼の改革には断固反対」と言う。すると結城は大声を出し、田沼には若い妾がいることを語る。
このシーン、何のために挿入しているのかサッパリ分からない。
そもそも、おみねが田沼の妾ではないかと寛之進が疑うのは、かなり不可解だし。終盤、実際におみねが田沼の妾だったと明らかになるけど、強引極まりないと感じるだけだし。

おみねからヘタクソと罵られた寛之進は、「今まで築き上げてきた人生がガラクタになった」とモノローグを語る。
だけど、彼は侍であり、売春が本業ではない。それなのに、なぜセックスがヘタクソだと罵られただけで、「人生が全てガラクタに」と落ち込むのか。
そりゃあ男としては、そこを酷評されればショックはあるかもしれない。ただ、「人生を全否定された」と感じるぐらいショックを受けるってのは、どうにも違和感がある。
それは単純に、話の進め方が上手くないってことだ。だから、そこがスムーズに思えないのだ。

寛之進はおみねにセックスを酷評された直後、清兵衛と遭遇する。清兵衛は寛之進のセックス指南役として本筋に関わって来るわけだが、 じゃあ基盤となっている『蚤とり侍』に『唐傘一本』のエピソードが上手く絡んでいるかというと、答えはノーだ。
これは『代金百枚』も同様で、連携力は著しく低い。
『唐傘一本』と『代金百枚』を無理に盛り込まず、『蚤とり侍』だけにしておけば良かったのだ。そして、寛之進が猫の蚤とり屋を続ける中で出会う様々な女との関係を軸にして全体を構成すればいい。
清兵衛や友之介を無理に絡めようとするよりも、寛之進が出会う女性たちを厚く描いた方が遥かにまとまりが出たし、話の軸もキッチリと定まったはずだ。

艶笑コメディーだと前述したが、『代金百枚』のエピソードに入ると完全に人情ドラマへと傾いている。それ以降の展開でも、喜劇の色は薄くなっている。
田沼の口から、忠精は寛之進が汚職や抜け荷を調べ尽くしたせいで命を狙われていると知り、御家騒動が公儀に知られることを恐れて殺す代わりに猫の蚤とりになるよう命じて追い払ったってことが明かされる。そして老中の交代に伴って捕まった寛之進が処刑されそうになり、忠精が助ける展開が用意されている。
でも、そういう終盤の展開は何が何やら分かりにくいし、単純に面白くない。
変に感動方面へ傾けず、最後まで徹底的に喜劇として進めた方が良かったんじゃないかねえ。

(観賞日:2019年10月5日)

 

*ポンコツ映画愛護協会