『二流小説家 シリアリスト』:2013、日本

二流小説家の赤羽一兵は、風俗雑誌『男のゴールデン街』で官能小説を書いている。ミステリーの要素を持ち込みたい考えもある赤羽だが、編集長の後藤猛からは読者が勃起する内容だけを求められている。赤羽の父は10年前に死去し、母の郁子も最近亡くしたばかりだ。父を亡くした頃の赤羽は女性向けライトノベル『恋するヴァンパイア』を出版し、母の名前をペンネームに使っていた。そこから売れっ子になることを目指していた赤羽だが、まるでパッとしないまま歳月が過ぎてしまった。
現在、赤羽は叔父の家で居候させてもらっている。叔父はパリへ出張中で、高校生である姪の亜衣に家賃代わりとして毎月9万円を支払う契約を交わしている。3ヶ月も滞納していることを亜衣から指摘された赤羽は、明日には原稿料が入ると釈明した。亜衣は赤羽に、手紙が届いていることを教えた。それは東京拘置所からで、送り主は死刑囚の呉井大悟だった。彼はモデル募集と称して集めた女性4人を撮影し、各々の自宅で殺害した。そして頭部を切断し、遺体の周りに花を手向けた。呉井は警察に被害者の写真を送り付けるなど世間を挑発し、シリアル・フォト・キラーと呼ばれた。2010年に死刑判決が出たが、未だに被害者の頭部は発見されていない。
呉井の手紙には、「今まで嘘しか言って来なかったが、自分の話を聞いてもらい、真相を本に書いてもらいたい」と綴られていた。亜衣は会いに行くべきだと勧め、「一流になりたくないの?」と問い掛ける。迷った赤羽は呉井の弁護士である前田礼子を訪ね、本人の手紙かどうかを確かめる。すると礼子は本物であることを認め、「呉井が生きている間は出版しない。死刑執行の後なら自由に出版していい」と条件を提示した。
礼子は「呉井は今まで取材を断って来たのに、どうして貴方なのかしら?」と首をかしげた。彼女は呉井の無実を信じており、「死刑執行を阻止してみせます」と自信を見せた。礼子の助手である鳥谷恵美は、「先生は50歳を過ぎてから司法試験に受かった」と赤羽に話した。赤羽が面会に赴くと、呉井は歓迎の様子を見せた。「どうして僕なんですか」という質問に、彼は「貴方の文体が好きなんです。貴方のファンなんです」と答えた。
赤羽が話を聞こうとすると、呉井は本を書く条件があることを告げた。彼は「僕には熱狂的な信者がいます。僕のためだけに、僕と信者の官能小説を書いてほしい」と持ち掛け、3人の信者を選んだことを話す。そして、1人の信者との小説を書き上げるごとに、話をすると約束した。「しばらく考えさせて下さい」と告げて刑務所を後にした赤羽は、妻を殺害された三島忠志、娘を殺された原島夫婦と稗田、姉を殺された長谷川千夏という遺族会の面々に取り囲まれる。三島たちは、本の出版に断固として反対する姿勢を示した。
赤羽が本の出版について「引き受けるかどうか、考えてみます」と告げると、遺族会の面々は立ち去った。しかし千夏だけは留まり、本を書いてほしいと赤羽に頼んだ。赤羽が理由を尋ねると、彼女は「姉の身に何が起きたのか、全て知りたい」と言う。迷いを抱えながらバーへ出掛けた赤羽は、4年前に別れた元恋人の今野純子と遭遇する。純子は大物作家の今野敏と結婚し、幸せに暮らしていた。彼女から「今、何してるの?相変わらず」と訊かれた赤羽は、「呉井大悟の本を書くことになった」と答えた。
赤羽は呉井の官能小説を執筆するため、1人目の信者である千野優花を訪ねた。優花は大手銀行に勤務する30歳で、離婚している。優花は呉井について、「彼は私を孤独から救ってくれた」と言う。赤羽が呉井と結婚できない事実を指摘すると、彼女は「妄想でいいの。私は、もう何度も呉井さんに抱かれている」と述べた。赤羽は優花の話を参考に、官能小説を書き上げた。呉井の面会に出向いた彼は、5歳で母に捨てられたという情報について尋ねた。すると呉井は、「捨てられちゃいない。警察に引き離されたんだ」と声を荒らげた。
呉井の母親は売春婦だった。そのことについて彼は、「俺の父親が女を作って、借金を残して家を出た。食べるために母は体を売った」と説明する。「ただ1つ言えるのは、母は美しかった」と彼は述べた。母は警察に捕まった後、間もなく死んだと呉井は語る。赤羽が小林家にいると、刑事の町田邦夫がやって来た。彼は本の出版を中止するよう要求し、遺族のことを考えるよう説いた。赤羽が「遺族と言っても思いは1つじゃないでしょう」と不快感を示すと、町田は「長谷川千夏のことですか。あの女は厄介な客ばかりが集まる会員制クラブのホステスです。あの女には気を付けた方がいい」と述べた。
町田は「12年前、呉井を逮捕したのは私です。呉井に関わると、周りで色んなことが動き出しますよ」と言い、小林家を立ち去った。赤羽は2人目の信者である鏑木樹里を訪ねた。樹里は19歳で、高校時代にイジメを受けて引き篭もりになっていた。赤羽が部屋に入ると彼女は大音量で音楽を流し、「私の夢はね、あの人と一緒に人を殺すこと」と嬉々として語った。赤羽は小説を書きあげて呉井と面会し、嫌いな人間について質問した。すると呉井は里親である工藤三重子の名を出し、「いつもスコップで殴られた。補助金目当てで俺を引き取った」と語る。そして彼は、工藤家からカメラを盗み出して写真を撮るようになったのだと話した。
赤羽は3人目の信者である堂島沙羅を訪ねた。沙羅は24歳のAV女優である。彼女は「呉井様からの命令なの。貴方に身を捧げろって」と言い、服を脱ぎ始めた。赤羽は慌てて逃げ出すが、話を聞くために沙羅の家へ戻る。すると沙羅は頭部を切断されて殺害され、死体の周りには花が手向けられていた。赤羽は警察に追放した後、気になって優花の元へ向かう。すると優花も沙羅と同じ手口で殺されていた。赤羽が町田と連絡を取って樹里を訪ねると、彼女も同じように殺されていた。
赤羽は警察署へ連行され、犯人と決め付けられて厳しい尋問を浴びた。釈放された赤羽は、礼子と共に呉井の面会へ向かう。礼子は呉井に「貴方は犯人じゃない」と告げ、「今回の事件は、12年前の犯人が戻って来たとしか考えられません」と口にする。赤羽が「しかし今になって、どうして?」と訊くと、彼女は「自分が挙げた手柄を横取りされた上に、再び呉井が世間に注目されるのが我慢ならなかったんじゃないでしょうか」と述べた。
礼子は赤羽に、「もう告白本ごっこはおしまいにして下さい」と告げる。呉井が執筆すべきだと主張すると、彼女は厳しい口調で叱責した。赤羽が小林家にいると、千夏が訪ねて来て「呉井以外にも犯人がいると思ったら、怖くて」と漏らす。赤羽宛てに封筒が届き、中には今回の被害者たちの死体を撮影した写真が入っていた。赤羽、千夏、亜衣の3人は、呉井の過去を調べ始めた。3人は三重子の元へ行くが、彼女は夫を亡くして痴呆になり、質問に応じられる状態ではなかった。
気分の悪くなった亜衣が離脱した後、赤羽と千夏は三島の経営する製作所へ出向いた。三島は赤羽に気付くと憤慨した様子を示し、すぐに出て行くよう要求した。三島への質問を諦めた2人は、鏑木家を訪れた。2人は樹里の母である裕子に許可を貰い、部屋を見せてもらう。裕子は赤羽に「娘が誤解されそうで警察に渡さなかった」と言い、呉井からの手紙を預けた。次の場所へ向かった赤羽は発砲を受け、必死で逃亡した。千夏が車で駆け付け、赤羽を乗せた。彼女は赤羽を自宅へ連れ帰り、姉への屈折した感情を吐露した。
赤羽が小林家へ戻ると、亜衣は千夏について「あの人、なんか変だよ。気を付けて」と忠告した。一方、千夏は政界のフィクサーである太田聖道の豪邸を訪れた。「私の力が必要かね」と問われた彼女は、「いいえ」と答えた。赤羽は警察署へ赴いて襲撃されたことを話し、送り付けられた写真を見せる。しかし町田も警官たちも、まるで相手にしてくれなかった。小林家へ戻った彼は、裕子から預かった手紙に目を通した。その結果、彼は呉井が自分よりも高い文才を持っていると感じた。
赤羽は呉井の面会に訪れ、責めるように「告白本は、ここから逃げ出すための口実だったんでしょう。なぜ自分で書けるのに、わざわざ僕に書かせたんだ」と告げる。すると呉井は卑屈になっているだけだと指摘し、「一流になりたければ、本物の俺を書け」と感情的になった。彼が「新しい相手を用意しました。姉を殺されたのに、熱心に手紙を書き続けて来る。長谷川千夏」と語ったので、赤羽は驚いた。呉井は高笑いを浮かべ、面会室を後にした…。

監督は猪崎宣昭、原作は『二流小説家』デイヴィッド・ゴードン/青木千鶴訳 (ハヤカワ文庫)、脚本は尾西兼一&伊藤洋子&三島有紀子&猪崎宣昭、製作は白倉伸一郎&木下直哉&重村博文&間宮登良松&和田修治&菅野征太郎&栗原正和&木村良輔&石戸谷洋治&椎名康雄&岡部俊一&早川浩、プロデューサーは丸山真哉&横塚孝弘&栗生一馬&星野明輝(ゼロライトイヤーズ)、製作統括は木次谷良助、キャスティングプロデューサーは福岡康裕、撮影は高田陽幸、照明は東田勇児、美術は和田洋&室岡秀信、録音は高野泰雄、編集は普嶋信一、音楽プロデューサーは津島玄一、音楽は川井憲次。
主題歌「手紙」泉沙世子 作詞:彩世、作曲:山口寛雄、編曲:ツタナオヒコ。
出演は上川隆也、武田真治、片瀬那奈、平山あや、小池里奈、伊武雅刀、本田博太郎、賀来千香子、高橋惠子、戸田恵子、黒谷友香、佐々木すみ江、中村嘉葎雄、深水三章、有福正志、入来茉里、北島美香、でんでん、今野敏、長嶋一茂、並樹史朗、服部妙子、和泉崇司、あべまみ、千咲としえ、渡洋史、高田和加子、宮川浩明、北上史欧、数間優一、荒川槙、吉田ライト、志村玲於、杉田吉平、三倉翔、岩瀬和樹、西沢智治、野貴葵、浜田大介、保科光志、所博昭、石井浩ら。


宝島社の「このミステリーがすごい! 」、早川書房の「ミステリが読みたい! 」、文藝春秋の「週刊文春ミステリーベスト10」という3つの推理小説ランキングの海外部門で全て1位に輝いたデイヴィッド・ゴードンの小説『二流小説家』を基にした作品。
原作小説から舞台を日本に移し、登場人物も全て日本人に変更されている。
監督はTVドラマ『ゴンゾウ 伝説の刑事』や『遺留捜査』に携わっていた猪崎宣昭で、劇場映画は1992年の『ジェームス山の李蘭』以来となる。脚本は『遺留捜査』の尾西兼一&伊藤洋子、『しあわせのパン』の三島有紀子、猪崎宣昭監督による共同。
赤羽を上川隆也、呉井を武田真治、千夏を片瀬那奈、恵美を平山あや、亜衣を小池里奈、町田を伊武雅刀、三島を本田博太郎、郁子を賀来千香子、礼子を高橋惠子、裕子を戸田恵子が演じている。
他に、純子を黒谷友香、三重子を佐々木すみ江、太田を中村嘉葎雄が演じている。でんでんが後藤役で、小説家の今野敏が純子の夫役で、長嶋一茂がレポーター役で出演している。

一言で表現するなら、「テレビの2時間サスペンス番組」である。
「テレビ畑の人たちが作っているから」ってのは偏見かもしれないが、実際にそうなっているんだから仕方が無い。
しかも、テレビの2時間サスペンスと捉えても、かなり出来が悪い部類に入る。ミステリーとしては、あちこちで粗が出まくっている。
サイコ・サスペンスとしてのテイストを盛り込もうという意識も見え隠れするが、不気味さが全く足りていないし、緊迫感も一向に高まらない。

赤羽は家賃代わりの支払い(っていうか普通に家賃という設定で良かったんじゃないのか)を3ヶ月も滞納しているものの、それなりに生活できている様子だ。
しかし、この映画が公開された2013年は、既に出版不況の真っ只中だった。
1つの風俗雑誌に官能小説を書かせてもらっているだけで、食っていけるとは到底思えないぞ。
他の媒体で文章を書いているような様子は無いし、別の仕事をしている気配も無いし、そこは無理があるんじゃないかと。

映画の冒頭、赤羽が10年前に父を亡くしていること、その頃に若い女性向けライトノベルを母の名前で出したこと、その母を最近になって亡くしていることが語られる。
でも、それらの要素って、何の意味があるのかと思ってしまう。
恵美が『恋するヴァンパイア』のファンという設定も含め、「だから何なの?」と言いたくなる。
どうやら原作の要素を受け継いでいるらしいんだけど、少なくとも映画版では全く機能しておらず、ただの邪魔な雑情報になっている。

赤羽と母親の関係については、「呉井と母親の関係」に重ね合わせたかったんだろうってことは伝わって来る。それによって、赤羽が呉井に共感するドラマを描きたかったんだろう。
だけど、ちっとも上手く連動していない。最終的には「呉井がヘッセ詩集の言葉を赤羽に送り、感謝を示す」「赤羽は執筆した告白本には“亡き友へ捧ぐ”と記す」というトコまでのシンパシーで繋がっているけど、まるでピンと来ないわ。
そんな風に両者が心を通わせて絆で結ばれるドラマなんて、全く描写されていないでしょうに。
だから赤羽がサイコ・キラーを「友」呼ばわりするのなんて、頭がイカれているとしか思えないぞ。

礼子は赤羽が訪問した時、「呉井の死刑執行は阻止する」と強い自信を見せている。
だったら、その直前に「死刑執行の後なら自由に出版してもいい」と言うのは変じゃないかと。
だって、死刑執行を絶対に阻止するのなら、「死刑執行の後」ってのは存在しないはずでしょ。
っていうか、そもそも本の出版をOKしている時点で違和感があるのよ。彼女からすると面倒を避けたいはずで、断れるものなら断った方がいいんじゃないのか。

礼子は呉井が赤羽に本の執筆を頼んだと知り、「今まで取材を断って来たのに、どうして貴方なのかしら?」と言う。赤羽本人も疑問があるようで、呉井に「どうして僕なんですか」と尋ねている。
それに対して呉井は「貴方の文体が好きなんです。貴方のファンなんです」と答えるが、もちろん説得力なんて全く無い。
で、終盤になって「実は」と真の理由が明かされるんだろうと思っていたが、何も無いのだ。
いやいや、それはダメだろ。
まさか、ホントに「ただのファンだった」という設定じゃないだろうな。だとしたら、「アホか」と斬り捨てるだけだわ。

呉井の面会を終えた直後、赤羽が待ち受けていた遺族会の面々に囲まれて抗議されるのは、どういうことなのかサッパリ分からない。赤羽が呉井から手紙を貰い、本の執筆を依頼されて面会に訪れたことが、なぜ遺族会に伝わっているのか。
それを知っているのは赤羽と呉井、亜衣、恵美、礼子の5人だけだ。赤羽と呉井は遺族会に喋っていないので、女性3名の内の誰かが漏らしたってことになる。その中だと可能性が高いのは、告白本に反対している礼子だ。
でも、だったら最初から告白本の執筆を認めなきゃ良かったわけで。
っていうか、情報を漏らしたのが誰なのかは最後まで判然としないのよね。それはダメだろ。
あとさ、遺族会が来た時点で、赤羽も「なぜ知っているのか」と疑問を抱けよ。なんでスルーしているんだよ。

純子の登場シーンは、まるで意味が無い。そこを「赤羽が呉井の依頼を引き受けるきっかけ」として使っているけど、以降は全く登場せず、話に全く絡まないので、存在意義はゼロと言ってもいい。
純子を登場させなくても、赤羽が呉井の依頼を引き受ける手順を成立させることは幾らでも出来るわけで。
レポーターの長嶋一茂とかフィクサーの中村嘉葎雄も、これまた存在意義がゼロ。
レポーターは、そこに著名な人物を配置することで余計な情報になっている。フィクサーについては、千夏へのミスリードを狙っての配置だろうけど、彼を登場させなくても全く支障は無いので、これまた余計な情報になっている。

亜衣は上手く使えば「赤羽の魅力的なパートナー」として機能した可能性を充分に感じさせるのだが、残念ながら活かし切れていない。
赤羽が調査活動を開始すると、千夏が出張ってきてパートナー的なポジションに収まるが、そこは亜衣にしておいた方がいいでしょ。
千夏の扱いを大きくして、赤羽との距離を近付けることで、「彼女が犯人かも」というミスリードに繋げようという狙いがあるのかもしれない。
しかし、千夏が赤羽のパートナーになっても、ミスリードとしては意味が無い。

あと、千夏が赤羽を助けに来るとき、「お前はスタント・ドライバか」とツッコミを入れたくなるような運転技術を見せるのは不自然だろ。
後になって「実は、こういう理由で運転が得意だった」という種明かしが用意されているわけでもなく、「なぜ千夏は運転が異常に上手なのか」と赤羽が疑問を抱くわけでもないので、ただ単に「変なシーン」になっている。
それもそのはずで、「実は」という設定なんて無いのだ。
だったら、そんな運転をさせるべきじゃないだろ。それが無くても成立するシーンだし。

呉井に大勢の熱狂的な信者がいるという設定は、何の説得力も持っていない。
武田真治が頑張ってシリアル・キラーを演じているけど、「大勢の熱狂的な信者がいる」という部分を納得させることは出来ていない。
ただし、それは武田真治の演技力が云々ということよりも、呉井というキャラクターの肉付けに大きな問題があるのだ。
こいつは「ただのイカれた連続殺鬼」というチンケなキチガイ野郎に過ぎず、得体の知れなさや奥行きの広さが全く足りていないのだ。

赤羽が千野優花を訪ねるシーンで、彼女が妄想する呉井とのセックスが映像として挿入される。
それが赤羽の官能小説の内容になっているという仕掛けなのだが、まるで効果的ではないし、邪魔なだけだ。
やるんなら「劇中劇として小説の内容も描く」ってことを徹底してやるべきだけど、そうじゃないしね。
どうやら原作小説だと、主人公の執筆した小説が途中で挿入される構造になっていたらしい。だから、それをチラッと申し訳程度に持ち込んだのかもしれないけど、どうしようもなく中途半端だわ。

呉井が母親について語る時、回想シーンまで入れて、やけに丁寧に描写している。その一方で、回想シーンの母親は顔が全く写らない。
回想シーンだけの登場なら、普通は母親の顔を見せるだろう。
そこは不自然な表現なので、「何かあるんだな」と感じさせる。呉井は母親が死んだと話しているけど、まだ生きているんじゃないか、後から登場するから回想シーンでは顔を隠しているんじゃないかと匂わせる。
ミステリーなので手掛かりは用意すべきだけど、そこは親切すぎるんじゃないか。

さんざん「千夏は怪しい、疑わしい」というミスリードの餌を撒き散らした上で、「呉井が千夏も信者であることを明かす」という展開に到達するんだから、そこからは「赤羽が千夏を疑ったり調べたりする」という流れに移るべきだろう。
ところが、なぜか赤羽は「呉井を理解したい」と思うだけで、千夏を探ろうという意識は全く抱かない。
それどころか、「今回の連続犯は誰なのか」ということに対しても、まるで興味を示さないのだ。

終盤、赤羽が改めて三重子の元を訪れている間に、今回の犯人が小林家へ乗り込んで亜衣を襲撃する展開がある。
赤羽がヒッチハイクしたトラックから電話を掛けている時に亜衣は襲われるのだが、この時点では外が明るい。
夜になってから赤羽が小林家に戻ると、犯人は拘束した亜衣に刃物で襲い掛かっている。
いやいや、どういうことだよ。
それまでに幾らでも時間があったはずだろ。だったら、なんで赤羽が帰宅するタイミングまで殺していないんだよ。

真犯人が明らかになった後、赤羽は「12年前の被害者の生前写真は偽装であり、実際は頭部を切断された後の撮影だ。用意した人形の体に、切断した頭部を乗せて撮影している」と気付く。
でも、「だから何なのか」と言いたくなる。
それが分かったからって、驚くべき新事実が明らかになるわけでもない。
死んでから撮影しようが、死ぬ前に撮影しようが、どうでもいい情報でしかないでしょ。まるで「凄い事実に気付いた」みたいな描写になっているけど、「何が?」と問い詰めたいわ。

物語にもたらす効果が見えない新事実の発見を用意するよりも、もっと他に解明すべき事柄が色々とあるんじゃないのかと言いたくなる。
例えば、今回の犯人が一人暮らしの沙羅と優花を自宅で殺したのはいいとして、母親と暮らしていて自室にいる樹里を殺害して頭部を切断するのは無理があるんじゃないかと。
そこの手口についての説明は、何も用意されていないんだよね。
あと、真犯人が判明しても、そこに向けた伏線が少な過ぎて「あの時のアレは、そういうことだったのか」という心地良さが全く無いぞ。

千夏がフィクサーと会っていたのも、どういう意味があったのかサッパリ分からない。
彼女が呉井に手紙を送っていたのも、どういう意味だったのか分からない。
そもそも、本当に熱心な信者だったのか、別の理由で手紙を送っていたのか、その辺りも良く分からない。
千夏に関しては、「彼女が犯人」と思わせるミスリードを幾つも用意しているが、真犯人が明らかになった後で「そのミスリードとして使われたネタは、実はこういう意味だった」という説明が何も無いまま放り出されているんだよね。

赤羽の「僕、分かったかもしれません」という町田への電話で、警察は12年前の被害者の頭部を見つけるために穴を掘る。
だけど、素人の推理だけで、大勢の警官が動員されて大きな穴を掘るってのは、ちょっと不自然でしょ。
あと、すんげえ深い穴なのよね。
確実に人間の3倍以上の高さなのよ。そこまで掘らなきゃ発見できないのに、警察が途中で「ここには無いだろ」と考えて中止しないのも変だわ。
あと、その深さで発見されるってことは、そこまで犯人は穴を掘って頭部を埋めたことになるぞ。それも変だろ。

最終的に「実は1人の被害者だけは犯人が別にいる」という事実が明らかになるが、これは原作通りらしい。
ただ、どうでもいい設定でしかないわ。最後の最後で「1人だけ殺した別の犯人がいる」ということが明らかにされても、蛇足にしか感じない。
あと、その犯人と今回の犯人、2人から赤羽は発砲を受けているんだけど、「なぜ銃を武器にしたのか」と言いたくなる。
そりゃあ昔に比べりゃ一般人が銃を入手しやすくなっただろうけど、まだ映画に持ち込むにはハードルが高い。よっぽど慎重に扱わないと、荒唐無稽になってしまうリスクが高い。
拳銃で襲われる設定が必要不可欠ってわけでもないんだから、そこは改変すれば良かったのに。

(観賞日:2016年10月14日)

 

*ポンコツ映画愛護協会