『人間の証明』:1977、日本

ニューヨークのスラムで育った黒人青年ジョニー・ヘイワードは、「キスミーへ行く」という言葉を言い残して日本へ向かった。そのジョニーは、東京のロイヤル・ホテルのエレベーターで死体となって発見された。彼は、西条八十詩集を抱いていた。ちょうどホテルでは、女流デザイナー八杉恭子のファッション・ショーが行われていた。
那須警部の指揮の下、警察による捜査が開始された。棟居刑事や横渡刑事は、ショーの出席者に話を聞いた。その中には、東洋技研の新見隆と愛人・なおみの姿もあった。棟居は現場近くの公園で麦わら帽子を発見し、ジョニーが死の間際に言い残した「ストーハ」という言葉は、「ストローハット」のことではないかと考えた。
事情聴取を終えた新見は、なおみを車で送り届けた。その直後、なおみは向こうから来た車にひかれて死亡した。運転していたのは、国会議員・群陽平と恭子の息子・恭平だった。恭平は同乗していた恋人の朝枝路子に手伝わせ、なおみの死体を海に捨てた。なおみを降ろした場所に戻った新見は、そこで珍しい時計を発見した。
ニューヨーク市警のケン・シュフタン刑事は上司の指示を受け、嫌々ながら日本の警察に協力することになった。ケンは富豪ライオネル・アダムスに会い、当たり屋ウィルシャー・ヘイワードの息子ジョニーに解決金6000ドルを渡したことを聞いた。
なおみの夫・小山田武夫は、新見が見つけた時計が恭子の購入した物だと突き止めた。彼からの依頼を受けて、棟居は横渡と共に恭子に会いに行った。だが、恭子は恭平から人を殺したことを聞き、既に彼をニューヨークへ逃がしていた。
棟居は終戦直後の闇市で、恭子の姿を目にしていた。米兵に襲われそうになった恭子を見て、棟居の父は彼女を助けようとした。だが、米兵に殴られ、その傷が原因で命を落としたのだ。その時、殴った相手の手には龍の入れ墨が彫られていた。
警察の捜査は、次第に核心へと近付きつつあった。ジョニーの言った「キスミー」という言葉は、西條八十詩集の『帽子』という詩に出てくる霧積だと推測された。霧積に出向いた棟居は、中山たねという老婆に会おうとするが、彼女は何者かに殺されていた。
たねと親しかった老女に会った棟居は、かつて横須賀のバーで恭子が働いていたことを知る。彼は、ジョニーが母親である恭子に会いに行って殺されたのではないかと推理した。棟居は確証を得るためにニューヨークへ飛び、ケンと組んでウィルシャーを探すことになった。棟居は、ケンの手に龍の入れ墨が彫られているのを目にする…。

監督は佐藤純弥、原作は森村誠一、脚本は松山善三、製作は角川春樹、プロデューサーは吉田達&サイモン・ツェー、撮影は姫田真佐久、編集は鍋島惇、録音は紅谷愃一、照明は熊谷秀夫、美術は中村修一郎、衣裳デザインは春日潤子、音楽監督は大野雄二、主題歌はジョー山中。
出演は岡田茉莉子、松田優作、ジョージ・ケネディー、三船敏郎、鶴田浩二、ハナ肇、ブロドリック・クロフォード、ジョー山中、岩城滉一、長門裕之、北林谷栄、伴淳三郎、竹下景子、坂口良子、高沢順子、シェリー、ジャネット八田、范文雀、夏八木勲、和田浩治、室田日出男、鈴木瑞穂、峰岸徹、地井武男、大滝秀治、ロバート・アルジョーンズ、佐藤蛾次郎、E・H・エリック、鈴木ヒロミツ、テレサ・メリットら。
ゲスト出演は森村誠一、リック・ジェーソン、今野雄二、田村順子、西川峰子、小川宏、深作欣二。


『犬神家の一族』に続く角川映画第2弾。
この頃の角川映画には(というより角川春樹という人には)、恐ろしいほどの勢いとパワーがあった。当時としては破格の製作費が投入され、アメリカでもロケを行い、ハリウッド俳優も出演させている。
とにかく、出演者が豪華だ。棟居役に抜擢された松田優作を取り巻く面々は、恭子役の岡田茉莉子、陽平役の三船敏郎、那須警部役の鶴田浩二、武夫役の長門裕之、新見役の夏八木勲、他に北林谷栄、伴淳三郎、竹下景子、坂口良子、そして海外からはジョージ・ケネディーにリック・ジェーソン、ロバート・アール・ジョーンズなど。

元気のあった頃の角川映画というのは、とにかく宣伝が巧みだった。脚本を公募したことも、話題作りの1つだった。結果的にはプロとしてキャリアを積んでいる松山善三のシナリオが採用されたが、出来レースだったのではないかと思ったりもする。
テレビでは、大量にコマーシャルが放送された。「母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね」という西条八十の詩の言葉を、キャッチコピーとして上手く利用した。ジョー山中が歌う主題歌『人間の証明のテーマ』を、多くの人々の頭に焼き付けた。

スケールは大きいが筋を追うのに精一杯で話が荒いとか、登場人物が多すぎて上手く処理出来ていないとか、ジョージ・ケネディーの最後の芝居が臭すぎるとか、既にジョージ・ケネディーはキャリアのピークを過ぎていたとか、文句を付けることは幾らでも出来る。
しかし、どれだけ文句を付けられたとしても、どうってことは無いだろう。序盤、何の意味も無くファッション・ショーの場面をダラダラと映し続ける所からして、そもそも作品の中身に関しては、実はそれほど執着が無かったのではないかとさえ思うのだ。

そう、この頃の角川映画において、作品の中身は二の次で、重要なのは「いかに人々の注目を集めるか」ということにあったのだ。
公開当時、某雑誌ではその年のワースト1の映画に選ばれたが、痛くもかゆくも無かったに違いない。
なぜなら、この映画は大ヒットを記録したからだ。
ヒットすれば勝ち、それが角川映画のポリシーだったのだから。

 

*ポンコツ映画愛護協会