『ニンゲン合格』:1998、日本
14歳の時に交通事故に遭って以来、ずっと病院で昏睡状態だった吉井豊が、10年ぶりに目覚めた。藤森という男が彼の見舞いにやって来た。どうやら父の友人らしい。だが家族は誰も来ない。両親は離婚し、家族がバラバラなってしまったらしい。
退院した豊は昔の自宅に戻り、藤森との共同生活を始める。父は藤森に家を預け、藤森はここで釣り堀を経営していた。ある日、一頭の馬が敷地に迷い込んできた。子供の頃、ここがポニー牧場だったのを思い出した豊は、その馬を買い取り、一頭だけの牧場を始めることにした。
やがて新興宗教にハマっている父が戻ってくるが、すぐにアフリカへ旅立つ。妹の千鶴は恋人の加崎を連れて戻り、母も家に来るようになる。だが、妹も母も、やがて家を出ていってしまう。藤森がしばらく家を空けることになリ、独りぼっちになった豊だが…。監督&脚本は黒沢清、企画は土川勉&神野智、製作は加藤博之、プロデューサーは下田淳行&藤田滋生、撮影は林淳一郎 、編集は大永昌弘、録音は井家眞紀夫、照明は豊見山明長、美術は丸尾知行、音楽はゲイリー芦屋。
主演は西島秀俊、共演は役所広司、菅田俊、りりィ、麻生久美子、哀川翔、洞口依子、大杉漣、鈴木ヒロミツ、豊原功補、戸田昌宏、山村美智子、諏訪太朗、大鷹明良、石橋正治、留美、バター犬たろう、アル北郷、ガンビーノ小林、木村真有子、宮下周邦、井上肇、岡村洋一、三島裕、三浦景虎、冬音ゆかり他。
スリラーを得意とする黒沢清監督が、初めて家族ドラマに挑戦した作品。
彼の持つ独特のリアリズムによって描かれた家族は、「崩壊もしなければ再生もしない」というドラマを形作る。ロングショットと長廻しの多用は、黒澤監督のクリシェ。家族ドラマにありがちな「最初はバラバラだった家族が、やがて絆を取り戻し、愛に溢れる家族として再生する」という展開に、監督は不自然さを感じたのだろう。
しかし、10年ぶりに目覚めた豊に対してクールに対応する家族の方が、よほど不自然でリアルから遠くかけ離れている。西島秀俊が演じる主人公の吉井豊は、基本的に無感動で無表情である。豊だけではなく、他の出演者もあまり感情の起伏が見られない。そして作品自体も淡々と進行する。銃撃戦や殺人、ショッカー効果のあるような映画ではないので、作品自体が無表情なものになってしまっている。
黒沢監督は、それまで自分が作ってきたようなスリラー映画と同じ手法でこの作品を撮った。それは失敗だった。「何か怖い展開」を予想させる演出なのに、何も起こらない。これでは観客が肩透かしを食らった気分になってしまう。
黒澤監督は、映画をよりリアルに近付けようとしているように見受けられる。だから説明に乏しいのも、意図していることなのだろう。しかし、娯楽映画としての姿勢に問題があるように思えてならない。
果たして、愛想の無い商業映画というのは成立するのだろうか。