『二重生活』:2016、日本

大学院修士課程で哲学を学ぶ白石珠は、ゲームのキャラクターデザイナーとして働く鈴木卓也とマンションで同棲している。セックスした後、ベランダに出て煙草を吸い始めた珠は、向かいにある一軒家に目をやった。すると住人の石坂史郎と妻の美保子が、娘の美奈が補助輪無しで自転車に乗れるよう手伝っていた。外食の約束をした珠と卓也が外出しようとすると、管理人の春日治江が郵便受けにビラを入れていた。彼女は2人にビラを渡し、ゴミの出し方が酷いので監視カメラを付けたのだと告げた。
大学に行った珠は、ゼミの担当である篠原教授に修士論文の作成計画書を見せた。「現代日本における実存とは何か」が論文のテーマで、珠は無作為に100人にアンケートを取ることを考えていた。社会学や心理学の方法だと指摘された珠は、「どうして人間は存在するのか」「何のために生きるのか」という答えが分からず、胸の中がモヤモヤするのだと話す。「無作為アンケートで手掛かりが見つかるのではないかと思った」と彼女が言うと、篠原は「それを考え出すのが哲学です」と述べた。
篠原は1人を対象にしてみるのはどうかと提案し、「尾行して生活や行動を記録し、その人物を通して人間とは何なのかとを考察する」と説明する。ただし理由の無い尾行であり、気付かれてはいけないと彼は補足する。珠は即答できず、少し考えることにした。帰りに書店に立ち寄った珠は、『探偵入門』を立ち読みして尾行の方法を調べた。書店では小説家がサイン会を開いており、そちらに目をやった珠は編集者として石坂が同席しているのに気付いた。
珠が書店を出た石坂を尾行していると、卓也から仕事が入って外食に行けないという電話が入った。珠は早々に電話を切り、尾行を続ける。彼女は電車に乗り、明治神宮前駅で下りた石坂を追って喫茶店に入る。少し離れた席に座った珠が観察していると、澤村しのぶという女性が石坂の向かいに座った。しのぶの石坂に対する態度は、明確に恋愛関係を感じさせた。石坂としのぶが一緒に店を出たので、珠は後を追った。2人はビルとビルの隙間で抱き合い、セックスを始めた。
珠が離れた場所で待機していると、石坂はタクシーを拾ってしのぶと別れた。しのぶを尾行した珠は、彼女がクレア・ド・ルーン南青山で澤村デザイン事務所を経営していることを知った。珠は計画書を手直しし、理由の無い尾行で論文を書くことに決めた。報告を受けた篠原は、「対象と接触してはいけませんよ」と釘を刺した。珠がゼミの飲み会に参加すると、友人の三森彩夏は先輩である桜井たちの不毛な議論に呆れる。彩夏は大学院に来たことを後悔しており、論文なんて適当でいいと口にした。桜井は珠に声を掛け、篠原が論文を褒めていた、彼が他人の研究を褒めるのは珍しいと語った。
篠原が「篠原佐代子」の診断書を開くと、直腸癌で肺転移と記されていた。彼は電話を掛け、2ヶ月の葬儀の準備を依頼した。珠は小さなメモ帳を持ち歩き、石坂を尾行した。タクシーで後を追うと、石坂は喫茶店で小説家志望の女性と会った。原稿を読んだ彼は全体としては賞賛した上で、彼女が力を入れた第二章を捨てて見ないかと提案する。女性が受け入れると、石坂は3日で直すよう告げて去った。喫茶店を出た石坂は、家族のためにケーキを購入した。
石坂は携帯電話を取り出し、「来週、また電話する。恵比寿のホテルで予約しとくよ」と話した。帰宅した彼が妻子と話す様子を見ながら、珠はゴミ捨て場の隣でメモ帳に今日の行動を記した。そこへ治江が現れ、石坂家が昔から地主であること、4年前に祖母が亡くなってから石坂と妻子が住み始めたことを話す。さらに彼女は、石坂が英林出版の部長でヒット作を次々に生み出す編集者、美保子は町内会の雑用を何でも引き受けてくれる完璧な女性、美奈は学志大附属に通う優等生だと語った。
次の日、珠は石坂が妻子を連れて出掛けるのをマンションから目撃し、すぐに身支度を整える。彼女は卓也に適当な理由を付け、部屋を出た。一方、篠原は三ツ木桃子という女性と電車に乗って、母の佐代子が入院する病院へ赴いた。自分の著書が出版されることを彼が話すと、佐代子は「思い残すことね、何も無いから。順番だから」と言う。彼女は桃子を見て、「こんな素敵な人がいたなんて」と喜ぶ。桃子は「貴方のこと、随分と待たせたんじゃないでしょうか」と言われ、「いえ、私が勝手に待ってただけですから」と微笑む。「次は孫の子も見せてもらえるかしら」という母の言葉に、篠原は困惑した。そこへ看護師が来ると、彼は3人の写真を撮ってもらった。
石坂家は水族館へ遊びに行き、珠が尾行した。夜になって帰宅した彼女は、卓也に「友人と水族館へ行って来た」と嘘をついた。別の日、珠はマンションから、洗車している石坂を観察した。携帯が鳴ると石坂は車中に入り、鉢植えを持って家を出てきた美保子は少し離れて様子を見た。恵比寿のホテルで石坂が泊まる夜、珠はロビーで待機する。しのぶが来てエレベーターに乗り込むと、珠は後を追う。彼女は石坂がチェックインした部屋の前を通るが、すぐにロビーへ戻った。
しばらくすると石坂としのぶがホテルを出たので、珠は後を追った。石坂としのぶがイタリアンレストランで食事を始めたので、珠は席が空いたのを見て中に入った。石坂は嘘をついたのを責められ、誤解だと弁明した。しのぶは腹を立てて店を飛び出し、視線を外にやった珠は美保子と美奈がいるのを発見した。石坂が店を出ると、美奈が声を掛けた。石坂が驚いて歩み寄ると、美保子はGPS機能で店を特定したことを明かす。美保子は娘を石坂に預け、「先に帰っててくれる?」と告げて走り去った。
石坂は仕方なく、タクシーを停めて美奈と乗り込んだ。珠は美保子を追い掛け、卓也からの着信を無視する。美保子はホテルへ行き、石坂の予約が入っていないかとフロント係を問い詰めた。それを見ながら珠がトイレへ駆け込むと、しのぶが洗面台に向かって電話していた。珠が個室に入って耳をすませていると、しのぶは泣きながら別れ話をしているようだった。個室から出て来た珠に、しのぶは「さっき同じレストランにいたよね。夕方、ロビーにもいたよね?奥さんに頼まれたの?」と詰問する。「何言ってるんですか、たまたまでしょ」と珠が言うと、彼女は「違うでしょ」と鋭く告げる。珠が「えっ、なんか私、悪いことした?」と口にすると、しのぶは疑いを払拭できない様子だったが、「私の勘違いだったわ」と告げて去った。
しのぶがホテルを出ていくと、気付いた美保子は慌てて捕まえようとする。しかししのぶがタクシーに乗って去ったので、美保子は諦めるしかなかった。珠が尾行すると、美保子は酒瓶を買って悪酔いした。彼女は徘徊して号泣し、明け方に帰宅した。珠がゴミ捨て場の近くでメモを取っていると治江が来て「おはよう」と言うので、慌てて「おはようございます」と返した。その夜、珠がノートに観察記録を書き直していると、救急車のサイレンの音が石坂家で止まった。珠が様子を見に行くと治江が現れ、美保子が服毒自殺を図ったらしいと教えた。石坂は娘を治江に預けて救急車に乗り込む時、珠を見て何かに気付いた表情を浮かべた。
翌朝、石坂はしのぶに電話を掛け、「命は助かった。しのぶも元気で」と告げた。珠が駅へ行くと石坂が待ち受けており、尾行の理由を追及される。珠は「私、会っちゃいけないんです、貴方と。それがルールなんです」と大声で言い、電車に飛び乗って逃亡した。珠は篠原に連絡を取ろうとするが、電話は繋がらなかった。その頃、篠原は桃子を伴って病院を訪れ、母の最期を看取っていた。「終わりました」と篠原は静かに言い、「お義母さん」と泣き崩れる桃子に礼を述べた。
珠がマンションに戻ると、石坂から電話が入った。卓也に「出ないの?」と言われた珠が仕方なく電話に出ると、相手は治江から番号を教えてもらった石坂だった。逃げ切れないと覚悟した珠は、「ちゃんと話そう」という石坂の要求を承諾した。彼女は相手について卓也に訊かれると「教授」と答えるが、すぐに「嘘だ」と見抜かれた。珠が論文の題材で石坂を尾行していたことを明かすと、卓也は「なんでそんなことしなきゃいけないの?そんなことして、何の意味があるの?」と呆れる。卓也は「俺たちさ、なんで一緒にいるんだろう?」と漏らし、部屋を出て行った。取り残された珠は、「分かんないよ」と泣き出した。
珠は喫茶店で石坂と会い、修士論文のノートを見せて事情を説明した。そのまま飲みに出掛けた石坂は、珠に尾行の感想を尋ねた。正直に教えるよう求められた珠が「面白かったです」と答えると、彼は「自分は何の経験もしないで、頭の中だけで人の秘密をこねくり回して、自分勝手に書くんだろ」と嫌味っぽく告げる。彼は自分と家族を論文に使うなと要求し、困惑した珠は「お願いします」と食い下がるが酔い潰れて意識を失った。石坂が店から連れ出すと、酩酊状態の珠は「書かせてください論文」と繰り返して彼にキスをした。
石坂は彼女をホテルに連れ込み、セックスに及ぼうとする。しかし娘からメールが届いたことを知らせる着信音が鳴り、「早くかえってきてね」という文面を見た石坂はセックスを中止した。彼が服を着ると、珠は高2の時の父の親友だった男性が好きだったこと、癌で死去したことを語った。「私の深い所は空っぽのままで。石坂さんを尾行して、空っぽの部分が埋まるような感覚があったんです。だから論文を書いてみたいんです」と彼女が訴えると、石坂は「陳腐だな、お前の物語。ありふれてるよ。少しも面白くない」と嘲笑した。しかし罵られた珠が泣き出すと、論文を書くことを許可した…。

監督 脚本 編集は岸善幸、原作は小池真理子「二重生活」(KADAKAWA/角川文庫刊)、エグゼクティブプロデューサーは河村光庸、製作は堀内大示&中村理一郎&石井紹良&合志陽一郎&加藤義人&藪下維也、プロデューサーは杉田浩光&佐藤順子&富田朋子、撮影は夏海光造、照明は高坂俊秀、録音は森英司、美術は露木恵美子、音楽は岩代太郎。
門脇麦、長谷川博己、菅田将暉、リリー・フランキー、烏丸せつこ、西田尚美、河井青葉、篠原ゆき子、宇野祥平、岸井ゆきの、益田愛子、平田風果、武田義晴、小林竜樹、傳田うに、荒木秀行、森本のぶ、鹿野祐嗣、工藤顕太、渡邉雄介、伊藤潤一郎、小林嶺、浅賀優磨、小谷純人ら。


小池真理子の同名小説を基にした作品。
監督&脚本&編集の岸善幸は、テレビの世界でシカゴ国際映画祭テレビ賞長編テレビ映画部門金賞など数多くの賞を受賞してきた人物。
テレビマンユニオン代表取締役常務で、これが映画デビュー作。
珠を門脇麦、石坂を長谷川博己、卓也を菅田将暉、篠原をリリー・フランキー、治江を烏丸せつこ、桃子を西田尚美、美保子を河井青葉、しのぶを篠原ゆき子、桜井を宇野祥平、彩夏を岸井ゆきの、佐代子を益田愛子、美奈を平田風果が演じている。

冒頭、「何ヵ月か前から、街なかで見知らぬ他人の後をつけるのが習慣になった。後をつけるのが面白かったからで、相手に興味を持ったからではない。」という文字が出る。
これはソフィ・カルの著書『本当の話』の一節だ。この『本当の話』を読んでいた篠原が、珠に理由なき尾行を勧めるというのが物語の発端だ。
だが、『本当の話』を読んでいたからと言って、教え子に理由なき尾行を勧めるのは意味不明。
「だからなのね」と納得できる余地は微塵も無いぞ。

珠は大学院修士課程なのだが、まだ「どうして人間は存在するのか」「何のために生きるのか」と考えてモヤモヤしている。哲学を専攻して学んできたはずだが、何も得られていないようだ。
そんな彼女は篠原から理由なき尾行を提案された時、戸惑いを示している。書店で『尾行入門』は読むが、「とりあえず」ってことに過ぎず、まだ前向きな気持ちってことではないはず。
ところが石坂を見た途端、すぐに彼女は尾行を始める。なぜなのか、サッパリ分からない。
石坂の意外な一面を見て、好奇心を刺激されたわけでもないんだし。

石坂を尾行した珠は、かなり危なっかしいのだが、全くバレずに済む。これに味を占めたのか、彼女は本格的に理由なき尾行を始めようと決意する。
だが、そのために改めて尾行のイロハを勉強することは全く無い。ド素人の状態で尾行を始める。なので、何度もバレそうな危機が訪れる。その度に彼女は、電話を掛けているフリをしたり、そっぽを向いたりして誤魔化す。すると、なぜか全くバレずに済む。
コミカルな作品なら、「バレそうになる」「なぜかバレない」ってのも含めて、ギャグとして見せることは可能だ。
でも、この映画の場合、そういうテイストじゃないからね。なので、ただ「無理がある」ってだけになっている。
そこを寓話と受け入れることは難しい。だって寓話じゃないからね。

どう考えてもバレそうな珠の尾行に全く気付かない石坂は、ものすごく大胆な行動を取る。なんと、南青山のビルとビルの隙間にしのぶを連れ込み、昼間からセックスを始めるのだ。
いやいや、そんなトコで青姦に及ぶ必要性なんて全く無いだろ。ホテルに行けよ。
っていうか、しのぶの事務所はすぐ近くにあるんだから、そこに行けよ。その時間さえ我慢できないぐらい、性欲が溜まって辛抱たまらんかったのか。それとも、青姦が趣味なのか。
こいつらの行動は、かなりキテレツにしか見えないぞ。

珠が論文の題材で石坂を尾行していたことを打ち明けた時、卓也は「なんでそんなことしなきゃいけないの?そんなことして、何の意味があるの?」と質問する。
この言葉が、本作品の全てだと言ってもいい。
珠の「分かんないよ」という言葉は、「俺たちさ、なんで一緒にいるんだろう?」という質問に対する感情なのかもしれない。ただ、尾行に対する「そんなことして、何の意味があるの?」という質問にも、彼女は明確な答えを出していない。
だから、彼女も石坂を尾行する意味を見出せていないと理解せざるを得ない。

珠は石坂から題材にすることを拒否されると、「書かせてください論文」と繰り返してキスをする。
酩酊しているとは言え、色仕掛けで枕営業してまで論文を書こうとする理由は何なのかと。そうまでして論文の完成に固執する動機が全く見えないので、ただのアバズレにしか見えないぞ。
一方、その色仕掛けで欲情し、ホテルに連れ込んでセックスに及ぼうとする石坂もクズ野郎にしかも見えない。その前日には浮気が原因で妻が自殺未遂を起こしているのに、まるで反省してないし学習能力も無いってことになるだろ。
珠と石坂がホテルで関係を持とうとするのは映画オリジナル設定らしいが、完全なる改悪だ。ここで2人のキャラをブレさせている。

セックスが未遂に終わると、珠は「高2の時、ある人が好きでした」と石坂に話し始める。
それは8歳の時に亡くなった父の親友で、珠を励ましてくれた相手だった。母には内緒で何度も会ったが、夏休みに入る癌で入院した。亡くなる2日前に面会に行ったが、何も言えないままだった。
そんなことを語った珠は、「私の大切な人は、どうしていなくなっていくのかなあって。どうして私は取り残されるんだろうなあって。考えてもモヤモヤするばっかりで。私の深い所は空っぽのままで。石坂さんを尾行して、空っぽの部分が埋まるような感覚があったんです。だから論文を書いてみたいんです」と説明する。
ちょっと何言ってんのか分かんない。

そんな珠の話を聞いていた石坂は、「陳腐だな、お前の物語。ありふれてるよ。少しも面白くない」と嘲笑する。「同情させて、人と人の絆で分かり合おうっていうのか。そんなこと出来るわけないだろ。この世界に満たされている人間なんていないんだよ」と扱き下ろす。
それでも泣き出す珠に同情したのか、論文の題材にすることは承諾する。
ただ、かなり言葉数を使った珠の「こんな過去があって云々」という説明って、そんなに必要かね。
そんなの、別に無くても大して影響が無いように思えるんだけど。

篠原は原作に存在しない映画オリジナルのキャラクターであり、珠が石坂の尾行を始める経緯も異なっているらしい。そこの改変が、ダメな方向へ転がっているわけだ。
わさわざ篠原の指示という設定に変更したのは、彼を重要なキャラとして最後まで使うためだ。
ネタバレを書くが、終盤になって篠原から論文の続行を指示された珠が、彼を尾行の対象に変更する。論文を書き上げた珠は篠原から貰った情報で、桃子が妻ではなく代行エージェンシーに雇われた妻役の劇団員だと知る。論文の採点を終えた篠原は、首を吊って自殺する。
そんな風に、終盤で篠原が大きく扱われるのだ。

ただ、なぜ篠原が自殺する展開になるのか、サッパリ分からない。
いや、自殺の理由を捻り出そうとすれば、出来ないことは無いのよ。母を亡くして生きる意味を失い、論文で自分のことを読んで満足し、自殺したってことなんだろう。
ただ、こいつの自殺で話を畳もうとする意図が不明なのよ。
桃子の正体が明かされる回想シーンは、「説明のための説明」で蛇足みたいになっちゃってるし。篠原と桃子の関係が、石坂家との対比になっているわけでもないし。

(観賞日:2022年2月7日)

 

*ポンコツ映画愛護協会