『日本海大海戦 海ゆかば』:1983、日本

明治37年12月。連合艦隊旗艦「三笠」は日露開戦から1年、世界最高と言われるロシア海軍を相手に勝ち続けてきた。次の一戦に向けて、呉の海軍工廠では整備に追われていた。呉海兵団の軍楽隊が練習している場に、軍学生の神田源太郎がやって来た。隊長の尾形登は再会を喜び、横須賀海兵隊に同期入団の神田を隊員に紹介した。神田は演奏会で腕を磨いていたが、予備招集を受けて戻って来たのだ。尾形は神田に、「今度こそバルチック艦隊との決戦らしい。その時は軍楽隊も戦闘配置に就いて戦わなければならん」と語った。
明治天皇は海軍大臣の山本権兵衛からの報告で、敵艦隊の到着時期が判然としないことを知って腹を立てた。彼が「充分な対策があるとは言えない」と指摘すると、連合艦隊司令長官の東郷平八郎は「いつ敵が来ても撃滅します」と約束した。尾形と歓楽街を歩いていた神田は三笠の砲員長を務める大上勇作に難癖を付けられ、暴行を受けた。大上と仲間たちは、軍楽隊を馬鹿にしていた。
神田は集会場に女性の面会者が来ていることを知らされ、からかう尾形に「もう女は懲り懲りですよ」と笑う。集会場に戻った彼は、せつの姿を見て驚いた。せつは「馬鹿野郎」と怒鳴り、神田に平手打ちを浴びせた。神田が突き飛ばすと、彼女は泣き出した。神田は尾形に、せつが浅草の明治屋の女であること、女房にしてやると約束したことを明かした。神田は尾形に下宿を貸してもらい、せつと話す。せつが何も食べずに3日も待っていたことを話すと、神田は「約束した直後に招集令状が来た。今回は生きて帰れるか分からん。顔を見て別れを言えなかった」と弁明した。
神田はせつに店でも持ってもらおうと考え、貯金通帳を送っていた。せつは「あたいはね、あんたがいなきゃ、どうにもならないんだよ」と言い、どうにかして出征を中止するよう求める。神田が「軍人はお国のために死ぬのが務めなのさ」と拒否すると、「国があたいたちに何をしてくれたのさ。返す義理んか無いんだよ」とせつは声を荒らげる。神田が「男の気持ちは女には分からん」と言うと、せつは憤慨して去ろうとする。神田が押し倒すとせつは抵抗するが、結局は受け入れて体を重ねた。
神田は明日が出発だとせつに告げ、酒を酌み交わした。せつは剃刀で襲い掛かり、一緒に死んでくれと迫った。神田は彼女を捻じ伏せるが、罵声を浴びせられたので平手打ちを浴びせて去った。明治38年2月14日。修理を終えた三笠は、丸山寿次郎が指揮する軍楽隊の演奏と共に呉を出航した。東郷や山本たちが船室で昼食を取る際も、軍楽隊は甲板で演奏した。先任参謀の秋山真之はロシア軍がウラジオストクに入るコースについて、朝鮮海峡を使う可能性が高いと東郷たちに説明した。
神田は尾形から新入りである島田太市の面倒を見るよう指示された。軍楽隊は戦闘配置の任務遂行訓練を受けることになり、砲員長の指導を受けるよう命じられた。軍楽隊は基本的に、戦闘配置でも信号受信と負傷者の運搬が仕事になる。ただし砲員が全滅した場合、代わりを務めることになるのだ。神田と島田が配属された場所の砲員長は大上だった。大上は島田に手紙を渡し、機関部の松田に届けるよう命じた 。島田が激怒した松田に殴られるのを目撃した神田は、慌てて止めに入った。島田が大上から渡されたのは、借金の証文だった。大上は艦内で博奕を仕切っており、松田から借金を取り立てるために島田を差し向けたのだ。
大上班の中で、喜多川与之助だけは神田と島田に親切だった。彼はネズミを飼っており、乗員の生死を占わせていた。神田は大上に、松田の借金は肩代わりするので今後は島田を取り立てに使わないよう要求した。大上は了解した上で、神田と島田に砲弾を運ぶ訓練を命じた。彼と部下たちは、重労働に苦しむ2人を嘲笑したり罵声を浴びせたりした。神田は松田から礼を言われ、「お前らの身の安全は俺が保証する」と告げられた。
大上は島田を呼び出し、優しく声を掛けた。彼の部下たちは、盗み出した食品を見せに来た。大上は島田に、今日からは義兄弟だと言う。島田が困惑していると松田が神田と共に現れ、男色が目当てだと指摘した。大上が松田に殴り掛かり、乱闘が勃発した。上官が駆け付けて制止した後、神田と島田は甲板に呼ばれた。伊地知大佐は乱闘の原因が盗んだ食品だと聞かされ、どちらかが犯人だと決め付けていた。「正直に言わないと2人とも金庫室だ」と言われ、神田は自分が犯人だと名乗り出て殴られた。尾形は島田を守るため、自分と同じ中甲板へ配置換えしてもらった。
三笠が佐世保港に到着すると、神田は親戚が面会に来ていることを知らされた。教わった住所に行くと、旅館ではなく千鳥という飲み屋があった。親戚が来ていないと知った神田は去ろうとするが、せつがいたので驚いた。せつは店の2階にある座敷で、体を売って稼いでいた。座敷に入った神田が「こんなことして何になる?」と言うと、せつは泣いて「今夜だけ一緒にいて」と懇願する。店に来ていた大上班の片山伊作は、2人のために熱燗の代金を支払った。
せつは中古のトランペットを購入しており、持って行ってほしいと神田に告げる。「私物の楽器は持ち込めない。そんな無駄なことのために体まで売って」と神田が苛立つと、せつは「だって、アンタを独りぼっちになんかしておけなかったんだもん」と吐露する。神田は彼女を抱き締め、「お前は俺の宝物だ」と告げた。彼はせつに、必ずトランペットを吹くために戻って来ると約束した。
座敷に女将の千加が来て、片山が店の近くで首吊り自殺したことを神田に伝える。神田が現場へ向かうと、遺体を確認した上官は片山を海軍の恥だと扱き下ろした。彼は遺体の引き取りを拒否し、警察で処理するよう命じた。翌朝、片山の遺体が警察署から荷車で運ばれる時、男たちが口々に罵倒した。遺体に同行した妻は幼い2人の娘を伴いながら、謝罪の言葉を口にした。神田や尾形たちは荷車が通過する道で待ち受け、演奏で片山を弔った。
2月20日、三笠は佐世保を出港し、船着き場に走ったせつは神田が吹くトランペットの音を聴いた。丸山は軍楽隊を集め、「演奏の任務を一時解除し、戦闘配置における任務に専念してもらう」と通告した。3月16日、バルチック艦隊はマダガスカル島を出港した。連合艦隊は朝鮮半島の鎮海湾に入り、バルチック艦隊を待ち受けた。神田は大上に、借金のある女がいるので金を貸してほしいと頼んだ。大上は条件として、島田を自分と同じ上甲板に戻すよう要求した。
演習が実施され、神田たちは負傷者を運搬するための動きを繰り返した。島田は松田に協力してもらい、機関部で密かにフルートを吹いた。そのことが露呈し、丸山は「敵前逃亡に等しい卑怯者の振る舞いだ」と厳しく叱責した。彼が「もはや私の部下でも軍楽部でもない」と言うと、神田は自分が島田に演奏するよう勧めたのだと名乗り出る。彼が「入団当初から軍楽は軍備、楽器は武器と教わった。戦闘配置で武器を使えないのはおかしい」と意見すると、丸山は言葉に詰まるが、「軍紀違反は軍紀違反だ」と怒鳴った。
神田と島田は罰として、船内の清掃を命じられた。神田は尾形に、「国のためでも海軍のためでもなく、音楽のために命を懸ける。音楽家として死んでいく」と語った。すると尾形は、大上が丸山に島田のことを密告したのだと教えた。4月8日、バルチック艦隊がマラッカ海峡を通過した。東郷は秋山に、アメリカ大統領が和睦調停に動いていることを話す。その上で彼は、「戦争終結が見えてきた。この一戦に勝った側が戦勝国になる。勝利を世界に喧伝するため、思い切った艦隊決戦を挑む」と宣言した。
教練合戦が実施された後、神田は東郷に「戦闘が始まる前に演奏させてください」と頼むが、返事は無かった。内地へ戻る最後の補給船が来ることになる前に、神田はせつへの手紙を破り捨てた。彼は大上の元へ行って借りた金を返し、密告を批判した。大上は証文を見せて、「利息を付けろ」と殴り付けた。5月22日、バルチック艦隊は沖縄西方海域を通過した。神田は尾形から、東郷が慰安演奏会を開くことを知らされた。尾形は彼に、「戦地で見たことを交響楽にして構成に残す」という将来の展望を語った…。

監督は舛田利雄、脚本は笠原和夫、企画は幸田清&天尾完次&太田浩児&瀬戸恒雄、撮影は飯村雅彦、特撮監督は中野昭慶、美術は北川弘、録音は宗方弘好、照明は小林芳雄、助監督は蔦林淳望、編集は西東清明、音楽は伊部晴美。
出演は三船敏郎、丹波哲郎、平幹二朗、伊東四朗、沖田浩之、三原順子、宅麻伸、ガッツ石松、横内正、近藤洋介、佐藤浩市、坂井徹、高月忠、浅見小四郎、斉藤司、掛田誠、林恒寿、井田弘樹、二宮さよ子、伊藤敏孝、谷村昌彦、石井富子、浜田寅彦、稲葉義男、山本清、原田樹世土、宮内洋、北村晃一、中田博久、永島暎子、磯村健治、伊豆肇、早川雄三、長谷川一輝、佐伯赫哉、武内亨、尾型伸之介、長沢大、吉原正皓、原田力、達純一、高瀬将嗣、花かおる、原田君事、実吉角盛、亀山達也、田田田田、平井隆博、山本庄助、村山竜平、増田再起、長谷川裕二、星野暁一、藤井修二、杉欣也、曽雌達人、城春樹、村添豊徳、木下俊彦、田口和正、清水照夫、須藤芳雄、五野上力、葉山紘子、佐藤ひろみ、遠藤養一、城野宏ら。
ナレーターは仲代達矢。


日露戦争の日本海海戦を描いた作品。
監督は『二百三高地』『大日本帝国』の舛田利雄。脚本も同じく『二百三高地』『大日本帝国』の笠原和夫。
『二百三高地』『大日本帝国』と同じく、特撮監督には東宝から中野昭慶が招聘されている。
東郷を三船敏郎、山本を丹波哲郎、明治天皇を平幹二朗、丸山を伊東四朗、神田を沖田浩之、せつを三原順子、尾形を宅麻伸、松田をガッツ石松、秋山を横内正、伊地知を近藤洋介、大上を佐藤浩市が演じている。

日露戦争を描いた作品は幾つもあるが、軍楽隊員が主人公ってのは本作品が初めてだ。
いや日露戦争に限らず、軍楽隊を中心に据えて戦争を描こうってのは、なかなか面白いアイデアだ。
だが、それなら「軍楽隊員の目から見た戦争」というトコに絞り込めばいいものを、大物俳優を起用していることもあってか、他の面々に目を向けるシーンも少なくない。
そういう面々も軍楽隊員なら別にいいんだけど、残念ながら別の部署なのよね。

それと、神田は軍楽隊員だけど、昼食のシーンが終わると戦闘配置における訓練に突入してしまい、しばらくは楽器を吹かなくなるのよね。
実質的には「砲兵見習い」みたいな状態になっており、普通の兵士と大して変わらなくなる。
「軍人でありながら基本的には戦闘に参加せず演奏するだけ」という特殊な立場にいる人間が主人公なのに、その仕掛けが無意味になってしまう。
終盤に入り、戦闘の前に軍楽隊として活動するシーンが入るけど、そういう部分をもっと増やせば良かったのに。

せつは神田に出征を思い留まるよう懇願するが拒否され、激しい怒りを示す。しかし神田に押し倒されると、セックスに応じる。
ここで一段落付いているので、神田と酒を酌み交わして終わるんだろうと思っていた。ところが、せつは剃刀で襲い掛かり、一緒に死んでくれと言い出す。
いや、そこの手順、長いわ。もう片付いていたでしょうに。2人の恋愛劇を軸に据えたいのは分かるけど、ダラダラしすぎだわ。
っていうか、そもそも2人の恋愛劇を軸に据えていること自体、どうかと思うぞ。どうせ後半に入ると、せつの様子を挿入することも無いんだし。そして神田にしても、せつのことを思い出すことも無くなるんだし。

片山を弔う演奏シーンでは、久々に神田が軍楽隊員としての姿を見せる。ここは感動的なシーンとして演出しようとしているが、それ自体は決して間違っちゃいない。ただ、飾り付けに失敗している。
まず、遺体が運ばれる時に男たちが罵倒するのは、妻への同情心を誘うのが狙いだろうけど、ちょっと不自然さを覚えるので無くてもいい。
演奏を聴いた妻は泣き崩れ、また立ち上がって歩き出す。ここまではいいが、「また泣き崩れて立ち上がる」という2度目の手順は要らない。
いっそのこと、最初に妻が泣き崩れた後、演奏中の神田たちをカメラが捉え、せつが神田を見つめるシーンを入れて、それで終わりにしてもいいぐらいだ。

島田は機関部での勝手な演奏が露呈して叱責した後、「どうしても演奏したかった」と吐露する。
だけど、そんな様子は皆無だったので、松田が頼んで演奏してもらったかのようにさえ思えたぞ。
その誤解は翌日の叱責シーンで簡単に解けるが、それを抜きにしても「島田の演奏に対する強い欲求」は描いておくべきでしょ。そして、「神田も同じ思いだったので、彼に演奏を勧める」という流れも描くべきだよ。
この映画において最も重要なのは「軍楽隊としての神田たち」のはずなんだから、そういう手順は最優先しないと。

あと、そこは「戦闘配置に入った後も演奏する」という意味でも、大きな意味があるシーンなんだよね。それを考えても、そこに向けたドラマを丁寧に紡ぐべきだわ。
何度か神田が「演奏したい」という感情を台詞に乗せているけど、ドラマとしては足りていないんだよね。
だから神田が尾形に「国のためでも海軍のためでもなく、音楽のために命を懸ける。音楽家として死んでいく」と言っても、心に響かない。
軍楽隊としての矜持とか誇りとか、そういう強いモノが神田からはイマイチ伝わって来ないんだよね。

神田が尾形から、大上が島田の演奏を密告したと知らされるシーンがある。だが、そこから神田が何か行動を起こすこともないまま、すぐに次のシーンへ移る。そして、何の関係も無い出来事がしばらく続く。
だから神田が手紙を破り捨てるのも、ちょっと意味が分かりにくい。
そこは「大上に金を返すため、せつに送れなくなったから手紙を破った」ってことなんだろう。だけど、密告を知らされたシーンからの繋がりが悪いから、どっちのシーンもボンヤリしちゃってる。
大上に金を返して批判するシーンも、「殴られて反撃し、また殴られる」というトコで終わっちゃうので、なんか途中で放り出されたかのようになっちゃってるし。

終盤に入って戦闘に突入すると、神田はポジションがポジションだけに、すっかり脇へと追いやられてしまう。しばらくの間は、「艦内で動き回っている人々」のアンサンブルの中に埋もれてしまう。
派手で見栄えのする戦闘を見せたかったのは良く分かる。
わざわざ特撮監督として、東宝から中野昭慶を招いているんだしね。
ただ、激しい戦闘下でこそ、「普段は軍楽隊で、緊急時も基本的には後方支援」という神田みたいな立場の人間をフィーチャーすれば、そこが作品の個性になった可能性もあると思うんだけどね。

終盤に入ると、激しい戦闘中に神田がトランペットを持ち出して演奏する展開がある。
それを感動的なシーンとして演出しているんだけど、「そんなことしてる場合じゃねえだろ」と言いたくなる。
あと、「大勢の犠牲が出た」という様子を描いて悲劇的に描いているんだけど、歴史的に見ると「30分でバルチック艦隊を破った圧倒的な大勝利」なのよね。
もちろん多くの犠牲者は出ているが、まるで敗戦のような見せ方をされると「違うんじゃないかなあ」と思ってしまうぞ。

(観賞日:2022年3月2日)

 

*ポンコツ映画愛護協会