『ねらわれた学園』:1981、日本

第一学園に通う三田村由香は2年生になり、新学期最初の日を迎えた。幼馴染みのクラスメイト・関耕児と共に、彼女は学校へ向かう。B組の担任・須田先生は、昨年の平均点が学年で最低だったことを告げる。その一方で、由香は学年でトップの成績だった。ガリ勉の有川正彦は、そんな由香に敵意を剥き出しにする。
新入生歓迎のオリエンテーションが催され、クラブ活動への勧誘が熱心に行われる。剣道部の主将を務める耕児は、由香をエサにして市川というモヤシっ子を入部させた。由香は耕児と共に帰宅する途中、トラックの前に三輪車に乗った子供が飛び出すのを目撃した。「戻りなさい」と由香が念じると、本当に三輪車は後退した。驚いた由香は、慌てて家へ帰った。
酒屋を営む自宅に戻った耕児は、父や祖母から成績の悪さを責められた。そんな中、店員の広志が由香を家庭教師として雇うことを提案した。由香は耕児から断るよう頼まれるが、家庭教師の仕事を引き受けた。翌日、酒屋へ向かう途中、由香は有川と遭遇する。有川は彼女を見て、「ものすごい塾を見つけたんだ。場所は秘密だけどね」と告げて立ち去った。
酒屋へやって来た由香は、耕児の部屋に入ってすぐに窓から外へ出るためのロープを用意する。家庭教師を引き受けたのは、耕児を剣道の練習に行かせるための作戦だったのだ。耕児は遅刻しながらも、剣道部の練習に参加することが出来た。由香は耕児が部屋にいるように細工をしながら、彼の帰りを待った。
3週間後、第一学園と城南高校の剣道対抗試合が開かれた。第一学園は連敗し、ついに大将の耕児を残すのみとなった。耕児も劣勢に立たされるが、由香が祈ると相手選手の動きが止まった。耕児は連勝し、第一学園は勝利を収めた。耕児らが歓喜に沸く中、由香は体育館の上に立つマント姿の怪しい男を目にした。その男は、由香が帰宅する途中で車に乗って現われた。吸い込まれるように車に乗った由香は、その男・京極から「私と手を組めば素晴らしい超能力者として世界を支配できる」と告げられた。
数日後、高見沢みちるという転校生がB組にやって来た。由香は、彼女が超能力を使う場面を目撃していた。みちるは第一学園を支配するため、有川が通う英光塾から派遣されてきたのだった。彼女は生徒会役員選挙に立候補し、圧倒的な得票で生徒会長に就任した。彼女は学校の風紀を守るという名目で、校内パトロールの実行を宣言した。
みちるはクラス委員を集めてパトロール隊を組織し、徹底的に校則違反を取り締まっていく。由香もクラス委員だったが、みちるの能力を知っている彼女はパトロール隊への参加を拒否した。みちるは反抗的な数名の生徒を英光塾へ連れて行き、洗脳しておとなしくさせた。生徒達は静かになり、成績も向上したため、清水を始めとする教師陣や保護者はパトロール隊を賞賛する。
教師の中で山形だけは、校内パトロールが弾圧に繋がる危険な行動だと批判した。みちるは超能力を使い、山形に自動車事故を起こさせて病院送りにする。さらに反抗的だった由香の友人・野村をバイク事故に遭わせ、村瀬を犬に襲わせ、高倉先生に怪我を負わせる。由香は自分の力を信じ、第一学園を狙う勢力と戦うことを決意した。
由香は有川の母親に会って塾の場所を尋ねるが、分からないと言われる。夜、由香は悪夢の中で京極に襲われるが、耕児が出現して彼女を助けた。由香の家に、英光塾からの案内書が届いた。山形の見舞いに訪れた由香の前にみちるが現われ、「案内書が届いたでしょ。最後の忠告よ。私たちの仲間になりなさい」と告げる。耕児は英光塾の場所を突き止めて潜入するが、京極に捕まってしまう・・・。

監督は大林宣彦、原作は眉村卓、脚本は葉村彰子、製作は角川春樹、プロデューサーは逸見稔&稲葉清治、撮影監督は阪本善尚、編集はP・S・Cエディティング・ルーム、美術デザインは薩谷和夫、アートは島倉二千六、照明クルーは渡辺昭夫&尾畑引昌&河村和正&蛯原昭悟、ピクトリアルデザインは島村達雄&坂間雅子、作画合成は岡田明方&山田孝、ファッション・コーディネイターは斉藤のり子、音響デザインは林昌平、音楽監督は松任谷正隆、
主題歌「守ってあげたい」作詞・作曲・歌は松任谷由実。
出演は薬師丸ひろ子、高柳良一、峰岸徹、ハナ肇、長谷川真砂美、手塚真、山本耕一、赤座美代子、三浦浩一、大石悟郎、明日香和泉、岡田裕介、千石規子、久里千春、大山のぶ代、青木和代、鈴木ヒロミツ、長谷川真砂美、広瀬正一、宮寺和彦、高橋克典、大野貴保、上村正仁、秋永知彦、船木浩行、西角雅教、岩田光高、ジャンボ杉田、井上浩一、岡本プク、三留まゆみ、永沢日和、若林美智子、浜田みどり、水島かおり、大山宣子、小西恵子、池上千代、大林千茱萸、中川勝彦、杉本智孝、渡辺肇、佐藤吉郎、小森敬一、坂根英功ら。


眉村卓の同名小説を基にした作品。
由香役の薬師丸ひろ子は、これが角川映画での初主演。
角川のイメージが強い彼女だが、実は1980年にキティ・フィルムが製作した『翔んだカップル』が初主演(鶴見辰吾とダブル主演だが)。
この作品以降、薬師丸ひろ子は角川三人娘の1人として(あとは渡辺典子と原田知世)、角川映画で次々に主演を張ることになる(『セーラー服と機関銃』『探偵物語』『里見八犬伝』『メイン・テーマ』『Wの悲劇』)。

耕児役の高柳良一は慶應義塾高校在学中に薬師丸ひろ子相手役オーディションに合格し、これが映画デビューとなった。
その後、角川作品を中心に活動したが、大学卒業後は角川書店に入社し、「野性時代」編集部員となった。この頃に担当した火浦功が、作品のネタにしたりしている。その後、ニッポン放送に転職し、普通に出世しているようだ。
みちるを長谷川真砂美 有川を手塚真(現在はヴィジュアリストとなった手塚眞)、京極を峰岸徹、由香の両親を山本耕一&赤座美代子、耕児の父をハナ肇、山形を三浦浩一 清水を大石悟郎、高倉を明日香和泉、須田を岡田裕介、耕児の祖母を千石規子、有川の母を久里千春、酒屋で生徒会の活動を賞賛する主婦を大山のぶ代&青木和代が演じている。

他に、広志を鈴木ヒロミツ、耕児の妹を長谷川真砂美、酒屋の隣の老人を広瀬正一が演じている。また、B組の生徒の中には、水島かおりや中川勝彦(ショコタンの亡き父)や三留まゆみ(現在は映画評論家)がいる。
剣道部員の倉田を高橋克典という俳優が演じているが、サラリーマン金太郎の人とは別人。校長役で眉村卓、第1回の剣道大会の主審役で角川春樹が出演している。

この映画、「友情出演」がバカみたいに多い。
その内の数名を挙げていくと、城南高校剣道部の部長は映画評論家・松田政男。城北高校剣道部の部長は映画監督・小谷承靖。第1回大会の副審は映画監督・高林陽一。大会のアナウンス嬢は歌手・松原愛。公園のバンドのリーダーはジャズドラマーのジミー原田。
病院で車椅子に乗っているのが映画評論家・田山力哉で、それを押す看護婦は檀ふみ。終盤の花火のシーンでトランペットを吹く男は、CMディレクター&映画監督・山名兌二。

原作では舞台が中学校で、主人公は関耕児。三田村由香は映画オリジナルのキャラクター(原作では関の同級生として楠本和美というヒロインが出てくる)。
主人公は超能力者ではなく、みちるは転校生ではない。京極はオッサンではなく少年で、未来人という設定。序盤から主人公を仲間にしようとするのではなく、英光塾を探る中で登場する。
この映画版の大半は、オリジナルと考えた方がいいかもしれない。
なんせ監督が大林宣彦だし(この人は脚本を大幅に書き換えることで有名)。

1970年代にNHKで放送されていた「少年ドラマシリーズ」の中で、『ねらわれた学園』と『地獄の才能』(こちらも眉村卓の小説)を合わせた『未来からの挑戦』が放送されていた(1977年、全20回)。
また、この大林監督の映画の後、1982年には角川3人娘の1人・原田知世の主演でフジテレビがTVドラマ化している。高柳良一は同じ役で続投していた。

角川における前作『金田一耕助の冒険』(1979)で犯罪グループをローラースケート集団にしていた大林監督だが、ここでもB組のカップルにローラースケートを履かせている(女子生徒役は監督の娘・大林千茱萸)。
どうやら監督、ローラースケートに強い関心があったようだ。当時、ローラースケートのブームだったわけではないはずだしね。ローラーゲームの人気があったのは1970年代の前半だし、東京ボンバーズは1976年に解散しているし。

超能力の扱いに関しては、最初から完全につまずいている。
「戻りなさい」と祈って三輪車の子供がバックした後、由香は強いショックを受けて慌てて帰宅し、ものすごく沈み込んでいるのだが、そりゃ驚くのは分かるが、そこまで深刻になるかね。
「偶然だろう」と軽く考えたり、すぐに再び祈って何かが起きるか試してみたりする方が自然じゃないかね。
で、始まって15分ぐらいのシーンで最初にパワーを発揮した後、超能力を巡る話が転がっていくわけではない。由香が耕児を剣道部の練習に向かわせ、部屋で待っているという青春恋愛ドラマみたいな様子が、ユルいテンションで綴られる。何かが起きそうな予兆も全く見られない。

そのシーンも無駄にユルいんだが、その後も「それは必要なのか?」と思えるような場面で時間を費やす。
みちるの会長選挙の前に描かれる、由香と有川が争うクラス委員選挙のシーンなんて、簡単に削っていい部分だろう。
で、最初の能力披露から15分ぐらい経過して、剣道試合における2度目の能力発揮シーンになるが、もう由香は自分の能力に怯えたりすることなく普通に使いこなしている。
順応が早いのね。
あと、由香の超能力発揮シーンでも、みちるの登場シーンでもオプティカル合成で超能力を表現していたのに、なぜか会長選挙シーンではそういう表現をしないまま、みちるが普通に「説得力のある演説」によって圧倒的得票を得たことになっている。
そりゃ違うだろ。そこは超能力の表現をやっておけよ。

最初に超能力を使った時には異常なぐらい怯えて深刻に考えていた由香だが、2回目にパワーを使うシーン以降、そういう意識は全く無いようだ。京極一味の攻勢の中で、少しずつ迷いや恐れやためらいが消えていくといった様子は無い。
その一方で、モノローグで「戦うことを決意した」と言ってからも、なかなか彼女は戦おうとしない。英光塾の案内書が来ても、なぜか全く反応を示さない。みちると会っても、何か行動を起こそうとする素振りはゼロ。
じゃあ、あのモノローグは何だったのよ。

そして終盤、それまで全く戦う意識を見せなかった由香は、耕児が捕まって慌てて英光塾へ行き、初めて戦う姿勢を見せる。で、つい先日まで超能力の所有者だということさえ知らなかった彼女は、いざ戦う意識を持つと、あっけなく京極を倒してしまう。
何のダメージも受けず、ホントに簡単に倒してしまうのだ。
京極を倒すと、なぜか新宿副都心で派手に何発もの花火が上がる(これもオプティカル合成による表現)。さらに、なぜか、みちると母親との回想シーンが挿入されるという意味不明さ。
しかも、そこで話は終わらず、第2回の剣道大会のシーンへ移り、由香が普通に超能力を使う。そこでもまだ話は終わらず、さらに次のシーンに移ってようやく終わるという凄まじい間延びっぷり。
謎の集団が学園の支配を企むという話で、ここまで緊迫感もテンポも無しに最後まで進めるってのはスゴい。

原作がSFサスペンスだったのに対して、この映画は完全に「大林ファンタジー」である。プログラム・ピクチャーとしてのアイドル映画という体裁さえ、どうやら放棄しているようだ。オリエンテーションのシーンで部活動の格好をした生徒たちがミュージカルみたいに踊るという演出なんて(薬師丸ひろ子もセーラー服で踊る)、いかにも大林監督らしいノリだ。
序盤の教室でのシーン、手塚眞が薬師丸ひろ子へのライバル心を剥き出しにしたり生徒たちを見下して馬鹿にしたりする芝居、高柳良一と仲間達が「口にチャック」と言いながら揃ってチャックする仕草を見せる芝居、岡田裕介の「フンドシを締め直して、女子はガードルを締め直して」というセリフなど、1つ1つが学芸会のような陳腐さを醸し出す。

大林監督の得意技であるワイプでの場面転換やオプティカル合成の多用も、チープな雰囲気作りを後押しする。ちょっとギャグをカマそうとする場面で大げさな効果音を入れてみるという演出も、なかなかの安っぽさだ。
ギャグと言えば、由香や耕児が酒瓶を一気飲みしたり、耕児の妹が父親から「飲みすぎだ」と怒られたりする様子を見せた後に、祖母が酒瓶に入れた麦茶を冷やすという様子を持って来るのは「長いネタ振りとオチ」のつもりなんだろうが、見事に外している。

長谷川真砂美と峰岸徹の衣装が素晴らしい。長谷川真砂美はマントに赤のレオタードで、出来損ないのキャッツアイ状態。峰岸徹は銀色アフロのカツラに黒のレオタード、白い長手袋に白いマントで顔は青白く塗ってあり、出来損ないのデスラー総統。「私は宇宙だ」と叫んでマントを広げると、上半身裸になって腹に大きな目が描いてある。
素晴らしい。
この映画のトコトンまで陳腐なノリは、きっと意図的にやっているのだ。大林監督は、物語のバカバカしさを良く分かっていたのだ。強い超能力を持って世界を牛耳ろうとするような奴が、わざわざ1つの高校に手下を送り込んで時間を掛けて支配していくという、そんな話のバカバカしさに合わせて、陳腐な演出に徹したのだ。
きっと。
たぶん。
もしかしたら。

 

*ポンコツ映画愛護協会