『猫なんかよんでもこない。』:2016、日本

ランニングをしていた杉田ミツオは、ダンボール箱に入れられた2匹の猫を発見する。箱には「きょうだいの子猫です。どなたか拾って下さい」と書かれていたが、ミツオは拾わずに走り去った。しかし彼がアパートにいると、兄が2匹を拾って帰宅した。ミツオは猫が嫌いだと告げるが、兄はオスにクロ、メスにチンと勝手に名前を付けた。しかも漫画家の彼は2匹の世話をミツオに任せ、仕事に取り掛かる。ミツオは「試合近いんだぜ。猫の面倒なんてマジ見えねって」と抗議するが、「払うか、家賃?」と言われて黙り込んだ。
プロボクサーのミツオはB級ライセンスだが、あと1勝でA級に昇格できる。そうなれば日本ランキングに入り、チャンピオンになる夢も見えてくる。これまでA級昇格に失敗して来た彼はボクシングに集中するため、バイトを辞めて兄のアパートへ転がり込んでいた。2匹は寝ようとすると布団に潜り込んだり、床に排便したりしてミツオを困らせた。それでもミツオは猫たちの世話を続け、牛乳を与える時には「可愛い尻尾」と笑顔を浮かべることもあった。
ミツオは大家から「2階の佐々木さんが猫の鳴き声がするって言ってるんだけど、心当たり無い?」と訊かれ、動揺しながらも「ちょっと分かんないっすね」と言う。しかし部屋からクロとチンが出て来たので、すぐに嘘が露呈した。大家は猫を飼っていたことを怒らず、エサをくれたりトイレを作ってくれたりする。ミツに抱かれた2匹の動きを見た大家は、それがオッパイを欲しがる時の仕草だと教え、小さい時に母親から引き離されたのだろうと述べた。
ミツオは兄より自分に2匹が懐くので、すっかり嬉しくなった。兄から「母親だな、こいつらの」と言われた彼は、まんざらでもない様子だった。しかし、2匹が大家にもおねだりの動きを取ったり指を舐めたりするのを見て、ミツオはショックを受けた。大家はミツオに、猫が指を舐めるのは塩分摂取のためだと説明した。大事な試合に挑んだミツオは、パンチを顔面に浴びながらも勝利した。しかし眼科医の検査を受けた彼は網膜裂孔と診断され、医者から「ボクシングを続けるのは無理ですね」と宣告された。
ミツオが部屋で寝てばかりいると、兄が1万円札を渡して「もう減量を気にしなくていいんだから、飯でも食って遊んで来い」と告げた。ミツオは食堂やバッティングセンター、パチンコ店を巡り、アパートへ戻った。彼が仕事を手伝おうとすると、また兄は金を渡して「飯でも「遊んで来い」と告げた。ミツオが仕事を手伝う様子を見ていた兄は、「お前さ、漫画家になれば?子供の頃、俺よか上手かったじゃねえか」と持ち掛ける。しかしミツオは本気にせず、「何言ってんだよ」と軽く笑った。
兄が唐突に「彼女と結婚して田舎へ帰る」と打ち明けたので、ミツオは驚いた。兄がクロとチンを残していくと言うので、ミツオは「兄貴が拾ったんだぞ」と反発する。しかし兄は適当に受け流し、荷物をまとめてアパートを去った。ミツオは家賃と生活費を自分で払うことになり、頭を抱えた。コンビニで就職情報誌を購入したミツオが帰宅すると、クロとチンが姿を消していた。彼が捜索に出ると、公園で梅沢という女性が2匹を抱き上げていた。ミツオが礼を言うと、彼女は「外飼いはお勧め出来ません。不衛生ですから。メスは避妊、オスは去勢をして下さい」と話して立ち去った。
チンは近所の野良猫と積極的に外出したが、クロはミツオが一緒に行くよう促しても部屋に留まった。外出したミツオは大家と遭遇し、クロがチンと違って弱虫で臆病だと語った。大家はバロックという野良猫を見つけ、この辺りのボスなのだとミツオに教えた。帰宅したミツオは、クロにパンチの練習をさせようとする。クロは全く乗らなかったが、ミツオは「男に生まれたからには、近所の猫ボスになるぐらいの野望はねえのかよ。俺がお前を鍛えてやる。お前はボスになるんだ」と話し掛けた。
ミツオはチンがバロックと仲良く外出する様子を見て焦り、クロに「今すぐチンを取り戻すんだ」と話し掛ける。しかしクロは、まるで動こうとしなかった。ミツオは戻って来たチンの妊娠を心配し、獣医科病院へ連れて行く。チンは妊娠していなかったが、ミツオは女医に不妊治療を勧められた。しかし費用は入院費込みで2万2千円で、ミツオに払える金額では無かった。ミツオは兄に電話を掛けて事情を説明し、金を出してもらった。
チンが不妊手術を終えて戻って来ると、近所の猫から相手にされなくなった。その様子を見たミツオは、悪いことをしたのではないかと後悔する。チンはほとんど外にも出なくなったが、一方でクロが頻繁に外出するようになった。クロが傷を負って戻って来たので、ミツオは獣医科病院へ連れて行く。入院したクロは、エリザベスカラーを付けて戻って来た。ミツオは外出しないよう話し掛けるが、カラーが外れるとクロは再び外へ出掛けるようになった。クロは神社の境内へ出掛けては、近所の野良猫に戦いを挑んでいた。
ミツオはクロが戦っていることに感化され、幼稚園の給食センターで働くことにした。最初の出勤日、先輩たちに挨拶したミツオは、その中に梅沢がいることを知った。彼女は給食センターの管理栄養士として勤務していた。猫たちのことを問われたミツオは、チンは不妊手術を終えたことを話す。「オスも去勢した方がいいです。メスの取り合いで病気貰ったり、発情したメスがいるとどんどん交尾しちゃうし」と梅沢が言うと、彼は「クロは今、近所の猫たちのボスになろうと頑張ってるんですよ。あいつがチャンピオンになろうとしてるなら、俺が応援してやらないと」と誇らしげに語った。
ある日、ボスになったクロがトカゲの死骸を持ち帰った。ミツオは梅沢に、「お返しのつもりなんですかね?ボスになれたのは、貴方のおかげです、みたいな」と質問した。すると梅沢は、「色々と説はあるんですけど、自分よりも狩りが相手に教えてるつもりらしいです」と解説した。帰宅したミツオは、ボクシング関係のグッズを入れてある箱を押し入れから引っ張り出した。ミツオは「ちくしょう、やってやろうじゃねえか」と叫び、外へ飛び出した。
ミツオは文具店へ駆け込み、「ペンとインクありますか、漫画描くヤツ」と店主に質問する。アパートへ戻った彼は兄に電話を掛け、賞を獲る漫画の描き方をおしえてくれと要請する。彼は「クロだってボスになれたんだ。俺は漫画で世界チャンピオンになる」と熱く語り、道具を揃えて漫画を描き始めた。ミツオは漫画の執筆に没頭する中、クロの具合が悪いのに気付く。獣医科病院へ連れて行くと、獣医はクロが猫エイズになったことを告げる。ショックを受けたミツオが「治りますよね?」と質問すると、獣医は「既に免疫機能が麻痺していますから、残念ですけど」と口にした…。

監督は山本透、原作は杉作『猫なんかよんでもこない。』(実業之日本社刊)、脚本は山本透&林民夫、製作は岩村卓&佐竹一美&櫻井秀行&矢内廣&風間建治&宮永大輔&古川博志&増田義和、プロデューサーは森川健一&宇田川寧、共同プロデューサーは田中洋行&田口雄介、撮影は小松高志、照明は蒔苗友一郎、録音は高島良太、美術は林千奈、装飾は斉藤暁生、編集は相良直一郎、衣裳は加藤みゆき、視覚効果は松本肇、アニメーションは橋本満明、アニマルトレーナーは佐々木道弘、音楽は兼松衆、音楽プロデューサーは杉田寿宏。主題歌『Morning sun』SCANDAL 作詞:RINA、作曲:MAMI。
出演は風間俊介、つるの剛士、松岡茉優、市川実和子、内田淳子、矢柴俊博、田村千恵、おおらいやすこ、杉作、袋小路林檎、杉田純一郎、福吉元司、小松千早、蒔苗晃都、佐野秀輔、中谷悠希、山本千尋、山本風太、山本空弥、阿紋太郎、藤田健彦ら。


実際の出来事をモチーフにした杉作のエッセイ漫画を基にした作品。
監督は『キズモモ。』『グッモーエビアン!』の山本透。脚本は山本透監督と『繕い裁つ人』『夫婦フーフー日記』の林民夫による共同。
ミツオを演じた風間俊介は、『前橋ヴィジュアル系』以来となる5年ぶりの主演作。
兄をつるの剛士、梅沢を松岡茉優、大家を市川実和子、獣医を内田淳子、眼科医を矢柴俊博が演じている。
原作者の杉作も、食堂の店主として出演している。

兄が猫を拾って帰宅した時、ミツオは「嫌いなんだよね、猫が。底意地が悪いじゃん」などと言う。
しかし猫が嫌いであれば、走っている途中で2匹の鳴き声が聞こえた時、足を止めてダンボール箱を確認しているのは引っ掛かるんだよね。ちゃんとダンボール箱に書かれた文字まで読んだ上で走り去るけど、本当に猫が嫌いな奴の行動に見えないのよ。
猫が嫌いなら、鳴き声が聞こえただけで不愉快になるはずだし、わざわざダンボール箱の中まで確かめないんじゃないかと。
これが「本当は嫌いじゃないけど嘘をついた」ってことならともかく、そうじゃないみたいだし。

ミツオはクロとチンの世話を始めると、すぐに「可愛い尻尾」と笑顔を浮かべ、可愛がろうとしている。
それはキャラ崩壊が早すぎるぞ。
「とにかく可愛い猫さえ出しておけば、皆さんは満足するんでしょ」ってことなのか、本来は充実した内容になるべき「ミツオと2匹の関係」「2匹と触れ合うことによって生じるミツオの変化」ってのは、かなり雑な扱いになっていると感じるぞ。
ぶっちゃけ、そんなにドラマティックな展開なんて無くてもいいから、何よりも「猫と触れ合うことでミツオが少しずつ変化していく」という部分が重要なんじゃないかと思うんだけどね。

「猫は喋らない」という制限の中でミツオと2匹の関係性を描こうとした時、そういう方法を取ろうとするのも分からなくはない。
ただ、「それにしてもミツオの一人喋りがうるさい」と感じてしまう。
序盤から「呼んでねえ。呼んでねえ時に来るんじゃねえ。何?ああ、もう分かんねえよ」「腹減ってたのか。可愛い尻尾してんな」「お食事中、すいません」などと饒舌に喋りまくるのだが、話し相手がいなくて寂しいのかと。人恋しいのかと。
いや、いっそ「人恋しくて寂しいから猫に話し掛ける」という設定なら、それはそれで受け入れやすいわ。でも、そういうことじゃなさそうなので、なんか違和感を覚えるのよ。
あと、そういうキャラ設定なのかもしれないけど、わざとらしい芝居に見えちゃうのよね。

映画の内容からすると、ゆったりとしたテンポで進めた方がいいように思える。しかし実際には、序盤から慌ただしさを感じる。
何しろ、まだミツオと兄のキャラクター紹介も全く済ませていない内に、いきなりクロとチンの世話が始まるのだ。
そりゃあ、そこまでの描写だけでも、ミツオがボクサーで兄が漫画家ってことぐらいは伝わるよ。だけど2匹を飼い始めるまでに、もう少し時間を使っても良くないか。
そこまで焦って進める必要性を感じないけど、一刻も早く猫を登場させたかったのかねえ。

大家にクロとチンを発見される時、なぜかミツオは玄関のドアを少し開けたままで外へ出ている。
ランニングへ行こうとするとクロとチンが追い掛けて来るので「付いてくんなよ」と言うシーンでも、なぜか2匹が外へ出られる状態にしてある。
コンビニから戻ると2匹が姿を消しているシーンでは、なぜか窓を開けたままで外出している。
いずれのシーンでも、ドアや窓を閉めて猫が外に出ないようにしておけば、そんなことは起きなかったのだ。
話を都合良く進めるために、不自然な状況を用意しているとしか思えない。

A級ライセンスへ昇格するための試合シーンは、ミツオがプロボクサーという設定を考えれば、描写するのは当然と思うかもしれない。
だけど、そこだけが全体の中で明らかに浮いているんだよね。
その後もミツオがボクサーを続け、何度か試合が行われるのなら、描くのもいいだろう。しかし1度だけなので、思い切って試合シーンを描かない方が良かったんじゃないかと。それどころか、ジムで練習する様子も無くて良かったんじゃないかと。
普通に考えれば、そんなのは有り得ない構成だ。
だけど、この映画の場合、それでもいい。ぶっちゃけ、そういうシーンに大した意味は無いのでね。

でも実のところ、「そういうシーンに大した意味は無い」と思わせちゃうのも、それはそれで問題なのよね。
なぜ「大した意味が無い」と思うのかというと、それは「ボクシング人生を断たれたミツオの絶望感や虚しさが全く伝わって来ない」ってのが大きな理由だ。
医者から網膜裂孔と診断された後、ミツオが部屋で寝ているシーンはあるけど、そんなに大きなショックを受けているようには見えないのよ。
淡々としていて、気持ちの落ち込みっぷりは感じられない。「気丈に振る舞っている」という風にも見えないしね。

ミツオが網膜裂孔と診断された後、兄が金を渡して「飯でも食って遊んで来い」と告げる展開がある。そこでミツオは食堂へ行き、その後にバッティングセンターやパチンコ店を巡って帰宅する。
ところが、彼が仕事を手伝おうとすると、また兄が金を渡して「いいから遊んで来い」と告げる。
あまりにも不可解なので、「ひょっとするとミツオが部屋にいたら困ることでもあるのか」と思ったが、そうではない。
で、またミツオが食堂とバッティングセンターとパチンコ店を巡る様子が描かれるが、これって何の意味があるのか。
同じことを繰り返すだけなら、1度で充分でしょ。

ミツオがクロを近所の猫ボスにしようと目論むのは、前述した「ドアや窓を開けたまま外出している」ってを遥かに超越する不自然さを感じる。
「自分がチャンピオンになる目標を断たれたので、その夢をクロに託そうとした」という風に見せたいんだろうとは思うのよ。
だけど、何がどうなって、そういう心境になったのかがサッパリ分からないのよ。その展開に説得力を持たせるためのドラマが、まるで足りていないのよ。
前述したように、ミツオの「夢を断たれた絶望感」が全く見えて来ないのでね。

ミツオの兄が漫画家というのは、原作者である杉作の兄が『キック・ザ・ちゅう』の杉崎守だったという事実があるし、そもそも原作の設定なので、踏襲するのは当然っちゃあ当然だ。
ただ、映画としては全く意味の無い設定であるだけでなく、邪魔な飾りになっている。
締め切りに向けて漫画を執筆しているってことは、たぶん連載がある状況なわけで。そんな人が、「結婚するから」という理由で簡単に漫画家を辞めて帰郷しちゃうのは、「漫画に対する情熱はゼロだったのかよ」と言いたくなるんだよね。そこに主眼が無いとは言え、苦悩や葛藤が全く見えないのでね。
で、そういうことを考えると、原作とは大幅に設定が変わっちゃうけど、兄貴はサラリーマンか何かにでもしておいた方が良かったんじゃないかと。

兄が漫画家だったというのは、「終盤になってミツオが漫画家を目指す」という展開にも繋がって来る設定だ。
だけど、それも含めて、上手く扱っているとは到底言えないのよ。ミツオが漫画家を目指すと決めた時に、「なんで?」と言いたくなる。
そりゃあ前半で兄から「漫画家になれば?」とは持ち掛けられていたけど、本人は漫画に対して何の興味も示していなかったでしょ。
「以前から漫画家に関心があった」とか、「かつて漫画家を目指した時期もあった」といった設定も無いので、取って付けた印象しか受けないのよ。
ぶっちゃけ、この映画で「どこで三島と雑賀が知り合ったか」「どういう形で三島が作戦に関わっていたか」ってのは、そんなに重要じゃないのよね。

ミツオはクロが持ち帰ったトカゲの土産について梅沢から「自分よりも狩りが相手に教えてるつもりらしいです」と聞くと、ボクシング関係のグッズを眺めて「ちくしょう、やってやろうじゃねえか」と悔しそうに吐く。
電話を受けた兄が「てっきりボクシングやるのかと」と口にするけど、「観客には再びボクシングを始めると思わせておいて」という仕掛けにしたかったのは分かるよ。
ただ、なぜクロから下に見られていると思ったミツオが「漫画を描こう」と決意するのか、それがサッパリ分からないのよ。

ミツオは兄から「いいけど、なんで漫画?」と問われると、「このまま給食のバイトで終わってたら、逃げてんのと同じだ。クロに笑われちまう。クロだってボスになれたんだ。俺は漫画で世界チャンピオンになる」と語る。
だけど、給食のバイトを始めたのは、クロの戦いに感化されて「俺も頑張らなきゃ」と思ったからでしょ。
だったら、その時点で既に「逃げている」とは言えないんじゃないかと。
これが例えば「かつて漫画家を目指していた時期もあったけど、無理だと思って簡単に諦めてしまった」ってことなら、「逃げてんのと同じだ」とは言えるだろうけどさ。

ミツオの愚かしさが、不快感に繋がる要素になっている。バカでも「愛すべきバカ」や「笑えるバカ」なら歓迎できるし、自分がヘマをするだけなら何の問題も無い。
しかし彼の場合、その愚かしさは身勝手さに繋がり、猫を傷付けている。
彼は猫を飼うのが初めてだから、詳しい知識に乏しいのは、ある程度は仕方が無いだろう。しかし、それにしても酷すぎる。
クロとチンを平気で外に出しているが、野良猫じゃないんだからさ。
ボクシングに没頭していたから、オツムの中身がスッカラカンってことなのか。

しかもミツオは、周囲の人間から助言をを貰っているのに、それを完全に無視している。
その結果として、クロは猫エイズを発症して命を落とすのだ。
クロが猫エイズを発症するとミツオは泣くけど、全ては彼の愚かしい行動のせいだからね。
もちろん本人も「自分のせいだ」と責任を感じた上で泣いているけど、まるで同情心も共感も出来ないよ。
ひょっとするとフェリーニの『道』とかウディー・アレンの『ギター弾きの恋』っぽい感動を狙ったのかもしれないけど、ミツオの愚かしさが不快すぎるので、心に何も響かないのだ。

(観賞日:2017年4月19日)

 

*ポンコツ映画愛護協会