『奈緒子』:2008、日本

12歳の時、篠宮奈緒子は喘息の静養のため、日本海の小さな島・長崎県波切島を訪れた。父・隆文、母・加奈子と共に漁船に乗り込んだ時 、彼女は海沿いを走る10歳の少年・壱岐雄介を目にした。雄介は漁船に同乗している漁師・壱岐健介の息子だった。健介は元駅伝の選手で、 日本海の疾風(かぜ)と呼ばれていた。その血を受け継いだ雄介も、足が速かった。奈緒子の帽子が突風で飛ばされ、彼女は海に落ちた。 健介は海に飛び込んで奈緒子を助けるが、船に頭をぶつけて死んでしまった。
6年後、奈緒子は東京の高校で陸上部に入っていた。選抜記録会の手伝いをするため、彼女は競技場を訪れた。受付で仕事をしていると、 波切島高校陸上部の監督・西浦天宣が、姿を現さない陸上部員を捜していた。奈緒子が協力を申し出ると、部員の写真を見せられた。その 部員は雄介だった。奈緒子は、6年前のことを思い出した。彼女が両親と共に健介の遺影に手を合わせていると、雄介が帰宅した。彼は 「父ちゃんを返せ」と奈緒子を罵り、和子に制止された。
奈緒子は芝生で寝転んでいる雄介を見つけて声を掛け、6年前の少女だと明かした。雄介は顔を強張らせ、「もう忘れた。誰も恨んじゃ いねえ」と吐き捨てて立ち去った。雄介は大会の注目ランナーで、100メートルでダントツの1位だった。マスコミの取材を受けた彼は、 次の目標として九州オープン駅伝を挙げ、「昔から、ずっとやりたかったんです」と口にした。
奈緒子は雄介の走る姿が見たいと思い、九州へ飛んだ。九州オープン駅伝がスタートすると、波切島高校は1区の奥田公靖が転倒して 大きく出遅れた。奈緒子は給水場にいた補欠部員・吉崎悟に声を掛け、雄介が最終区間を走ることを教えてもらった。沿道の観客が付けた ラジオの実況で、雄介がスタートして3分で8人を抜いたことを奈緒子は知った。
奈緒子は吉崎から、給水の手伝いを頼まれた。部員が少ないので給水係が一人しかおらず、自分が失敗すると雄介がヤバいのだという。 引き受けた奈緒子は、吉崎の後ろでペットボトルを構えた。走ってきた雄介は、奈緒子を見て驚いた。彼は吉崎のペットボトルをキャッチ できず、奈緒子が差し出したペットボトルを受け取らなかった。雄介はトップを走る諫早学院の黒田晋に一度は追い付くが、脱水症状を 起こして倒れ込んでしまった。
奈緒子は西浦に事情を全て話した。西浦は雄介に、「彼女の水を拒否したってことは、みんなが繋いできたタスキをお前は拒否したんや」 と告げた。奈緒子は西浦から、夏休みの合宿を手伝わないかと持ち掛けられた。目標は、9月の高校駅伝長崎県予選大会だ。西浦は彼女の 両親に、「奈緒子さんと雄介の時間は6年前で止まっている。それを動かしてあげたい」と記した手紙を届けた。西浦は健介と同じ高校の 陸上部で走っていた仲間で、6年前の奈緒子のことも良く覚えていた。
奈緒子は喜んで西浦の誘いを承知し、臨時マネージャーを務めるため波切島に渡った。西浦は加奈子からの電話で「うちの子に、どうして ここまで?」と訊かれ、「この夏は特別なモンにせんなイカンのです」と告げた。加奈子は西浦の家で居候することになった。加奈子は 陸上部マネージャーの吉澤結希と会い、キャプテンの宮崎親を始めとする部員に挨拶した。
3週間の合宿が始まると、西浦は厳しいメニューを部員に課した。ペースの遅い補欠の吉崎に合わせようとする雄介を見て、西浦は手加減 するなと怒鳴った。早朝、雄介は吉崎が逃げ出そうとするのに気付いた。引き止めようとすると、吉崎は「もう無理だ」と漏らす。他の 部員は「行かせてやれ」と言い、小倉は雄介に「オメエには分かんねえよ。キレイごと言ってんじゃねえよ」と言い放った。そこに西浦が 現れたため、吉崎の脱走は未遂に終わった。
その日の練習でも吉崎が遅れ出し、雄介は走るのをやめてしまう。彼は西浦に、「なんでここまでキツく出来るんだよ」と怒鳴った。西浦 は「もっと走れると信じてるからや。信じるしかないんや。それが駅伝や。それがてけへんお前は甘すぎる」と告げた。雄介がコースから 走り去ったので、奈緒子は後を追った。奈緒子が「どこへ行くの?」と訊くと、雄介は「岬へフェリーを見に行く」という。雄介の走りに 、奈緒子は必死で食らい付いた。一度は帰そうとした雄介だが、その頑張りを見て応援する言葉を掛けた。奈緒子岬でフェリーを見ながら、 「ありがとう。私が走れるって信じてくれた」と口にした。
奈緒子と雄介が西浦の家に戻ると、西浦が倒れていた。慌てて2人は西浦を診療所に運んだ。西浦は、すい臓ガンでだった。医師は西浦に 、抗がん剤が効かない状態にまで悪化していることを宣告した。その話を、奈緒子と雄介は病室の外で聞いていた。翌日の練習で、雄介は 手抜きせずに速いペースで走った。休まざるを得なくなった西浦に代わって、部員を引っ張った。
休憩の際、雄介は小倉に肘の使い方をレクチャーする。すると小倉は雄介を睨み付け、「そう簡単に治るかよ」と殴り掛かろうとする。 雄介が「勝ちてえだけだ。俺の言う通りにすりゃ勝てるよ」と言うと、同級生部員の佐々木黙然が「俺たちはお前にタスキを繋げるための 駒か」と告げた。翌日、西浦が合宿に復帰した。彼は雄介に、「今度の大会、俺のことを考えたらアカンぞ。みんなで走るんや。それが 駅伝や」と言う。すると雄介は、「監督が何と言おうと、俺は監督のために走る」と力強く宣言した…。

監督は古厩智之、原作は坂田信弘(作)&中原裕(画)、脚本は林民夫&古厩智之&長尾洋平、製作は佐藤直樹、プロデューサーは 椋樹弘尚&久保田修&有重陽一、製作代表は亀井修&松崎澄夫&久保田修&堀田学&小餅憲一、エグゼクティブプロデューサーは馬場清、 撮影は猪本雅三、編集は三條知生、録音は林大輔、照明は松隈信一、美術は中澤克巳、音楽は上田禎&小池達朗(上田のみではない)、 音楽プロデューサーは安井輝、主題歌はポルノグラフィティ『あなたがここにいたら』、挿入歌はRYTHEM『首すじライン』。
出演は上野樹里、三浦春馬、笑福亭鶴瓶、光石研、山下容莉枝、嶋尾康史、奥貫薫、嶋田久作、佐津川愛美、柄本時生、綾野剛、 富川一人、タモト清嵐、結城洋平、五十嵐山人、佐藤タケシ、兼子舜、藤本七海、境大輝ら。


週刊ビッグコミックスピリッツに連載された同名漫画を基にした作品。
奈緒子を上野樹里、雄介を三浦春馬、西浦を笑福亭鶴瓶、隆文を 光石研、加奈子を山下容莉枝、健介を嶋尾康史、和子を奥貫薫、医師を嶋田久作、結希を佐津川愛美、奥田を柄本時生、黒田を綾野剛、 宮崎を富川一人、吉崎をタモト清嵐が演じている。
監督は『ロボコン』『さよならみどりちゃん』の古厩智之。

長崎県の島なのに、西浦が大阪弁で喋っているのが、すげえ違和感。
わざわざ大阪から長崎の島に移住した理由が用意されているのならともかく、そんなの無いからね。
それどころか、ずっと島で漁師をやっていて、6年前も奈緒子を見ているという設定だから、ますます違和感。
あと、健介と同じ高校で走っていた仲間という設定だと、年齢的に合わないんじゃないか。
それと、西浦が病気で死ぬ運命というのも、取って付けた感ありまくり。

奈緒子が海に落ちるシーンが、突風で飛ばされた帽子を取ろうとして転落したのか、それとも突風で背中を押されて落ちたのか、その辺り が微妙な感じ。
どっちにしても、なんか落ち方が不自然に見える。
それと、風が吹いて大きな波が発生し、健介が船に頭をぶつけて死亡するってのが、すげえマヌケに見えてしまう。
奈緒子は雄介から「父ちゃんを返せ」と罵られるが、ほとんど健介の自滅だからなあ。
あんな死に方をされて、罪の意識を感じなきゃいけないってのはなあ。

選抜記録会の取材で、雄介は次の目標として九州オープン駅伝を挙げるが、駅伝を目指している奴が、なぜ100メートルに出たん だろう。
短距離じゃなくて、長距離の練習をした方がいいんじゃないのか。
本人の意志じゃなくて無理に出場させられるのならともかく、「昔からずっとやりたかった」と言っているぐらいなんだし。
あと、100メートルで圧倒的で、長距離も速いって、化け物だな。

劇中では給水所が用意されているが、実際の高校駅伝では給水所など無い。
オールスター感謝祭の駅伝コーナーじゃないんだから。
しかも、そんなフィクションの設定を持ち込んでまで給水所を用意した意味が、ほとんど無いのだ。
確かに、序盤では奈緒子が差し出した水を雄介が受け取らないシーンがある。
でも、そのシーン以外、給水は全く話に影響を及ぼさないのだ。

なぜか沿道の観客のオッサンがタイミング良くラジオを付けるとか(しかもカメラに見せ付けるように持っている)、なぜか奈緒子が吉崎 から給水の手伝いを頼まれるとか、九州オープン駅伝では不自然な展開が連続する。
それにさ、吉崎が「失敗したら雄介がヤバいんです」と言っているけど、そもそも実際の駅伝には給水所なんて無いので、そんなこと 言われても説得力が無い。
あと「部員が少ないから給水係が僕しかいない」と言ってるが、その時、結希は何の仕事をしていたんだろうか。

奈緒子は「走る姿を見たい」というだけの理由で九州へ飛ぶが、その行動心理がサッパリ分からない。
西浦が奈緒子に合宿の手伝いを持ち掛けるのも「なんでや?」と思うし、それを喜んで受ける奈緒子の感覚も良く分からない。
雄介が嫌がるだろうし、迷惑が掛かるから遠慮しよう、とは考えないのか。
奈緒子が陸上部の合宿に関わる流れは、どうも上手くない。

で、奈緒子が合宿に参加する流れを甘受するとして、それならそれで、合宿を通じて雄介と奈緒子の心のわだかまりが消え、6年前で 止まっていた時間が動き出すというドラマを描けばいい。
ところが、いざ合宿が始まると、奈緒子なんて、いてもいなくてもどっちでもいいような扱いになってしまう。
っていうかトータルで考えても、奈緒子って「要らない子」でしょ。
タイトルを変更して『雄介』にでもした方がいい。
狂言回しとか、ストーリーテラーとか、そういう役割さえ担っていない。

小倉は「俺たちは雄介のオマケかよ」と嫉妬心を剥き出しにしているが、チームに強い奴がいて引っ張ってもらうってのは、駅伝では良く あることだよな。
っていうか、今頃になって、急にそんなこと言い出すのかよ。
佐々木が「俺たちはお前にタスキを繋げるための駒か」と雄介に反発しているけど、強い奴が重要な区間にいて、そいつに繋げるために タスキを繋げようとするのは駅伝の基本だ。
そんな初歩的なトコで揉めるのかよ。

雄介は最初からズバ抜けた速さを持つ天才ランナーで、途中で大きな怪我を負ったり、精神的な問題で記録が落ちたりすることも 無い。
最初の頃よりも強いライバルが途中で登場したり、最初の頃よりもレベルの高いフィールドで走ったりするような展開も無い。
つまり、ランナーとして挫折を味わったり、苦悩したり、あるいは努力して成長したりというドラマは見られない。

雄介の個人としてのドラマが無いのであれば、陸上部という団体の方に期待するしかない。
ところが、「バラバラだったチームが一つに結束する」というドラマも無い。
一応、小倉が嫉妬心を剥き出しにしたり、佐々木が「俺たちは駒か」と反発したりするシーンはある。でも、彼らが部を抜けたりする ようなことはなくて、次のシーンでは普通に合宿を続けている。
雄介が孤立するとか、険悪なムードが漂うとか、そういう描写も薄い。
そもそも最初から雄介と部員の関係描写が薄かったから、そこの変化も伝わりにくい。

高校駅伝長崎県予選大会では吉崎が第1区を走っているが、ってことは補欠だった彼がレギュラーに抜擢されるドラマ、一方で誰か一人が 補欠に回されるドラマがあるはずなのに、そこはバッサリと省略している。
有力選手が揃う第1区に、西浦が吉崎を起用した理由も良く分からないし。
ただ若者たちが走る姿を描けば、それで爽やか青春ドラマになるわけではないのよ。
懸命に走るランナーの姿を見て感動したければ、普通に駅伝中継を見た方がいいわけだし。

高校駅伝長崎県予選大会では、部員たちが「雄介、待ってろ」と口にするなど、みんなが雄介のことを思いながら走っている。
そりゃあ、絶対的なエースにタスキを繋ごうとするのは、駅伝として正しい姿ではあるんだよ。
ただ、そうやって全員が一つにまとまるまでのドラマが無くて、大会の本番になったら急に「雄介に繋ごう」では、嘘臭いだけだ。

あと、序盤で「奈緒子の差し出した水を雄介が受け取らない」というシーンを見せているのだから、そのレースでは「奈緒子の水を 受け取った雄介が勝つ」という展開にすべきじゃないのか。
そのレース、雄介は一度も給水を取らないまま黒田に追い付いて最後まで走り抜いているけど、脱水症状は大丈夫なのかよ。
最後に雄介と奈緒子が西浦を挟んで抱き合うけど、この2人が心を通い合わせるようなドラマが全く無いので、その着地に感動できない。

(観賞日:2010年2月20日)

 

*ポンコツ映画愛護協会