『名も無き世界のエンドロール』:2021、日本

ある年のクリスマス・イブ。サンタクロースの格好で夜の町を歩くキダは、親友のマコトから電話を受けた。「予定通り行ってる?」と問われたキダは、順調だと答える。マコトが「お前にもドッキリ仕掛けといたからな」と言うと、彼は「今日の俺は、ドッキリを仕掛ける側だ」と笑う。「そうだったな、キダさん」とマコトが笑顔で告げると、キダは「まさか、ホントに俺にドッキリ仕掛けようってんじゃないだろうな」と訊く。マコトが「これから迎えに行ってくる」と話すと、彼は「上手くやれよ」と述べた。昔からマコトは、いつもキダをドッキリに引っ掛けて笑っていた。
2003年。キダが空き地のベンチに座っていると、幼馴染のマコトは自販機の前で「お前もなんか飲むか。おごってやるよ」と言う。キダが「コーラある?」と訊くと、マコトは自販機でコーラを購入した。コーラを受け取ったキダが缶を開けると、勢いよく炭酸が吹き出した。焦るキダを見て、マコトは笑う。自販機の裏に隠れていた同級生のヨッチが姿を現し、ドッキリの種明かしをする。事前に振っておいた缶を取り出し口に置いておき、それをマコトがキダに渡したのだ。
2007年、高校生のキダがカラオケボックスに行くと、待ち合わせをしたマコトとヨッチの姿は無かった。マコトとヨッチは部屋に細工を施しており、何も知らずにキダがコーラの缶を持ち上げると紐で繋がれていたクラッカーが鳴った。驚いたキダが尻餅を付く様子を見て、マコトとヨッチは大喜びしながら姿を現した。2009年、キダとマコトは宮澤という男が営む自動車修理工場で働いていた。マコトは電流が流れる装置を隠し持ってキダに握手を求め、彼を驚かせた。家族のいないキダにとって、マコトは兄弟のような存在だった。クリスマス・イブの日、キダは目的地へ向かいながら、プロポーズ大作戦のクライマックスを迎えようとしていると考えていた。
2001年。キダとマコトのクラスにヨッチが転校してきた。自己紹介の時、ヨッチは怯えた様子を見せた。聞こえないほど小声で名乗る彼女を見た担任教師の楠田は苛立ち、「またイジメられちゃうわよ」と囁いた。マコトはヨッチにコーラの缶を投げ、蓋を開けるよう指示した。ヨッチが蓋を開けると、楠田は吹き出した炭酸を浴びた。放課後、マコトは職員室に呼び出され、楠田に鞄の中身を改められた。楠田は生意気だと憤慨して軽蔑の眼差しを向けるが、マコトは意に介さなかった。
ヨッチが校庭でマコトを待っていると、気付いたキダが歩み寄った。彼が「お前、帰れば?」と言うと、ヨッチは「アンタだって帰んないじゃん」と告げる。キダが「俺はいっつも、あいつと帰ってる」と語ると、ヨッチは「じゃあ帰んない。私もこれからアンタたちと帰る」と言う。彼女はキダに、マコトも親がいないことを聞いたと告げる。キダが「お前もか」と訊くと、彼女は答えなかった。キダはヨッチに、「そうか。俺もだよ」と告げた。
2009年。マコトが工場で全く仕事をしないので、宮澤は手を動かすよう注意した。そこへ真っ赤なスポーツカーが現れ、運転していたリサという若い女性が修理を依頼した。左側のヘッドライトが破損しており、マコトは「パーツが独特だから直すのに時間が掛かる」と言う。リサは「パパの車だから直んないとマズいのよ、ホントに」と告げ、キダに呼ばれた宮澤が奥の事務所から出て来た。宮澤は「3ヶ月は掛かる。費用は300万」と言うが、リサは「いいよ」と即決した。
宮澤が「パーツは正規店に持って行った方が早く手に入る」と説明するが、リサは「パパにバレちゃうから正規店は無理なの」と告げる。車検証と免許証を見せるよう宮澤が要求すると、彼女は「そんなの無い」と告げる。無免許だと知った宮澤は断ろうとするが、お金は幾らでも払うとリサが言うので引き受けた。マコトが事故の原因を尋ねると、リサは2ヶ月前に犬をひいたと答える。避けようと思ったが間に合わなかった、すぐに持って来なかったのは飼い主に見つかると面倒だからだと、彼女は説明した。
マコトはリサを食事に誘うが、「なんでアンタみたいなのと」と断られた。マコトは花を出したり万国旗を出したりする手品を披露するが、リサは相手にしなかった。リサがタクシーで去った後、マコトはキダに「金があればあの女に近付けるのかな」と漏らす。キダが「住む世界が違うんだよ」と告げると、彼は「世界が違うんじゃない、分けられてるんだよ」と口にした。1週間後、マコトは工場を辞め、キダの前から姿を消した。
中学時代、マコトはヨッチにドッキリを仕掛けるが、全く動じないのでガッカリした。怖い物は無いのかと問われたヨッチは、「自分の存在が消されちゃうこととが怖いかな」と答えた。彼女は小学校でイジメを受けていたと打ち明け、その時に自分の存在を消されるようになったと話す。マコトはヨッチに、加害者だった連中の元へ行こうと持ち掛けた。キダも伴って3人の男たちの元へ行った彼は、いきなり殴り掛かった。彼はヨッチへの批判してから殴ったことを謝罪し、和解の握手を求めた。相手は電気ショックに驚き、マコトはヨッチに「ドッキリに引っ掛かった屈辱は、いつまで経っても残る。あいつらはこれでヨッチのことは忘れない」と述べた。
マコトが姿を消して2年が経った頃、キダは宮澤からクビを通告された。宮澤は道路の拡張計画が急に進んだこと、今月一杯で工場が立ち退きになることを明かし、立ち退き料金は少ないので移転しても続けるのは無理だと話す。彼はキダに、輸入代行をメインにしている横浜の川畑洋行という会社を紹介した。宮澤は川畑洋行が裏の世界にも精通していると説明し、「マコトを捜してるんだろ。雇ってくれるかもしれない」と述べた。
高校時代、キダ&マコト&ヨッチは学校をサボってファミレスに出掛けた。ヨッチが「卒業してからもずっと一緒にいられるかな」と呟くと、キダは「いられるでしょ」と告げた。ヨッチはナポリタンに大量の粉チーズを掛け、「これが美味しいの」と言ってキダとマコトにも食べさせた。マコトは出席日数が足りないので、卒業するため学校へ向かった。キダから卒業後の進路を訊かれたヨッチは、大学進学か女優になりたいと答えた。女優と聞いて「そんな夢あったっけ?」とキダが驚くと、彼女は「映画が好きだから。でも出るのはいいけど、見るのは嫌い。どんな話でも映画って終わっちゃうんだもん」と語った。
キダが「終わらない映画なんて無いだろ」と軽く笑うと、ヨッチは「エンドロールが流れてくると涙が出るんだもん。ホントに死にたくなる。現実に戻るのが嫌なんだよね」と告げた。キダは彼女から将来の希望を尋ねられ、何がしたいのか良く分からないと答えた。ヨッチが「変に真面目なトコあるから、いっそ全然真逆の仕事してみれば?」と言うと、彼は「例えば?」と尋ねる。するとヨッチは、「映画に出て来るような殺し屋にでもなっちゃえば?」と冗談めかして提案した。
キダは川畑洋行を訪れ、代表の川畑と面会した。背後に拳銃を構えた手下が立っており、キダは「後ろの人、何とかしてもらえませんか」と川畑に頼んだ。川畑は既にマコトの居場所を突き止めており、キダに詳しい情報を教えた。「ウチは非合法の仕事で、いったん始めたら戻れない」と説明されたキダは、「分かってます」と告げた。「君、人殺せると思う?」と問われた彼は、「仕事だと思えば出来るんじゃないかと」と答えた。川畑は「面白いよね」と言い、「でも、人を殺したいとは思いません」とキダが告げると「君は交渉屋が向いているかもしれないね」と述べた。キダが宮澤との関係について訊くと、彼は「幼馴染だよ」と答えた。
キダはマコトが暮らす安アパートへ赴き、「あれからずっと、金を貯めるために生きて来た」と4000万円の札束を見せられる。マコトは半年前にワイン会社を経営する末期癌の老人と会ったこと、死ぬ前に4500万円で会社を売ってやると言われたことを話した。キダが「何のために会社を買うんだ?」と質問すると、彼は「もちろん、リサにふさわしい人間になるためだよ」と答えた。彼は「プロポーズ大作戦に協力してほしい。まずはリサと付き合えるように協力してほしい」と言い、驚いたキダが「本気か?」と鋭い口調で確認すると真剣な表情で「本気だよ」と告げた。
マコトが「俺が急にいなくなって寂しかったか?んなわけねえか」と口にすると、キダは「寂しくはなかった。けど、さみしかった」と言う。マコトが「同じじゃねえのか?」と告げると、彼は「違うんだよ」と述べた。高校時代、キダとマコトは道路の真ん中に放置された犬の亡骸を見つめるヨッチに気付いて駆け寄ったことがあった。ヨッチが「なんで神様は助けてあげなかったんだろ?押しボタン押せば良かったのに。そしたら死ななかったのに」と漏らすと、キダとマコトは何も言えずに黙り込んだ。
キダは交渉屋として、マコトと同年代の小野瀬誠という男の元へ赴いた。小野瀬は高学歴で証券会社に就職したが2ヶ月で辞め、今は引き篭もりの生活を送っていた。キダは既に母親と話を付けており、小野瀬に戸籍や経歴など一切のIDを引き渡すよう要求した。小野瀬から理由を問われたキダは、依頼者が王子様としてお姫様を迎えに行くために学歴や経歴が必要なのだと答えた。彼は600万円の報酬を約束し、小野瀬の承諾を得た。
マコトがモデルとして活動するリサの出演番組をアパートで見ていると、キダが来て小野瀬誠としての免許証やパスポートを渡した。キダは電話を受けて小野瀬が母親と自殺したことを知らされ、マコトに伝えて「誰かに見つかる前に片付ける」と述べた。マコトは病室にいる老人を訪ねて4500万円を見せ、ワイン会社を譲り受けた。高校時代、ヨッチが「打ち上げ花火が見たいなあ」と言い出したことがあった。彼女は「花火は夏よりも冬に見た方が綺麗だ」と主張し、まだ父がいた幼少期に2人でやった花火が綺麗だったとキダ&マコトに語った。それを聞いたマコトは、「分かった。俺が冬の空に打ち上げ花火、いつか上げてやるよ」と約束した。
キダはヨッチに「なんでさ、私たちは一緒にいるんだろうね」と訊かれ、「あくまでも俺はだけど、俺の世界は3人で出来ているんだよ」と答えた。彼は親で死んで自分の根っ子を無くしたと言い、「支えてくれる物が無くなって、マコトとお互いに支え合ってたと思うんだ。でも2人だとバランスが崩れるんじゃないかと思って怖かった。そこにヨッチが現れた」と話す。「居心地がいいんだ」と彼が口にすると、ヨッチは「でもさ、1日あれば世界は変わっちゃうんだよ」と告げる。キダが「絶対にヨッチのことを忘れない」と約束すると、ヨッチは3人の記念写真を撮影した。
マコトはワイン会社の社長に就任した後、超一流のマンションに引っ越して裕福な生活を送るようになった。ここ数年で通っていた小中高が全て統廃合されたことをマコトから聞かされたキダは「知ってるよ」と言い、「もう充分じゃないのか。そろそろ釣り合う人間になっただろ」と述べた。マコトは衆議院議員である安藤芳光の資金集めパーティーに出席し、彼の娘であるリサに近付こうとする。しかし佐々木という婚約者がいることを知ったため、キダに連絡して仕事を依頼した。キダは佐々木のマンションへ忍び込み、拳銃で脅しを掛けてリサと別れさせた。
高校時代、キダはヨッチと2人で雨の中を歩いている時、「さみしいって感じることある?寂しいってか、さみしい」と告げられたことがあった。「おんなじじゃないのか」とキダが言うと、ヨッチは「同じじゃないよ。誰かに何かを伝えるって、難しいよね」と告げる。キダが思い切って「俺はヨッチのことが好きなんだ」と告白すると、ヨッチは「私もさ、キダちゃんのことが好きだよ。でも、ほんのちょっと遅かった」と述べた。
ヨッチは目に涙を浮かべ、キダとマコトに感謝していることを話した。彼女は3人で暮らしたいと思っていたが叶わないと気付いたこと、告白されたら運命に従おうと決めたことを、キダに明かした。ヨッチが2日前にマコトから告白されていたことを知り、キダは笑顔で彼女を諦めた。キダはマンションでマコトから「頼むよ」と懇願され、困惑して黙り込んだ。交際を始めたリサが来たので、マコトは彼女と去った。リサが以前から楽しみにしていたレストランの予約について、マコトは曜日を間違えたかもしれないと言い出した。リサは怒るが、すぐにマコトは「大丈夫、合ってた」と告げた。
キダは川畑から、「これ、取扱注意」とアタッシェケースを渡された。彼はマコトと会い、「少し早いが、俺からのクリスマスプレゼントだ」とアタッシェケースを差し出した。その中身は爆薬だった。2009年、マコトはキダに、ヨッチへのプロポーズを手伝ってほしいと持ち掛けた。彼は「題してプロポーズ大作戦」と言い、その計画を説明した。クリスマスパーティーの日、ヨッチはチキンを買いに行くことになっている。そこへ店から家に帰る途中で広場の道を通る必要があるので、そこで冬の花火を打ち上げ、指輪を渡すというのが彼の作戦だ。マコトはキダに花火の打ち上げ役を頼み、着てもらうサンタクロースの衣装も用意していた…。

監督は佐藤祐市、原作は行成薫『名も無き世界のエンドロール』(集英社文庫刊)、脚本は西条みつとし、製作は勝股英夫&松井智&相馬信之&瓶子吉久&多湖慎一&永田勝美&港浩一&松木圭市&松下幸生&竹内力、エグゼクティブプロデューサーは寺島ヨシキ、チーフプロデューサーは西山剛史、プロデューサーは内部健太郎&永井拓郎&貸川聡子、撮影は近藤龍人、照明は藤井勇、録音は武進、美術は相馬直樹、編集は田口拓也、音楽は佐藤直紀、主題歌は須田景凪『ゆるる』。
出演は岩田剛典、新田真剣佑、山田杏奈、中村アン、柄本明、大友康平、石丸謙二郎、森田甘路、永岡佑、河井青葉、島田裕仁、宮下柚百、豊嶋花、森本のぶ、水野智則、唐沢民賢、森林永理奈、三江彩花、蔵原健、浜田道彦、紫峰七海、井川茉代、吉田怜音、小嶋朔太郎、池田乃夢、宮崎篤臣、徳地雅明、石川典佳、市川貴之、會田海心、遠藤史也、井村沙織、西川諄、原麻梨乃、清谷純二、宮西倫子、藤本裕司、福島悟ら。


第25回小説すばる新人賞を受賞した行成薫のデビュー小説を基にした作品。
監督は『累』『ういらぶ。』の佐藤祐市。
脚本は『ゆらり』『blank13』の西条みつとし。
キダを岩田剛典、マコトを新田真剣佑、ヨッチを山田杏奈、リサを中村アン、川畑を柄本明、宮澤を大友康平、安藤を石丸謙二郎、小野瀬を森田甘路、佐々木を永岡佑、楠田を河井青葉、幼少期のキダを島田裕仁、幼少期のマコトを宮下柚百、幼少期のヨッチを豊嶋花が演じている。

マコトがコーラのドッキリを仕掛けるシーンでは、彼がコーラを買って戻って来るまでキダがじっと見つめている。そしてマコトが自販機でコーラを買ってキダに渡すまで、入れ替えたり缶を振ったりする隙が無いような状態になっている。そういう見せ方をした上で、「事前にヨッチが用意した缶を使いました」という種明かしが用意されている。
でも、別に「キダが目を離した隙に缶を振る」ってことでも良くないか。
ずっとキダが見ているのは「いつも騙されているから何も仕掛けないようにマコトを監視している」ってことなのかと思ったけど、その後もドッキリに掛けられ続けているので、隙だらけってことなんだろうし。
そこは「マコトへの協力者としてヨッチを登場させる」という目的のために、無理をしているように感じるんだよね。

転校してきたヨッチがマコトを待っている時、キダが声を掛けるシーンがある。粗筋で触れたキダの「そうか。俺もだよ」という台詞で、ヨッチは彼の顔を見つめる。ここからシーンが切り替わると、車を運転しているリサが写る。
でも、これは繋がりとして変だよ。
それだと、まるで車を運転しているのがヨッチみたいに見えてしまう。
もちろん、しばらく経てばヨッチじゃないのは明らかになるけど、そもそも運転しているリサをシーンを切り替えて最初に写す必要性なんて無いからね。工場にいるキダたちから始めればいいんだから。

ヨッチは前の学校でイジメられていたから、転校先での挨拶でもオドオドして上手く話せなかったはずだ。
それなのに、キダの前では最初から堂々と喋っている。それどころか、「アンタの名前は聞いてない」と生意気な態度を見せている。
それはキャラとして整っていないように感じる。
あと、なんで彼女は髪の毛を染めているんだろう。それが原因でイジメを受けていたとしても、そういう奴ならイジメには簡単に屈しないような気もするんだよねえ。
その見た目でオドオドと挨拶するのが、どうも違和感があるのよ。

マコトはヨッチをイジメていた男たちにドッキリを仕掛けて脅かすが、すぐに報復されそうになる。
近所の住人が来たので男たちが逃げ出すと、マコトはヨッチに「ドッキリに引っ掛かった屈辱は、いつまで経っても残る。あいつらはこれでヨッチのことは忘れない」と話す。
でも、「いや、そんなことねえだろ」と否定したくなるぞ。
その程度のドッキリなんて、すぐに忘れてしまうと思うぞ。そういうタイプだろ、あの連中って。

ヨッチは女優志望をキダに明かした時、「映画が好きだから。でも出るのはいいけど、見るのは嫌い」と言う。
じゃあ映画が好きってのは、どういうことだよ。映画が好きだとしたら、何本も見ていなきゃおかしいはずで。
そうなると「見るのは嫌い。エンドロールが流れるのを見ると涙が出て、死にたい気分になる」ってのは、意味不明な説明にしか聞こえない。
そんな奴が「映画が好き」とか言わないだろ。「映画は嫌い」と最初から言うだろうし、女優志望なんて持たないだろ。
なんで全く必要性の無い不可解な設定を用意するのか。普通に「映画は嫌い」だけで良かっただろ。

あと、「ハッピーエンドであってもエンドロールが流れてくると死にたくなる」ってのは、心に病でも抱えているとしか思えない。何しろ、ヨッチは「ホントに死にたくなる。現実に戻るのが嫌なんだよね」とマジなトーンで漏らすからね。
でも、そんな設定は無いので、これも「余計な要素だなあ」と感じる。
ひょっとするとイジメ問題や家庭環境で何かあったのかもしれないけど、そこを掘り下げることは無いわけで。
だったら「ハッピーエンドであっても」とか、そんなこと言わせなきゃ済む問題なのに。

ヨッチはキダが将来の針路を決めかねていると知り、「映画に出て来るような殺し屋にでもなっちゃえば?」と持ち掛ける。
これを単なる冗談で終わらせず、キダが川畑の会社で裏稼業に手を出すことで、「殺し屋じゃないけど近い仕事を始める」という展開を用意している。
でも、これも無理があり過ぎるのよ。
伏線を綺麗に回収しているとは到底言えず、「後のことを何も考えずに振ったネタを無理して拾っているけど、強引さを隠し切れていない」と感じるのよ。

宮澤はリサの件で無免許だと分かった上で修理を引き受けたけど、それは「借金が多いからヤバそうな仕事でも仕方なく引き受けた」ってことに過ぎない。
決して「常日頃から非合法な仕事に手を染めていた」という設定があるわけではない(少なくとも劇中でそういう説明は無い)。
なので、彼がキダに新しい就職先として「裏の世界にも精通している」と説明し、川畑洋行を紹介するのは違和感が強い。
そして、その話に平気で乗るキダの感覚にも違和感を禁じ得ない。

キダは川畑から「君、人殺せると思う?」と質問されても全く動じず、平然とした態度で「仕事だと思えば出来るんじゃないかと」と言う。
これも違和感しか無い。
今までヤバい仕事に手を染めてきたわけでもないのに、なぜ拳銃を持った手下を従えている奴の前で、彼は堂々としていられるのか。
それ以前から少しずつボロは出ていたけど、キダが川畑と対面するシーンに到達した辺りで、完全にリアリティーの限界から足を踏み外していると言っていいだろう。

マコトは2年で4000万円以上を貯めているが、どういう方法で稼いだのかは全く教えてくれない。キダと小野瀬の交渉シーンの後にカジノのディーラーをやってる様子があるので、それで稼いだってことなのか。
でも、どうやって闇カジノの仕事にありついたのか。そのためには、その手の組織と繋がる必要があるはずだけど、それには全く触れていないし、そこでのリスクも全く描かれていないし。
あと、それで4000万円以上を稼げるかどうかも疑問が湧くし。
マコトはワイン会社を経営する末期癌の老人と会って「死ぬ前に会社を売ってやる」と告げられているけど、そんな都合のいい話が転がり込んで来るのも「おいおい」と言いたくなるし。

キダはマコトから「俺が急にいなくなって寂しかったか?んなわけねえか」と言われた時、「寂しくはなかった。けど、さみしかった」と帰している。
この時点では「ちょっと何言ってんのか分からない」という台詞だが、しばらくして回想シーンでヨッチがキダに「さみしいって感じることある?寂しいってか、さみしい」などと話すシーンがある。だから、そこからの流れでキダがマコトに言ったことは分かる。
だけど結局、「寂しい」と「さみしい」の何が違うのかは分からないままだ。ヨッチの回想シーンでも、何が違うのかは説明していないからね。
だったら、そんな手順って要らなくないか。

キダが川畑から交渉屋になるよう勧められた後、初めての仕事が彼からの指示じゃなくてマコトのための仕事ってのは、手順を省略する箇所を間違えていると感じる。
あと、小野瀬が入社式の日にウンコを漏らして辞職しているとか、完璧主義者の苦しみを吐露するとか、そういう描写は要らないでしょ。
もっと言っちゃうと、小野瀬を登場させる必要性さえ無いのよ。
省略するなら、川畑からの指示で交渉屋として初めて仕事をするシーンじゃなくて、むしろキダが小野瀬と交渉してIDを貰うシーンなのよ。

キダは小野瀬が自殺したことを知らされても全く罪の意識を見せず、遺体を片付けることも冷静に喋る。いつの間に、そんな風に「冷徹な裏稼業の男」に変貌したんだよ。
あと、偽IDを手に入れたマコトは老人と会って会社を売ってもらうけど、いきなり見知らぬ奴が社長として就任したら部下たちは反対するんじゃないのか。どうやら、それなりに大きな会社みたいだし。
そいつらを納得させるのは、どういう方法を取ったんだよ。
それと、会社を経営した経験もワインの知識も皆無だったマコトが、いきなり社長になって上手くビジネスを展開していけるのかどうかも疑問だぞ。

ではなく、何か犯罪が絡んでいることも何となく気付くだろう。
そろそろ完全ネタバレを書くと、ヨッチはリサに車でひき殺されている。リサが宮澤の工場へ車の修理に来たのは、それを隠蔽するためだ。
安藤は事件を揉み消すため宮澤に金を渡し、しばらくすると立場を利用して工場を立ち退かせた。マコトは復讐のため、リサに近付いたのだ(本人は復讐じゃないと言ってるけど、どう考えても復讐だ)。
ただ、真相が明らかになった時、色んな疑問が生じるし、同時にバカバカしさも感じる。

マコトが工場に来たリサをナンパするのは、もちろん本気で惚れたわけじゃなくて、その時点で「こいつがヨッチを殺した犯人だ」と確信したからだ。
でも、そう確信した理由が「ヘッドライトの破片が一致した」というだけでは、根拠として弱いぞ。
また、犯人だと確信したからって、「リサに復讐しよう」→「そのために恋人になろう」→「だから手品でナンパしよう」という理屈もサッパリ分からん。恋人にならなくても、復讐する方法は幾らでもありそうだぞ。
リサの恋人になろうとするってことは、その時点で「プロポーズ大作戦を装った復讐計画」まで想定していることになるでしょ。それは、ものすごく無理がある設定じゃないかと。
あと、そこでナンパしたところで、「それでリサに近付けたり真相が明らかになったりすることなんて無いだろ」と呆れるだけだし。

この映画は公開当時、「ラスト20分の真実。この世界の終わりにあなたは心奪われる」と宣伝されていた。ほぼ間違いなく、ラスト20分の内容が先にあって、そこからの逆算で全体の物語を構築したんだろう。
そういう話の作り方が悪いとは言わない。そんなケースは世の中に幾らでもあるだろう。
ただ、結末に向けての方程式がデタラメで、ちゃんとした計算になっていないんだよね。
「何千人の前でリサに自白させ、ヨッチの存在が消えないようにする」という目的のために、10年の歳月と多くの手間を使う必要が本当にあったのかと。
幾ら金持ちになったところで、必ずリサと付き合えるとは限らないんだし。

回想シーンでヨッチが「忘れてほしくない」と言ったり、マコトが「花火を上げてやる」と約束したりしているので、表面的には終盤で 伏線を回収しているという形になる。
だけど、そのために色んな無理を重ねているという印象が強すぎる。
ハッキリ言って、目的のための手間と時間が無駄に掛かり過ぎているのよ。そこまでしなくても、充分に目的は達成できたはず。
でも、最初に設定した終盤の内容を成立させるためには、無駄で無意味にしか思えない多くの手順を踏む必要が生じているのだ。だから、綺麗に伏線を回収しているとは感じない。
伏線を回収すること自体が目的化していて、そのために物語としての品質を犠牲にしているのは、本末転倒じゃないかと。

(観賞日:2022年8月16日)

 

*ポンコツ映画愛護協会